転生幼女がDQ5にインしたようです   作:よつん

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朗報

 

 

 

 

 デール少年改め、少女盗賊リンは闇オークションの妙な熱気に慄きながら、人や魔物が悪びれもせずに人を売る様子を眺めていた。異様な光景だ。胸のむかつきが止まらない。けれど、態度に出してはいけない、と冷静な自分が釘を刺してくる。相棒のギコギコを撫でながら心を落ち着けつつ、人身売買の時間がようやく終わって、次は珍しい品物の売買となった。

 

 呪われた品々や、いわく付きの拷問道具、真偽の定かではない怪しい薬……。

 

 そんな物ばかりが売られていて、リンはイライラしていた。神秘の品などありはしない。出されるのは悪趣味な商品ばかりだ。盗賊であるカンダタの方が「道具」としては使える物を揃えている。その代わり、希少価値が低い物も多く、売値はさほど高くないが。

 

「さあ、お次は精巧にできたこの石像! どうです? この生きた人間をそのまま石に変えたかのような、あまりに生々しい表情、仕草! きっとあなたに不幸が降りかかるとき、身代わりとなってくれるでしょう」

 

 その石像を見て、リンはハッとした。グランバニアで石になった人とそっくりの石像は、しかし、グランバニアで見かけたことのある人ではなかった。そして、少しホッとしてしまったことにさらに苛立ちを募らせる。

 

 ――あれは絶対、魔物に石にされてしまった人だ。

 

「なんとこの石像、まだまだありますよ。こちらの戦士像なんかは、きっと魔除けになるでしょう。こちらの少女は幸福を連れてくるかもしれません。こちらの踊り子は、もう見ているだけで幸せな気持ちになれますねぇ。年を取らない石像ならば、手元に置いておいても奴隷とは違った趣がありますよ!」

 

 司会者の煽り文句を聞いて、客がざわざわとその気になり始める。リンはちらりと相棒を見た。彼はオークションが始まってから、常に周りを警戒しているように耳や鼻をぴくぴくと動かしていた。今も、当然警戒は解いていない。

 

 心に暗い気持ちを落としながら、リンはそれでも、グランバニアを施錠しておいてよかった、と心の底から思った。過去の出来事から、城に張り巡らされている結界も強めておいた。人だろうが魔物だろうが、簡単に侵入などできまい。カンダタの子分たちでさえ、「グランバニアは閉ざされていて、人の気配がなさそうだった。廃墟のようだった」と言っていたのだ。ただし、念のため、今後は何かと理由を付けてグランバニアの様子を見に行こう、と心に決める。

 

「さあ、次は今回のオークションの目玉! 魔物です!」

 

 呪いについて、グランバニアについて、自分が人々を守るためにできることについて、リンが幼いが聡明な頭で考えていると、石像はいつの間にか売れてしまったようだ。とはいえ、ここで「それは呪いで人が石になっているだけです!」などと言っても、こんなオークションに来るような客は喜ぶばかりで、胸を痛める者などいないと考えていいだろう。気の毒だが、リンにはリンのやることがある。そうしたいと思っていても、すべての人は救えない。

 

「ぐるる……」

 

 魔物の呻き声に、己の罪悪感を取っ払い、リンは耳に下がっていたキラーピアスをそっと外した。

 

「な……!」

 

 そして顔を上げ、絶句する。そこにいたのは、相棒のギコギコと同じ魔物だったのだ。

 

 牙を抜かれ、爪を切られ、血まみれでやせ細り、ぼろぼろになった若いキラーパンサー。体格からして、ようやくベビーパンサーからキラーパンサーと呼ばれるようになったくらいの歳だろう。会場から聞こえた唸り声の他に、小さく相棒の声も聞こえた。

 

 ギコギコは怒っていた。同胞のあまりに哀れな姿に。自身は心優しい子どもたちに救われたとはいえ、親とはぐれて人間に傷つけられ、それを嗤われた経験もある。

 

「ちょっと、待ってください」

 

 リンの声は、子どもながらによく透るものだった。ぼそぼそと自信がなさそうに話していたのも、昔のこと。「腹から声出せ!」とバンバン背中を叩いてくる兄に、背筋の伸ばし方、「人に聴かせる」声の出し方を習った。立ち上がり、オークション会場全員の注目を集めても、彼女――彼は怯まない。これくらいのことは「恐怖」には含まれない。

 

「そんな魔物、売り物になりませんよ。ボクはこの子を連れていますからね。人一倍詳しいと自負しています」

 

「おい、リン。お前……」

 

 カンダタにマントを引っ張られても、リンは座らなかった。覆面パンツの「ビジネスパートナー」を睨みつけると、それからにこりと柔和そうな笑みを浮かべる。もちろんその顔には仮面が付いていたけれど、目元のみが覆われているために、その奥で細められた瞳の優しい光や、露わになっている口元のやわらかさは隠せない。

 

「見るからに弱っています。魔物の生命力、回復力が凄まじいことを差し引いても、それは『野生があれば』の話です。牙を抜かれ、爪を折られ、戦う力を失くした魔物は本能で『生きていけない』ことを察しているんです。もちろん体も弱くなり、病気にもなりやすい。買ったところでただ看病、介護の毎日になるだけです。そんな姿では、『魔物を飼っている』というステイタスさえ満たされないでしょう。生かしておくのにも金が掛かり、処分したとしても死肉は別の魔物を引き寄せるから、危険がないようにするには手間が掛かる」

 

 司会が顔を引きつらせたが、そんなことはお構いなしに、リンはにこやかな表情のまま続けた。

 

「ボクは親切心で言っているんです。ここは素晴らしいオークションだ。珍しい品々、本来なら価値を見出されない物たちが行き交っています。だから、こんなモノを売るなんてあんまりだと思ったんです。売る方にも、買う方にもケチが付く」

 

 出品者が、イライラしたように「おい、お嬢ちゃん」と穏やかではない様子でリンに近付こうとする。黒服の者たちが止めようとするものの、魔物を捕えたのはこの男であるようで、歯牙にもかけず突き飛ばされ、尻もちをついていた。

 

「おう、なんだ。うちの『姫』が喋ってんだぞ。お前さんにケチが付かないようにな」

 

「カンダタ……! てめえ、ガキの教育はちゃんとしやがれ」

 

 顔見知りなのか、隣に座っていた覆面パンツがリンと男の間に割って入る。睨み合う二人を他所に、リンは相棒のすべらかなたてがみを撫でつつ、「ボクが引き取ってあげましょうか」と変わらず穏やかな口調で、いかにも親切そうに提案した。

 

「この通り、ボクは魔物に詳しい。商品になると思ってならなかった心中、お察しします。ですが、先ほども言った通り、アレでは商品にならない。処分も御面倒でしょう」

 

 男はカンダタと、幼いけれど肝の据わった少女、それからその傍らにいる艶やかな毛並みの魔物を順繰りに見た。

 

 カンダタの表情は覆面に隠れているが、その目はには怒りもなければ、嘲りもない。あるのはただ、愉悦。実際に、彼は今の状況を楽しんでいた。

 

 少女は変わらず、穏やかな表情を浮かべている。「闇オークションにいる」少女としては場違いなほど冷静で、恐怖を押し殺しているような感じもない。

 

 魔物については、分かりやすくこちらを威嚇していて、男はむしろ、そのピリついた雰囲気に安心すら覚えた。

 

 「当事者」から微妙に外れており、男と戦闘になったところで全く困らないであろうカンダタはともかくとして、幼く、小さな少女の異様さはなんだ。

 

 男は彼女に興味が湧いた。

 

「お前、名は?」

 

「ボクはリン。こちらはギコギコです」

 

「そうか。俺はゴロステ。そんなに言うなら、アレは出品を取り下げる。そんで、お前にやろう」

 

 ゴロステと男が名乗ると、カンダタはリンへそっと「大昔の大盗賊の名前を勝手に名乗ってるだけのやつだぞ」と耳打ちした。当然、ゴロステにも聞こえていたが、彼は話が進まないと察して、咳ばらいをしてから言葉を続ける。

 

「オホン! その代わり、別の魔物を調達してこい」

 

「え、嫌ですよ。ボクは死にゆく魔物を引き取るだけです。この状況ではもう誰も買わないでしょうから、出品と取り下げるのは賢明な判断だとは思いますよ。でも、ボクに条件を突き付けてくるのは納得がいきません」

 

「それなら、この場でアレを殺しちまってもいいんだぞ!?」

 

「どうぞご自由に」

 

 呆れたようにため息を吐いたリンは、ギコギコを見つめてから意味深長な視線をゴロステに向けた。

 

「ですが、ギコギコも魔物。同胞が痛めつけられた末に殺されたとなれば、アナタにどんなことをするのかは分かりません。しかも、彼は訓練された魔物ですから、野生の魔物よりははるかに強いでしょう。ボクの言うことは聞きますが、怒りに支配されていれば、それも分かりません」

 

 ゴロステはその言葉に、直後に見たギコギコの殺気立つ視線に、怯んでしまった。

 

 

「ッチ! いいさ、あんな死にぞこない! 持ってけ持ってけ!」

 

 

「はい。責任を持ってお預かりしますね」

 

 話がまとまり、リンはすぐにかわいそうなキラーパンサーの元へ駆けつけ、ギコギコとカンダタを連れて会場を裏口から出て行った。ちなみに、子分たちはめぼしい物があるかもしれないとのことで会場に待機させられている。

 

「知らなかったぜ。魔物って戦えなくなると死ぬんだな」

 

「そんなわけないじゃないですか。僕の魔法では抜かれた牙や爪までは回復しないかもしれませんが、普通に生きると思いますよ」

 

「……お前、ワルだなぁ……」

 

「今のところ、『盗賊のリン』ですからね。ワルにもなりますよ。じゃあ、すみませんがボクはこの子を連れて先に離脱します。あのゴロステって人に、この子の元気な姿を見られてはよくないでしょうから」

 

「おう、俺様も行くぜ。お前はどこで何をやらかすか分からんからなぁ。ちょっくら子分共に言ってくる」

 

 こうして、リンはカンダタと二匹のキラーパンサーと共にアジトへと戻ってきた。ちなみに、リン自身はこのアジトの換気の悪さと盗賊たちの不潔さがマッチしてしまった結果の悪臭が大嫌いなため、アジトに戻ったときは仮面を外して口元に布を当てるようにしている。

 

 

「怖い思いをしましたね。ベホイミ」

 

 ぐったりと、威嚇する元気もなくなっていたキラーパンサーへ回復魔法を掛けるが、体力の消耗が激しいのか、魔物はそのまま眠りについてしまった。

 

「ギコギコ。この子の食べられそうな物が分かるかな?」

 

「なうん!」

 

 キリッとした顔で外に飛び出していった相棒の後姿を見て、リンはくすっと微笑む。それから、温めた濡れ布巾で、汚れ切った魔物の体を拭いてやった。

 

「この子……女の子ですね。名前を考えてあげなくちゃ」

 

 リンは偽名を考えるときに浮かんだいくつかの候補を口に出しながら、真剣な顔をして魔物の顔を見つめる。

 

「プックル、チロル、モモ……うーん、どれが似合うかな」

 

「キバナシとかツメオレでいいんじゃねぇの」

 

「最低です」

 

 カンダタの茶々をばっさりと切り捨てると、リンは魔物のたてがみをひと撫でして「プックルかなぁ」と、「相手に見せつけるため」ではないやさしい視線を向けた。

 

「プックルが一番、元気ではつらつとした感じがします。チロルとモモはちょっと可愛らしすぎる感じもしますからね。甘やかしてやりたい気はしますが、それを望むかどうかは彼女次第ですし」

 

「ふーん。じゃあ、そのプックルの面倒はお前が見ろよ。今後、ゴロステの野郎と鉢合わせたとしても、お前が全部責任取れ」

 

「それはもちろんですよ。それに、『飼う』だなんて僕は思っていませんから。彼女が望めば一緒にいますし、望まなければ野生へと戻っていけばいい。それだけのことです」

 

「……リンクス、お前、いくつだっけ?」

 

「七歳です。それが何か?」

 

「いや……なんつーか……お前はガキだけど、大人だなと思ってよ……。お前絶対育ちいいだろ。盗賊やるならもうちょっと下品になった方がいいぞ」

 

 少女のふりをした少年は、年相応に、屈託なく笑った。

 

「よく言われます。でもボク、これが楽なんです。まあ多分、『悪ガキ』の演技は得意ですよ」

 

 ――だって、大好きな人のまねをするだけだから。

 

 離れていても忘れることのない話口調、声のトーン、表情、仕草。ずっと追い掛けていた。今でも追い掛けている。その人になれないことを知ってはいても、きっと永遠に揺らぐことのない憧れであり、目標。

 

 

「カンダタさん、思い出したことがあるんですが……。グランバニアの北に、山に囲まれた塔があるそうなんです。噂では、そこは邪悪な魔物が巣食うとか、貴重な財宝が眠っているとか、太古の昔に封じられた魔具があるとか。全て眉唾物ではありますが、グランバニアは閉ざされているそうですし、光の教団に向かった人たちはまだ戻ってこない、闇オークションでも手掛かりはなし。ということで、暇つぶしがてら行ってみませんか? もちろん、情報収集も並行して」

 

「あのなぁ。このカンダタ、お前みたいなチビに指図される覚えはねぇぞ」

 

「ボクはまだチビかもしれませんが、それでもあなたのビジネスパートナーであり、依頼人でもありますよ」

 

「……いつかそのよく回る口のせいで危険な目に遭うぞ、お前。絶対だぞ」

 

「御忠告どうも。気を付けます」

 

 つんと顔を逸らした少年だったが、依頼人、子分たち、同業者など、それなりに多くの人間を見てきたカンダタは思った。こいつ絶対、気を付ける気ないな、と。

 

 

 

 *

 

 

 

 サラボナへの道中はとても平和で、僕たちは船員のみんなにお礼を言って、大きく手を振ってから、サラボナで一番大きなお屋敷へと向かった。

 

「ワンワン!」

 

 屋敷の扉をたたくと、開いたと思ったら大きくて白い犬に押し倒される。ゲレゲレとはまた違った手触りの毛並みだなあ、と僕はその犬を押しのけることもなく、やわらかくてふわふわとした感触を堪能していた。

 

「ホラ、どきなさいよリリアン。どこの誰かは知らないけど、一応お客様でしょうから」

 

 「ワン」と返事をしたリリアンと呼ばれた白い犬が退くと、派手な格好をした女の子がいた。癖のある黒髪を高い位置で結っていて、緑がかった透明感のある青いつり目、丈の短いワンピースを着ている。僕はその女の子に見覚えがある気がした。

 

「……アンタたち、『ソロ』と『アンドレ』でしょ。フローラからの手紙で聞いたわ。上がりなさいよ。パパとママがアンタたちに会いたがってたから」

 

 つん、と顔を逸らした女の子は、多分、フローラのお姉さんだろう。見覚えがあるのも、昔アルマを助けた船の持ち主の娘だったからで間違いないようだ。フローラも、それで僕を覚えていると言っていた。当然、あの時のフローラより大きかったお姉さんと、彼女の両親はよりはっきりと「パパスの息子であるリュカ」を覚えていると思っておいた方がいいだろう。僕は少しだけ、気を引き締めた。

 

 

「おお、君たちがフローラの言っていたソロ君とアンドレ君かね! さ、座りなさい。ぜひ君たちに会いたいと思っていたんだ。こんなに早く会えるとは、うれしいよ。知っているかもしれないが、私はフローラの父親のルドマンという。妻と、娘のデボラだ」

 

 

 ふくよかで気さくな雰囲気のルドマンさんと、彼に寄り添うようににこにこと笑みを浮かべる優しそうな奥さん、こちらを値踏みしているように見てくるデボラさんは、親子と言われてもあまりに似ていない。まあ、デボラさんだけじゃなくてフローラとも御両親は似ていないし、ビアンカも両親とはあまり似ていなかったし、そういうこともあるのだろう。

 

「初めまして。僕はソロです」

 

「オレはアンドレです」

 

 お茶と王宮で食べていたような高級そうなお菓子が運ばれ、僕らはぺこりと頭を下げた。

 

「うむ、うむ。フローラの手紙で、君たちには大変世話になったと聞いているよ。『神の塔』へ冒険に行くなんて、まさかあのフローラがそんな大冒険をするとは思わなかった。君たちは娘にとっていい刺激になったようだ。冒険の中で娘を守ってくれたことも含めて、お礼がしたい」

 

「そんな、僕たちだって、フローラに助けてもらいましたから」

 

「わっはっは。遠慮はいらないさ、君たちの求めている『天空の盾』はやれんが、できる限りのことはしよう」

 

 その言葉に、僕たちは思わず目を見合わせる。そうだ、「天空の盾」。もちろん忘れていたわけではないけれど、フローラの家族に会えたことの方が先行してしまっていた。

 

「あの……フローラからどこまで聞いているか分かりませんが、オレたち、大恩人の遺言で、天空の勇者と、その人が身に着ける装備を集めているんです。どうしても、お譲りいただけませんか? もちろん、ただで欲しいなんて思ってませんから」

 

「ふむ……」

 

 

 ルドマンさんは顎髭を撫でて少し考える素振りをした後、家族と使用人に部屋から出て行くよう促し、僕らに悲しげな視線を向けた。僕はその視線を、まっすぐに受け止める。

 

 

「ソロ君。君のお父上はパパスという名だろう。君自身、その名前は本当の名ではないのではないかね? ああ、これはフローラから何かを聞いてそう思ったわけではないよ。君が覚えているかは分からないが、君が幼い頃、君の父上と君、それから海に溺れていたという女の子を私の船に乗せたことを、私はよく覚えている。あの時、君の父上は小さく船に上れなかったフローラを抱き上げて乗せてくれたね」

 

 やっぱり、と僕は思った。だから、静かに懐かしむように語るその人の言葉を、遮りはしなかった。

 

「アンドレ君。君の言う『大恩人』はパパス殿のことだろう。風の噂で、パパス殿が『天空の勇者』について調べていることは知っていた。だが、『天空の盾』は我が家の家宝であると同時に、娘たちの物なのだよ」

 

 家族なのだから、家宝を継ぐのはフローラかデボラさんのどちらかになるというのはよく分かる。けれど、ルドマンの真剣な眼差しの中には、それ以外の意味も含まれているような気がして、僕はそのことを指摘できなかった。

 

「だから、私は昔からあの盾を譲るのは、私が認め、娘たちのどちらかと結婚して我が家の婿となる人物と決めているのだ。そういうわけで、譲るわけにはいかない。もちろん、本物の『天空の勇者』が現れたら、それは世界が闇に覆われるとき。本来の持ち主に盾を返すことは厭わんがね」

 

 ふう、と息を吐いたルドマンさんはメイドさんに出されていたお茶を飲み、一息ついた。

 

「光の教団の噂は私も聞いているし、フローラに『塔に残ったシスター』と『光の教団の恐ろしさ』も聞いた。光の教団が世界の『闇』で、今こそ我々の平穏を脅かさんとしているのなら、なぜ『勇者』は現れないのだろう? 伝説では、『世界が闇に覆われるとき、闇を打ち払う勇者もまた生まれる』とあるのに……。今がそのときではないということだろうか」

 

「僕たち……」

 

 ぐっと拳を膝の上で握る。

 

「『勇者』はまだ自分のことに気が付いていないんだと思います。でも、探し出せたのなら、すぐに次の行動に移りたい。だから、『天空の装備』を揃えておきたいんです」

 

 僕がそう言うと、ルドマンさんは眉を八の字にして、口を開きかけた。そのとき、ヘンリーが手を上げて「まあまあ」と先に話を始める。

 

「ソロの言うことはオレたちの考えですが、オレとしては『所在が分かっていればいい』という部分もあります。持ってたってオレたちには使えませんからね。『天空の兜』だって、テルパドールにあることは分かっている。当然ながら、勇者でもなんでもないオレたちには譲ってもらえませんでした。でも、今思い付いたんですが、一か所に集めておいて、万が一魔物に襲われ、全て奪われたら、それこそどうしようもない」

 

 ヘンリーはニッと僕に笑い掛け、それからルドマンさんを真剣な目で見つめた。

 

「身勝手なお願いですが、だから、ルドマンさんには、『そのとき』が来るまで盾を誰にも譲らないでほしいんです。もしもフローラかデボラさんが結婚することがあれば、呼んでください。世界のどこにいても駆け付けますから。どこの誰が持っているか分かれば、オレたちも安心して旅を続けられる」

 

 ヘンリーを見つめ返していたルドマンさんは「わっはっは。やあ、ゆかいゆかい!」と膝を叩いて笑い始めた。目には涙まで浮かべている。

 

 

「君たちは、だったらフローラかデボラと婚約したい、とは言わないのだね」

 

「そりゃ……家宝目当てで結婚って、失礼すぎますよ。オレたちまだ子どもだし。こんなこと言ったら不愉快かもしれませんけど、フローラは妹みたいなもんだから、結婚するなら幸せになってほしいし、好きな人と結婚するのが一番だと思います」

 

「僕も、フローラだってデボラさんだって、結婚相手は自分で決めた方がいいと思います」

 

 そう言うと、ルドマンさんは目元の涙を拭って、今度は「父親」の顔で微笑んだ。ただ、僕がお父さんに向けられていたものとは少し種類が違うような気がするけれど。

 

「そう言ってくれるかね。まあ、結婚してから芽生える愛もあるとは思うが……。ともかく、私は君たちを気に入ったよ。盾はやれないが、私で役に立てることがあれば、融通しよう」

 

 

 僕たちは、グランバニアの現状と、石化したみんなを元に戻したいこと、仲間を探していること、光の教団や人々を苦しめる魔物をどうにかしたいこと、魔界に連れ去られたという母について手掛かりを得たいことなどを伝えた。当然、それらを全てどうにかしてほしいというわけではなく、何か知っていることがあったら教えてほしい、という意味で。

 

「君たちが子どもながらに、いろいろなものを背負って旅をしていることはよく分かった。『隠していたいこと』も多いだろうに、話せる範囲で、話しにくいことも話してくれたこと、うれしく思う」

 

 ルドマンさんは机の上を、指でトントンと叩くと、考え込むように突然沈黙した。

 

 僕らが話したのは、僕がグランバニアの王子であること、ヘンリーがラインハットの第一王子であり、探している彼の弟が第二王子であること以外のほとんどだ。

 

 フローラの父親であるだけでなく、少し話した感じで僕にはルドマンさんが「善い人」に思えた。子どもだからと侮られ、騙そうとしたり軽んじたりする人の多い中、ルドマンさんは僕らを「フローラの友達」として接し、「子ども」という土台はありながらも「人」として接してくれている感じがしたのだ。

 

「ひとつずつ、今の私か言えることを伝えていくとしよう。まず、石化した人を戻す道具といえば『ストロスの杖』だが、アレは強力な呪いを一度解くと壊れてしまうと聞く。本当にあるのかは別として、可能性があるとするならば『時の砂』か……。ともかく、残念だが君たちに『コレだ』と言えるような物を今のところ私は知らない」

 

 僕らは肩を落とすこともなく、頷いて話の続きを促した。

 

「次に、仲間の話だったな。茶髪の少年と若いキラーパンサーならば、少し前に私の所有するカジノ船で、海に溺れた少年と魔物を保護したという報告を受けた。君たちの尋ね人かは分からないが、魔物は少年に随分懐いていて大人しく、溺れて衰弱していたはずなのに、少し休んでカジノで大勝ちして、溺れていた彼らを助けた荒くれ者と共に船を降りて行ったそうだよ」

 

「……! よかった……」

 

 ヘンリーが安堵と喜びにうっすらと涙を浮かべ、それ以上は言葉にならないというように震えながら俯く。僕も、その少年と魔物が、デールとゲレゲレであることを確信していた。デールは僕らとよくカードゲームをしていたし、ヘンリーがゲレゲレに協力してもらうイカサマ方法を編み出して、そのやり方をよく知っている彼がカジノで大勝ちするのは全く意外なことではなかったから。

 

「残念ながら、今彼らがどこにいるのかは分からない。ただ、荒くれ者の方は、滅法弱いが賭け事は好きなようで、カジノ船にはよく来るそうだ。入れ違いがないよう、私からカジノ船の従業員たちに魔物を連れた少年を見掛けたら、君たちが探していたと伝えるよう言っておこう。そうだな、私のところにも連絡を入れるよう指示しておく」

 

「僕たち……今、本当に、何とお礼を申し上げればいいのか分かりません」

 

「わっはっは! さっそく役に立てそうで何よりだ! しかし、その次の話題についてはあまり役に立てそうにない。グランバニアのオジロン陛下が世界に向けて『光の教団』の脅威について伝えて以来、どうにも表立った行動がないようでな。私も目を光らせているが、今のところ信者にすら会ったことがないのだ」

 

 ルドマンさんは「そして」と僕をじっと見た。

 

「魔界に連れ去られた君の母上のことだがね。これでも私は若いとき、君たちと同じように旅をしていた。商人として経験を積むために、珍しい品々を自らの力で見つけるために」

 

 懐かしむような顔になったその人は、一口お茶を飲んでから、ふう、と息を吐いた。

 

「そこで、エルヘブンという村――集落と言うべきかな。隠れるように住む、神秘の民がいる場所へ辿り着いた。私が探し求めたのは『命のリング』という聖なる力の宿る指輪なのだが、あまり教えてはもらえなかった」

 

 言葉を切って、ルドマンさんは僕らに「君らも遠慮なく飲んでくれ」とお茶を飲むことを促してくる。僕らがその言葉に従って喉を潤すと、彼はようやく話しの続きを始めた。

 

「私がそこへ向かう前に集めた情報によると、エルヘブンの民は魔界の封印を守る一族らしい。ゆえに独特な掟があり、閉鎖的で、伝統を守り、伝説に従い、強力な魔法の力を込めた様々な道具を『いつか来るその日』のために受け継いでいるらしい。行くにはかなり面倒な場所だった記憶があるが、君たちにとって、行く価値のある場所だと思う。どうかね?」

 

 エルヘブン。その地名になんだかざわざわと胸が騒ぐ。けれど、それはルドマンさんから前に進めそうな情報を一気に聞けたから、その興奮のせいかもしれない、と思った。だって、そんな場所、今初めて知ったのだから。

 

「ありがとうございます」

 

 僕らはどちらからともなくお礼を言って、それからはフローラとの冒険の話をした。ルドマンさんがとても知りたがったからだ。

 

 

 その日は、「聞かれたくない話もあるだろうから」と、ルドマンさんの別荘の一つを借りて、僕らは興奮気味にこれからのことをたくさん話した。

 

 デールとゲレゲレが生きていた。それだけで、何事にも代えがたいくらいうれしいのに、八方塞がりかもしれないと思っていた旅の、次の行き先まで決まったのだ。ルドマンさんには本当に、感謝してもしきれない。

 

 

 ただ、ただうれしくて、僕らは興奮冷めやらぬまま、眠りにつくこともできずに夜を語り明かした。

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