サラリーマンの狂騒曲   作:裏船長

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番長【奪還任務】前編

 

 

 現在、日本の海上自衛隊が保有するイージス艦はこんごう型ミサイル護衛艦4隻に、あたご型ミサイル護衛艦2隻の計6隻である。

これの他に排水量と迎撃能力を大幅にアップした、8,200t級護衛艦と呼ばれる2隻が建造中だ。

こんごう型イージス艦3隻は既に日本海と東シナ海に展開済みで、これは北のミサイル発射を警戒しての配置となっている。

 

「そんでね、この建造中のイージス艦に搭載される最新イージス武器システムの開発に、鏡重工の開発部が関わっているんだけども」

 

システムプログラムと、試作段階のミサイルの設計図が盗まれたって話だ。

 

色々あった週末から明けて月曜日。

篠宮ビルの最上階の会長室で篠宮 翼と轟商事の社長、轟 剛天が昼メシを食べながら話していた。

本日のお昼ご飯は篠宮家が昔から御用達にしている老舗の料亭の松花堂弁当だ。

 

「やっほー、天ちゃん。ご飯しよ」

 

昼前、轟商事の社長室にいきなり現れた翼は引き止めるエリカをものともせず、剛天の手を取るとまるで恋人のように腕を絡めて、はしゃぎながら連れ出した。

剛天も剛天でニヤ、と笑みを浮かべて満更でもなさげに翼の好きなようにさせている。

厳つい40過ぎのワイルドダンディと一見若く見えるイケメンが腕を組んで仲睦まじく歩く姿に社内がエライ騒ぎとなるが、それは営業部でも同じだった。

たまたま小休憩を取っていた慶志郎と金剛が通り掛かった2人を目撃して、飲んでいたコーヒーを揃って噴き出した。

 

「なっ、な、何……!」

「あ、あの野郎……!」

 

慶志郎が絶句し金剛に至っては最早、翼は野郎扱いだ。

 

「あ、慶ちゃんと金剛くん、今度みんなでランチしようねえ」

 

気付いた翼がバイバーイと手を振り、剛天も「しっかり働けよ」などと悪ノリして会社を後にする。

 

「どういう事だ、轟くん!」

「俺が知るワケねぇよっ!」

 

慶志郎に問われるも、スケールのでかい父親の考えている事など金剛に分かるハズもない。

そして事情を知らない平や双子が「最近、係長と番長って仲がいいのねえ」などと呑気に言っていた。

雫は『やっぱり係長の家にお泊まりしてから、親密になったのね……』と密かに胸をときめかせていたりする。

 

そんな色んな人間の思惑なぞ、何処吹く風で「だってねえ」と翼はお茶を啜りながら言った。

 

轟商事、盗聴機だらけなんだもん。

お話できないじゃない。

 

「あのグラマーなお姉ちゃん、いつまで泳がせとくの」

 

何も言わない剛天に気付いてないワケないよね?と問うも返事はない。

剛天を連れ出した理由もそこにある。

 

「ま、いいけどさ」

「プログラムとミサイルの件はどこまで漏れている」

「全社に箝口令を敷いて必死に食い止めてるからまだ外部には漏れていない。マスコミなんぞに知られたら外交も巻き込んでエライ事になるし、発注元の政府だって防衛大臣どころか自衛隊の上層部も上から5番目くらいまで首切られて、総理も責任を問われる。今日のあの様子だと慶ちゃんも知らされてないだろうよ」

 

しかしそれも時間の問題だろう。

新聞各社、週刊誌を発行する大手出版社ならまだ抑えが効くが、個人のジャーナリストなど自由に行動出来る連中はネズミのようにアチコチ潜り込んで情報を拾って行く。

轟商事内では素性を隠している慶志郎も、徹底的に調べられたら一発でバレる。

鏡という名字も余り見掛けないので辿るのは容易かろう。

防衛省を顧客に持つ大手企業の実家の一大事ではあるが、轟商事に身を置いている慶志郎は基本的に部外者だ。

ともすれば国益に影響を及ぼし兼ねない機密の漏洩に身内と言えど、部外者を関わらせる訳にはいかない。

ただ遅かれ早かれ、慶志郎もこの事実を知る事になろう。

その時に彼は重大な決断に迫られる筈だ。

何と言っても慶志郎は鏡社長の息子であり、関わる関わらない以前に彼自身に十分、利用価値があるのだ。

 

慶志郎がそれを知らなくても問題ない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「正直、そのプログラムが欲しい奴からすれば出処なんてどうだっていい。日本の技術は高く売れる」

 

問題は鏡重工の内部からの漏洩であった場合だ。

 

「誰かが金を積まれて営利目的でプログラムと設計図を売ったとしたら、国家への反逆とも言える。北の動向に世界中が緊迫している中で万が一、それがテロ国家や組織に渡ってみろ。海上における日本の防衛システムは丸裸にされる」

 

仮にこの件が公になったとしても【外部から盗まれた】ものでなくてはならない。

【国家に危機を及ぼす事態を招いた立場】と【あくまで外部によって機密を盗まれた被害者の立場】とでは、まるで意味合いが違う。

しかし既に内調(内閣調査室)と公安は動いている。

ヘタをすれば鏡重工はその技術や情報を欲しがるハイエナ達によって、奪い取られ食い散らかされて姿を消すだろう。

無論、鏡社長以下、慶志郎もタダでは済まない。

 

「ま、鏡さんトコも知らない仲じゃないし、慶志郎くんともオトモダチだからね。内調と公安は篠宮で、ある程度は食い止めるけど長くは保たない。慶志郎くんにも護衛を付けた方がいいって忠告はしといたけど」

「ふん、親切ヅラして手を貸すついでに何を要求した?」

「やだね、人聞きの悪い。ギブアンドテイクって知らないの、助け合い精神は大事だよ?」

 

ニタ、と悪人面する翼に剛天は深く突っ込むのは止めた。

ところでさあ、と翼は話題を変えた。

 

「将来は金剛くんに会社を継がせんの?」

「何故そんな事を訊く」

「いや、継がせないなら私が貰おうかなーって。天ちゃん一代で終わらせたら勿体無いじゃん。ほら、私は長生きするから会社を任せてくれたら300年くらい余裕で保たせるよ?」

 

ちゃんと轟の名前も残すし、天ちゃんの銅像も作るよ?

 

「金剛は」

 

ご馳走さま、と箸を置いて剛天は湯飲みを取った。

 

「自分の中に眠る力を引き出せていないだけだ、素質はある」

「眠る力?」

「轟家の長男に伝わる力の事だ」

 

訝しむ翼に剛天は軽く説明した。

 

・曰く、取り敢えず己を鍛えて限界突破すると潜在能力が解放されて本来の力が目覚める。

・曰く、能力が目覚めると金髪になり、目も青くなって極限まで強くなる。

 

「何て少年ジャ○プ的なヒーロー素質。ナニ、轟家ってサイヤ人なの、X‐MENなの、ファンタスティックフォーの親戚なの。取り敢えず鍛えたら解放されるって大雑把すぎね?」

「親父と俺は金剛よりもっと若い時に解放出来たんだがな」

「金剛くん、出来てないじゃん」

「お前の言っていた事に関係あるのだろう。金剛は優し過ぎる」

「因みに天ちゃんはどうやって解放したの」

「強くなると思ったら出来た、ただそれだけだ」

「雑ッ!」

「そうか?強さにも色々あるだろう」

「1つ訊くけどさあ、天ちゃんホント人類?」

「そのつもりだが」

 

強くなると思わせたのはお前だと、翼に言ってやりたい。

この人ならざる者は、どうも人間を軽く見ている。

長く生きているクセに未だ人間というものを分かっていない。

素知らぬ顔で湯飲みを置くと、今度は剛天から話を振った。

 

「アランを知っているか」

「誰それ」

「表向き、フランスの外資系企業の社長という触れ込みだが、何故かやたらと此方を敵視している」

「で、そのアランさんのスパイが轟商事に潜り込んでるワケ?」

「そうだ、俺を潰したいらしい」

「恨まれてんの?」

「心当たりは腐る程あるからな、いちいち誰の恨みを買ったかなんて知る必要もない」

「なんて迷惑!天ちゃんはそれでいいかも知れないけどさあ、金剛くんとか巻き込まれたらどうすんの」

「……お前、さっきから金剛の心配ばかりだな」

 

ムス、と剛天が不貞腐れた。

 

「だって天ちゃん強いじゃん。金剛くん弱いし、天ちゃんの息子が死んじゃったら目覚め悪いよ」

「…………まあいい」

「何なの、その間」

「ふん、教えんわ」

「うわ、感じ悪ッ」

「それで内調と公安はどれくらい止めておけるんだ?」

「そうだねえ、長くて2週間かな。流石に国の防衛における事態だからムチャも言えんよ。ま、公安トップの弱みを盛り沢山に握っていたのがラッキーだったよね」

 

不機嫌そうにあー、と口を開ける剛天に辻井の作ったオヤツを食べさせながら翼が答える。

因みに公安トップの弱みは[[rb:幼女趣味 > ロリコン]]で買春だ。

犯罪なので勿論バレたら大変な事になる。

そこを黙っている代わりに上手い具合に利用させて貰っているのだ。

人の弱みにつけ込む事ほど楽しいモンはないよねえ、と悪代官みたいに笑う翼。

悪魔か、キサマという言葉を剛天はオヤツと一緒に飲み込んだ。

 

「じゃあね、天ちゃん。またご飯しようね」

 

轟商事まで剛天を送り届け、翼はニコニコと手を振った。

 

「社長、お戻りに!篠宮さま、困りますわ!」

 

いつも冷静な霧島エリカが珍しく慌てた様子でロビーまで出迎える。

 

「ごめんね、エリカちゃん」

 

細い手首を捕らえ翼はエリカをぐっと抱き寄せて、耳元に唇を近付けた。

ロビー内がキャーッと黄色い悲鳴でざわめく。

 

「……盗聴機だらけのお部屋じゃ密談も出来なくてさ」

 

すぅ、とエリカの目が細くなり密着している翼も冷たい視線で見返す。

 

「じゃ、今度はエリカちゃんも一緒にご飯しようね」

 

パ、と離れると翼はバイバイと轟ビルを後にした。

何事もなかったように踵を返し、エリカは剛天の後を追った。

 

しかし剛天と翼の予測より早く、事態は進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 自宅マンションに戻った鏡 慶志郎がシャワーを浴びてバスルームを出ると丁度、電話が鳴り始めたところだった。

スマホではなく固定電話の方である。

液晶画面に表示されている番号は実家のものだ。

今夜はレディとの約束があるのだが……と訝しく思いながら受話器を取る。

 

『慶志郎か』

「……お父さん」

『元気そうだな。どうだ、仕事は変わらず順調か?』

「ええ、お陰様で」

『お前ももう26だろう、いい人は居ないのか?』

「居すぎて困っています」

 

端から見たら一人暮らしの息子を案じる親からの定期連絡だが、慶志郎の疑問が深まる。

多忙な父親がこんな中身のない話に時間を割くハズがない。

その時、慶志郎のスマホにメールが届いた。

今、話している父親からだ。

 

【この電話は盗聴されている可能性がある、話を合わせなさい。本題は此方を使う】

 

表示された文面にギクリとする。

鏡家で幼い頃から跡取りとして育てられた慶志郎は繰り返し、実家の携わる業種に教えられて来た。

機密の多い仕事を扱う鏡重工はシステム管理から地方工場に至るまで、厳重なセキュリティを幾重にも掛けている。

特に近年はサイバーテロやハッキングを警戒し、本社のネットワークは《[[rb:炎の壁> ファイヤーウォール]]》と合わせて鏡独自のセキュリティ《[[rb:防御の壁> ディフェンスウォール]]》と呼ばれる内部からのクラッカーを排除するシステムも使っていた。

 

【ファイヤーウォールが破られたようだ】

【外部からのサイバー攻撃ですか?盗まれたのは情報だと?】

 

「お見合いなら間に合ってますから、お母さんには必要ないと伝えて下さいよ」

『早く孫の顔が見たいのだろう。母さんを安心させて欲しいものだ』

 

【現在、建造中のイージス艦に関する資料だ。調査中だが、ディフェンスウォールも突破された可能性もある】

【まさか、内部に造反が?】

【この件に関しては全社に箝口令を敷いているが、長くは隠し通せない】

 

慶志郎に動揺が走る。

鏡から情報を盗まれるというのが、如何に重大か慶志郎も十分に理解しているからだ。

 

『それでだが、母さんが久し振りにお前の顔を見たいと言っていてな。今週末、ちょっと帰って来れないか』

「分かりました、お母さんの好きなケーキでもお土産に持って行きますよ」

『そうか、楽しみにしているよ。慶』

「っ、ええ、では今週末に」

 

【詳しい事は今週末、会って話す。このメールの履歴も全部、削除しなさい。それから篠宮社長からの助言だ。恐らく、轟商事内も盗聴されている。会社内でも普段の通りに過ごしなさい】

 

電話を切って慶志郎はソファに座り込んだ。

父親は最後に慶志郎ではなく、慶と確かに呼んだ。

実家を出て轟商事に入る時に父親と交わした幾つかの約束の中に、呼び名に関する事も含まれていた。

父親が慶、と略して呼ぶ時は相当な危機が鏡家に迫っている事。

その際は最優先で実家に戻る事、言わば合言葉のようなものだ。

慶志郎は立ち上がると今夜の約束の為に支度を始める。

本当なら即刻マンションを出てホテルに泊まりたいところだが、電話が盗聴されている可能性があるなら、何処かで監視されている可能性もある。

父親に会うまでは普段通りの生活を続けて、何も知らない風を装わなければならない。

ここで普段と違う行動を取ればたちまち、監視しているかも知れない輩に嗅ぎ付けられてしまう。

これも教え込まれてきた1つのスキルだ。

慶志郎の表情は固かった。

6月ももう終わる、蒸し暑い夜の事だった。

 

「ねえ、係長ってここ2、3日ヘンよねえ」

「そう言えばそうねえ」

 

双子の美佑と美佐が慶志郎をチラチラ見ながら小声で話す。

今日は木曜日。

営業部内は微妙にピリピリした空気が漂っていた。

原因は鏡係長にある。

 

「報告書はどうした。そこのキミ、急ぎたまえ!」

 

普段なら仕事はヒマ潰しと嘯いて女性と私用電話なぞしているクセに、やたら真面目にデスクワークに取り組んでいるのだ。

元々、有能な人物なので処理能力は速い。

手持ち無沙汰になると、他に滞っている仕事を見つけて片っ端から片付けてしまう。

幾つも案件を抱えている社員にとっては有り難い事ではあるが。

ひと段落して慶志郎は休憩して来ると言って、営業部を出て行った。

途端に部内で、はあーっと溜息があちこちから漏れる。

 

「係長、何かイラついてたッスね」

「仕事を手伝ってくれるのはいいけど、雰囲気が怖い」

「でも真面目な係長も素敵よね」

「普段から真面目に仕事してくれたらねえ」

 

みんな好き勝手に言っている中、全く動じていない人物が1人居た。

轟 金剛だ。

 

「ねえ、番長もそう思わない?」

「……あ?何が、ですか?」

 

金剛は自分の仕事に集中していた為、周囲の雰囲気に気付いていなかった。

 

「もう、番長ったら!係長の事だよ!」

「係長?がどうした」

 

もーう!とじれったそうに美佑が慶志郎の異変について話すと、金剛はふぅんと頷いて答える。

 

「真面目にやってんならいいんじゃねえか、と思いますが」

「え、それだけ?」

「他に何かあるのか?」

 

轟 金剛は非常にストイックで真面目な青年だ。

故に己の役割(しごと)を全うするのであれば、他は問題ないと捉える。

 

「でも、あんなピリピリされちゃ仕事もやり難いんだよ」

 

美佐の訴えに金剛は暫し考えた。

 

『今後の為にもアドバイスするけどキミはもう少し、他人の気持ちを読んだ方がいい』

 

以前、慶志郎に言われた言葉だ。

あんまり気乗りしねえが、様子を見てみるか。

金剛は立ち上がり、営業部を出た。

 

週末までの時間がやたらと長く感じる。

仕事でもやって気を紛らわせないと、どうにかなりそうだ。

休憩スペースでソファに座り、慶志郎は深い溜息を吐いた。

父親との電話からこっち、周囲に気を張っているが今のところ監視されている気配は無い。

メールの最後に父親は篠宮社長の名を出した。

つまり篠宮は鏡重工の危機を知っている。

ふと思い出した。

確か月曜日に篠宮は轟社長を連れ出していた。

後で社長秘書のエリカに訊いたら、昼食の誘いに来たという話だった。

それにここ最近は夜の街でも顔を合わせない。

本当に昼食の誘いだけだったのか……?

 

「女にでもフラれたのか、係長」

 

ガコン、と自販機の品物が落ちてきた音に慶志郎はハッと顔を上げた。

いつの間にか金剛が隣に立ち、缶コーヒーのプルタブを引き上げて此方を見下ろしている。

 

「失敬な、このワタシがレディにフラれるなんて、太陽が西から昇っても有り得ないね」

「へえ……大した自信だ」

「フン、武骨なキミと一緒にしないでくれたまえ」

 

ソファから立つと部内に戻るべく慶志郎は金剛に背を向けた。

その背に金剛は呼び掛ける。

 

「鏡係長」

「何だね」

「アンタには借りがある。ちゃんと返すから待ってろ」

「……期待はしてないよ」

 

立ち去る後ろ姿を金剛はじっと見つめていた。

あんまり普段と変わらねぇようだがなぁ。

ガシガシ頭を掻いて金剛はコーヒーを飲み干し、残りの仕事を片付けてしまおうと戻った。

ぶっちゃけ、轟 金剛に人の僅かな行動から異変を読み取るなんて高等なテクニックは備わっていないのである。

はっきり言って人選ミスだった。

そしてピリピリした空気のまま慶志郎はその週を過ごし、翌週に営業部は激震に見舞われる事となる。

 

 

 

 

 

 

「いやあ、鏡社長さんってば仕事が早いったらないわー」

 

参った参ったと翼は苦笑いした。

それは金曜日のお昼。

月曜日と同じく、いきなり轟商事の社長室に翼が現れ引き止めるエリカをまぁまぁいいじゃなーい、と躱して剛天を昼飯デートに連れ出した。

今日は会員制の高級焼肉店の個室でご飯だ。

ジュウジュウと高い肉を焼きながら、天ちゃんコレ美味しいよと翼が剛天の皿にヒョイヒョイ焼けた肉を乗せていく。

一見さんお断り、会員の紹介ナシでは入れない店で会話は外に漏れる事はない。

 

「鏡重工は来週末に臨時株主総会を開くってさ」

「社長が交代するか」

「いや、副社長が交代する。でもすぐに社長の交代劇があって新副社長が社長に就任する」

 

そんでね、とトングをカチカチ鳴らせて翼は続けた。

 

「その副社長に誰がなると思う?」

「……慶志郎か」

「ご名答。慶ちゃんが選ぶ道は1つしかないね」

「他にバラされる前に、自ら公表する道を選んだか」

「ま、妥当だね。公安や新聞でスッパ抜かれて隠蔽工作を疑われるよりか、自分から素直にバラしてゴメンナサイした方がダメージも低いし、正直に非を認めれば世間の心証もそれ程は悪くないもんね。それに大変な被害を被ったって訴えられるし、若い有能な息子が出世の道を捨てて、実家の危機を救うべく戻って来て親孝行する感動もののシナリオも書ける」

 

翼はベルを押して店員にオーダーを追加した。

 

「えっとね、ご飯大盛りで2杯。あとハラミとロースとカルビとヒレを2皿ずつチョーダイ」

 

暫く肉の焼ける音と食事が続く。

追加した分が来て店員が出て行くと話を再開した。

 

「で?天ちゃんどうする?」

「どうとは」

「慶ちゃんが辞めるっつったら?」

「本人が決めたなら俺が言う事はなかろう」

「そう?慶ちゃん、轟が大好きなんだと思うけど。有能な子だしねえ、金剛くんより使える子だよ」

「………………俺に何をさせたい」

「いやあ、天ちゃんの漢気が見たいとか思ってないって!」

 

大盛りご飯にドカドカ肉を乗せてパクつく翼は女性とは思えない食べっぷりだ。

 

「優秀な人材をみすみす手放すのは惜しくないかい?」

 

それに、と翼は続けた。

 

「もしかしたら金剛くんが眠る能力を引き出せるチャンスかもよ?」

 

ピク、と剛天の表情が変わる。

 

「そう言えばお前、今回の鏡の件は随分と早く情報を掴んでいたな」

「あれ?そうだっけ?」

「まさかとは思うが」

「ノンノン、ウチがちょっかい掛けたワケじゃないよ。ただ暫く見てただけなんだけど」

 

剛天は察した。

コイツは鏡から情報が盗まれるのを見物していたのか。

もし早くに鏡に知らせていれば、水際で止められた筈の重大な漏洩を。

 

「言ったろ、私は人間なんて嫌いなんだよ」

 

人間なんて勝手に潰し合え。

人間なんて勝手に殺し合え。

私は高笑いして眺めてやる。

 

剛天の向かい側で翼は生の肉を箸で取り口に放り込むと、ゆっくりと咀嚼した。

やっぱり肉は生の方が美味いよね、と笑って。

 

「金剛くんはさ、こないだ私に訊いたよ。お前は何々だ?って。でも天ちゃんは小さい頃も40年後の今も一度も私に訊いた事ないよね。私がナニかなんて、気にも止めない天ちゃんは特別な子だから教えてあげる」

 

私と私の一族はね、人喰いなんだ。

昔々、ずーっと昔から私達は人を喰って生きてきたんだよ。

でも私から数えて先々代の一族の長が人間に惚れ込んじゃって、一族に人喰いを禁じてから、人を喰わなくなったんだけどね。

 

「だから人間にナメられたんだよなあ……」

 

ひっそりと隠れて穏やかに生きていた私達。

でも沢山の一族の若い子が人間に見つかってしまって、捕まって見世物にされて、男も女も関係なく嬲りものにされて、慰みものにされて、面白おかしく殺されてしまった。

 

「子供を作れる若い子が沢山いなくなって、私の一族はもう子供が殆ど産まれない。繁殖期は15年に一度しか来なくて、例え10人産まれても1人も育たない年もある」

 

そして私は子供を成せない。

一代のみで終わる者だ。

私達は黄昏に染まる滅びの道を歩く一族。

 

「私は一族を守る為に人間に紛れて財を作り、人間の[[rb:政治 > まつりごと]]に関わり、権力を手に入れたんだよ。実際、私なら今の総理を明日にでもすげ替える事も出来る」

 

この国は私の縄張り(マイホーム)だから、リフォームするもしないも私の自由。

 

「どうするよ、天ちゃん?」

 

剛天の前に座る美しい人喰いの獣は再度、尋ねた。

 

 

 

 

 

 

 6月が終わり、7月3日の月曜日。

 

今年は梅雨明けも早く、既に朝から日差しは真夏のソレで汗を掻きながらいつも通りに出社した轟 金剛は、所属している営業部が騒然としている場面に出くわした。

教育係の清澄 雫が金剛に気付いて駆け寄って来る。

 

「轟くん!」

「お早うございます、清澄先輩……これは一体?」

「轟くん、大変よ!鏡係長の事は聞いた!?」

「いや……?」

「係長がさっき、人事部に辞表を提出したみたいなの!」

「…………………………は?」

 

たっぷり10秒置いて金剛は訊き返した。

係長が辞表?(ウチ)を辞めるって事か?

 

「ばんちょーっ!大変ッスよおぉ!」

「番長!番長は最近、係長と仲良かったよね!?」

「何にも聞いてないの?」

 

平と双子もわらわら集まって来る。

 

「いや、別に仲良かったっつうワケでも……」

「だって轟くん、この前は係長のおうちに泊まったんでしょ?」

 

雫の発言にその場が一瞬、シンと静まる。

 

「えぇえっ!?番長、係長ンちに泊まったの!?」

「嘘おぉっ?あの人、男嫌いだから女は泊めても男は泊めないよ!?」

「つかさ、つかさ、やっぱ係長ンちって高級マンション?何階の何号室?」

「間取り教えて!轟くん、お願いっっ」

「ベッドはやっぱりダブルだった?」

「家賃いくらくらい?」

「防音設備はバッチリ?声とか出ても大丈夫?」

 

双子を始め女子社員の食い付きが凄い。

というか、どんな声を出す気だ。

基本的に金剛は女性との接触に慣れていない。

金持ちイケメンを狙う女子社員達にこれでうっかり、係長と抱き合って寝ていたなどバレたらエライ事になると流石の金剛も予測が付いた。

 

「あ、いや、俺、具合が悪かったから覚えてねえ!」

 

迫り来る女子社員の輪から何とか脱け出して、金剛はソッコー逃げた。

 

お、女って怖え……操が懐かしいぜ。

 

どうにか逃げて金剛は幼馴染みの事を思い出した。

彼女はあんな男にガッツく女じゃないと信じたい。

 

「にしても……」

 

鏡 慶志郎が轟に入社した経緯は剛天から教えられていて、金剛も事情を知っている。

回りくどい手を使ってまで入った会社を、そんなにアッサリ辞めるとは思えない。

先週までは普通にしてたじゃねえか。

いや、と考え直す。

確か双子先輩達が係長が妙にピリピリしていると言ってたっけな。

今回の辞表と関係があるのか?

 

「轟くん、丁度良かったわ」

 

考え込む金剛の後ろから声が掛かり、驚いて振り向くと社長秘書の霧島エリカが居た。

 

「社長がお呼びよ。社長室までいらっしゃい」

「は、はあ……」

 

颯爽と歩き出すエリカの後を追いながら、金剛はふと気付いた。

今この人、気配が無かったような気がする。

4年間、パンダ谷で凶暴なパンダと毎日戦っていた金剛は生き物の気配を読み取る能力に優れている。

[[rb:社会人 > サラリーマン]]になった今でも修行は怠らず、それは衰えていない。

金剛の中で何かが警鐘を鳴らす。

それが何かは分からないが、無視してはいけない。

 

「轟、入ります」

 

一礼して金剛は社長室に入った。

 

 

 

 

 

〈これで良かったのかも知れない……〉

 

挨拶をして人事部を出て、誰も居ないフロアを歩く慶志郎の足取りは軽くはなかった。

人事部部長と専務は慶志郎の素性を知っており、その上で辞職ではなく溜まっている有給を使い休職してはとも言ってくれた。

だが、今回の件は下手を打てば轟商事まで巻き込むかも知れない。

その件に関しても彼らは極秘に轟社長から教えられていて、知っていると言っていた。

流石、自社を世界有数の大企業にまで押し上げた社長だ。

情報を掴むのが早い、と感心する。

轟社長のそんなやり手な処に憧れて入った会社だし、もっと学びたい事があった。

自分でも驚く程この会社が好きだったのだと、慶志郎は今さら自覚した。

しかし、実家の危機を見過ごす訳にはいかない。

何より週末に帰った時、皆が自分を本当に必要としているのだと実感させられてしまった。

 

「慶志郎さま、よくお戻りに……!」

 

幼い頃から面倒を見てくれた教育係、古くから鏡家で働いているお手伝いさん達。

皆、慶志郎を待っていた。

そして父と母。母親は泣いて慶志郎を出迎えた。

普段は精力的に仕事をこなす父親の憔悴した顔を見てしまえば、何も言えなかった。

 

鏡に戻って来て欲しい、率直に父親は言った。

改めて今回の件の事を父親から慶志郎は聞かされる。

既に本社で内部調査チームを組み、漏洩の事実と犯人の炙り出しを行っており、大方の詰めに入っている事。

7月7日の金曜日に臨時株主総会を開き、今回の件を公表する事。

これは公安が7月15日辺りで機密漏洩を公表するらしいと情報を得た為、外部によってバラされるよりは自ら過ちを認めた方が社会的ダメージも少なく済むとの判断だった。

また、公安の動きを察知した篠宮が暫くは食い止めてくれるらしい事。

臨時株主総会で鏡社長と副社長が責任を取って退任するが、鏡社長は残務を片付けてからとし、先に副社長が退任して新副社長を迎える。

そのポストに慶志郎が就任する。

土日に辞令を発動し、7月10日の月曜日に緊急記者会見を開いて新副社長の就任を発表する。

その後、父親が社長を退任して繰り上げで慶志郎が社長に就任し、父親は相談役として鏡重工に留まる。

これは決定事項であり、慶志郎に選択肢は無かった。

 

鏡重工の新副社長として就任するまでの1週間の間に、慶志郎は轟商事で抱えている仕事を後任に引き継ぎ、身辺を整理しなければならない。

辞表は7月3日に出すが、受理は7日の金曜日として貰った。

 

「慶志郎、お前には申し訳ない事をしたと思う」

 

父親が頭を下げた。

息子がどれだけ頑張って轟商事に入ったか、親として見守っていただけに辞めさせてしまう事を父親は悔いていた。

 

「いずれ、ワタシは鏡を継ぐ身ですから時期が早まっただけですよ、お父さん」

 

それにワタシはエリートですから、すぐに鏡を立て直してみせますよ。

そう言って慶志郎は笑った。

いずれ鏡を背負わねばならないという自覚は慶志郎の中に間違いなくあり、彼自身もそのつもりだったのは本当だ。

だが、まさかこんなに早くこんな形で背負わねばならなくなったのは予想外であった。

しかし鏡で働く全社員を路頭に迷わせるような事態だけは、絶対に避けなければならない。

己1人が堪えればいい。

上に立つというのは、そういう事だ。

それに、今度は社長として対等の立場で轟商事に真っ向から挑めば良いではないか。

何事も前向きに考えていかなければ。

 

「鏡係長」

 

低い声に慶志郎は顔を上げた。

目の前に険しい顔をした轟 金剛が立っていた。

 

「係長、辞めるって本当か」

「今、辞表を出して来たところだよ。それが何か?」

「何でだ」

「一身上の都合、それだけだよ。ああ、キミはワタシの家の事を知っていたんだっけ。一足お先に上に行くよ、ワタシは」

 

ふ、と皮肉めいた笑みを浮かべる慶志郎を金剛は睨み付けた。

 

「心にも無い事を言うんじゃねえよ」

「は?何の話だい?」

「辞めたくねえんだろう、本当は」

「仕事は単なるヒマ潰しだよ、ワタシにとってね」

 

ここでの仕事は退屈でね、と慶志郎は肩を竦めた。

金剛の表情がますます険しくなる。

 

「嘘つけ」

「何とでも言いたまえ、失礼するよ」

 

冷やかに一瞥して通り過ぎる慶志郎の腕を金剛は掴んだ。

 

「アンタ、自分が今どんなツラしてんのか分かってんのか?」

「キミよりは整っていると自負しているけどね」

 

離せ、と慶志郎が掴まれた腕を振り解こうと捩るが金剛は離さない。

この男はどこまで意地を張ってカッコつける気だ。

金剛の中で怒りが沸く。

無念と諦めと悲しさを滲ませ、今にも泣きそうなツラしてるクセに。

 

「取られたモンは取り返しゃいいじゃねえかよ」

「……っ、簡単に言ってくれるね」

 

初めて慶志郎が済ました表情を崩した。

 

「事はキミが思う程に軽くはない。ワタシの肩には鏡の命運が掛かっている。個人の感情論で大勢いる社員の人生を狂わせる訳にはいかないんだよ!」

「まだ1週間あるんだろ、やるだけやってみりゃあいいだろうが!」

 

ドン、と強引に慶志郎を壁に押し付け、金剛はその顔スレスレに拳を打ち付けた。

ビシリと壁にヒビが入り、何て馬鹿力だと慶志郎が冷や汗を流す。

 

「確かにアンタは頭も良くてエリートなんだろうが、何でそうやって1人で全部抱えちまうんだ!」

「……貴様に何が分かる」

 

金剛の胸倉を掴みズイ、と顔を近付けて慶志郎が低い声で返した。

 

「キミは本当に何も分かっていないんだな。そうやって我武者羅に前に突き進んで行けば事は収まるとでも思っているのか?」

 

これだから馬鹿は困るんだよ。

自分(テメエ)に嘘ついて、誤魔化して生きてくのが賢いってか?」

「みんな、そうやって何処かで妥協して折り合いを付けているんだよ、オトナはね」

「じゃあ俺は馬鹿でいいぜ、馬鹿だからアンタの都合なんざ知ったこっちゃねぇ」

「勝手な事を……!」

「それに俺はまだアンタに借りを返してねえ。営業部の連中だってアンタを必要としてる。頼ってくれたっていいじゃねえかよ、困った時に人に頼るのは恥でも何でもねえよ」

「…………轟」

「俺はアンタを助けてえ。何がやれるかは分からない、でも黙ってんのは性に合わねえ」

 

人に弱味を見せてはいけない、油断は命取りになる。

そう教えられ育ってきた慶志郎に、金剛は頼ってもいいのだと言う。

目の前の男は立場など関係なく、ただ純粋に自分に手を差し伸べる。

慶志郎を助けたいのだと、恥ずかしげもなく言う。

そこに見返りも欲もない。

唐突に慶志郎は理解した。

 

これが金剛が番長たる所以だと。

 

「さっき社長から辞令を受けた。奪還任務だ」

 

金剛が言った。

もうアンタが辞めたって関係なく轟は動くぜ。

 

「…………キミは本当に馬鹿でお人好しだ」

 

金剛から手を離し、遂に観念して慶志郎は俯いた。

 

「辞めたくないよ、ワタシだって」

「じゃ、決まりだ。行くぜ、係長」

 

満足気に頷き、金剛は慶志郎の腕を取ってズンズン歩き出す。

 

「と、轟くん、何処へ……」

「決まってんだろ、篠宮のトコだ」

「篠宮?」

「こらあぁ!誰だーッ、壁に穴を空けたヤツはあぁぁ!」

 

何故?と慶志郎が訊こうとした時、後ろから誰かの怒鳴り声が響いて来た。

金剛が「ヤベッ!」と焦り、慶志郎もギクーンと肩をビクつかせる。

さっき金剛がブン殴った壁の穴の事だ。

 

「に、逃げるぞ係長っ」

「ほんっとーに馬鹿力だなっ、キミは!」

 

言い争いながら2人はバタバタと走って逃げてった。

…………その一部始終を物陰で見ていた人物が居た事には、2人とも気付いていなかった。

 

……な、生の壁ドンーッッ!!からの顔寄せーッッ!

 

物陰で座り込み、感激の余り目を潤ませている清澄 雫である。

営業部を飛び出して行った金剛を探していたら偶然、2人を見付けてそっと忍んでいたのだ。

勿論、壁ドンのシーンは撮影したし特に慶志郎が金剛に顔を寄せた時はベストアングルから高速連写してバッチリ収めたが、金剛と慶志郎は知る由もない。

 

2人には全くその気は無いが、見る者が見ればキスが出来そうな程に顔を寄せていたのだ。

腐女子の妄想を加速させるには十分なホモネタである。

雫は我を忘れ、その場で師匠に撮影した画像を添付して高速LINEを送る。

 

『いやあぁぁぁ!師匠ーっ、壁ドン壁ドン壁ドンよおお!』

『きゃあぁぁぁ!ちょ、ちょ、ナニコレ!まさか生ドン?』

『顔とかこんなに近付けてちゃってたよ!』

『惜しい!あと少しでキス出来たのに何でしないの!』

 

するワケない。

 

『轟くん、こないだは係長の家にもお泊まりしたんだよ!』

『じゃあ、ベタだけど寝惚けて同じベッドで寝ちゃったパターンだよね!』(大正解)

 

腐女子のホモ展開に対する勘は鋭い。

 

《big》結論:腐女子はシリアスもホモに展開する生き物。

 

 

 

 

辞令

 

 

轟商事営業部 番長 轟 金剛

 

奪還任務を命ずる。

 

以上

 

 

 

 

 

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