目の前の光景に、ビアンカは自分の口を手で塞いで、声を漏らさないようにただただ必死になっていた。
行きたくはないけれど、そこに手掛かりがあると言われたならば行くのがビアンカである。
古代の遺跡にもぐりこみ、魔物から姿を隠しながら奥へ奥へと、少しずつ冒険を重ねていた中、衝撃的なものを見てしまったのだ。
――ここは、魔物の村なんだわ。
まるで人間のように、魔物たちが生活を営んでいる。店もあれば、家族もいる。野生の魔物たちがつくる「群れ」ではなく、間違いなく、そこには「文化」があった。それも、様々な種族の魔物が、誰もかれも穏やかな顔をしているのだ。闘争本能などありませんという顔で。
「ここで何をしている」
「ひうっ」
突然声を掛けられ、ビアンカは小さく悲鳴を上げた。振り向けば、見たこともない恐ろしい魔物がいた。赤い体に青い髭と頭髪。巨大なヤギのような二本の角に、背中には蝙蝠のような被膜の羽根。顔は人間のようであるのに、下半身は蹄のついた獣のそれである。物語に出てくる悪魔のような出で立ちのその魔物の名前をビアンカは知らなかったが、本能的に「勝てない」と悟り、血の気が引いていく。
アンクルホーンというその魔物は、逞しい腕を組んで、見定めるように少女を見下ろしていた。
「ここで何をしているのか、聞いているのだ」
「あ、あ、わた、私……人を、探していて……」
なんとか勇気を出しながら、幼い少女は「もしかしたら、話せば分かってくれるかもしれない」という希望を胸に抱いていた。だって、彼らは人間のように暮らしているじゃないか。前に出会ったカンデラという魔物と一緒にいた一つ目の魔物も、決して理不尽な暴力を振るってはこなかった。だったら、この魔物だって、きっと。
「ここに『人』はいない。去れ!」
人ような顔を持つからか、カンデラのように聞き取りにくい声ではない。低く、はっきりとした活舌の言葉は、母以外の人には叱られ慣れていないビアンカにとって、身を竦ませるのに十分な迫力だった。
「なんだァ? ガキがなんでこんなところにいるんだ?」
ビアンカの腰が抜けている間に、騒ぎを聞きつけた魔物たちがわらわらと少女の周りを取り囲んでゆく。
「ガキはすぐに周りに喋る。生かして外に出すわけには行かないだろう」
「見張りは何をしていたんだ。子ども一人に出し抜かれて、情けない」
そのうちの一匹に、ビアンカは細い腕を掴まれた。足が地面から離れ、宙ぶらりんになった状態で恐怖心はどんどん増してゆくばかりだ。でも――でも。
「ここに、私以外の人間はいませんか! 薬に詳しい人を探してるんです!」
それでも、怖くても、勇気を出さなくちゃ。
ビアンカは目に涙を浮かべながら、叫んだ。
「お母さんが病気なんです! 占い師さんに、ここに来れば薬に詳しい人がいるって、教えてもらったんです! 私にできることをしてあげたい! だから、薬のこと、教えてください!! ここのことは、絶対に、絶対に誰にも言いませんから!! お母さんにもお父さんにも、友達にだって、えらい人にだって、将来好きになった人がいたとして、その人にだって、絶対に誰にも言いませんから!!」
恐怖を吹き飛ばすための大声は、よく響いた。閉塞的な遺跡の中、少女の声が反響し、魔物たちは呆然と、泣きながら、目も顔も真っ赤にして真剣に訴えるその子供を見つめる。
「うるさいったらありゃしないねぇ」
一番に反応したのは、聞き覚えのある声に、見覚えのある魔物だった。
「悪いね、ネロ。この子どもはあたしが預かるよ」
カンデラだった。ネロと呼ばれたアンクルホーンが、ビアンカの腕を掴んでいた魔物へ顎をしゃくると、魔物は大人しく手を離し、落とされたビアンカは地面に尻もちをついた。
冷えた空気の流れる遺跡の中、ぺたぺたと歩くカンデラはビアンカへ近付く。なまずのようなひげをピクピクさせ、がさがさと聞き取りにくい声で、「ついて来な」と言った。
「なんだ、『魔女』もついに弟子をとる気になったか」
野次馬がそういうと、カンデラは大きな鼻の孔から、沸騰したやかんの蒸気みたいな鼻息を出して「何でもいいさ」とそっけなく答える。
ぺたぺた。ぺたぺた。歩いて行くドラゴン――正確には、カンデラはドラゴンマッドという魔物である――についていくビアンカは、彼なのか彼女なのか分からないその魔物が「家」としているらしい一室に通され、静かに座った。
「先に言っておくが、人間に作れる万能薬なんてありゃしない。それも、怪我でなくて『病』を治すなんてものはね」
「……ええ。万能じゃなくったって、完治なんかしなくったって、お母さんがつらい思いをしないなら、それでいいの。少しでも一緒にいたいだけなの」
「魔物のすみかまで単身で乗り込んで、いるかどうかも分からない男の子を探しに来て、親としちゃ、そっちの方がよっぽど心配で、つらいだろうね。自分のために可愛い我が子がそんなことをしてるなんて分かったら、なおさら」
ビアンカは反論しなかった。カンデラの言うことは正しいし、彼女は自分がこの魔物に、今現在迷惑を掛けていることを理解していた。
ここは魔物の秘密の園だ。本来なら、ビアンカは殺されたっておかしくない立場なのだと、当人からしても簡単に想像できる。カンデラが魔物たちにとってどんな立場の者なのかは分からないが、周りに責められ、謗られる可能性だって十分にあるのに、向こう見ずな子どもを、真っ先に連れ出してくれた。
「あの、助けてくれてありがとう。あなたのこと嫌いだったけど、私、その、子どもだったわ。この前だって、あなた、話を聞いてくれたもの。私、アベルを探すのだって諦めたくない。だけど、カンデラさん。あなたがもし薬に詳しくて、私に教えてくれるっていうのなら、諦めるわ。本当はアベルに薬のことを聞くだけじゃなくて、友達になりたかったけど、でも、時間がないもの」
「……もう長くない、と医者にでも言われたのかい?」
頭を横へ振ったビアンカは、大人びた笑みを浮かべ、小さく両の拳を握る。
「いいえ。でも、引っ越すの。そうしたら、学びには来れなくなる。私はそれまでに、すべてを学ばなくちゃいけないのよ」
カンデラは、ビアンカにいくつかの条件を突き付けてきた。まず、教えるのは魔法力を伴わない薬の調合のみ。絶対にこの場所について、そしてここの住人について他言しないこと。そして、引っ越すその日まで、住み込みでカンデラの弟子として働くこと。
「――分かったわ。だけど、お父さんもお母さんも心配しちゃうわ。手紙を出したいの。それくらいはいい?」
「ああ。だけどもし言いつけを守れないようなら、お嬢ちゃん、あんたに未来はないよ」
ビアンカは、澄んだ空色の目をカンデラへとまっすぐ向けた。
「あたしのことは師匠と呼びな。紙とインクをやるから、さっさと手紙を書きな。内容はこちらで確認するよ」
「もちろん、どうぞ」
少女は微笑んだ。つらいときは優しい人を、苦しいときは勇気をくれた人を、悲しいときはお前さんより悲しんでいる人を。ビアンカの脳裏には、今は会えない人たちが思い浮かんでいた。
――ううん。今はつらくもないし、苦しくもない。悲しくだってないわ。
だから、淑女の礼を性別不詳のドラゴンマッドへしながら、大好きなその人たちの代わりに、あの不愛想な紅の目の少年を思い浮かべた。
友達になりたかった少年。あの子より薬に詳しくなって、いつか会えたときに、うんと驚かしてやろう。そして、「私の方がお姉さんなんだから」って、なんだか寂しそうなあの子の手を引いてあげよう。あの子の笑った顔は、きっととてもきれいだろうから。
*
私は非常に怒っていた。それはもう怒っていた。
「信じられる? あの三馬鹿、お互いを出し抜くために石板を隠して、結果この広大な砂漠の中に埋めたとかアホなことしやがったんだよ? 砂漠生まれのくせに砂漠ナメてるの?」
灼熱の砂漠の中。私とパパスさんは手掛かりも特にないまま、砂漠の村の村長さんの息子、三つ子の三馬鹿がやらかしたせいで、砂を足でかき分けては石板がないか探し回っているのだ。
事の発端は、砂嵐に運ばれてきた石板を三馬鹿の誰かが拾ったことによるらしい。
兄弟たちに石板を見せびらかし、浮かれて「勇者様に渡して時期村長になるための口添えをしてもらうんだ」と吹聴した三馬鹿のどれかの言葉を聞き、焦ったその他二人のうち一人が、まず家の裏に埋めた。
そしてそれを見ていたもう一人が、「馬鹿め、もっと分かりにくいところに隠してやる」と、村の外れに埋めた。
そしてそれを知った最初の一人が、誰にも取られないように、村の外、柵の近くに埋めた。そしてそれを見ていた……とループした結果、特に目印のない砂漠に埋めて、本当に場所が分からなくなってしまったそうだ。頭が悪すぎていっそかわいそうになってくる。普通の人はそんなことしない。他の人に盗られたくないなら金庫でも買えよ。
「いいけどね別に。砂漠の魔物倒しながら砂漠散策。戦いの修行にもなるし暑いから精神的な修行にもなるし、まあ三馬鹿のしたことは信じられないけど。私はもっとスライム相手に修行したかったけど」
まあ、スライムはスライムで強いやつもいるからどっちが楽とかそういうことは言えないんだけど、環境的に言えば砂漠よりよほどクレージュ周辺の方が楽だ。世界樹ってぼーっと見てるだけで元気もらえる気がするし。
「アルマ、気持ちは分かるがそう言うもんじゃない。彼らも反省していたじゃないか」
「反省してなかったよアレ。パパスさんにはどう見たらアレが反省していたように見えたの」
三人ともヘラヘラしてたし、なんなら石板を探しているのが勇者様じゃなくて私って知って明らかにホッとした感じで「まあ簡単に手に入ってはつまらないだろうからな!」「達成感を得るための手助けというやつだ、わはは!」「いい経験になるだろう!」とかめちゃくちゃ神経を逆撫でしてきた。あいつら何かしらの小さな不幸に遭わないかな。次爪切るとき深爪になれ。
「うう……ナイラの川沿いを下って大地の精霊像まで行こうか……ん? 精霊?」
私はひらめいた。ひらめいてしまった。もしかしたら天才かもしれない。
「大地の精霊様に会いに行こう! 砂漠のことなら、誰よりも御存知のはずだもの!」
あまりの名案に、思わずパパスさんの両手を掴んでぶんぶんと上下に振ってしまった。いや、いい考えだ。大地の精霊様かぁ。とりあえず、勇者様にどんな方なのか話を聞きに行こう。いや、あんまり勇者様ばっかり頼ってるとマリベル様にバレかねないから、アイラ様に聞きに行こうかな。
「グランエスタードに一回戻って、アイラ様に話を聞きに行こう。ついでに、私の歌声も聞いてもらって改善点とか教えてもらえるといいなぁ」
うきうきしながら提案すると、パパスさんも賛成してくれて、私たちはキメラの翼でグランエスタードへと向かった。
しかし、とてつもなくタイミングが悪かった。
かつてアイラ様と共に神様(まあその神様は魔王が擬態した偽物だったんだけど)の復活に一役買ったヨハンさんが、グランエスタードに来ていたのだ。
神様の復活の儀式は、ユバールの民という神様を復活させることを悲願とする旅の一族に伝わる「大地のトゥーラ」という楽器と、「清き衣」をまとった踊り手によって行われる。その楽器を演奏したのがヨハンさんで、踊り手がアイラ様だったというわけで、縁あるお二人なのだ。
顔面の良いお二人なのだが、アイラ様はチャラついたヨハンさんが少し苦手で、ヨハンさんは真面目で美しくてしかも強いアイラ様を度々口説いている。
ということで、アイラ様はヨハンさんに口説かれていた。
タイミングが悪いというのは、それでアイラ様の機嫌が悪くなって、情報を教えてくれなくなるとかとそういうことではない。アイラ様はそういう方ではないからだ。
「おうチビッ子。久しぶりだなぁ」
「お久しぶりです、ヨハンさん」
「なんだ、本物の父親でも見つけたか?」
「この人はパパスさんと言って、私の友達のお父さんです。私、アイラ様に聞きたいことがあって、今お時間いいですか?」
「もちろんよ」
「いやいや、ベイビー。チビッ子より先にオイラが話し掛けてたじゃん」
こういうことである。ヨハンさんがいると話が進まなくなるのだ。無視してアイラ様と会話を続ければいいんだけど、茶々の入れ方が絶妙にうざいし、しかもあまりに相手にしないとめちゃくちゃ上手なトゥーラの演奏で心を奪ってくるのだ。無理やり。そのせいで気付くと聴き入っていて、話が全然進んでないのだ。構ってちゃんかよ。お前いくつだよ。
だから適度にヨハンさんを相手にしつつ、アイラ様に情報を聞き出さねばならないというわけだ。単純に疲れるし面倒くさい。
聞き出した結果。大地の精霊様に会いたいのなら、アミュレットを持って、砂漠の村にいるシャーマンに精霊を呼び出してもらうといい、との話だった。闇が晴れてからは、大地の精霊様は砂漠でのんびり過ごしているようだ。
ちなみに、闇に閉ざされた世界のときは大地の精霊像の地下にあるピラミッドいらっしゃったんだとか。随分お手軽に会えるようになってうれしい。地底ピラミッドともなると、多分王族の了承必要だもんな。
お礼と共に修行の成果を見てもらいたい、とアイラ様に伝えると、なぜかヨハンさんがノリノリになってしまった。
「え、チビッ子ってば今吟遊詩人なのかよ。聴いてやるから一曲歌ってみろって」
私の背でも縮めたいのか、頭頂部に手のひらを置いてうりうりと体重をかけつつ撫でてくるのがうざったい。頭を撫でられることの多い私だけど、別に誰にやられてもうれしいわけではないので、白けた目でヨハンさんを見る。
「私も聞きたいわ」
まあアイラ様が言うなら、と思って魔封じの歌を歌った。頑張って修行をしているので、まだ大会まで半月もあるのに、結構職業レベルは上がった方だと思う。努力は裏切らないってありがたいね。
「……いやお前、本気で歌えよ」
とか思っていたら、歌い終わった後のヨハンさんのテンションがだだ下がっていた。そんなに下手だったかな。思わずアイラ様を見ると、「私は上手だと思ったわよ」とにこにこしながらおっしゃっていた。なんだ。上手だったんじゃん。
「何今の? 魔封じの歌? こんな歌に封じ込められる魔法も魔物もいねえから! もう楽器の演奏も全然ダメ。歌も魂こもってない。本気じゃない歌で人間はおろか魔物の心に届くと思ってんのか?」
「いや、ヨハンさん。御指導はありがたいんですが、そんな性格でしたっけ?」
熱くなっているヨハンさんに、極めて冷静な言葉を掛けると、どういうわけか、両脇に手を差し込まれ、抱きかかえられた。
「ちょっとオッサン、チビッ子預かるぞ。マーディラスの大会に出るんだろ? そんなんで出るとか恥ずかしいわ! オイラが稽古つけてやる!」
「ちょちょちょちょっと、私、歌もそうなんですが戦闘の修行と石板探しも兼ねてまして……!」
本気で抵抗すれば、まあ逃げ出せはするだろう。とりあえずヨハンさんの脳天にいなずまを呼び出し、ひるんだところで拘束を逃れ、追撃が来ないようにパパスさんの後ろに隠れればいい。
ただし、普通にアイラ様やパパスさんに怒られそうだし、もっと悪ければ軽蔑されそうなのでやめた。
「知るか! そんなもんは歌と楽器を極めてから言え! お前は吟遊詩人名乗るな!」
「ええー? アイラ様、助けて……」
やだこの人。絶対こんなキャラじゃなかった。チャラ男で素行不良って噂だったじゃん。素行はちょっと改善してただのチャラ男になっただけの面倒くさい人になったと思ってたけど、何この人。誰? 私の知ってるヨハンさんはどこに行っちゃったの? 私別に吟遊詩人界のトップ目指してないし。マーディラスの大会で勇者様に恥ずかしくない演奏をして優勝もして、さくっと転職して石板集めに精を出したいだけなのに。
「パパスさん、助けて……」
アイラ様とパパスさんは目を見合わせて、「ヨハンは演奏だけはすごいから、教えてもらうのはいいことだと思うわ」「砂漠の石板については私が何とかしておこう」とか何とか言ってる。え、まさかの見捨てられた。パパスさん、私のこと仲間だって言ったじゃん!
「オイラがこのチビッ子をいっちょ前の吟遊詩人にしてやる! 今日からオイラのことは『師匠』と呼べ! じゃ、マーディラスの大会楽しみにしてろよ!」
こうして私は拉致された。
「お前の歌には『魂』がない! これが本当の演奏だ!!」
いや、分かるよ。ヨハンさんの演奏めちゃくちゃうまいし、弾き手の面倒な性格を知っていてなお、そんなことはまるっと忘れてしまうくらい、曲の世界に没頭できるよ。
でも私、別にそこまでは求めてないっていうか。
マーディラスの大会には優勝しなきゃいけないし、勇者様に聴かれて恥ずかしくない歌と演奏はせねばならないと思っているけどね。何回だって言うけど、大会終わったらすぐに転職するし、最悪優勝できなくても石板なんてみんな使わないだろうから、なんとかして優勝者買収して石板手に入れようと思ってたくらいだし。ぶっちゃけリュカたちの世界に戻るために、戦闘力落ちたら元も子もないっていうか。
「珠玉の演奏は神をも復活させるんだ!」
いやだから、アンタ復活させたの神様じゃなくて魔王だし。騙されてたとはいえ、勇者様が倒して結果オーライとはいえ、儀式の手順は合ってたとはいえ、復活したのは魔王だし。神様は世界が平和になって自分からシムティアの町来たし。
「チビッ子! 『本物』になれ! 音楽は世界を変える!」
何がつらかったって、歌と楽器の修行をやらされて戦闘の勘が鈍っているんじゃないかと思ったら、突然魔物ひしめく場所に放り投げられて「こいつら魅了してみろ」とか言われるし、無茶だと思っていなずまとか併用してたらめっちゃ怒られてその後ボイストレーニングと楽器の練習を馬鹿みたいにやらされるし。ついでにトゥーラの弾き方まで教えられ始めて、私それやりたいわけじゃないんですけど……ってヨハンさんの話の聞かなさと無茶ぶり具合に心をすり減らしながら修行しなければならなかったってところだ。
こうして、トラウマものの日々を乗り越え、私は残りの半月できっちり吟遊詩人の職をマスターした。
ちなみに、マーディラスの大会はさくっと優勝し、グレーテ姫より石板を賜った。私の心には達成感よりも虚無感が広がる。
そりゃ石板の一つももらえるさ。世界一と言っても過言ではないトゥーラ弾きに、半月間で結果出せって言われて変な根性論で無理やり修行させられてたんだよ。
これなら魔物を倒すのに明け暮れてた方がよっぽど楽だったし、吟遊詩人の職も普通のマスターできたと思うし、出場者に吟遊詩人極めてるような人いなかったから、全然その程度で優勝できたよ。「本物」になる必要はなかったよ。本気で音楽やってる人もいるだろうけど、そういう人たちはもう宮廷で職を持ってるから出場資格がないんだよね、そもそも。
ていうかもともとグレーテ姫がアルス様に出場してほしくて、しかも優勝してもらって石板あげたいっていう企画だから、出場資格者あるのはぺーぺーの素人くらいだ。本気の人が来ちゃったら漁師のアルス様には太刀打ちできないだろうし、吟遊詩人に転職したとしても、そりゃまあ音楽一筋で来てる人には敵わない可能性だってあるもの。
もう一回言うよ、つまりこの大会は素人ばかりが出ている、アルス様に優勝させるためだけの、どちらかというとお祭り要素の強いものなのだ。……私の半月は一体何だったのか……。
ひやりとした石板はずしりと重いような気もしたけれど、それも一瞬で、私はさっと袋にしまった。
勇者様たちもシャークアイ様もパパスさんもすごく褒めてくれたし、ヨハンさんだって「へへ……やるじゃねえか、チビッ子……」って鼻の下をかきながらどことなく自慢げな表情をしていたけれど、私の心には少しも響かない。
申し訳ないがいろんな人のお褒めの言葉を聞き流し、すぐにダーマの神殿へ向かい、その日のうちに魔法使いに転職した。
パパスさんは宣言通り砂漠に埋まった石板を大地の精霊様の協力を得て手に入れてくれたけど、私がしばらく彼に冷たく当たってしまったのは、仕方のないことだと思う。
アルマ「ちょっとトゥーラの話はしたくないです」