さて、この度魔法使いになった私なわけですが、なんと今まで集めた石板が全然あの世界とは関係ない物だと発覚しました。理由は一つ、石板パズルが完成しちゃったからです。
「行けば?」
「え、まだマリベル様に挑んでもいないのに、いいんですか?」
「私を倒してからって言うのは、パパスさんの世界に戻るときでしょ。石板集めのための異世界くらいなら別に止めやしないわよ」
というわけで、私とパパスさんはマリベル様に相談に来ていたんだけど、あっさり異世界渡航をオッケーされてしまい、少々困惑する。まあ、いいと言われたなら別にいいのか。
ちなみに、なんで完成した石板がパパスさんの世界と関係ないか分かったかというと、パパスさんの世界へ向かうための石板のかけらの一つは神様が持っていると明言しているため、完成するはずがないからである。なのに完成しちゃった。つまりこれはどこへ通じるかも分からない正真正銘謎の石板なのだ。
「とりあえず、シムティアの町にある台座にはめてみなさいよ。大概モンスターの棲むへんてこな異世界に通じてるけど、石板があるかは別として、まあそれなりに珍しい道具が手に入ったり、良い修行になったりするし。まあ、どんな世界かは全く分からないから、むやみに危険に足を踏み入れたくないなら、神様にどんなもんか聞いてみるのもアリかもしれないわね」
マリベル様はお優しいので、めちゃくちゃアドバイスをくれる。でもそれを言うと照れちゃってもうアドバイスしてくれなくなる可能性もあるので、私はシンプルにお礼だけを告げて、やっと覚えたルーラを使ってシムティアの町へと向かった。ルーラはとても便利。みんな覚えた方がいい。
あ、ちなみにパパスさんは現在バトルマスターをやっている。私がお歌の稽古に明け暮れている間に一人でモンスターを倒しつつ石板を集めていたから、私より戦闘経験を積むことができたため、武闘家と戦士の職をマスターして上級職に就いたのだ。私は魔法使いの「妖術師」になったので、メラミを覚えたよ! 魔法って攻撃もできるし歌と楽器よりいいなって思った!
「神様、こんにちはー!」
「おお、アルマにパパス。どうじゃ、わしに挑む気になったかのう?」
「あ、今日は全然その話じゃなくて。この石板なんですけど、怖い世界につながってるとやだなーって思って、どんなもんか聞きにきたんですよ。どうですか?」
好戦的な創造主の誘いをさらりとかわして質問すると、ちょっとがっかりしたような顔をされた。けれど、すぐに気を取り直したのか、神様は「うーむ」と顎髭を撫でながら石板を見つめている。
「そうじゃのう。アルスたちがよくもらってくるような石板と同様、モンスターが主となっている世界につながっているようじゃな。あとは分からぬ。わしが作った石板でも、この世界に関わるものでもないゆえな」
「ごりごりに邪悪な波動とか出てませんよね?」
「邪悪な封印は感じぬよ。全く、アルマは慎重じゃなぁ。飛び込んでみる勇気も時には必要じゃぞ」
「もうちょっと強くなって自分に自信がついたらそういうことにも挑戦しようと思います」
私が子どもなので、大概の人は慎重な姿勢に大賛成してくれるのだが(そもそも危険なことをやろうとしているので、みんな逆に心配をしてくれるくらいだ)、神様だけは違う。もっとやれ、豪胆になれと発破をかけてくるのだ。
正直、この方がどこまで私の事情について知ってるのか未知数すぎて、「私まだ子どもですからね!」みたいなことは強気に言えないので受け流すしかない現状である。だって、そこで「いやお前中身三十路過ぎてるじゃん」とか言われてしかもパパスさんにそれ聞かれてたらと思うともう恐怖しかないじゃないか。
もし知ってるとしても、今黙っててくれてるわけだから、余計なことはこれからも言わないように気を付けよう。
「ありがとうございました。パパスさん、さっそく行ってみよう!」
「御助言、感謝致します」
折り目正しく神様に頭を下げたパパスさんと一緒に台座へ向かい、どきどきしながら石板をはめこんでいく。実はこれめっちゃ憧れていたのだ。正直体験できてうれしい。勇者様から何度も聞かせてもらっていたけれど、自分でバラバラの石板をはめるのは初めての経験である。
そして、まばゆい光が台座を覆い、私たちをも覆って――。
渦潮に呑まれるように、私たちは旅の扉をくぐった。
「ここは……」
最初に言葉を発したのは、パパスさんだった。
「うーん、どこだろ?」
と、返事をした瞬間。私はこれまでの経験から、背筋に冷たい物を感じて、咄嗟にその場から飛びのいた。私は己の直感に心底感謝しつつ、突如剣戟を放ってきた相手を睨みつける。
「キラーマシン……」
「すごい数だな。ここはモンスターしかいない世界なのか?」
心臓がばくばくと鳴る。周りにいるのは、キラーマシンの群れ。どういうわけか二体か一体ごと、距離を置きながらこちらを囲んでいる。ミステリードルと、赤いからくり兵のような魔物は、たしか勇者様に見せてもらった魔物図鑑によると、レッドハンターだったか。
「パパスさん、これ、まずい」
言いながら、私はどうにかこうにか逃げる算段を付けていた。何せ、ここにいるやつらは魔法――しかも私程度の魔法使いが扱う魔法なんかにはびくともしないような強敵ばかりだ。そうなると私は戦力外。補助魔法や歌などの特技を使ってパパスさんを援護することはできるが、一体ならまだしも、この感じだと戦闘が途切れず次々とかかってくるだろう。
――無理だ。
逃げるにしても数が多すぎる。それならば、どうにか全力で戦うしかない。
「ルカニ! ルカニ!!」
私の唱える守備力低下呪文など意に介す様子もなく、無駄にある腕を振り上げるキラーマシン。
「アルマ!」
パパスさんの鋭い声が飛んできたけれど、私は反応しきれずにその攻撃をまともにくらってしまった。
さみだれ剣。ふり止むことのない雨の如く連続で繰り出される剣技である。それは私だけならず、パパスさんの体にも容赦なく傷を作っていく。むしろ、前衛で戦ってくれている分、パパスさんの方が攻撃を受けてしまっている状態だ。
「うぐっ……」
傷が痛い。痛いのは嫌いだ。戦いなんだから、いつも楽であるはずがない。だから戦いも、嫌いだ。
嫌いなんだけど、――。
「メラミ!」
私の唱えた火球がキラーマシンの顔面に被弾。衝撃で少しは退けぞり、その隙を見逃さなかったパパスさんが心臓部へ目掛けて正拳突きを放つ。
逃げてばっかりじゃいられないのは、私だって嫌になるくらい分かっている。
「パパスさん! どこまで通じるかは分かりませんが、ある程度数を減らしましょう! そしたら、目立たないところまで逃げます! 全力で回復しましょう!」
言いながら、私は心に誓った。石板の中の異世界に挑むのは、せめて外を闊歩する魔物たちを楽々倒せるようになってからにしよう、と。だってこんなの、控えめに言って地獄じゃん。
***
カンデラのもとで修行に明け暮れながら、魔物たちと生活を共にしていたビアンカには、いくつか気付いたことがあった。
まず、カンデラはかなり薬に関して深く広い知識を持っていること。ビアンカが質問したことには何でもすぐに答えられるし、不器用そうな魔物の手で、器用に材料を秤に乗せ、少しのミスもなくそれらを調合していく。ビアンカが転んで怪我などを作ったり、うっかり毒草に触ってしまったりしたときには、すぐに良く効く薬を作ってくれた。まあ、それも最初のうちだけで、段々と「自分で作った物を使いな」と突き放されてしまったが。
次に、ネロと呼ばれるアンクルホーンがここのまとめ役だということ。おっかない姿をした彼は、しかしながら魔物たちにはかなり慕われているようで、よく相談事を持ち掛けられているし、何かを決めるときは彼の意見が尊重される。ビアンカには全く優しくない彼だが、ビアンカは自分でも「よそ者で裏切るかもしれない人間」だと思われていることをよく知っていたので、彼の対応に傷ついたりしなかった。嫌だな、とは思うけれど、こんなことで傷付いてはいられないのだ。
それから、ここの魔物たちは妙に人間味があること。ビアンカに対して懐っこい態度を示してくる魔物、距離を置いて観察してくる魔物、明らかに敵意を向けてくる魔物、それぞれいるが、それでもこの遺跡の中は秩序が保たれ、みんな個性を出しながら自由に暮らしているようだった。軽い喧嘩はあっても、野生の魔物たちでさえしているような暴力を伴った縄張り争いなどは全くない。姿形が魔物というだけで、ビアンカにとっては人間の町で暮らしているのとそう変わらないように思えた。
「ビアンカ! 言ってた薬はできたかい!?」
「はーい、お師匠様。できてるわよ!」
ガサガサした声のドラゴンマッドに怒鳴りつけられ、ビアンカは片目を瞑って自分で調合した薬を差し出した。カンデラはビアンカから奪うようにそれを受け取り、まじまじと観察する。
「ふん、まあまあだね。使えないことはないだろう。じゃあ、こいつをマーリン爺さんへ届けてやっておくれ。年甲斐もなく走って転んだそうだから」
「うふふ。マーリンおじいちゃんって、お茶目よね。私に今度魔法を教えてくれるって言っていたわ」
「お前は薬の勉強が先だよ!」
「もちろんよ。はやく上達してお母さんに薬を作ってあげなくちゃならないもの」
言いながら、ビアンカは胸がつきりと痛んだ。両親には定期的に手紙を書いているし、気のいい魔物たちは、どうやってかは知らないけれど、それをきちんと届けてくれているようで、返事だって持ってきてくれる。
そこに書かれているのはいつも「帰ってきてほしい」「病気は心配いらない」「お前がそばにいることが一番の薬」という内容なのだ。
ビアンカだって、大好きな両親と一緒にいたい。けれど、ただ一緒にいるだけではいずれ自分が許せなくなる。できることがあったかもしれないのにやらないなんて、主義に反するのだ。
「おい、ビアンカ! お前、今日は絶対家から出てくるんじゃないぞ!」
マクベスという名前のオークキングが、「魔法使い」という種族の魔物であるマーリンへ薬を届けようと家の扉を開いたビアンカに気付き、鋭い声を飛ばした。
「ええっ? じゃあマーリンおじいちゃんへの薬はどうするの?」
困惑顔でビアンカが足を止めると、ぺたぺたと彼女の隣まで歩いてきたカンデラが「やっぱりあたしが持っていくよ」とその手から薬を奪ってしまう。
「そういや、今日はそんな日だったね。マクベス、ありがとよ」
「ったく、カンデラ。お前も日にちの管理くらいしておけ」
ため息を吐くマクベスに対して、ビアンカは「それって一番難しいんじゃないかしら」と思ったけれど、口には出さなかった。何せ、この遺跡でずっと生活していたら、まず昼夜が分からないのだ。いつ一日が始まって、いつ終わったのか、全く分からない。正直、陽の光に当たらないことでビアンカは心がつらくなってしまうことも度々あった。そういうときは、カンデラに頼んで、そのとき暇な魔物と一緒に少しだけ外に出してもらう。
ともかく、時間間隔がなくなってしまうから、広場みたいになっているみんな集まる場所に時計があるから、それを見てなんとなく時間を把握しているのだ。
ビアンカは引っ越しまでの時間があるので、きちんと記録を取って数えてはいるが、そうでなかったらとっくに今日が何日なのかも分からなくなってしまっていただろう。
「ねえ、今日って何かあるの?」
「あー、まあ、集会さ。部外者のお前さんに聞かせる内容でもない。だから留守番をしているんだよ」
「ふぅん。分かったわ。じゃあ、何かやっておくことはある?」
「この前失敗した物の毒抜きをやっておきな。草、根っこ、果実、花弁、全部だよ」
ビアンカは露骨に嫌な顔をした。ビアンカは、この「毒抜き」という作業がとても苦手で、よく手が紫色になったり、しびれが取れなくなってしまったりするのだ。酷いときには、爪からぐずぐずに腐りかけたこともある。だから、毒抜きの練習のときにはいつもカンデラに傍にいてもらっていた。作業自体はいつも一人でやっていたけれど、全くの一人というのは初めてなのである。
「心配だなぁ……」
しゅんと肩を落としたビアンカに目もくれず、カンデラはマクベスと共にどこかへ行ってしまった。
とはいえ、ビアンカは教えを乞う立場の者だ。文句と弱音ばかり言ってもいられない。そういうわけで、どうにかこうにか自分を奮い立たせた少女は、まずは一番難易度の低い根っこの毒抜きから取り掛かり始めた。根っこは薬品に決められた時間浸けおくだけでよいため、しっかり時間さえ計れば失敗はない。
なんだかんだ真面目に留守番と課題をこなしていたビアンカは、にわかに外が騒がしくなってきたのを感じて、手を止めた。
「何かしら?」
扉に近付くと、どうも表では言い争うような声が聞こえる。不穏な雰囲気に心配になったビアンカは扉から数歩離れて、薬品を片付け始めた。万が一何かあったときに二次被害三次被害を起こさないためである。
「このおれに隠し事とは、いい度胸だな。そんなに大事な物ならば、おれにも見せてもらおうか!」
バン! と大きな音を立てて扉を開けたのは、見覚えのある少年だった。周りの魔物たちは止めようとしたのか、中途半端な姿勢で固まっていて、なんだか少し滑稽である。カンデラだけは、「あちゃあ」という顔をしたあと、長いため息と共に両手で顔を覆っていた。
「アベル……?」
紅の目と目が合って、ビアンカは自分より背の低い少年の顔をまじまじと見つめながら、ゆっくり近づいてゆく。扉を開いたままの姿勢で固まってしまった少年は、慌てて踵を返そうとしたが、扉を開けようとした己を止めようとしていた魔物たちに囲まれていて、上手く退路を見つけられなかった。
「アベルじゃない! どうしたの、こんなところで! また会えてうれしいわ!」
久しぶりに人間の、しかも同じ子どもに出逢えたことで、ビアンカは満面の笑みになってアベルへ抱き着く。抱き着かれたアベルはというと、魔物たちへ殺意すらこもった鋭い視線を向け、無言で「どういうことだ説明しろ」という圧を放っていた。
「おや。その小僧と知り合いだったのかい、ビアンカ」
誰も何も言えなかった魔物たちの中で、一番に口を開いたのはカンデラだった。
「その小僧はあたしらに食料や水を届ける使いっぱしりでね。あんたと同じで、不幸にもこの場所に足を踏み入れちまったんだよ。ここは魔物たちの秘密の花園。そんな場所を知っちまったからには、秘密を守れるよう監視しなくちゃならないだろ?」
「あら、そうだったの? アベルって案外ドジね」
自分のことを棚に上げてそんなことを言ってくすくす笑うビアンカは抱き着いたままなので全く見えていないが、アベルの額には少年らしからぬ青筋がビキビキと浮かんでいる。その様子をハラハラと見守る魔物もいれば、面白くなってきたのかにやにや見守る魔物もいた。
そのどちらでもない少数派のネロは、深いため息を吐く。未だアベルに抱き着くビアンカをぺりっとはがした彼へ、魔物の中にはブーイングをする者もいたが、アベルとネロの二人からにらまれ、静かになった。
「人間同士で情報交換でもされてはたまらん。小僧はさっきの言いつけを守って次の買い出しへ行け! ビアンカ、お前は薬の修行中だろう!」
ビアンカはネロが苦手だ。すぐに怒鳴ってくるし、高圧的だし、顔が怖いし。でも、ネロが苦手だからというわけではなくて、思うところがあって「はぁい」と素直に返事をした。
――使いっぱしりの「小僧」が、あんなに威張り散らして魔物たちの制止を振り払うことができるかしら。
魔物たちはたくさんの隠し事をしている。それが悪いことではないのなら、ビアンカはどうこうしようとは思っていない。だけど悪いことなら、自分の大切な人たちが回り回って悲しむようなことになるのなら、それは見過ごせない。
だから、何を隠しているのか、それくらいは知りたい。
そしてその「隠し事」の中には、アベルもばっちり含まれているのだ。
賢い少女は、上機嫌に鼻歌を歌いながら毒抜き作業を続け、失敗して手を爛れさせてちょっぴり泣いた。カンデラはそんなドジな弟子に薬を塗ってやりながら、いつもより一際大きくて長いため息を吐く。
カンデラは毎日ビアンカに薬について教えながら、生活の面倒を見ている。だから彼女の性格も、その賢さも、それなりに分かっているつもりだ。
――面倒なことになったね、こりゃ。
とはいえ、ビアンカがここにいるのも期限付き。どこかの馬鹿な誰かが阿呆なことを口走らなければ、何も問題はない。少年には誰かが彼女がここにいる経緯を伝えるだろうし、ビアンカが出て行くまではここを訪れることはないだろう。
そんな風に楽観的に考えたいものの、人生の酸いも甘いも経験したドラゴンマッドはよく知っていた。
何も問題ないはずでも、時には問題は起こる。期限があろうとなかろうと、面倒事は発生する。なんとなく、カンデラは頭が痛くなってきた。何もなければいいと祈れば祈るほど、己の勘が「それはない」と否定してくるのだ。
――それにしても、あんな顔の坊ちゃんは初めて見たね。
現実逃避なのか何なのか、カンデラの頭にはふと驚きで固まったアベルの顔が浮かぶ。けれど、すぐに現実に頭を切り替えた。
「さ、馬鹿弟子や。あたしは腹が減ったよ」
「任せて! お料理なら得意よ!」
塗り薬が渇いてぺろんと取れ、爛れていた皮膚の下から白く玉のような新しい肌が見える。顔も、声も、仕草も、性格も愛らしい弟子を見て、カンデラはふと己の手に視線を移した。顔貌の間抜けさに反して、存外鋭い爪に、青い皮膚。鏡でも見れば、間抜けなドラゴンマッドが真剣味のないしかめ面をしていることだろう。
カンデラは再度弟子を見て、自分が人間ではなくてよかったと心から思った。