女ハーフエルフにts転生して異世界の森で暮らしてたら前世のクラスメイト達が転移してきた件について   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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9.『私』はずっと一人で

「シンジ、シンジっ! ほら、焼き鳥いるか? 成長期なんだからしっかり食べないと駄目だぞっ!」

 

村の広場、ベンチの上。

店で買った串焼きを嬉しそうに自分へ差し出してくるのは、まるで至高の芸術品が如き美貌の少女。

プラチナを練り上げたような白銀の頭髪を後ろに束ね、宝石を嵌め込んだと言われても信じてしまいそうな翡翠の瞳が猫のように細まっている。自分に押し付けられてくる肌は磁器と見紛うまでに白く良い匂いがした。すべすべもちもち。

にまにまとだらしなく緩んだ口元とそこから流れ出る鼻唄が、彼女がすこぶる上機嫌だということをシンジに伝えてくる。

 

「……うめぇ」

「ふふふ! そうだろう、そうだろう! この村では私が考案したんだ!」

「はー、すごいすごーい。料理うまいんだねー」

「ふははは!」

 

ーー『異世界の村で出会った美少女銀髪エルフが何故か好感度マックスな件について』。

そんなラノベのタイトルみたいな状況が今、シンジを襲っていた。

にこにこ無防備にじゃれついてくる傾国とかそういう次元を遥かに越えた美少女をシンジは横目で見た。

肩に何度も感じた柔らかい物体が、何かの拍子にまた当たらないかビクビクする。

 

「……あの、おっぱい当たってるんですけど」

「知らない!」

「知れよ」

「私達には関係ないだろうっ!」

 

何故かドヤ顔でびしっと指差してくる少女に『関係あるだろ』とシンジは心の中でつっこんだ。

 

「はぁ」

「ため息を吐くと幸せが逃げるぞ」

「半分ぐらい君のせいだよ……」

 

元々、間宮シンジという人間は母親以外の女性に好かれる経験が皆無である。彼の女性に対する苦手意識もそこが由縁なのかもしれない。

そんな彼が、なぜ急にこんな絶世の美少女にガチ恋距離で迫られているのか。異世界に来た途端、前まで冴えなかった奴がモテ始めるのはラノベではお馴染みの展開だが、この少女の自分への態度はそういう次元ではない。

言うなれば、忠犬が10年ぶりに飼い主と再開したような込み上げるモノを感じさせた。ぴこぴこ上下する長耳が尻尾のよう。

その裏表の無い純粋な好意を向けてくる少女に、シンジは『嘘笑い』でない、ぎこちない笑みを返す。

 

「シンジ、次はどこに行くっ!?」

 

……弾んだ声で問い掛けてくるこの少女に対してシンジが『嘘笑い』を行使できないのは、容姿とは別の理由があった。

 

「そう、だな……」

 

ーー似ているのだ。『親友』に。とてつもなく。

初見 樟葉(くずは)と、この少女は容姿を除いてそっくりだった。仕草も、何もかも。

 

樟葉は、料理が上手かった。

樟葉は、自分と遊ぶ時とにかく楽しそうだった。

樟葉は、笑うと猫みたいに目が細まった。

樟葉はーー

 

「っ……」

「ど、どうした? 頭でも痛いのか?」

 

ーーそこまで考えて、やめる。

樟葉はもう居ないのだから。

心配そうに自分を覗き込んでくるこの少女にその面影を感じたとしても、それらきっと錯覚に過ぎないのだから。

 

「はっ……はは、何でも、ないよ」

「そうか、じゃあ次はあの雑貨屋さんに行こう! 私が作ったこの村のゆるキャラのアクセサリーが置いてあってな……」

 

少女は腰を抑えながら立ち上がり、一瞬だけ痛みに耐えるように眉を寄せる。しかしすぐ、にぱっとした笑顔になった。

柔らかく小さい(てのひら)がシンジの右手を掴んで、ぐいぐい引っ張ってくる。

しかし、心なしか顔色が悪い。

 

「……具合悪い?」

「っ、いや、別にっ」

 

良く見ると、肌寒いのに少女の額には冷や汗が浮かんでいた。

先程からしきりに腰を抑えたりもしている。

……もしかして、とシンジは恐る恐る口を開いた。

 

「トイレ?」

 

言ってからハッとする。デリカシー無かったか。

ミルクに浮かべた桜花弁のように白い頬を赤くする少女を見てシンジは思った。

 

「っ、はぁっ!? いや、違うし……ハーフエルフはトイレなんてしないしっ」

「そんな昭和のアイドルみたいな種族存在しないだろ……と言うかハーフなのね……」

 

言われてみれば、創作などで一般的に見られるエルフよりすこし短い耳。人間より多少長いぐらいだろう。

少女は何かを耐えるように腰を動かしていたが、少しすると観念したように口を開いた。

 

「……あの、生理なんだ。薬を買いに薬局に向かっていたんだが君と話してたらテンション上がっちゃってな。忘れてた」

「俺なんかと話して楽しい?」

「ここ二十年で一番楽しいぞ!」

「か、変わってるね……じゃ、俺はこれで。多分アルさん待ってるし」

 

シンジは少女に背を向けて歩き出そうとするが、何か強い力で押さえられて動けなかった。

恐る恐る振り向くと、そこには俯いたままこちらの手首を掴む少女の姿がある。

 

「……てきて」

「え?」

「その、ついて、来てくれ……もう少しだけ、こうして君と話していたいんだ」

 

頬を掻きながら恥ずかしそうに言う彼女に、シンジは訝かし気な顔となった。

ーー流石に、馴れ馴れしすぎる。もしかして新手の美人局(つつもたせ)か何かなのだろうか。

そうだった場合アルシュタリアに迷惑を掛けそうだから、何としても回避しなければならない。

樟葉に似ているだけにキツイ言い方はしにくいが。

 

「なんで俺にそんな固執すんだよ……君みたいな可愛い子ならもっとイケイケな男捕まえられると思うぜ? ほら、俺とか三枚目どころか六枚目ぐらいだし」

「かわっ……? い、いや、君じゃなきゃ駄目なんだ!」

「いや、だから」

「さっき友達だって言ってくれただろ!」

「それは、そうだけど……」

 

透き通る翡翠の瞳を涙に濡らしながら言う少女。

……すぐ泣きそうになるのも、樟葉そっくりだ。

でもその癖無駄に行動力があって、何度も助けられたっけ。

 

シンジの父親はアルコール中毒で、酒が入るとよく暴力や罵詈雑言を浴びせてきた。それに慣れていたシンジは何も感じなかったが。

だが彼の全身にできた青痣を見て、樟葉は何を思ったのか家まで着いてきた事があった。『秘策がある』などと(のたま)って。

以前、家の前で待っていた樟葉に父親の怒号と酒瓶の割れる音が何度も聞こえていたらしいからそれと結び付いたのかもしれない。

 

『シンジの事殴るなら、俺の事殴ってください』

 

それは、土下座だった。あまりにも情けない『秘策』とやらに思わず笑ってしまったのを覚えている。

玄関先で近所の目も(はばか)らずに半泣きで頭を下げる樟葉に父親は面食らっていた。

樟葉が男子高校生の癖して無駄に綺麗な顔立ちをしていたのも周囲の同情を煽ったのだろう。近隣住民の通報により、母の死んだ小学生から続いていた父親の虐待は明るみとなった。

絶対的な支配者であった父へ逆らう事を無意識に恐怖していたシンジは、警察に連行される父親見てその時初めて目を開けたような気分になったのを覚えている。

 

一人になったシンジの家に、樟葉はよく朝飯や夕飯を作りに来た。『お前一人だと餓死しそうだから』と。

初めは焦げていた卵焼きも次第に整っていき、しばらくするとレシピ本と同等のクオリティになった。

当時は弁当含めてほぼ毎日樟葉の料理を食べていたのではないだろうか。

……でも、そんな時。樟葉はーー死

 

「ーーおい、シンジ、シンジ……? 無視しないでくれ……」

「あっ、ああ! ご、ごめん」

 

回顧に浸っていたシンジを、鈴の転がるような美声が呼び戻した。

目の前に意識を戻せば、そこには例の樟葉に似た少女が。

半泣きと言うかもはや八割泣きで、立っていた。

 

「……分かった。もう少し、話そうか?」

「っ、あ、あぁっ! それが良い……!」

 

着いてこいと言いながら嬉しそうに前をとことこ走っていく少女に、シンジはちょっとだけ笑いながら溜め息を吐いた。

少し歩いてたどり着いたのは、十字のマークが付いた建物。ここが恐らく薬局なのだろう。

少女は少し待っててくれと言ってから、そこへ入っていく。

 

「……こほん、すまないご老人。例の薬を。」

「あらアルちゃん。今月は遅いと思ってたけど」

「あ、アルちゃんって呼ばないでくれっ! 今はちょっと事情があって……」

 

店内で何やら談笑している少女をシンジは横目で見た。

店主らしき老婆から何やら小瓶を渡されている。そこから丸薬を一粒取り出して口に押し込んだ。

白い喉がコクンと震える。少しほっとした様な顔になって店から出てきた。

 

「それじゃあ、行こう?」

 

先程より幾らか余裕のある様子で少女が手を差し伸べてくる。

シンジは、その手を取った。

 

 

それから、シンジと少女は村の色々な場所へ行った。主に食べ物。少女はシンジが食べるのをとても嬉しそうに眺めていた。

君は食べないのかと聞いたが、『私はこれ以上成長できないから、ちょっとで良いんだ』と少しだけ寂しそうに言ってきた。

 

少女はこの村でかなり親しまれているようで、子供達に耳をぐにぐにされたりして遊ばれていた。なぜか名前を呼ばれそうになると『あー!あー!』と叫んで掻き消していたが。

 

「君、名前なんて言うの?」

「……ずは」

「え?」

「な、なんでもないっ! 秘密だ秘密!」

「ははは、なんだよそれ」

 

そんなこんなで、気が付けば夕暮れ。夜になると森を抜けるのも危ないだろうからもう帰らなければならない。

少女もそれを直感したようで、悲しそうに笑いながら、ずっと握っていたシンジの手を放した。

 

「今日は楽しかったよ」

 

それはシンジの本心であった。

自分でも驚くぐらい、この少女と行動を共にすることは楽しかったのだ。

少女はそれを聞いて、今日一番の『にぱっ』とした笑顔になる。

 

「そう、か……それは、よかった。本当に」

「っ、あの、さ」

 

少女の言葉を遮るようにして、シンジは口を開いた。

……言うか言うまいか、ずっと悩んでいた言葉。一瞬だけ躊躇する。

だが、ここで言わなければきっと後悔するという確信があった。

 

「君、この村に住んでるんだろ? もし俺が次村に来たら、またこうやって遊ばないか」

 

少女は呆けたようにポカンとする。

ーーこんな男が、身の程知らずだと思われたか?

シンジはそういった情欲的な、男女的な理由で言ったわけではないのだが向こうからはそう思われるかもしれない。

言い方を間違えたか、そう後悔して。

 

「ーーああ、遊ぼう! 次も、そのまた次もっ……何十年先もっ!」

 

が、先程の記録を塗り替える満面の笑みを浮かべた少女によって、そんな不安は一掃された。

手を振りながら去っていく少女へゆらゆら振り返すと、細い腕が千切れるんじゃないかってぐらいブンブン振ってくる。

それは、彼女の姿が見えなくなるまで続いた。

 

「……ふっ」

 

ーーああ、楽しかった。本当に。

久々に心の底から笑った気がする。

ベンチに腰掛けながら眺めるオレンジ色の夕焼けが、とても綺麗に見えた。

 

「おい、シンジ」

「おわっ!? ……って、アルさんすか」

 

背後から声を掛けられて振り向くと、そこには見馴れた全身鎧が佇んでいた。

 

「用事終わったんですか」

「あぁ……ちょっとな。大切な、とても大切な友達に会ってきたんだ」

 

いつもより暖かい声色で、アルシュタリアは告げた。

それになぜか嫌な予感がしてシンジの頬に冷や汗が伝う。

 

「……アルさんの彼女って、銀髪のハーフエルフだったりしませんよね?」

「は……?」

 

 

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