夕飯のときに、リュカがお化け屋敷での出来事をサンチョさんに語って聞かせ、もう一度眠った翌日の朝。パパスさんは調べることがあるので家にいるらしい。村の中にいるように、と釘を刺されて、私とリュカは村の中を探検することにした。私たちは既に村を探検していたけれど、ゲレゲレを村のみんなにお披露目することも兼ねて、外で遊ぼうということになったのだ。
家の外には相変わらず、焚き火のそばで寒い寒いと震える青年がいる。確かに、私は今ビアンカからもらった洋服の中から、長袖のニットワンピースと、ズボンとレギンスの間のようなものを着て、さらにマントまで羽織っているが、春とは思えない気温なので寒い。ちなみに、手織りのケープは古い品で、ほつれているところがあったそうで、サンチョさんが直してくれることになっていた。
「みんな、最初はゲレゲレにびっくりするけど、なでるとうれしそうな顔をするね」
「そりゃあ、こんなに気持ちがいいんだもの」
自慢げに言うリュカに、思わず笑ってしまう。ゲレゲレの毛皮はなでるとすべすべで、手を差し入れるともこもこしていて温かい。手入れなんてされていなかったはずなのに、毛繕いで事足りるのか、毛並もとても美しかった。太陽に照らされて、ビアンカの髪の毛よりもより色濃い金色がぴかぴかと光っている。
ごろごろとうれしそうに喉を鳴らす彼は、ふと耳をぴくんと反応させ、鼻をひくひく動かした。それから戸惑ったようにリュカを見て、そしてそれからじっと一点を見つめた。
私たちはそれにつられて、彼が見つめた先に視線をやる。そこには、紫色のターバンを巻いた男性が、やわらかな笑みを浮かべて立っていた。私たちのことをもともと見ていたのか、すぐに目が合う。男性は整いながらも柔和な顔をしているが、逞しい体つきも相まって、まだ幼く男女の区別がつきにくいほど愛らしいリュカとは、似ているようでまったく違う印象を与えた。――たとえば、男性が成長したリュカなのだと言われても、にわかには信じがたいような。
目の色やかたち、口元、髪の毛の感じなど、似ているところを上げれば枚挙にいとまがないが、それ以上にまとう雰囲気が違う。年齢が違うのだから当然かもしれないが、表現しがたい何かを、男性は抱えているような気がした。
「こんにちは」
「あ……こんにちは」
リュカが挨拶を返したので、私はぺこりと頭を下げるだけに留めた。たぶん、この人は大人になったリュカだ。たしか、未来からやって来て、天空城を復活させるためにゴールドオーブを取りに来たのだったか。でも、こうして未来のリュカがいて、ゴールドオーブを必要としているということは、私は何も変えられず、パパスさんは死に、ゴールドオーブは魔物に壊されてしまったということか。
聞きたい。彼に、未来はどうなっているのか、私はどうしているのか。口を開きかけて、閉じる。眩暈がして、私はリュカの服を掴んだ。
「大丈夫かい? 顔色がよくないようだけど……」
驚いたようにこちらを見たリュカよりも先に、男性が私に声を掛ける。その顔は、純粋にこちらを心配してくれているようだった。
「だい、じょうぶ。心配してくれてありがとう、お兄さん。あの、お兄さんは旅人さんよね? それなら、コスタールとグランエスタードっていう国を知っている?」
私は必死で脳みそを稼働させて、質問を絞り出した。彼はハッとした顔になり、こくりと頷く。
「僕は行ったことはないけれど、話には聞いたことがあるよ。すごく遠いところにあるって」
「わたし、そこから来たの。どうやったら帰れるか、お兄さんは知ってる?」
「それは……」
男性の顔が、悲痛に染まる。待って。それは一体どういう意味だ。何を表しているんだ。あなたの時代で私は何をしているんだ。何もできなくて死んでしまったのか。シャークアイ様にもアニエス様にも、勇者様たちにも会えないままに。それは――それだけは、なによりも怖かった。
「ねえ、アルマ。本当に大丈夫?」
彼が何かを言う前に、リュカがぎゅっと私の手を握った。私は、その小さな手の温かさに少しだけ冷静さを取り戻す。彼の目的はゴールドオーブだろう。ならば、私はその手伝いをしてやらねばなるまい。私は細く長く、息を吐き出して呼吸を整えた。
「大丈夫。ありがとう、リュカ。それと、困らせちゃってごめんなさい、お兄さん。おわびに、すてきなものを見せてあげる。ねえ、リュカ。アレを見せてあげようよ」
「え? でも……お父さんが無暗に見せびらかしたり、人に話したりしない方がいいって」
「うん、だからナイショよ。大丈夫、ちょっと見せてあげるだけだもの。ねえ、お兄さん」
「もちろん。そんなにすてきな物なら、ぜひ見てみたいな」
リュカは少し渋った様子だったが、男性の邪気のない様子を見て大丈夫そうだと判断したのか、袋からゴールドオーブを取り出して、彼に手渡した。見せるだけなら手渡す必要まではないと思うが、そういうところが子どもらしくて可愛いなと思う。
「ね、きれいでしょう?」
私が、あたかも宝物を自慢する幼子のように胸を張ったそのとき、突然強い風が吹いた。ビアンカからもらったマントが翻る。リュカのマントも、男性のマントもばさりとはためいて、ほんの一瞬、ゴールドオーブのきらめきが、大きなマントに隠れた。
「うん、とってもきれいだね。見せてくれてありがとう」
風が収まって、男性はにこやかにゴールドオーブをリュカの手へと戻す。いそいそと袋にそれをしまった少年は、私の手を引いて「もう行こうよ」と妙に急かした。
「坊や! お友達と、お父さんを大切にね。どんなにツライことがあっても、負けちゃだめだよ。大事な人とは、離れちゃだめなんだ」
背中を見せたリュカを呼びとめた男性は、それから私の方を見た。彼は何かを言おうとして、口を閉ざしてしまう。しかし、私が彼に言葉を促す前に、リュカがらしくなく、少し強く私の手を引いた。
「そんなの、お兄さんに言われなくったってわかってるよ。じゃあね。僕たち、探検の途中なんだ」
ずんずんと歩くリュカに引っ張られて歩く。やっぱり、自分に会うって、たとえ姿かたちが違ったとしても、本能的に忌避されるんだろうか。そんなことを考えながら、私は未来についての不安や恐怖を、一旦置いておくことに成功した。
「ねえリュカ。そういえば宿屋さんにはゲレゲレのこと紹介してないね。行ってみる?」
もともと、いろいろなことをずるずると引きずるタイプではない。もちろん、その時々で思い出しはするけれど、今優先すべきなのは、少し不機嫌に見える少年の気分転換だろう。
「あっ、そうだね。行ってみよう」
私たちは手をつないだまま、宿屋に入った。店主に挨拶すると、ゲレゲレの姿にびっくりした様子だったものの、大人しく私たちの後について来る姿を見て安心したようで、入店拒否はされなかった。
「そうそう、ところで、宿帳に落書きがされていたんだ。二人はやりそうもないし、ビアンカちゃんが出て行く前にこっそりやったんじゃないかと思うんだけど、何か聞いているかい?」
「おじさん、ビアンカはそんなことしないよ!」
リュカがはっきりと告げると、店主は「そうか、ごめんごめん」と微笑ましそうに謝ってきた。
「僕たち、酒場のおじさんにもゲレゲレを紹介してくる!」
ぱっと体の向きを変えて階段を下りるリュカについて行きつつ、顔だけ店主の方へ向けて頭を下げておいた。どうも、うちの子が失礼な態度ですみません。まあ、確かにビアンカはそんなことしないけどな。宿屋の娘だから、宿帳が大切なものだということくらいは分かっているだろう。
階段を下りた先、真正面のバーカウンターに、半透明の女の子が座っていた。耳の尖った見知らぬ少女を誰も気にした様子がないことと、レヌール城での出来事もあり、リュカがこっそり私に「幽霊かな?」と耳打ちしてくる。
「酒場のおじさんにゲレゲレをしょうかいしたら、こっそり話しかけてみる?」
「うん、そうしよう!」
そういうわけで、酒場の店主へのゲレゲレの紹介は流れ作業的になった。サンタローズの人たちは気のいい人が多いので、明らかに魔物であるゲレゲレを誰も邪険に扱わない。恐らく、パパスさんが許可していることと、リュカ自身の人望の厚さもあるだろう。同じ年ごろの少年たちと比べると、旅慣れていることもあってか彼はわがままも言わず、大人をよく手伝い、素直で思いやりがある、“すばらしい子ども”だったので。
酒場の店主と話し終えると、彼は夜の準備のため、商品を確認し始めた。その隙に、私たちは半透明な少女に近づき、小声で話掛ける。
「ねえ」
私とリュカが同じタイミングで口を開くと、少女は猫のような目を大きくまんまるに見開いた。
「まあっ! あなたたちには私が見えるの!?」
こくり、と頷く。少女は途端にうれしそうな笑顔になった。
「よかった! やっと私に気がついてくれる人を見つけたわ!」
「えーと……君は誰なの? どうして透けてるの?」
声を掛けるまでのぼうっとした感じとは打って変わってハイテンションになった少女に戸惑いながら、リュカが店主に不審がられないようこっそり質問する。
「私が何者かですって? 待って、ここじゃ落ち着かないわ。たしか、この村には地下室のある家があったわね……。その家の地下室に行ってて! 私もすぐに行くから……」
マシンガントーク気味に言葉をすらすら重ねる少女に圧倒されながらも、そそくさと酒場、および宿屋を後にする。宿屋を出たところで、リュカの顔を覗きながら「ねえ、地下室のある家って……」と声を掛けると、すっかり機嫌は元に戻ったようで、真剣な顔で「うーん……」と考えていた。
「僕の家にもあるけど、他にもあったかなぁ? とにかく、うちの地下室に行ってみようか。多分、村のほとんどの人にゲレゲレのことは紹介できたし」
その言葉に従って家まで戻ると、サンチョさんが「おかえりなさい」と出迎えてくれた。パパスさんは二階で調べ物をしているらしい。
「僕たち、ちょっと地下に行ってくるね」
「地下? 何しに行くんです? 地下は寒いので、もしかくれんぼでもして遊ぶなら、暖かい恰好をしてくださいね。ほらほら、ちょうどアルマちゃんのケープも繕い終わりましたから」
「わあ、ありがとう!」
受け取って、マントを一度外して羽織ってみる。「よくお似合いですよ」とサンチョさんが笑顔で褒めてくれた。それからもう一度マントを羽織ると、今度は家の中なのにちょっと厚着に思える。
「じゃ、ちょっと行ってくるね!」
階段を下ると、半透明な少女はすでに地下にある蔵の中にいた。
「来てくれたのね! 私はエルフのベラ」
「あ、僕はリュカ。こっちがアルマで、この子はゲレゲレっていって、」
「じつは私たちの国が大変なのっ! それで人間界に助けを求めて来たのだけど、だれも私に気がついてくれなくて……。気がついてほしくて、いろいろイタズラもしたわ。そこへあなたたちが現れたってわけ。ねえ、私たちの国に来てくださる? そしてくわしい話はポワンさまから聞いて!」
リュカの自己紹介を遮り、そこからは口をはさむ余地さえなく、一人でガンガン話し続けるベラは、多分周りから「人の話を聞け」とか「思い込みが激しい」とか言われるタイプだと思う。言い切ったと思ったらすっと姿を消し、彼女が立っていた場所には黄金の階段が出現した。
「わあ……すごいね」
「うん、階段もすごいけど、わたしたちのへんじも聞かずにいなくなっちゃったベラもね……」
私は心の癒しを求めて、リュカとつないでいない方の手でゲレゲレを撫でた。のほほんとした顔のベビーパンサーには、とてつもなく癒される。こんな癒しの生き物の心を邪悪に染める魔王、やっぱ諸悪の根源だわ。勇者様倒してくれてありがとう。
「ともかく、行ってみようよ!」
「うん」
明らかに建物の一階にはつながっていない、長い黄金の階段にそっと足を置く。きらきらと輝くそこは、幻想のように突然現れたわりには、しっかりと私たちの体重を支えてくれた。
階段を上りきると、パッと強い光に視界を奪われる。目を開くと、眼前にはベラがいて、雪の降る小島に私たちは立っていた。近づいてきたベラは「来てくれたのね」と喜び、ポワン様のところに案内する、と歩き出した。小島には橋が架かっていないが、水面に浮かぶ蓮の葉をベラが軽やかに渡っていくのを見て、私とリュカも恐る恐る足を踏み出した。蓮の葉は大きく揺れることもなく私たちを受け止め、架け橋の役目を担ってくれた。ベラについて行くと、大きな樹をそのままくりぬいたような建物に案内される。
扉をくぐって、氷でできているようには見えるけれど濡れていたり靴底が貼りついたりしない階段を上ると、天井のない吹き抜けの空間に出た。そこには立派な玉座があり、そこに座る、美しくたおやかな女性こそが「ポワン様」なのだとすぐに理解する。透き通る白い肌に、芸術品のように左右対称に整った顔立ち、ベラと同じくとがった耳が特徴的だった。
私たちに気が付いた彼女は、その完璧といっても過言ではない美貌にふわりと笑みを浮かべる。あれだけぺらぺら話していたベラも、彼女の前では緊張した面持ちだ。
「ポワンさま、おおせの通り、人間族の戦士を連れてまいりました」
膝をついて頭を垂れるベラと、とりあえず立ち尽くす私たち。
「まあ、なんてかわいい戦士さまですこと」
その言葉に、ベラがパッと顔を上げて、大きく手を振る。
「あ……! いいえっ! こう見えましても彼らは……」
ゆるゆると首を振ったポワンさまが彼女の言葉を遮り、「すべては見ておりました」と言うと、ベラの白い顔は血の気が引いて、寒さとは関係なく青白くなった。ただし、ポワン様自身に責めるような雰囲気はなく、私たちはもちろん、ベラに向ける視線もやさしいものである。
「リュカとアルマと言いましたね。ようこそ、妖精の村へ。あなたに私たちの姿が見えるのは、なにか不思議な力があるためかもしれません」
リュカ、それから私と目を合わせたポワン様はやさしげな表情を少し引き締めて、改めて私たちの名前を呼んだ。まあ、気持ちは分かるけど、ゲレゲレもいるから、出来れば彼の名前も呼んであげて欲しいなと、ひっそり思う。
「リュカ、アルマ。あなたたちに頼みがあるのですが、引き受けてもらえますか?」
「あの、はい。僕たちにできることなら」
私は今後、頼みごとをされたらまず内容を聞いてから引き受けるかどうかを検討することをリュカに教えたいと思う。ともあれ、彼が引き受けると言ったなら、当然私も同意する。よく考えなくても、魔物と戦うことになるということは命の危険があるってことだが、まあ仕方がない。
ポワン様は、妖精の国の宝である春風のフルートを奪われてしまったのだと、事情を説明し始めた。このフルートがなければ、世界に春を告げることができない、とも。リュカは寒さに震える村の人たちを思い出したのか決意に満ちた目で「うん! 僕たちで春風のフルートを取り戻してくるよ!」と元気よく返事をしていた。ちなみに、誰が奪ったとかそいつが今どこにいるとか、そういう詳細は一切聞いていない。
「まあ! 引き受けてくださるのですね! ベラ、あなたもお供しなさい」
感激したように言うポワン様と、彼女に指名されて「はい! ポワンさま!」とこれまた元気よく返事をするベラ。待って待って。みんなちょっと気楽じゃない? 記憶があいまいで妖精の国に関する詳細なことが分からない私は、周囲との認識に大きな溝があることについて心配になった。これでちゃんと覚えているなら、上手いことリュカをリードしてさくさくっとフルートを取り返すことができたのかもしれないけど。
「リュカ、アルマ。あなた方が無事にフルートを取り戻せるよう、祈っていますわ」
ポワン様にそう言われて、仕方なく玉座を後にする。ここでいろいろ突っ込むよりも、さくっと聞き込みをして、最初の目的地を定めた方が有益だと思ったからだ。
「ねえ、ベラ。春風のフルートをぬすんだひとって、どこにいるの?」
「えーと……確かだれかがどこかにいるって言ってたような……そ、そうよね! こういうのは聞き込みが大事だわ! みんなに聞いて回って、情報を集めましょう!」
なるほど。話を聞いていないせいで、明らかになっている情報のことも覚えていなかったのか。ていうか、妖精の国から人間界のことを見ることができるポワン様なら、妖精界のことも見れそうな気がするのだが。私たちに必要な情報を与えなかったのは、何か意図があるからなのだろうか。できれば、そうだと言ってほしい。そうだと思ったから突っ込まなかったのに、これで実はポワン様がド天然で、うっかり言い忘れていただけとかだったら泣けてくる。
情報収集はリュカに任せ、私はたまに口を挟んで本筋から逸れないよう誘導する程度にした。そこで分かったのは、春風のフルートを盗んだやつは氷の館という場所にいること。その館は鍵が閉まっていて開かない事。西の洞窟に、盗賊のカギの技法を編み出して先代に追い出されたドワーフがいること。関係がありそうなのはこれくらいだろうか。
あとは、それらの話に付随して、ポワン様の考え方が甘いだとか、先代は厳しかっただとか、そういう話も聞けた。ついでに、ゲレゲレがキラーパンサーの子どもってことで、勝手に私たちに慄いている老人もいたな。
「西のどうくつってところに行ってみる?」
宿屋にいたよろず屋さんから、ゲレゲレ用の武器である石のキバを購入して装備させてやってから、私たちは集めた情報を基に今後の方針を決めていた。
「うん、そうしよう」
「ねえ、ベラ。西のどうくつって、魔物はいる? 強い?」
「えっと、私、西に洞窟があることも知らなかったのよね。まあ、魔物がいたって、私がついているし大丈夫でしょう。危ないと思ったらすぐに戻って、武器や防具を整えてまた挑戦すればいいのよ」
私の質問に、ベラが顎に手を当てながら答える。私は頭を抱えたくなったが、まあ、考えているだけでは進まないことも確かだ。そもそも妖精の国の周りに出る魔物のことすら知らないし、魔物と遭遇してやばさを感じたらすぐに引き返せばいい。
「じゃあ、さっそく行こうよ!」
戦闘になると危険なので、ずっとつないでいた手を離す。でも、私もリュカも手袋をしていないので、それだけでちょっと寒い。地下室とは違って、雪国は息が白くなるほど寒かった。
静かに雪が降りしきる妖精の国は、吹雪くことは滅多にないそうで、そういった心配はしなくていい、とベラが歩きながら言う。彼女は楽観主義のきらいがあるゆえどこまで信じていいか判断がつきかねるが、まあ、あまり疑うのもよくないだろう。そう判断して、体が冷え切らないように、パパスさんと歩いているときとは違って、積極的に戦闘に参加した。とはいえ、基本的には石つぶてを敵に当てる程度だが。
妖精の国の魔物は集団で襲い掛かってくるようなのも多く、サンタローズの洞窟はもちろん、アルカパ周辺の魔物よりも厄介だ。リュカは懸命にブーメランを投げたり、状況を見て回復魔法を掛けたりしてくれている。ゲレゲレは素早い身のこなしでヒットアンドアウェイを繰り返しているし、多様な魔法を使えるらしいベラは補助をしたり攻撃に加わったりと、案外バランスの取れたいいパーティだなとふと思った。
子どもの足で西の洞窟に辿り着くまでにはけっこうな時間が掛かり、到着したころには私たちはすでに三人と一匹での戦闘に慣れてきていた。洞窟では何があるか分からないから、と薬草と回復呪文を併用しつつ、一度傷を癒す。確かここでボス戦はなかったと思うが、記憶が確かではないし、外より洞窟内の魔物の方が強い可能性は大いにある。気を引き締めていくことは大切だろう。
洞窟内は薄暗くはあるが、サンタローズの洞窟と同じように松明で灯りは確保してあり、人の手が入っていることがうかがい知れる。魔物に警戒しながら歩いているが、やはりどうにも数が多い。もう、背に腹は代えられない、と稲妻を呼びまくってさくさく敵を倒すことにした。だって、既に疲れているし。さっさと洞窟を攻略して一度休みたかった。
「やっぱり、アルマは自由に雷を呼べるんだね」
やっぱり、ということは、彼は私が自由意志で稲妻を呼べることに気が付いていたらしい。まあ、おやぶんゴーストのときといい、タイミングが良すぎたもんな。
「うん。ダーマの神殿にいってふなのりの職業につくと、できるようになるんだよ」
リュカの様子から見るに、頭の中にいくつもの疑問符が浮かんでいるようだったが、彼はその疑問の取捨選択をしたようで、「えーと」と首をかしげながら口を開いた。
「いつも使わないのはどうして?」
リュカが質問している内容を、ベラも興味深そうに聞いている。人の話を聞かないかと思いきや、思い込みが作動してない場面ではきちんと聞くことができるようだ。
「こどもが強いとくぎを使えると、悪いひとにりようされたり、こわがられたりするんだって。だからね、使わなくていいならあんまり使っちゃいけませんって、おとうさんに言われてるの」
まあ、あの世界に戻れば私よりすごい人がたくさんいるから、子どもだからってあんまり目立たないんだけど。船乗り職をマスターしたことは、すごいことだととても褒められたけれど、私の周囲からしてみれば、「稲妻」なんて子どもにしてみればすごい、程度である。海賊船に乗っている私が単体で行動することなんてほぼないし。
「そうだったんだ。ねえ、アルマのお父さんってどんな人? お母さんは?」
「えっとね、おとうさんは背が高くて、強くって、とってもやさしくて、かっこいいの。大きなふねの船長さんをしてるんだよ。おかあさんはやさしくて、おひめさまみたいにきれいなの。アルマって名前は、おかあさんがつけてくれたのよ」
二人のことを思い出しながら、自然と頬が緩むのを感じる。シャークアイ船長の黒髪が太陽にきらめき、潮風に揺れている光景は、力強い絵画のようで自然と目を奪われた。アニエス様の白くて美しい手が私に触れ、そっと抱きかかえて頬を寄せられると、とても良い匂いがして、幸せな気持ちになった。
魔王の呪いで永い眠りについていたシャークアイ様に生きてまた会うために、アニエス様は海底王に頼んで人魚になった。そして、悠久のときを待ち続けていた。時は経ち、魔王の呪いは勇者様のおかげで解け、シャークアイ様とアニエス様は再び同じ時代を生きることができている。
今は一緒に住むことはできないけれど、人魚になったアニエス様に会うために、シャークアイ様は小舟をアミットさんに譲ってもらっていた。マール・デ・ドラゴーン号は大きすぎるから、アニエス様の住む海底王の住処に行くために、小舟が必要なのだ。アニエス様は海底王の計らいで一年に一度だけ人間に戻ることができるので、そのときにはマール・デ・ドラゴーンに乗りたいとおっしゃっていた。
再会の目途も経っていない「両親」について私が考えていると、リュカがにこにこと笑みを浮かべてこちらを見ていた。なんだかくすぐったいような気持になって、私はそれに照れ笑いを返す。
「アルマは、お父さんとお母さんのことが大好きなのね」
「うん! つらいことがあっても、おとうさんたちのことを考えると、頑張りたいって思えるの!」
私の話を聞いてか、リュカの様子を見てなのか、あるいはそのどちらもなのか、ベラの微笑ましそうな言葉に大きく頷く。戦闘中にお喋りをする余裕はまだないが、魔物が現れても切り替えがすぐできるようになったので、歩いているだけのときは雑談をしながら散策ができるようになったのだ。
「あっ、ねえ。なんだか部屋があるよ。入ってみよう」
ぽっかり開けた空間に入ってみると、ドワーフのおじいさんとスライムがいた。タンスやベッド、机や椅子にカーペットまであり、彼らの居住空間であることが窺える。
「あの、こんにちは」
おずおずとリュカが挨拶をしても、おじいさんは気が付いているのかいないのか、「まったく! ザイルには呆れてしまうわい!」とぶつぶつ独り言を言っていた。
「あの、すみません。ザイルって?」
ベラがすかさず彼の独り言に割り込むと、ようやくこちらに気が付いたのか顔をあげた。
「わしの孫じゃよ。どうにも、わしがポワンさまに追い出されたと勘違いをして仕返しをしたようでのう」
ふう、とおじいさんがため息をつく。それから、私たちの顔を順繰りに見ていった後、再び口を開いた。
「妖精の村から来たお方よ。おわびといっては何だが、カギの技法を授けよう。カギの技法はこの洞窟深くの宝箱の中に封印した。どうかザイルを正しき道にもどしてやってくだされ」
深く頭を下げられ、この人が自分の孫がしでかしたことに対して責任を感じていることが十分伝わってきた。自分の足で連れ戻そうとしないのは、どうやら老いによってそれができないのだろう、と細い足を見て理解する。
まあ、世界中にこれだけ影響をおよぼしているんだから、這ってでも連れ戻してブン殴ってほしいところだが。それだけ祖父思いということなら、連れ戻す途中でおじいさんが倒れたことを誰かから聞けば、慌てて氷の館とやらから出てきて、誤解を解く機会くらいはつくれそうなものである。
とはいえ、私のおぼろげな記憶の中だと、ここのボスは雪の女王だった気がするので、背後にいる魔物にそそのかされて、ザイルが氷の館から出ず、おじいさんが冷たい雪の中亡くなってしまう可能性もあるため、協力者に頼むのが一番安全で確実だということには同意するが。
「洞くつ深くか……アルマ、ベラ、疲れてない? ゲレゲレは、ちょっと疲れた様子だけど」
主に気遣われてハッとした様子のゲレゲレは、突然表情を取り繕ってキリッとしていた。そのやけに人間くさい仕草に笑いながら、私も正直に話す。
「ちょっとつかれたけど、大丈夫だよ。そのかわり、カギの技法をてにいれたら、いっかい休みたいなあ」
「そうね。私も少し疲れたわ。もちろん、奥に進めないというほどではないけどね。洞くつを出たら一度休むことには賛成だわ。その、ザイルってやつが素直にフルートを返してくれるかどうかも分からないし」
「うん、そうしよっか。妖精の村には宿屋さんもあったもんね」
満場一致で、洞窟を出たら一度休むことが決定する。ありがたい。六歳だけど周りへの気遣いを忘れずリーダーシップを発揮するリュカは、将来すばらしい大人になるだろう。できれば奴隷なんかにならずに、パパスさんとの旅を続けられるようにしてあげたい。
洞窟のなかをうろうろ散策して、けっこうへろへろになったころに、ようやくカギの技法が封印されている宝箱を発見した。リュカがその書物を手に取ると、不思議な光が少年を包み、書物が崩れ去る。試しに、洞窟の中にあった扉を私が開けようとして鍵が掛かっていることを確認してから、リュカに開けてもらうと、見事に扉を開けることができた。なるほど、これは便利だ。
「悪いことに使っちゃだめだからね!」
ベラが笑いながら注意してくる。まあ、リュカなら大丈夫だろう。悪いことをするという発想がそもそもなさそうだ。
帰り道まで魔物の相手をするのはしんどい、ということでキメラのつばさを放り投げ、妖精の村に戻る。そのまま宿屋へ直行してお金を払い、ベッドに倒れ込む。本当は体を洗いたかったが、一度休んでから、起きたときにすればいいだろう。戦闘続きだったことと、なんだかんだ洞窟散策では緊張感を保っていたのか、私はすぐに意識を手放した。