転生幼女がDQ5にインしたようです   作:よつん

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予感

 

 

 

 翌朝になると、アベルは宿からいなくなっていた。「挨拶くらいしていきなさいよ」とぷりぷり怒っていたビアンカだったが、彼女も暇なわけではない。昨日もらった材料を薬師のおじさんに渡すため、父と母に声を掛けてから、サンタローズの村へと歩いて行った。

 

 アベルのくれた材料を渡すと、おじさんはすぐに薬を作ってくれ、ビアンカは出来上がった薬をいそいそとアルカパへと運んだ。母に薬を飲ませれば、お礼を言われてまたすぐに眠ってしまった。ビアンカは少し寂しかったけれど、まずは体調第一である。少し痩せてしまった母の手を握って、寂しさを我慢してから、宿の手伝いへと向かった。宿は大忙しというわけではなかったけれど、それなりに旅人は来る。ビアンカは不安な気持ちから逃げるように働いた。

 

 その夜、くたくたになってベッドに倒れ込んだはずだったけれど、夜中にふと目が覚めた。

 

 トイレに行きたくなったわけでも、体調が悪いわけでもない。けれど、嫌な予感がざわざわと背中をくすぐっているような感覚がして、妙に目が冴えてしまったのだ。水でも飲もうか、もう一度目を瞑ってみようか考えていると、明かりも灯さずこそこそと話合う声が聞こえてくる。ビアンカは寝たふりをして耳をそばだてた。

 

「滅多なことを言うもんじゃない。ちょっと弱気になってるだけさ」

 

「いいや、自分のことくらい自分でよく分かってるよ」

 

 それは間違いなく、両親の声だった。ビアンカはもう十一歳だったけれど、両親とは同じ部屋で眠っている。去年、「十歳になったから」という理由で「パパ、ママ」と呼ぶのは卒業したが、こればっかりはまだ卒業できなかった。

 

 ビアンカは時折、不思議な夢を見る。その夢は別に、恐ろしい夢ではないのだと思う。けれど、目覚めたときに両親がいなくなってしまうのではないか、と妙な不安に駆られてしまい、どうしても一人で寝ることができなかった。

 

 今、彼女はその夢を見た後と同じような不安に駆られている。

 

「ビアンカがもらってきてくれた薬で、楽にはなった。でも、きっと根本は解決しちゃいないのさ。アタシはもう長くない」

 

 ――そんな。

 

 それからは、ビアンカは両親が何を話しているのか、まるで耳に入ってこなかった。

 

 母がいなくなってしまうかもしれないと恐怖の中で、少女はぐるぐるといろいろなことを考えた。お伽噺で出てくる、どんな病気もたちどころに治してしまうパデキアの根っこ。聖なる癒しの力を持つ世界樹の雫。思い描きはしても、そもそも存在するのかどうかすら分からないそれらを手に入れることなど、現実的ではないことくらいビアンカにも分かっている。

 

 ――ううん、諦めちゃだめ。

 

 ビアンカは一生懸命考えた。そこでようやく、ひとつだけ現実的な方法を思いついた。

 

 

 アベルなら、何か知っているかもしれない。

 

 

 だって、あの少年は薬師のおじさんが言っていた材料を既に持っていた。ビアンカよりも年下なのに、一人で行動していて、なんだか事情がありそうだった。もしかしたら、ビアンカの知らないことをたくさん知っているかもしれない。根本的な治療が難しいとしても、薬を飲んで楽になったと母が言っていたように、病気の進行を遅らせることくらいはできるかもしれない。

 

 昔から、思い立ったらすぐ行動に移すビアンカである。

 

 その日、彼女は朝からメモを置いて、アルカパの町を飛び出した。

 

 サンタローズの村へ立ち寄って聞き込みをしても、アベルらしき子ども見たという話は聞かない。ビアンカはラインハットへ行ったことはないし、それも一人でこんなに遠出をするのは初めてだったけれど、大好きな母のため、関所へ向かった。

 

 

 以前は緊張状態が続いていたラインハットだが、王妃がよからぬ輩と手を組んでいたのも今は昔であるし、現在は復興して国が安定した状態である。もちろん、まだまだ復興が完了したとは言えない状態ではあるが、関所に立つ兵士も、一人訪れた女の子を邪険にすることはなかった。

 

「あのっ、男の子が通りませんでしたか? わたしより年下くらいの、黒髪で、赤い目のきれいな顔をした男の子なんですけど」

 

「うーん……黒髪の男の子ならいたけど、目は赤くなかったなぁ。お嬢ちゃんのお友達かい?」

 

「……そうなんです!」

 

 ビアンカは咄嗟に嘘を吐いた。ビアンカとアベルはちょっと話しただけの相手であり、さすがの彼女もそれだけで「友達」になったとは思っていなかった。それで言うなら、アルカパの悪ガキ二人組も友達ということになってしまう。ビアンカに対して淡い恋心を抱く少年たちにとっては気の毒なことだが、ビアンカはあの二人を友達だとは思っていなかった。

 

「えっと、それで、お別れの前に渡さなくちゃいけないものがあったんですけど、渡しそびれちゃって! どうしても渡したくって!」

 

 どういうわけか、ビアンカには「アベルはこの関所を越えた先にいる」という予感がある。そう思い込みたいだけかもしれないけれど、ともかく、どうしてもこの先へ行きたかった。ラインハットはいろいろな人々が行き交う大きな国だ。アベルにもし会えなかったとしても、誰かが母の病気に効く薬のことを知っているかもしれない。

 

「うーん……お嬢ちゃん、親御さんはどうしたんだい?」

 

「お母さんは病気で、お父さんはその看病をしてるんです。だから、わたし、友達とはやく会ってはやく戻らなくちゃならないんです! 悪い事なんて絶対にしないから、ここを通してください!」

 

 必死な様子の美少女に胸を打たれたのか、兵士は「仕方がないなぁ」と道を空けた。ビアンカはお礼を言いながら駆け抜け、初めて見る景色に胸を躍らせる暇もないまま、ともかく必死でどこにいるかも分からないアベルを探した。

 

 道中見つけ出すことはできず、ラインハット王国へと向かった少女は、くたくたになりながら、いつの間にか陽が落ちかけていることに気が付く。そして何とか陽が落ちる前、崩れ掛けて未だ修繕されていないお城とは裏腹に、活気に満ちたラインハット城下町に辿り着くと、まず初めに宿をとった。

 

「ねえ、ここらへんで黒髪で赤い目をした男の子を見なかったかしら。私より背が低くて……」

 

「うーん……見てないなぁ。それよりお嬢ちゃん、一人かい? 女の子一人で、旅なんて、危ないよ」

 

「あっ、えーと、大丈夫です。おつかいを頼まれただけなの。用事が済んだらキメラの翼を使って、すぐに戻るもの」

 

「キメラの翼を持ってるなら安心だ。何せ、店で買おうと思ったら高いからねぇ。子どもの小遣いじゃあ買えないだろう」

 

 ラインハット地方では、キメラの翼の価格が以前からかなり高騰していた。三年前の魔物の襲撃があってから、誰もが万が一のために備えるようにしたからである。

 

「心配してくれて、どうもありがとう。わたし、もう休むことにするわ。もしも黒髪の男の子を見掛けたら、教えてね」

 

 そう言って、ビアンカは内心ひやひやしながら用意された部屋へ向かった。本当はキメラの翼なんて持っていなかったのである。

 

「参ったなぁ、わたしの勘だと、アベルはここにいると思ったんだけど。明日の朝、町の中を探してみようかしら」

 

 眉を八の字にしながら、ビアンカはため息を吐いた。もう寝てしまおう。何もしていないと、いろいろなことを考えてしまって、不安や心配に襲われる。

 

 翌日、ビアンカは早起きをして、町の中をすみずみまで見て回った。けれど、朝から活動している人たちなんて、自警団の人や早起きが得意な老人、それから家を持たない人々くらいで、アベルの情報は何も得られなかった。

 

「この辺りを探すなら、お嬢さん。東へは行かない方がいい」

 

 一人の老人が、神妙な面持ちでそんなことを言った。

 

「東にある『古代の遺跡』は魔物や人攫いの根城になっていると噂があるんじゃ。それに、ラインハットに立ち寄った多くの人が、できたばかりの橋を通ってオラクルベリーへ向かう。人探しなら南にしなされ」

 

「ありがとう。気を付けるわ」

 

 礼儀正しくお礼を言うと、老人は目元をやわらかくして彼女の両手を、皺の刻まれたその手で包んだ。

 

「澄んだ目をお持ちのお嬢さん。あなたの旅路に幸多からんことを」

 

 慈しむような目で自分を見る老人へ、ビアンカは重ねて礼を告げる。それからにこやかに手を振って、ラインハットの町を後にした。

 

 

 あまり長い事家を離れても、父と母に心配を掛けるだけだろう。そう思ったビアンカは、昼までに見つからないのなら、大人しく戻ることにしようと決めて、その周辺で旅人に聞き込みをしようと歩き出した。帰り道にサンタローズに立ち寄って、薬師のおじさんに、ビアンカにもできることを聞いてから帰ればいい。

 

 ただし、人のいない時間というのは、人目に付きたくない者たちが活動する時間でもあった。

 

「お嬢ちゃん、人を探してるんだってな」

 

「うん。黒髪で赤い目をした男の子よ。おじさんたち、知ってるの?」

 

 町の外れまで来た時、にやにやと笑う男たちに囲まれて、ビアンカは警戒を露わに眉を寄せた。

 

「ああ、知ってるぜ。おじさんたちが連れてってやろう」

 

「……遠慮しておくわ。知らない人にはついて行っちゃいけません、ってお父さんとお母さんに言われてるもの」

 

 後ずさりながら、ビアンカは相手の出方を油断なく伺っていた。相手は三人。馬鹿正直に立ち向かっても勝ち目はないだろうが、ビアンカは魔法を使える。上手くやれば、逃げるくらいはできそうだった。

 

「なんだ、おじさんたちが誘拐でもすると思ってるのか?」

 

「親切心で声を掛けただけなのに。傷付くなぁ」

 

「あら、それはごめんなさいね。だけど、案内は必要ないわ。もし知っているなら、どこへ向かったか教えてほしいのよ」

 

「いいから来いッ!」

 

 しびれを切らした短気な男へ、ビアンカは眠りの呪文をぶつけた。ふにゃふにゃと体の力が抜けて地面に倒れ込んだ男は、そのまますやすやと眠っている。呪文の余波で、近くにいた男もふらふらと倒れ込んだが、あと一人は眠ってくれなかったようだ。

 

「とんだじゃじゃ馬だったみたいだな。まあ、子どもはそれくらい元気じゃなくっちゃな!」

 

 残りの男が飛び掛かってきても、ビアンカは冷静に攻撃を避けた。それから、相手に向かって幻惑の呪文を掛ける。

 

「まったく、大きい町ってこうなのかしら? アルカパって安全な町だったのね」

 

 見えない何かに向かって腕を伸ばしている男を横目に、ビアンカはさっさとラインハットの町から退散した。しかし、嫌なことばかりでもなかった。町から出て最初に会った旅人が、「行商人から大量の食料を買い込んでた少年が、黒髪に赤い目をしていた」と教えてくれたのだ。

 

 少年は東の方へ向かっていったらしく、ビアンカの頭には老人の忠告がかすめたが、もともとアベルに会うためにアルカパの町を飛び出したのだ。危険があるなら、警戒していればよいだろう。そう思って、東へと歩を進めた。

 

 老人の言っていた「古代の遺跡」と思わしき場所に辿り着いたときには、もう昼になっていた。お天道様が真上にある時間帯だからか、怪しい人影もない。ビアンカは、意を決してその場所に足を踏み入れた。

 

 

 

 *

 

 

 

 船を何度も乗り継ぎ、行商の人に同行させてもらって、僕らはようやくテルパドールに辿り着いた。

 

 途中メダル王の城にも寄ったけれど、残念ながら僕らの欲しい物も情報も特にはなくて、穏やかなその島はすぐに出立することにした。

 

 子ども二人だからと言って、騙そうとしてきたり身ぐるみをはがそうとしてきたりと、悪い人たちにもそれなりに出会ったが、あいにく僕らは誰かれ構わず信じるような人間ではないし、襲われれば返り討ちにするくらいの実力も持っていたので、疲れはしたけれど窮地に陥ることはなかったのは幸いだった。

 

「しっかし暑いなぁ……。それなのに夜になったら寒いって、ここの国民はすげぇよ。魔物と自然と、常に戦ってなくちゃならねぇんだもんなぁ」

 

 ヘンリーの言葉にうなずきながら、僕はオアシスで買い取った水を一口飲んだ。旅をする上で、水は常に持つようにしているけれど、砂漠では気を付けていてもすぐに減ってしまう。全部なくなってしまう前に、テルパドールまで来れたのは本当によかった。

 

 

 くたくたのよれよれのまま女王様に会いに行くのは失礼だろうから、と僕らは宿で休んでからお城に向かうことにした。お城の中は外よりもひんやりしていて過ごしやすい。テルパドールでは、夜以外は常にお城は開かれていて、旅人でも自由に見て回っていいらしく、僕らはこれ幸いと異国の城を見て回った。ラインハットともグランバニアともちがう趣のある立派なお城だ。

 

 この国の人に話を聞いて回ると、ここテルパドールは天空の勇者と共に旅をした仲間の一人が建国した場所らしくて、そういう縁があって「天空の兜」があるのだとか。世界が窮地に陥ったときに目覚めるとされる「天空の勇者」が再び現れたときのために、代々兜を守っているらしい。

 

 ただ、勇者が「天空の血」を引くことは分かっていても、その子孫がどこにいるかまでは分からないらしくて、勇者本人の手掛かりはなかった。

 

 とはいえ、兜が本当にこの国にあると分かっただけでも収穫だ。「天空の兜」は勇者のお墓に祀られているらしく、さすがにその場所は一般には解放されていなくて、鍵は女王様が管理しているのだとか。

 

 その王女様が玉座の間ではなく地下の中庭にいると聞いて、僕らは地下への階段を下った。そこは砂漠とは思えないくらい水も緑も豊かで、手入れの息届いた美しい場所だった。

 

「おい……王女様って、あのすっげぇ美人じゃねぇか? ほら、服装とかもそれっぽいし」

 

 ヘンリーがあんぐりと口を空けながら、中庭にある椅子に腰を掛ける一人の女性を見つめている。

 

 たしかに、そういう反応になるのもよく分かるくらい、きれいな人だった。艶やかな真っ直ぐとした黒髪は肩口で切りそろえられていて、切れ長の目も相まって意志の強そうな感じも見て取れる。さらに、神秘的な雰囲気のある褐色の肌や、彼女自身を引き立てる異国情緒溢れる豪奢な服装や装飾品は、誰に紹介されなくとも、「この国の王族だ」と理解できた。

 

 ただし、「女王」というには若く見える。僕らより年上だろうけれど、十代後半か、二十代前半くらいに見えた。

 

 僕らがその美貌に呆然と立ち尽くしていると、その人は椅子から立ち上がり、自ら僕らの方まで歩いてきた。

 

「あなた方も、伝説の勇者様のお墓をお参りに来たのですか?」

 

 見た目通りの涼やかで凛とした声。彼女は御前で立ち尽くす旅人の無礼を何も気にしていない様子で、見た目とは裏腹な気さくな態度で話し掛けてきた。

 

「あ……はい。僕たち、『天空の兜』がこの国にあると聞いて」

 

 びっくりしながら答えると、彼女は目を細めて、僕とヘンリーをまじまじ見る。

 

「そうですか。ようこそいらっしゃいました。私はこの国の女王、アイシスです」

 

「僕はソロといいます。それで、こっちが……」

 

「アンドレと申します」

 

 そう名乗ると、アイシス様は口元に手を当てて、くすりと笑った。

 

「今はそういうことにしておきましょう。いずれ、時が満ちたら本当の名を聞かせてください」

 

 その表情が、何もかも見透かしているようで、何の反応もできなかった。

 

「あなたには何かしら感じるものがあります。案内しましょう。私についてきてください」

 

 そう言うなり、アイシス様はすたすたと歩き出してしまい、僕らは慌てて彼女を追い掛ける。意外にも歩く速度が速くて、小走りになりながらついて行った。旅慣れていることもあり、息こそ上がらなかったが、僕ら二人とも、彼女が立ち止まったときには汗がじわりと額に浮かんでいた。

 

「さあ、こちらへ」

 

 鍵が開いた扉の先は、滲んだ汗を冷やすような、ひんやりした空気が流れている。心地よいけれど、緊張感のある厳かな雰囲気のある空間だ。アイシス様は、この場所は「勇者の墓」と呼ばれてはいるものの、実際に勇者の遺体があるわけではないという話を聞かせてくれた。そして、祀られている天空の兜を手に取ると、そっと僕の頭に乗せた。

 

「うわっ……!」

 

 僕は思わず、頭を押さえて蹲ってしまう。兜は重くて、とてもじゃないけれどずっと被っていることはできない。僕の反応を見たアイシス様は、そっと兜を頭から外し、再び「勇者の墓」に安置し直した。

 

「あなたなら、もしやと思ったのですが……」

 

 顎に手を当て、勘が外れたとでもいうように少々納得のいっていなさそうな顔をしながら、砂漠の女王はそんなことを呟いた。

 

 一応ヘンリーも兜を被ってみるかと提案されたものの、彼は辞退していた。それはそうだろう。僕だって自分が勇者だなんて思っていないし、突然のことでびっくりしている。僕が天空の勇者ではないことなんて、父さんの形見である天空の剣を手にしたときに、とっくに分かっていたことだったから。

 

 墓を出た僕ら三人は、アイシス様がもともといた地下の中庭に戻り、少し話をした。

 

 

 

「なるほど。あなた方は天空の勇者とストロスの杖を探しているのですね」

 

 

 「恩人」に天空の勇者を探すよう言われていること、グランバニアの出身で、国中の人が石化してしまったことを話すと、アイシス様は侍女に出されたお茶を一口飲んでから、そう言った。

 

「はい。何か御存知でしょうか」

 

「私も、世界を覆わんとする闇の力が徐々に増大しているのを感じます。天空の兜を預かる砂漠の女王として情報は常に集めておりますが、今のところ勇者様御本人についてはなんの手掛かりもありません」

 

 意図せず、僕は肩を落とした。この美しく不思議な女王なら何か知っているかもしれないと、期待していたようだ。

 

「いえ。陛下のお耳に届いていないと知ることができて、もう少しのんびり情報収集をしようと心構えができました。貴重なお話をありがとうございます」

 

 ヘンリーの返事を耳に入れながら、僕は勝手に期待しておいて、勝手にがっかりしている自分を恥じた。

 

「もしも今後何か新しい情報が手に入ったら、人づてにあなた方へ届くようにしましょう。ストロスの杖についてですが……少なくともこの国にはありません。しかし、天空の装備のように、世界にただ一つだけの品というわけではありませんから、もしかしたら珍しい品を蒐集している富裕層や、それらを取り扱っている商人が持っているかもしれませんね」

 

 女王陛下は茶器から手を離して、その細い指を重ねるように膝の上に置く。それから僕らをじっと見つめて、「我が一族は、昔から未来予知の力があるそうです」と話を始めた。

 

「そしてどうやら、私にもその力が備わっているようです。ソロさん、あなたからは不思議な力を感じる。あなたは天空の勇者様ではありませんが、いずれ巨悪と戦うことになるでしょう」

 

 僕は言葉を返せなかった。それは、僕がその話を聞いて、戦いと切り離せない運命に失望したからではない。そんなのは、覚悟の上だからだ。ではなぜ、何も言えなかったかと言えば、「巨悪」の言葉が出た時に、僕の頭には幼き日のアベルの顔が思い浮かんだからだった。

 

「辛いことを申し上げたかしら。顔色が優れませんわ。侍女に場所を用意させますから、そちらで休むといいでしょう」

 

 僕が何かを言う前に、アイシス様は侍女を呼んで、連れて行くよう指示している。「それじゃあ、オレも……」と僕について来ようとしたヘンリーの腕を、彼女は涼しい顔をして掴んだ。

 

「そういえば、ストロスの杖について昔聞いたことを思い出しました。アンドレさんにはその話をしますから、そのあとソロさんの休んでいる部屋を案内させるようにしましょう」

 

「えっ。あの、僕、具合なんて悪くなってません。一緒に話を……」

 

「いや、ソロは休んで来いよ。陛下、御厚意に感謝します」

 

 ぱちん、とキザなウィンクをされて、僕は占いババに「女難の相が出てる」と言われたばかりなのに、と少し呆れた。




更新遅くなりまして申し訳ありません。

ちなみにアイシス様はリュカの顔色が優れていなくても難癖をつけてヘンリーと二人きりになりたがります。好みだったのかな?(すっとぼけ)

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