転生幼女がDQ5にインしたようです   作:よつん

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優しい人

 

 

 

 玉座の間では、喜びを隠し切れない様子の王様に、リリカが傅いていた。ちなみに、首根っこを掴まれていた信徒は、今度は頭を押さえられて無理やり首を垂れさせられている。リュカはおろおろとリリカと信徒、それからメダル王へと視線をさ迷わせていた。

 

「ソロ、それから商人の娘や。全てを見ていた。顔を上げておくれ。礼が言いたいのじゃ」

 

「もたいない言葉ネ。王様、ワタシこの男殺す――この男の人生をやり直すさせるアル。この国、こんなことした教団の一人、ワタシ殺したことする、それで許すしてほしいヨ」

 

 それを聞いてリュカはほっと胸を撫で下ろす。言葉はキツいものの、彼女の言葉が比喩であってよかった、と心底から思った。この人は光の教団にいたとはいえ、騙されていただけだ。きっと、真実を知って目を覚まし、「救われた」と言っていたそれがまやかしであったことにも気付いてくれるはず。

 

 当の信徒は「え!? え!?」と騒いで頭を押さえる手に力を籠められ、「ぐうう……」と強制的に黙らされていた。

 

「人は誰も、失敗するものネ。信じるする、すごい力生むヨ。でも――信じて、誰かを傷付けることある。間違うことある。後悔することある。そうして、ワタシたち生きてるアル。ワタシ商人。預かるしたなら、利益生むネ」

 

「――そなた、名を何という?」

 

「リリカいうアル」

 

 メダル王の視線は優しい。そして、玉座から立ち上がると、信徒の頭を押さえていたリリカの手を外させ、両手でその手を包んだ。

 

「リリカや。そなたの心の美しさ、しかと見た。心配せずとも、この哀れな男を罪に問うなどせぬ。悪いのは全て……」

 

「うぐっ、ぐぅう……!」

 

 王の言葉を遮るように、信徒が呻き声を漏らす。その声を聞いた周囲の者は、男よりもまず、リリカを見た。やりすぎたんじゃないか、と彼女の少々乱暴な態度を非難するように。

 

「何ネ、大袈裟なやつアル。ワタシそんなに強く打ち付けるしてない……」

 

 そんな視線を受けたリリカが、呆れた顔を男へ向けたそのとき。

 

 

「私から離れてくださいッ!」

 

 

 信徒が脂汗を流しながら、必死の形相でそう叫んだ。

 

「教団から賜った『奇跡の証』が……ッ! 熱を持って……!!」

 

 強い力で胸を掻きむしり、男の服が破れる。破れたその先、本来なら素肌が見えるはずのそこには、禍々しい色の宝玉が埋められていた。

 

「わ、私から、私から離れて――!!」

 

 にわかに騒がしくなる城内。騒然としたその場で、唇を噛みしめたリリカがそろばんの柄を床に打ち付け、大きな音を出した。

 

「思てたより、ふざけた連中ネ……!」

 

「リリカさんっ」

 

 男から最も近い位置にいるリリカの名を心配したリュカが叫ぶも、彼女は少年へ視線を向けない。そして苦しむ男を見ながら、ふう、と軽く息を吐いた。

 

「ぐぉおおおおお!」

 

 男が心臓のある場所を掻きむしっていた腕が、肥大する。針金のような硬質な毛に覆われ始め、苦悶の声を漏らしていた口には鋭い牙が生え、目が血走っていく。

 

 

「オマエ――悪かたね。安らかに眠るするアル」

 

 

 それはあまりに速く、無駄を省いた、容赦のない一撃だった。

 

 邪悪な宝玉へ、そろばんの先端が突き刺さる。見事な一突きだった。血走った眼は輝きを失い、屈強に変化し始めていた四肢はだらりと力を失って、男は元の姿に戻りながら床へ崩れ落ちてゆく。

 

 己より大柄な男が倒れきる前に抱き留めたリリカへ、抱き留められた本人はふっと笑った。

 

 

「あなたの元で生まれ変われなくて、申し訳……ありま、せん……」

 

 

 リリカはゆっくりと男を床に横たえ、己の砕いた宝玉の欠片を手に取る。固められていた砂が崩れるように、ぼろぼろと形を失っていく男だったものは、やがてそこには何もなかったかのように塵一つ残さず消えた。

 

 沈黙が城を包む。しかし、立ち上がった女商人がそれを破った。

 

 

「ワタシ探してるの、きれいな宝玉ネ」

 

 

 彼女の表情は、当然険しい。

 

「こんな禍々しい物違う、まんまるできれいで、神秘の力宿す物ヨ。それ探してこの城来たアル」

 

 視線を向けられたメダル王が、ふるふると首を横に振る。

 

「……すまんが、わしは持っておらんのう」

 

「それなら、情報欲しいアル。ここ、様々な旅人の訪れる地聞いたネ。ワタシ宝玉……『オーブ』集めてるヨ」

 

 リリカの言葉に、リュカはドキリとした。彼女の顔が、真剣そのものだったこともあり、これが三年前のリュカであったのなら、「僕、持ってるよ」だなんて迂闊に言っていたかもしれない。

 

「その昔、レヌール城という北方にある城に光る宝玉が落ちたという逸話は聞いたことがあるが、そなたの求める物かどうかまでは……」

 

「レヌール城……覚えたアル。感謝するヨ。ワタシ、そこ行てみるネ」

 

「あ、あの!」

 

 だからこそ、リュカは無礼にも二人の会話に割って入るように大きな声を上げた。お城の教育係が見ていたら、顔面を蒼白にしてその後くどくどと説教を浴びせてきたことだろう。

 

「ぼ、僕、昔レヌール城におばけ退治に行ったこと、あるよ!」

 

 けれど、言わずにはおれなかった。リリカが、ただの収集癖でそれを求めているとは思えなかったからだ。それも、こんなことがあった後すぐに。

 

 彼女の表情は、必死ささえ感じさせるものだった。そんなに求めている物を、自分は持っている。しかしながら、それを軽々しくは言えない。彼女がレヌール城へ行くことが無駄足であると明白だとしても。

 

「レヌール城には、オーブなんてなかったよ! 銀のティーセットならあったけど!」

 

 行かなくていいのだと言うことしか、言えなかった。

 

「ソロ、教えてくれてありがとネ。でも、ワタシ行くアル。オーブ、ワタシが――仲間に会うための手段ヨ。自分の目で見てないモノ、諦めるの無理アル」

 

 同じく、人探しをしている身として、リュカは心臓が締め付けられるような気持ちになってしまう。何を言えばいいのか分からなくて、彼はもう一度口を開きかけた。

 

「おい、城の方からすごい声が聞こえてきたけど、大丈夫か!?」

 

 しかし、慌てた表情で城に戻ってきたアンドレの方へとリリカの注意が向いてしまい、それはかなわなかった。ほんの少し、リュカはほっとした。だって、口を開いたとして、「自分が持っている」という事実を隠したまま、彼女を納得させられるとは思っていなかったから。

 

「アンドレ! 無事カ?」

 

「ああ。魔物の目が覚めて突然自害したんで驚いたけどよ。そしたらそのあとすぐに城から魔獣の鳴き声みたいなのが聞こえてきたから、慌ててきてみれば……あれ? 光の教団の信徒はどうしたんだ?」

 

「死んだヨ。胸に埋まてた趣味の悪い石の力で、魔物に変わるするしそうだた。だからワタシ殺したアル」

 

 淡々と述べるリリカに、リュカは思わず眉をひそめて語気を強めた。そんな自虐的な言い方、彼には到底納得ができなかった。

 

「リリカさんは悪くないんだ! あの人は苦しんでて、それを止めただけで……! 光の教団があの人にあんなものを埋めたから……!」

 

 少年の義憤の言葉に、リリカは瑠璃色の目を細めて悲しく微笑んだ。それからふるふると首を振る。

 

「もちろんワタシ悪いわけないアル。でも、ワタシ殺した事実ネ。それ、悪い悪くない問題と違うヨ。まあ、長く旅すればそういうこともあるネ。ソロや王様に怪我がなくてよかたヨ」

 

「うむ。この国を救ってくれた三人には本当に感謝しておる。そこでちと話は変わるが、恩人たちへぜひ褒美を取らせたい。そなたらの旅に、ぜひ役立ててほしい物があるのじゃ」

 

 悲痛な顔をするリュカを見て、メダル王が話題を引き継いだ。いそいそと宝箱から美しく磨かれた剣と鎧を取り出し、話題を変えた王の配慮は見事功を奏し、三人の視線が褒美へと注がれる。特に、商人の性なのかリリカはじっとそれらを見つめ始めた。

 

「……両方、回復魔法がこめられてるアル。ワタシ装備できないネ。ソロとアンドレがもらうヨロシ」

 

 そう言われた少年たちは、慌てて両手を左右に振る。まるで本当の兄弟のように、ふとした仕草が似ている二人だな、とリリカは少し微笑ましく感じた。

 

「でも、リリカさんは商人だろ? 装備できなくても困るもんじゃないなら、譲るぜ。だって、オレたちがやったことって言えば、リリカさんの言葉通り変化の杖を探し出したり、出てきた魔物を伸したりしたくらいじゃねぇか?」

 

「そうだよ! 何なら、魔物だってリリカさんが倒したじゃないか。僕らはもらえないよ」

 

 そして、人が好い。女商人は肩をすくませ、話がまとまるのを待ってくれているメダル王へと小さく目礼した。

 

「アイヤ、欲のない子どもたちネ。ま、その話は城の外でするアル。王様たち、魔法解けて疲れるしてるネ。休ませるヨロシ」

 

「あ、うん……」

 

 王様から受け取った剣と鎧を少年たちに手渡したリリカは、納得のいっていなさそうな二人の背をぽんと押す。彼らが背を向ける前に、とメダル王がほろ苦く笑いながら「せっかちじゃのう」と引き留めた。

 

「ソロ、アンドレ、リリカ。この国の者は、受けた恩義を絶対に忘れぬ。また来るとよい。その時のために、リリカの求めるオーブのことや、二人の探す天空の勇者にまつわる装備のこと、世の中の珍しい品々について情報を集めておくとしよう。いつでもこの国へ立ち寄るとよい」

 

「ありがたきお言葉、感謝するアル。それじゃ、失礼するネ」

 

 再び傅いて、言葉の珍妙さとは裏腹に品のある礼を取ったリリカは、少年たちの腕を取って城を退出した。三人の背を見て、メダル王はどこか悲しい視線を向ける。

 

 ――この国には、多くの旅人が訪れるものじゃ。

 

 メダル王は誰にでも分け隔てなく訪れた者たちを歓待し、小さなメダルを持って来たらその枚数に応じて褒美を取らせてきた。褒美目当てに何度も足を運ぶ者もいれば、この国の穏やかな雰囲気に魅せられて、心を癒しに立ち寄る者のいる。

 

 常に門の開かれるメダル王の城には、たくさんの者たちが訪れるゆえに、彼は旅人を見る独特の「目」が備わっていた。

 

 ――彼らの旅路に、幸多からんことを。

 

 だからこそ、この国を訪れる多くの旅人と違って、彼らが苦難を越え、これから先もまた苦難に向かっていくことを感じ取ってしまう。

 

 世界一穏やかな島の主は、そっと目を伏せ、玉座に深く腰を掛けた。

 

 

 

 *

 

 

 

 城の外に出ると、リリカは改めて少年たちへ向き合った。

 

「動物しかいない国思て途方に暮れてたとこだたネ。解決できてよかたヨ。二人ああ言た、でもワタシそう思うないアル。ワタシ変化の杖の場所分からなかた。魔封じの杖使うしても、効果切れるする、また元通りかもしれなかたネ。解決した、二人のおかげアル」

 

「まあ、じゃあ、三人のおかげってことにしようぜ。ありがとな、リリカさん」

 

 ヘンリーとリリカが握手をして、その後リュカも彼女と握手を交わした。差し出された手を握り返すと、その手が商人というよりは武人のものであるように、リュカには思えた。けれど、何も言わない。もしも女性一人で旅をしているというのなら、武道の心得はないよりあった方がいいし、彼女は強い人だ。戦う力というだけでなく、心も。

 

「そういえば、リリカさんって、仲間とはぐれちゃったの? どうしてオーブってやつが必要なの?」

 

 その手を離した後、リュカは自分が詮索されたくない身の上であることを棚に上げて、そんなことを口走っていた。後ろめたさを感じながら、おどおどと上目遣いに質問を重ねる少年に、女性は瑠璃色の目を優しく細める。

 

「オーブ必要な理由、言た通りアル。ワタシ、会えなくなた仲間、どうしても会いたいネ。謝らなくちゃいけないアル。オーブ、そのための希望ヨ」

 

 リリカは、しゃがんでリュカに視線を合わせながら、揺るぎない意思を感じさせる凛とした口調で質問に答えた。反対に、リュカの瞳は揺らいでしまう。

 

 リュカはこの人の気持ちが分かるからこそ、オーブを譲ってあげたい、と心から思った。

 

 だけどオーブには、リュカの思い出が詰まっている。それに、偉大な父から「大切な物だ」と散々言い含められてきた。譲ってあげたいのに、簡単にそうは言ってあげられない自分がいくじなしに思えて、つらくなる。

 

「リリカさん。僕、その、リリカさんのお話を聞きたいな。旅をしながら商売をしてるんでしょ? 僕たちも探し物をしてて……物だけじゃなく、人捜しも。僕たちって似てる気がするんだ。だから、情報交換をしようよ」

 

 リュカはどこか縋るように、リリカの目をまっすぐ見た。

 

 へんてこな話し方とはミスマッチなほど知的な瑠璃色の目に射貫かれ、自然と少年の背筋はすっと伸びる。その目は、縋ることを許してはくれないと感じ取ったからだ。

 

 優しく笑い掛けてくれる「お姉さん」ではなく、彼女は今、「商人」の顔をしていた。彼の話に割く時間が有益なものであるかどうかを思案しているようにも、少年自身を値踏みしているようにも見える。リリカは、ふ、と一つ息を吐いた。

 

「ふむ、話してみるヨロシ」

 

「じゃあ、僕たちの欲しい物とか、なんでそれが欲しいかってことをまずは伝えるね」

 

 頷いたリリカへ、リュカはヘンリーと視線を交わす。もちろん、その視線は彼が話をすることを反対するものではなく、「説明はお前に任せた」という全幅の信頼によるものである。

 

 リュカは海に落ちてはぐれてしまった仲間のことや、故郷に掛けられた呪いを解きたいこと、それからある理由のため天空の勇者を探していることを、かいつまんで伝えた。

 

「魔物一緒の少年、ワタシ知らないアル。天空の勇者、ワタシ勇者のこと調べた、だからいくつか知てるヨ。ソロたち知てる内容たくさんある思う、期待しないことネ。たくさんの人掛けられた呪い解く道具――」

 

 白い指を唇に当てながらリリカは考えるように宙を見て、それからリュカとヘンリーへと順繰りに視線を移す。

 

 少年たちは言葉の続きを焦らす女商人が、自分を傷つけないために言うのをためらっているのだと捉えて、「気を遣わないで」と言おうとした。

 

 

「ワタシ、持てるヨ。でも、タダでは譲れないネ」 

 

 

 時が、止まった気さえする。そんな衝撃を、リュカとヘンリーは受けた。ストロスの杖ではだめだと言われ、そんな道具は知らないと言われ。グランバニアの人々のためにどうにかしたいのに、こればっかりは手掛かりが何もない状態だった。それなのに、この女商人は情報を知っているどころではなく、「それ」を持っているのだと言う。

 

 リリカは子どもをからかう大人の、男を翻弄する女の顔でにやりと笑った。

 

「だから、交換ネ。ソロの持つオーブと」

 

「えっ!? な、なんで!?」

 

 リュカは久しぶりに、子どもらしく本心から慌てふためく。オーブは袋の中にしまってあるし、持っているなんてことは一言も口に出さなかった。彼は「なんで知ってるの?」とうっかり漏らしてしまわなかったことに、自分自身を内心で褒めたたえながら、落ち着かない心臓を無理やり落ち着かせようとした。

 

「顔、書いてあたネ」

 

 つん、と鼻先を指ではじかれて、それも失敗。目を白黒とさせていると、リリカは楽しげに笑った。そうして笑うと、なんだか少し幼く見える。リュカを値踏みしていた表情は二十代の妙齢の女性にも見えたが、今は十代後半の少女と言われても納得できた。

 

「話割り込むする、『レヌール城にオーブはない』言う、ワタシ最初レヌール城にオーブ『ある』知てるから思たネ。でも違うヨ。ソロ、オーブ持てるアル。持てること言えない、だからワタシにオーブ必要な理由聞いた、違うカ?」

 

 問い掛け、ではなかった。彼女は自分の言葉に確信があり、事実確認を行っただけなのだろう。その証拠に、瑠璃色の目には人を騙そうとしている者がする特有の「暗さ」がなかった。

 

「ワタシの理由納得する、そしたら譲れる思てるヨ。でも、大切な物、簡単に譲れない、当たり前ネ。だから、情報、それかワタシの持ち物、釣り合うモノ交換しよう思てるアル」

 

「あー、リリカさん。どうして、そんな風に思うんだ? ちょっとばかし、強引じゃねぇか?」

 

 己の心を見透かされて戸惑っている親友に代わり、ヘンリーが顔を引きつらせながら質問をする。リリカはにやにやと楽しげな笑みのままだった。

 

 

「勘ネ。商人の、女の、武人の、旅人の、全部の」

 

 

 リュカは長いため息を吐いて、黄金に輝くオーブを袋から取り出す。その美しさに目を見開いたリリカだったが、すぐに真剣な眼差しに切り替わった。まじまじと見つめ、それから、小さく首を振る。

 

「これ――ワタシの求めるオーブ違うアル」

 

 そう一言呟くと、彼女は人に見られないうちにとその眩い宝玉を袋に戻すように言った。

 

「分かるの?」

 

「分かるネ。ワタシ旅人で、商人ヨ。珍しい物たくさん見てきた、目利き自信あるネ」

 

 しかし彼女は、落胆は見せないで、リュカの頭を撫でた。昔みたいにターバンはしていない。昔と似たような恰好をしていれば、それだけで思わぬ誰かに連想させてしまうことがあるだろうから。

 

「大事にするアル。ワタシの求めてる物違う、でも神秘の力宿る物ネ」

 

「あの、じゃあ。えーっと、それでも僕、リリカさんの話がもっと聞きたい。……呪いを解く道具のこととか」

 

「これネ」

 

 ぽいっと無造作に渡された小袋の中には、粉が入っていた。これが何なのか、商人でもなく目利きのできないリュカにもヘンリーにも分からない。

 

「これ『目覚めの粉』言うネ。振り撒くすると、眠てる人目覚めさせる物アル。ただの眠り違う、呪いの眠り効くヨ。体に流れる時間眠らせる呪い、グランバニアいう国掛けられたものよく似てるアル。エルフの秘薬ネ。眠りだけ違う石化の呪いだとしても解くはずヨ」

 

「こ、これ……もらっていいの?」

 

「馬鹿なこと言うでないアル。ワタシ商人。タダで物くれてやるワケないネ。オーブじゃぼたくりすぎ、ワタシもうちょと優しいアル。持ち物全部見せるヨロシ」

 

 尊大にそう言ってのけるリリカに対して、リュカはなぜかヘンリーと似た雰囲気を感じ取って、思わず親友を見た。彼はその視線をどう勘違いしたのか、「ここまで来たら見せるしかねぇだろう」と諦め顔で肩をすくませる。

 

「オレたちの持ち物全部見たんだから、リリカさんのも見せてくれよ。オレたちにだって、『目覚めの粉』以外にも欲しい物があるかもしれないし」

 

「お断りネ。条件変更するヨ。ワタシ、『目覚めの粉』だけ違う、珍しい物譲るアル。ソロ、オーブ渡す、それで等価に近付けるネ」

 

 腕組みをしてヘンリーの案を棄却し、折衷案を提案してくるリリカに、リュカはまっすぐ目を向けた。

 

 リリカは商人だ。目利きするのはもちろん慣れているが、値踏みされていることにも慣れている。けれど、リュカのそれは不快ではない。自分より上か下か、という値踏みではないからだ。心の底から、リリカがどんな人か知りたがっている。そのうえで、自分も相手も納得できる方法がないかを探しているのだろう。

 

 こういう、まっすぐで善良で、けれど責任感があるゆえに軽率な行動ができなくて思い悩む人を、彼女はよく知っていた。そしてよく知るその人に、悩める少年はよく似ている。だから、リリカはその値踏みを甘んじて受け入れた。

 

「僕――リリカさんが仲間を探すためなら、オーブを渡してもいいって思ってたんだ。だってリリカさん、本当に仲間に会いたがっているだろうし、その気持ち、僕は痛いくらいに分かるから」

 

 言葉を区切り、交渉も、話術も、リリカと比べれば随分未熟な少年は、真摯に言葉を選んでいる。

 

「今でも、譲ったっていいと思ってる。でも、あのオーブは僕の大事な思い出が詰まっていて、しかも大切な人たちに『大事にするように』って言われてて……。だからやっぱり、簡単に譲るとは言えない。でも――」

 

 リュカは一度、目を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは、幼い日の自分と友達の、勇気を振り絞った一夜の大冒険。もう二度と会えない人々。リュカたちを案じる困り顔のまま、時を止めた叔父の姿。

 

「故郷の呪いは絶対に解きたい。天空の勇者にも絶対に出会いたい。もちろん、はぐれた仲間にだって会いたいし、大事な人との『約束』だって、守りたい」

 

 リリカは今度は、リュカとヘンリー、二人の頭を撫でた。

 

「全部選ぶ、みんな願うことネ。全部選べて、手にする、すごいことヨ。でも、人間の手大きいと違うアル。ソロ、ワタシの仲間よく似てる。全部選んで、いなくなた人ヨ。その人全部選んだ、でも、自分のこと選ばなかたネ。だからワタシ、さみしい。さみしい、くるしい、かなしい、我慢できない」

 

 女商人は少年を見ているようで、遠くを見ている。ヘンリーが、あるいは自分も、昔話をするときの顔だ。親友同士、それを感じ取ったのだろう。少年たちは彼女の寂しさを、悲しさを、つらさを、正しく理解した。

 

「だから探してるアル。全部選ぶ、強欲ヨ。だけど、選ぶ人、ワタシ好きネ。でも、自分選ばない人、周りさみしい。全部選ぶ、自分も選ぶ。ソロ、アンドレ、それできるカ? いつもそれしよう、思えるカ?」

 

 リリカの言葉は拙くて、リュカは彼女が言わんとすること全てを理解できたわけではない。けれど、その瑠璃色が「オーブを探している」と言った時と同様に、あまりに真剣で、必死で、だからその質問に対して「言葉が分かりにくかったから」と曖昧な答えは返せないと思った。言葉で伝わらずとも、彼女の心からの願いで、訴えであることは伝わったのだから。

 

「リリカさん。僕、絶対に自分のことをないがしろにだなんてしないよ。僕の命は生かされたもので、それをないがしろにするのは、僕を生かしてくれた人たちへの裏切りだ。僕は絶対に、僕の大切な人たちを裏切らない。自分を犠牲にだなんてしない。約束する」

 

「ああ。肝に銘じておくぜ」

 

 旅の商人は、小さな少年たちの体を抱きしめた。

 

「約束ネ。なら、ワタシ『目覚めの粉』あげるヨ。対価、みんなの命、みんなの幸せ」

 

「じゃあ、僕もオーブをあげる。僕、リリカさんに譲りたいんだ。リリカさんがもう、寂しくないように」

 

 リュカとヘンリーが抱きしめ返すと、彼らのつむじにあたたかな雫が落ちる。鼻をすする音も聞こえたけど、二人は顔を上げず、少し震えているリリカの背を、とんとんと優しくたたいた。ぐずる赤子に母親がそうするように。あるいは――眠れない夜に、父がそうしてくれたように。

 

 

 

 

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