無理やり水分を摂らされ、ベッドに横たわらされ、至れり尽くせりの待遇を受けていると、ヘンリーが困ったような、呆れたような顔をして迎えに来た。
「お前って、昔から年上の女の人に可愛がられるよなぁ。まあ、オレはアイシス様と二人で話ができたからいいけど」
「アンドレってば、心に決めてる人がいるって言うわりに、美人に弱いよね」
「馬鹿。アイシス様は美人に弱いとか強いとかの問題じゃねぇだろ。それより、ストロスの杖のこと、聞きたいだろ?」
どかりとベッドの傍にあった椅子に座ったヘンリーは、真剣な顔つきになった。
「結果からすると、ストロスの杖じゃグランバニアを救えないかもしれねぇ。アイシス様は『お前が』グランバニアの出身って聞いたから、気を利かせてくれたんだろう」
「え、それって、どういうこと?」
ヘンリーは短い茶髪の頭をがりがりと掻きながら、「それがなぁ」と眉を下げた。
「なんでも、ストロスの杖ってのは一人にしか使えない挙句、強い呪いを解くと、砕け散るそうだ。だけど多分、グランバニアの国民全員を元に戻すほどの数はこの世に出回ってない。ってなると、別の方法を探した方がいいんじゃねぇかって話だった」
「それなら、『ラーの鏡』は? 石になった姿は、その人たちの真実の姿じゃないはずだもの」
「試してみる価値はあるかもしれねぇが、期待はしねぇ方がいいだろうな。そういうわけで、新しい方法を探していった方がいいんじゃねぇかとオレは思う」
新しい方法を探すのはもちろんだけれど、僕は天空の勇者の手掛かりがないと言われたとき以上にがっかりしてしまって、少し返事に詰まってしまう。女王様の配慮は、正直迷惑ともありがたいとも言えないものだった。
二人で一緒に聞いたのなら、同じ時に二人で気持ちを分け合えた。けれど、二人で一緒に聞いたのなら、きっとヘンリーは僕のように落胆も怒りも露わさず、今こうして僕を気遣う視線を向けているように、「親分」のヘンリーのままでいただろう。
「ま、簡単にいくことばっかじゃねぇってのは最初から分かってたことだ。地道に行こうぜ。やることはいっぱいあるんだ。幸か不幸か、立ち止まってる暇はねぇぜ」
「……そうだよね。いつも気を遣わせてごめん」
「馬鹿言うな。気を遣う云々の前に、旅に関しちゃオレも当事者だ。お前、自分の旅にオレを付き合わせてるって思ってんなら許さねぇぞ。オレはオレの考えで、オレがそうしたいから旅をしてるんだ」
ぽかり、とヘンリーが僕の頭を軽く小突く。あまりに彼らしい優しさに、僕は思わず笑ってしまった。
「ところで、アンドレ。君も『未来』について何か言われた?」
「……ああ、まあな。探してるやつがいて、そいつらに会えるか聞いたら、まあ、会えるだろうって言われたよ」
らしくなく歯切れの悪い言葉に、僕は首を傾げる。
「それって、会えないかもしれないって言われたの?」
「いや、なんでそうなるんだよ。会えるって言われたって言っただろ。なんというか、タイミングが悪いっぽいらしいけどな」
大きくため息を吐いた彼は、「そんなことより、行くぞ」と僕の腕を引っ張った。
「陛下が特別に、今日の昼過ぎ出発の定期便に乗ってもいいって許可証をくれてな。行き先はサラボナだ。フローラの家族がいる町だし、何よりフローラの父親は世界でも有数の大商人らしいから、珍しい道具のこともよく知ってるだろう。それに、ストロスの杖も諦める必要はないから、そういうこと、ガンガン聞いてこうぜ」
僕が頷くと、それを見たヘンリーも力強く頷く。
「そうだね。フローラは僕らのこと、家族への手紙に書くって言ってたし、いろいろな話が聞けるといいな」
無理やり笑った。それから、城の窓から黄金に輝く砂漠を見つめる。
「今度この国に来るときは、もっとゆっくり楽しみたいね。きっと、僕らが驚くような文化や食べ物があるだろうから」
「そうだな。次は天空の勇者も一緒に、だな」
僕らは他愛のない話をしながら、船に乗った。船乗りたちは気さくな良い人ばかりで、アイシス様に言付けられたこともあってか、僕らは快適な船旅をすることができたのだった。
*
敬愛する勇者様の発言に頭を悩ませながら、私は今後の方針について考えていた。アルス様はマリベル様に内緒で私たちに情報提供してくれるのだが、それがなんというかまた、タイミングが素晴らしくよかったのだ。
私たちがマール・デ・ドラゴーンでダーマの神殿へ向かうと、「ダーマに向かってるって聞いたから」と、移動呪文で先回りしたアルス様が待ってくれていた。
というのも、アルス様はこの世界の王族と親交が深いのだが、その中でも特に仲良し(というか好意を寄せられている)マーディラスのグレーテ姫に「近々音楽の大会をやるから、賞品の『石板』が欲しかったら参加するといい」と言われたそうで、そのことを伝えに来てくれたのである。
「……ちなみにパパスさん、音楽の経験は?」
「幼い頃に国で嗜む程度には習ったが、武術の方が好きでな。経験という意味で言えばあるが、『経験した』だけだ」
「そうそう。グレーテ姫から『ヨハンは参加禁止』って言われてるから、残念だけど他の人を頼るか、自分たちで頑張るしかないかな」
多分、グレーテ様はアルス様に出場してもらいたんだろう。賞品が「石板」で、アルス様が参加しないわけがないと普通は思うし。トゥーラという楽器の奏者として(過去の素行の悪さも)名高いヨハンさんは、出場したら優勝が決定するような腕前を持っている。以前もマーディラスで開催された大会で、ぶっちぎりの優勝をしたらしい。
「開催は一か月後くらいを予定していて、楽器でも歌でもいいみたいだよ」
というわけで、私は当初の予定だった「魔法使い」への転職を諦めて、「吟遊詩人」になるべきか悩んでいた。素人の私程度でも、ダーマの神殿で転職して、めちゃくちゃ修行を積めば、大会に出ても恥ずかしくない程度には聴ける歌を歌えるようになるだろう。
しかし、「ルーラ」の利便性は捨てがたい。とはいえ、前衛職のパパスさんに吟遊詩人やらせるのはなんか違うし。
「じゃあ僕、そろそろフィッシュベルに戻るね。大会には見学に行くつもりだから、アルマが出るようなら楽しみにしてるよ。また何か、誰かから聞いたことがあったら伝えるから。あっ、マリベルには内緒だよ」
うーうー唸る私を見てくすくす笑い、ぽんと頭に手を置いて、アルス様は私が喉から手が出るほど欲している呪文、ルーラを唱えてフィッシュベルへ戻っていった。
「パパスさん」
「どうした、改まって」
「私、『吟遊詩人』になります」
勇者様が見に来る。これだけで、私のモチベーション維持には十分だと判断した。勇者様に下手な歌は聴かせられない。つまり、死ぬ気で修行を頑張るしかない。吟遊詩人はその歌声で魔物の心をも掴み、死者の魂しら呼び戻す職業。一人で戦闘しろと言われたらしんどいが、パパスさんもいるし、まあなんとかなるでしょう。
「うむ。それなら私は『武闘家』になろう」
「えっ、戦士じゃないんですか?」
「アルマが戦闘向きの職業ではないのなら、なおのこと素早い動きが求められるだろう」
私は感動した。パパスさん、私が以前勇者様から聞きかじっただけの、職業ごとの特徴をよく覚えてくれている。
「じゃあさっそく、転職しに行きましょうか! カジノで稼いだお金がちょっと余ってるので、装備はそれから揃えましょう。そしたらすぐに修行です! おすすめはクレージュ周辺だそうです!」
なんでも、世界樹の木がある島、クレージュ周辺にはスライム系の魔物ばかり出現するそうで、別名「スライム島」なんて呼ばれているらしい。まあ、スライム系だからって弱いとは限らないんだけど、見た目の威圧感とかも考えると、とっかかりやすいだろう。
私たちはさっそく、神殿の中央にある長い階段へ向かった。
無事に吟遊詩人と武闘家に転職できた私たちは、装備を揃えてキメラの翼を買い、最低限のお金だけを残して銀行に預け、情報収集がてら今日はダーマに泊まることにした。ここダーマは、旅人だけじゃなく、普段は旅をしないけれど転職したい人々の集まる場所である。つまり、あらゆる情報が手に入りやすい。しかも宿屋の宿泊代が安いので、滞在もしやすいのだ。
「クレージュ? ああ、あそこは良いところだよな。空気はうまいし、値は張るが、『世界樹のしずく』には買いに行くだけの価値があるし。何もしなくても、世界樹を見に行くだけで満足できるぞ」
「エンゴウのパミラの婆さんの占いはよく当たるぜ。探し物があるなら占ってもらったらどうだ?」
「リートルードのかっこよさランキング、ローズって人が一位じゃなくなったと思ったら、今度はグランエスタードのアイラって人がずっと一位のまんまだってよ。あーあ、俺もそんな美人なら見てみてぇなぁ」
「モンスターパークという場所を知っていますか? なんでも、人を襲わない魔物が暮らす場所なんだとか」
「シムティアの町には神様がいるらしいぜ」
等々、「それ知ってるなー」ってことが多かったが、まあ私は知らない人ともわりと楽しく話ができる方なので「やっぱ勇者様たちは最高!」っていう気持ちに改めてなれたし、いい時間だった。ていうかアイラ様、かっこよさランキング一位に君臨し続けてたのか。マリベル様も「スーパースターだったときにとったわよ」って言ってたけど、アイラ様も美人だもんなぁ……。可愛い系のマリベル様とは違って、美人な大人のお姉さん、という感じだ。
「うーん。とりあえずクレージュで修行しつつ、私の修行に余裕がありそうなら途中で砂漠に行って、なさそうならパパスさんのみに話を聞きに行ってもらうのはどうですか? 大灯台も無理のない範囲で行きたいですね。一か月でどこまでできるかは分かりませんが……」
「ああ。それよりアルマ」
宿で情報をまとめつつ(とはいえ、あまり有用な情報はなかったが)、今後の方針を話していると、パパスさんが真面目な顔をしていた。訂正。パパスさんはいつでも真面目だ。
「アルマはシャークアイ殿やアルス殿には畏まった言葉を使うが、マール・デ・ドラゴーンの船員にはそうでもない。私には、妙に畏まっているときもあれば、そうでもないときがあるな」
「あっ、失礼だったらすみません」
ぺこりと頭を下げると、パパスさんは「いや」と頭を振った。
「責めているわけではない。どちらの喋り方も、おまえにとって『自然』なのだろう。ただ、無理をする必要はないが……私には、マール・デ・ドラゴーンの人々に話すように、楽に話してほしい。私たちは『仲間』だろう?」
「そう……だね。うん。私たち、『仲間』だもんね。確かに、そっちの方がいいかも」
目から鱗だった。確かに、私はパパスさんに対して言葉遣いが安定しないのを自分で感じていた。けれどこれまで子どもの演技をして散々タメ口(と変な敬語)で話していたのに、急にシャークアイ様たちに話すような「普通の敬語」に切り替えるのには抵抗がある。素が出てきてしまって(というかもう演技する気があんまりなくて)中途半端な状態だったのを、「仲間だからタメ口」と思えば、変に気を遣わなくてもいい。計算を含めると、もし親子の演技をする必要が出てきたときに、日頃からタメ口の方がきっと自然にできるだろう、という気持ちもあった。
「ああ。その方がシャークアイ殿の反応も面白そうだしな」
「シャークアイ様は別に私がパパスさんにタメ口聞いてても『失礼だからやめなさい』とは言わないと思うけど……海賊だし……」
「いや、こっちの話だ。さあ、もう寝るとするか。クレージュには明日の朝一番にキメラの翼を使って行くんだろう?」
「うん! おやすみ、パパスさん」
「ああ。おやすみ、アルマ」
明かりを消して、目を閉じる。
夜は嫌いだった。毎日悪夢を見るからだ。見ない日と言えば、シャークアイ様と一緒に眠っているときくらい。起きていれば、思考を切り替えるとまではいかなくとも、なんとかして気分転換をすることはできるし、己のできることに目を向けて、どうにか努力すればいいだけだ。
けれど、夢の中ではそうはいかない。色々な嫌なことをさめざめと見せつけられる。
私を赦し、微笑みながら光となった人のこと。ラインハットを滅ぼすきっかけを作ってしまったこと。リュカとヘンリー、デール、ビアンカ、ベラ、ポワン様、いろいろな人との約束を一つも守れないこと。海に棄てられたこと。海に身を投げたこと。何時になっても帰れないまま、薄暗い会社で眠気に気が狂いそうになりながら仕事をしていたこと。
そんなこと、今更どうしようもない。だから、今度はどうにかしたいと思って、前に進みたいと思って、これからのことを考えるのに。
夢は過去ばかり私に見せつける。何度「ごめんなさい」と叫んでも、何度「こんなはずじゃなかった」と悔やんでも、何度泣きわめいたとしても、淡々と過去を見せ続けるのだ。
――修行がひと段落ついたら、アニエス様にも会いに行こう。
大切な人。私のお母さん。優しくて、美しい人。死にかけて衰弱していた私を力強く救い出してくれた父と、温め、やわらかく包んでくれた母の腕を、私はずっと忘れないだろう。
「アルマ、こっちへ来るか?」
「……ううん、パパスさん。うるさくしちゃったら、ごめんね。一人で寝てみる」
抱きしめたのは、私の「冒険の書」。リュカとゲレゲレの手形が付いた、宝物の一つ。楽しいことも、悲しいことも、全て経験として記している私の分身。
「そうか」
早く朝になればいいと思った。誰にだって夜明けはくる。勇者様が闇を晴らしたように。今度は私が、友達の背負う苦難を軽くしてあげられたらいい。そして、リュカにもまた、父と母の腕に抱かれてほしいのだ。