転生幼女がDQ5にインしたようです   作:よつん

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時には急ぎすぎて、

 

 ざわざわと妙な胸騒ぎを覚えながら、リュカはヘンリーたちに村の中を案内していた。サンチョは村の人々にラインハットに訪れた脅威について話して回り、万が一の時のために避難や防衛の準備をしておくよう呼び掛けている。村の人々は恐怖に身を震わせていたものの、リュカたちを見れば気丈に「パパスさんは絶対に帰ってくる!」と励ましたり、「魔物なんか怖くねぇ、へっちゃらさ!」と明るく振舞ったりしていた。

 

 しかし、歩きながら空を見上げていると、キメラの翼を使ったらしい人々が飛んでいくのが見えた。ラインハットはどうなっているのだろう、と自然と三人の顔が曇る。避難せざるを得ない状況というのは、形勢が不利ということではないのか。

 

 そして、昼を過ぎたころ。傷だらけの兵士がサンタローズを訪れた。まさに満身創痍といった様相で、リュカが回復魔法を掛けても、焼き爛れた右腕は動くようにはならなかったほどである。彼はラインハットがどうなったのかを、村長であったパパスの代わりにと村の代表を務めるサンチョに話したいと申し出てきた。

 

 初めは子どもたちが同席するのを拒んだ彼だったが、王子たちが「自分たちの国がどうなったか、知る権利がある」と口にしたのを聞いて、涙ぐみながら何度も何度も頷いた。子どもたちは、誰一人言葉を発せない。そんな中、兵士はぽつりぽつりと語り出した。

 

「城の地下で爆発音がしたと思ったら……魔物がなだれこんできて……」

 

 魔物の数は百や二百ではないだろう。それでも、兵士たちは奮戦した。魔物にやられるだけでなく、きちんと勤めを果たし、王を守るべく戦った。彼は主に、城にいる非戦闘員の避難に当たっていたが、あらかた城から人がいなくなったのを見届け、自分も他の兵たちの加勢に向かおうとしたときだった。ものすごい爆発により、城が崩れ始めたのだ。瓦礫を避けながら城から脱出すると、城から「なんだかとてつもなく恐ろしい気配」を感じて、情けなくも這う這うの体で逃げ出してきたのだと語った。

 

「本当なら陛下をお守りするのが使命なのに……殿下たちに合わせる顔も、本当ならありません……」

 

 俯き、涙を流す兵士に、「馬鹿野郎」とヘンリーが呟くように言った。

 

「命あってのことだ。それに、父上には覚悟があった。お前の情報はオレたちの『力』になるかもしれない。もっといろいろ聞かせてくれ。城が崩れたのは分かった。城下町の住人たちはどうなった?」

 

「それは……パパス殿やアルマちゃんがキメラの翼を配って、逃がして回ったと聞きました。実際に、城下町には人の姿はありませんでした。自分は話していませんが、パパス殿が城の中に残っていた人たちにもキメラの翼を渡して回っていたのを見掛けています」

 

「お父さんとアルマはどうなったの!? アベルは!?」

 

 身を乗り出したリュカに、兵士は悲痛な面持ちで首を振った。

 

「分かりません。謁見の間に向かったことは確かなようですが……無事かどうかの確認は……」

 

「ねえ! サンチョ!! ラインハットから魔物がいなくなったなら、お父さんとアルマと王さまがどうなったか、確かめに行こうよ!」

 

 顔をくしゃくしゃに歪めて叫んだリュカに、サンチョは「なりません」と静かに言った。

 

「まだ安全とは言えません。魔物がいなくなったという確認もできていない。坊ちゃん、ここは旦那様を信じて待ちましょう」

 

 リュカはもはや、何も言わなかった。

 

 それから、数日が過ぎてもパパスとアルマはサンタローズに帰ってこなかった。村の人たちはふさぎ込むリュカを心配して声を掛けたが、あまり意味はなかった。

 

「なあ、リュカ。案内してくれよ。そこの洞窟、アルマと探検した場所だろ?」

 

 唯一、この傷心の少年が耳を傾けるのは、同じく傷心しているはずの親友の言葉だけだった。ヘンリーは明るく振舞いながら、あるときは理由をつけて、あるときは理由なんてなくてもリュカを家の外へと連れ出し、気を紛らわせるようにいろいろな話をした。デールももちろん、それに加わった。

 

「実はさ、オレ聞いちゃったんだよ。パパスがあそこの洞窟に何か隠してたらしいって、じいさんが言ってたんだ。探検しようぜ!」

 

「うーん……でも、お父さんはいかだを使って洞窟に入って行くことが多かったから、隠してたなら、いかだを使わなくちゃ行けないところじゃないかなぁ」

 

「なんだよ、つまんねーの。いかだはあのじいさんが見張ってて使わせてくれねーもんなぁ。ま、リュカとアルマが探検したところを見てみたいってのも本当だぜ。行くとするか」

 

 一通り探検しても、体力のある子どもたちは昼前に出発して、太陽が真上にあるころに戻ってくることができた。家に戻れば、サンチョがあたたかな昼食を用意して待ってくれている。

 

 パパスとアルマがいないだけ。その状況が、リュカにはあまりに寂しく、つらいものだった。やっぱり、探しに行きたい。そう思うのも自然なことであり、彼は「少しだけだから」――と、その日の夜中、こっそりと家を抜け出した。

 

「ゲレゲレ……ついてきたの?」

 

 当たり前だ、と言うように頭を足にこすりつけてきた相棒に、リュカはうれしいやら情けないやらで複雑な気持ちになる。

 

「ちょっと見に行くだけなんだ。だから、心配しないで」

 

 そうして、彼はキメラの翼を放り投げた。

 

 ラインハットの城は、避難してきた兵士の言葉通り、変わり果ててしまっていた。崩れた城はもはや人が住むには適さない。がらんとした城下町は不気味な沈黙を下ろし、夜のとばりが落ちたこともあって、好き勝手に魔物が闊歩している。幸いなことに、その魔物というのはこの辺りに出現するようなものばかりで、リュカやゲレゲレにとっては苦戦する相手ではなかった。

 

 ラインハットが襲撃されてから、日にちはそれほど経過していない。城と城下を渡す橋は老朽化もしておらず、リュカはおそるおそる、慣れているはずの城へと忍びこんだ。

 

 瓦礫があちこちに転がり、通路や階段がふさがっていて、通れない場所もいくつかあった。それでも、謁見の間に行けば何か手掛かりがあるはず。そう思って、リュカはゲレゲレと共にそこへ向かった。

 

 いくつものを死体を魔物が貪っていた。それは人間のものだったり、魔物のものだったりしたが、城の中に横たわる屍は腐りかけるか食い荒らされて骨になっているか、ひどい有様だった。

 

 謁見の間へ続く道は、死体が一際多くあった。いつの間にかぼろぼろと涙を流しながら、リュカはそこには落ちていた抜身の剣を見つける。

 

 父の物だ。子どもの手には大きく、重いそれは、父が使っていた剣に違いなかった。けれど、持ち主はどこにもいない。絨毯が焦げて燃えたような跡がいくつかあるが、父の死体もアルマの死体も発見できないことが、唯一の救いだった。

 

 ――きっと、死んでないんだ。二人とも、生きてどこかにいるんだ。

 

 もしかしたら、ひどい怪我をして動けないのかもしれない。そう思って、重たい剣を引きずりながら、もう少しだけ城の中を探すことにした。一応ゲレゲレに二人のにおいはしないか聞いてみるも、彼はふるふると首を振っただけだった。

 

 ヘンリーの部屋だった場所に行ってみると、ぬいぐるみが転がっていた。慌ただしく避難したので、持ち出す暇もなかったのだろう。アルマとの思い出の品ということもあり、リュカは道具袋にそれらを入れた。ふう、と息を吐くと、誰かの足音が聞こえる。思わず体を強張らせ、父の剣を床に置き、自らの武器を手にした。

 

「坊ちゃん……家にいないと思って、心配しましたよ。やはりここでしたか」

 

 足音は、サンチョのものだったらしい。汗だくでリュカに駆け寄った彼に、小さく「ごめん」と呟く。

 

「すぐに戻りましょう。私も坊ちゃんを探しながら旦那様やアルマちゃんを探しましたが、いらっしゃらないようでした。今はみんな、離れない方がいい」

 

「うん……でも、もう少しだけ。お願い。一通りだけでも見て回りたいんだ。地下にはまだ行ってないから、そこを見たら帰るよ」

 

 サンチョはため息を吐いて、リュカの頭を撫でた。それから、床に置かれた剣を見つめて「少しだけですよ」と言い、その剣をまるでガラス細工のように慎重な手付きで拾い上げる。どこか気迫を感じさせるサンチョに続いて、リュカとゲレゲレは歩きだした。

 

「ねえ、サンチョはラインハットに来たことがあるの?」

 

 迷いなく地下へ向かうサンチョへ、リュカが首を傾げる。サンチョはほろ苦く微笑み、懐かしむように遠くを見た。

 

「ええ。昔、旦那様に連れられて」

 

「えっ? それじゃあ、お父さんは前にもラインハットに来たことがあったの? 王妃様はお父さんのことを知らなかったみたいだけど……」

 

 サンチョは少し迷ったような顔をして、それから再び口を開いた。

 

「……ええ、ええ。もちろん、来たことがありますとも。ですが、その話は戻ってからとしましょう」

 

 地下牢には、一段とひやりと冷たく重い空気が淀んでいた。そのに入れられていたであろう囚人たちの死体は欠けているか、骨だけか。それすらも残らぬ者もいるだろう。

 

「誰もいないし……手掛かりになるようなものも、ないか」

 

 ぽつりとリュカが呟いて、もうサンタローズへ戻ろうかとしたときだった。ゲレゲレが一点をじいっと見つめているのである。その視線の先を追うと――火の玉が浮かんでいた。

 

「魔物っ!?」

 

 サンチョが剣を抜身のまま腰に佩いてすぐに大金づちを構えると、「無礼者!」と声が聞こえる。どうやら、火の玉が何かを言ったらしい。リュカは眉を寄せて「誰? 魔物じゃないの?」とそれに話し掛けた。

 

「ふん……私はこの国の王妃。お前はよく覚えているでしょう。私は魔物に騙され、この地下牢で殺されたのです」

 

 火の玉はその内容と、生前の彼女の気性を考えると、いささかふさわしくないほどに、静かに言葉を続ける。

 

「お前たち家族や、ヘンリー、私を殺した魔物への恨みを忘れられず、魂だけの存在となってこの世にとどまっていました。……お前に、頼みがあるのです」

 

 ちらちらと炎が揺れる。その明かりは、冷たい地下牢にあってほんのりとリュカの温かく照らした。

 

「我が息子、デールを守ってほしいのです。お前たち家族やヘンリーへの恨みよりも、今は魔物に対する恨みやデールの無事を祈る気持ちの方が強い。魔物はお前たちの村へ、王子たちを始末しに行くと言っていました。もちろん――グランバニアの王子である、お前のことも」

 

「えっ?」

 

「どこでそれを!?」

 

 リュカが目を丸くしたのと同時に、サンチョが火の玉へと詰め寄った。火の玉はちらちらと揺れるだけだ。

 

「魔物と、お前の父親が話をしていましたよ。我が夫もそのことを知っている様子でした。ですから、重ねてお願いします。グランバニアの王子よ。どうか我が息子デールを魔物の手より守ってください」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! お父さんとアルマがどうなったか知らない!? 王様だって……」

 

 リュカはふるふると頭を振る。そうだ、大事なのは自分の出自などではない。大事な人たちがどうなったのか、ただそれだけだった。生きているのならば、きっと怪我をしているはずだ。助けに行かねば。

 

 しかし、火の玉は無情にも、一番聞きたくなかったことを告げた。人間のときのように、表情豊かに話してくれたら、まだよかったのかもしれない。しかし、魂だけの火の玉に表情はなく、ゆらゆら揺らめくそれは、いっそ無感動に、「事実」であろう現実を話した。

 

「皆、魔物の手によって死にました。我が夫はその命を捧げてお前の父親とあの娘を守らんとしましたが、その甲斐なく、二人は魔物の魔手によって地獄へ送られたようです。死体も残りませんでした」

 

 火の玉が、「それから、これは忠告です」と、続けてつらつらと何かを言っている。けれど、リュカの耳には入らない。ぐるぐると頭の中を、想像もしたくなかった「最悪」ばかりが駆け巡る。

 

 呆然自失とした様子のリュカを慮って、サンチョは火の玉に頭を下げた。主の忘れ形見を抱き上げて、屋外に出ると、すぐにキメラの翼を放り投げる。やはり、リュカを見つけた時点でサンタローズへ連れ戻せばよかったかもしれない。自らの肩に顔をうずめて震える少年の姿に心を痛めながら、サンチョは目を瞑った。

 

 

 そして、城の地下では死者が嗤っていた。あるいは、それはすすり泣きのようにも聞こえた。

 

 

 

 *

 

 

 

 その日から、リュカはまるで人形のように心を閉ざした。そんなリュカの世話を甲斐甲斐しくする兄弟たちがサンチョに事情を聞くと、二人は顔を見合わせる。

 

「それじゃあ……」

 

 夜中にラインハットを訪れた二人が、亡くなった王妃からパパスとアルマ、それから二人の父親であるラインハット王が魔物に殺されてしまったことを聞いたと知った彼らは唇を噛んだ。それから覚悟を決めたように、各々口を開く。

 

「ボク、リュカさんに守られるだけじゃなくて、リュカさんを守ります」

 

「そうだよな。オレたちだって守られるばっかっていうのは、恰好がつかねぇや」

 

 ヘンリーはそれから、膝をぱちんと叩いて立ち上がった。

 

「リュカ、ぼけっとしてないで、外行くぞ! パパスが洞窟に何を隠してたのか、今度こそ探しに行くんだ」

 

 強引にリュカの腕を引くと、何の抵抗もなく彼は「親分」に連れられるがまま、外へ出る。サンチョはそんなヘンリーに深く頭を下げ、日頃から「リュカたちを見守るように」と再三言い聞かせている村人を信じ、己は己のできることを、と筆を執った。

 

 

 リュカはサンタローズの村が大好きだった。優しい人々。世話焼きのサンチョ。逞しく、ひたすらに憧れ続けたパパス。それから、後ろをついて回っているようで、実は先導してくれていた女の子。

 

 寒かった冬も、取り戻した春も。大好きな人たちに囲まれて、他愛のない話をして、子どもらしい冒険をしても「おかえり」と当たり前のように迎え入れてくれて。

 

 ――けれど、今のリュカにとって、サンタローズは、世界は無彩だった。

 

 あれほどやわらかく、あたたかく包み込んでくれた空気は鉛のように重い。人の顔がおぼろげだ。ヘンリーは目立つ髪色をしているし、デールだって見慣れた背格好だし、サンチョだって、ゲレゲレだって、間違えるはずもない。

 

 それでも、たとえ間違えることがなくったって、リュカにはもう、人の顔が分からなくなってしまった。笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか、心配しているのか。

 

 後悔も、諦念も、憤怒も、何もわかない。

 

 もはやリュカにとって、世界は無となった。

 

 ぼんやりと流れる景色、ヘンリーがおじいさんと何か言い合っている。それは分かるのに、リュカの脳は何も処理しない。

 

「お兄様、やっぱり、リュカを休ませてあげた方が……」

 

「いいんだよ、デール。いかだを渡った先の魔物は、他の魔物と比べてちょっとばかし強いんだろ? ちょうどいいじゃねぇか。オレたちの鍛錬になる。こいつには、『思い出』が必要なんだ。『目的』が必要なんだ」

 

 リュカには認識できないヘンリーの表情は、デールにははっきりと映っていた。ぎりりと唇を噛みしめ、目じりを赤くし、この中で一番の年長者だからと、気丈に振舞っている。

 

 ヘンリーは七歳、リュカは六歳、デールは四歳。年相応に悪戯もするが、基本的に彼らは賢く、しっかりしており、その辺の魔物相手になら戦える強さをもっている。それでも――子どもだった。

 

 親が死に、友達が死に、親友が心を壊して、平気なはずがなかった。

 

 それでも、ヘンリーもデールも泣かなかった。彼らには矜持があったし、後悔があったし、泣いて蹲っているわけにはいかない理由ができてしまったからだ。

 

 前に進まなくてはならない。休んでなんかいられない。

 

 幼いラインハット王子たちは、親友の手を引いて、強引に説得して半ば無理やり乗ったいかだの上で鼻をすすった。涙は出ていない。涙で、目の前を曇らせるわけにはいかなかった。

 

「リュカ、オレはさぁ」

 

 薄暗い洞窟の中に入り、ぽつりとヘンリーが呟いた。

 

「お前がどんなになったって、親友でいるよ。そんで、いつでもライバルでいたいんだ」

 

 すらり、と剣を抜く。

 

「オレ、強くなるから」

 

 トン、とリュカの背を押してデールへと引き渡す。魔物に囲まれていた。ヘンリーの青い眼は、どこまでも透き通っていた。その青いきらめきだけは、刹那の間だけ、リュカの無彩の世界に飛び込んできた、あまりに美しい色彩だった。

 

「オレだけは、お前を一人にさせないから」

 

 襲ってきたスライムを、ブラウニーを、ヘンリーは見事な剣さばきで撃退する。それに後れを取らぬよう、ゲレゲレも主を守るため、奮戦した。

 

 子どもたちは奥へ奥へと進んだ。どれほど傷ついても、ヘンリーは愚直なまでに魔物に立ち向かっていった。時にゲレゲレの速攻で敵をかく乱し、見たことのない敵にも頭を使って対応しながら。ホイミとキアリーを使えるデールは回復役を務めつつリュカの盾となり、そんな兄の補助を務める。

 

 とはいえ、こんな洞窟で無理をして死んでしまっては、自分たちのために亡くなった大勢の人々に顔向けができない。その日は一度洞窟の散策を打ち切り、ヘンリーたちはぼろぼろになったままサンチョの待つ家へと戻った。

 

「おかえりなさいませ。洞窟へ行ってきたと聞きました。どうぞ、ゆっくりお風呂に入って疲れを癒してください。ご飯を用意して待っていますから」

 

 サンチョの目には泣きはらした跡があったが、誰もそれについて何も言わなかった。入浴後に出てきたサンチョのご飯は、いつも通りとても美味しい。けれどやはりどこか、味気なかった。

 

「ヘンリー様、デール様。どうかお二人に聞いていただきたいことがあるのです」

 

 疲れ果てて眠たかった兄弟だったが、サンチョのあまりに真剣な表情に、姿勢を正し、聞く姿勢を取る。

 

「もちろん、聞くぜ」

 

 眠気は吹き飛んだ。連日の不安、恐怖、緊張感、もろもろの要因が彼らを苦しめていたはずなのに、幼い兄弟は一切の弱音を吐かない。それどころか、親友であるリュカのためにと、あれやこれやと一生懸命考え、行動している。

 

「実は――旦那様の正式な名は、デュムパポス・エル・ケル・グランバニアといい、グランバニア王国の国王であらせられました。坊ちゃんにも、リュケイロム・エル・ケル・グランバニアという、正式な名があり、当然、グランバニア王国の正当な王位継承者でございます」

 

 サンチョは俯いた。グランバニア。その名を出せば、国民から愛され、皆の期待を一身に背負い、同時にそれに応えてきた、尊敬する主のありし日を思い出す。

 

「なぜ、一国の王であった旦那様が、幼い坊ちゃんを連れて旅をしていたのかと言えば……愛する妻、マーサ様を、邪悪な手により攫われてしまったからなのです。それゆえ、旦那様はマーサ様を探す旅をしておられました」

 

 さらに言葉を続けようとしたサンチョが、ふいに言葉を止めた。ゲレゲレの耳がぴんと立ち、毛が逆立っているのに気が付いたのだ。

 

「嫌な予感がします。ヘンリー様、デール様、これを」

 

 サンチョは、薬草やら毒消し草やらが大量に入った袋を、兄弟へ押し付けた。

 

「坊ちゃんを連れて、洞窟へ避難してください。あそこには、旦那様が遺した、大切なものがあるのです」

 

 ヘンリーは体に溜まった疲労を無視して、頷く。そして、昼間と同様に、リュカの腕を取った。

 

「デール、行くぞ。遅れるなよ」

 

 

 サンチョの「嫌な予感」は当たってしまった。空を覆いつくす、鳥型の魔物。村を包囲する獣型の魔物。ラインハット城を攻め落とすときよりも手薄とはいえ、それでも小さな村にはあまりに過剰な戦力だった。

 

 子どもたちが洞窟へ向かったのを見届けて、サンチョは息を吐いた。

 

「スクルト。スクルト、スクルト、スクルト……」

 

 サンチョは魔法がそれほど得意ではないし、魔力も少ない方だ。けれど、村人を守ってみせるという気概だけはある。グランバニアの王であった主が、国と同様大切にした、サンタローズの村だ。他国の領の村長を引き受けてしまったのは、パパスが本当にこの村を好きだったからだろう。

 

「誰も死なせません。誰も……!」

 

 ぐ、と武器を握りしめる。パパスがラインハットでそうしたように、サンチョもまた、サンタローズの人々へとキメラの翼を渡していた。何かあったときのためにと。生きて、またこの村に戻ってくることができるようにと。

 

 

 

 *

 

 

 

 大勢の敵に囲まれる経験から、ヘンリーはイオという爆発呪文を使えるようになった。もともと、勉強の得意な少年である。適性のあるなしはあるものの、城の書物により、基本呪文の知識は頭に入っていた。後は経験と、感覚を掴めばよい。

 

「お兄様……ここが、一番奥みたいです」

 

 肩で息をするデールは、魔力が尽きてしまったようで傷を癒し切れていない。それでも、リュカには傷一つなかった。幸いなことに、最奥は部屋のようになっていて、魔物の気配もしない。何かしらの結界が施されているのか、聖水でも振り撒いてあるのかは分からないが、じっくりと見て回るのにはちょうど良かった。

 

「ああ……あれが、パパスの遺したものってヤツだろう」

 

 地面に突き刺さる、古い剣。古いが、決してみすぼらしくはない。刀身が半分以上隠れた状態であるのに、神々しさすら感じる。

 

「ッチ。オレたちの力じゃ抜けねぇな。こりゃ、大人がいねぇと……。おい、デール。お前はちょっとここでリュカと休んでろ。余力があるなら剣に縄でもくくっといてくれ。オレはゲレゲレと他にも何かないか探してくる」

 

 子どもの背丈、力では、その剣を抜くには十分ではなかった。ヘンリーは緊急事態の今、無駄に体力を使うよりはと一旦諦めることとした。もちろん、焦りはある。

 

「これ……パパスの手紙だ……リュカに宛てた……」

 

 そうして見て回った中に、リュカへの手紙があった。その手紙には、パパスからリュカへの願いが記されている。

 

 ――これを見せれば。

 

 リュカは心を取り戻すかもしれない。一抹の希望が、ヘンリーの胸に湧き上がった。

 

「リュカ、見てみろよこれ……!」

 

 そのときだった。

 

 洞窟の階段を、誰かが下ってくる音がした。ヘンリーは喉がカラカラと乾いていくのを感じた。血の気が引く。この手紙を魔物に見られてはまずい。万が一人間だったとしても、下手な相手には見せられない。

 

 ヘンリーはすぐにリュカの道具袋へとその手紙を押し込み、剣を構えてじりじりと階段へ近づいていった。デールには、「リュカと隠れてろ」と言い渡し、部屋の中にあったタンスへと二人まとめて押し込んだ。幼い少年たちは、特段困ることもなく、すんなりタンスへと収まった。

 

「お前――」

 

 階下に来たのは、黒髪に紅の瞳の少年。ヘンリーよりは年下だろうに、その美貌は既に異彩を放っていた。

 

「オレ、お前のこと知ってるぞ。『アベル』だろう」

 

 少年は言葉を発さない。それも、ヘンリーがリュカから聞いて知っている情報だった。

 

 そして、それは相手にとっても同じだった。

 

 お互い、顔を合わせたことはない。けれど、その存在は、一人の少年から、少女から、しっかりと伝えられていた。

 

「お前――魔物の、仲間だったんだってな」

 

 少年は喋らない。口を開くことすらしない。その背後に、魔物を引き連れて、少年らしからぬ、ゆったりとした尊大な足取りで、ヘンリーとゲレゲレへと近付いてきた。

 

 

 ――こいつさえいなければ。

 

 ――アルマとパパスが死んで、どうしてお前は生きてるんだ。

 

 ――お前が死ねばよかったのに。

 

 ――リュカを誑かして、優しさに付け込んで、許せない。

 

 

 ヘンリーは湧き上がる憤怒、憎悪、あらゆる負の感情で、視界がチカチカした。

 

 

「だけど……」

 

 一度、目を伏せる。罵詈雑言を飛ばすのは簡単だった。そうするべきだとも思った。優しさのせいで大切な人たちが喪われてしまったのなら、自分だけでも厳しく在れ、自分だけは何があっても目の前の相手を赦してはならないという、当然の考えもあった。

 

「お前、生きててよかったよ。リュカが心配してたんだ」

 

 どろどろと腹を、頭を、心の中を漂う暗く煮え滾る感情を霧散させたのは、簡単な理由だった。リュカはパパスとアルマの死を知ってから、口を利かなくなった。だからと言って、もうコイツのことなんて心配していないかもしれない、憎しみに変わったかもしれないと、あのお人よしで頑固者の少年がそんな風に変容するとは、ヘンリーには思えなかった。思いたくなかった、というのが真実かもしれないが。

 

 

 ふいに、開かなかった少年の口が動く。ヘンリーは目を見開いた。

 

『ザキ』

 

 それは死の呪文だった。全身の血液を凍らせ、問答無用に生者を死へ誘う絶望の呪文。

 

『ザキ』

 

 少年の口は何度もその形に動く。まるで、この部屋にいる人数を見通しているかのように、正確にその数だけ、魔法を放った。

 

 洞窟内には沈黙が落ちる。

 

 紅の瞳の少年は、物言わぬ骸となったそれらに手をかざした。

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