転生幼女がDQ5にインしたようです   作:よつん

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前だけ見ていたい

 

 

 僕たちの当面の目標は、相手の真実の姿を映し出すという「ラーの鏡」を手に入れることだった。ラーの鏡はラインハット地方に伝わる道具で、「神の塔」にあるそうだ。ラインハットのお城で過ごしているときに、どういう流れかは忘れたけれど、ラーの鏡の話題が出た時にアルマが食いつき、ヘンリーが興味もなさそうに答えていたことをよく覚えている。城の書物に書かれていたらしいが、当時のヘンリーとしては「探しにも行けない伝説」よりも「城でできる悪戯」の方が大事だったらしく、質問を重ねようとしていたアルマを軽くあしらっていた。

 

「はぁー。ようやく陸に着いても、すぐにまた海か……」

 

 アルマと違って海より陸の方が好きなヘンリーは、忍び込んだ商船からこっそり出るやいなや、ぐっと伸びをしてそんなことを言っている。

 

 ヘンリーは特徴的な緑色の髪から、デールと似たような色の茶髪になっている。髪型も、おかっぱからざくざくと切ってしまって、僕らの中の誰よりも短い。何でも、「染粉の節約」らしい。ちなみに、ヘンリーが髪を切るときになぜか僕まで巻き込まれて、お父さんのまねをして伸ばしていた髪も、今は短くなって、なんだかうなじがスースーする。ヘンリーは器用なので、自分のも人のも散髪が上手だった。

 

「仕方がないですよ、兄さん。グランバニア地方からちょうどよく出る商船が、ポートセルミ行きしかなかったんですから。大きな港に来れて、幸運だったと考えるべきです」

 

「そりゃあ、分かってるんだけどよぉ」

 

 頭の後ろで手を組んだヘンリーは、くすくす笑ってしまった僕を睨んできる。

 

「なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ」

 

「ごめんね。ただ、君ってばあんなに船に弱いなんて思わなくって。ずっとゲレ――ギコギコにしがみついてたじゃない」

 

 こほん、とまだ慣れなくてゲレゲレと言い掛けてしまった僕は、小さくて可愛い変わった「猫」から、大きくて頼りがいのあるカッコいい「猫」へと成長した相棒を見つめた。

 

 僕らは今、偽名を使っている。みんなで考えるときに、以前ゲレゲレの名前を決めるときにビアンカが出していた候補をなんとなく思い出して言ってみたら「それにするか」とヘンリーが言ったので、僕はソロ、ヘンリーがアンドレ、デールがリンクスという名前に決まった。そして、ゲレゲレはギコギコになった。まだまだ慣れないけれど、慣れていかなくちゃならない。

 

 

 子どもだけで思いがけず旅立つことになったとき、僕たちはグランバニアで戸締りをしたり貴重品を金庫に入れたりしながら、たくさん話し合った。

 

 絶対に守らなくちゃいけないことは、僕たちの身分が他の人に知られないようにすること。アベル――僕は彼のことをそう呼び続けたい――が僕らを「死んだこと」にしてくれた理由は分からないけれど、ともかく、光の教団は僕らが死んだと思っている。

 

 だから、世界中の「高貴な身分の子ども」を集めているらしい教団から身を隠すこと、これは僕らの絶対のルールだった。死んでいたはずのグランバニア王子とラインハットの王子たちが生きているなんて、思われてはいけない。それは、僕らを生かしてくれた人たちの努力を踏みにじることにつながる可能性があるからだ。

 

 あのときより強くなったとはいえ、オジロン叔父さんに口を酸っぱくして言われ続けていた通り、僕らはまだ子どもだ。僕らより強い人、魔物なんてたくさんいるだろう。油断は常にできない。

 

 それから、目的を絶対に間違えないこと。お母さんを探し出して、救い出すこと。そのために天空の勇者を探すこと。グランバニアの人たちを元に戻すこと。それから――これはヘンリーたちには言っていないけれど、ヘンリーたちが、ラインハットに戻れるようにすること。

 

 僕は魔物が憎い。けれど、その感情に支配されてはいけない、とも思う。魔物は僕の大切な人たちの仇だ。けれど、大きくなって「ただの猫」からは遠ざかっているゲレゲレが、きっと魔物であるように。魔物だから悪いわけじゃないんだと思う。人間にだっていい人と悪い人がいるように、きっと魔物にだって、仲良くできる子はいるはずだと、僕はそう思う。

 

「たまたま海が荒れてたんだろ。貨物に紛れてたから、外の様子は分からなかったけど」

 

「君が自分の体の上で戻しちゃうんじゃないかって、ギコギコはずっとはらはらした顔をしていたよ」

 

「うるせぇ。そんときはオレ様自ら洗ってやるよ。な、うれしいだろ?」

 

「なうん……」

 

 ゲレゲレは迷惑そうな顔をする。デールがくすくす笑いながら、ヘンリーの肩に手を置いた。ヘンリーは不服そうに弟の顔を睨み、僕はそんな様子がおかしくて、ゲレゲレの方をちらりと見る。目が合って、彼は「なーお」と甘えた声を出しながらすり寄ってきた。僕はそのたてがみをいつも通り撫でる。ビアンカに贈られた、すっかり色あせたリボンが風に揺れて、僕は理由も分からないまま、胸が締め付けられるような気持になった。

 

「……リュカ、さっさと行くぞ」

 

 ヘンリーの言葉を受け、僕らは船着き場から出て、食事にすることにした。大きな港町らしく活気付いていて、僕らくらいの年頃の子どもたちも、大人の手伝いなのか網縄や荷物を持ってちょろちょろしている。

 

「じゃあ、オレはギコギコと外で待ってるぜ」

 

「うん。何か買ったらすぐに持っていくから」

 

 ゲレゲレは目立つ。ラインハットが魔物に襲われた事件があってから、世間は魔物に対して、以前に増してピリピリした感情を抱いているらしい。僕らが商船に忍び込んだのも、お金を払いたくなかったわけじゃなくて、ゲレゲレを連れて乗船しようとしたら断られたからだ。

 

 だから、あんまり離れたくはないけれど、町や村など、人がたくさん集まる場所では情報を集めたり食料や必要な道具を補給する二人と、ゲレゲレと一緒に町のはずれが外で待っている人の二手に分かれることに決めている。

 

 今回は、船の中でゲレゲレをクッション代わりにしてくつろいでいたヘンリーが体調の回復とゲレゲレへのお礼を兼ねて、外で待っていることになった。

 

「兄さんったら、どうせ待っている間にギコギコを撫でまわして、迷惑がられているんですよ。ギコギコのためにも、早く戻ってあげましょう」

 

「そうだね。アンドレったら、暇さえあればずっと触ってるからね。気持ちは分かるけど」

 

「すべすべで気持ちいいですからねぇ……お腹はふわふわだし……」

 

 そんな話をしながら、僕たちは食べ物屋さんに向かった。武器や防具はまだ傷んでいないし、道具も特に使っていない。必要なのは食べ物と水くらいだった。

 

「小さいのに、お使いかい? 偉いねえ」

 

「えへへ……」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でてくる店のおじさんにお金を渡して、僕たちはそれとなく町の様子を観察しながら、ヘンリーのとゲレゲレを探す。彼らは町の外で待っていることにしたらしく、町の西側でひなたぼっこをするように座っていた。予想通り、ヘンリーはゲレゲレを撫でている。

 

「お待たせしました、兄さん」

 

「おう。待ってたぜ」

 

 食べながら、僕らは今後のことを改めて話した。「ラーの鏡」を手に入れながら、ストロスの杖と天空の勇者についての噂を集めて回り、有益な情報がありそうなところへ足を延ばすことは、当初から決まっている。ちなみに、ラインハットに顔を出すことはしない予定だ。あのときから僕らも成長したし、見た目の雰囲気も違うとはいえ、「有名」だった僕らは、いろいろな人に顔を覚えられている可能性が高い。

 

 本当は立ち寄って、元気でやっているらしいラインハットのみんなを見てみたい。だけど、それはしない方がいいってことは、よく分かっていた。

 

 ヘンリーもデールも、「ラインハットに戻るのは光の教団をなんとかしてから」という強い思いをもっているらしく、二人がそう言うなら、僕から言うことは何もない。

 

 だけど、サンタローズには立ち寄ってもいいかもしれない、とは二人とも言っていた。サンタローズの人たちはグランバニアに避難していた人がほとんどだから、僕たちが生きていることを知っているのだ。絶対に口外してはならないっていう約束を叔父さんとしていたけれど、もともと口が軽い人たちではないので安心していいと僕は思っている。

 

「残念だけど、修道院行きの船が明日、ビスタ港行きの船が二日後の出発だって」

 

 僕が言えば、ヘンリーがぴくりと眉を上げた。

 

「それ、客船か?」

 

「東行きの客船は五日後とのことだったので、それ以外を中心に聞きました。修道院行きの船が貨物船、ビスタ港行きが商船です。で、ここで新たな情報なんですが……」

 

 デールは戸惑ったように一度、僕の方を見た。僕はこくりと頷いて、デールに話の続きを促す。

 

「実は、ここポートセルミから南西にあるサラボナという町に住む大富豪が、『天空の盾』を持っているという話を聞きまして」

 

 僕たちは子どもだ。「伝説の勇者」の話をその辺の人たちにすれば、「勇者に憧れる子どもたち」として、みんな本当か嘘かも分からない話を聞かせてくれる。だから、他のどの情報よりも、「勇者」に関するものはたくさん集まった。

 

「それ、本当か?」

 

「はい。どうやら、ここらでは有名な話のようです」

 

「うーん。リュ……じゃなかった、ソロはどう思う?」

 

「話自体は信じて信じなくてもいいと思うけど、僕は盾より先に鏡を手に入れた方がいいと思ってる」

 

 光の教団は狡猾で、魔物が人に化ける術を持つ。アベルだけがその力を持つのか、他の人にもできることなのか、それは僕には分からない。けれど、分かっている以上、対策はした方がいいだろう。

 

「そうかもな。盾も鏡も逃げねぇだろうが、盾はオレらにゃ使えねぇ。無用の長物になるくらいなら、後回しにしておいて、使う機会が多くなりそうな鏡を優先するか。そんで、鏡が手に入ったら盾を譲ってもらえないか交渉しつつ、勇者について何か伝わっている逸話がないか聞けばいい。今後の具体的な予定が経ったな!」

 

 僕の思惑を知ってか知らずか、いつもの笑顔を浮かべるヘンリーに、僕らは頷いた。

 

「善は急げって言うし、明日の修道院行きの貨物船に乗り込むとしようぜ」

 

 僕らは夜になる前にポートセルミの町に忍び込んで、船着き場でこっそりと夜を明かした。それから、みんなが起き出す前に貨物船に乗り込み、朝の布袋を布団代わりにして寝そべる。

 

「おい、なんか騒がしくないか?」

 

 見つからないように静かにしていたら、いつの間にかうとうとしていた僕を、ヘンリーが揺すった。ちなみに顔色が悪い。やっぱり、ヘンリーは船が得意ではないようだ。

 

「……たしかに」

 

 貨物船が騒がしくなる理由なんて、三つだけだ。一つが、船員の喧嘩。もう一つが、天候の悪化。最後の一つが、魔物の襲撃である。そして、今回は最後のやつだろうな、というのは予想がついた。ゲレゲレの耳がピンと立っているし、僕自身の勘も「そう」だと告げていた。

 

「行こう」

 

 甲板に出ると、案の定船は魔物に襲われていた。しかも、天候まで悪い。

 

「ボウズたち、どっから沸いて出てきやがった!?」

 

「何でもいい、ここは危ねぇぞ! 下がってろ!」

 

「僕たち、戦えます!」

 

 船の上での戦闘は慣れてないけれど、できないことはなかった。荒れ狂う海、容赦のない魔物の大群。揺れる船の上でバランスを取りながら魔物の攻撃を避けるだけでも精一杯なのに、向こうは慣れたものなのか、こちらの攻撃は中々当たらない。

 

「ッチ、剣じゃ埒が明かねぇ! ソロ!」

 

 顔色の悪いヘンリーが、イオを唱える。小爆発は確実に魔物たちの足を止め、その隙にゲレゲレが軽い動きですばやく敵の顎に食らいついた。僕もヘンリーを見習い、バギマを放つ。負傷した船員の手当てをしつつこちらに補助呪文を掛けてくれていたデールは、ゲレゲレが敵の反撃を受けたことに反応して、その傷を癒そうを手を伸ばした。

 

「ボウズ、やめろ!!」

 

 誰の叫び声かなんて、どうでもよかった。

 

 荒れた海の一際大きな波は船を傾け――魔物と組み合っていたゲレゲレと、彼に近づいたデールを海に落とした。

 

「デール!!!」

 

 偽名を呼ぶことも忘れて、僕らは叫び、手を伸ばす。けれど、反対側から腕を掴まれて、短い僕らの腕は大事な仲間のもとへ届きやしない。

 

「放せよ!! 弟なんだ!! オレが守ってやらなきゃいけないんだ!!!」

 

「馬鹿野郎! こんな状態の海に飛び込んだら、お前らだってただじゃ済まねえんだぞ!!!」

 

 ヘンリーが船乗りたちに羽交い絞めにされながら、暗い海へ向かって、それでも手を伸ばす。

 

 ――どうして僕たちは、失ってばかりなんだろう。

 

 そんな空虚が胸を支配したのは、海が穏やかに戻ったときだった。涙も枯れ、朝陽はあまりに眩しく、白んだ空は、いつかアルマとビアンカと一緒に見た時とは違って、絶望の色に見える。

 

 船乗りたちは、僕らが魔物と戦ったこと、大切な人たちを失ったことを加味してくれたのか、修道院まで無事に送り届けてくれた。

 

 修道院は、静かで質素で、けれど美しい場所だった。浮浪児だと思ったのか、僕らを甲斐甲斐しく世話してくれ、何も聞かずに、ただ僕らに「休息」を与えてくれた。悪夢を見てうなされる僕らに、シスターは手を握って、かさかさとした初老の女性の手のぬくもりに目をうっすら開ければ「大丈夫ですよ」とにこりと微笑んでくれる。

 

 ただ、涙が出た。

 

 その手は、生活が決して楽ではないことを物語っている。けれど、ここにいる人たちは温かい。傷付いた人たちを、ただ受け入れてくれる。つらいときにただ傍にいてくれて、僕にとっては見たくもない朝陽に目を細めながら、「おはようございます」と一日の始まりを教えてくれる。

 

「デールとゲレゲレを探そうよ」

 

 ある日、ヘンリーと二人きりになったタイミングで、僕はそう提案した。

 

 海に落ちただけだ。運よくどこかに打ち上げられて、生きているかもしれない。通りかかった他の船に助けられているかもしれない。

 

 けれど、ヘンリーはふるふると頭を横に振った。

 

「探さない。――あいつらが生きてたら、オレたちとの合流を目指すはずだ。オレたちはただ、目標に向かってまっすぐ歩けばいい。な、リュカ。大丈夫だって信じればこそ、オレたち、常に前を向いてなくちゃいけないんだぜ」

 

 ヘンリーの浮かべた笑顔は、下手くそなものだった。ヘンリーだって、二人が心配でたまらないってことを、まるで隠せていない。だけど、そうだった。ヘンリーはつらいときこそ、気丈に振舞うやつだ。自分だってつらいのに、僕に心配を掛けまいと、笑ってみせる。

 

 僕はその笑顔に救われて、大好きで、大嫌いだった。

 

 ヘンリーは太陽みたいな人だ。明るくて、勝気で、優しくて、賢くて――人一倍繊細だからこそ、豪快なふりをする。

 

 その笑顔は、常に太陽で在ろうとするヘンリーの良いところであり、悪いところでもあった。

 

「ヘンリー。僕、君が言うならそうするよ。前だって向いてみせる。だけど――僕たち、せっかく二人なんだから。前だけじゃなくて、隣も見たっていいと思う。それに、前だけ見てて、デールとゲレゲレが追い付けなかったら困るもの」

 

 僕とヘンリーはどちらからともなく手を差し出し、互いの手のひらで乾いた音を出した。

 

「ああ、そうだなリュカ。オレたち――せっかく二人なんだもんな」

 

 ニッ、とヘンリーは悪戯小僧の笑みを浮かべた。

 

 それから僕らは、世話をしてくれたシスターたちにお礼を言って、「ラーの鏡」について何か知らないか聞き込みを始めた。

 

「『ラーの鏡』を? なんのために?」

 

 反応したのは、よく僕らの手を握ってくれる初老のシスターだった。他のシスター「『神の塔』は魂の記憶が宿る場所」だとか「己の見たものしか信じぬ者は神の祝福を受けられない」だとか、本に載っている伝説をそのまま教えてくれただけだったけれど、そのシスターだけは何かを知っている様子だった。

 

「僕たち、事情があって旅をしているんです。どうしても『ラーの鏡』が必要で」

 

 昼下がり。良い天気の中、教会の書架を整理していたシスターは手を止めて、子どもの質問に対しては妙に律義に僕らの正面に向き直った。そうでない人も多いことは知っているけれど、大人は子どもの質問に対して真面目に答えなかったり、何かの片手間に答えたりすることが多い。

 

 特に「リュカとヘンリー」ではなく、「浮浪児のソロとアンドレ」になってからは、そういう対応をされることがほとんどだった。だからこそ、このシスターの真摯さには、僕ら二人とも城で教育係にしつけられた通りに、背筋をスッと伸ばしてしまう。それが浮浪児には似つかわしくないと知っていても。

 

「……鏡の伝説をお話しするのはかまいませんが、二人が『ラーの鏡』を手に入れたいとおっしゃるなら、私は賛成できかねます」

 

「なぜです? オレたち別に、悪用してやろうってわけじゃありません」

 

 シスターはヘンリーの言葉を聞いて、呆れたような微笑ましそうな表情で息を吐き、僕たちの頭を優しく撫でた。

 

「もちろん、この数日であなた方が悪事をたくらむような子ではないというのは、分かっていますよ」

 

 僕はなんとなく、彼女が僕らを「子どもだから」という理由で話すのを躊躇っているわけではないことを感じ取っていた。だって、彼女は一度だって、僕らを「子ども」だとないがしろにしなかったから。

 

「これから苦しむ人たちが出ないようにするためにも、ラーの鏡は絶対に必要なんです。鏡と塔の伝説は知っていても、具体的なことを知っている人はいない。何か知っているなら、どんなことでもいいから教えてほしいんです」

 

 僕の言葉を聞いて悲しそうに微笑んだ彼女は、僕とヘンリーの目をじっと見て、どこか観念するような雰囲気を滲ませて口を開いた。

 

「危険なのです。『神の塔』は試練の塔。真実は時に人を傷付け、苦痛を与えるもの。真実を映す『ラーの鏡』を手にする者は、見た目に惑わされない慧眼、甘いまやかしよりもつらい真実を受け入れる心、真実を知ることを恐れることのない勇気、それらを併せ持つ者でなくてはなりません」

 

 僕はシスターの言葉に、思わずヘンリーを見た。それなら、ヘンリーは鏡を手にするのにぴったりの人間だ。僕にはこの親友ほどふさわしい人間はいないとすら思えた。

 

「そして――私を含む多くの人は、弱い。楽な方に手を差し伸べてくれる誰かがいるのなら、その手を取りたい気持ちは自然なこと。けれど、『試練』はそれを許しません。『神の塔』は、『ラーの鏡』にふさわしくない者に対して、厳しい罰を与えます。命を落とすこともあるのです」

 

「覚悟の上です」

 

 とはいえ、僕だってヘンリーに任せっきりにするつもりはない。つらいこと、苦しいことはたくさん経験してきた。だけど、その経験こそが僕の背を押してくれている。蹲って、何かに縋りたい気持ちを蹴飛ばし、「こんなところで立ち止まるな」と叱責してくれる。

 

「お願いします。どうしても、必要なんです」

 

 ヘンリーが頭を下げたのに合わせて、僕も同じように頭を下げた。シスターが僕たちの肩に手を置く。その手は少し震えていて、僕はなんとなく、もしかしたらシスターは昔、大切な人を「試練」で喪ったのではないかと思った。

 

「あなた方はまだ子どもです。なぜそうも生き急ぐのですか。困っていることがあるのなら、大人に頼ればよいのです」

 

「困ってることがあって、大人が助けてくれるって、すてきだよな」

 

 ヘンリーは顔を上げて、くしゃりと笑った。

 

「オレたち、早く大人になりたいんです。大人になるには、頼ってばっかじゃ、ダメじゃないですか。自分たちで、乗り越えていかないと」

 

 ――助けてくれる大人だって、どんなに強いと思っていた人だって、僕らを置いて岸を渡る。僕らを置き去りにして、時を止める。

 

「僕たち、乗り越えなくちゃ進めないんです」

 

 午後。開け放たれた窓から一際強い風が吹き抜けた。それはシスターが整理していて、机に置かれていた本のページをパラパラとめくる。

 

「……お話ししましょう。あなた方も御存知の通り、『ラーの鏡』は『神の塔』にあります。塔はこの修道院よりずっと南にあり、深い森を抜けたその先にそびえ立っているのです」

 

 ぱたり。ページを折らないように、シスターが慎重な手つきで本を閉じた。分厚い表紙が重しになって、風通しの良い室内でも、もうページはめくられなかった。

 

「しかし、塔の入口には鍵が掛かっております。どんな鍵でも開くことのないその扉を開ける方法はただ一つ。修道女の祈りだけなのです」

 

「じゃあ――!」

 

 僕らは声を揃えて、期待に満ちた表情でシスターを見つめた。けれどシスターは首を縦には振らなかった。

 

「私は行けません。昔……いいえ。ともかく、私では扉は開かないでしょうから」

 

 静かな拒絶だった。しん、と沈黙の下りた室内で、風の音だけが妙に響く。

 

「とはいえ、あなた方がこの修道院にいるどなたにお声を掛けようと、それは自由だと思います。危険に自ら飛び込むことに関心はできませんが、入り口を開けるだけならば協力してくれる者もいるかもしれません」

 

 シスターの言葉に、僕らは気のない返事をして、部屋を出た。

 

「あーあ。塔の場所も、中に入る方法も分かったのになぁ。誰か誘ってみるか?」

 

 太陽はまだ高い位置にあるけれど、少しずつ西に傾いている。じわじわと雲が動いてそれを隠すのをぼんやり見つめながら、誰がいいだろうか、と考えてみる。

 

 そもそも、僕はあのシスターの名前も知らない。ここにはたくさんシスターがいて、それぞれにもちろん名前はあるけれど、彼女だけは誰からも「シスター」と呼ばれていた。それに、他の修道女たちを取り仕切っているのも彼女だったから、その人をもってして「扉が開かない」のならば、一体他の誰を誘えばいいのか分からない。

 

「あの。困っているなら、私が一緒に行きましょうか」

 

 ふいに、声を掛けられた。振り向くと、そこには僕らよりも同じくらいの年の女の子がいる。特徴的な青い髪に、修道女にしては些か目立つ大きなリボン。けれど服装は子ども用の修道服だ。くりくりと大きな目のその女の子の名前はフローラ。なんでも、お金持ちの家の子だけれど花嫁修業のためにこの修道院に預けられているとか。これは本人からも周りのシスターたちからも聞いた話だ。

 

「気持ちはうれしいけど、お断りだ。フローラ、お前何歳だっけ?」

 

「七歳です! あなたたちよりはちょっぴり年下かもしれないけれど……でも、扉を開けるくらいなら、私にだって協力できるかもしれませんわ」

 

 小さな拳を握りながら、顔を真っ赤にして、どういうわけか必死になって言うフローラ。この内気で大人しそうな少女とは、あまり関わったことがない。年が近いからかこちらをじっと見つめていることはあるけれど、あまり話し掛けられたこともないし、僕たちは僕たちで話し掛けてほしそうな女の子に優しくできるような心の余裕がなかったのだ。だから、なぜそんなに必死になっているのかは不明だった。

 

「でもホラ、お前修道女じゃねぇじゃん。花嫁修業に来てるだけのお嬢様だろ? いいよ、他の人に頼むか、どうにかシスターを説得するから」

 

 ヘンリーが冷たくあしらうと、フローラは涙目になって俯き、ぷるぷると震え出してしまう。途端に面倒そうになったヘンリーだったけれど、「しかたねぇなあ」とは言わなかった。

 

「お前、どっから聞いてたのか知らねぇけど、危険だってシスターも言ってただろ」

 

「で、でも、でも、ソロ様もアンドレ様も危険を承知で、それでも『ラーの鏡』が必要だと、そう言ってたじゃありませんか」

 

「それにお前を付き合わせる理由がねぇよ。それに、危険なのは何も塔の中だけじゃねぇだろう。外には魔物もいるし、だったらなおさら、お前を連れてく理由がねぇ。旅慣れてるオレたちと違って、お前はお嬢様だ。塔がこっからどんだけ離れてるかは知らねぇが、ついて来れなくなったやつをおんぶに抱っこしてやるほど、オレは優しくねぇし」

 

 ため息を吐いたヘンリーは、ぽろぽろと泣き出してしまったフローラに何か言いたそうに口を開きかけたけれど、結局「行くぞ、ソロ」と僕に言っただけで、彼女に対して声は掛けなかった。






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