翌日、アルカパの村へ帰るというビアンカとおかみさんを送ると言ったパパスさんに、私たち二人もついて行くことになった。道中、魔物との戦いの合間合間で、リュカがうれしそうに洞窟での冒険譚をパパスさんに語って聞かせる。その度に、ビアンカが羨ましそうな……いや、恨めしそうな目でこちらを見ているのには、多分気が付いていない。
「アルマってすごいんだよ! 魔物に石を投げて、僕のこと助けてくれたんだけど、絶対外さないんだ!」
「えへへ」
私ははにかみ、秘技・笑って誤魔化すを使った。大人二人はそんな様子に微笑ましそうに目を細めている。
「アルマは誰かに教えてもらったのか?」
「ふなのりさんたちに、ちょっとだけ。海には魔物がでるから、おぼえておくと便利だぞって」
教えてもらったというよりは、ダーマの神殿で転職して、戦闘経験を積んだんですけど。船乗りは覚えておくと便利な特技が多いのは本当だ。
「ところで、アルカパってどんなところなの?」
話題を変えるためにそう質問すると、途端に得意げになったビアンカが話し始めた。アルカパの町はサンタローズの村より大きくて、きれいで、そんな町の中でも一番大きな建物である自分の家はすごいのだと、自慢を交えて教えてくれる。なんでも、ビアンカの家は宿屋を経営しているそうだ。
「ねえ、やどやさんなら、たくさんの人が来るよね?」
「え? う、うん。そうね」
「じゃあ、コスタールって国から来た人とあったことある? グランエスタードでもいいよ」
「え、ええ?」
ちらり、とビアンカが助けを求めるように母親を見た。おかみさんは、私と目を合わせて、気の毒そうに「ごめんね、どっちも聞いたことがないよ」と首を振った。パパスさんやサンチョさんから、私の事情を聞いているのだろう。
「そう……ううん。おしえてくれてありがとう、おばさん」
もとより期待はしていない。コスタールやグランエスタードを探すなら、もっと別の、旅の扉とか神隠しの噂とかを訪ねて回った方が早い気もする。ぽん、と肩にパパスさんの手が置かれた。
「アルマ、着いたぞ。あれがアルカパの町だ」
ビアンカが自慢げに話すだけあって、よく整備されたきれいな町だった。もともと落ち込んでなどいないが、気持ちを切り替えたように見せ、私は笑顔で「きれいなまちね」と感想を告げた。
寄り道せずに、ビアンカの家である宿屋まで向かい、父親のダンカンさんに薬を渡す。本当はそのまま帰ろうとしていたのだが、おかみさんに引き留められ、アルカパの町で一泊していくことになった。
大人が話をしている間に、ビアンカがアルカパの町を案内してくれることになり、ぴょこぴょこと揺れる金髪を追い掛ける。勝手知ったる町の中では、少女は活き活きした顔で町のあちこちを紹介したり、町の人に話し掛けたりして、しっかりとその役目を果たしてくれた。
この愛らしい少女は町の人気者で、それは悪戯盛りの年ごろの少年たちからも、例外ではなかったようだ。
「ちょっと! 何してるのよ!」
猫――というには無理があるサイズの動物をいじめている怖い物知らずな少年たちは、ビアンカを見てぽっと顔を赤らめた。二人は「この猫面白い鳴き声なんだ」とかすっとぼけたことを言っていたが、どう見てもそれは魔物だと注意してあげた方がいいのだろうか。世間を知らないって怖い。
猫をいじめるな、と注意するビアンカに、少年たちは「それなら、レヌール城のお化けを退治してこい」と条件を付ける。もちろん、ビアンカはこの条件をあっさり呑んだ。あ、これ、私も行くやつかな。
宿に戻ったビアンカは、「夜になったら迎えに来る」と言って、どこかへ行ってしまった。どうやら、夜に備えて準備をするらしい。
私とリュカも、とりあえずは一通り案内してもらったし、宿でのんびりすることにした。それにしても、考えたいことはいっぱいあるのに、イベントが短期間に立て続けにあって驚く。大まかなことしか記憶にないので、レヌール城攻略についても何か必須な物があったかとか、そういうの全然覚えていないんだけど、大丈夫だろうか。まあ、本来は二人で攻略できるはずのところだから大丈夫だろう。私はリュカとビアンカについて行くだけだ。必要だったら石つぶてとか、さざなみの歌とかで援護すればいい。はぐれたら稲妻で一斉駆逐である。
「リュカ、買い物とかしなくてへいき?」
「うーん……お化け退治って、何するんだろう。お化けも魔物みたいに倒せるのかな?」
「どうだろうねぇ」
お化けという名の魔物だよ、とは言わずに、首を傾げる。ただ、子ども三人で行くとなると、私もリュカも回復呪文を使えないので、装備は充実させていた方がいいかもしれない。
「一応、買い物しておこうか。怪我をするかもしれないから、薬草も買っておこう。僕たち、洞窟で魔物を倒したから、ちょっとだけどお金はあるし」
リュカも似たようなことを思ったのか、そう提案される。願ったり叶ったりだ。やはり、少年とはいえ旅慣れているので危機管理能力が多少は育っているようで、ありがたい。
「うん、わかった」
ちなみに、一応今のはパパスさんに聞かれないようにひそひそ話である。私たちはパパスさんに声を掛けて、買い物に行ってくることを伝え、宿を出た。陽は傾き始めていて、もうすぐ夕飯の時間である。
ビアンカが何時ごろ出掛けることを想定しているのかは知らないが、夜道は暗いだろうし光源があった方はいいかもしれない。どこの家にもあるものだし、出掛けるときになって慌てないように、一本火の着いていない松明を“借りて”おこうか。
「アルマは何かほしいものはある?」
「うーん、わたし、盾って重いから、持ってるとたぶん、じゃまになるとおもう。でも、何もないのは不安だから、防具屋さんで何か買えるといいな」
「武器は?」
「リュカが新しいのを買うなら、今使ってるひのきのぼうをちょうだい」
「分かった。何かいいものがあるといいね」
ビアンカに案内してもらったこともあって、目当ての店には迷わず辿り着くことができた。向こうも私たちのことを覚えてたようで、微笑ましそうにこちらを見ている。
「いらっしゃい。ご用は何かしら?」
防具屋のお姉さんが、店の前に来た私たちに声を掛けてくれた。
「あ、僕たち買い物がしたくて……」
「リュカ、その前に、おなべのふたとか、ふくろに入れてあったものを売ろうよ」
「そうだね。えっと、これと、これと、これ……」
物理法則を無視している魔法の袋から、いらない物を並べていく。子ども相手に大人げなく商売をする気はないのか、良心的な値段で引き取ってもらうことができた。
「ボクにはこっちの革の鎧、お嬢さんには革のドレスがおすすめよ」
親切にそう教えてくれるが、革のドレスは子どもにとって少々値が張る。交渉しても良いが、五歳児の姿でそれはあまりよろしくないかなと思う気持ちもあり、話をリュカへと逸らすことにした。
「ねえ、リュカ。かわのよろいだって。着てみたら?」
「じゃあ、アルマも……」
「ううん。わたしはいいの。リュカのおさがりのたびびとの服をもらうから」
「しっかりしてるわねぇ。それじゃあ、ボク、さっそく試着してみましょうか?」
子ども用サイズの、ぴかぴかした革の鎧をちょっと照れた顔で身につけるリュカはとっても可愛らしい。六歳という年齢と、もともとの中性的な顔立ちもあって、少年というよりは少女にも見える彼だが、鎧を見に着けるとさすがに少年らしさが出る。
「わあ! とってもにあうよ!」
「そ、そうかな? じゃあ、あの、これ買います」
チョロくて心配になるが、素直なのが彼のいいところなので、褒めて伸ばそうと思います。防具屋ではそれだけを買って、私はリュカの旅人の服をもらいうけ、武器屋ではリュカのためにブーメランを購入した。ちなみに、戦闘で得たお金は全てリュカが持つようにしている。建前上は、リュカの方が年上なので。本音は彼が持っていたところで私が欲しいと言えば買ってもらえるため。
「本当に何も買わなくてよかったの? 全部僕のおさがりになっちゃったけど……」
「いいの。それにほら、やくそうをたくさん買ったら、あんまりお金なくなっちゃったじゃない。わたしは武器がなくても石を拾って投げればいいもの。それに、おさがりをもらうって、なんだかお兄ちゃんができたみたいでうれしい!」
思い切り笑顔を向ければ、リュカもそれ以上は言わなかった。夕食がちょうど出来た頃なのか、宿からは良いにおいが漂っている。ビアンカも含めたみんなで食事をし、お風呂に案内され、その間トイレに寄ると言って台所から松明をこっそりちょろまかしておいた。
子どもは寝る時間、と言われ、さっさとベッドに入る。子どもの体は入眠がとても早くて、私はすぐに夢の中に旅立った。
夜中、肩を揺らされて目を覚ます。暗い中だったが、起こしたのがビアンカとリュカなのは分かった。
「……おはよう」
「さ、いくわよ、アルマ」
「うん」
音をあまり立てないように立ちあがり、さっと身支度をする。それから、宿から出るときにちょろまかしておいた松明を持って行くと、ビアンカが呆れた顔をした。
「あなた、意外と抜け目ないのね」
「だって、まっくらな道を歩くのはこわいし……。あ、ぬすんだつもりじゃないのよ。勝手にとってきちゃったけど、ビアンカがだめって言ったら戻すつもりだったの」
「あら、いいのよ。助かったわ。さ、レヌール城はこっちよ。大丈夫、門番のおじさんはぐっすり寝てるから」
「ぜんぜん門番のいみないね」
「あんた、はっきり言うわね……」
とはいえ、道中は全然平和ではなかった。魔物は昼より夜間の方が活発になるものが多いからだ。まあ人攫いとかに遭遇するよりは全然マシなわけだけど、そんなこんなで、リュカはホイミを覚え、ビアンカはメラを覚え、めきめきと戦闘技術が向上していった。人間、追い詰められると眠っていた力が目覚めるんだなぁと感心しきりな私である。ちなみに、私は松明係と兼任して、薬草を使ったり石つぶてを使ったり、と戦況に応じた動きと称して子どもたちの成長を見守っている。
キャーキャー言いながら魔物を撃退しつつ、ようやくレヌール城まで辿り着く。始めは夜の道に緊張した様子が見られたビアンカだったが、もはやそんな余裕もなく、魔物との戦いに必死になっていた。
「あ……いよいよね」
しかし、それもレヌール城を見るまでだった。元は美しい白亜の城であっただろうその建物は、今は朽ちかけ、不気味に佇んでいる。道中は全く荒れていなかったはずの天気だが、レヌール城だけは局地的に雷鳴がとどろいていた。
「えーと、ビアンカ、大丈夫?」
「だ、大丈夫に決まってるでしょ! わたし、お姉さんなのよっ?」
声が上ずっている。一方、カチンコチンに怖がっているビアンカを気遣うリュカは怖がる様子もなく、六歳なのにものすごく肝が据わっているな、と感心した。正直言えば私もホラーは苦手だが、魔物のいる世界に来てからというもの、慣れもあってか多少平気になった。しかも今回は、心霊的な現象というよりは魔物のせいだと種も分かっている。というわけで、ビアンカよりは平静を保っていられた。
「ビアンカ。わたし、とってもこわいから、手をつないでもいい……? おねがい」
松明を持っていない方の手を差し出すと、ビアンカは少しほっとした顔になって、「ええ、もちろんよ!」と私の手を取った。なるほど、おかみさんが「探検」に行かせたくなかったわけだ、と納得する。
この子は自分で「お姉さん」と言い聞かせることで無茶ができてしまう。無茶をしてしまう。諌める人がいない場で、年下の子どもたちをずんずん引っ張っていくのはまだまだ向いていないかもしれない。とはいえ、その年下というのが私とリュカなので、今回は上手く「お姉さんキャラ」が発動してくれるようコントロールしていけるとは思うが。
「ありがとう、ビアンカ。これなら、あんまりこわくないわ」
微笑む。仲間外れにされた気持ちなのか、リュカが「行こうよ」と少し拗ねたような表情をした。かわいい。
松明の頼りない灯りに、ひゅうっと湿っぽい風が吹きすさぶ。ぽつり、稲光と共鳴するかのように雨が降り始め、ただでさえ頼りなかった灯りは消えてしまった。湿った松明など使えないので、邪魔だしさくっと捨てる。
「あれ、この扉、開かないよ」
「裏口がないか、見てみましょうよ」
正面の入り口は錆びついているのか、中に入ることはできなかった。雨粒が段々大きくなってきてお化け退治云々よりも雨宿りがしたい。年長者に従い城の裏手に回ると、崩れてむき出しになった城壁のおかげで、城内につながっているであろう長いはしごを発見することができた。
「ここから上れそうね……。リュカ、アルマ。雨が降っていて滑りやすくなってるから、気を付けるのよ」
「うん」
リュカ、ビアンカ、私の順にはしごを上る。ううむ、松明は捨てて正解だった。中々に重労働である。滑るはしごから落ちないように、力を込めて慎重に手足を動かさねばならない。ああ、これ、明日筋肉痛になるやつだ……。無事に上まで辿り着いて、城内に足を踏み入れる。すると、一際大きな稲光と共に、今入ってきた扉の入り口が閉まってしまった。
「うそ……ううん、だ、大丈夫よ。もうあそこからは出られなくなっちゃったけど、進めばきっと出るところもあるはずだわ」
入った部屋には棺桶が並べられていて、嫌な雰囲気だ。遺体を安置する部屋というより、むしろ訪れた者を恐怖にさらして嘲笑うかのような醜悪さがある。リュカにしがみついているビアンカは、気丈に振る舞いきれずに震えている。かわいそうに。当のリュカも、先ほどのような余裕そうな表情ではなく、緊張からか恐怖からか、顔が強張っていた。
「階段がある。下を調べてみよう」
どの道この部屋にいても、戻る道が閉ざされていては仕方がない。リュカの提案に頷いて、私は二人の後をついて行った。ところが、二人が階段を降りようとしたとき、ガタガタッと大きな音を立てて、棺の蓋が一斉に開いた。中からは骸骨が出て、規則正しく二列に並んでこちらに近づき――部屋が真っ暗になった。
「うっ、わ!? リュカ! ビアンカ!」
冷たい感触が、体を拘束してくる。私は二人の名を呼ぶが、目に見えない敵は私の体をどこかへ運び出す。
「このっ――!」
暗闇にまだ目が慣れない。しかし、目は慣れなくても口が自由なら、私は戦う術を持つ。そう、相手が魔物なら、歌えばいい。私の「さざなみの歌」は相手を眠りにつかせる。耳元でささやく潮騒の子守唄は、母なる海の抱擁を思わせ、聴いた相手を眠りに誘う。
ほどなくして、私の体から冷たいものが離れていった。代わりに、慣れてきた目をよくこらすと、どうやら罰当たりなことに、お墓の上に倒れていたらしい、ということが分かった。周りには骸骨のような魔物が眠っているが、放置で良いだろう。生き埋めとかにされる前で助かった。そうなってくると脱出に難儀するだろうから。
「リュカとビアンカは……」
辺りを見回すが、どうにも見当たらない。レヌール城で私が覚えていることと言えば、ベビーパンサーを助けるためにイベントが始まること、魔物のせいで王と王妃が眠りにつけないでいること、親玉を倒すとゴールドオーブがもらえることくらいで、もはやダンジョンの構成も、ゴールドオーブ以外の入手アイテムも忘れた。つまり、どこで合流するのが適切なのか、不明だ。
「うーん……」
顎に手をやり、少し考える。案は二つ。そのままここで二人が来るのを待っているのと、逆に先に進んでおくというものだ。もしもリュカたちが先に進んでいた場合、私は問題が解決されるまでここで待ちぼうけ。もしも私の方が先に進んでいた場合、私は二人を置いて親玉を倒そうという気は全くないのでイベントが発生しそうな雰囲気があるところで待つことができる。
というわけで、私は先に進むことにした。城内に入る扉に手を掛けて、周囲を警戒しながらもそのまま中に入る。
倒れた本棚があるだけの部屋だ。中に階段のような物は見当たらないが、不自然に本棚同士がぴったりとくっついて設置されている場所がある。この下に階段がありますと言われたら「でしょうね」と答えるレベルの不自然さだ。
ふと、視線を感じて本棚から部屋の奥へと視線を移す。そこには体の透けた美しい女の人がいて――。
「あっ! アルマ! 見つけたわよ!」
「アルマ! 探したんだよ!!」
仲良く手を繋いだ二人が駆け寄ってきて、思ったより早い合流になったなと感想を抱きつつ、一応魔物が化けていないかの確認を取る。
「リュカ、ビアンカ、っわあ!」
転んだふりをして、リュカに抱きとめてもらう。胸元から出しておいた、勇者様にもらったお守りは反応なし。で、あるならば、おそらくリュカは本物だ。何せ、勇者様からのお守りには聖なる力が込められているそうなので、邪悪なものは触れることも厭うのだそうだ。
「アルマ、大丈夫? ケガはない?」
「こわかったよぅ……お墓の中にね、とじ込められそうになったの。ねむたくなる歌を歌ったら、がいこつさんたち、ねむってくれたんだけど」
泣きまねは上手くできる自信がなかったのでやめた。リュカのところから離れて、ビアンカにも抱きつく。
「ごめんね、アルマ。はしごを上ったあとも、手を握っていればよかったわね」
そっと抱き留めたビアンカも全く問題はなさそうだ。私は彼女の手を握って、部屋の奥を指差した。
「あのね、ふたりとも。あそこに女の人がいたの。いっしょに見に行ってくれる?」
ごくり、と少年少女が唾を呑み込んだ。窓際に向かうと、そこには美しく、儚い雰囲気をまとったドレス姿の女性がいた。姿は透けているが、恐怖を抱かせない優しげな雰囲気がある。
「あの……」
リュカが話し掛けようとすると、彼女はその雰囲気に違わぬ優しい目でこちらを見つめ、そしてすぅっとそのまま透けて消えた。彼女が消えていなくなったのと同時に、ぴたりとくっついていた本棚が離れ、下に階段が現れる。
「い、今の人、幽霊かな」
ビアンカがこわごわ口に出す。
「うん……でも、あの人、全然怖くなかったね。下に行ってみようよ」
リュカに続いて階段を下る。階下にはカラスが集っていたが、私たちが下りてくるとどこかへ羽ばたいていった。窓の外では相変わらず、ざあざあと降り続く雨に、雷鳴が大きな音を響かせている。震えるビアンカの手を、きゅっと少しだけ力を込めて握った。心配顔の美少女がこちらを見る。
「ビアンカ、わたし、見つけてもらえてうれしかった。三人一緒なら、きっと大丈夫だね」
そう言うと、彼女は「ネコちゃんを助けたい」と言ったのと同じ、決意のこもった美しい目を私に向けた。
「そうね。わたしもそう思う。二人に一緒に来てもらえてよかったわ」
廊下の途中にある扉を開く。王族の寝室だったらしいその場所は荒らされた雰囲気はなく、部屋の中にはあの女性の幽霊がいた。ソファに座って、私たちに向かってにこりと笑みを浮かべる。
「あの、あなたはここのお城の人ですか? 他の人は?」
リュカが話し掛けると、彼女は少し悲しげに頷いた。
「わたしはこのレヌール城の王妃、ソフィアといいます。十数年ほど前……お城の者は皆、魔物たちに襲われ、殺されたのです」
ソフィア王妃の目に、きらりと涙の粒が浮かぶ。それから王妃様は、邪悪な手の者が、世界中から身分ある子どもをさらっているという噂、自分とエリック王には子どもがおらず、その腹いせで皆殺されてしまったのではないかという話を聞かせてくれた。
正義感の強いビアンカは、目に涙を溜めて、怒りでぶるぶる体を震わせている。リュカは小さく「そんな、ひどい……」と呟いていた。そんな二人の様子を見て、王妃様は優しい子どもたちへ気遣うような笑み――あるいは、諦観かもしれないが――を浮かべて、言葉を続けた。
「今となっては嘆いてもしかたのないこと。ですが、せめて……わたしたちは静かに眠りたいのです。どうか、お願いです……。この滅びた城に住みついたゴーストたちを追い出してください。そうでなければお城の者たちはいつまでも呪われた舞踏会で踊らされたままなのです……」
「ねえ、リュカ、アルマ。わたし、絶対許せないよ! ネコちゃんを助けるためのお化け退治だったけど、王妃さまとレヌール城の人たちのためにも、絶対ゴーストを追っ払ってやるんだから!」
「うん! 僕もそう思う」
「わたしも。望んでもいないことをずっとやらされるなんて、そんなの嫌にきまってるもの」
ビアンカを皮切りに私たちがそう言うと、王妃様はうれしそうに、けれど申し訳なさそうな顔をした。
「ああ、幼いあなたたちに、こんな危険なお願いをしなければならないなんて……ですが、どうかあなたたちの優しさに甘えさせてほしいのです。役に立つ物があるかは分かりませんが、この城で見つけた物は、好きにお持ちください。あなたたちに神のご加護を」
王妃様は両の手をぎゅっと握って、私たちのために祈りを捧げてくれた。心なしか、雨が弱まったような気がする。そういうわけで、私たちは寝室の中を見て回り、薬草や手織りのケープ、何に使うかは分からないが、綺麗な銀のトレイを見つけ、それを袋の中に入れた。
サンタローズの洞窟でも何かの原石のような石を見つけたが、何に使うか分からなかったのでとりあえずリュカの袋に突っ込んである。こういう用途不明の物は、突然後半になって使う用事ができることもあるので、袋があれば邪魔にもならないし、売ろうとすると嫌な顔をされるので、とっておくのが吉だ。
「ねえ、このケープ可愛いわね。アルマ、着たらどう?」
「え、ビアンカはいいの?」
「わたしはいいのよ。家に帰ればママもパパも買ってくれるもの。旅人の服もいいけど、やっぱり女の子だから、可愛い服を着なくっちゃ!」
まあ別に旅人の服でも困ってないし、ぶっちゃけ防御力に大した差はなさそうだから私はどっちだってかまわないんだけど。
「ありがとう。それなら、アルカパに戻ってから着るね。ここで着替え直すのもちょっと恥ずかしいし……。リュカ、これ、ふくろの中に入れておいてもらっていいかなあ?」
「うん、預かっておくね」
そんなやりとりを終え、部屋から出ると、シャンデリアが落ちていたり、床が崩れていたり、王妃のいた寝室とは打って変わって荒れた様子になった。再び、緊張感が増す。階段を下ると、お互いの姿が確認できていた先ほどまでとは違って、真っ暗闇になった。
「真っ暗ね……気を付けましょう」
ビアンカの言葉に頷く。ぴしゃり、と稲妻が走り、それを光源としてわずかに辺りの様子を確認することができた。なんかいる。ゴーストっぽいやつが。ただし、こちらに向かって襲ってくる気配はない。そのせいで魔物感がなく、ちょっとゾッとしたが。
「あっちに階段があったね」
小さな声でも、二人には聞こえていたようで「下りてみよう」とリュカから短い返事をもらった。雷が光る度に周囲を確認して、着実に階段へと近づいて行く。王妃の話を聞いたこともあってか、稲光に照らされるビアンカの横顔は、もはや恐怖を浮かべてはいなかった。リュカの顔も、幼いながらに決意に満ちた表情をしていて、私はこの短時間での子どもたちの成長を頼もしく思った。
「階段を下りるよ。足元に気を付けて」
リュカの言葉に従い、慎重に足を動かす。下の階は先ほどとは違って、きちんと互いの姿を目視できる程度の暗さだった。
「あっ、人がいるよ」
まさしく、「王様」という恰好をした、これまた透けた人物を指差す。三人で顔を見合わせ、頷く。言葉にせずとも意見が一致したようだ。やることと言ったら一つしかない。――追い掛けよう。
その人物が歩いていった方へ向かい、扉を開ける。吹き抜けの大きな渡り廊下の下では、骸骨たちが集まって何かをしていた。王妃の言っていた舞踏会ではなさそうだな、と感想を抱く。渡り廊下を抜けて扉を開けると、再び王様っぽい幽霊が歩いて行くのが見えた。その人物は上り階段でも下り階段でもなく、廊下の奥の青い扉の向こうへ行ってしまった。
リュカとビアンカは見失わないようにと小走りになっていたが、私にはどうも、あの王様は私たちが見失わない程度に歩調を合わせてくれているような気がした。まあ、手をつないだままだから、私も小走りになるんですけどね。
「あっ」
扉の先で、リュカが声をあげる。王様っぽい幽霊は、私たちの方――つまり、扉の方を向いて立ち止まってた。やっぱり、待っていてくれたらしい。
「おお、ここまで来る勇気のあった者はそなたたちが初めてじゃ」
うれしそうに微笑んだ王様に、「エリック王ですか?」と無礼は承知で声を掛ける。私も一応、コスタールやグランエスタードの王族と謁見したことがある身だ。もうちょっとちゃんとした振る舞いはできると思うが(自信はない。なにせコスタールの王様はなんというか、気さくだし。グランエスタードの王様は子どもに優しいので、あんまりそういうのを気にされない方々なのだ)、この場ではむしろ、形式的な振る舞いよりも大切なことがあるのではと思ったのだ。
「うむ。その通り。わしはかつてこのレヌール城を治めていたエリック王に相違ない」
「わたしたち、王妃様からお話を聞きました! このお城が魔物に襲われて、それで、お城の人たちみんな眠れなくて、困ってるって!」
ビアンカの言葉に、エリック王は深刻な表情で、深く頷いた。
「それなら話が早い。何年か前からこの城にゴーストたちが住みついてしまい、わたしとソフィアは眠りにつくこともできぬ。かつてはこの城に咲く花々をながめ、午後の茶を楽しむのがわれらの幸せだったというに……。どうかお願いじゃ! ゴーストたちのボスを追い出してくれぬか?」
「もちろんです。僕たちもともと、お化け退治をしようと思って、ここに来たんです」
「それに、亡くなってる人たちを苦しめ続けるなんて、許せないわ!」
少年少女の言葉を聞いて、「そうか、やってくれるか!」とエリック王はうれしそうに頷く。それから、ゴーストのボスの居場所や、そこまでどう行くのかなどを教えてくれた。周りを魔界の幽霊が守っていると言っていたが、魔界の幽霊とは魔物とは別物なんだろうか。話に水を挿すのも失礼なので、特に質問はしなかったが、気になるところだ。あらかたの説明を聞いたと思われるところで、扉を引き返すと、エリック王が目の前に現れ、呆れつつも微笑ましそうにこちらを見つめていた。
「待ちなさい。まだ話すことがあるというに、若い者はせっかちでいかん。そのまま玉座の間にいっても、真っ暗で何も見えぬであろう」
たしかに。言葉の続きを聞くと、大広間を抜けた地下に台所があり、その壺の中に松明があるそうだ。それを使えば、あの真っ暗な場所も明るく照らすことができるという。
「さあ、こっちじゃ! サビついているドアも開くようにしておくから、よろしくたのんだぞよ!」
王様の言葉に従い、階段を下りる。すると、行く先々の扉が開いていく。幽霊ってすごいな、業者要らずである。
「ねえ、台所を探しながら、正面の入り口にも行ってみようよ。入るときは開かなかったけど、王様の力で開けてもらえるかもしれないよ」
「そうね。もしかしたら松明の他に役に立つ物があるかもしれないし、こうなったら隅々まで探検して、ゴーストのボスってやつをぎったんぎったんにしてやりましょう!」
二人とも気にした様子はないが、今の自分の発言に反省する。舌足らずな演技をする気がもはやなくなっていた。これはまずい。ちゃんと演技しなければ。
ビアンカ レベル4
ちから:9 すばやさ:16 みのまもり:8
かしこさ:26 うんのよさ:6
最大HP:28 最大MP:13
呪文・特技:メラ
(攻略サイト参照)