転生幼女がDQ5にインしたようです   作:よつん

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魂の記憶が宿る塔

 

 

 

 自分から落下したのはいいものの、痛いのは御免被りたいので、オレは自分にメダパニでも掛けようかと思い始めていた。通路から落ちただけなら、二階の通路にぶち当たっていたところだろう。しかし、オレたちは魔法で通路のさらに外側の空間に放り出されたので、多分というかどう考えても一階まで直通だ。

 

「嫌だ……! 下は嫌だ……!!」

 

 性懲りもなく、というかもう体の一部みたいになっちまってんのか、さびついた剣を手にしたままのジイさんが何やらぶつぶつ呟いている。もともと尋常じゃねぇ様子のジイさんだったが、狂人だな、こりゃ。

 

 まあ、フローラの言ってたことが「そう」だってんなら、このジイさんは約四十年間一人でこの塔に閉じ込められていたことになる。まやかしと魔物のはびこるこの塔で、信じられるものは何もなく、何にも縋れない状態で、せめて魔物もまやかしもない五階にいたってんなら、下の階にトラウマを持っちまってるのは、理解できなくはないが。

 

 ――だけどな、ジイさん。「試練」は悪いことばっかじゃねぇんだぜ。

 

 オレだって、一階でパパスとデール、ゲレゲレにアルマを見たときはびっくりしたし、びっくりしている間に魔物が襲って来やがったのには、「汚ねぇやり口だ」と腹が立った。

 

 だけど、元々伝説にもあったように、ここは「魂の記憶の宿る場所」だ。もし、試練と魔物を切り離して考えるとしたら、そこまで性悪なものでもないような気がする。

 

 なんて。オレはあの優しい光景が、性悪な試練に利用されただなんて思いたくないだけかもしれないが。

 

 幻聴に耳を貸すなと言ったオレに、リュカが「それはできない」と言ったように。あのまやかしたちは、受け取る相手によって意味を変えるのだろう。

 

 幻覚や幻聴から目や耳を背けて逃げるのか。目を逸らさず、きちんと受け止め、前に進むのか。

 

 オレに語り掛けてきたのは、オレ自身の声だった。今のオレ。いろいろな人を喪って、魔物たちから隠れて生きるオレが、「リュカとアルマさえラインハットに来なければ」と嘆いていた。「ラインハットの王子」であった自分に、我儘だった自分に戻りたいと、こんな人生を歩むはずじゃなかったと、ぐちぐち言っていた。

 

 オレはそれを「うるせぇ」って思って聞こうとしなかったけれど。

 

 ――そういう自分もいるのは、本当かもしれない。

 

 そう思いたくなかった、そんな醜い自分がいるなんて認めたくなかっただけで。

 

 こうして長いような短いような時間、真っ逆さまに落下する中、命を失う危機の中、オレは思っていた。醜い自分を認めてやろう、と。そういう感情が、一瞬でも、ほんの少しだとしても、生まれたことは否定しちゃいけない。そして、そのうえでさらに認めてやるんだ。

 

 リュカとアルマさえラインハットに来なければ、ラインハットに魔物は襲撃してこなかったかもしれない。けれど、オレは攫われて、殺されるか奴隷になっていただろう。

 

 「ラインハットの王子」であった我儘な自分に戻ったとして、あの頃は全然楽しくなんてなかった。

 

 リュカとアルマがラインハットに来てくれたから、友達ができた。毎日が輝いて、楽しかった。夢に見るほどに、涙が出るほどに、大切な思い出になった。それさえあれば生きてゆけるほどの、オレにとって最高の宝物になった。

 

「……リュカ。頼んだぜ」

 

 近くなる地面に、覚悟を決めながらそう呟く。一緒に落ちてるジイさんはうるせぇままだ。

 

 と、オレが地面にたたきつけられる直前に、ふわりとした風が体を包んだ。あたたかな風は、オレとジイさんを、優しく地面に運んでいく。

 

 ――試練は、何度でも挑戦できるんだ。

 

 諦めなければ。挑戦し続ける心を持ち続ければ。恐ろしくても、勇気を出して一歩を踏み出せば。

 

 放心状態のジイさんより先に立ち上がって、今度こそ襲って来ねぇように剣を向けようとすると「まぁ」と聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 

 左右の泉の中に立つ像の丁度間に、祈るようにたたずんでいたシスターが、目を見開いてこちらを見つめていたのだ。

 

「シスター!? なんで中にいるんだよ! キメラの翼で帰れって言っただろ!」

 

「私は一度……約束を守って、後悔をしました。なので、あなた方には申し訳ないと思いながら、今回は、初めから約束を守る気はなかったのです」

 

 シスターが祈り続けていたおかげなのか、それとも別の理由なのか、今のところ中庭に魔物の気配はない。

 

「いや、正直助かったぜ。実は、入り口の扉なんだけどさ、行きも帰りも修道女の祈りがないと開かないらしくて。オレたち、閉じ込められちまうところだったんだ」

 

 約束を破ったとはいえ、その約束はもともとシスターを案じてのものだ。シスターには怪我もなさそうだし、偶然とはいえここから出る方法を考える手間も省けた。オレはシスターに礼を伝えようと口を開きかけたとき、うずくまっていたジイさんが立ち上がったのを視界の端にとらえる。

 

「嘘だ……今日はッ、今日は悪い日だッ!!」

 

 シスターを見たジイさんは錯乱し、さびついた切っ先を彼女へ向け、走り出した。

 

「イオッ! ……悪い事ってのは重なるモンだな。そうはさせねぇぜ」

 

 もう容赦はしない。怯えるフローラの前でこのジイさんを殺しちまうのは良くないかと思って、一応配慮はしていたが。リュカと視線を交わしたとき、同じことを考えていると分かった。

 

 このジイさんは、もう狂っちまってる。取り返しのつかないほどに、誰かの言葉も耳に入らないほどに。そうして、苦しみ続けている。少しでも話を聞いてくれりゃあ、あるいは一緒に鏡を取りに行って、長年の悲願を果たさせてやることもできたかもしれねぇが。それもできやしない。

 

 ――だったら、楽にしてやった方がいい。

 

 一人で苦しみ続けるだけの人生なら。すぐそこにある出口に気付けないほどに、誰の声も届かないのならば。

 

「……あなたは……もしや……」

 

 シスターが、倒れたジイさんに歩み寄ろうとする。オレはその腕を掴んで、それを止めた。

 

「シスター。『そう』かもしれねぇが、もうこのジイさんには、誰の言葉も届かねぇんだ。見たくなかったら目を背けててくれよ。……オレがやるから」

 

 シスターは手を離してジイさんのところへ向かおうとしたオレの腕を、両手で掴んできた。止める者と止められる者が逆転して、オレは眉を顰めた。

 

 ジイさんはまだ生きている。このままでは、シスターをまぼろしだと勘違いして、命を狙い続けるだろう。

 

「人は……人は誰しも……あやまちを犯すものです……それが、大きかろうと、小さかろうと」

 

 ぽろり、涙が地面に落ちる。シスターの皺だらけの頬を伝って、ひとつ、またひとつと。

 

 やがて――それは誰かの魂の記憶なのか、オレにはいつの間にか、シスターが若い女性に見えていた。

 

「どうか、そんなことを『救い』にするのはやめてください……! 彼にとっても、あなた自身にとっても、誰の『救い』にもなりませんから……!」

 

 オレは思わず頷いて、立ち上がろうとしているジイさんを見る。まだ狂気をはらんだ目で、シスターへ憎悪の視線を向けるジイさんは、明らかに殺気立っていた。

 

「……ほら、誰のもとにも、救いは訪れる」

 

 未だ涙に濡れる目を細めて、シスターが微笑んだ。離された手は上を指し、オレはつられてそちらを見る。

 

 笑い声。殺気立ち、悲しみのたちこめる中庭には不釣り合いな、子どもの明るい声だった。

 

「ヘンリー!!」

 

「ヘンリー様っ! お待たせいたしましたわっ!」

 

「バッ……おいてめえリュカ! 魔法使うなよ!? 下にオレらがいるだろうが! あと普通に草花が可哀想だろ! 普通に下りれるから!!」

 

 たぶんこいつらは、上から落ちてきて、身を任せず力尽くで着地してきたのだろう。こちらに向けてバギを放とうとしてきやがった。なぜ分かるのかって、そりゃあ数えきれないくらい一緒に戦っているのだ。相棒の使える魔法はもちろん、なんとなく考えそうなこと、雰囲気など手掛かりはどこにでも転がっている。

 

「えっ、そうなの!?」

 

「大丈夫だからそのまま下りてこい馬鹿共!!」

 

「あーっ、また馬鹿って言いましたわ!」

 

 ていうかフローラのやつ、普通にオレの名前呼んでやがった。まあ落ちるときオレらお互い普通に名前叫んでたからな。これから気を付けよ。

 

 そんな風に現実逃避をしていたら、二人がふわりと風に包まれて着地する。フローラの手には、美しい鏡があった。リュカと手を離して、両手で大切そうに抱え込んでいる。

 

「よかった! あれっ、シスター?」

 

「シスターがヘンリー様を生き返らせてくださったんですの?」

 

「いやお前馬鹿だろフローラ。お前らが着地できたように、オレも死んでねえよ。……そっちのジイさんもな」

 

 リュカとフローラに微笑みを向けたシスターは、もう本来の初老の女性に戻っていた。涙をぬぐいながら、眩しいものでも見るように、手を繋いで立つ二人を見つめている。

 

 オレがジイさんを警戒していると、シスターは二人から視線を外して、ジイさんを見た。いつの間にか立って切っ先をシスターの方へ向けている哀れな男。

 

「三人とも、動かないでください」

 

 リュカがオレに視線を寄越してきて、オレは無言で頷いた。

 

 シスターはどうあっても、あのジイさんを救ってやりたいらしい。そして、それができると信じている。それなら、「目に見えぬものを信じる者に祝福を与える」この塔に、そして何より、シスター自身に。

 

 賭けてみよう。どんな結果になったって、もう手出しはしない。

 

「だから……だから、嫌だったんだ……下はまやかしに満ちているッ! 見たくないもの、聞きたくないものばかり、突き付けてくる!」

 

 一歩、一歩。シスターは恐れもせず、凶器を手にしたジイさんに近づく。ジイさんの方はというと、怯えた表情で震えるばかりだ。

 

「よく、頑張りましたね」

 

 シスターがジイさんに向かって、腕を広げた。そのまま、やせ細った長身の老人を抱きしめる。老人は動けない。

 

「もう苦しまなくていいのです。――もう、何も疑わなくていい」

 

 ぽろり。男の手から、錆びた剣が落ちる。

 

 不思議なことが起きた。男の手から剣が離れた瞬間、男の体は光に包まれ、やせ細った老人が、若く筋肉質な青年に姿を変えたのだ。

 

「俺……俺……」

 

 シスターを抱きしめ返しながら、青年の目には涙が溜まる。

 

「試練から、逃げ出したかった……この塔から出たかった」

 

「ええ、ええ」

 

「出られないのはあんたのせいだと思って、恨んだ」

 

「私も、あなたの後を追わなかった自分を恨みました」

 

 男の体が、光輝く。オレは「まさか」と思って、フローラの手に抱えられる「ラーの鏡」を見た。

 

 ――ああ、やっぱり。

 

 そこには、誰かを抱きしめるような恰好をしているシスターしか、映っていなかった。

 

 光の粒となって消えゆく男を、シスターは大切そうに抱きしめ続け、大粒の涙を流している。男の体が消滅したとき、地面にあったさびた剣が、ぼろぼろと乾いた泥のように崩れ落ちた。

 

 静寂。文字通り、静けさとさみしさとが、この場を支配していた。

 

「祈りは――届いたのですわ」

 

 それを破ったのは、天を見上げるフローラだった。オレたちもつられるように、顔を上げる。もちろん、見上げたとして、太陽は見えない。けれど、吹き抜けのその先にある天井なんかを見ようとしたわけじゃないし、別に何も見えなくったってよかった。

 

 心配しなくても、ジイさんは塔から出られただろう。

 

 修道女の祈りは、塔の扉を開く。試練に向かう人々を送り出し、試練を越えた者も、越えられなかった者も、平等に迎え入れるために。

 

 

 

 *

 

 

 

 シスターは僕たちにキメラの翼を返して、「ここに残ります」と言って聞かなくて、でもあの光景を見たら何も言えなくなってしまって、僕らは三人で修道院に帰ってきた。

 

 シスターが塔に残ることを話せば、動揺している人も多かったけれど、みんなそれぞれに受け止めて、深くは聞いてこなかった。もともと、この修道院に訪れる人たちの事情は様々だそうで、相手が語りたがらないなら聞かない、というのは暗黙の了解になっているのだとか。

 

「なんか、どっと疲れたなぁ……」

 

 体を拭いて客室へ戻るなり、ヘンリーがベッドに横になり、呟く。相槌を打ちながら、僕もベッドに上がる。隣のベッドの方を向くと、ヘンリーはにやりといつもの悪戯な笑みを向けてきた。

 

「とりあえず、目標一個達成だな。次はどうする?」

 

「オラクルベリーは大きな町みたいだから、そこで情報収集をしようかなと思ってるよ。良い情報が入らなかったら、サラボナを目指して『天空の盾』のことを聞こう」

 

「……そういえば、フローラのやつ、サラボナに家があるって言ってなかったか?」

 

 そんなこと言ってたっけ、と思いながら首をひねると、「あ、お前寝てたかも」とヘンリーは一人で納得している。

 

「ほらほら。あいつが『神の塔』までついてきた帰り。アイツ、『見張りやる』って言って聞かなかっただろ。興奮しててどうせ寝そうになかったから、雑談してたんだよ。で、そしたらオレらの出身地を聞かれたわけ。オレは適当に答えたんだけど、フローラに聞いたら、歯切れの悪い言い方で『サラボナに両親がいる』って答えてさ」

 

「じゃあ、ちょっと休んだらフローラに『天空の盾』のことを聞いてみようか」

 

「ああ。シスターに言われたことも確かめなきゃいけねぇし……って、こんな話は後でもいいか。今は寝ようぜ」

 

 自分から話してきたくせに、ヘンリーはそう言うなり目を瞑ってしまった。クタクタだった僕も、目を瞑ることにする。そうして、まどろみの中で別れ際にシスターに言われたことを思い出していた。

 

 

「私はかつて、『光の教団』で奴隷として働かされていました」

 

 衝撃的な告白に、僕は雷に打たれたような気持になった。僕ら二人だけでなく、フローラさえもその名前くらいは聞いたことがあるのか、驚いた顔をして「『光の教団』って、ラインハットに魔物を差し向けたという?」と確認を取っていたほどだ。

 

「はい。『その』教団です。リュカとヘンリーはもう知っているかもしれませんが、教祖の名はイブール。総本山はセントベレス山にあります。表向きは『苦しむ人々に救いを与える』ことを教義としていますが、本当の目的は世界を支配することなのです」

 

 塔の中庭で、シスターは静かに語った。教団の脅威。大神殿を建てるために苦役を強いられる人々のこと。

 

「奴隷として連れて来られるのは、魔物に攫われた人だけでなく、闇オークションで売られた人も多くいました。闇オークションで売られた人たちは、借金の返済ができなくなって家族を守るために自ら売られる場合や、怨恨やお金欲しさに悪い人に騙されて売られる場合など、理由は様々でした。……オークションでは人間だけでなく、高価で珍しい品々、表に出せない盗品などが売りに出されています」

 

 シスターは少し目を伏せてから、僕らの目をしっかり見た。

 

「もしも『ラーの鏡』のような神秘の品が必要で、しかしながら何の情報も得られないときは、立ち寄ってみるといいでしょう。いろいろな危険が付きまとう場所ですが、あなた方なら上手くやれると信じています。そして……フローラ」

 

 名前を呼ばれたフローラは、緊張した顔でまっすぐにシスターを見ている。その様子を見て一瞬だけ口元を綻ばせたシスターは、すぐに真面目な顔に戻った。

 

「リュカとヘンリーは理由あって名前を偽り、生活を送っています。もしかしたら、あなたも察しがついているかもしれませんが……これからは、決して他人に彼らの本当の名前を伝えてはいけませんよ。……『ラーの鏡』を子どもが手に入れたということも。修道院のみんなには、手に入れられなかったと言いなさい」

 

 しっかり頷いたフローラを見て、シスターは僕たちへと視線を戻す。僕たちは事前に「『ラーの鏡』を取ってくる」と修道院のみんなに言ってしまっていたので、上手く誤魔化さないといけない。あんまりよくないことかもしれないけれど、そういう「演技」は過去の悪戯三昧の日々により上達していた。きっと大丈夫だろう。あとでヘンリーと「設定」を練らなくちゃ。

 

「子どもが珍しい物を持っていると、それだけで危険を呼ぶこともある。――『ラーの鏡』は、その性質上、『使われると困る』存在がいます。本当に必要になったときまで、それは大事にしまっておくように」

 

「はい。御忠告ありがとうございます」

 

 ヘンリーが、「アンドレ」としてではなく、お城の教師たちに教わった(というよりは、植え付けられた)「王子様の礼」をする。そのあんまりに綺麗な仕草に、シスターは珍しくきょとんと呆気にとられた顔をして、それから口元に手を当て、上品に笑った。

 

「いいえ、ヘンリー殿下。畏れ多いことを申し上げました。両殿下ならびにフローラ嬢におかれましては、ますますの御健勝をお祈り申し上げますわ。――いつまでも、心より」

 

 畏まってスカートの裾を持ち上げながら淑女の礼を返したシスターは、少しだけ照れくさそうに、「この塔は悪しき者には見つけられません。何か困ったことがあれば、いつでも戸を叩いてください」と早口に付け足した。

 

 

 僕らはシスターに別れを告げて、中庭から出て塔の入口まで向かっていた。

 

「リュカ様、ヘンリー様……殿下という事は、もしかして、王子様だったんですの……?」

 

 ヘンリーとシスターのやり取りを見てからなんだか挙動がぎこちなかったフローラが、耐えきれず、という感じで右手で僕の、左手でヘンリーの服の裾を掴んだ。

 

「え? ああ、まあな。別に気にする必要はねぇぞ。塔から出りゃ、オレらは『浮浪児のアンドレとソロ』に戻るんだ」

 

「わわ、私、なんて無礼なことを……」

 

 僕らは顔を真っ赤にして震えつつも、服の裾は掴んで離さないままのフローラを見て、二人同時に笑い出した。

 

「フローラ。お前は最初から今の今まで、無礼なことなんて一つもしちゃいないぜ。悪かったな、意地悪ばっかり言っちまって」

 

 ぽん、とヘンリーの手がフローラの頭に置かれる。

 

「そうそう。ヘンリーったら、ちょっと厳しかったよね。怖い思いもいっぱいさせちゃっただろうし」

 

 僕は服の裾から彼女の手を外して、その手を握った。

 

「さ、修道院に戻ろう」

 

「そうだなぁ。なんだか腹も減ってきたし」

 

 ヘンリーがその様子を見てニヤっと笑い、僕と同じようにフローラの手を服の裾から外して、その手を握った。それから、二人で塔の扉をそっと押す。

 

 扉は軽く触れただけで開かれて、太陽が僕らを照らしていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 少年は勝ち誇った顔で、カードを表に向けた。ロイヤルストレートフラッシュ。ディーラーが感心したように、コインを配当する。対する荒くれ者は悔しそうな顔で「やめだ、やめだ!」とカードを投げ捨てた。

 

「さあ、約束通りギコギコを檻から出してください」

 

「ああ、出してやるよ! でも『出すだけ』だ!」

 

 少年が提案したのは、ポーカーでの勝負だった。旅の共有資産は仲間が持っていたために、彼個人の小遣いとしては心許ない金額しかなかったけれど、幸運なことにこの荒くれ者はあまりにカードが弱かった。城での暇つぶしに、チェスやカードゲームはいくらでもやっていた彼である。しかも、相手が悪戯好きの兄と負けず嫌いの友人であったから、少しばかり自信があったのだ。

 

「ええ、『出すだけ』でかまいませんよ。それより、負けっぱなしでは悔しくないですか? まあボクは別に、勝ち逃げできるのならそれでもいいんですけどね。……どうです? あなたさえよければ、もう一勝負」

 

 友達の入れられている檻がある休憩室へ行き、ようやく彼を解放してやり、船員から借り受けたタオルで丁寧に体を拭いてやる。ちなみに、少年自身は気のいいカジノ船の船員たちに賓客用の風呂を特別に使用させてやるから、と海の中で冷え切った体を温めてもらった。

 

 このカジノ船のオーナーであるルドマンという大富豪は随分気のいい人物らしく、「カジノ船」という、一見アングラな場所においてもルールを守ることを徹底している。そして、彼を慕う船員やカジノの従業員も、子どもにも優しく、親切な人ばかりであることは、少年にとってありがたかった。

 

 魔物が解放されたことで、休憩室の様子を見てくれていた船員はおっかなびっくりしているものの、暴れないことが分かったのか、ほっと胸をなでおろしている。二人で温かいミルクを飲みながら、「もう一勝負だ!」と叫ぶ荒くれ者に、少年は「もちろん」と頷き、彼に手を差し出した。

 

「その前に、僕はリンクスです。こっちはギコギコ。あなたの名前を教えていただいても?」

 

「ッチ。俺様はカンダタ。泣く子も黙る大盗賊よ!」

 

「では、カンダタさん。次の勝負で勝ったら、ボクたちを自由の身にしてください。助けていただいたことは本当に感謝しているので、勝ったらボクの分のコインはそのまま差し上げます」

 

「後悔すんなよぉ……俺様が勝ったらお前らまとめて、俺様のしもべにしてやる!」

 

 少年は朗らかに笑った。

 

「それは尚更、勝たないといけませんね。ボクの親分はただ一人ですから」

 

 結果として言えば、カンダタの惨敗である。というのも、元々彼が賭け事に向いていない性格であることに加えて、少年は友人の耳やしっぽを見て、ディーラーの持つカードの内容を把握していたのだ。これでは勝ちようがない。ちなみにこれはどこかの国の第一王子に仕込まれたイカサマである。

 

「ま、待ってくれ! お前がポーカーに強いのは認める! だが、よく考えればこりゃあ、お前の土俵だったんじゃねぇのか!? 次はスロットにしよう! な、な!?」

 

「スロットですか……元のコインから、より増やした方が勝ちということでいいですか?」

 

 ところで、少年は非常に目がよかった。もともと、人の顔色を窺って生きてきた彼である。人の表情や顔色だけに留まらず、祖国を離れて修行に明け暮れる日々の中で、動体視力も成長した。

 

 一方、カンダタは盗賊であり、日頃は薄暗いところを好んでいる。その生業ゆえに目は良いが、カジノのようなギラギラと明るい場所よりは、仄暗いところでの方が本来の力を発揮できた。

 

 結果。

 

 カンダタは惨敗した。意外な才能を発揮した少年は、スロットの回る「目」をとらえ、記憶し、確実に列を揃えていったのである。

 

「ま、待ってくれ! リンクス!」

 

 頭を抱えたカンダタの顔には、「こんなはずでは」という気持ちが如実に表れていて、初めの恐ろしげな印象はかなり薄れていた。

 

「何ですか? コインは全て差し上げると言いました。これでボクらの恩はお返しできたと思いますが」

 

「このカンダタ! 他人から奪うことは良くても、施してもらうのは我慢ならねぇ! でもコインは欲しい!」

 

「いや、何言ってるんです?」

 

 呆れを多分に含んだ、年に見合わぬ冷たい視線を荒くれ者に向ける。そののち、彼は「それなら」と再び笑顔に戻った。さすがに二度もやられたので学習したカンダタは、この少年の笑顔が無垢なものだとは決して思っていない。

 

「ボクはあなたに盗賊としての『仕事』を依頼する。そして、このコインを報酬とします。で、あなたはボクとギコギコができる範囲の『依頼』をする。ボクは命を助けていただいたお礼ができるし、あなたはボクから施されることなくコインをもらえる。どうでしょう?」

 

 カンダタはうんうんと唸りながら「分かった」と言って、人差し指を立てた。

 

「お前がちょっとばかし頭が働いて、運がいいことは、よーく分かった。だから、俺様からの『依頼』は今度の『仕事』を手伝うこと! その一回で勘弁してやる」

 

「肝心の内容を聞いていないので頷けませんが……ボクからの『依頼』は『ストロスの杖』を取ってくること。どうですか?」

 

「おう、それでいいぞ。俺様が狙うお宝を知りたいんだったな。聞いて驚け、『空飛ぶ靴』よ! これさえ手に入れば、どんな場所のお宝だろうと、俺様に手に入れられない物はなくなる!」

 

 少年はその名に覚えがあった。「空飛ぶ靴」は、はるか昔、天空の勇者の仲間、「戦士ライアン」が魔物にさらわれた子どもたちを助ける際に使った道具だ。しかし、英雄譚でその道具が語られるのは「ライアンの章」の、子どもたち救出の場面のみ。それからは、一度も出てこない道具なのである。ゆえに、本当にあったのかどうか存在を疑問視さえされている代物であった。

 

「ボクは『手伝えば』いいんですね? ところで、アテはあるんですか?」

 

「どうにも『光の教団』がキナ臭ぇっていうんで、子分共に調べさせたら、大当たりでよ。『光の教団』にいる魔物が持ってるって噂だぜ」

 

「ああ、それなら――」

 

 カンダタには少年の表情が、ひどく暗く、殺気立ったものに見えた。

 

「ボクも力になれそうです」

 

 けれど、それはすぐに胡散臭い笑顔に変わる。友人のたてがみを撫でてから、少年は改めてカンダタに箱一杯のコインを渡したのだった。

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