女ハーフエルフにts転生して異世界の森で暮らしてたら前世のクラスメイト達が転移してきた件について 作:アマゾン
「……よし」
クラスメイト達と再会してから半日後、鎧を脱いでエプロンを着けた俺はキッチンで肉を捏ねていた。
小分けにされたそれはクラスメイトの人数分、30個。
大きさが均一な事を確認した後、その内の4つ程を油を引いたフライパンに乗せて魔術で火を着ける。
「あいつ確かハンバーグ好きだったよな……」
一緒にファミレス行った時だっていつもハンバーグしか頼んでなかったし、きっと大好物なのだろう。
焼き上がったミンチ肉に菜箸で穴を明け、火が通っている事を確認してから次の列へ移る。
そんな作業を一時間程繰り返し、30個数のハンバーグが完成した。
野菜と一緒に皿に盛り付け、お盆に乗せて魔法で作った即興の台車に乗せる。ガ〇トとかで店員さんが使ってるあれだ
「……喜んで、くれるかな」
……今の俺は、シンジに嫌われてる。
食い物で好感度が上がる程単純ではないと思うが、それでもまずいのと美味いのとでは大違いだろう。
「食堂設備しなきゃ……」
テキパキと鎧を着直してキッチンから出た。
……俺が昔ノリと勢いで作った部屋は三つある。
図書館、トレーニングルーム、そして食堂だ。
三つとも今は使ってない。一人暮らしで食堂なんて使うワケ無いし、トレーニングなんて三日坊主で終わった。重力魔法とか仕組んでドラ◯ンボールばりの過酷環境にしたのだが。無駄な苦労だった。
唯一使ってるのは図書館だけど、それも最近は行ってない。
食堂へ入り、長机に置いたランタンに魔力を流す。
すると全ての机の上の灯りが連鎖するように点灯した。薄暗かった食堂が一気に明るくなる。
そこに皿と、よく洗ったスプーンやフォークを置いていく。
「……よし、皆呼ぶか」
クラスメイト達の部屋を巡り、『夕飯の準備が出来たから、早めにこの先の食堂に来てくれ』と言って回った。
……まぁ、来ないだろうけど。シンジに大丈夫だって伝えて貰えば良いか。
全ての部屋に行った後、俺は一つの部屋の前で立ち止まる。
……あんな事あった後だから、緊張するな。
なんて声を掛けようかーー
「あれ、アルさんなにやってんすか?」
「ひゃいっ!?」
後ろから肩を叩かれた。
その声に振り向くと、そこには笑顔のシンジが立っている。
ティッシュで手を拭いてるからトイレに行っていたのだろう。
こ、こいつ、油断してたとは言え俺の背後を取るとはやるじゃねぇか。というか変な声出た。
普段は意識して低い声出してるからか、咄嗟だと素が出るな……
「あ、ぁあいや。夕飯の準備が出来てな。君に、伝えようと思って……この廊下の先の食堂に来てくれ」
「おお、どうりで良い匂いしたんですね。じゃあ俺はクラスの連中に安全だったって伝えてきまーす」
「……察しが良くて助かる」
「いえいえ」
首筋を掻きながらニコニコ笑い、俺に手を振ってシンジは小走りで去っていく。
まるで嫌われてるとは思えない。だが挙動の端々に、嫌いな人間に対してシンジが無意識に行う動作が含まれていた。
……あいつ、馬鹿な癖に自分の外面繕うのは上手いからな。
間宮 シンジは反吐が出る程嫌いな相手とも笑顔で会話できるタイプの人間だ。
あの演技を見抜くのは初見じゃまず不可能。長年付き合ってる俺からしたらバレバレなんだけれども。
あいつが『嘘笑い』する時は、まず右の口角が上がる。それから首を僅かに左へ傾けて顔をくしゃっと『笑み』にする。
さっきの笑顔はそれだった。……前世の俺には、一度も向けてこなかった表情。
「……はぁ」
食堂に入り、俺は溜め息を吐いた。
……今生じゃ周りにほぼ悪人と狂人しか居なかったせいで忘れていたが、近しい人間に拒絶されるというのはとても苦しい事なのだ。今になって思い出した。
なんと言うか、胸が詰まったみたいに息がしにくい感覚。
「アルさーん。みんな連れてきましたよー……って、すげぇ。ここにこんな場所あったのかよ」
そんな事を考えてる内に、皆を引き連れてシンジが入ってくる。
クラスの面々は、食堂を見て『おぉ』とか感心したような溜め息を漏らしていた。
「好きな席に座ってくれ」
そういうと、おずおずと皆は席に着いていく。
シンジは一人で端っこに居たので俺はその横に座った。一瞬だけ『うわなんだコイツ』みたいな顔をされたが、気付かないフリをして前を向く。ちょっと泣きそうになった。
「そ、それじゃあ、食べて貰って構わない。飲み物が欲しかったら、後ろの方にある魔術ウォーターサーバーから取ってくれ」
だが、皆は一向にハンバーグに手を着けようとはしなかった。
全員がシンジの方を向いて黙っている。
「あー、はいはい、毒味しろって事ね……」
呆れた顔で言いながら、シンジはフォークでハンバーグを口に運んだ。
何度か咀嚼した後、驚いたように目を見開く。
「……美味い」
「そうか。それは良かった」
俺に返事をしないまま食べ進めるシンジ。
数分後、ハンバーグを全て食べ終えたシンジが満足したように背もたれへ倒れ込んだ。
そして、こちらを向いて口を開く。
「……アルさん、料理も出来るんすね」
「森暮らしに自炊は必須だからな」
「いや、そういう次元のクオリティじゃないでしょこれ……なんでファミレスより美味いんだよ……」
食べ終えてもシンジが倒れたりしないのを見て、クラスメイト達もハンバーグを食べ始める。
それを確認してからなんとなくシンジの皿を見ると、付け合わせの野菜が残されていた。
こ、こいつ、そう言えば前世の時も俺の皿に自分のニンジンとか移してきてたな。
何回『野菜食わないと健康に悪いぞ』って言っても効果は無かったが。
「……おい」
「な、なんすか」
「野菜を残すな」
「……あー、アルさん付け合わせのミックスベジタブル食べるタイプ? あれって俺的には視覚的な彩りを楽しむためのモンだから、食うのは野暮ってか、ニンジン嫌いって言うか……」
「食え」
「……はい」
ちびちび野菜を口に運んでいくシンジを見ながら俺は溜め息を吐いた。
「"野菜を食べないと健康に悪いぞ"」
「っ……!?」
ギョっとしてシンジが振り向いてきた。
な、なんだ? なんか変な事言ったか?
「どうした」
「……いや、何でも、ないっす」
皿に向き直り、再び野菜を食べ出す。
……何故かその時、俺にはシンジの顔が、少しだけ泣いてしまいそうに見えた。
そんなに野菜を食べたくなかったのか……?
◆
「……なんで」
食堂から自室に戻ったシンジは、ベッドに倒れ込みながら小さくそう溢した。
……アルシュタリア。自分が最も嫌う『人格者』という人種。
料理も運動もできる、しかも性格も良い完璧な人間ーーなのに。
『野菜を食べないと健康に悪いぞ』
「……ぁあクソ」
ーーあの瞬間だけ、アルシュタリアが"ハツミ クズハ"に重なって見えた。
優しい声で、呆れながらも自分を心から心配してくれていた親友と、異界の騎士が被ってしまったのだ。
「……嫌いに、なれねぇ」
シンジがアルシュタリアに対して抱いている感情は、かなり複雑な物だった。
先程までは確かに大嫌いだったーーが、今は一概にそうとは言えない。
これはさっき気が付いた事だが、シンジがアルシュタリアに対して好ましくない反応をした時に、アルシュタリアは必ず一瞬動きを止める。
そして次に話し掛けてくる時は、少しだけ弱々しい声になっているのだ。
……まるで、シンジに拒絶されるのが苦しい事であるかのように。
それを見て、アルシュタリアは自分と真剣に向き合おうとしていると分かってしまった。
「……ああいうのが、一番やりにくい」
ーーやっぱり、嫌いかもしれない。
完璧な人間ほど、不自然かつ気持ち悪い物は存在しないのだから。