転生幼女がDQ5にインしたようです   作:よつん

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魔法の杖

 

 

 

 ヘンリーとリュカは、ルドマンの厚意で彼の所有する船でエルヘブンを目指していた。この世界は内海と外海と呼ばれる海に分かれており、大抵商船や定期船が利用するのは内海を通るルートだ。潮の流れが安定しているし、航路が確立されていて利便性が高い。

 

 内海のメリットとは真逆のデメリットを持つ外海は、航海したことがある者がそもそも少ないので、ベテランの船乗りたちでもあれこれ苦労する、厳しい海なのである。

 

 けれど、エルヘブンという集落は外海からでないと行けないとのことだった。内海側は山々に囲まれて船では着陸できないためだ。

 

「オレもう無理……ソロ……お前が羨ましいよ……」

 

 そして、かつてない長距離の船旅にヘンリーはやられていた。

 

「さっき聞いた話だと、今はメダル王のお城の手前あたりだそうだよ。エルヘブンは逃げないだろうし、そこで休ませてもらおう」

 

 早いに越したことはないが、火急というわけでもない。進行方向は変わらず、少々の休憩をはさむだけだ。船員たちは見ていて気の毒になるほど体調を崩している少年を見て、快くリュカの提案を受け入れてくれた。

 

 メダル王の城に、二人は一度立ち寄ったことがある。砂漠の国、テルパドールを訪れる前、珍しい品々を集めているというその王様に会いに行ったのだ。

 

「休ませてもらうんだから、僕、挨拶に行ってくるよ」

 

「おう、悪ぃなソロ。後は任せた」

 

 陸地に着くなりぐったりと地べたに寝そべったヘンリーを置いて、リュカはきらびやかな王城へ向かった。そこは邪悪なる者以外は人であろうと魔物であろうと受け入れる、寛容な城だ。ある意味、リュカが理想とする場所でもある。

 

 

「アイヤ。ようやく人間来た思たら、子どもヨ。ぼうや、この国の子カ?」

 

 

 王城に入る扉の前にいた女性に声を掛けられ、リュカは首を振った。どういう意味だろう、と思いながら「なら旅人ネ?」と質問を続ける女性に、こくりと頷く。

 

 困ったように、苛立っているように眉間にしわを寄せる女性は、商人のような恰好をしていた。ピンク色の髪を高い位置でおだんご状にまとめ、身軽そうな服装に、武器にもなりそうな大きなそろばんを背負っている。

 

「あの、僕、この国に前にも来たことがあります。ようやく人間が来たって……どういうことですか?」

 

 確かに、メダル王の島には人間は少ない。旅人は訪れるが、国民と言われると数えるほどしかいないと言われても納得できる。銀行、宿屋はあったし、そこで働く人もいたけれど、それ以外と言われるとさほど印象に残っていないのだ。実際はメダル王に仕える人や島の景観を維持するために雇われている人もいるのかもしれないが、リュカが前に来たときにはそういった人々とは交流しなかった。

 

「言葉のままネ。この国人間いない。動物ばかりヨ。でも、別に襲うするない。変な国ネ。ま、見た方が早いアル」

 

 女性が扉を開けると、にわかには信じがたい光景が広がっていた。銀行のカウンターの向こうには鶏が、宿屋には猫が。他にも豚や牛が、城内を闊歩しているのである。

 

「話通じない、でも必死で鳴くしてくるネ」

 

「僕が前に来たときには、こんなことには……」

 

 呆然としながらリュカが言うと、女性は瑠璃色の目を鋭く細めて「安心したネ」と言った。

 

「ワタシ欲しい物あるヨ。ここの王様珍しい物持てる聞いたアル。ぼうや知る国、人間の国なら戻す方法あるはずヨ」

 

「まさか……お姉さんは、これが魔物の仕業だって言いたいの?」

 

 一見、ほのぼのした光景である。けれど、リュカの背中には冷たい汗が伝っていた。動物たちが全員もともと人間だった者たちだと言うのなら、無理やりに人の姿を変え、助けすら求めることができなくしてしまう恐ろしい呪いだ。

 

「リリカでいいヨ。ぼうやの名前教えるネ」

 

「あ、僕、ソロです」

 

「ソロ。ワタシ別に魔物のせい言てないヨ。呪いするの、魔物だけじゃないアル。誰がやたかの前、どう治すかネ。治すするやり方分かる、誰やたかも分かる」

 

 リリカと名乗る女性はそう言ったが、リュカには魔物のせいに思えてならなかった。何にでも変身できて、他者の姿をも変えられる少年を、彼は知っていたから。

 

「……何か知てるカ?」

 

「あ……そういうわけじゃなくて。僕、この人たち治せるかもしれません」

 

 リュカはラーの鏡を持っている。真実を映すという、伝説の品物だ。けれど、神の塔でシスターが言ったように、それらがむやみに広まるのは好ましくない。

 

「治すできる、いいことネ。早くやるアル」

 

「あの、だけど……人に見られちゃいけないんです。だからリリカさん、申し訳ないけど、お城の外で待ってるか、目隠しをするか、してもらえませんか?」

 

「――まあ、分かたヨ。ワタシ外いる。終わたら知らせるネ」

 

「はい」

 

 頷いて、リリカが王城から出たのを確認してから、リュカは玉座へ向かった。そこに座る牛に向けて、ラーの鏡を向ける。そこには見知ったメダル王が映されており、やがて玉座に座る牛も鏡の中の姿へ――。

 

「おお、ソロや。なんと礼を言えば――」

 

 

 変化は、した。

 

 

 牛はメダル王の姿に戻り、感激した表情でリュカへと言葉を掛けた。

 

 けれど、それもほんの少しの時間のみ。すぐに王は牛へと姿を戻してしまい、リュカはまさかと思ってラーの鏡を覗き込む。

 

 困惑した顔のリュカの後ろに同じく困惑した顔のメダル王が映っていて、再び元の姿に戻ろうとして、そうはならなかった。

 

「なんで……戻っても、また動物に……」

 

 リュカは玉座を離れ、他の動物にも同じようにラーの鏡を向けた。何かの間違いであってほしい、と祈るように、鏡に人々の真の姿を映していく。それでも、結果は同じだった。少しの間だけ元に戻って、それからまた動物の姿になってしまう。

 

 

「もう終わたカ」

 

 

 リュカが思わず城を飛び出すと、入り口付近に背中をもたれさせていたリリカが声を掛けてきた。片目を瞑って少年を見ていた彼女は、一度両目を閉じてから今度は両目を開ける。

 

「ま、落ち込むないネ」

 

 ぽん、と肩を軽くたたかれ、リュカは首を横に振った。打ちひしがれている場合ではない。前を向くと決めた。だから、共に前を見て、隣を歩く人に報告しなければ。

 

「僕、僕っ、友達に相談してきます! リリカさんは?」

 

「ワタシ、城の情報集めるネ」

 

 そう言ってちょいちょいと城内を指差したリリカに、リュカは一つ、思い出したことを口に出した。

 

「あの、このお城には喋る魔物がいると思います。友好的で、人を襲いません。もう話をしましたか?」

 

「……魔物いるないヨ。ワタシ見た、動物だけアル」

 

 リュカの脳裏にぷるぷると震えながら話すスライムの姿が思い浮かぶ。そんなはずはない。確実に魔物だっていた。しかし、そうなってくるといくつか可能性が考えられる。

 

 例えば、この島にいる魔物を含めた全ての生き物が動物になってしまっただとか、「光の教団」に友好的ではない魔物は殺されてしまっただとか、何者かに連れ去られてしまっただとか、魔物たち自身が脅威を感じて逃げ出したとか。

 

「分かりました。僕、友達を連れてきます。すぐに戻ってきますけど、危険があるかもしれませんから、何かあったら大きな声で呼んでくださいね」

 

 気を引き締め、表情を硬くしたリュカに対して、リリカは笑った。カラリとした、人を安心させる笑顔である。

 

「ぼうや、紳士アルなぁ。ワタシ子どもより強いネ。心配するないヨ」

 

 「僕、強いよ」とは、リュカは言わなかった。こんな状況なのに落ち着いた様子に見えるその人は、リュカよりよっぽど「大人」で「強い」とそう思えたし、わざわざ自分で言うようなことでもないと思ったからだ。ひらりと手を振って城内に向かう彼女を見送りきる前に、リュカは船へと走った。

 

 

 

「アンドレ! 聞いてよ!」

 

「あー? なんだよ、ソロ。オレまだ回復しきってないんだけど……。もうちょっと休ませてくれよ」

 

「大変なんだ! お城の人たちがみんな動物になっちゃって」

 

 船の停泊地の傍、木陰で寝そべりながら休んでいたヘンリーに声を掛けたリュカは、小声で「ラーの鏡でも戻らないんだ」と耳打ちした。

 

「どういうことだ?」

 

「それが僕にも分からなくて……。正確に言うと、一瞬は元に戻るんだ。でもまたすぐに動物になっちゃうんだよ。だから、人間が動物の姿になってるっていうのは間違いないんだけど、どうやって治せばいいのかは手詰まりで……」

 

 のそりと上半身を起こしたヘンリーは、まだ青い顔ながらも「オレも城を見に行く」と言ってから立ち上がった。立ちくらみのせいで恰好は付かなかったが、リュカに先導されて、徐々にしっかりした足取りになりつつ走ってゆく。

 

「そう言えば、お城の外でリリカさんって人に会って……その人、王様に会いに来たみたいなんだけど、動物しかいなくて困ってたって言ってた」

 

「つかぬことを聞くけどよ、その人は怪しくなかったんだな?」

 

「不思議な喋り方をしてたけど……悪い人には見えなかったよ」

 

 そんな話をしながら、城の扉をヘンリーが我が家のように無遠慮に開けた。神妙な顔つきになった彼は、城の中に入って動物たちにラーの鏡を向けたが、やはりすぐに動物の姿へと戻ってしまう。

 

「一瞬でも戻るってことは、効果はあるってことなんだよな。続かないだけで」

 

「その通りネ。アイヤ、ぼうやたち、便利な物持てるアルな」

 

 思考をまとめるために口に出した言葉に知らぬ声から返事を受け、ヘンリーがびくりと肩を揺らした。

 

「驚くさせた、悪かたネ。ワタシ、リリカ言うヨ」

 

「あ、ああ。ソロから話は聞いてるぜ。オレはアンドレ。よろしくな、リリカさん」

 

「よろしくネ。で、その鏡ヨ」

 

 さらっと言葉を交わして、突然現れたリリカは左右反転しただけの己の姿が映るラーの鏡を指差した。

 

「それ使う見たアル。人動物なる、呪い違うネ。呪い解くする、普通一回で終わりヨ。戻るする、呪いちがう」

 

 確信を持っている様子のリリカへ、ヘンリーが驚いた顔を向ける。

 

「詳しいな。商人みたいなナリだが、もしや僧侶や学者だったりするのか?」

 

 

「勘ネ。ワタシ商人アル。でもワタシ、商人で、旅人で、女ヨ。全部の勘働くアル」

 

 

 目を丸くしている少年に胸を張って得意顔をしたリリカに、「勘かよ……」とヘンリーはがっくりうなだれた。リュカはそのやりとりに、こんな状況であるというのにくすっと笑ってしまう。

 

 リリカはけろっとした顔で、「ぼうやたち、魔法詳しいカ?」と質問をした。少年二人は顔を見合わせ、質問の意図が分からず首を傾げる。彼女の問いに答えたのは、胸の前で腕を組んだヘンリーだった。

 

「多少は勉強してるし、身に付いてるぜ。それがどうかしたのか?」

 

「ワタシ魔法得意ない。でも勘、分かるネ。これ魔法ヨ。魔法道具アル」

 

 言葉は拙いが、リリカの言わんとすることはヘンリーにもリュカにも伝わった。つまり、彼女は「勘」でこの現象が呪いではなく魔法道具によるものだと判断し、魔法が得意ならその元凶である道具を探せということである。

 

 彼女の言うように、呪いや魔術と言われる類の物であれば、一度解いてしまえば人々が動物の姿に戻ることはないだろう。戻らないとすれば、それはそもそも解けていないということだ。

 

 一瞬解けて戻る、ということは、魔法が原因であれば掛け続けている誰かがいる。しかしこれは現実的ではない。人であれ魔物であれ、魔力は無尽蔵ではないし、魔法というのは難易度にもよるがそれなりに集中力を要する。

 

 ところが、魔法道具であれば「効果を発動させる仕掛け」さえあれば永続的に魔法を掛け続けるということも理論上は可能だ。ただし、理論上の話であって、そのように加工するのは容易なことではないが。

 

 

 それでも、呪いや魔術と言われるよりは納得がいく説明だった。

 

 

 魔法に秀でた者は、自他の魔力を辿ったり分析したりすることもできるようになる場合がある。そして、ヘンリーは「多少」と自称するには謙虚が過ぎるほど、魔法について学んでいた。

 

「分かったぜ、リリカさん。ちょっと待ってな」

 

 ヘンリーが目を瞑り、意識を空間へ、空気中へ、地面へ、あらゆるところへ研ぎ澄ませていく。そして、たしかに太く密度の濃い魔力が、一か所から流れ出ているのを感じた。

 

「あった!」

 

「んっ、んー!」

 

 少年の声を遮るように、王城の扉を開ける者がいた。丸々と太った僧侶である。年は三十代後半程度に見え、当然リュカたちの船で一緒にここまで来た者ではない。リュカとヘンリーがリリカの方を見るが、彼女はと言えば「知らないアル。誰ネ」と簡潔に否定していた。

 

「いえいえ、私は『光の教団』の信徒でありまして! こちらの島の住人が動物にされてしまったという噂を聞きつけ、派遣されたのですよ! 私は『光の教団』の中でも修行を乗り越え、『奇跡』を授けられた身! この地に起きた悲しみを晴らしてみせましょう!」

 

 その名前が出たことで、少年たちの空気がぴりりと緊張する。それをリリカは見逃さなかった。見逃さなかったからこそ、少年たちより一歩前に出る。そして真っ先に口を開いた。

 

「アイヤ、これはありがたいネ。で、ここの人達、なぜ動物カ? ワタシ、知りたいアル」

 

「教えてしんぜよう! それはこの地に降りそそいだ恐ろしい『呪い』の仕業です!」

 

「なぜ呪うされたカ? メダル王悪い人カ?」

 

「ええ! メダル王を名乗るこの地の主は、珍品を集め、人を呼び込み、訪れた人々を騙してロクでもない物を与える詐欺師なのです! これは天誅でしょう!」

 

 

 次の瞬間。三つの光が、信徒の目には映った。

 

 

 己の首に中てられたうちの一つは、黒髪の少年が手にする剣の刃。もう一つは、反対側から同様に茶髪の少年が手にする剣の刃。そして最後の一つは、正面から据えられた桃色の髪の女が手にする大型のそろばんだった。

 

「詐欺師、オマエ。答えるアル。『呪い』、どう解くつもりカ」

 

「それは――この『奇跡の杖』を使って――」

 

 冷や汗と脂汗を全身から噴き出した信徒が、動くことを許されないながらも、絶え絶えに話す。どうやら、腰に佩いた朴訥な木の杖のことを言っているらしい。目立たないながらも、頂点には魔石が埋め込まれ、魔法道具であることがうかがえる。

 

「これ……マホトーンの力が込められてる。それも、かなり強力にだ」

 

「ふうん」

 

 ヘンリーの呟きに反応したリリカがそろばんを背に戻し、信徒の腰から杖を取り上げた。商人というより盗賊と言う方が納得できる速さであった。

 

「じゃ、封じる前に原因見つけるするネ。封じる後、魔法見付ける、難しい。違うカ?」

 

「あ、そ、そうだな。じゃあオレ探してくるよ。ソロとリリカさんは、ここでこいつを見張っててくれ」

 

 茶髪の少年が剣を鞘に納める。しかしながら、だからと言って信徒がほっと一息つけるわけではない。まだ一振り、彼の脈を狙う剣がある。しかもその持ち主である黒髪の少年の視線はあまりにするどく、「光の教団」の説法をして非暴力を訴えれば最後、その首を刎ねてやるという意思が感じられた。

 

「ソロ、鏡貸すヨロシ」

 

「返してくれるなら」

 

「ワタシ盗賊違うアル。商人ネ。借り物、利子付く前返すヨ」

 

 リュカは頷き、構えた剣を下ろさないまま、袋からリリカがラーの鏡を出すのを許可した。

 

「人間ネ。ワタシ旅する、『光の教団』おかしな連中聞いたアル。魔物と手を組むするも聞いたヨ。オマエなぜ『光の教団』いるカ?」

 

「ひっ、光の教団はっ! 素晴らしいところです! 世界に蔓延る闇を打ち払い、奇跡を起こす!! こんなことをして、許されるはずがありません! なぜなら私は奇跡を託されて――」

 

「ソロ、剣下ろすアル」

 

 リリカの声は冷ややかだった。そして再び、そろばんを背から手に持つ。

 

「オマエ、かわいそうアル。『奇跡』託されるした、ならなぜオマエ、一人カ? なぜワタシたち来たとき同じ、オマエ来たカ?」

 

 瑠璃色の目が信徒を見据える。見つめられた男は、その瞳に怯えた顔の己が映ったのを見て、より怯えた。

 

「答えは、『いなくなっても困らない無知な者の方が使い勝手が良いから』、『奇跡を起こすのは教団じゃなくてはならなかったから』『教団が奇跡を起こすところを見て、吹聴する誰かが必要だったから』じゃないですか? ……でも、お目付け役はいる、と」

 

 へたりこんだ信徒に見向きもせず、リュカはその切っ先を上へ向ける。その先には、天井に張り付いた魔物がいた。ダックカイトと呼ばれる、大きなくちばしと全身にある被膜が特徴的な魔物である。

 

「しくりやがって、豚野郎が……!」

 

 口汚く信徒を罵った魔物は、滑空して扉から外へ出ようとした。しかし、それを逃すリュカではない。

 

「バギマッ!」

 

 真空の刃が魔物を襲い、まともに食らったダックカイトは悲鳴を上げて地に落ちた。それを見て、信徒は腰を抜かしたまま悲鳴を上げる。

 

「オマエ、死にたい違うなら、離れるするネ。一応危なかたら守てやるアル。謝礼はあの杖でいいヨ」

 

 そろばんを手にしたリリカは、にやりと信徒に笑い掛けた。一方、落ちた魔物へ追撃するべく剣を振り上げたリュカは、その首を刎ねる直前で腕を止める。

 

「教団の目的はなんだ。なんのためにこんなことをした」

 

「ゲッゲッゲ……さあな。知りたきゃ教祖様に聞いてみるこった」

 

 リュカが唇を噛んで激情を押し殺した一瞬を、魔物は見逃さなかった。素早い身のこなしで体を捻り、切っ先から逃れることに成功。

 

「ずらからせてもらうぜ!」

 

 宙に浮かび、扉の外へ飛んで行こうとしたダックカイトは、次の瞬間再び地に落とされることとなる。

 

 大型のそろばんを携えて跳躍した女商人が、ハエでも叩くように、飛び上がろうとした魔物の頭を殴打したのだ。まさしく会心の一撃である。

 

「オマエ馬鹿ネ。数で負けてる、気付いてなかたカ」

 

「ぐ、ぐう……」

 

 意識を失ったダックカイトにそろばんを向けながら「オマエ、教団戻るカ?」と顔は信徒へ向けるリリカ。

 

「えっ、あの、その」

 

 

「戻る止めないネ。戻らない、殺す」

 

 

「ま、待ってよリリカさん! 言葉間違えてない? 普通逆だよ!」

 

 慌てて信徒を庇うように立った少年に、商人はにこりと笑みを向けた。

 

「間違うないアル。オマエどうせ教団戻るできないネ。戻る、魔物に殺される。戻らない、ワタシ殺す」

 

「ひ、ひぃぃ……! 私は教団が魔物と手を組んでいるとは知らなかったのです! いえ……その、教団にいる魔物は、教祖様のすばらしいお話に心打たれ、改心しているから害はないのだと聞かされていまして! 本当にそうだと信じていたのです! 私は教団に心を救われました! で、ですが、あなた方の言う通り罪もない人々にもしこのような仕打ちをしていたのだとしたら……!」

 

 リリカは少年に向けた笑みを、信徒へも向ける。

 

「したら、何ネ」

 

「い、今までのように教団を信じることはできない……! 光の教団をやめ、ひっそり暮らしていきます! どうか、どうか命だけは……!」

 

「オマエ死んだ方がいいヨ。生きててもいいことないアル」

 

「リリカさんッ! 言い過ぎだよ」

 

 言葉とは裏腹にそろばんを背負い直した商人は、眉を寄せ厳しい表情になる少年へと、片目を瞑り、己の口元に人差し指を当てた。

 

「死人に口なし、アル。とりあえず魔物は捕えるネ。聞きたいことある、違うカ?」

 

 袋からロープを取り出して、手際よく魔物を簀巻きにしたリリカの様子を見て、信徒とリュカが目を合わせる。なんとなくお互い頷くと、視界の端で動物になっていた人々が元の姿に戻ったのが映り、リュカは周囲を見回した。

 

 

「おーい、戻ったぜ。あ? なんだその魔物」

 

 

 ヘンリーが、両手に一本ずつ杖を持ちながらゆったりとこちらへ向かってくる。なんにせよ、国の人たちが元に戻ったのはよいことだ。

 

「そこの光の教団の御目付役ネ。意識ないアル。殺す、生かして話聞く、任せるヨ。ワタシ光の教団興味ないネ」

 

「了解。こっちも解決したぜ。原因はコレだな。『変化の杖』……天空の勇者が魔王の城に潜入するのに使ったって言われてる伝説の杖だ。城の裏に認識阻害の結界と魔法陣があって、その中心にコレがあった。多分、描かれてたのは杖に込められた魔法を永続的に発動させる類の魔法陣だな。起動装置として、この島にいた気のいい魔物たちが使われてたよ。衰弱してたから、今は木陰で休ませてる」

 

「それ貸すネ」

 

 リリカが手を伸ばすと、ヘンリーは素直に変化の杖を渡した。

 

「珍しい道具ヨ。酷使されて本来より力落ちてる可能性あるネ。使うしすぎる、壊れるアル。でも、そこらで売っていい物違うネ。大事に持つヨロシ。その魔封じの杖、ワタシもらうネ」

 

「へぇー。さすが商人。目利きはお手の物ってか。ちなみに、こっちの杖はどう見る?」

 

 ぽいっ、と投げ渡された魔封じの杖を受け取り、リリカはヘンリーをちょっとだけ睨む。商人は物を大事にするのだ。

 

「ただの魔封じの杖違うヨ。かなり広い範囲で魔法封じるできるネ。ただしこれ諸刃の剣。術者もしばらく魔法使えなくなるアル。範囲と強さ、封じる対象で変わるするネ。使うしすぎる、壊れるアル。これも売っていい物違うネ。ま、ワタシ売るしない、大丈夫ヨ」

 

 袋を提げている腰ベルトに杖を挿し込み、リリカはぽんと手を打った。

 

「こんな場合違たヨ。ワタシ王様に話聞くする。オマエ一緒に来るネ」

 

 怯える信徒の首根っこを掴む女商人へ、リュカは困ったように眉を下げる。事情を知らないヘンリーは、はらはらとした表情を浮かべる親友に対して何かを思い至ったのか「じゃ、俺この魔物見張ってるから、ソロはリリカさんと一緒に王様に挨拶行ってくれよ」と提案した。

 

「あ、うん。まあ大丈夫だと思うけど、一応警戒してね」

 

「ああ。船の近くで、船員たちと一緒に見張ってるよ」

 

 存外力が強いのか、軽そうには見えない太った成人男性をずるずると引きずっていく女商人を小走りで追い掛けていく親友を見て、ヘンリーは軽く笑った。

 

「いつまでたっても、お人よしは抜けねえよなぁ。ま、それがアイツの良いところなんだけど」

 

 そして、自身も簀巻きにされた魔物をずるずると引きずりながら、船の停めてある場所へと向かう。

 

「変化の杖、か」

 

 天空の勇者の物語の中で、必ず出てくる貴重な伝説の杖。それが教団の悪事に利用されていたことに、怒りと嫌な予感を感じながら、ヘンリーは舌打ちをした。

 

 

 

 

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