転生幼女がDQ5にインしたようです   作:よつん

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不透明な未来

 

 

 

 さて。私は現在、ガボ様が暮らしている木こりさんの家に来ています。マリベル様のアドバイス通り、パパスさんと、ついでに私の稽古をつけてもらうためにお願いに来たからです。

 

 もちろん、気のいいガボ様は二つ返事で「おっ。楽しそうだな! いいぞ!」と元気に了承してくれたし、木こりさんの家の周りには他に住宅地もないので人様に迷惑を掛けることもそうありません。ですが。

 

「コワー……」

 

 おかしい。あの人のスピードおかしいよ。全然目で追えないし。なんならガボ様だけじゃなくてガボ様のお友達? 兄弟? 家族? ともかく、いつも一緒にいる狼さんたちもめちゃめちゃ速くて、気付くと犬パンチされてる。一戦終えたあと恐る恐る鏡見たら、ほっぺが肉球型に赤くなってた。

 

 

 狼たちに弄ばれた一戦で心折れた私は、一旦見学させてもらうことにして、ガボ様とパパスさんの戦いのハイレベルさにちょっと吐きそうになっている。

 

 いやいや、ガボ様めっちゃ楽しそうに笑ってるけど、パパスさん子ども(私よりは年上だけど、十分少年の範囲内)に対してかなり真剣に剣を振るってるからね。ちょっと殺気立ってる。殺気というか……なんだろう、気迫がすごい。

 

 でもガボ様は、時に特技を使って、時に魔法で、時には物理攻撃で、ひらひらと蝶のように舞い、蜂のように刺している。手数がすごい。何がいやって、本当に楽しそうに遠慮のないエグめの技をぶちこんでくることよ。遊んでる感覚で凍える吹雪とか吐いてくるの怖い。

 

「ぐ……」

 

「一旦休憩にすっか。ほら、ベホマ」

 

「そういえば、ガボ様は旅をされている時はモンスター職を中心に転職されていたと聞きました。何か理由があったんですか?」

 

 戦闘不能一歩手前になったパパスさんに回復呪文を掛けたガボ様に近寄りながら、ふとした疑問をそのまま口にすると、ガボ様は「まあなー。色々考えてたぞ」と頷いていた。

 

「まあ、最初は楽しそうな羊飼いになってみて、狼たちと賑やかく旅できたらいいと思ってよ。飯にも困らねえしな」

 

「えっ? あ、なんでもないです。続けてください」

 

 羊飼いに転職した理由、非常食の確保……?

 

 斬新すぎて、突っ込んだら負けな気がする。話進まなさそう。聞きたいのはそこじゃないし。

 

「んで、次はオイラ素早いのが武器だって言われてたから、それを武器にしてる盗賊やったんだよ。せっかくだから、それが終わったらどっちの経験を活かせる、魔物ハンターになって」

 

 そうなんだ。アルス様を始め、皆さんきっとガボ様の考えを尊重してのびのび好きな職業に就いてもらっていたんだろうな。今の発言を聞くに、仲間とのバランスとかはあんまり配慮していなさそう。いや、自由なのがガボ様のいいところだから、何の問題もないが。

 

「魔物ハンターやってたら、モンスター倒したあとに『心』ってのが手に入るから、これなんだろーなーってある日フォズに聞きに行ったら、『使ってみたらどうですか?』って言われたから、試しになってみたんだよな。これが楽しくって」

 

「あ、ハイ」

 

 ちなみにフォズさんとは勇者様たちが過去のダーマ神殿を救ったときの、大神官の女の子らしい。私より少し年上で大神官とは、末恐ろしい。まあそんなこと言ったらガボ様だって私よりちょっと年上なだけなのに世界救ってるから、大人になったらどうなっちゃうのか、楽しみやらちょっと怖いやらでドキドキである。

 

「なんかなー。オイラもともと狼だからよ、もしかしたら人間の職業よりもモンスターの方が性に合ってたのかもしんねぇな。体もモンスターになっちまうのおもしれえしよ!」

 

「へ、へぇ……」

 

「オイラあんま頭良くねーけど、ビビッて勘が働くから、回復も攻撃もできんのは便利だしな。やりたいこと自分で思い付いたとき、すぐにできんのはやっぱ楽だぞ」

 

 そこで言葉を切ったガボ様が、じいっとこちらを見つめてきて、私はサッと目を逸らした。あんまりよろしくなさそうな気配を感じたからだ。

 

「ま、そういうんで言ったら、パパスは人間の職業の方が向いてるかもなぁ。戦い方も真面目だしなぁ。モンスターの職業やるんなら、アルマの方が合ってると思うぞ。勘だけど」

 

「モンスター……?」

 

 私も結構真面目な方だと思うんだけど、そんなに自由そうに見えるんだろうか。ていうか、ガボ様に同類だと思われてるんだろうか。やめて! 天才に変な期待されたくない!

 

「オイラが昔盗んだ心、アルマにやろうか? あ、タダじゃだめなら、こうやってまたこいつらと遊んでくれればいいからよ」

 

「神様方式!」

 

 とりあえず、「盗んだ心」って誤解を招きそうな言い回しだなと思ったけど、口にしたらややこしいことになりそうなので何も言わなかった。

 

 

 うーん、でも、モンスター職は道のりが長いってマリベル様が言ってたしなぁ。覚えた特技や呪文が転職してもずっと使えるのは魅力だけど、目指している職業に辿り着く前に石板が全部揃って、変な職業で向こうに行ったとして、マスターしたらそのモンスターの姿になるんだよね? それなんか誤解受けない? ちょっとリスキーかな。うーん、でも、もしガボ様が貴重なモンスターのハートを持っていて、一発で上級職に就けるんだったらアリかもしれない。

 

 

「え、えーと……考えておきます」

 

 

「おう。そんで、オイラ別に戦うのはいいけど、戦い方は教えらんねーぞ。いつも大体考える前に動いちまうしな!」

 

 私に返事をして、すぐにパパスさんに向き合ったガボ様は、にこにこしながらそんなことを言っている。

 

「いえ、十分です。石板を探しながらの身。こうして時折相手をしてもらえるだけで、修行になりますから」

 

「気になってたんだけどよ、オイラに堅苦しい話し方しなくてもいいぞ。アルマは何回言っても聞かねぇから、もう諦めちまったけど」

 

 パパスさんは少し迷ったような表情になったけれど、すぐに首を振った。

 

「いえ。ガボ殿にそのつもりはなくとも、私にとっては稽古をつけていただく相手です。せめてガボ殿から一本取るまでは、この話し方は変えられません」

 

「へんなやつらだなぁ。フォズみたいに誰にでもそういう話し方ならともかく、そうじゃねぇのによ。オイラだったらむずがゆくなっちまうよ」

 

 まあ、ガボ様は王族にもタメ口だからな、とは言わなかった。それでも許されるし、無礼っぽくならないのがガボ様。それもまた才能。勇者一行はジャスティス。

 

「あ、そういえば昨日の夜アルスが来て、アルマたちが珍しい道具探してるっていう話を聞いたけど、本当か?」

 

 

 そんなジャスティスなガボ様は思い付きで会話の内容が変わることも多く、そんなところでも自由さを感じる。話があっちこっち行くので苦手な人は苦手かもしれないが、慣れれば話題が尽きなくて楽しい。

 

「そうなんですよ。旅に役立つ物がないか探していて」

 

「まあ世界中のほとんどの道具はアルスが持ってんだけど、アルスがそのまま持ってるとなんかと交換とかにしなくちゃだめじゃんか」

 

「まあ、そうですね」

 

「だから、世界中のいろんなところに置いてくるって言ってたぞ。あんまりふらふらしてっとマリベルに怒られるから、段々隠していくってよ」

 

 ガボ様全部喋ってくれるな。助かるけど、カジノ方式でコインでもなんでも稼いでくるから、交換してくれた方が楽だったなぁ! まあ、値段の付けられない貴重な物とかもいっぱいお持ちだろうから、だったら下手に値段を付けるより隠しちゃえっていうのは分からんでもないが。

 

「他に何か言ってました?」

 

「んー。とりあえず、リートルードの大会優勝賞品として寄付してくるって言ってたけど、何を賞品にするかまでは覚えてねぇなぁ」

 

 リートルードとは、芸術の町であり、名物のランキングを開いていることで有名である。確か、「賢さランキング」「かっこよさランキング」「力自慢ランキング」の三つの部門をランキング協会というところが主催して参加者に順位を付けていくというものだ。

 

「……とりあえず、情報収集がてら、アルス様が何を置いていくのか見に行ってみます?」

 

「そうだな。ガボ殿、ありがとうございました。また伺います」

 

「なんだ。もう行っちまうのか。いつでも来いよ」

 

 

 「はーい」と良い子の返事をして、私はさくっとルーラを使った。リートルードには、メルビン様にたまに連れて行ってもらう。芸術は心癒されるし、メルビン様はかっこよさランキングに出場している女性を熱心に見ているし、目的は違っても二人とも楽しめる町なのだ。

 

 

 さて、リートルードに着いて、普段あんまりチェックしないランキングの掲示板を見に行った。掲示板周辺は常に人で賑わっている。文字が見えるように、私はパパスさんに肩車をしてもらった。

 

 

「うげ……」

 

 

 私がそう言ってしまったのも仕方あるまい。現実は常に非情なのもである。

 

 

 賢さランキング一位:マリベル

 かっこよさランキング一位:アイラ

 力自慢ランキング:アルス

 

 

 これ終わりすぎてない? いつのランキング? まさか全盛期? ちょっと超えられる気がしないんですけど、どうすればいいの? 審査員って買収できる?

 

 私の頭に、いくつもの疑問が同時に湧き出た瞬間であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 封印の件で、定期的にデモンズタワーを訪れるつもりであることをデールがカンダタに告げると、彼は「それなら、あそこを定期連絡の場にしよう」と提案をしてきた。連絡手段を確立するためである。ストロスの杖を見つけたときに居場所が分からないと届けられないことや、情報交換したいときに困ることなどから、連絡の期間や場所が決まっていた方が便利であろう、とのことだ。

 

「分かりました。お世話になりました。御迷惑も……たくさん、お掛けしました」

 

 頭を深く下げる。これだけでは足りないくらいの迷惑を掛けたことは重々承知であったが、「足りるほどのこと」をしようとしても、カンダタは喜ばないだろうし、亡くなった彼の子分だって同じだろう。

 

「リンちゃん、しんみりしなくていいって。こんな仕事だ。いつ何があってもおかしくねえんだから」

 

「そうそう。今度こそ、一緒に仕事しような」

 

 カンダタの子分たちは、女装をしていないデールのことをやはり「リン」と呼んだが、もはや少年には気にならなくなっていた。

 

「じゃあな。せっかくの『空飛ぶ靴』だ。俺様が有効に使わせてもらうぜ」

 

「ええ。そうしてください。それでは、また」

 

 ひらりとデールが手を振ると、それに合わせるように、傍らに控えるキラーパンサーたちが尻尾をゆらりと振る。

 

 

 騒がしい盗賊たちに見送られて、デールはアジトを後にした。ついでに、グランバニアの様子も少し見ておこう。この短期間で結界が綻びることはないだろうが、もし兄たちが自分を探しに城へ戻ることがあれば、分かるように何か印でも付けておきたいと思ったのだ。

 

 

「…………」

 

 

 静寂。この国から、音は消えた。一人、一人欠けたところはないか見て回る。城の中に変わりはないか、結界におかしなところはないか。

 

 ――安心、するべきなんだろうな。

 

 何も、なかった。もちろん、兄たちからの連絡もない。あのときから時を止めた城の中に、デールは自分たちの部屋に一枚の書置きを残した。そして、傍らにぬいぐるみを置く。

 

<こぶんのしるし>

 

 これで、兄たちは分かるはずだ。デールがかつてリュカとアルマからもらった、大切なぬいぐるみ。リュカがラインハットから持ち帰って以来、肌身離さず持ち歩いてきた、自分の分身。

 

 

 ――僕の魂はここに。

 

 

 ラインハットにはいずれみんなで一緒に行くから。それまで、自分の帰って来る場所はここ以外にありえない。

 

「じゃあ、行こうか。ギコギコ、プックル」

 

 グランバニア王国が閉ざされたとはいえ、この大陸には定期便が来る。細々とではあるが、チゾットやネッドの宿屋が取引している商人たちが訪れるのだ。

 

 

「次の定期便はテルパドールか……」

 

 

 港で船員たちが話すのを聞きながらデールは頭の中でいくつかの計画を立てた。

 

 まず、次の定期便に乗り込み、テルパドールに行く計画。テルパドールには天空の兜があると有名だ。兄たちもそこへ将来的に向かうか、もしくは既に行っている可能性が高い。とすれば、聞き込めばもしかしたらどこへ向かったのか分かるかもしれないという希望が少しだけある。

 

 次に、次の定期便を見送り、ポートセルミに向かう便を待つ計画。盗賊をやっているときに聞いた話では、サラボナという町に住む大富豪が、天空の盾を所有しているのだとか。テルパドールで女王から兜を賜るよりは挑戦しやすそうである。ただし、懸念としてはグランバニアが閉ざされたことで、定期便自体が減っているであろう中、次のポートセルミ行きの便がいつ出航するかは賭けの要素が強いことだ。

 

 他には、何とか小舟でもいいから入手し、大陸の南から短い距離での航海をしてメダル王の城を訪れる計画。メダル王は珍しい品々をたくさん所有していると聞くし、グランバニア大陸への定期便が減ったとしても、メダル王の城への定期便はそこそこあるだろう。観光地として有名な場所であるから、定期便だけでなく金持ちが所有している個人船なんかも時折訪れることがあるとか。

 

 

「うーん……。やっぱり、テルパドールかなぁ」

 

 

 デールは少し悩んで、初めに浮かんだ案を採用した。それから、お涙ちょうだいのホラ話で船員の気を引き付けている間に、ゲレゲレとプックルを船に乗り込ませることに成功。一人分の料金を払って、個室を取った彼は、のんびりと船旅を楽しんだのだった。ちなみに、下船する際は最後に降り、出会う船員たちに道すがらメダパニを掛ける性悪ぶりを発揮していたが、これはおそらく兄ではなく盗賊たちの影響であろう。

 

 

 砂漠の国は人間にとってもキラーパンサーたちにとっても暑すぎて、デールは途中のオアシスで休憩することにした。

 

「おや、坊ちゃん。珍しいペットを連れているね」

 

「あ、はい。ボク、旅芸人をやっていて。一座とはぐれてしまったんです。次はテルパドールで巡業すると言っていたので、なんとか船乗りさんに泣きついて連れてきてもらったんですが……おじさん、テルパドールまであとどれくらいですか?」

 

「なあに、ここで一休みすれば、坊ちゃんの足でも日暮れまでには着くだろうよ」

 

「へえ。教えてくれて、ありがとうございます。おじさんは行商をしているんですか?」

 

「ああ。オアシスに立ち寄る旅人たちに水や食料を売っているよ。坊ちゃんもどうだい?」

 

「水だけもらおうかな。おいくらですか?」

 

 幸い、行商人は砂漠にしては良心的な値段で水を売ってくれた。子ども一人、お金がないと思われたのかもしれないし、両脇を固める魔物に臆病風を吹かせたのかもしれない。まあ、デールにとってはどちらでもよかった。

 

 

 行商人と少しの間雑談をして、体力が回復したらテルパドールへ向かう。砂漠を歩き慣れていないデールでも、確かに陽が沈む前には宿屋に着いて眠りにつくことができた。

 

 行商人にしたのと同じ説明をすれば、キラーパンサーたちを連れても、宿に泊まることができたのは幸運と言えよう。最悪、この寒暖差の大きい砂漠で(結界に守られた場所にいるとしても)野宿ということもありえたのだから。

 

「ふわぁ……じゃあ、行きましょうか。一応、お城は昼間なら誰でも入れるみたいだけど……君たちはもしかしたらお留守番かもしれないな。そうなったら、ごめんね」

 

「にゃうん」

 

「なーお!」

 

 翌朝、起きるなりそんなことを言うと、先輩のゲレゲレからは「気にしてないぞ」の返事、後輩のプックルからは「しょうがないわね!」の返事をもらった。その反応を見たデールは、くすくす笑いながらさっと身支度を済ませ、宿屋を後にする。

 

 門番は魔物を見て少し戸惑った顔をした後、「えーと、その大きな猫たちは……」と困ったように頬をかいた。デールも困ったような顔を向け、「ボクの友達なんです」と答える。

 

「えーと……結界に入れてるってことは問題ないんだろうけど……魔物、だよね? 城内に入れるのはちょっと……うーん……」

 

 優しい門番が少年を傷付けないように言葉を選んでいると、しゃらり、と涼やかな音が城の入口から聞こえた。

 

 

 音の主は、豪奢な装飾品を身に着けた美しい女性で、デールには彼女こそがこの国の女王アイシスであることを直感する。

 

「お待ちしておりました。『魔物を従えし少年』。私からお話があります。どうぞ、こちらへ」

 

「え? えーと、あの、はい」

 

 有無を言わせぬ雰囲気に、彼らしくなく思わず頷いて、デールはすたすたと早足に歩く女王の後ろをついて行った。美しく整えられた庭園に案内されると、そこは人払いが済んでいて、さらに茶や菓子を用意した侍女も、自分の仕事が終われば会話の聞こえない距離まで下がってしまう。

 

 

「驚かせてしまいましたね。私はこの国の女王である、アイシスと申します」

 

 

「あ、えっと、ボクはリンクスといいます。右側にいるのがギコギコで、左側にいるのがプックルです」

 

「実は、あなたにお願いがあるのです」

 

 アイシスは戸惑った様子のデールへ少しだけ笑みを向け、すぐに真剣な顔になった。

 

「我が一族には遥か昔より未来予知の能力が備わっているようで、私も時折、未来が視えることがあるのですが……。どうやら、もうすぐこの国に大きな危機が訪れるようなのです。そのとき、我が国の力となってくれるのが、魔物を連れた少年――つまり、あなたなのです」

 

 唐突すぎる話に、デールは頭が痛くなってきたが、どうにか表情に出すことはせず、無言を貫いて続きを促す。アイシスはそんな彼の目を見て、「無茶は承知です」と物憂げに言葉を続けた。

 

「国民にはまだこのことは知らせていません。『危機が訪れる』ことは分かっても、『どんな』危機が起こるのかは分かっておらず、せいぜい今できることといえば、食料や水の備蓄、魔物の襲来を警戒すること以外にありません。しかし、あなたが来たのなら、私はあなたをこの国から出さないことが、この国のためになると信じています。あなたにも事情や予定があるのはお察ししますが、どうか、力を貸してください」

 

 

「それなら、条件があります」

 

 

「条件?」

 

「はい。ボクはとある理由で天空の勇者を探していて、天空の兜を必要としています。ボクがこの国のために何か力になれることがあるとするなら、それを果たせたとき、天空の兜をボクにお譲りください」

 

 アイシスはしばし無言になる。その黒曜石の瞳をデールから一切逸らさず見つめ、それからふるりと首を振った。

 

「いえ、それはできません。御心配いただかずとも、時が来れば天空の兜は勇者様にお渡しします。今あなたにお譲りする意味はありません。ですが――」

 

 アイシスは白く長い指で、デールの頬にそっと触れる。

 

「我が王家に伝わる秘宝を、あなたにお譲りいたします」

 

「秘宝?」

 

「ええ。今となっては使いこなせる者のない、神秘の品です。しかし、過酷な運命を背負うあなた――いいえ、あなた方の、旅の助けとなるでしょう」

 

 デールは緩やかに首を横へ振り、「お受けできません」と眉を寄せた。

 

「ボクは、ボクたちの旅は――」

 

 

「あなたが焦る理由は、ソロとアンドレと名乗っていた少年たちにあるのでしょう」

 

 

 びくり、と肩を揺らしそうになる。けれど、表面上だけでもなんとか平静を保って、デールは困ったように微笑んだ。

 

「女王陛下。ボクが焦っていると、そしてその理由をお察しなんですね。どうか、お考えを聞かせてください」

 

 そして当たり障りのないことを口にする。女王は彼の考えを見抜いているのかいないのか、小さく顎を引いてから、美しく彩られた唇を開いた。

 

「以前、この国に二人の少年が訪れたのです。彼らはあなたと同じように天空の勇者と、勇者のみが装備できる伝説の防具を求めていました。リンクスさん。あなたはアンドレと名乗った少年とよく似ています。同じ血が流れているのではと、そう感じられるほどに」

 

 デールの容貌は、腹違いの兄とは全く似ていない。会ったことがないが、肖像画を見かけた限りでは、ヘンリーは母親と瓜二つなのである。一方、デールは父親と母親を少しずつ合わせたような容姿なので、外見だけで兄弟とは判断されにくいだろう。

 

「ソロさんもアンドレさんも、あなたと同じように、過酷な運命を背負った方。数々の困難が立ちふさがり、ときに悲劇に見舞われる――いいえ、これまでも、見舞われたことがあったのでしょう。アンドレさんは人を探していると言っていました。リンクスさん、おそらく、あなたのことを」

 

 女王は、もう一度リンクスの頬に触れた。それから、まっすぐとその目で、揺れる心を隠し切れない少年の瞳を射貫く。

 

「どうか、この国を救ってください。一刻も早く大切な方々と合流したいこととは存じますが」

 

 

「……あなたは、分かってない」

 

 

 リンクスは長い睫毛を伏せ、一度その目から逃れた。言葉とは裏腹に、縋るわけでも、期待するわけでもない、真摯な想いの込められた目。その目が、どうしようもなく「あの人」を想起させる。

 

 くだらない理由かもしれない。不確かな「未来視」なんて、取るに足らないとすら思う。

 

 それなのに。

 

「……お受けします。ボクにできることがあるならば」

 

 

 ――似ていると言われたのが、うれしかった。

 

 

「もちろん、『危機』の度合いによって、報酬は弾んでもらいますよ」

 

 

 今は、そういうことにしておこう。

 

 

 


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