とりあえずはこれで、私がパパスさんを呼びに行ってくる少しの間くらいはヘンリーが一人になることはなくなった。戻ってみて、「仲直り」とやらをしていなかったら監視という名目でヘンリーを言いくるめ、パパスさんと一緒にいさせる。していたらしていたで、仲直りの証に家族仲良く、ということでパパスさんが遊びの場に同席することを許可させる。今のところはこれでいこう。
「パパスおじさぁん!」
私は見知った人影を見つけて、小走りのまま声を掛けた。
「おお、アルマ。リュカはどうした? 話が終わってしばらく待っていたが、二人が来ないので探しに行こうと思っていたところなのだ」
「えっとね、リュカとヘンリー様がけんかしちゃったの。だからわたし、仲直りするまでゆるしてあげないって言って、おじさんをむかえにきたのよ。ね、一緒にヘンリー様のおへやに行きましょう? 二人とも、仲直りしてるかしら」
さっさとヘンリーの部屋まで行こうとパパスさんの手を引くと、案の定戸惑った顔をしていた。
「リュカが喧嘩? 珍しいこともあるものだ……一体何が?」
「えっとね、ヘンリー様に『こぶんになりに来たのか』って聞かれたんだけど、『お前みたいなチビで弱そうなやつはこぶんにしてやらない』って、わたし、肩をたたかれたの。わたしが転びそうになって、リュカが怒っちゃって、『あやまれ』『あやまらない』って、ヘンリー様と喧嘩してるの。わたし、けがなんてしてないから、大丈夫って言ってるのに」
急かすように手を引けば、パパスさんは私を抱き上げて、長い脚ですたすたとヘンリーの部屋まで歩いて行ってくれた。楽でありがたい。ゲレゲレはちょこまかとその後をついてきている。
「だからわたし、リュカにはヘンリー様と仲直りするまで口をきかないって言っちゃったし、ヘンリー様にはリュカと仲直りしないなら、ぶったことゆるさないって言っちゃったの……」
しゅん、としたような顔をする。こんな見え見えの演技で粗を見抜かれてもしょうもないので、俯いてパパスさんの胸に顔を寄せると、大きな手で頭を撫でられた。
「アルマは二人が仲良くしなかったことに怒ったのだな」
「うん。わたし、二人に仲良くしてほしかったの。王子様とおともだちになって、みんなで遊べたらいいなって思ってたの」
「ふむ。ほら、着いたぞ。……ヘンリー殿下、リュカ! 入るぞ!」
扉の前で口論していたはずの二人は、仲直りどころか、閉じた扉の先でキャットファイトをしていた。戦闘慣れしているリュカが優勢だが、さすがに手加減はしているのか、王子に目立った傷はない。今はヘンリーに馬乗りになったリュカが、ラインハット第一王子のほっぺをつねっている。
「ひょまへ! ひょんなひょとひてううはれふとおおっへるのは!?」
「うるさいうるさい! 君のせいでアルマに嫌われちゃったじゃないか!」
こちらに気が付いた様子はない。パパスさんは私をそっと下ろして、リュカに拳骨を落とした。
「痛っ!? ……お、お父さん!? アルマも!?」
さあっと顔を青ざめさせるリュカ。いや、私しっかりはっきりパパスさんを呼んでくるって言ったじゃん。何聞いてたの君。まあ、私の歩調に合わせずパパスさんの長い脚で歩いてきたから、到着予定時刻は大分早まったけれど。
「お前、お前ぇ……許さないからな! お前の父親もクビだ! この城から出て行け!」
リュカから解放されたヘンリーが立ち上がって、キッと顔を真っ赤にして泣きながらリュカを睨んだ。パパスさんはしゃがみこんで彼と目線を合わせ、「それは出来かねますな」と穏やかに、けれどきっぱり告げた。
「ふざけるな! オレは王子だぞ! 王様の次にえらいんだ! オレ言うことが聞けないのか!?」
「たしかに、あなたはこの国の王子だ。そして、私はあなたの御父上――あなたよりも『偉い』王様に雇われております。つまり、あなたでは私を解雇できないのです」
顔を真っ赤にしたまま、ぶるぶると震えたヘンリーは、パパスさんに指を差して怒鳴る。
「じゃあ、じゃあ、ここから出ていけ! この部屋はオレのものだ! 部屋の主が命じているんだぞ! 出ていけよぉ!」
「出て行かないわ!」
ふん、と私が胸を張る。いいぞ、いい展開になってきた。
「わたし、言ったもの。リュカと仲直りしないなら、ヘンリー様のことゆるさないって。ゆるしてないから、ヘンリー様の言うことなんて聞いてあげない!」
「なっ……! なっ……!!」
言葉を紡げないヘンリーに、私は追撃とばかりに仁王立ちする。
「パパスおじさんだって出て行かないわ。おしごとだもの。っていうことは、ゲレゲレだってそうよ。今日はみんなで、一緒にごはんを食べて、お風呂に入って、この部屋でねるのよ」
「アルマ、それって僕も……」
「つーん」
リュカを無視する必要はないが、仲直りしていないという条件は二人平等なので、私はわざとらしくそっぽを向いた。
「殿下、どうやらアルマはこうなったら聞きませんぞ。覚悟を決めて、リュカと仲直りされるか、我々と一緒に過ごすしかなさそうです」
笑いながら、パパスさんがヘンリーの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「わっ!? ぶ、無礼だぞ! 親子揃って……!!」
パパスさんの手が離れると、ヘンリーはせっせとさらさらのおかっぱを撫でつけていた。
「私はパパス。御存じかも知れませんが、御父上に呼ばれ、あなたのお守りをするように言われております。あなたと大喧嘩していたのが息子のリュカ。そしてこちらの強情娘が、アルマといいます。そちらの猫はゲレゲレ。皆、あなたの良き遊び相手となってくれることでしょう」
朗らかに私たちの紹介をしたパパスさんとは対照的なヘンリーは、そんな「お守り役」の戦士を地団駄を踏みながら怒鳴りつける。
「認めない! 認めないからな! 父上に言いつけて、すぐにお前なんかやめさせてやる!」
「わっはっは! では、私は御父上から解雇を言い渡されるその日まで、誠心誠意働かせていただくといたしましょう!」
ぷりぷり怒っているヘンリーはしかし、私たちが部屋から出ていくことを諦めたらしい。むしろ、部屋の中にみんなでいるよりはと思ったのか、パパスさんの横をすり抜けて部屋から出て行った。
「ヘンリー様、どこに行くの?」
「言っただろう、父上に言って、お前の父親をやめさせるんだ!」
すたすたと歩くヘンリーの後ろをついて行ってる私とパパスさんは、顔を見合わせてクスッと笑った。
「ね、ねえ、アルマ。もう怒ってない?」
「つーん」
「ほ、本当に口をきいてくれないの?」
「つーん」
「諦めなさい、リュカ。アルマはお前がヘンリー王子と仲直りするまでは、このままだろうさ」
涙目のリュカを袖にするのは罪悪感があるが、まあそういう流れだ。少なくとも、これで私たちがヘンリー王子のストーキングをする口実ができた。いや、リュカは私への思いやりと理不尽に対抗する正義感を発揮しただけで全然悪くないけど、パパスさんの命には代えられまい。作戦の犠牲となってくれ。
「父上! 今すぐにこのパパスとかいう男をクビにしてください! それと、こいつらも! みんな追い出してください!」
「おお、ヘンリーや。一体どうしたと言うのだ」
玉座の間には、二人の話が終わったからか、衛兵も戻ってきていた。喚き散らすヘンリーには呆れた目が、私たちには同情の目が向いている。ラインハット王は癇癪を起している息子の様子に動じることもなく、穏やかに声を掛けた。
「こいつら、無礼なんです! 僕のことを呼び捨てにしたり、僕のことをつねってきたり!」
「それはヘンリーが先にアルマをぶったからだろ! アルマは何にもしてないし、僕との喧嘩で先に手を出してきたのだって君だ! だいたい、『僕』ってなにさ。さっきまでは『オレ』って言ってたくせに!」
ヘンリーの主張に、やっぱり珍しいことにリュカが声を荒げる。パパスさんも、そんな息子の様子を珍しそうに見ていた。
「か、関係ないだろ、お前には! ともかく、こんなやつらと一緒に過ごすのなんて耐えられません! すぐにクビにしてください!」
「ふむ……」
ラインハット王が髭を撫でつけながら、王の御前にも関わらずわーわー言い合う少年たちを見て、それからパパスさんの方を見た。父親二人は言葉を交わさずとも頷き合い、それからパパスさんがラインハット王にそっと何かを耳打ちをする。必死な息子たちはその様子に気付かないまま、再びキャットファイト寸前までいっていた。衛兵たちがオロオロと、少年たちを止めるべきかどうか困ったように突っ立っている。
「静まらんか、小僧ども!」
ラインハット王の一喝。リュカはもちろん、ヘンリーも動きを止める。ヘンリーなんか、油の切れた機械みたいなぎこちない動きで父親の方を見て、それから泣きそうに顔を歪めた。
「ヘンリー、そなたの言い分はよく分かった。しかし、パパスを解雇することはできぬ。わしがパパスをそなたのお守りに命じた理由は、ただお守りをするだけでなく、この者から学んでほしいことが多くあるゆえ。ヘンリー、そなたは確かにこの国の王子である。しかし、この子らとそなたは対等な立場と心得よ。なぜなら、パパスはわしに雇われている身でありながら、わしの客人でもあるのだから」
「そ、そんな……」
ヘンリーの絶望しきった顔に、ラインハット王は厳しい表情を返す。
「さて、そうと分かったらヘンリー。この者たちに城を案内してやりなさい。ああそうだ、そこの……アルマといったかな。彼女に言われたそうじゃないか。これからは彼らと食事を共にし、風呂に入り、同じ部屋で眠るといい。そなたの部屋にこの者たちの分の寝具を運んでおくように命じておこう」
「ち、父上! そんなの耐えられません! 僕は――」
「くどい。わしはお前を少々甘やかし過ぎたようだと反省しておる。これからはパパスの言うことをよく聞くのだぞ! よいな?」
ヘンリーはうなだれ、「はい……」と掠れた声で言った。それからとぼとぼと階段を下りながら、すすり泣いている。俯いていて表情は見えないが、ぐずぐずと鼻をすすっているので、泣いているのは間違いないだろう。
「ヘンリー様、いつもどこであそぶの?」
私は空気を読まずに声を掛けた。だって、ヘンリーに引っ張られてなのか何なのか、リュカまでじめじめした空気を醸しているし。
「ぐす……お前には、ひっく……関係ないだろ……」
「関係あるよぉ。私たち、これからしばらく一緒に遊ぶんだから! ねぇ、ヘンリー様がすきな遊びはなに?」
返事がないので、勝手に話を続ける。男どもは沈黙だ。空気がじっとりしていて嫌な感じである。パパスさんは様子見って感じで口を挟もうとしない。
「わたしはねぇ、おにごっこもすきだけど、絵本を読むのとか、お歌をうたうのもすきよ。かくれんぼは嫌い」
うっかり「かくれんぼをしよう!」なんて流れにならないように、先に言っておく。これなら、この短時間で植え付けた私の強情さを押して「かくれんぼ嫌い! やらない! 隠れさせない!」という手段に出られる。超わがままで普通に嫌われそうだけど、まあ別によかろう。「ズッ友作戦」が始まる前から終わったために、私が彼からの好感度を稼ぐ必要はなくなった。とはいえ、一緒に過ごすならば本当に嫌いな相手といるのはつらいだろうし、お互いのために徐々に仲良くなっていく必要はあるだろうが。
「もぉー……どうして泣いてるの? そんなに王様に怒られたのいやだったの?」
「ッ泣いてない!!」
デリカシーの欠片もない発言に、ぐしぐしと乱暴に顔をぬぐったヘンリーは、真っ赤になった目で私を睨んできた。そういえば、後ろの方ではパパスさんがリュカに何かをこそこそ話している。なんだろう。
「遊びたいんだったな、お前。いいぞ、遊んでやったって。こっちに来い」
「うん! なにするの?」
手を引っ張られて、中庭の方へ連れられて行く。王様に言いつけられたのは城の案内だが、私たちはもう十分に見て回ったし、パパスさんがラインハット王と友達なら、案内されずともよく知っていることだろう。なので、別に誰も「城の案内」ではなくなっていることに口は挟まなかった。まあ、リュカは年下の女の子に無視をされてそれどころじゃないのかもしれないが。かわいそうに。
「これだ」
ヘンリー王子がつまみあげたのは、カエルだった。普通……よりも、少し大きめの。
「オレがいつもしている遊びは、こいつを人の背中に入れたり、顔に向かって投げたりすることだ」
「カエルがかわいそうだよ」
「うるさい! お前、オレと仲良くしたいんだろ。やってこいよ。そうだな、この時間なら厨房で休憩している男がいるはずだ。そいつの顔面に投げてこい」
ぽいっとカエルを手渡される。厨房で休憩している男とは、多分カエルが苦手と言っていた男性のことだろう。かわいそうに。
「アルマにそんな意地悪なことさせられないよ!」
「お前には言ってないだろ!」
「言われてないけど……アルマ、こんなやつの言うこと、聞かなくていいからね!」
「つーん」
リュカ、かわいそう。でも、私もどこでこの設定を覆せばいいのか分からなくなってしまった。表面上だけでいいから、仲良くしてくれれば私もこんな無益な行動をとらなくていいのに。
「お、お父さん……お父さんからもアルマに言ってよ。人にされて嫌なことは、自分もやったらいけないって、お父さん、前に言ってたじゃない」
涙目で父に縋る息子に何を思ったのか、パパスさんはリュカの頭を撫でた。
「アルマ、突然カエルを顔に投げつけられたらどう思う?」
「びっくりする」
「嫌だと思うか?」
「そのせいでカエルが死んじゃったらいやかなぁ……」
「では、お前の御父上の顔面にカエルを投げつけるやつがいたらどうする?」
「ええ……多分おとうさんはそんなのひらりと避けるか受け止めるから、どうもしないよぉ」
突然投げられたカエルをひらりと避けるシャークアイ様、かっこいい。むしろ避けそこなってぶつかってもかわいい。まあ、その場で私は何もしなくても、ぶつけたやつにはその意図を小一時間程度問い詰めるかもしれないけど。
「……突然カエルを投げつけられたら大多数の人間が嫌だと思うものなのだが、この一般論を聞いてどう思う?」
「いっぱんろんを確かめるために、一回やってみるね!」
にっこり笑えば、パパスさんは笑っているのを誤魔化すように額に手を当てていた。ただし、肩が揺れているし、長身なので下からのぞきこめば髭に隠れた口元が笑っているのが見える。一方、意外そうな顔をしていたのはヘンリーだ。リュカは暗い顔でぶつぶつと何かをつぶやいていた。ダークサイドに落ちないように、機を見計らってフォローしておこう。
*
僕はヘンリーが嫌いだ。意地悪で意地っ張りで、乱暴で、王子だからってえらそうだ。それなのに、ヘンリーと仲良くしないとアルマは口をきいてくれないって言う。
アルマは一つ年下の五歳の女の子だ。ある日海で溺れているところをお父さんに助けられて、コスタールっていう国か、グランエスタードっていう国を探すために僕たちと旅をしている。さらさらな黒い髪の毛に、笑うと三日月みたいに細くなる黒い目は、僕と同じ色なのが、本当の妹みたいでうれしかった。海が好きなアルマはよくお父さんの船に乗せてもらっていたみたいで、日焼けした肌は太陽の光できらきらして、なんだか眩しく見える。
「アルマは僕のこと、本当に嫌いになっちゃったのかな……」
どこか楽しそうに、男の人の顔にカエルを投げに行ったアルマを見ながら呟く。アルマは石だろうとお皿の破片だろうと、投げた物は外さない。あの男の人、さっき話したときに「カエルが苦手」って言っていた。それなのに、それを知っていて、どうしてアルマはカエルをぶつけようと思ったんだろう。
アルマは優しい子で、洞窟で薬師のおじさんを助けたときも、レヌール城でおばけ退治をしたときも、妖精の国で春風のフルートを取り戻したときも、どんなときだって思いやりを忘れなかった。僕が戦いで傷付けば、すぐに気が付いて薬草をくれたし、ビアンカが怖がっているのに気が付いて、自分が怖いからって言って手をつないであげていた。妖精の国では四人で協力して戦えるようにいつだって声を掛けてくれた。
「いいや、そうではないさ。アルマもまた、自分で言い出したことだから、意地になっているんだろう」
お父さんが、僕の言葉にそう言ってくれる。
「お父さん、アルマは人にカエルを投げつけるような子じゃないよ。それも、相手の人がカエルが苦手だって知ってるのに。ヘンリーが王子様だから、言うことを聞いたのかな?」
「リュカ。それは違うと、お前も分かっているんじゃないのか?」
どうして、お父さんはアルマとヘンリーを止めないんだろう。二人について行くと、やっぱり、アルマは狙いを外さなかった。可哀想に、椅子から転げ落ちて悲鳴を上げる男の人を見て、ヘンリーはお腹を抱えて笑っている。それから、二人して厨房のおばさんに「食べ物を扱うところに食材じゃない生き物を持ち込まないでください!」と怒られていた。
そうだ、お父さんの言う通り、僕だってヘンリーが王子様だからって、アルマが言うことを何でも聞くような子じゃないって、知っている。それに、何でも言うことを聞くなら「ゆるしてあげない」なんて言わないだろう。なのになぜ、怒られるのが分かっていてあんなことをしたんだろう。
「リュカ、人と仲良くなるには――友達になるにはな、とっておきの方法がある。アルマは、ヘンリー王子と友達になりたいと言っていただろう。知ってか知らずか、あの子はそれを実践しているだけなのだ」
「それって……どんな方法なの? 人に嫌がらせをしないと友達になれないなんて、僕、嫌だよ」
「いいや、そんなことではない。お前だって、ビアンカちゃんと友達だろう。どうやって仲良くなったか、よく考えてみるといい。そうすれば、自然とヘンリー王子とも仲直りして、アルマも自分の言い出したことを引っ込めず、また仲良くできるだろうさ」
笑い合っているアルマとヘンリーを見て、心がもやもやする。アルマ、ヘンリーのことゆるさないって、言ったのに。どうしてそんな相手と、そんな風に笑えるんだろう。ヘンリーはアルマのこと、理由もなくたたいたり、チビって言ったり、嫌なやつなのに。
「お父さん。僕、ビアンカとは友達だけど、ヘンリーとは友達になれないと思う」
「そうか。まあ、さっき言った通り、父さんはこれからヘンリー王子のお守りをしなければならない。アルマはヘンリー王子のことを『許さない』から、一緒にいることだろう。お前はどうするのだ? ヘンリー王子と友達になれないから、一人でサンタローズにでも戻るのか?」
お父さんは真剣な顔をしていた。もし、僕が「うん」と頷けば、サンチョに手紙でも出して迎えに来てもらうとでも言いだしそうな、そんな雰囲気だった。僕は、アルマが口をきいてくれないのとは別に、なんだか泣きそうな気持ちになる。こんなに嫌なことばっかり続くなら、ラインハットになんか来なければよかった。お父さんを追い掛けないで――それはかなり寂しいけれど――サンタローズで、アルマやゲレゲレと、サンチョの美味しい料理を食べて待っていればよかったんだ。
「そんなこと、するわけないよ。ヘンリーとは友達になれないけど、僕はアルマとも、お父さんとも、ゲレゲレとも、みんなで一緒にいたい。それに、お父さん、言ったじゃない。これからは僕と遊んでくれるって。あれは嘘だったの?」
僕がそう言ってお父さんの腕を掴めば、お父さんは目元をやわらかくして、「そうか」と頷いた。
「もちろん、嘘ではないさ。遊ぶ相手が、お前やアルマの他に、ヘンリー王子も増えたというだけでな。さあ、見ろ。二人が追い出されているぞ。もうすぐ料理を作り始めるようだ」
そういえば、お昼過ぎにサンタローズを出て、もう太陽が落ちかけていた。すっかり夕方だ。アルマが眠い眠いと何度も言っていたように、僕も疲れているし、眠かった。だって、今日はなんだかとっても一日が長い。
「料理が出来上がるまでに、風呂に入るとしよう。王城の風呂だ、楽しみにしておくといい」
お父さんが使用人のおじさんに話し掛けると、僕たちのお風呂はすぐに用意された。着替えはいつもの旅装束があるからと思っていたけど、お城の人が子ども用の寝間着と、お父さんのための服を用意してくれていた。お父さんの言う通り、お風呂はとても広くてぴかぴかで、僕はなんだか、ヘンリーへの怒りも忘れて呆然としてしまった。
「ふふん、すごいだろう。本当なら、ここは王族やその客人しか入れないんだぞ。それをお前らと、そこの猫まで入れてやるなんて、絶対にありえないんだからな」
ヘンリーが裸んぼで胸を張る。
「いつもなら使用人に体を洗わせるんだ。それをお前の父親のせいで、自分で洗うことになったんだぞ」
それからすぐに不機嫌な顔になってお父さんを睨んだ。
「まさか、リュカやアルマでさえ自分で体を洗えるのに、殿下はできないのですかな? だとしたら申し訳ないことをしました」
「そうなの? ヘンリー様、自分で体あらえないの? じゃあ、みんなで背中流しっこしましょうよ! わたし、パパスおじさんの背中洗ってあげる!」
「おお、ありがとう。では、私は殿下の背中を流して差し上げよう」
「じゃ、じゃあ、僕、アルパカのときみたくアルマの背中流してあげるね!」
「つーん」
一向に返事をしてもらえないことに、落ち込む。「にゃおん」とゲレゲレが僕の頬を舐めた。僕はゲレゲレを洗ってやることにした。ゲレゲレは猫だけど、水を特別嫌がる感じはない。みんな一緒だからだろうか。ためしに、足元をちょっとだけ湯船のお湯で濡らしてみたが、濡れた前足をぺろっと舐めただけで、嫌な顔はしなかった。
「ふん、お前みたいな力加減の出来なさそうなやつに体なんか洗わせられるわけないだろ。オレは自分で洗う。お前らは勝手にしろ」
「あ、よかった。おじさん、ヘンリー様、自分で体あらえるみたいよ」
「チビ! お前そろそろいい加減にしろよ!」
「あー、おこったぁ。こわいよぉ」
アルマがお父さんの後ろに隠れて、キャッキャと笑う。僕は泣かないようにしながら、ゲレゲレを丁寧に、丁寧に洗ってやった。お風呂から上がって拭いてやると、ゲレゲレは今までよりもさらにきれいでふわふわの毛並みになった。
夕食は、王様とも一緒に食べることになった。本当は王妃様とヘンリーの弟のデール様も誘ったらしいんだけど、ヘンリーがいるから断られたと、兵士さんがこっそり教えてくれた。
「リュカ、アルマ。この城はよく見れたかね?」
「はい! 探検させてくれて、ありがとうございました」
ぺこっと頭を下げるアルマ。僕はそれに続いて頭を下げるだけにした。こんなお城、本当は早く出て行きたい。ヘンリーを怒ってくれた王様は悪い人ではないんだろうけど、僕はもう、このお城の全部、苦手になっていたのだ。
お父さんや王様は、僕たち子どもにいろんな質問をしてきた。僕にも、アルマにも、ヘンリーにも。王様は僕たちに今までの旅のことを聞いてきたし、お父さんはヘンリーにお城での生活について聞いていた。ヘンリーも、王様がいるからか、それまでみたいにお父さんに失礼な態度は取らない。そっけないけれど、質問にはちゃんと答えていた。
「それでは、アルマはコスタールとグランエスタードという国を探しているのじゃな」
「はい。王様はしっていますか?」
「ふむ……わしは聞いたことがないが……調べさせるようにしよう」
「ありがとうございます!」
アルマはうれしそうに笑っていた。そうだ、アルマは帰りたいんだ、お父さんとお母さんのところに。僕だって、気持ちは想像できる。お父さんと離れ離れになったら、どうしても会いたくなると思う。会えるなら、なんだってすると思う。それに、アルマはしっかりしてるけど、まだ五歳なんだもの。
夕飯を食べ終わって、ヘンリーの部屋に戻ると、僕たちのためのベッドが用意されていた。ヘンリーの部屋は広くて、簡単なベッドが二台入ったって、全然窮屈に感じなかった。ヘンリーは「部屋が狭くなった」って怒っていたけど。子どもだからってまとめられたのだろう。アルマは相変わらずつーんとしていたけれど、僕と同じベッドで寝ることを嫌がりはしなかった。
朝、目が覚めるとお父さんはもう支度を終えていた。王さまと昨日の夜、これからのことを話し合ったらしい。そういうことで、僕たちは午前中は剣の稽古と簡単な勉強、午後はみんなで遊ぶことになった。剣の稽古は楽しかったし、ヘンリーよりも僕の方が上手だったから、僕はすぐにこの時間が好きになった。だけど、勉強は苦手だった。というのも、僕は文字が読めないけど、ヘンリーは読める。それをえらそうに自慢してくるのだ。
「アルマは文字が読めるの?」
「うーん、完全に一緒ではないけど、基本似てるから読める……じゃなかった、つーん」
僕はちょっと笑った。アルマは僕と口をきかないことを忘れちゃっていたみたいだ。だから、きっと僕のことを嫌いになったわけじゃないんだと思う。お父さんが昨日言ってたみたいに、「仲直りするまで」って自分で言っちゃったから、引っ込みがつかなくなっただけだったんだ。それが分かると、ちょっとだけ心が軽くなった。アルマったら、子どもなんだから。まあ、僕の方がお兄ちゃんだから、アルマとまた遊べるように、僕がヘンリーと仲直りしてあげよう。
「ヘンリーさま、午後は何するの?」
「大臣のカツラを取ってやろうと思ってる。あいつ、いっつもオレに説教してきて、ムカつくんだ」
アルマが聞くと、ヘンリーがアルマに耳打ちをした。多分お父さんに聞かれないようにするためなんだと思うけど、残念ながら僕にも聞こえたくらいだからお父さんにも聞かれていると思う。
「あ、あの。それ、僕もやっていい?」
「えっ?」
小さく手を上げると、びっくりしたようにアルマがこちらを見た。仕方がないじゃない。僕はヘンリーのことが嫌いだし、友達になんかなりたくないけど、仲良くしてほしいって言ったのはアルマなんだから。
それに、お父さんは仲良くなるための方法がなんなのか、詳しいことは教えてくれなかった。僕はこの「悪戯」にヒントがあると思う。だから、本当はそんなことしちゃいけないって分かってるけど、やってみないことには分からないこともある、と思う。
「なぁんだ、良い子ぶってたくせに、本当はお前もやりたかったんじゃないか」
「ちがうけど……でも、なんでそんなことやりたいのか、全然分からないから、やってみたら何が楽しいのか分かるかと思って」
「おう! それならこっち来い! パパス、お前は聞くなよ! 邪魔もするんじゃないぞ!」
「ほどほどになさってくださるなら」
こうして、作戦会議が開かれた。お父さんは遠くの方で壁に背中をもたれさせながらこっちを見ている。大勢の前でカツラを取るのはかわいそうだ、ということで、やるのは大臣が一人でいるときになった。ヘンリーが僕とアルマを紹介するっていう形で大臣の部屋に入って、ヘンリーが大臣の気をそらしている間に、僕がカツラを取る。なんでも、ヘンリーは「けいかい」されてるから、カツラを取る役には向いていないんだそうだ。
お父さんは仕事のこともあるからヘンリーから離れられないけど、邪魔はしないということで大臣の部屋の近くで待っててくれることになった。
ヘンリーは大臣の休憩時間に合わせて、部屋のドアをノックした。うう、ドキドキする。大臣はドアを開けて、ヘンリーを見て眉をぴくぴくと動かした。
「よお、今、休憩時間だろ? アルマとリュカ、ゲレゲレだ。紹介に来たんだけど、お茶でも出してくれよ。知ってるんだぞ、休憩時間にいつもすっごくうまそうなクッキー食べてるだろ」
「うっ……殿下、まったくどこからそんな情報を仕入れてくるやら……はぁ、どうぞ、おあがりください」
大臣は嫌そうだったけど、諦めたみたいで、僕たちを部屋に通してくれた。椅子を出してくれたので、素直にそこに座る。大臣も座った。座れば、僕にも頭に手が届きそうだ。もともと、この人はそんなに背が高くない。僕はドキドキしたまま、大臣をじろじろ見た。
「どうかしましたかな? えーと」
「リュカです。え、えっと、僕、緊張しちゃって。突然押しかけて、ごめんなさい」
「リュカはビビリなんだよ。城の案内とか、人の紹介とかしてやってんだけどさ、縮こまっちまって」
僕が頭を下げれば、ヘンリーがやれやれと首を振る。泣き虫の君には言われたくない。それに、僕はヘンリーに案内も紹介もしてもらっていない。アルマと二人で探検に行っただけだ。
「わたしがアルマです! ねえねえ、大臣さん、この部屋、本がすっごくたくさんあるのね。大臣さんってどんなお勉強をするの? すごい人なんでしょう?」
元気よく質問するアルマに、大臣はヘンリーに向けるのと違って、にこやかな顔を向けた。
「ああ、子どもには難しいかもしれないが、国のお金をどうやって使うかとか、この国で暮らす人たちが住みやすいようにどうすればいいか、勉強しているんだよ。さて、殿下。クッキーとお茶です。侍女たちが淹れるものほど上手くはありませんが、どうぞ」
ちらり、とヘンリーに視線を向けられる。僕はごくりと唾を呑み込んだ。
「おお、やっぱりうまそうだな。ところで大臣、オレ、どうしても確認したいことがあって」
ヘンリーが真剣な顔になる。なんの話だと思っているのか、つられたように大臣も真剣な顔になった。
「とても大事な話なんだ。……そうだな、資料もいる。リュカ、そこの本棚の本を取ってくれ。大臣、よく聞けよ……」
ドキドキ。僕は立ち上がり、本棚に向かうふりをして大臣の後ろに立つ。
「それは、もしや――」
「今だッ!!」
大臣が何かを言い掛けたとき、ヘンリーが大きな声を出す。僕は無我夢中で、その声に従って大臣の頭に手を伸ばし、カツラを取った。隠すもののなくなった大臣の頭は、つるりと部屋の明かりを反射して光っていた。
「はーっはっはっは! お前がカツラだってことを、確認させてもらったぜ! こいつらに、ちゃんと本当の姿を紹介してやりたかったんだよ! はっはっは!」
「で、殿下ーッ! 毎度毎度! あなたは将来この国の上に立つ方なのですぞ! このようなくだらない振る舞いはおやめください!」
僕の手からカツラをひったくった大臣はいそいそと頭に再びそれを乗っける。そんなに大事なのかなぁ。僕はそんなに必死になって隠すような恥ずかしいものではないと思うけど。
大臣にはすごく怒られたけど、ヘンリーは全然気にしないで大笑いしていた。アルマも、堪えようとしていたけれど、ぷるぷる震えていて、笑っているのがバレバレだった。僕もつられて笑ってしまった。アルマは「リュカ、大成功だったね」とにやっと笑って僕に話し掛けた。こうして、僕はお兄ちゃんなので、彼女の意地を守ってあげて、再び彼女と話をすることができるようになったのだ。
それから、僕たちは悪戯三人組として、ラインハットで有名になってしまった。やりたいことをヘンリーが言い出して、その作戦を三人で考えて、実行する。ときにはお父さんを出し抜いて、城下町に抜け出したこともあった。でも、出し抜いたと思っていてもなぜかお父さんにはいつも抜け出したことがすぐにばれてしまって、後をつけられている。なんでそんなことが分かるかって、そうっとヘンリーの部屋に三人で帰ると、先回りをしていたお父さんが部屋で待っているのだ。それから、僕たちが抜け出した間のことを話して、「ずいぶん楽しそうだったな」と締めくくり、全部バレてるってことを嫌でも知らされる。
本当はいけないって分かっていることだけど、三人で悪戯を考えてやってみるのは楽しくて、僕たちは大人に何度怒られようとも、やめられなかった。お父さんを出し抜くのはまだまだ難しそうだけど、でも、悪戯が成功したときには達成感もある。いつの間にか、僕とヘンリーは仲良くなっていた。もちろん、喧嘩は何度だってしたけれど、もうアルマは「喧嘩するな」とは言わなかった。
僕はラインハットという国が好きになった。王妃様はヘンリーと仲良くしている僕たちのことを嫌いになってしまったようだけれど、デールはいつも羨ましそうに僕たちを見ていた。だから、王妃様に見つからないように、たまに悪戯に誘ってあげた。兵士たちは、僕たちがデールを誘うのを見逃してくれる人が多かった。僕たちは誘えるときにはデールも誘って、四人と一匹でお城の中や外で悪戯をして回った。王妃様の監視が厳しくなって、デールは外に連れて行けなかったけれど。だけど、デールは連れ出すときいつもうれしそうだった。あの頭の痛くなる部屋にいるときよりずっと元気に動いて、大きな声で笑っていた。
午前中は剣の稽古。僕とヘンリーは稽古の最後に必ず一本勝負をするようになった。勉強は、分からないところをヘンリーが教えてくれるようになった。午後、悪戯のネタがないときや天気が悪いときは、お父さんが遊んでくれた。ビアンカも、サンチョもいたらもっと楽しいのに。そう思って、習ったばっかりの文字を使って、二人に手紙を書いてみようと思った。お父さんに言えば「文字だけじゃなくて、文章を書く練習にもなってよいだろう」と書き方を教えてくれることになった。勉強も少しずつ好きになってきた。最初は嫌いだったラインハットは、僕にとってすごくすてきな国で、大人になってヘンリーが王様になったら、またこの国に遊びにきたいと思った。