転生幼女がDQ5にインしたようです   作:よつん

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大人になったら

 

 

 翌朝、不思議なことが起こった。というのも、妖精の国で宿を取ったはずの私たちは、家に戻っていたのだ。みんなしてベッドから飛び起きると、調べ物をしていたパパスさんに「どうした?」と聞かれた。落ち着いた様子の父へと、リュカが「妖精の国が大変だから、早く戻らないと!」と慌てて答える。しかし、彼はそんな息子を見て朗らかに笑っていた。

 

「夢でも見たのか? まあ、とにかく、父さんは調べ物の続きをしているから、村の外には出ないようにな」

 

 優しく告げる父親に、リュカは少しムッとした顔をしている。妖精の国での出来事は夢ではないことは私たち自身、よく知っていた。何せ、ゲレゲレの口元を見れば妖精の国で買った石のキバが装備されているし、半透明になったベラがにっこりと微笑んでいたからだ。

 

 階段を下って地下室へ行くと、妖精の国へ続く黄金の階段があった。私たちは迷わずそこを駆けあがり、再び神秘の世界へと向かう。

 

「ねえ、氷の館に行く前に、装備を整えなくて平気?」

 

 ベラが私たちの恰好をじろじろ見ながら尋ねる。

 

「洞くつでも、まあ苦戦ってほどではないけど、魔物の数が多くて大変だったじゃない。氷の館ってところにも、私は行ったことがないから……強い魔物もいるかもしれないでしょう。洞くつで戦いっぱなしだったからお金も少しは溜まってると思うし……」

 

 一理ある、と思って私たちは防具屋さんに向かうことにした。武器は事前によろず屋で見ていたし、特に欲しい物もなかったことはチェック済みだ。一方、防具は情報収集のときに買おうか迷ってやめたという経緯が実はあった。

 

 ただし、この後にはラインハットという山場が控えている。装備品はここで揃えるよりも、ラインハットの方が良い物があるだろうし、どこまで買うかは迷うところだ。とはいえ、お金をケチって危険に晒されるのでは本末転倒だから、余計に悩むのである。

 

「わたし、毛皮のフードを買ってもらってもいい? さむかったし、頭を守るものがなかったものね」

 

「分かった。じゃあ、ゲレゲレにも何か買ってあげたいけど……」

 

 迷った様子のリュカに、防具屋の店主がにこやかに提案をしてきた。なんでも、ゲレゲレには自前の毛皮があるんだから、リュカと私はお揃いにして、リュカの革の帽子をゲレゲレにあげたらどうか、という話だった。彼は笑顔でその提案に乗り、毛皮のフードを二つ購入することにした。ゲレゲレも、リュカのおさがりの革の帽子をとってもうれしそうに被っている。

 

「アルマ、他に何か買う?」

 

「うーん……わたしは、もういいかな。よろいとか盾とかって重そうだから……」

 

 私が断ると、店主にあれこれ勧められていたリュカは「じゃあ、僕もやめとく」と言って、ゲレゲレ用に革の腰巻を買ってあげていた。

 

「いいの?」

 

「うん。あんまり急に物が増えると、お父さんがびっくりするかもしれないから」

 

 確かに。村の外へ出ていないはずの息子が新しい鎧や盾を持っていたら、さすがのパパスさんでも訝しむだろう。毛皮のフードとか、ゲレゲレの腰巻くらいは寒かったからもらったとかなんとか言って誤魔化せそうだけど。

 

 そういうわけで買い物を済ませた私たちは、氷の館に向かうことにした。リュカはめきめきと強くなっていて、なんとベホイミの魔法が使えるようになった。

 

 私など回復魔法に適性がないらしく、「覚えたいならダーマの神殿に行く?」と以前勇者様に誘ってもらったことがあるくらいだ。そのときは船乗りのままでいようか、いずれ海賊になるために盗賊になろうか迷っていたときだったので、断ってしまったが。結局、周りの「焦らなくていい」という言葉を聞いて船乗りのままでいることにしたという経緯があるのだけれど、こういうことになるって分かっていたら、シャークアイ様や勇者様に連れてもらいながら安全に修業したのに。

 

 

 たらればの話をしても仕方がないので、思考を切り替える。眼前には美しい氷の館があった。氷でできたその建物は、美しいながらも素材のせいだけではない冷たさを感じさせる。緊張をはらんだ顔になったリュカが、鍵の掛かった扉を、そっと開けた。

 

「寒いね」

 

「うん。寒いね。毛皮のフードがあってよかった。リュカ、買ってくれてありがとう」

 

「気にしないで。僕だけのお金じゃないから」

 

 屋外よりも寒い屋内に感想を漏らす。壁から床から全て氷でできていて、慎重に歩かなければ滑ってしまいそうだ。ポワン様のいる建物の階段も氷っぽかったけれど、ここはそれとは違って「あ、滑りますんで転んでも知りませんよ」という、感じの悪さを覚えた。

 

 案の定、ツルツル滑る床のせいで、私たちは壁や氷の岩などの障害物を使いながら、なんとか階段を上り、歩みを進めていかなければならなかった。もちろんその間魔物に襲われることもあるし、私は一人で「こんな面倒なことをさせているザイル許さない」という思いを募らせていた。

 

 

 ところが、実際にザイルと会ってみると、リュカを「いい子」と称すなら、彼は「クソガキ」と言われる部類の、つまりは普通の子どもで、私は恨みつらみが一気に霧散してしまった。まあ、向こうから襲い掛かってきたので、死なない程度に容赦なく痛い目を見せてあげたけれど。

 

 初っ端からさざなみの歌で眠らせようかと思ったが、眠ってくれなかった。耐性があるようなので、仕方なくひのきの棒でぶん殴るようにする。子どもに稲妻とか石つぶてとかする気にはなれなかったので、リュカたちの補助をしつつ隙あらば殴打を繰り返していたら、彼は数の暴力にあえなく膝をついた。うん、でもほら、君は一応、思い込みだけで世界中の人々に迷惑を掛けているからね。

 

 ザイルに、おじいさんを追い出したのはポワン様ではないことを伝えると、「でも、雪の女王さまが……」と何かを言い掛ける。言い掛けたところで、私が出現させたわけでない、黒い稲光が彼の体を打った。

 

「ククククク……。とんだ邪魔が入ったこと……」

 

 倒れたザイルに見向きもせずに笑い声を上げるのは、見た目だけは美しい、透き通るような白い肌に白銀の髪の女性だった。身にまとう白いドレスはこの寒さの中では薄着すぎるが、彼女がそれを気にした様子は一切ない。その人はこちらを見て、それからようやくザイルに目を向けたかと思うと、彼の小さな体を足で蹴り飛ばし、嘲笑を浮かべた。

 

「やはり子どもをたぶらかしてという私の考えは甘かったようですね。今度は私が相手です。さあ、いらっしゃい!」

 

 美しい姿は一瞬で醜悪な魔物へと形を変える。ザイルとの連戦もあり、私は少しでも戦闘を有利に進められるようにさざなみの歌を歌ったが、効果はなく、眠ってはくれなかった。雪の女王は「そんな子どもだましが私に効くと思わないことですね!」と、姿に合わず丁寧な口調で高笑いをしている。

 

 ザイルに効かない時点で一か八かではあったが、本人がそう断言したということは、効きにくいのではなく無効であると考えて選択肢から外した方がよさそうだ。水面蹴りや網なわで行動不能にさせようかとも思うが、体が浮いていることもあって、蹴ったとしても転ばせることは難しいだろう。そうなると、搦め手でどうこうするよりも、正面からぶつかる方が結果的に早いかもしれない。

 

「ちょこまかと……!」

 

 雪の女王の攻撃を避けていると、力を溜めるようなポーズをとった。まずい、と思った時には遅く、魔物の口から氷の息が吐きだされる。

 

「うっ……」

 

「アルマ!」

 

 全員がそれなりに食らったはずだが、いろいろ思考を巡らせていたせいで防御が追い付かなかった私は、モロに食らってしまった。リュカがベホイミを掛けてくれ、私もベラに薬草を手渡す。自前の毛皮のおかげか、ゲレゲレは少しだけ余裕がありそうだった。

 

「よくもやったわね! ルカナン!」

 

 それまでギラや打撃による攻撃を行っていたベラがルカナンの呪文を放つと、雪の女王の表情が変わった。ハッとひらめく、つまり、あいつには防御力低下が効くのだ。

 

「スカラ!」

 

 リュカが私にスカラを掛けてくれる。ゲレゲレは私に言われるまでもなく攻撃を続けているし、そうなれば話は早い。

 

「ベラ、ルカナンの効果が切れたらすぐに呪文を掛け直して。リュカは私だけじゃなくて、みんなにもスカラを掛けてくれるとうれしい」

 

 先ほど出した結論と同じ、正攻法。私は氷の館に稲妻を呼び寄せる。女王にどれほど体力があるかは分からないが、私は物理攻撃よりも、稲妻を使った方がはるかにダメージを与えられる。リュカは仲間の補助、余裕があれば攻撃、ゲレゲレと私は基本的に攻撃をし続け、ベラが補助および回復。これで比較的命の危険なく戦えるはずだ。

 

「小癪な……!」

 

 女王は自らにホイミの呪文を掛け、傷をふさいでいく。しかし、私は一人ではない。

 

 前衛として攻撃をしてくるゲレゲレをかわそうとすれば、私の稲妻に打ち据えられ。私を狙えば隙を見つけたリュカに突然攻撃される。余裕をなくし、なりふり構わなくなった女王はしかし、呪文で傷を癒しきることもできずに、呻きながら胸を押さえた。

 

「ああ、身体が熱い……ぐはあっ!」

 

 息絶えた魔物は、跡形もなく消え去った。その最期があまりにもあっけなく、私はそこにいたはずの存在が本当にいなくなったのか実感が持てず、しばし虚空を見つめた。

 

 

 魔物には、死体が残らない者もいると、以前勇者様に聞いたことがある。

 

 

 子どもをそそのかして悪事を働かせる「悪い」魔物の末路に、一抹の寂しさのようなものを覚えて、私はふるりと首を振った。寒い。感傷に浸っている場合じゃない。きっと寂しく思えるのは、この寒さのせいだ。

 

 魔物が落としたキメラの翼を拾い上げてリュカに渡し、袋に入れてもらう。そのやりとりの間にベラがザイルにホイミを掛けてやると、倒れていた覆面の少年はぱっと起き上がり、混乱したような、憤ったような、複雑な目をしていた。

 

「だいじょうぶ?」

 

 雪の女王との戦闘中は演技をする余裕もなかったというか、指示しながらどうやって演技すればいいか分からなかったので、今後は子どもらしくかつ的確に指示通り動いてもらえるような言い方などを研究したい。ともかく、私は突然目を覚ましたザイルに子どもらしく見えるように、顔をのぞきこみながら安否を尋ねた。覆面なので残念ながら顔色は分からない。

 

「あ、ああ。えーと、そこのエルフ、回復してくれて、ありがとな。雪の女王さまって悪い怪物だったんだっ! オレ、だまされてたみたいだなぁ……」

 

 ベラに顔を向けて、気まずそうに頭を下げるザイルに、ベラが気安い調子で「これくらい、何でもないわ」と返事をしていた。少しだけそのまま俯いていたザイルは、何を思い出したのか、急にパッと顔を上げる。近くにいた私は、びっくりして肩が跳ねてしまった。

 

「うわーっ、まずい! じいちゃんにしかられるぞ! 帰らなくっちゃ!」

 

 立ち上がった彼は、凍る床をものともせずに、階段の方へと走っていた。それから、途中でまた思い出したように私たちの方を振り返る。

 

「あっ、そうだ! 春風のフルートなら、そこの宝箱に入ってるはずだぜ! 忘れずに持って行けよ。じゃあなっ!」

 

 戦闘明け、それも負けてから追い打ちのように黒い稲妻に撃ち抜かれたとは思えない元気さで去っていったはた迷惑な少年の背中を見送ると、少しだけ場に沈黙が落ちた。

 

「……とりあえず、ザイルの言ったように春風のフルートを持って行きましょう。それにしても、ごめんなさいの一言もないのかしら」

 

沈黙を破ったのは、おしゃべりのベラだ。とはいえ、普段の調子ではなく、疲れを感じさせる様子だったが。

 

 

 私たちは宝箱を開けて、春風のフルートと、ついでに隣にあった宝箱の中身であるブーメランを回収した。女王との戦いは打撃だけでなくホイミや氷の息、力溜めなどの使い分けをされて、今までの中では断トツで緊張感のある戦闘だったため、なんだかどっと疲れた。手加減していたとはいえ、ザイルとの連戦もあったことだし、早く体を休めたい。館から出たら、ぜひキメラの翼で妖精の村へ戻りたいところだ。

 

「あなたたちって、こんなに小さいのに、本当にすごいわね」

 

 館の中を、残った魔物と戦ったり逃げたりしながら歩いていると、ふいにベラが呟いた。

 

「ベラだってすごいよ。ベラの力がなかったら、僕たちだけじゃ勝てなかったかもしれないし」

 

「そんなことないわ! あなたたちって、本当に不思議。気が付いてくれたなら誰でもいいって思って連れてきたけど、本当にフルートを取り戻しちゃうんだもの」

 

 感心しきりのベラに、リュカは謙遜しつつ笑みが漏れている。誇らしさとくすぐったさを感じているのが手に取るように分かって可愛い。

 

「アルマだってすごかったよ。いつもは僕の後ろに隠れちゃうことも多かったのに、妖精の国ではずっと頑張ってたもんね。雪の女王と戦ってるときなんて、なんだか年下に思えなかったもの」

 

「えへへ、レヌール城で王様と王妃様を助けてあげられたから、わたしでもやればできるんだと思ったの。雪の女王とたたかってるときは、おとうさんのまねをしたのよ。おとうさんはせんちょうさんだから、人に指示をするのがとっても上手なんだよ」

 

 にこにこと笑いながらそう言う。いや、シャークアイ船長はもっと的確ですばらしい指示を出しているけど。まねというのもおこがましいほどだけど。

 

「でも、まねをするだけでもすっごく疲れちゃった。ねえねえ、ここから出たら、キメラの翼を使わない? わたし、もうへとへとだよぉ」

 

 たまに使うわがまま幼女を全開にすると、ベラが「しょうがないわね」という目で私を見てきた。

 

「リュカ、アルマもこう言ってることだし、使ってあげましょうよ。正直、私も疲れちゃったし、何より早くポワンさまにフルートを届けて差し上げなくっちゃ!」

 

「そうだね。じゃあ、さっさとここから出ようか」

 

 話がまとまり、襲い掛かってくる魔物を倒しつつ館の出口にたどり着くと、さっさとキメラの翼を放り投げた。キメラの翼は、勇者様たちが使ってくれるルーラの呪文とは移動の時の感覚がちょっと違う。上手く言い表すことができないが、同じ「目的地に一瞬で移動する」ということでも、方法が違えばやっぱりそれは同じではないということだろう。

 

 

 さて、妖精の村へと戻ってきた私たちは、まずはポワン様にフルートを届けるのが先決だろうと、村の住人から労いの言葉を受けながら、玉座へ向かう。時折人間のことを嫌うエルフもいたけれど、些末なことだろう。ともかく、ポワン様は穏やかな笑顔で迎え入れてくれた。

 

「ポワンさま。僕たち、春風のフルートを取り戻してきました」

 

 おずおずと、リュカが小さな手にフルートを乗せてポワン様に差し出す。それを見た妖精の女王は、本当にうれしそうに目を輝かせた。心の目とやらで私たちの戦いを見ていた、と道中教えてくれたエルフがいたから、多分そんなことは知っていたんだろうけど。実際に見るのではやはり感動が違うのだろうか。

 

「まあ! それはまさしく春風のフルート! さあ、リュカ、アルマ。あなた方のお顔をよく見せてくださいな」

 

 私たちはポワン様にきちんと顔が見えるように並び直した。じっくりと、それこそ名前の挙がらなかったゲレゲレとも目を合わせながら、ポワン様は感慨深そうに深く頷いた。

 

「リュカ、アルマ、そしてゲレゲレにベラ。本当によくやってくれました。これでやっと、世界に春を告げることができますわ。なんてお礼を言えばいいのやら……」

 

 ふと目を伏せたポワン様は、その白い頬に長い睫毛の影を落とした。それからすぐに視線を私たちの方へと戻し、にこりとまた微笑む。美しい顔に浮かべられたやわらかな笑みは、それこそ雪解けを告げる春のあたたかな日差しのようだ。

 

「そうだわ、約束しましょう。あなた方が大人になり、もし何か困ったとき……もちろん、二人一緒でも、一緒でなくてもかまいません。再びこの国を訪ねなさい。きっと力になりましょう」

 

 よく覚えておくように念押しをしたポワン様の言葉を他所に、私は一人、「大人になったら」という言葉に胸を痛める。そうだ、この後、どうにかしなくてはならないことがたくさん――いいや、突き詰めればたった一つの大きな問題として、存在する。

 

「さあ、そろそろお別れの時です」

 

 私の思考を現実に引き戻すかのように、ポワン様のやわらかな、よく透る声が耳に入る。私たちと一緒に並んでいたベラが列を外れた。少し離れた位置から私たちを、寂しそうな、妙に大人びた笑みを浮かべて見つめている。

 

「あなたたちのこと、忘れないわ。あなたたちも、私のこと忘れないようにこれを持って行ってね」

 

 ゆっくりと歩み寄ってきたベラの手に握られていたのは、枯れかかった枝だ。杖ほどの長さはなく、けれど小枝と呼ぶにはしっかりした太さと長さがある。嫌な顔ひとつせず受け取ったリュカに、エルフの悪戯少女は、にっこりと快活な、少女らしい笑みになった。

 

「その枝は今は寒くて枯れかかっているけど……世界に春が告げられればすぐに元気になると思うわ。それじゃあ、元気でね。リュカ、アルマ、ゲレゲレ」

 

「僕も、妖精の国に来られて、ベラやポワン様と会えてよかった。僕たちがここへ来たのは偶然かもしれないけど、僕たちを連れてきてくれてありがとう、ベラ」

 

 一緒にいた時間は短いかもしれない。ビアンカもそうだけど、ベラとも、大袈裟な言い方をすればお互いの命を預けあった中だ。過ごした時間の密度がちがう。

 

「わたしも。大変だったけど、ベラといっしょにぼうけんできて、たのしかったわ。げんきでね」

 

 リュカと私の言葉に、少しだけ笑みを崩して涙目になったベラは、慌てたように再び笑みを作り直した。のそりと彼女へ歩み寄ったゲレゲレが、ベラの手に自分の頭を押し付ける。まるで、撫でろと言うように。

 

 目を見開いたベラはすぐに目を細め、きらめく黄金の毛並みを撫でた。それに満足したのか、ゲレゲレは「ガウ」と勇ましいような甘えたような声を出して、私たちのところへ戻ってきたのだった。

 

 ベラとの別れの挨拶が終わるまで待ってくれていたのだろう。終えて一拍、ポワン様がそっとフルートに唇を当てた。優美で、軽やかで、のびやかな曲が響く。しんしんと降り続いていた雪は桜の花へと姿を変え、まるで意思を持つかのように――いいや、事実意思を持って、桜吹雪は妖精の世界と人間の世界をつなぐ「扉」となった。

 

 

 桜の花びらに包まれた私たちは、いつの間にやら、家の地下室に立っていた。日のあたらないひんやりした空気は、しかし雪国だった妖精の国よりは温かい。明らかな空気の違いに寂しさを覚えている間に、眼前に残っていた妖精の国へと続く黄金の階段が、名残を惜しむように、けれど永遠には存在できない幻のように、姿を消してゆく。ひらり、屋内にも関わらず、どこからか桜の花びらが一枚落ちてきて、石と土の床に触れた瞬間、やはり消えてしまった。

 

「アルマ。ポワンさまはああ言ってたけど、絶対、また二人で妖精の国へ行こうね。もちろん、ゲレゲレも一緒だよ」

 

 階段が消え、桜が消えた床を見つめる私に、リュカがそう言った。約束は守られるべきだ。であるなら、私は軽々しくその言葉に頷くべきではない。べきではないけれど――そうだったらいいな、と思った。

 

「リュカ。わたし、いつかおとうさんとおかあさんのところに……おとうさんの船に帰るわ」

 

 リュカの目を見つめる。彼の黒曜石の双眸は、いつも不思議な光が灯っていた。魔物と仲良くなれるのもなぜか納得できるような、全てを包むあたたかさと一緒に、上手く説明できないような、吸い込まれそうな深みがある。

 

「だけど……大人になって、いつかまた戻ってきたら、そのときも、いっしょにぼうけんしてくれる? 妖精の国に、いっしょに行ってくれる?」

 

 それはあまりに都合の良い未来。私はあの世界に帰り、けれど気楽にこちらに戻ってくる手段――例えば、勇者様が世界を救うのに使った石板とか――を手に入れて、大好きな家族とも、友達とも好きなように会える、そんな未来。あまりに夢見がちで、馬鹿馬鹿しくて、だからこそ諦めきれない、すばらしい「いつか」。

 

 リュカの表情が、少しだけ曇る。旅慣れた彼は、別れにも慣れているだろう。なればこそ、私の言葉を、六歳であっても軽くは考えない。

 

「アルマは、お父さんとお母さんが大好きだもんね。離れるのは寂しいけど……戻ってきたら、絶対に一緒に冒険をしよう。それで、困ったことなんかなくったって、ベラやポワン様にも会いに行こう。約束だよ」

 

 私たちは小指をからめ、不確かな「いつか」の約束をした。

 

「さ、上に行こうよ。春になった村も見てみなくちゃ。お父さんに、妖精の国のことも話したいし!」

 

 私の手を引いたリュカは、地下室の扉を開けた。逸るように階段を上った彼に続くと、地下から出てきた私たちに気が付いたサンチョさんが、驚いた顔をした。それからすぐにこちらに歩み寄ってリュカの肩をつかみ、困ったような、焦ったような様子で口を開く。いつも穏やかな彼らしくない姿だ、と数日しか共にいないだけの私は、そんな感想を抱いた。

 

「坊ちゃん、アルマちゃん。今までどこに!?」

 

「えっと、僕たち地下室で……」

 

 リュカが事の顛末を話そうとすると、サンチョさんは真剣な顔で首を横に振って、言葉を遮る。

 

「いえ、いいんです。お話はまた時間のあるときに聞きましょう。それより、旦那様にラインハット城から使いが来て、出掛けることになったんです! 坊ちゃんたちも連れて行くつもりで、ずいぶん捜したんですが……。見つからなくて、旦那様はたった今お出掛けになりましたっ。すぐに追い掛ければまだ間に合うかもしれません。さあ、坊ちゃん、アルマちゃん!」

 

 急かされた私たちは、疲れも忘れて玄関へ向かった。すると、サンチョさんがリュカを見て、出て行くのを引き留める。「ポケットから何かが……」と言われて、ベラにもらった枝をサンチョに見せた。リュカは、その枝がもらったときとは打って変わって、美しい花を咲かせていたことに驚いていた。もちろん、私もこんなに一瞬であの枯れかけの枝がよみがえるとは思っていなかったので、緊急事態であることを一瞬忘れ、見入ってしまったほどだ。

 

「おお! これは見事な桜の枝ですな! そういえば、すこし暖かくなってきたから花が咲いたんでしょうか……。それにしても、美しい! 坊ちゃんたちのお部屋にでも飾っておきましょうか?」

 

「えっと、そうだね。これ、お願い。友達からもらった大事な物なんだ」

 

 リュカが桜の枝を手渡すと、サンチョさんは大きく頷いて、私たちの背を軽く押した。

 

「承知しました。では、坊ちゃんたちは急いで旦那様を!」

 

「うん! 行ってきます!」

 

「行ってきます!」

 

 リュカに続いて挨拶をすれば、サンチョさんは手を振っていた。村の入口へと二人と一匹で駆け出す。それにしても、結局休めてもいないし、超重要イベントがすぐに訪れすぎてつらい。息を弾ませながら橋を渡って、村の出入口まで向かう。冬から春へ移ったからか、妖精の国を歩いてきた服装では、多分村を歩くだけならばさほど気にならないだろうが、走れば汗をかいてしまう暖かさだ。

 

「お父さんっ!」

 

「おじさんっ!」

 

 階段を駆け下りて、門番と話しているパパスさんに向かって二人して大きな声を出す。

 

「おお、リュカにアルマ。探していたんだぞ」

 

 存外朗らかな口調でパパスさんがこちらを見た。これ……先にゲレゲレににおいを辿って行ってもらえばそんなに急がなくてもパパスさんは待ってくれていたのでは、と息を整えながら考える。教会で祈る暇もありはしない。なんなら連戦からの休憩もなし。ひどい話だ。

 

「今度の行き先はラインハットのお城だ。前の船旅とちがって、そんなに長い旅にはならないだろう。この旅が終わったら、父さんは少し落ち着くつもりだ。アルマの言っていたコスタールやグランエスタードのことも、調べる余裕ができるだろう」

 

 大きな手が、私の頭に乗る。そのまま、汗をかいて張り付いた私の前髪を硬い指で不器用に横へ流し、パパスさんはやわらかく微笑んだ。

 

「二人して、一生懸命追い掛けて来てくれたのだな」

 

 それからリュカの頭にターバンの上から空いている方の手を置く。私たちは目を見合わせて、それからお互いに高い位置にあるパパスさんの顔を見た。父親らしく、この人について行けば絶対に大丈夫なんだという安心感を与えてくれる。

 

「アルマが来て遊び相手ができたとはいえ、リュカには淋しい思いをさせてしまっていたな。これからは父さんも一緒に、みんなで遊ぼう」

 

 リュカの顔をそっと見れば、分かりやすく輝いていた。黒い目はきらきらとパパスさんを見つめ、口は開きっぱなし、健康的に日焼けした肌は、走ったからだけではなく紅潮している。そんな息子の様子を、パパスさんもまた愛おしそうに見ている。

 

「さて、行くとするか」

 

 私たちの頭から手を外し、くるりと門の外へと体を向けたパパスさんの背中を見て、そっと祈る。

 

 ――シャークアイ様、アニエス様。勇者様。マール・デ・ドラゴーンのみんな。私に力を貸してください。

 

「いってらっしゃい、パパスさん!」

 

 門番の青年が元気な声で送り出してくれて、私たちは村の外を歩き始めた。

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