転生幼女がDQ5にインしたようです   作:よつん

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「お役に立ちたい」

 

 その日の夜。僕はヘンリーにたたき起こされ、押し殺した声で「今から『神の塔』を見に行くぞ」と囁かれた。

 

「どうしてまた……こんな夜中に?」

 

「ただの下見だからな。塔を実際に見てみれば、塔にとっての『修道女』の定義とか、手掛かりがあるかもしれないだろ? さっと行ってさっと帰るぞ」

 

「なるほどね。あんまり遠くないといいんだけど」

 

「ま、一応書置きだけは残しておくか。シスター、オレたちがうなされてるんじゃないかって、ちょくちょく様子を見に来てくれるもんな」

 

 ヘンリーは言いながら、真っ暗だというのに器用に端的な書置きをしたためている。僕らは寝ている人々を起こさないように、そうっと修道院を出た。海辺にあるこの修道院は、敷地を出るとすぐに砂浜がある。その先に広がる真っ暗な海は、デールとゲレゲレを呑み込んだときとは打って変わって、不気味なほど穏やかで静かだ。

 

 アルマが愛してやまない海を、けれど僕はこわいと思った。魔物相手なら、戦える。人間相手でも、必要があれば戦える。けれど自然とは戦えない。相手にしてもらえない。

 

 心のどこかで、デールとゲレゲレはあの暗い海の底に沈んでいってしまったのかもしれないと思っている自分がいる。それに反論する、希望を棄てたくない自分もいて、僕の思考は散り散りになっていた。

 

「おい、ボーっとすんなよ。フローラに言った通り、道中魔物と戦わなくちゃならねーんだぞ」

 

「そういえば、フローラに随分厳しかったね」

 

 意図的に不安と期待を封じ込めて、僕はランプに照らされるヘンリーの横顔を見つめる。グランバニアのお城にあったランプは、いつの日かレヌール城でお化け屋敷をしたときに灯していた松明とは違って、使い勝手がよく、火に直接触れてしまう危険もない。

 

「……戦えないやつを連れて行っても、足手まといになるだけだろ。オレは自分が何でも守れるなんて、口が裂けても言えねえからな。オレはお前を守ってやるって決めてるし、チビのフローラは守ってやれない」

 

 灯に照らされてオレンジ色に見える茶色の短髪は、一見活発な少年そのものに見えるだろう。けれど、その目を見れば、やんちゃそうな見た目や粗野な言動がヘンリーの本質ではないことくらい、きっと誰にだって分かる。

 

「それに、フローラは子分でもないしな」

 

 白い歯を見せて、こちらに笑みを向けたヘンリーに、僕は笑った。

 

「なんだ。僕はもう、子分じゃなくなったのかと思ってた」

 

「バーカ。お前は親友で子分だ。大人になったって、ずうっとな」

 

 静かな夜の道を、僕らはくすくす笑いながら歩いた。そこにデールとゲレゲレがいないことはすごく寂しかったけれど、それでも、心細さはなかった。

 

 魔物には何度も襲われたものの、大きな橋を通って、森に入り、僕らは確実に「神の塔」に近づいていることに安堵しながら、森の中にあった小さな祠の近くを野宿の場所に決めた。あとどれほどで塔に辿り着けるのかは分からないけれど、休憩できそうな場所があるのは正直ありがたい。

 

 石造りの祠の周りには神聖な空気が流れていて、魔物は近づけないようだった。周囲を泉に囲まれたその祠は古めかしく、支柱の一本は崩れて透き通る泉に沈んでいた。

 

 交替で仮眠を取ることにすると、ヘンリーが床にねそべって、さっそく寝息を立て始めたのが聞こえる。

 

 僕はふと、空を見上げた。深い森だけあって、枝葉が頭上に生い茂ってはいたが、その隙間から星々が光っている。

 

 ――「試練」なんて、どうして受けなくちゃならないんだろう。

 

 ただ、大好きな人たちと一緒に暮らしたいだけだった。けど、僕たちにとって、それはとても難しくて。数々の悲劇が全て「神の与えた試練」ならば、僕は何度も試練に敗れていることになる。乗り越えられなくて、誰も守れなくて、いつも守ってもらってばかりだ。

 

 時々、思うことがある。

 

 何を馬鹿な、と自分でも思う、くだらない考えだ。ヘンリーに話したら一蹴されて、ついでに殴られるだろう。

 

 だけど、どうしても、脳の片隅にこびりついて離れないそのくだらない考えは、こうして一人ぼんやりしていると、度々存在を主張してくるのだ。

 

 ――僕がいなければみんな笑ってくらせたのかもしれない。

 

 分かっている。そんな考えは、僕を生かしてくれたお父さんへの、アルマへの、サンチョへの冒涜だってことくらい。だから、この想いは誰にも話せない。話せないから、ただただこびりついて離れないままなのだ。

 

 僕が弱いから、アルマは僕を逃がして自分は魔物の前に立ちはだかった。僕が弱いから、お父さんは僕を逃がした。僕が弱いから、サンチョは僕を、サンタローズを守るために戦い続けた。

 

 僕がいなければ、グランバニアは狙われることもなく、みんな石になることもなかった。僕の旅に付き合わせなければ、デールもゲレゲレも海に消えることはなかった。

 

 鬱々とした考えのまま星空を見上げていると、つん、と肩を指でつつかれる。いつの間にか目を覚ましていたヘンリーが「交替」と短く言ってきて、親友の声と顔にひどく安心した僕は、軽く頷いて目を瞑った。

 

 

 

 *

 

 

 

 体格のいい男性と、細くすらりとした女性が、祠で話をしていた。どうやら男は盗賊で、女は修道女のようだった。奇妙な組み合わせだが、なんのことはない、脅迫した者とされた者の関係で、女は明らかに男に対して怯えを見せている。

 

「『ラーの鏡』は、神聖なものです。あなたのように欲望にまみれた人には、決して神の試練は越えられません」

 

「ハッ、そんなんはやってみなくちゃ分からねぇ。欲にまみれようが関係ねぇさ。試練って言っても、要は塔の攻略だろ? 大盗賊であるこの俺様にできないわけがねぇ」

 

 青白い顔をした女性とは対照的に、男は彼女の言葉を鼻で嗤ったのち、威嚇する肉食獣のように歯をむき出しにして笑った。

 

 女は海辺の修道院で粛々と暮らす、しがない修道女だった。よくある身の上で、両親が亡くなり、親戚も金銭的に余裕がないからと、子どものころから修道院にあずけられただけの存在。罪過を償うために人生を神にささげたわけでもないし、華やかな良家の子女の花嫁修業でもない。

 

 女にはそこしか居場所がなかったから。神様しか縋るものがなかったから。

 

 だから、優しくしてくれた修道院のシスターを見習って、「立派な人間」になるために、自らも修道女になった。ただそれだけ。

 

 そうして暮らしていたら、先日、少しだけ休ませてくれ、と体調の悪そうな男が修道院を訪れた。来るものを拒まない神に仕える者たちの家は、むろん快く男を迎え入れた。

 

 けれど、男は盗賊だった。その夜、どこで知ったのか、「ラーの鏡」を手に入れるためには「修道女の祈り」が必要だからと、男は彼女を攫い、「自分のために祈れ」と刃を突き付けてきた。

 

 殺されるかもしれない、と思って、女は従うことにした。

 

 きっと神様が天罰を与えてくれる。こんなやつに神の試練は乗り越えられない。扉を開けたら、自分はなんとか魔物から逃げ延びて、修道院に帰ればいい。

 

 決して近くはない距離だが、それでもきっと、神様は導いてくれるはず。だって、自分は何も悪いことをしていないのだから。真面目に生きてきて、その結果が誰にも看取られない森の中で魔物のえさになって死ぬことだなんて、そんなことは受け入れられない。

 

 女は唇を噛み、ぎっと男を見た。男は愉快そうに笑った。

 

 ――悪人のくせに、よく笑うやつだ。

 

 きっと、これまでも笑いながら人の大切なものを奪ってきたのだろう。女から、平凡で代わり映えのない、安寧だけがある日常を奪ったように。

 

 

 

 *

 

 

 

 夜が明けて、僕は騒がしさに目を覚ました。ヘンリーが誰かと口論しているようだ。でも、誰とだろう。そう思って、目を擦りながら声のする方を見た。

 

「そんな言い方ひどいですわ!」

 

「何言ってんだこの馬鹿! 世間知らずのお嬢様が! バーカ! 馬鹿!! オレが見つけなかったら、お前こんな森の中で誰にも見つけてもらえず、死んでたかもしれねぇんだぞ!?」

 

「だ、だから! その節はありがとうございましたとお礼を申し上げたはずです! そんなに怒鳴らなくても、自分が危険なことをしたというのは分かっていますもの!」

 

 フローラだ。内気で大人しい小さな女の子が、涙と鼻水で顔をべしょべしょにしながら、真っ赤な顔でヘンリーに向かって怒鳴り返している。よく見れば、いつも着ている修道服は汚れてしまっていて、彼女が何度も転んだのだろうということを如実に物語っているし、きれいに整えられているところしか見たことのない青い髪は、リボンがひん曲がってハーフアップが崩れてしまっていた。

 

「おはよう、アンドレ。これ、どういうこと?」

 

 僕が声を掛けると、ヘンリーは大きな大きなため息を吐いた後、ことの顛末を語り始めた。なんでも、明け方に祠の北側が騒がしいような気がして、様子を見に行ったそうだ。祠の傍に魔物は近寄れないし、僕はよく眠っている様子だから、とりあえず起こさないまま、様子だけ見に行って、危なそうなら爆発呪文などで大きな音を出して知らせようと思ったらしい。

 

 けれど、ヘンリーが見つけたのは泣きながら魔物に追い掛けられているフローラだったんだとか。

 

 仕方がないから魔物を倒して祠に戻り、こんなところにいた理由を聞くと、どうにも彼女は僕らの後を付けてきたそうだ。けれど、歩く速さが全然違うために案の定すぐに引き離され、それでも修道院に戻るのも怖くて一人で聖水を振り撒きつつ魔物から逃げながら僕らを追い掛けていたらしい。

 

 頭を抱えたヘンリーがこんこんと説教をすると、いろいろな限界を超えたフローラが泣きながら叫び出し、僕が起き出すほどの口論に発展したのだとか。

 

「……えーと、フローラ。どうして君はそこまでして僕らを追い掛けてきたの?」

 

「だ、だって。あんな突き放され方をされたら、誰だって見返したくなりますわ。それに私、ソロ様に確かめたいことがあって……」

 

「確かめたいこと?」

 

 首を傾げると、フローラは取り出したハンカチで涙をぬぐってから、じっと僕の顔を見つめた。

 

「ソロ様、私とお会いしたことがありませんか? 三年くらい前、ビスタ港で……あのときは髪が長くて、お父さまと、海で助けた女の子と一緒でしたわよね。確か、その女の子に私の服を貸してあげたと言って、お詫びをお礼を言われましたわ」

 

 僕は思わず、ヘンリーを見た。なんて答えればいいのか、正解が分からなかったからだ。フローラが、僕の父親をパパスと知らず、僕の本当の名前も知らなければ、なんの問題もない。けれど、そのどちらかを知っていて、うっかり他の人に話してしまったとしたら。

 

「なんだ。お前、それでソロのことじろじろ見てたのか。惚れてんのかと思ったぜ」

 

 言葉に詰まった僕の代わりに、彼女に返事をしたのはヘンリーだった。僕はその軽口にほっとしながら、感謝と、ほんの少しばかりの呆れの視線を彼に向ける。

 

「なっ……なっ……! 何をおっしゃいいますの! アンドレ様はもう少し、女性に対する口の利き方を気を付けた方がよいかと思いますわ! わ、私、別にソロ様のこと……!」

 

 顔を真っ赤にして再び涙目になり、ヘンリーの胸倉を掴んでいるフローラはすごく必死だ。いくらヘンリーがくだらない勘違いをしたからといって、そこまで迷惑がられると僕としても気まずい。

 

「はいはい、お前の気の強さと馬鹿さと執念深さはよく分かったよ。こんなところで死なれても困るし、しょうがねぇからついてくるのは許してやるけど。戦えねぇなら、魔物が出たらすっこんでろよ」

 

「本当、アンドレ様ったら失礼な人!! そんなことでは、女性に好かれませんわよ!!」

 

「うるせーな、別にいいんだよ。オレ、好きな子には優しくするし」

 

「まあまあ」

 

 宥めつつ、簡単に朝ごはんの準備をする。その間にフローラは身だしなみを整えていた。修道服についた汚れは落ちていないけれど、それでも大泣きする「お転婆お嬢様のフローラ」ではなく、それだけで「修道院で暮らすお嬢様のフローラ」に早変わりするのだから、不思議なものだと思う。朝食は白湯と干し肉、それからパンくらいだけど、フローラは文句も言わず出されたものを食べて、僕らにお礼を言った。

 

 なんだかんだ言って、ヘンリーはフローラを守ってあげていた。ひゃあひゃあと慣れない戦闘にちょろちょろするフローラに敵が向かわないように率先して倒していたし、フローラ本人は気付いていないだろうけど、さりげなく庇ってあげてもいる。僕もできる限りフォローはしているけど、全く戦えない人を連れ立って歩くのは初めてだから、いつもと勝手が違ってヒヤリとする場面も多い。

 

 ビアンカも初めは戦い慣れていたわけではなかったけれど、大人の動きを見て戦いの邪魔にならない場所に避難したり、自分で戦うようになってからは周りをよく見て連携したり、とにかく巻き込まれたり巻き込まれないようにしたり、そういうのが上手だった。

 

 でも、多分フローラは大人に護衛された経験しかないんだろう。だから、戦いの最中において安全な場所が、傍に控えてくれる人がいなければ分からない。イライラしはじめたヘンリーがついに「オレがやるからソロはフローラ見ててくれ!」と怒鳴った。それにびくりと肩を揺らしたフローラは、僕のマントの裾をぎゅっと握って俯いてしまう。

 

「フローラ。怖い?」

 

「え、ええ。アンドレ様、乱暴な人で、少し怖いです……」

 

 僕は笑った。

 

「僕も最初は、乱暴で嫌なやつだって思ってたよ」

 

 なんとなく、それ以上は言わないようにした。なんでだろう、ともかく、「教えてあげるのはもったいない」と思ったのだ。ヘンリーはいいやつだけど、誰がどう言ったって、実感がなければそれは分からないだろう。僕は嫌なやつだと思っていたヘンリーがいいやつだと分かって、すごく好きになった。だから、フローラもきっと、そのうちヘンリーのことを好きになると思う。フローラが、ヘンリーをちゃんと理解しようとすれば。

 

 僕がヘンリーの邪魔にならないようにフローラを守りつつ、呪文で援護するようにしたら、戦闘は大分スムースに進むようになった。歩みのゆっくりなフローラの手を引いてさらに南へ下ると、ようやく神の塔が見えた。森にあった祠と同じように、神聖な空気を感じる。といっても、森の祠とは違って、こちらはどこかピリリと肌を刺すような緊張感のある神聖さだ。

 

「おーおー……こりゃ、押しても引いてもびくともしねぇな」

 

 塔の入口で、扉を押したり引いたり、上に持ち上げようとしたり横にずらそうとしたり、いろいろな方法を試していたヘンリーだったけれど、ついに諦めて腕組みをしながら扉を見つめている。

 

「わ、私の出番ですわ! 私だって、修道院で修行している身ですもの!」

 

 ヘンリーを押しのけ、そう言ったフローラが手を組み、祈りを捧げ始めた。その横顔は幼いながらに真剣で、目の錯覚か、彼女の目の前にうっすらと光すら見える。

 

 けれど、扉が開くことはなかった。

 

「フローラはまだ子どもだし、修道女ってわけじゃないんだし、祈りが届かなくても仕方がないよ」

 

 フローラは目に見えて落ち込んでいて、僕はそんな彼女を見ていられず、背中をさすって慰めた。ヘンリーは塔の周りに手掛かりがないかうろついている。

 

「ですが……私……毎日真面目にお祈りも捧げているし、神の教えも学んでいます。それなのに……ソロ様のお役に立てないばかりか、これじゃあ、御迷惑をお掛けしただけですわ……」

 

 背中をさすってあげると、フローラは「私、感動したんです」とぽつぽつ話し始めた。シスターと話している僕らの会話を聞いたこと。自分とそう変わらない年齢の僕らが、誰に言われるわけでもなく、自分のやるべきことに覚悟を持って挑戦しようとしているのを知ったこと。

 

「私……本当は花嫁修業になんて来たくなかったんです。オラクルベリーという町で、お父様が占い師に『修道院へ修業に出した方がいい』と言われて。それで、家族と離れることになって。修道院の暮らしは学ぶことも多いし、皆さまとてもお優しいけれど……私、お父様やお母様、お姉様と一緒にいたかった。家族に会えないのは、寂しいんです。でも、言えなかった。手紙は送り合っているけれど、本当の気持ちは書けないままなんです」

 

 膝を抱えながら、フローラは顔を上げて塔の周囲をうろつくヘンリーを見た。

 

「お二人の話を聞いて、私、勇気をもらえましたわ。それと同時に、自分が情けなくてなりません……」

 

 僕が何かを言う前に、ヘンリーが「しょうがねぇ、撤退するか」とからりと声を掛けてきたから、僕は代わりに彼女の背中をぽんと押した。

 

「くよくよしてても仕方がないよ。やれることはやったし、戻ろう。暗くなる前に祠に着けるように出発しなくっちゃ」

 

 僕ら二人だったら、急いで帰れば日が変わるまでに修道院に戻れるだろう。ただ、旅慣れないフローラに無理をさせられない。僕は、誰かのために役に立ちたいという彼女の気持ちが痛いほどによく分かった。僕がお父さんの役に立ちたいとあれこれ考えていたように、きっとこの子もそういう気持ちで、僕たちについて来てくれたんだろう。口が悪くて素直じゃないヘンリーも同じことを思っているのか、それとも違うのか、それは分かりやしないけれど、彼は僕の案に対して異論はないようで、「ああ」と頷いていた。

 

 

 帰り道は、僕とヘンリーの場所を交替することにした。一人で多くの魔物を相手にしなければならない前衛は疲れる。ヘンリーばかりに任せていられない。

 

 なんとか夕方前には祠に戻って来れて、フローラに無理をさせるわけにもいかないし、僕らは今夜もここで過ごすことにした。

 

「朝起こしちまったから、今日はソロから寝てていいぞ」

 

 夕飯も食べ終わり、僕らが見張りの話をしていると、フローラが「あ、あの」と小さく声をあげた。二人の視線が一気に自分に集まったからか、それとも単純に発言するのに緊張したのか、フローラの顔は赤い。内気で大人しそうに見えて、表情がくるくる変わる様子はなんだか微笑ましく感じる。

 

「わ、私も見張りくらいしますわ。祠の近くは魔物も出ませんし、何かあってもお二人を起こすくらい……」

 

「いや、いいよ。慣れないことして明日疲れて帰るの遅くなるよりは、寝ててもらった方がお互いのためだと思うしな。地面で寝られねーなら慰め程度に膝枕でもしてやろうか?」

 

 直後、乾いた音が響く。ニヤリと笑ったヘンリーの頬を、フローラが平手打ちしたのだ。

 

「あなたはっ……どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんですか!? もちろん、私だって危険なことをして、お二人に御迷惑をお掛けしていることくらい分かっています! でも、だからこそお役に立ちたいのに!」

 

 立ち上がって声を荒げる彼女は、真剣に僕らのためにと提案したようだった。暴力とは縁遠い生活のフローラの手は、赤い。その手をもう片方の手でさすった彼女は、涙目になりながら「少しは人の気持ちも考えてください」と、ヘンリーを睨んでいる。

 

 それに対して、ヘンリーは睨むでも怒るでも動揺するでもなく、静かな目で見つめ返した。青い目。無彩だった僕の世界に飛び込んだ初めての色。

 

 その目に見つめられたフローラの方が、ぐっと気圧されたように一歩後退した。

 

「別に取って食いやしねーよ」

 

 座ったまま、立っているフローラを見上げるヘンリーはふっと笑った。

 

「初めてだらけで緊張して冷静さを失ってるっつーのはよく分かるが、お前こそ状況考えた方がいいぜ。ソロ、寝ていいぞ。膝枕でもするか?」

 

「君が動けないと困るじゃないか。僕は普通に座って寝られるし。おやすみ、アンドレ」

 

 二人のことはあえて気にしないことにして、僕は目を瞑った。ほとんど一人で戦闘を担っていたからか、そこまで強敵はいなかったけれど、体はかなり疲れていたようで、僕はすぐに眠りに落ちたのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 女の祈りに応えた扉は、それまでびくともしなかったのが嘘のように、二人を招き入れるような軽い動きで開いた。

 

「ここまででいいぞ」

 

「当たり前です。私、役目は果たしたもの。それじゃあ、あなたに天罰が下ることを祈っています」

 

「なんつうシスターだ。そこは神の御加護をって言うところじゃねぇのかよ」

 

「あなたみたいな悪人に神の御加護があるはずもありません。それも、神の試練で」

 

「信じらんねぇ聖職者だな。神は隔てなく加護を与えるもんじゃねぇのかよ」

 

 男は呆れたように息を吐き、がりがりと頭をかいてからその手をひらりを振った。

 

「じゃあな。もう会うこともねぇだろう」

 

「ええ、さようなら」

 

 男は塔の中へ、女は修道院へ戻るために歩き出した。しかし、彼女はすぐに神の塔へと引き返すこととなる。

 

 魔物から逃げ回っていたら方角を見失い、祠にも辿りつけないまま陽がすっかり落ちてしまったのだ。そうなると、分かりやすい目印である神の塔で休もう、という発想になるのは自然なことだった。

 

 塔の周りは神聖な空気に包まれていて、魔物は近寄れない。中がどうなっているのかは分からないが、魔物が出てくるということもなく、彼女はその点だけは安心して、けれど眠れるほど緊張感を緩められるはずもなく、眠れぬ夜を過ごした。

 

 ――そういえばあの男、出てこないわね。

 

 うつらうつらとしながらも、何があるか分からない中で眠ることもできず、ぼんやりとそんなことを考えた。

 

 

 夜が明けて、それでも男は戻って来なかった。あれだけ「天罰が下ればいい」と思ってはいても、女は善良で心優しく在れと育てられてきた人間である。悪人だとしても言葉を交わした人間が中で亡くなっていることを想像すればゾッとしたし、怪我をしているなら手当をしてやり、亡くなってしまっていてもそれを弔うくらいはしてもいいだろうと考え、恐る恐る、塔の中に足を踏み入れた。

 

 寝不足の頭には、夢か現か分からないやわらかな空間が広がっていた。朝陽の差す中庭には花々が先、美しい池があり、そして――女の両親がいた。

 

 幼い頃病に倒れた母と、傭兵稼業をしていて魔物に殺された父。時を止めた若い夫婦は、女へと笑みを向けた。

 

「あら、そんなところにいたの。こっちへいらっしゃいな」

 

 ずっと焦がれていた母の手。修道院ではシスターが平等な愛情をみんなにくれる。けれど、女が望んだのは、自分だけに与えられる特別な愛情。

 

「おまえがずっと頑張っていたのを、知っているよ」

 

 逞しい父の腕。それらに向かって、女は飛び込もうとした。なんだか、己まで幼い時分に戻ったような気さえしていた。

 

「まやかしだ、馬鹿!」

 

 父と母のぬくもりを、野暮で乱暴な言葉が打ち消した。剣を構えるその悪党は、こともあろうに女の父と母を親の仇でも見るかのように睨んでいる。

 

「これがまやかしならば――私、まやかしの世界で暮らしていたいわ。だって、その方が幸せだもの。自分の心を押し殺した現実なんていらない! 真面目に生きてきたのに、報われない日常なんていらない! 私がここに来たのも神のお導きだわ。私だって、幸せになりたい!」

 

 よく見れば、男は血まみれで、息も絶え絶えの様子だった。

 

 ――これなら、自分でも勝てるかもしれない。

 

 女から見て、男はせっかく見つけた幸せを奪おうとする大罪人である。

 

「目を覚ませ! 真実を見ろ!」

 

 ――なによ、盗賊の分際で。

 

 優しい表情の父が、剣を渡してきた。

 

 ――そうよね、父さん。邪魔者は殺してしまいましょう。

 

 女はその剣を受け取ろうとして、ハッとその手を引っ込めた。

 

 

 自分は今、何を考えた?

 

 そもそも、父はなぜ笑顔で人殺しを娘に進めるのだ。

 

 

 一度気が付いた違和感は、ぞわりと女の肌を泡立て、求めていたぬくもりが己の体を芯から冷やすものだと悟らせるに至る。

 

「トヘロス」

 

 それは聖なる呪文。本来は術者の周囲に聖なる結界を張る呪文であるし、術者の練度によって結界の強さにもかなり差が出てしまうものであるが。

 

 己の周りに聖なる結界を展開させたことで、女には真実が見えた。

 

 両親なんていない。そこにあるのは草花咲き乱れる中庭に、両脇にある泉に安置された銅像のみ。武器を手渡そうとしていた父も、笑みを向けた母も、ただの魔物。

 

 女が結界を展開したことで怯んだ魔物だったが、すぐに気を取り直したのか武器を振りかぶってきた。さまよう鎧という、鎧に意思が宿ったような魔物と、エンプーサと呼ばれる、腰みのを付けた女型の魔物だ。

 

「ッオラ!」

 

 さまよう鎧へ斬りかかり、相手が体勢を崩した隙を見逃さず、男は女の腕を掴んで塔の外に駆け出た。

 

「ハァ……なんで、中に入ってきた!! 修道院へ帰るんじゃなかったのか!!!」

 

 女は助かった安堵と死ぬかもしれなかった恐怖から腰を抜かしながら、ぐずぐずと泣きだした。それから、魔物から逃げ回っていたら陽が落ちてしまったこと。安全のため塔の傍に避難していたこと。ふと、男が戻ってこないので心配になり見に行ってみようと思ったこと。それらを途切れ途切れに話す。

 

「……聖職者ってのは、ピンキリだな」

 

 男は大きなため息を吐いた。女はようやくその体が傷だらけであることに意識が向き、回復呪文を施し始める。

 

「おう、ありがとな」

 

「こちらこそ、助けてくれてありがとうございました。あの……あなたはなぜ盗賊を?」

 

「いや、大した理由じゃねぇさ」

 

「聞かせてください。私、あなたのこと悪党って決めつけていたけれど……私の目を覚まさせてくれたあなたのこと、どうしてもただの悪人とは思えません」

 

 男は照れたように頬をかき、それから昔話を始めた。女はときに眉をひそめ、時に表情を曇らせ、時に笑顔を見せ、男の話に聞き入る。陽が高く上り、再び夜が訪れても二人の会話は止まらなかった。

 

「私、もう止めません。あなたの目的を、神も分かってくださることでしょう。どうか、お気を付けて。あなたに神の御加護を」

 

 女は再び祈った。神の塔の扉は祈りに応じて再び開く。傷が治り、晴れやかな顔の男は塔の中へ足を踏み入れ――二度と戻ることはなかった。




言う必要すらないかもしれませんが、神の塔については捏造とかどっかで見た設定とかモリモリに盛り込んでいます。シスターについても盗賊についてもオリキャラです。
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