戦闘はパパスさん、リュカ、ゲレゲレの男三人衆がパパッと済ませてくれるので、私は道中歩きながらこれからのことを考えるのに没頭することができた。
まず、どこからなら「変えられるか」を整理する。時系列を後ろからなぞっていくと、第一に、ゲマと遭遇してしまったら、もう私の手ではどうにもならない。何も変わらず、私、あるいはリュカが人質とされ、パパスさんは成す術なく嬲り殺されてしまうだろう。考えたくもなかった。つまり、最悪でも攫われたヘンリーを洞窟まで運ばせてはならないということ。洞窟に行けば、そこにはヘンリーを受け渡すために魔物たちが待ち構えている。
ならば、最低ラインは洞窟に着く前にヘンリーを取り返すことだろう。もっと前に食い止められればより良い。例えば、城にいる時点で人攫いを返り討ちにする。人攫いがどの程度の強さかは未知数だが、現場にパパスさんさえいれば大きな戦力になるし、私は稲妻で、リュカもブーメランで全体攻撃ができるから、あまりに大人数でなければ対処できる、と思う。
一番強烈なイベントがその後に控えているせいで、主人公と人攫いが戦闘にもならずにヘンリーが攫われてしまった原因みたいなものは記憶の彼方なので、万が一人攫いたちが予想外の強さだった場合は非常に困ったことになるが。一番安全で確実なのは、子どもだけでいないこと。つまり、人攫いというイベント自体を、発生する前に潰すことだ。
確か、ヘンリー誘拐イベントは、ヘンリーのお守りをすることになったパパスさんをヘンリーが遠ざけ、子どもだけで人気のないところにいたのを人攫いたちに狙われたはずだ。つまり、人目のある場所、あるいは戦える大人がいるという状況それ自体が、ヘンリーを守る大きな要因になるのではないか。もちろん、人が多すぎればどさくさに紛れて誘拐される可能性もあるけれども、そこは一旦置いておく。
ヘンリーを見捨てるという選択肢はない。私の大切なひとたちは、そんなことしないからだ。パパスさんや、リュカだってきっとそれは望まないだろう。
「アルマ、やっぱり疲れてる? 顔色が良くないよ」
リュカに声を掛けられ、私はへらりと笑った。
「つかれてるよぉ。リュカはつかれてないの? 妖精の国から、ずっとやすんでないじゃない」
「妖精の国?」
私たちの会話に、パパスさんが興味深げに入ってきた。私は「わたしたち、みんなで妖精の国にいったのよ!」とあえて自慢げに胸を張った。
「それでね、妖精の国の女王様にたのまれて、雪の女王をやっつけて、春風のフルートをとりもどしてあげたの。だから、ほら、今までずっとさむかったのに、春になったでしょう?」
パパスさんは「わっはっは! それは確かに、大変だったな!」と全く信じていなさそうな様子で笑う。
「お父さん、全然信じてないね」
こっそり、リュカが耳打ちしてくる。それからこの素直な少年には珍しい、悪戯っぽい表情になって「僕たちだけの秘密だね」と言った。
「そうね。わたしたちだけの秘密。ゲレゲレも、もし他にお友達ができても、言ったらだめだよ」
しいっと口元に指を当ててゲレゲレに話し掛けると、「にゃおん!」と魔物らしからぬ愛らしい返事をした。
「ほら、もう関所に着くぞ。あまり時間はないが、疲れているのなら少し休憩するとしよう」
パパスさんの視線の先を追うと、川に二分された手前にある建物が見えた。川向こうにも似たような建物があり、橋は掛かってないので地下でつながっているのだろう。パパスさんは迷いなく衛兵に近づき、堂々とした様子で声を掛けた。
「私はサンタローズに住むパパスという者だ。ラインハット国王に呼ばれ、お城にうかがう途中である。どうか通されたい!」
「おお、あなたがパパス殿ですか!? 連絡は受けています。どうぞお通りください!」
さすが、王直々に手紙が来るだけある。兵士の対応も丁寧なものだった。私たちはそのまま歩き、予想通り、少し空気のひんやりした地下道を通っていく。坂を下って上ると、地上に出た。
「リュカ、アルマ。ここから先はラインハットの国だ。この上からの川の眺めはなかなかのものらしいぞ。のんびりはできないが、休憩がてら、見に行くとしよう」
パパスさんの後をついて行くと、透き通った川が日の光を受けてきらきらと輝いていた。確かにきれいだ。私は川よりも海の方が好きだけど。
「どれ。リュカ、アルマ、こっちに来なさい」
私たちを自分の両サイドに呼んだパパスさんは、片腕だけで私とリュカを持ち上げ、それぞれを肩に乗せた。肩車である。私もリュカも落ちないようにきゃあきゃあ言いながらパパスさんの頭にしがみつく。もちろん、パパスさんは二人担いでいるというのにびくともしない。自分の中で安定できるポジションというか姿勢をなんとなく発見した後は、高くなった視界に感動する。海賊たちによく肩車はしてもらうけれど、友達といっぺんにしてもらうのはさすがに初めてだ。そもそも同年代の友達がいなかったし。
おすすめされた景色を眺めつつも周囲を見回すと、ふいにもともと川を眺めていたらしい老人がこちらを微笑ましそうに見ていたのに気が付く。私がにこっと愛想を振り撒けば、老人はひらりと手を振って、それから視線を外し、悲しげに川へと視線を戻した。
「あの……おじいさん、どうしたの?」
「いいや、なんでもないのじゃ」
気になって尋ねれば、老人はふるふると首を振る。
「家族の仲が良いことはすばらしい。そういう当たり前で尊いものを見ると、時に当たり前でなくなってしまったものを思って、心が痛むものじゃ。……お嬢ちゃんには、まだ難しいかもしれんがのう」
「あなたは、ここで何を? あまり風に当たると、体に毒ですぞ」
私への言葉に思うところがあったのだろう。五歳の子どもにするには適当でないことを言っている老人に、パパスさんが声を掛ける。
「わしは川の流れを見ながら、この国のゆく末を案じているだけじゃて……」
老人の目には諦観が浮かんでいた。私にはその目に覚えがある。それは、自分たちが信じていた神様が偽物で、魔王が化けていたと知ったときの多くの人の目と同じだった。閉ざされた世界、凶悪な魔物たちに怯えながら、「もう終わる世界だから仕方ない」、「どうせこのまま助かるはずもない」と、口ほどにものを言っていた、たくさんの人々のあの目。
「おじいさん。ラインハットが好きなのね」
だから、声を掛けた。私の世界は勇者様が救ってくれた。諦めてはいけないと、言葉だけでなく、実際に世界を救ってみせて、教えてくれた。
「おじいさんに、私が教えてもらったこと、教えてあげるね」
少し、目を瞑る。勇者様の顔が浮かぶ。以前、魔王へと挑む前の勇者様に、聞いてみたことがある。「怖くないのか」と。「どうして戦うのか」と。
「『やりたいことをやり遂げるのは、いつだって自分しかいない』んだって。怖くたって、恐ろしくたって、痛くたって、どんなに嫌なことだって、その先にやりたいことがあるなら、それを乗り越えるのも、やり遂げられるのも、自分だけなんだって」
彼らは笑っていた。世界を絶望に陥れた魔王との決戦を前にして。自分がやりたくて始めたことだから、最後まで責任を持つのだと。絶望を乗り越えたその先を見たいから、魔王を倒すのだと。
そして世界を救って、「ほら、やれないことなんて何もなかったでしょ?」と、いつもの朗らかな顔で笑っていた。だから、私もやらなくては。せっかく勇者様に教えてもらったのだ。そして、やり遂げたことを伝えて、勇者様たちにいっぱい褒めてもらおう。
老人は目を見開いて、まじまじと私を見ていた。
「……そうじゃな。お嬢さん、君には若くて未来がある。この国は今、少しずつ少しずつ、良くない雰囲気が広がっておる。気を付けてゆくのじゃよ」
「うん。ありがとう、おじいさん」
返事をすると、パパスさんが私とリュカを下ろして、「そろそろ行くぞ」と声を掛けてきた。私は頷き、パパスさんに続いて関所を後にする。
「アルマは先ほどの言葉を、誰に教わったのだ?」
歩きながらパパスさんに聞かれたので、私は「アルス様っていう、わたしの勇者様だよ」と答えた。
「……勇者様? それはあの、伝説の天空の勇者様か?」
パパスさんの目の色が変わり、どこか厳しくも見えるものとなった。しかし、残念ながら勇者様はパパスさんの探している人ではない。私は首を横に振った。
「ううん、ちがうわ。勇者様は漁師さんをしているの。すごく強くて、優しいのよ」
そう言えば、パパスさんは目元をやわらげて、ぽん、と私の頭に手を置いた。
「そうか。立派な人なのだな」
勇者様のことを思い出すと、自然と笑顔になる。いつだって彼の、彼らの存在には勇気をもらえる。
さて、勇者様のように世界を救う力はないかもしれないけど、私だって身近な人たちを助けたい。知っている未来を変えたい。もう関所を越えてしまった。ラインハットまでもう時間がない。
整理すべき点はいくつかある。根本にあるのは王妃のヘンリーに対する負の感情。自分の息子を王にしてやりたいという強い気持ち。それらのせいで人攫いとつながり、人攫いは王族の子を狙う魔物たちへとつながってしまった。
対して、ヘンリー本人にも問題はあったような気がする。想像しやすいのは、実の母親がいないこと、父親の多忙による、彼が求める愛情の不足。たとえ実際はラインハット王がどれほどヘンリーのことを愛しているのだとしても、こればっかりは本人に伝わらなければ満たされない。だから悪戯を繰り返す。
さらに、ラインハット王の人柄は全然知らないが、確か「ヘンリーを王にする」と決めていたからこそ、王妃が強行手段に出たような、そんな記憶がぼんやりとある。
それゆえの、ヘンリーの大人への不信感。悪戯小僧というか意地悪すぎて周りからの悪評もあった気がする。ここら辺はイメージだが、それで主人公との奴隷生活を乗り切って改心するのではなかったか。
王妃の問題を解決するなら、ラインハット王が時間を掛けてでも王妃を説得するか、いっそのことヘンリーではなく弟を世継ぎに決めればいい。要は王妃が人攫いとつながる理由をなくせばいいのだ。まあもちろん、現時点で人攫いとつながっているだろうから時既に遅しって感じかもしれないけど。
次に、パパスさんがヘンリーに信用してもらい、常に護衛できる関係を築くこと。これはヘンリーの不信感を取り除けは良いので、ありだと思う。私やリュカを仲介として、パパスさんが同じ場にいることを許容してもらう。そうすれば、何かあったときの対処が迅速になるだろうし、誘拐も防げるだろう。
よし、とりあえずこのプランでいく。名付けて「ヘンリー君ズッ友大作戦!」だ。うん、我ながら頭悪そう。
*
ラインハットの城下町に着くと、リュカはきょろきょろと周囲を見回していた。今は観光する時間も惜しいようなので、残念ながらパパスさんは歩みを止めてはくれないが、「リュカ、大きな町が珍しいだろう」と息子に声を掛けていた。
「うん、びっくりした。アルマは、こんなに大きな町来たことある?」
「うん。コスタールもグランエスタードも、とっても大きな町だから」
「そうなんだぁ……ねえ、お父さんの用事が終わったら、町を見て回ってもいい?」
「ああ、もちろんだとも」
約束を取り付けた父子の足取りは軽い。主人がうれしそうで、つられて機嫌のよいゲレゲレも。お城行きたくないなー、なんなら逃げたいなー、くらいに思っている私の足取りはとても重い。疲れているせいにできるから、むしろ休みなしで妖精の国から直行できてよかったのかもしれないとか考えるほどだ。
さて、思ってはいても足は進んでいるので、ラインハットのお城に到着。やけに険のこもった口調と表情の衛兵にパパスさんが名乗ると、手のひらを返したように行儀よくなった。衛兵に連れられながら城内を歩くだけで、城の雰囲気が良くないのは十分に伝わってくる。ピリピリしているし、兵士だけでなく使用人と思しき人や、その他城にいる人々の表情は、揃いも揃って浮かない顔ばかりだ。
いくつも階段を上った先の玉座に案内されると、案内していた衛兵が膝を付き首を垂れる。
「王様! パパスどのをお連れしました!」
子どもだからという理由で、私は礼儀を丸無視してラインハット王の顔をまじまじと見た。恰幅のよい男性だ。パパスさんより年は上だろう。中年と初老の間に見える。
「ふむ。ご苦労であった。その方は下がってよいぞ」
鷹揚に頷き、衛兵を下がらせる声の張り方も、口調も、表情も、王としての威厳は感じさせる人だ。ただ、近くで見れば顔色が悪いことは否応なしに分かってしまう。
「さて、パパスとやら。そなたの勇猛さはこのわしも聞き及んでいるぞ!」
衛兵が下がりきるのを待ってパパスさんへと声を掛けるラインハット王。そういう設定らしい、と納得した。そうだよな、王様が他所の国の王様に自分の国のこと大々的に相談したり頼んだりするのは多分やっちゃだめだよな。まさか本当に正体を知らないとか、そういうことはあるまい。
「その腕をみこんで、ちと頼みがあるのだが……。コホン……。パパス、もう少しそばに! 皆の者は下がってよいぞ!」
わざとらしい咳払いをして、王の側に控えていた護衛までも下がらせる。残された私たちは立ち尽くすばかりだ。リュカとアイコンタクトで「私たちはどうすればいいんだろう?」「ここにいてもいいのかな?」みたいな会話を交わしていると、パパスさんが口を開いた。
「リュカ、アルマ。そんなところに立っていても退屈だろう。よい機会だからお城の中を見せてもらいなさい。一通り見るうちには父さんたちの話も終わるはずだ」
あ、やっぱり友達なんだ。普通、王様の許可もなしに、勝手に「城の中を見せてもらえ」だなんて言わないはず。
「やったあ! ねえねえリュカ、探検しようよ! パパスおじさん、王様、行ってきます!」
「あっ、えっと、行ってきます!」
超無礼な感じで玉座の間を後にする。幼児の筋力も体力もない体に鞭を打って、子どもだからと口を滑らせてくれる大人や、親近感をゆえ何でも答えてくれる子どもからの情報収集、歩き回りながら城の作りを徹底的に頭へ叩き込んでいった。
「王子様はふたりいるのね。ヘンリー様とデール様。どこにいるの?」
「おふたりとも、自分の部屋じゃないかな。デール様は王妃さまと一緒に、二階の西の方にある部屋にいらっしゃると思うよ。ヘンリー様の部屋は二階の東の方。年が近いからって、失礼のないようにな」
ちょろちょろ歩き回りながらもなんとなく核心を避け、先に二人の情報を得ておく。城の兵士たちはラインハット王のことは敬愛しているようだが、同時に王妃が良くない連中とつるんでいることに不信と不安を感じている。また、王の体調があまり良くないのでは、と心配する者もいた。だからこそ国王がまだ存命だというのに、世継ぎの噂が蔓延しているのだろう。あとは王子たちの噂。ヘンリーはすこぶる悪い。デールは大人しく、母親の言いなりだそうだ。
「リュカ、王子様に会ってみようよ!」
そう声を掛けると、リュカが「……アルマも、王子さまと結婚したいの?」と捨てられた子犬のような目で見つめてきた。
「いや、何の話?」
ゆえに、思わず素で返してしまう。脈絡なさすぎないか。
「だって、女の子は王子様と結婚したいんでしょ? さっき、メイドさんが言ってたじゃない」
……そう言えば、私が情報収集のためにヘンリーやデールのことを聞いていたら「女の子はみんな王子さまに憧れるわよねえ。私も小さい頃は王子さまと結婚するのを夢見てたわ」と楽しげに話していたメイドがいたな。ただし、その後には「ま、うちの王子さまたちは……あー、いえ、うふふ……」と不敬罪でとっ捕まりそうなことを口走り掛けて笑って誤魔化していたが。
「わたし、よくしらない王子様とけっこんなんてしたくない。けっこんするなら、おとうさんみたいに強くて優しい、すてきなひとがいいの」
シャークアイ様ほど理想を引き上げると一生結婚できない気もするが、そこは別によかろう。シャークアイ様はアニエス様のものなので結婚したいとは思わないが(しなくても既に娘というポジションで家族の一員に加えていただいているのでそれだけで幸せだし)、シャークアイ様のような人がいたらとても心惹かれることは間違いない。勇者様のような人でももちろん心惹かれる。そうなると魔王よりも神様よりも強い男ということで、よりハードルが上がってしまうが。
私の発言を聞いて、なぜか何度も頷いたリュカは、手をつないで、「ここからだったらデールさまの部屋の方が近いね!」と歩き始めた。先頭を切って、王妃と王子の部屋のドアをノックすると、衛兵から声を掛けられる。王様から(直接ではないが)城内を探検していい許可をもらったと伝えると、「王妃様の部屋だから失礼のないように」と注意されたが、中には入れてもらうことができた。
部屋の中は、甘ったるい香が炊いてあり、疲労困憊の身では頭痛と眩暈がした。私も社畜時代に心ばかりの癒しを求めてルームフレグランスを使ったことがあるが、そういうのはほのかに香るから癒されるのだ。ちょっとこのにおいはキツい。お腹いっぱいの状態だったら、オエッとなりそう。気になって、ちらっとゲレゲレの方を見たら、目を回して入口に這いつくばっていた。可哀想に。
「なんじゃ、そなたらは? 我が子デールにあいさつに来たのですか?」
こちらからは一言も何も言ってないのに、私たちの姿を見つけてペラペラと上機嫌に話し出す王妃。なるほど、美しい金色の髪は丁寧に結われており、髪飾りもドレスも、その他首飾りなども高級な品で着飾っている華やかな人だという印象を受ける。その華美な格好に負けないくらい、顔立ちも整っていた。ただし、化粧は濃い。
加えて、言動だけでなく、何気ない表情や雰囲気から気の強さや他者を見下す傲慢さが見えてしまうのが勿体ないところだ。王妃とは国の象徴であり、重要な政治のカードでもあるはず。で、あるならばやはり、人にマイナスのイメージを与えない方がいいだろう。狙ってやっているとか、それを補って余りある才能があるのなら別だが。
「ボク、王様になんかなりたくないよぉ……」
こっそりデールに近づくと、当の本人はそんなことを言っているし。息子のことを思っているつもりで、本人の気持ちが見えていないようだ。
「それ、お母さんにちゃんとお話しした方がいいよ」
小さな王子様の呟きにこっそり呟き返す。少年は俯いていたが、上機嫌にデールのすばらしさやヘンリーがいかに王としてふさわしくないかを、聞いてもいないのに語って聞かせてくる王妃がそれに気付く様子はなかった。
「あの、王妃様。たくさんお話を聞かせてくれて、ありがとうございます。もっと聞きたいけど、おとうさんたちのお話、そろそろ終わっているかもしれないから、わたしたち、もうもどらなくちゃ」
「あら……それは残念。この城にいる間は、いつでも遊びにきて良いのですよ。おほほほほ」
勝手に気に入ってくれたらしい王妃に頭を下げ、部屋から出る。うん、新鮮な空気とはすばらしい。あの部屋には長くいない方がいいな。思考が鈍るというか、脳が痺れるような不快な感じがある。ていうかにおいのせいで普通に気持ち悪くなる。
「ゲレゲレ、大丈夫? 次は、ヘンリー様のところに行こう?」
なんとかふらふらついてきたゲレゲレに尋ねると「ふにゃあ」と頼りない返事をされた。気持ちは分かる。私たちの何倍かまでは分からないが、嗅覚は相当良いだろうから、あのにおいはかなりしんどかっただろう。
「え、お父さんたちのところに戻るんじゃないの?」
「だって、デール様しかまだ見てないもの。あの部屋、すごいにおいだったし、ゲレゲレがかわいそうだったから、わたし早く出たくて……。リュカは大丈夫だった?」
「ちょっとくらくらしたけど、もう平気だよ。ヘンリーさまのところへ行けば、鍵が掛かってたところ以外は大体お城の中全部見れたかな?」
「うん。みんなが言ってるみたいな、いやな人じゃないといいね」
そう言って、玉座の間へつながる階段がある広間を、まっすぐ東に抜ける。王妃の部屋と違って、見張りもいない。王子の部屋なのに。
リュカは私と手をつないだまま、空いている手で扉をノックした。「誰だ」と不機嫌そうな声が返ってくる。
「僕たち、お父さんが王さまに呼ばれてお話してるんだけど、その間はお城を見て回って良いって言われてて。えーと、ヘンリー様ですか?」
ばたん、と乱暴にドアが開かれる。緑色のおかっぱ頭の男の子は、リュカよりも少し背が高い。私たちをじろじろ見定めるように睨んで、それから「子分になりに来たのか?」と聞いてくる。
「こぶんって何?」
私は純粋無垢な質問をぶつけた。すると、ヘンリーは馬鹿にしたように鼻で嗤う。
「ふふん、そんなことも知らないのか。子分っていうのはな、えーと……親分の言うことを何でも聞くんだ」
「じゃあ、ヘンリー様はおやぶんなの?」
「ああ、オレはこの国の王子だから、王さまの次にえらいんだ。すごいだろう?」
質問を重ねると、ヘンリーは胸を張った。ザイルとは別ベクトルのクソガキであるが、まあ、まだ覆面パンツという子どもながらに変態性しか感じられない格好をしていたザイルと比べると、ヘンリーの方が可愛げがあるかもしれない。愛情不足なのは情報収集により裏付けが取れて知っているわけだし。
ザイルの方はというと、氷の館ではすぐに戦いになってしまったし、リュカがいる手前「なんでそんな恰好してるの? 変態なの?」とかそういう質問はしなかったが、やはりあれは子どもだとしてもけっこう嫌だ。誰も何も思わなかったのかな、あの格好に。荒くれ者とかってみんな覆面してるけど、ズボンは穿いてる人が多いと思ってたんだけど、誰リスペクトであの恰好なんだろう。まさか自発的にやりだしたんだとしたら、……なんというか、心配になるな。
「うん、とってもすごいのね。でも、王子様とおやぶんって何がちがうの? どっちもとってもえらくて、みんなが言うことを聞いてくれるんでしょう?」
ともあれ、ザイルにあの格好をしている意図を聞く機会は失われてしまった。私は目の前のクソガキ二号、ヘンリーと向き合うこととしよう。
「王子はえらいけど、王子だからって、みんな何でも言うことを聞くわけじゃないんだぜ」
ヘンリーは寂しげな表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐににやりと笑って、バシンと私の肩をたたいた。「いたっ」と、そう大した威力でもなかったのに、口をついて言葉が出る。疲れていたことといきなりだったことで、子どもにやられただけでもよろけてしまった。手を握っていたリュカが支えてくれなかったら、そのまま尻もちをついて転んでいたかもしれない。
「お前みたいなチビで弱そうなやつは、頼まれたって子分にしてやらないけどな!」
「わはは!」と笑うヘンリーを、らしくなくリュカが睨む。
「あやまれ」
大人しそうな少年に睨まれたことに、一瞬ひるんだ様子を見せたヘンリーだったが、すぐに不快であることを顔全体で表して、さっきまでよりもさらにふんぞり返った。
「はあ? なんだお前。オレはこの国の王子だぞ。オレがこんなチビにあやまるわけないだろう?」
「アルマは何もしてないじゃないか。どうしてそんな乱暴するんだ! 転ぶところだったじゃないか!」
「リュカ、わたし、大丈夫よ。リュカがささえてくれたから。ね?」
珍しい。そう思って隣にいる少年を宥めようとするが「そういう問題じゃないんだ」と怒りを収めないまま、リュカはヘンリーを睨み続けていた。
「な、なんだよ……生意気なやつだな。お前より、オレの方がえらいんだぞ」
「君なんか、全然えらくない。君は王さまの息子ってだけで、全然すごくないじゃないか。年下の女の子を突然たたくなんて、えらい人のすることじゃない。アルマにあやまれ!」
さすがリュカ。正義感が強く、優しい男の子である。でも、私としては彼と信頼関係を築いて、パパスさんが護衛しやすいようにしようと思っていたのに、これでは「お前の父さんとなんか、一緒にいられるか!」と言って完全シャットアウトにされる可能性がある。それだけは本当に避けたい。「ズッ友大作戦」が早くも瓦解しかけている。
私はたった四人で死地に向かう勇者様を見送ったときのことを思い出していた。もちろん、勇者様が世界を救って、またお顔を見せてくれることを信じていた。同時に、たった四人に世界の命運を託さねばならない理不尽に憤りと不安を抱いていた。私が力になれたらよかったのに。また生きて、会えるのだろうか。
そんなことを思い出していれば、自然と涙が出てくる。
「えぐっ……リュカ、おこっちゃやだよぉ……」
ぎょっとした顔をしている少年二人が一斉にこちらを見た。とはいえ、勇者様パワーも長続きはしない。勇者様は立派に世界を救って、今は漁師としてのびのび暮らしているし。私はそれ以上顔を見られる前に、ゲレゲレの毛皮に顔をうずめた。
「ふ、ふん……泣き虫め……」
「王子さまとおともだちになれたらいいなって思っただけなのに……けんかしちゃやだよぉ……」
「アルマ。でもね、やっぱりヘンリーのやったことは良くないし、あやまらなくちゃいけないことだから……」
オロオロを二者で異なる表現をしていた少年たちだが、リュカの言葉に反応してヘンリーがリュカに突っかかる。頭上で大きな声が飛び交ってうるさい。
「ヘンリー!? お前、オレは王子だぞ! 呼び捨てなんて無礼なんだからな!」
「君に『様』なんて付けるもんか! ヘンリーで十分だ!」
「ふたりとも、おこっちゃやだぁ」
そしてたまに茶々を入れる。ゲレゲレの毛皮は気持ちいい。ちょっと獣臭いけど、太陽の下で活動しているからか、おひさまのにおいもする。私は寒い演技を続けながら、オチの付け方を考えていた。どうしよう、これ。
「アルマ。僕はアルマに怒ってるわけじゃないんだよ。ヘンリーに怒ってるんだ。アルマは怖がらなくていいんだよ」
「ッケ、チビのごきげん取りかよ。かっこわりぃ」
リュカとヘンリーの表情は見えない。私が未だにゲレゲレをもふもふしながら顔をうずめているからだ。ただ、私の背中をさすっているのがリュカであろうことは想像するに容易だ。ヘンリーだったら言動の不一致が激しすぎて脳が処理できない。
「アルマ、大丈夫? もう行こうよ。僕たち、お父さんのところに戻らなくちゃ」
「ぐすん……もう大丈夫よ」
涙をぬぐうふりをして顔についたゲレゲレの毛をさっと払い、私はじっとヘンリーを見た。非常に気まずそうに、顔をそらしている。当然、目は合わない。リュカは私がヘンリーを睨んでいるのを見たからなのか、私の背中に触れていた手をそっと外した。
「でもわたし、リュカとヘンリー様が仲良くしてくれなくちゃいや」
むうっ、と頬を膨らませて、怒っていますアピールをする。もちろん怒っていない。けれどこのままでは困るのだ。二人には現時点でズッ友になってもらわないと。
「パパスおじさんのところには、わたしが行ってくる。リュカはヘンリー様と仲直りするまで、ここにいてね。仲直りできなかったら、わたしもう、リュカと口きかないんだから。ヘンリー様だって、リュカと仲直りしないなら、わたしのことぶったの、ぜったいにゆるさないから!」
「えっ、アルマ、ちょっと待っ……」
「わたし、行ってくるから! ちゃんと仲直りしてくれなくちゃいやよ!」
つん、とそっぽを向いて「行こ、ゲレゲレ!」とゲレゲレを伴ってその場を小走りで離れる。ゲレゲレは空気を読んでついてきてくれた。
うん。自分で言っておいてなんだけど、直す仲も元々構築してない両者にさせる仲直りとは、これいかに。