女ハーフエルフにts転生して異世界の森で暮らしてたら前世のクラスメイト達が転移してきた件について 作:アマゾン
人混みを掻き分けながら進み、やっと俺は目的の白亜の屋敷の前まで辿り着いた。
荘厳な扉に着いた金色の龍に触れると、カチャリという音と共に門のロックが外れた。と、同時に屋敷の中からメイドたちが何十人も出てくる。先頭の老女はボロボロと大粒の涙を流していた。
「……メイド長」
「お、お嬢様……っ! 帰って来て下さったのですね!? 」
その人は、幼少期に俺への世話や教育を担当した待女だった。
かつては艶やかだった金髪は白髪が混じり始め、顔に刻まれた皺は深い。
実の母は俺が産まれてすぐ死んでしまったし父に関してはアレだから、俺の実質的な育ての親だ。昔はエルフの里に居た筈だが、今はここで働いているのか。
「さぁ、旦那様がお待ちですよ……あぁいえ、そんな無骨な格好では駄目です。ドレスを用意しておりますからお着替えください」
「……女の服は嫌だ」
「貴女ももう大人の女性なのです。そんな事を言って婆めを困らせないでくださいまし」
「むぅ……」
館の扉をくぐるなり、俺は巨大な鏡のある部屋に通された。
数人のメイドたちが手早く鎧の留め具を外してくる、一分程で全てを脱され俺は一糸纏わぬ姿になった。
メイド長を含めた皆は、そんな俺を見て驚いたように目を見開いている。中には何故か頬を赤らめている者も居た。
一応同性なのにと、疑問に思う。
「どうした」
「……お美しく、なられましたね」
「身内の色眼鏡だろう。寒いから早く着させてくれ」
「ふふ、そういう所、お母様にそっくりですよ」
ひらひらした純白のドレスを着せられながら溜め息を吐く。脱ぐのが大変な奴だ。昔は無理やり着せられてトイレなどに苦労した覚えがある。
あの父親の趣味なのだろうかもしれない。怖くて聞けないが。
「さぁ、旦那様のお部屋へ向かいましょう」
メイド長に着いていく。広い廊下の先に、巨大な鉄の扉が設置されていた。あそこが奴の寝室かつ研究室だ。
内部から、歯車同士が噛み合うようなギシギシという音が聞こえてくる。
「旦那様、お嬢様がお見えになりました」
ノックしながらメイド長が呼び掛けるが、返答が無い。恐らく作業に集中して聴こえていないのだろう。
メイドたちは困った顔をする。あの扉は特に施錠されていない筈だが、単純にクソ重たい。並の女の腕力では数人がかりでも動かすことさえ出来ないだろう。
まあ俺は並みではないのだけど。全身に魔力を巡らせながら、扉を軽く小突いた。
「……どいててくれ」
「お、お嬢ーー? わっ!?」
鉄製の重厚な扉が地面を擦りながら開いた。表面が少しだけ指の形に歪んだが許容範囲だろう。
奴は滅多な事では怒らない。素の状態がイカれてるからかもしれないが。
「お父様」
呼び掛けてから、中に入る。
そこには『部屋』と呼ぶのが適切なのかどうか疑問を抱くほどの光景が広がっていた。
一言で言うのならば、工場だ。蒸気が立ちこめ、鉄が犇めいている。
そして、その中央にある安楽椅子にはいつも奴が……
「……あれ」
アルスバーヴンが、居ない。メイド長もポカンとしている。
どういう事ーー
「いやはや、いやはやいやはやいやはや……娘が力強く育ってくれて私は嬉しいですよ、アル。親にとって子供の成長は幾つになっても至上の幸福です」
ーーその声は、俺の背後から聞こえてきていた。
咄嗟に振り向くと、メイドの一人が顔に手を当てながらクツクツ笑っている。
そしてそのまま、メイド服を脱ぎ捨てながら指をパチンと鳴らす。
「
メイドの肉体が粘土のようにぐにゃぐにゃになり、そのまま鈍い銀色へ塗り変わっていく。
次第にその姿は、俺の見知った物へと完全に変化した。
……まさか。
「だ、旦那様っ!? 一体いつから……!?」
「昨日からですよ、メイドとしての業務は中々に有意義でした疲れました」
「急に仕事が速くなったと思ったら……気がつけず申し訳ございません」
「いえ、君に落ち度はありません。頭を上げて下さい。……さて」
流線形の、どこか生物的な印象を感じる鎧に身を包んだ男は呆然とする俺に対して優美な一礼をした。
フルフェイス冑のせいで表情は伺えない。
「三年ぶりでしょうか」
「……はい、お父様」
と言っても、こいつはずっと俺を監視していたのだろう。
捻れ騎士アルスバーヴン……こいつには『兵器』がある。
この星に居る限り、この狂人の目から逃れるのは不可能だ。
「お友達はできましたか?」
「はい、一人ですが」
「おぉ、それは素晴らしい! 今度ぜひ連れてきて下さい。歓迎しますよ」
何分か世間話をした後で、アルスバーヴンはふと気が付いたように『あぁそうだ』と言った。
「実は、君に紹介したいものがありましてね」
俺は思わず身構えた。……恐らくこれが本題だろう。
意図せずして、緊張で身体がぎくしゃくしてしまう。
「なんでしょうか」
「こちらですよ……おい、来なさい"
アルスバーヴンが呼ぶと、歯車部屋の奥からのっそりと一人の青年が現れた。
虚ろな瞳、口端から溢れた唾液、明らかに薬漬けの廃人といった風体。だが特筆すべきはそこではないーー
ーー異世界人?
俺は冷や汗が吹き出るのが分かった。
「……なん、で」
「珍しい民族でしょう? おや……酷い顔をしていますよアル。単に未発見の人種を入手しただけです。何も不明な点は無い。それともーー何か、心当たりがあるのですか?」
アルスバーヴンの問いに、俺は反射的に首を横に振った。
シンジが危ない、そう直感したから。
「あぁ……そう言えば、昨日見たアルの"お友達"もこれと似通った容姿をしていましたね。やはり、ぜひ会いたいものです……」
「……っ、お父様! それで、本題はなんでしょうかっ!? 私を呼びつけた、目的は……!」
「おや失礼。すぐ興味が逸れてしまうのは私の悪い癖です。……そうですね、単刀直入に言いましょうか」
アルスバーヴンは、ゼロナインの手を引っ張って無理やり俺の前に立たせた。
何がくる……殺しか、破壊工作かーーはたまた、国落としか。シンジを守るためなら全てやってやれる覚悟がある。
……あの日、あいつが手を差し伸べてくれた瞬間から。俺達は一蓮托生の関係になったのだ。
だから、なんだってーー
「アルには、これとセックスをして欲しいのです」
ーー頭が、真っ白になるのが分かった。
「……え?」
「厳密には子作りです。もちろん性的快楽を
思わずゼロナインの方へ向く。
だが、やはり白痴なようで明後日の方向を見たままポケっとしている。
「まぁ……性行の際は君にも"これ"にも強い媚薬と投与しますから、苦痛は伴わないでしょう。安心してください。どんな女傑も丸三日は雌猫のように盛り続ける妙薬ですので。君もきっと楽しめる」
アルスバーヴンは俺の肩に手を置き言った。
まるで生物とは思えない、金属のような冷たい手だった。
「なぜ……」
「この民族は、龍因子への耐性がかなり強いようでしてね。それも少量では効果が表面に出ない程に。しかし魔力量などは極めて少ない。だから品種改良を施そうと思いまして。君との子なら、その問題はクリア出来る」
「で、ですが」
「あぁ、安心してください! 君が育てる必要はありませんよ。産まれてすぐ薬漬けにして、これと同じ状態にしますので」
ーー絶句、する。
メイド長の方を振り向けば、沈痛な面持ちで俯いていた。
……メイド長は昔、孤児の自分をアルスバーヴンが拾ってくれたのだと言っていた。だからこそ、逆らえないのだろう。
「決行は一週間後です。それまでに君も体調を整えておいて下さい」
俺は自分の下腹部に手を当てた。
……俺のこれ程度で、シンジを守れるなら安いものだ。だが、自分の指とかならまだしも男のものを自分の中に入れられるのは流石に抵抗があった。
腹の奥が、きゅっと縮むような感覚を覚える。
心音がバクバクとうるさい。初めて人を殺した時と似た感じだ。
異様に渇いた喉から、何とかして肯定の言葉を絞り出す。
「……分かり、ました」
「おぉ、ありがたい……協力的な娘を持ててお父さんは幸せ者です」
それから、何も考えられなくなってしまった俺はメイド長が止めるのも聞かず逃げるようにして屋外へ出た。
外はもうすぐ夜のようで、肌寒い。
ふらふらと、薄暗くなった街を歩く。
夕暮れの琥珀色、そこに暗雲が迫ってきている。
「……ぁ」
その時俺は、重要な事に気がつく。
あの家に、鎧を忘れて来てしまったのだ。
ーーこれじゃ
「あっ、ははは……」
ぺたんと、路傍の石畳に座り込んでしまう。
メイドたちに結られた銀色の髪をくしゃくしゃにして、頭を抱える。
だがすぐに、近づいてくる何者かの気配に気が付いた。
ほんの少しの期待と警戒を籠めて、顔を上げる。
「シン……」
「ね、ねえっ、君、俺らと遊ばねぇ……? すげぇタイプでさ……! 退屈はさせねぇよ!」
ーー当たり前と言うべきか、そこに立っていたのは求めていた人ではなく三人組の若い男たちだった。
口角をだらしなく吊り上げ、俺の方へ手を伸ばしてくる。
「……今は私に話しかけないでくれ。殺してしまいそうなんだ」
「嬢ちゃん、おもしれぇ事言うな。続きは宿で話そうぜ、へへ……」
男の一人が俺の手首を掴み、引っ張ろうとしてくる。
……人混みでの戦闘は面倒だ。手早く済ませよう。右腕に魔力を巡らせようとする。
「あ、やっぱり……! おーい! 宿の窓から見えてさ! 村のっ……! 君だよな!? 大丈夫かよ!?」
「……?」
間の抜けた声の方向を見ると、そこにはこちらへ走ってくるシンジの姿があった。
……ここ、シンジたちを待機させた宿の近くだ。
「あぁ? んだテメェ!?」
「うぉぅ……ナマの荒くれ者とか初めて見たよ……マジで居んだなこういうの……」
「何ぼそぼそ言ってんだ!? ナメてんじゃねぇぞおめぇよぉ!」
胸ぐらを掴まれシンジが持ち上げられる。
筋骨隆々な男三人に囲まれ、シンジの表情には珍しく焦りが見えた。いつもの不自然な笑いは張り付いたままだが。
「え、ぇー……いやー、えっと、その子嫌がってるだろ! みたいな?」
「ッチ……決めた、てめぇはボコす。半殺しにしてやるよ」
「よ、よーし、おい君! ここは俺に任せて逃げぐぼぉっ!?」
男の拳がシンジに顔面を抉った。自分の顔が引きつるのが分かる。
ーー殺すか。
処理は面倒だが、ゴロツキの二、三人程度なら簡単に隠蔽できる。
右手に水弾を装填した。小規模だがこいつらの頭蓋程度なら破裂させられる程度の威力はあるーー指先でピストルを形作って男へ向ける。
だがその時、割り込んできた何者かの拳が三人の男の内一人を殴り飛ばした。
……今度は、誰だ。
「ふぅ……こんな所に昔馴染みが一人。王都に来て早々、運命とは数奇な物さね」
「な、なんだっ……!? おいババアよくもこいつをーー」
ーーそこに立っていたのは、黒いボロボロのマントを纏った女だった。
魔女のようなとんがり帽子を深く被り、全身にジャラジャラとした銀の十字架をぶら下げている。
背中にはクロスするようにして戦斧と杖が装備されていて、魔女の皮を被った戦士、といった印象を受ける。
「……アラバツガリィ」
「あんた今、殺そうとしただろう。駄目だよ……命ってのは星より重たいんだ」
ーー"砦騎士"、あるいは"魔女狩りの王"アラバツガリィ。
アルスバーヴンと同等の冒険者階級、『叙勲騎士』クラスの人物が、そこには立っていた。