大広間では骸骨に混じって、お城の人たちが幽霊となって踊っていた。しかし、その表情は全く楽しそうではなく、むしろ苦痛そのものである。すぐに助けてあげるからね、と声を掛けながら、私たちは幽霊たちに役に立ちそうなことはないかヒントをもらっていく。
聞き込みのかいあり、お城の正面玄関から出た先の、崖の下にある入り口から入ると倉庫があるという話や、地下の魔物は襲ってくるという話を聞くことができた。学者の幽霊が魔王ミルドラースの存在を示唆していたが、直近で必要な情報ではないと切り捨てる。
とりあえず、お城の幽霊たちからもらった情報をもとに、一旦城の戸外に出て倉庫に寄ってアイテムを回収し、再び城内に戻って地下へと向かう。大皿に盛りつける骸骨たちと、幽霊だからというのとは多分別の理由で顔色を悪くする料理長っぽい人がいた。
「下がって!」
リュカの表情が険しくなる。魔界の、ではなく、魔物としてのゴーストが現れたのだ。戦いはレヌール城に来るまでの道中で慣れ、城では度胸をつけた子どもたちは、迷いなく魔物たちへと立ち向かっていった。なので、私も出し惜しみせず石つぶてで魔物たちに攻撃していく。魔物といえどゴーストに通用するのか少し不安だったが、問題なく物理攻撃が通ったので安心した。これなら多分、ゴーストのボスとやらにも効くだろう。
戦闘も無事に終え、松明を手に入れた私たちは、王様が説明していた通り、四階に向かうことにした。地下を抜ければ魔物に襲われることもなく、安全に歩くことができる。四階へ向かう途中、歩きながら私とはぐれていたときに二人が何をしていたのか聞くことにした。どうも、動く石像と戦ったり、お墓の前で眠っていた骸骨に襲われたりと、いろいろと大変だったらしい。すみません、後者は私のせいです。
だからなのか、地下以外が全く安全というわけでもない、と年長者たちは警戒しているようだった。四階につくと、どちらか――あるいは二人ともが、固唾をのむ音が聞こえた。
「じゃあ、たいまつを使うよ」
リュカが松明に火を灯す。ただの松明ではないらしい。青白い炎が辺りを照らすと、稲光だけを頼りにしていたときにはうじゃうじゃいた魔界のゴーストとやらはいなくなった。玉座の間に向かうべく、慎重に歩を進める。廊下の中央にある立派な扉を開けた先に、そいつはいた。
「ほほう……ここまで来るとはたいしたガキどもだ。褒美においしい料理を作ってやろうじゃないか。さあ、こっちに来なさい」
怪しい。ものすごく怪しい。私たちは顔を見合わせた。絶対罠に決まっている。
「その、おいしい料理って……」
「そうかそうか。料理について知りたいか、坊主? でも、そんな遠くから質問するのは失礼じゃないか? 聞きたいことがあるなら、もっと近くに来なさい」
「料理のことなんてどうでもいいわ! わたしたちはあなたにもっと聞きたいことが――!」
ずいっ、とビアンカが前に出た瞬間だった。床に穴が開いたのだ。
「料理の材料はお前たちだ。残念ながら、質問には答えてやれないなぁ」
いやらしい笑い方をするゴーストのボスの声が上の方から降ってきて、落下しながら、アイツ絶対殺す、と心に決めた私だった。
自由落下する私たちは吹き抜けを通って、先ほどまでいた地下まで落下した。何かしらの力がはたらいたのか、王様が助けてくれたのか、衝撃はさほどではなく、怪我もない。
「な! なんてことだ! 子どもを料理するなんて、わたしにはできない!」
料理長っぽい幽霊が悲鳴をあげる。私たちは言葉も出ない中「味付け」され、骸骨が壁に取り付けてあるレバーを引くと同時に、再び上へと運ばれていったのだった。目まぐるしい展開の中、私はただただ魔物への殺意を滾らせていた。
「おお! こりゃ美味そうだ!」
さて、仕掛けが止まり、浮遊感も収まる。そう言って私たちに襲い掛かってきた魔物どもに向かって、私は手近な料理の乗った皿をブン投げた。
「ぎゃん!」
外すわけもなく、見事魔物に命中。しかしこんなことでは、はらわたが煮えくり返っている状態の私の怒りも殺意も収まらない。
「アルマ、さすがよ!」
ハッとしたビアンカがナイフを手に、おばけキャンドルたちに攻撃を加える。
「……て」
――ナメたまねしやがって。
「ど、どうしたの、アルマ?」
戸惑った様子のリュカに、笑顔を向ける。なぜって、怒りを向ける対象ではない相手に八つ当たりするのはよくないから。
「ううん、何でもない。はやくこいつらを倒して、さっきのやつを倒しに行こう? ところで私の石つぶて、全然外さないからきっと、こう、割れたガラス片とかでもよく当たると思うんだよね?」
私は足元にある皿を思い切り踏み抜いて、いくつかのガラス片を確保する。自分の手を傷つけないように、かつ、二人に当たらないように配慮しながらおばけキャンドルたちに確実に投擲していく。こうなったら、この階にいる魔物全員「退治」してやる。
もしこれがゲームで、テロップがあったら、何かのバグかと思うほど「かいしんのいちげき」が表示されていたことだろう。これはゲームではないので、魔物が悲鳴を上げながら息絶えていくだけであるが。
「あ、あはは……アルマ、すごい活躍だね……」
「すごいわ! アルマったら、才能よ、それ! あーあ、わたしたち、ソースまみれでひどいにおいだわ。家に帰ったらパパとママになんて言い訳すればいいのよ……」
引いてる感じのリュカと、全く気にしていない様子のビアンカ。こういうのは女子の方が強かったりするよね。魔物どもが一掃されて少しは苛立ちも収まったため、会話に加わる。
「ほんと。ケープをリュカに預けててよかった。さすがに、しまってあるものまでしみてないだろうし。さ、はやく四階に戻ろう?」
「そうね、早くお家に帰らなくちゃいけない理由もできたものね」
当初とは打って変わって、ずんずん進み始めた女子二人に遅れて、リュカがついて来る。再び四階へ行って松明に火を灯すと、ゴーストのボスがバルコニーへ向かうのが見えた。好都合だ。
「追うわよ、リュカ」
「ぜったいにゆるさない」
バン!と扉を開けると、ゴーストのボスが「なんと、ガイコツどもは……」とかなんとか話し始めていたが、構わない。私は出し惜しみせず稲妻を呼んだ。むろん、それはペラペラと耳障りに喋り続けていたゴーストのボスに直撃する。
「わあー、こわいなあ。天気が悪い時って、かみなりがどこに落ちてくるかわからないもんね?」
「く、くそガキがあ! 食ってやるわ!!」
「させないわ! メラ!」
幼いなりに自分で判断していたのか、温存していた魔法の火球をここぞとばかりに打ち込むビアンカ。激昂していたゴーストのボスは、もろにそれを喰らってしまう。ざまあみろ。
「ぬっ、小癪な……」
「えい!」
体勢を崩したところで、リュカがブーメランを放ち、追撃する。うむ、中々良い連携だ。
「ガキども、許さん……許さんぞお……!」
「許さないのはこっちのせりふだわ! ルカナン!」
さて、ここに私がポケットに忍ばせておいたお皿の破片があります。投げます。悲鳴が聞こえますが、無視しましょう。さらに投げます。ゴーストのボスが血相を変えて私に迫ってきますが、それに気が付いたリュカが背後からブーメランで殴打してくれます。さらに、いつの間にか覚えていたらしいマヌーサを掛けて、ゴーストのボスをビアンカが幻惑に包みます。
「悪いことをするとね、天罰が下るんだって」
再び稲妻を呼ぶ。怖いよね、天罰って。悪いことはしない方がいいよね、本当に。
「たっ……助けてくれー! この城からは出て行くから!」
満身創痍の魔物は這いつくばり、哀れみを誘うようにそう叫び始めた。私とビアンカは顔を見合わせる。うん、慈悲はないね。私はポケットから残りの皿の破片を取り出した。
「ま、待ってよ二人とも。話くらい聞いてあげようよ。出てくって言ってるんだし……」
「……まあ、リュカがそう言うなら」
「…………二人がそう言うなら」
ビアンカが同調したので、仕方なく私も残りの皿の破片をポケットにしまうことにした。何かあればすぐ稲妻を呼べばいいし。屋内でも呼べるけど、自ら屋外に来てくれて手間が省けた。
「おお、坊ちゃん! あんた立派な大人になるぜ! そうなんだよ、オレたちが出て行けば、こんななにもない城にはもう魔物もやって来ないはず! オレたちは魔界のはみだし者でただ楽しく暮らせるところがほしかっただけなんだよ。ゆるしてくれるだろ? なっ? なっ?」
「でもそれって、このお城の人たちに迷惑を掛けていい理由にはならないよね?」
「そうよね。王妃様も王様も、とっても悲しそうだったもの」
「坊ちゃん!!! 頼むよ!!!!」
女子からの賛同が得られないと理解した魔物は、リュカの同情を誘うことにシフトチェンジした。私たち二人からじーっと見られているリュカはたらりと汗を一筋流し、「絶対に、もう、迷惑掛けないって約束できる?」とひきつった笑みで魔物へ問い掛けた。
「おう! 約束する! 誓ったっていい!」
「こう言ってることだし……」
困り顔のリュカを見て、私はまず、勇者様を思い出した。それから、シャークアイ様とアニエス様も。あの人たちなら、なんと言うだろうか。
……やっぱり、リュカのように許す気がする。どんなにひどいことをされたって、許せないと思っていたって、そのひとが反省していると思って、敵意はないと分かったら、許してしまう気がする。そう考えて、勇者様のお守りに手を触れる。ぽうっと、あたたかくなった気がした。
――あの方たちがそうなさるなら。
「わかった。でも、本当に、もう絶対に、人に迷惑掛けたらだめだよ」
「へ、へぇ。ありがとうございます。じゃあ、これで……」
そそくさと魔物が消えていき、ふう、とため息を吐く。ふと空を見上げると、もう雨も雷も止んでいた。真夜中の冒険は終わりへと近づき、分厚い雲の隙間から見えた空は白み始めている。
すると、天から王妃様と王様が舞い降りてきて、私たちの体をふわりと浮かせた。私たちはバルコニーの真上、お墓のある場所まで運ばれたようだ。呆然としながらレヌール城の主たちを見ると、彼らはやわらかく微笑んでいた。
「よくぞやってくれた! 心から礼を言うぞ」
王様が、私たち三人それぞれの目を見ながらそう言う。
「本当にありがとう。あなたたちのおかげでゆっくり眠れそうです。お城の者たちもやすらかな眠りについたようですわ」
そう言われて、お城の雰囲気が先ほどまでとはがらりと変わったことに気が付く。あの魔物はきちんと手下たちを連れて引き上げたようだ。
「さあ、行こうか、おまえ」
王様が王妃様の手を取る。そろそろ夜が明けようかという、暗闇と夜明けがほのかにまじりあう幻想的な空の下、王妃様はうれしそうに目に涙を浮かべ、しっかりと頷いた。それはあの寝室で見た涙とは全く違う、夜明けの希望に満ちた涙に見えた。
「はい、あなた……。さようなら。あなたたちのことは忘れません……」
手を取り合ったまま、二人は天に上りながら、私たちをずっと見ていた。そして二人の姿が見えなくなると、私たちは誰からともなく顔を見合わせた。
「よかったわね。これからは二人、幸せに眠り続けるはずよ。でも、このお城に住みついたゴーストたちも許せないけど……罪のないお城の人たちをおそった魔物はもっと許せないわね!」
やれやれ、といった風に、ビアンカがため息を吐く。
「たしかに許せないね。あ、ねえ二人とも。お墓の所に、何かあるよ」
リュカが指を差した先を見ると、そこにはまばゆい輝きの宝玉があった。ビアンカが手を伸ばし、何気ない動作で拾い上げる。
「あら? 何かしら? きれいな宝玉ね。きっとお礼よ。ねえ、持ってゆきましょう」
彼女はリュカにそれを手渡し、リュカは大事そうに袋へしまう。私はその宝玉を確認して、嫌な現実――というか、未来を思い出し、表情が陰りそうになるのを抑えるために、再び空を見上げた。
「見て、朝日だよ。もうこんな時間なんだねぇ」
「大変っ! 早く戻って着替えなくっちゃ! 体も洗わなくちゃいけないし……!」
ハッとした表情になったビアンカが、わたわたと慌てる様子に、おかしそうにリュカがくすくすと笑う。
「ビアンカ、どっちにしろあの男の子たちにお化け退治をしたことは言わなくちゃいけないんだし、僕たちが夜抜け出したことを隠したままでいるのは、諦めた方がいいと思うよ」
ビアンカは頭を抱えた。
「ああ……ママに怒られる……」
しかし、すぐに思い直したように拳を握り、私とリュカの顔を交互に見る。
「でもわたしたち、いいことをしたんだものね! 危ないこともあったけど、三人だったから平気だったし。二人とも、ありがとう」
ビアンカが、本当に本当にうれしそうにそう言うものだから、私たちはなぜか三人でひたすらお礼を言い合い、そして笑い出し、起き出した魔物になんか目もくれずに、アルカパの町へと戻ったのだった。
***
まだ空が白んでいるアルカパの町では、見張りの兵士は眠りこけたまま。人々は活動を始める前で、私たちは音をたてないようにそっと宿の扉を開けた。
「すみませんでした」
とはいえ、音を立てないようにしたのは周囲への配慮にしかならず、私たちの「大人にバレないといいなあ」という淡い期待は見事打ち砕かれてしまった。
何せ、宿の中では夜中に抜け出した子どもたちを案じて、不安げな表情の大人たち――パパスさんにダンカンさん、おかみさん、さらには宿で雇われている人たちまで――が顔を突き合わせていたのだ。瞬時に状況を察した私が頭を下げると、大人たちは立ち上がって、こちらに駆け寄ってきた。何かを言おうと、それぞれが口を開きかけたとき、「ごめんなさい!」とビアンカが一際大きな声を出す。
「わたしが無理やり二人をつれて行ったのよ。三人なら大丈夫だと思って……レヌール城のお化け退治に行ってたの」
「そんな、ビアンカのせいじゃないよ! 僕だってネコさんを助けたかったし……その、だから」
涙目になってビアンカを庇おうとするリュカのターバンの上に、ふわりと大きな手が乗った。私は、たったそれだけの挙動でその場にいるすべての人の視線を奪った人――パパスさんを見上げる。息子の頭に手を置いたままのパパスさんは「疲れただろうから、体を洗ってよく寝なさい」と短く、それだけ言った。私たちは顔を見合わせて、それから頷く。
「うん、あの、分かった。お父さん、ありがとう」
「パパスおじさん、ありがとう」
「おじさま、ありがとうございます」
子どもたちから口ぐちにお礼を言われて、パパスさんは髭を撫でながら、ふうっと息を吐いた。
「礼にはおよばない。そのかわり、目が覚めたらきちんと説明すること!」
「はいっ!」
三人で良い子の返事をする。私たちは手早く着替えを用意して、ビアンカに案内されたお風呂場へ行った。みんな二桁にも満たない子どもなので、仲良くきゃあきゃあと洗いっこしながら、楽しくお風呂に入る。不愉快だったソースのにおいもすっかり落ちて、清潔な服に着替え直し(そういえば、着替えがなかった私はビアンカのおさがりを「たくさんあるから」ともらえることになった)、同じベッドでくうくうと眠ったのだった。
遅めの朝食の時間になり、まだまだ眠かったものの、この後の予定もあることから起こされ、食事をとる。食べながら、主に年長者のビアンカがお化け屋敷の顛末を語って聞かせると、大人たちは子どもが脚色した冒険譚を語っていると思ったのか、微笑ましく、けれどその内容に時には心配そうにしながら聞いてくれた。
ビアンカがいい感じに話を盛ってくれたので、基本的には事実なのだが、フィクション感が強まりありがたかった。特に、私が怒りで稲妻を呼び、ゴーストたちのボスを倒した話などは、どっと笑いが起きていた。ありがたい。魔法でない分、特技に関しては理解していない人にその特性を伝えるのが難しいからだ。ちなみに、ゴーストのボスを倒すシーンでは、なぜかリュカだけは一切笑わず俯いていた。
「みんな、うそだと思ってるわね!? 本当よ、わたしたち三人でお化け退治をして、レヌール城の王様たちにきれいな宝玉をもらったんだから。リュカ、見せてあげなさいよ」
「あ、うん」
袋から取り出されたゴールドオーブに、大人たちははっと目を瞠り、そして息を呑む。美しいだけではない、その宝玉の神聖さは、誰であれ、少なからず感じ取ることができるだろう。
「これは……」
パパスさんが呟き、それから首を振った。「これは大切なものだ。これから、無暗に見せびらかしたり、人に話したりしない方がいいだろう」としっかりした口調で言う。
「ビアンカも、自慢したくなるかもしれないけど、この宝玉のことは黙っておいたほうがいいかもしれないね」
おかみさんがそう付け加えると、ビアンカは「分かったわ」としっかり頷いた。信じてもらえていないと思ってつい話をしてしまったようだが、彼女は優しく、そして聡明な子だ。ただならぬ雰囲気の宝玉が、善い人だけを引き寄せるとは思っていないのだろう。むしろ、その逆であることに思い至ったようで、真剣な表情になった。
「何はともあれ、三人が無事でよかった。父さんは支度をしたらこの町を発つつもりだが、リュカもアルマも、町の人にお別れの挨拶をしておきたいだろう。宿で待っているから、挨拶が済んだら戻って来なさい」
返事をして、私たちはとりあえず捕らわれの猫を助けに行こうと、宿を出ることとする。詳細はともかく、私たちがレヌール城のお化けを退治したということは、寝ている間に広まったようで、多くの人が知っていて、たくさんの人に声を掛けられた。
私の予想では、今頃子どもたちがいなくなった宿屋では、ゴールドオーブのことを含め、今後私たちにとって不都合になり得ることは緘口令が敷かれていることだろう。まあ、そこまで知らない町の人たちは、私たちの冒険譚を少ない情報から想像して補い、面白おかしい噂話として話題にしているようだ。
「さあ、約束だわよ! この子ネコをもらっていってもいいわね?」
周りを池に囲まれた、小さな小さな小島のような場所で、変わらず猫という名のベビーパンサーを連れ立っていた少年二人に、ビアンカが胸を張って自信満々に話し掛ける。
「おい、どうする?」
ビアンカに話し掛けられて、やっぱりちょっとうれしそうな少年は、ちらちらと彼女を盗み見つつ、相棒である隣の少年を見やった。
「しかたないか……」
仕方ない、というよりは、格好つけるためだろうな、とバレバレの表情で首を振った少年は、私たち――やっぱり、特にビアンカを熱心に見つめて、言葉を続けた。
「よし! 約束したし、お前らもがんばったからな! このネコはあげるよ!」
そう言って、ぱしんとベビーパンサーの背を軽く叩く。当のベビーパンサーは嫌そうに顔を歪めた後、切り替えるように私たちの方に走ってきた。
「よかったわね、ネコさん。もういじめられないわよ。さあ、行きましょう」
少年たちに熱心に見つめられているビアンカの対応はあっさりしたもので、もはや彼らに用はないと言わんばかりに(事実用はないが)、ベビーパンサーを優しく撫で、ふわりと微笑んだ。うむ、可愛らしい。「あ、おい……」と彼女を引き止めようとする少年たちを、わざとなのか本当に気が付いていないのか無視したビアンカは、橋の上まで来たところで足を止め、両手を打った。
「そうだわ! このネコさんに名前を付けてあげなきゃ! どんな名前がいいかしら?」
ビアンカが名前の候補をずらずらと出した後、名前は私の一存で「ゲレゲレ」に決まった。リュカは名前にこだわりはなかったようで、「よろしくね、ゲレゲレ」と穏やかに話し掛けている。ビアンカの宿屋は、おかみさんが動物アレルギーのようで、猫(ベビーパンサー)を飼うことはできないらしい。だから、リュカと私がご主人様なのだと、寂しさを悟らせないためにか、空元気と思える様子で伝えられた。
一通りの挨拶は済ませてあったので、宿に戻ることにする。別れるのがよほど寂しいのか、ビアンカは自分の家が近づくほどに俯き、無言になっていった。まあ、私も思うところがないわけではない。なんだかんだ、私には同じくらい(五歳という肉体基準)の友達はいなかったし、遊び相手はいつもマール・デ・ドラゴーンの船員や、たまに顔を見せてくれる勇者様たちだった。めちゃくちゃ贅沢な遊び相手である。
そして多分、彼女との別れは、周りの大人たちが思っているような気楽なものにはならない。私が元の世界に帰るにせよ、帰れないにせよ、リュカやパパスさんと一緒にいるということは、一生会うことができないかもしれないし、そうでなくとも長い別れになることは容易に予想できる。
私は別れに対して気負う方ではない。実の両親との別れは、たとえ心身が擦り減り判断力が地に落ちていたとはいえ、自ら選択したことだったし、転生してからも、それまでの家族や友達を懐かしむことはあれど、会えないことを思って泣いたことはない。今回の「旅」だって、シャークアイ様にもアニエス様にも、勇者様たちにだって、絶対にまた会うという決意があるから、寂しくなんてない。
――けれど、この子には、もう会えないかもしれないんだなぁ。
会いたいな、と思う。けれど、あの世界と天秤にかけてしまえば、私はそちらを選び取る。目の前で別れを惜しんでくれているこの健気な少女を、私は選ばない。
「おお、リュカ、アルマ。ちょうど父さんも準備ができたところだ。これから村に戻るが、町の人たちに挨拶は済ませたか?」
「うん、お父さん」
大人たちは挨拶を既に済ませたのか、戻ってきた子どもたちをにこにこと見守っている。おかみさんだけは、鼻を気にしていたので、ビアンカの言う通り動物アレルギーが反応しているのかもしれない。魔物でも動物ってことで反応するなら、けっこう辛いなと思う。想像したくないが一例として、町が魔物に襲われたときに、隠れたとしてもアレルギー反応のせいでバレてしまう可能性がある。そうならないことを祈るばかりだ。
「ところで、その猫は?」
パパスさんはゲレゲレに視線を移した。すべすべした毛皮を撫でながらリュカがパパスさんを見てその問いに答える。
「ゲレゲレっていうんだよ。いじめられているところを助けたんだ。飼ってもいい?」
「うむ……。命を預かる以上、世話はきちんとするように。では、行くとしよう!」
そんなあっさりでいいのかと思わないでもないが、まあいいのだろう。さすが一国の王様、懐が深い。
「リュカ、アルマ……」
なんて、別れから目を逸らそうとする私を、ビアンカの小さく呟くような声が許さない。私は涙ぐむ少女を見た。
ところで、今の私は五歳児の肉体に気持ちが引っ張られていて、冷静ではない。私は胸に、何とも言い難い気持ちがせりあがり、気が付けば体が動き出していた。
それは、あのレヌール城での猜疑に満ちたものではなく、私の心からの衝動だった。私はビアンカに飛びついて、首に腕を回し、唇が触れ合う寸前まで顔を近づけて、それから口を開く。
「私、ビアンカのこと、ビアンカと冒険したこと、絶対に忘れない」
元の世界に戻ろうとも、絶対に。私の家である海賊船に戻ったら、大切な「家族」たちに、大切な友達との大冒険を聞かせてあげるのだ。
「おおげさよ……だけど、わたしだって、絶対に忘れないわ!」
ビアンカの声は震えていた。子どもはすぐに泣くから困る。――むろん私も子どもなので、すぐに涙腺がゆるんで、とても困る。
ぎゅっと抱きしめ返してくれたビアンカは、お姉さんぶるとかではなくて「お姉さんとして」、そっと体を離して私の肩に両手を置いた。
「アルマ、これあげる」
ビアンカが、トレードマークでもあるマントのひもをするりと外して、私の肩に掛ける。三歳上のお姉さんのマントは私には大きく、地面についてしまっていた。
「えっと、そうだ。しばらく会えないかもしれないから、リュカとゲレゲレちゃんにも、これをあげるね」
ビアンカはリュカとゲレゲレへ視線を移し、今度は自身の髪の毛をほどいている。ふわり、と少女のやわらかな金髪が風に揺れた。彼女はリボンをリュカに手渡し、ゲレゲレの首に巻いてあげてから、リュカと私を見つめる。
「リュカ、アルマ。またいつか、一緒に冒険しましょうね! 絶対よ。みんな、元気でね」
私はビアンカにもらった若草色のマントをぎゅっと握りしめ、頷いた。その約束は、守れないかもしれない。けれど私は、そんなことを言う勇気は持ち合わせていなかった。
またね、と無邪気に手を振ったリュカを見て、パパスさんが歩き出した。私たちはその大きな背を追い掛ける。パパスさんは町を出る直前で立ち止まり、こちらを振り返った。
「ところで、二人とも。お化け退治のこと、この父も関心したぞ。しかし、お前たちはまだ子どもだ。あまり無茶をしないようにな」
私たちは顔を見合わせ、「うん」と返事をした。その返事に満足したように、パパスさんは再び歩き出した。サンタローズへ帰る道中、魔物と戦闘になると、ゲレゲレが戦いに加わってくれた。本当、彼が村にいる間、あのいじめていた少年たちに怪我がなくてよかったと思う。ゲレゲレは魔物ながら優しく、分別があるようだと感心した。
村へは戻ると、門番の青年がパパスさんの姿を見てうれしそうに飛び上がった。それを労ったパパスさんは、まっすぐに自宅まで向かう。私は、一応睡眠をとったと言えど、いろいろなことがあって疲れていたので、一刻も早く体を休ませたかった。そのため、彼がぐたぐた村の人たちと話しこむようなことがなくて非常に助かる。
「旦那様、お帰りなさいませ! ダンカンさんの病気の御加減はいかがでしたか?」
家に戻ると、こちらもまたパパスさんの帰還を飛び上がって喜ぶサンチョさんに出迎えられた。パパスさんの慕われっぷりがよく分かる光景である。
「ああ、ただの風邪だったようだ。薬を飲んで、もうすっかり元気になっていた」
「それはようございました。ところで、留守中旦那様にこのようなお手紙が……」
サンチョさんの丸い手には、上質そうな紙の封筒があった。何の紋章かは分からないが、蜜蝋でしっかりと封がしてある。パパスさんはそれを真剣な顔で受け取っていた。手紙がパパスさんの手に渡ると、サンチョさんは朗らかな笑顔をこちらに向けた。
「おや、坊ちゃん。そちらは……」
そう言ってゲレゲレを見つめる。明らかに魔物だが何も言わない。グランバニアの人たちは寛大な心を持っているらしい、と納得した。パパスさんもゲレゲレを連れ歩くことに何も言わなかったし、二つ返事で了承していたし。
「ゲレゲレっていうんだ。僕とアルマとビアンカの三人でお化け退治をして助けたんだよ」
「そうでしたか。それはお疲れでしょう。夕飯の時間になったら呼びますから、どうぞしばらくお休みください。ああ、洗い物と荷物はこちらに」
スルースキルも高い。グランバニアはすごい国だ。
「そういえば、サンチョ。ダンカンのおかみさんから、娘のおさがりを持って行ってくれと、アルマの洋服をたくさんもらった。これもよろしく頼む」
せっせと荷物を受け取ったサンチョさんは、私たちを宿顔負けに整えられたベッドまで案内してくれた。疲れていたのはリュカも同じだったらしく、私たちは横になると、すぐに眠りについた。
アルマ レベル11
ちから:20 すばやさ:36 みのまもり:15
かしこさ:84 うんのよさ:?
最大HP:52 最大MP:28
呪文・特技:あみなわ、たいあたり、キアリク、船上ダンス、水面蹴り、さざなみの歌、石つぶて、バギマ、いなずま
職業:船乗り
※職歴はMAXだが強敵とのきちんとした戦闘経験なし