武器を振るいながら、サンチョは村人たちへと指示を飛ばしていた。もう少し、もう少しだけ持ちこたえてほしい、と縋るように叫びながら、ただ一心不乱に魔物と戦っていく。
「サンチョ様、お待たせいたしました!」
張りのある声に、サンチョは「加勢を!」と手短に答える。
それはグランバニア王国の軍隊だった。ラインハットが強襲を受けたことをキメラの翼を駆使し、手紙にて伝えていたサンチョは、王子たちの身に万が一のことがあってはならないと、何かあったときにすぐ駆け付けられるよう、援軍を要請していたのだ。
国王代理――今は、国王となったオジロンは、その要請を断るような人柄ではない。「そう多くは出せないが」と、本気で申し訳ないと思っているのがよく伝わる返事が、すぐに返ってきた。それからは、村人に混じってこっそりとグランバニアとの連絡役がサンタローズに控えていた。
駆け付けた援軍は、次々に魔物を倒しながら、村人たちをグランバニアへと避難誘導し始める。魔物たちは苛立ちを隠しもせず、その中心となっているサンチョへと猛攻を仕掛け始めた。
「サンチョ様!」
「私は大丈夫です! あなた方は、村の人たちを!」
己の血なのか、返り血なのか、日頃の穏やかな風貌とはかけ離れたサンチョに、若い兵士は気圧されていた。しかし、ここは戦場である。すぐに「ハッ」と短く返事をして、避難誘導を続ける者と、サンチョを援護する者に分かれた。サンタローズはもともと小さな村だ。村人たちの退避はすぐに終わり、魔物たちは成果も上げられないまま、焦った様子になった。
「どうするのだ。このままでは示しがつかんぞ」
それまでは戦況を眺めているだけだったリーダー格の鳥型の魔物・キメーラと、獣人型の魔物・オークがひそひそと言葉を交わす。
「なに、我らの目的はあくまで王子たち。それらしい餓鬼どもは見ていない。大方どこかに隠れているのだろう。じっくり探せばよいだけだ。おい、半端者。探してこい」
ぐいっ、とオークが己の後ろにいた子どもを乱暴に投げた。子どもは受け身も取れないまま地面に放り出されたにも関わらず、呻き声一つあげない。黒髪の、まだ幼い子どもだった。
「……あなたは」
サンチョはその容貌に聞き覚えがあった。リュカがサンタローズに戻ってきた時、ラインハットの状況を説明する際に出てきた「アベル」だ。リュカの友達でありながら、ラインハットを襲った「光の教団」の教祖の息子の「アダム」でもある。彼は敵の組織の中核にいるであろう存在だ。しかしながら、リュカたちへラインハットへ迫る脅威を教えたのもまた、目の前の少年である。
「生きていたんですね」
少年はふらりと立ち上がり、洞窟の方に向かおうとした。そうはさせまいと、兵士が困惑しながら、「キミ、魔物の言いなりになる必要はない」と立ちはだかる。
「殺せ。お前はもう後がないんだ。王子たちを始末できなきゃ、お前には永遠の苦しみを与えられるだろう」
オークが嗤う。「そうなればいいのに」という、醜悪で加虐的な本音がありありと透けて見えるようだった。
「魔物の言いなりになんてならずともよいのです」
サンチョは言った。少年が持つのは小ぶりなナイフだ。そんなものでは、グランバニアの鍛えられた兵士は殺せない。パパスに鍛えられた王子たちのことも、殺せないだろう。
「坊ちゃんが、あなたを友達だと言っていました。そうでなくとも、子どもが……! そのようなことしなくても……!」
言葉を続けようとしたサンチョに、魔物は容赦なく火炎の息を吐き出した。皮膚が焼かれ、爛れる感覚に苦悶の声が出る。アダムへ向けていた視線を、魔物へぎらりと向き直ったサンチョは、気管が熱されたのか、聞き取りにくい声で兵士へ指示を飛ばした。
「魔物を討伐します。……アベル君、私は、坊ちゃんが『優しい』と言った君の心を、信じます」
妙に、迫力のある声だった。兵士たちはもはや、アベルなど誰も見ていなかった。なぜなら、あのサンチョが信じると言ったから。
それならば、目の前の脅威を断ち切ってから、ゆっくりと子どもたちを迎えに行けば良いのだ。
アベルは戦う大人たちをちらりと見て、洞窟へと駆けた。途中、監視のつもりなのか、手柄を取ってやろうという野心なのか、攻撃の手を逃れた魔物たちが何匹かついてきたが、彼は気にしなかった。
洞窟の魔物は弱かった。アダムは剣こそ使ったことがないが、魔法に関しては特別な才能がある。それは、彼が魔物と人間の間にできた子だからか、彼個人の才能なのかは分からない。野生を忘れず、邪悪にも染まっていなかった愚かな魔物たちに襲われることが何度かあったが、後ろからついてくる魔物たちの手を借りずとも、これくらいなら声を発することのできないアダムでも倒すことができた。
洞窟の最も奥には、緑の髪に青い目の子どもが、剣を構えて立っていた。見覚えのあるベビーパンサーもいる。アダムは、声を掛けようとして、封じられていることを思い出し、息を吐くだけに留めた。
少年――光の教団に父を殺された、ラインハットの第一王子は、口を開いた。あろうことか、アダムに対して「生きててよかった」と。「リュカが心配していた」と。
それに対して、アダムは自分の抱いた感情が何なのか分からなかった。名前のないその感情を振り払って、彼は一歩、また一歩と、第一王子へ近づく。後ろからついてきた魔物たちも同様に歩を進めていた。
――やることはたった二つだけ。簡単なことだ。
彼はくるりと振り返り、死の呪文を唱える。勝手についてきた魔物たちは油断しきりで、すぐに絶命した。四匹の死体のうち三匹に手をかざしたアダムは、その死体を変質させた。
これこそ、ゲマがアダムを殺さなかった理由である。
アダムの突出した魔法の才の中でも、変身呪文に関しては、もはや異質とも言ってよい程だった。普通、変身呪文というのは使用者が「目の前にいる他者」に化けるものだ。しかしアダムは、他者を、己の知っている者の姿に変身させることができる。今よりさらに幼い頃、どういった経緯か彼自身も忘れてしまったが、その才をゲマに見いだされ、彼は教団の中でも「教祖の息子」としてだけではない扱われ方をし始めた。
今、彼の即死呪文によって絶命した魔物は、リュカ、ゲレゲレ、ヘンリーの姿となっている。
「どういう、つもりだ……?」
困惑したヘンリーの言葉を無視して、アダムは迷いなく、タンスを開けた。中で怯える茶髪の少年を見て、残りの死体をその少年そっくり――というよりも、そのものの見た目に変身させる。
それから、アダムは地面にさらさらと文字を書いた。
<迷惑掛けた>
どうやっているのか、死体を浮かせたアダムはくるりと背を向ける。能面のような美しい顔からは、彼が何を感じ、何を考えているのかはまるで伝わってこなかった。
「迷惑って……迷惑って……!」
ぶるぶると、ヘンリーの声が、震えながら口から漏れ出す。そしてそのまま、その小さな背へと激情をぶつけ始めた。
「そんなんで、済まされるわけねぇだろうが! 戻ってこないんだぞ、父上も、パパスも、アルマも、城のみんなも!! 平和で笑い合ってただけの、日常も!!!」
気丈に振舞っていただけだった。心を閉ざしてしまったリュカと、また笑い合いたいと思ったから。みんなが繋いでくれた命を、絶対に粗末にしてはならないと分かっていたから。泣いて視界がぼやけたら、迷子になる。挫けて座り込んだら、もう立ち上がれなくなる。切っ先を下ろしたら、その刃で己を貫いてしまいそうになる。
だから、絶対に、自分だけは泣いてはならなかった。立って、歩き続けなければならなかった。構えた剣を、戦う意思を、敵に向け続けなければならなかった。
だけどやっぱり、ヘンリーは子どもだった。いや、大人でも、堪えることは至難の業かもしれない。
「なんでそんなことするんだよ、お前ら! 全然『光』なんかじゃないじゃないか! 人の『光』を奪っておいて!! 何を教え説くんだよ!!!」
そんな兄の姿を見て、デールの目からは大粒の涙がこぼれる。一緒にタンスに入っていたリュカの洋服に、それらは次々に染みをつくっていった。
「なんで――なんの理由があって、人の『幸せ』を奪うんだ!!!」
アダムは答えない。
「にゃうん」と、ゲレゲレが、去りゆく友を呼び止めるように、あるいは傷付いた友を慰めるように鳴く。
それでもやっぱり、アダムは答えなかった。
「……なんつーか、辛気臭いやつだったな」
どれほどの時間が経ったのか。静けさを破ったのは、ヘンリーの声だった。彼の目に溜まった涙は、結局流れ落ちることはなく、いつの間にか乾いていた。
「デール、こっちこい。ゲレゲレも。みんなで『天空の剣』を抜くぞ」
柄に縄をくくりつけ、少年たちは一生懸命引っ張った。初めはびくともしなかったそれも、ゲレゲレが周りの土を掘ってみたり、みんなで声を出したりする中で、ようやく引っこ抜くことができた。
「きれいな剣ですね……」
自分たちは泥にまみれた顔で、デールが見惚れたように呟く。ヘンリーもそれは同感だったが、見惚れている暇はないと知っていた。だから、子どもの手では重いそれを、本人なりに急ぎつつ、どうにか背中に縛り付ける。
「デール。悪いがオレはこいつを運ぶのに手いっぱいになりそうだ。帰り道は任せたぞ」
「はい、お兄様。今度はリュカをお願いします」
「ああ。それは任せろ」
しかし、拍子抜けするほど穏やかに、まるで何かに守られるように、少年たちは洞窟を抜けた。戦闘の音はもうしない。どうやら収まったようだな、とヘンリーは慎重にきょろきょろと周りを見た。当たりはもう真っ暗だが、ちろちろと火の手が上がっている部分もある。焦げ臭さと血のにおい、それから自身の泥臭さで鼻が麻痺しそうだな、と少年たちは思った。
「サンチョ、いるか?」
まだ残党がいては困るが、確認しないことにはどうにもならない。そう思って、ヘンリーは声を上げた。
「あ……ああ……」
声だ。しかし、それがサンチョのものとは思われない。砂漠で水を求める人のような、切実さをはらむ掠れた声だった。ともかく、生きている人がいる。そう思って、王子たちは声のした方へとすぐに向かった。
「生きて……おいでで……」
しかし、声の主がサンチョだと分かったのは、その目、表情だろう。燃え残った戦火を瞳の中で揺らめかせるその人は、体はぐずぐずに焼かれ、両脚は潰され、手の指はおかしな方向に折れ曲がりながらも、心底安心したとでもいうように、微笑んでいた。
慈しみにあふれた目。「おかえりなさい」と包み込んでくれた大きな体。太く丸い指で、美味しい料理をいつだって作ってくれた。
「サンチョ……お前……何があって……」
言いながら、ヘンリーは道具袋の中から薬草を取り出した。そんなものじゃ間に合わないと分かっていながら、その人に対し、少しでも痛みが、傷が、癒されればと願わずにはいられなかった。
「私は、旦那様との約束を果たしたまでです。……果たせて、よかった」
*
アダムが子どもたちの死体を運んできた時、サンチョの心情はというと、もう、喩えようもなかった。
彼は常の柔和な顔が、面影も残らぬほど狂乱しながら魔物を殺戮した。せめて魔物どもを道連れにしてやろうと。グランバニアから連れてきた兵士たちも、同様だった。魔物たちも、死を恐れぬ人間たちに対し、あらゆる手段を使って対抗した。
そうして両軍勢が倒れたとき、戦いを静観していたアダムはサンチョの近くに歩み寄り――まだ息のあったキメーラの首を、小ぶりなナイフで切った。
一瞬だけサンチョへ向けたアダムの目。一見宝玉のごとく美しい紅は、一人ぼっちでさみしい少年の心情を何よりも表していた。
霧散。
全ての恨みが、憎悪が、憤怨が、行き場をさまよい、ただ涙となって流れ落ちた。
ぐるぐると滾っていた狂おしい怨嗟がそうしてサンチョの内から外へと流れ出で、目の前の少年を、――赦すことにした。
そうでもしなければ、相反する己の心と頭、理性と感情が、軸を失い狂ってしまいそうだった。いっそ、狂ってしまえれば楽だったのかもしれない。
それでも、狂わなかった。本来の穏やかで素朴な自分が、少年を恨むまいとサンチョ自身に言い聞かせた。恨むのは、彼をリュカたちのところへ行くのをみすみす見逃してしまった己の他に、いるはずもない。裏切られたわけではないのだから。ただ、ただ、自分が見誤っただけ。
それでもきっと、主も、自分が守るはずだった子どもたちも、この愚かな従者を赦してしまうだろう。だから、自分だけは自分を赦すまい。それから、せめて、せめて、あの哀れな少年が、狂った組織から抜け出せること祈ろう。
――あんな目を、子どもにさせてしまうことこそが間違いなのだ。
それからアダムは、キメーラの死体の羽根をもぎとり、王子たちの死体もろとも、どこかへ消えてしまった。
*
むろん、声を出すことが精一杯のサンチョには、そのときに起こったことの説明などできるはずもない。しかし、賢い第一王子は、己の経験と、現状から推測できることを口にした。
「どういうつもりか分からんが、アベルのやつはオレたちを『死んだこと』にしたらしい」
ヘンリーは安心させるように精一杯微笑んで、見るに堪えないサンチョの手を、痛みのないよう優しく包んだ。その手をさらに、小さなデールの手が包む。
「だからさ。『死人』同士、生きよう、サンチョ。約束と一緒に命まで果たすなんて、そんなの許さないぜ」
サンチョは力なく笑った。幼い慰めに応えてやれないことが、優しい彼にとっては何よりつらい。
そのとき、デールの小さな手を包む手があった。
「サンチョ……いやだよ、サンチョ……」
リュカである。ぽろり、ぽろりと涙を流しながら、彼は祈るように、回復魔法を掛け続けた。
ホイミとベホイミは、回復魔法の中でも下級のものである。上級魔法の原理とは異なり、それらは生き物の持つ本来の自然治癒能力を高め、促進させる効果を持つ。ゆえに、失った血はおろか、切断された手足はくっつかない。よほど綺麗に切られていれば、すぐにその断面同士を合わせながら呪文を唱えることでくっつくこともあるようだが。当然、火傷なども、真皮まで到達していれば痕は残ってしまう。
それに対して、上級魔法では、「体の時を戻す」ことを限定的に行っている。そのため、切断された手足はくっつくし、火傷も元の状態に戻る。ただし、そこまで理解して魔法を使用している者は数少ないのが実情だった。
とにもかくにも、リュカは上級回復魔法を使えない。下級の回復魔法は、サンチョには既に意味を成さず、ふさがる傷はあれど、到底追いついていなかった。
「坊ちゃん」
サンチョは微笑んだ。掠れた声は、砂漠で水を求める者のそれではない。
「お元気で。それが、このサンチョめの、何よりの幸せでございます」
十分に、満たされた者の声だった。
手当などで応援を呼びに行った兵士たちが戻ってきて、夜中であるにも関わらず、サンタローズの村は松明の光で煌々と照らされた。そこにはおびただしい量の魔物の死体があった。
サンチョと子どもたちは、急いでグランバニア城へと運ばれた。立派な城を見学する間もなく、子どもたちは厳重な警戒態勢が敷かれた部屋に入れられ、ふかふかのベッドで寝かしつけられることとなる。いろんなことが起こりすぎた疲れや緊張には抗えず、彼らはそのまますっかり眠った。
数日後、子どもたちはサンチョの眠る医務室を訪れた。手当の甲斐あって、サンチョの体はすっかりきれいに元通りになっている。
しかし、彼は目覚めなかった。
敵の中に神経を麻痺させる息を吐く魔物がおり、彼はその攻撃を食らってしまっていたためだ。しかも、常人よりもその手の攻撃に強いサンチョは、他の兵士がその攻撃を食らわないよう、自身が率先して盾となったらしい。
いくら耐性があるとはいえ、神経毒を幾重にも喰らえば、当然体の機能はおかしくなる。しかも、単純な毒ではないため毒消し草では効果がない。麻痺を快癒させる呪文は、もちろんある。けれどもそれは、掛かった神経毒そのものを取り除く魔法であり、――いわゆる「後遺症」には効果がない。
「普通の麻痺なら、キアリクで治るはずなんです」
涙を流しながら、治療に当たっていたシスターがそう説明した。
「時間が経ってからの治療でも、ほとんど問題なく治せるはずなんです」
しかし、サンチョは、忠誠心が誰よりも強い男だった。「子どもたちを守る」という主との約束、そして、そのために自らが呼びつけた、主の大事な国民。それらを失うわけにはいかないという心のもと、全てを守ろうとした。
だから、何度も、何度も、何度も、魔物の息を受けた。耐性のある自分ならば、そんなもの喰らっても動けるのだと、魔物に見せつけてやるように。
「サンチョは、いつか目覚めるよな?」
ヘンリーの震えた声に、誰も答えなかった。答えられなかった。
リュカは、サンチョの手を握った。頬を、頭を撫でてくれた大きな手だ。しかし当然、握り返されることはない。
祈りばかりが、部屋に満ちる。横たわった体に、幾重もの願いが掛かる。
――結果として言えば、彼が目覚めることは、ついぞなかった。
弱々しく動いて、精一杯生命を保っていた心臓は、数日後、ゆるやかに動きを止めた。
***
大神殿に戻ったアダムは、父であるイブールに、これまでの経緯を説明していた。既に、声は取り戻している。「王子たちを殺したら、ゲマに封印されている声を戻してやる」と言われていた通り、イブールはすぐに息子に施されていた封印を解いた。ゲマの封印は簡素なものだったらしく、教団の祖であるイブールにとっては取るに足らないものだったようだ。
「ラインハット襲撃は既にゲマから御報告があったことかと思いますが」
およそ、親子とは思えぬ雰囲気が両者に流れていた。アダムの言葉は淡々としており、少しも感情を滲ませない。そんな息子へ、ワニのような容貌の魔物もまた、興味などなさそうな冷たい目を向けている。
「うむ。簡単に聞いただけだがな。お前が余計な情報を漏らしたせいで、王子たちを逃がした、と」
「弁解のしようもございません」
小さな首を垂れ、アダムは言葉を続けた。
「王子たちはサンタローズという村へ逃れていました。キメラの翼により、西方に逃れたというゲマの情報から、捜索に当たったところ、すぐに発見いたしました」
「それにしては、時間が掛かったようだが」
「小さな村に似つかわしくないほど、強固な守りが村に施してありました。ラインハット城のそれにも匹敵するほどのものです」
その言葉で、冷え冷えとしたイブールの瞳に激情が宿る。その目には幼いアダムを映していながら、アダムを見てはいない。
「あのグランバニア王が拠点としていたのだ。何もおかしなことはあるまい」
しかし、それも一瞬のことだった。次の瞬間には、何事もなかったかのように、イブールは再び、冷えた目をアダムへと向けていた。
「……手間取りまして、面目次第もございません。ともかく、結界を内部より破壊し、攻め込むことに成功いたしました。しかし、教祖様のおっしゃる通り、グランバニア王が拠点としていた村です。サンタローズには、グランバニア王に仕える者がおりました。おそらく、定期的に連絡を取り合っていたのでしょう。グランバニアより援軍が押し寄せ、私が王子たちを捜索している間に、村を攻めていた魔物たちは壊滅状態に陥っていました」
すらすらと答えるアダムの腹を、イブールは蹴りつける。さらには、毬のように跳ねたその体を踏みつけた。
「王子たちを殺しただけで、このわしがお前の愚行を許すとでも思うたか」
「まさか……許していただこうなど……」
痛みに歪むアダムの小さな顔に、じりじりと火球が近づく。当たってはいないのに、その熱さは皮膚を焦がした。
「お前は役に立つ。それゆえ生かしてやっているということを忘れるな。次に余計なことをすれば、そのときは我が息子だろうと関係ない」
「承知して、おります」
パッ、と火球が消え、イブールは傷付いた我が子を置いて、部屋から出て行った。
――余計なことなんて、とんでもない。
アダムは、自身に回復魔法を掛け、すっと立ち上がった。やることはたくさんある。
なにせ、アダムのせいで光の教団の被害は甚大なものとなってしまった。イブールの部下であり、あの得体の知れないゲマでさえも、数年は元のようには活動できないほどに深刻なダメージを負い、その腹心であったジャミはラインハット王のメガンテによって死亡。ゴンズは瀕死状態だったものの、既に治療済みだ。ただし、肉体は回復したが、怒りで理性を忘れて暴れ回るため、幽閉状態となっている。多くの魔物たちも死に、単純に戦力が低下してしまった。
しかし、一番の問題は「光の教団が魔物に国を襲わせた」という事実が広まりかねないことである。アダムが秘密を洩らした相手はグランバニアの王子で、しかも彼はそれをラインハットの王に伝えた。当然、王は国民を避難させるために、隠し立てることもせず、その事実を伝えただろう。ラインハットの民も、サンタローズの村人も、ほとんどが避難し、生きながらえている。光の教団にとって、これほどの問題はない。
光の教団は、予言に従い高貴な血筋の子どもを集めたり、処分したりしている。そのためには、誘拐だけではなく、富裕層を信者に取り込むことも重要なのだ。信者となった富裕層は、自ら子どもを教団へと差し出す。そういった信者たちは財源としても優秀だ。日頃、アダムに関心を持たないイブールが怒り狂うのも頷ける。
――父上に認められなければ。
そうでなければ、生きている意味がない。アダムはそう考えていた。己の力を認められなければ、生まれてきた意味がない。
アダムとイブールの関係を知る教団幹部の魔物たちが、「半端者」である少年を見る度に冷やかしてくる。別に、そんなことは構わなかった。
アダムの心は決まっていた。やることは、たくさんある。誰も味方にならなくたっていい。誰の仲間にもならなくったっていい。
――お前、生きててよかったよ。
――君の心を、信じます。
――君はリュカとアルマのともだちだ。
――また明日もこうして話をしようよ。
――ねえ、大丈夫?
だって、自分で壊してしまった。手に入るかもしれなかった、何もかもを。だから、アベルにはもう道が残されていなかった。己が決めたただ一つの道を、まっすぐ、まっすぐ、たとえそれがどこへつながっていようとも、歩み続けるしかないと、そう思っていた。
アダムはひとつ、息を吐いた。後に彼が聞いた話では、王子たちの死体は、骨も残らぬほどに焼かれたそうだ。その灰は、さらさらと風に舞い散り、あっけなく彼方へ消えたという。
第一章:きらめく思い出をその胸に 完