ランバートは最悪な男だった。戦争では多くの金が動く。戦火が広まれば広まるほどその金額が大きくなることを彼は知っていた。その恩恵に与れる職の一つがウィッチャーだ。戦争によって生み出された死体の山はグールを引き寄せた。そしてそのグール討伐依頼の山はウィッチャーに多くの富をもたらした。その繁盛期がやってきたと知って、ランバートは戦争へ行った。

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ランバートは戦争へ行った。

 戦争が始まった。ランバートはその報を聞いてすぐに前線へ向かった。途中でコーエンと出会い前線への旅に誘おうとしたが、彼には既に戦友がいた。結局1人で行くことになった。

 リヴィアとエイダーンの国境近くまで来ると、ところどころに狼煙が見えた。それが軍の合図によるものなのか、人々の家が焼かれたものなのかは分からなかった。だが、前線の『近く』についたことは確かだった。

 ランバートはさっそくウィッチャーの仕事を探し始めた。

 

 最初に着いた村はハズレだった。すでに住人は逃げた後で、吊るされたエルフやドワーフの死体がふらふらと揺れているだけだった。

 次の村でやっと仕事を見つけた。ランバートは掲示板に貼られたモンスター退治の仕事を発見した。よく読んでみると、それは村の総意による依頼であった。つまり、この村の財産の殆どが報酬となるウマい案件だった。

村長を訪ねて詳細を聞いてみると、かなり『訳あり』なモンスターのようだった。事前に下調べを重ねたうえで現地を下見し、具体的な策を立案してやっとスタート地点に着ける類のものだ。

 ランバートはこういった仕事は嫌いだった。下調べで時間と金を使う、この時点で赤字だ。一瞬でも損をすることが嫌いだった。

そして苦労して導き出した具体的な策とは、知識と経験の上に推測や想像を織り込んだものに過ぎない。命を担保に不確実性をはらんだ方法で危険に突っ込むことは、もっと嫌いだった。なにより、ウィッチャーの需要が供給を大きく上回り、グールを数匹退治するだけで大金がもらえる依頼を漁るために遥々戦火が燃えさかる前線へとやってきていた。こんな危ない橋を渡るのならば、それ相応の報酬を約束させたかった。

 ランバートが依頼の代表者である村長相手にごねていると、1人のウィッチャーがやってきた。彼らの口論をしばらく黙って見ていたが、突然その熊流派のウィッチャーは『言い値で仕事を引き受ける』と横から口を挟んだ。彼はまず契約を成立させ、後出しでいろいろと条件をつけた。村長の男はランバートの要求とほぼ同格の条件をなし崩し的に受け入れていた。ランバートはその抜け駆けを止めようとしたが、熊流派の男はそれに一瞥もせず立ち去っていった。

 ランバートは慌てて他に仕事はないか聞いた。村長はランバートを睨み続けた。この村もハズレとなった。

 

 三番目に着いた村は既にニルフガードの領土となっていた。入植した人々が溢れかえっていて、至るところから異国の言葉が聞こえた。ウィッチャーへの依頼がよく載っている掲示板も存在しなかった。ニルフガード人の日常にはモンスターが存在しなかったから、そのような文化はなかった。

 ランバートが手持ち無沙汰に村の景観を眺めていると、ふと、視線を向けられていることに気付いた。その視線の先を見やると、1人のとても小柄な男が興味深そうにランバートの顔を眺めていた。彼はドワーフ族の特徴である髭を1本も生やしていなかったが、背丈と体格から察するにドワーフ族であることには違いないようだった。

「お前はウィッチャーか?ニルフガードで見ることになるとは驚いた。北方だけでしか活動しないと聞いたぞ」

髭の無いドワーフはそう言うと、ランバートの方へ近付いた。

「俺の知る限りここは北方諸国の領土、ニルフガード人ばかりになっていようが関係ない。お前こそ北方の言葉を話すようだが、なぜここに?処刑されるのを待っているのか?」

ランバートは言った。いつも通り一言多かったが、そのドワーフは気にしていない様子だった。

「俺は犯罪者どころか皇帝のお墨付きだぞ!俺はマハカムを飛び出してからニルフガードで働いていたんだ。だが、年々故郷が恋しくなってきてな……マハカムは立ち去った者を再び受け入れることはない。まあ、だから故郷の近くで住める場所を探していたんだが、ちょうどその時に皇帝から勅令が出たんだ。入植する者にはタダで土地をくれるってな」

ドワーフは言った。彼の身振り手振りは小柄な体格も相まって子供向けのカラクリのようだった。ランバートはそれを見て、ニルフガードにおいて髭は見苦しく下品なものと見なされているという噂を思い出した。

「ホームシックで帰ってきたって訳か。で、何で俺に話しかけた?ウィッチャーが何者なのかをよく知っていて話しかけたんだろ?」

ランバートはそう言って、髭無しドワーフの方に体を向けた。ウィッチャー向けの仕事を持ってきたに違いないと思ったからだ。

「もちろん!ニルフガードにいた時、俺はよくウィッチャーの英雄譚を読んでいた。北方の懐かしい情景と荒々しい怪物、そして誠実で勇敢なウィッチャーの華やかな活躍!どれも暗唱できるくらい読んだぞ」

ドワーフは得意げに言った。

「……『白狼』のファンって訳か」

ランバートは額に手を当ててそう言った。

「そうとも!よく知ってるじゃないか、もしかして知り合いなのか?」

ランバートは髭無しドワーフの熱意に舌打ちで返事をすると、再び村の景観を眺め始めた。

 しばらくの間、ランバートは街中から聞こえてくる異国の言葉に耳を傾けていた。理解できる単語は一つもなく、ザワザワとした雑音にしか聞こえなかった。

「俺は酒が飲みたいんだが、注文の仕方が分からない。そもそも、どこで酒が飲めるのかも知らない」

ランバートは痺れを切らして、ずっと隣に居座っていたドワーフに話しかけた。

「それなら俺が案内しよう。酒も奢ってやるから白狼の話を聞かせてくれ」

「案内と注文だけでいい」

ランバートはそう言い捨てた。

 ドワーフは村の中心にある突貫工事で作られたような小さい建物へランバートを連れていった。ニルフガード由来の建築様式だからか、銀行や議会場のような敷居の高さがあった。ドワーフはそんなことは気にせず流れるようにそこへ入っていった。ランバートもくっつくようにそれに続いた。

 

 太陽が山々の奥底に沈みかけていた。もうすぐ夜になり、酒場だけが賑やかになる。ランバートにとってそれは見慣れた光景だった。しかし、今はそこで異国の意味不明な言葉が飛び交っていた。

 ランバートはこういった環境が嫌いだった。純粋に居心地が悪かった。故郷から離れゼニカリアよりもさらに遠いところに1人でいるように感じた。あの罵声が飛び交い、血やゲロが至るところに落ちている酒場が恋しかった。そんな心休まる場所で死ぬほどヤケ酒がしたかった。そもそもここは酒場ではなく、入植者が集まる複合的な施設のようだった。酒が飲み交わされる横で、役所のような書類手続きが行われ、フリーマーケットのような物々交換も開かれていた。ランバートは目の前の酒にだけ意識を注いだ。

 突然、男が飛び込んできた。そして大きな声でニルフガード語を話した。慌てていて切迫した事情があるらしかった。その声が建物全体に響き渡ると、その場にいた人々は一瞬沈黙した。だが、すぐにガヤガヤとした雑音を発しながらその男に向かって何かを言い始めた。ランバートはこういった状況も嫌いだった。何が起きているのか分からないままトラブルに巻き込まれるのはごめんだった。

 しばらくすると、その雑音を発していた人々は次々に外へ飛び出していった。いつの間にか、そこにいるのはランバートと髭無しのドワーフだけになっていた。

 ランバートは何一つ分からなかった。これは異常なことなのか?ニルフガード人にとっては日常なのか?緊急性のあることなのか?危険なのか?命を落とす可能性があるのか?

「おい、どうなってる?あの男は何と言った?」

ランバートはドワーフにまくし立てた。完全に酔っぱらう前に何が起こっているのか理解しておきたかった。

「……すまん、殆ど聞き取れなかった」

その髭無しドワーフは酒臭い息を放ちながら言った。

「待て、ニルフガードで働いていたって言ってただろ?言葉が聞き取れないとはどういうことだ?」

「言葉を上手く操れなくとも働くことはできる……ニルフガードはそういった者にも寛容だ。富を生み出し高額な税金を払えばな」

ドワーフは言った。

「つまり何も分からないのか!」

「いや待て、言語に頼らずとも分かる。これは異常事態だ。そして彼は確か『大きな軍団がやってくる』そういった感じのことを言っていた……と思う」

ドワーフはしどろもどろに答えた。

「クソッ!そういうことか……で、それはどこの国の軍だ?なぜここへやってくる?ここはあくまで寒村だ、地形から考えても戦場となることは考えられない」

「……うーむ」

ドワーフは沈黙した後、首を横に振った。分からないらしかった。ランバートはニルフガード語をカタコトでしか理解できないドワーフと、簡単な単語ですら全く分からない自分を心の底から呪った。

 やってくるのが北方諸国の軍だとしたら、ニルフガード人とともに酒を飲んでいた罪で処刑されるだろう。逆に、やってくるのがニルフガード軍だとしたら、前線にいる北方人の変異体を訝しむはずだ。猫流派の悪行を知っていたらスパイだと断定し首をはねるだろう。どちらにせよ、ランバートは追い詰められていた。どうするか迷ったが、せめて何が起こっているのかは確認したくて外へ飛び出した。髭無しドワーフも慌ててランバートに続いた。

 その夜は月も星も出ていなかった。入植者たちの複合施設から漏れている明かりだけがささやかにあたりを照らしていた。人々は最も明るく照らされた場所に集まっており、ガヤガヤと話し合っていた。そこには不安や恐怖が重なり合っていた。ランバートは耳を傾け情報を得たかったが、異国の言葉で話されてはどうすることもできなかった。1つ1つの内容をこのドワーフに翻訳してもらうのも憚られた。

 しばらくすると、ランバートは遠くから聞こえる小さな物音に気付いた。ウィッチャーの優れた聴覚によるもので、誰も気付いていないようだった。規則正しく無機質に響くその複数の物音は、彼らが大軍であることを意味していた。そして、ウィッチャーの優れた臭覚によって彼らの殆どが手負いであることが分かった。

 次第にその物音は村人たちにも分かるほど大きくなった。それに気付くと村人たちは声の大きさを抑えた。ランバートはその大軍が奏でる物音の細部に注意を傾けた。ボロボロになった鎧が軋む音、死にかけた馬の呻き声、人が倒れ地面にぶつかった時の衝撃音、そして兵士たちの話し声も聞こえた。

『ヘイゼ……ケール……ドッ……ウワン……』

その敗残兵たちはニルフガード軍のようだった。

 遂に軍団が目視できるようになった。予想通りニルフガード軍だった。彼らの洗練された鎧は体に括り付けられてはいたが、激しくへこみがあり鎧を固定する革はボロボロで今にもずり落ちそうだった。戦意を引き立てる羽根のついた勇ましいヘルメットは、寒村で使われているバケツのようになっていた。そして、それすら被っていない者もいた。みな血を流していた。半数の辛うじて動ける兵が、死にかけた兵を支えて歩いていた。彼らはランバートや村人たちの前を通り過ぎる時にチラッと顔を向けた。その顔は血と泥がこびりついて真っ黒に染まっていた。それが瞳を強調させ、彼らを獣のような風貌にさせていた。彼らが経験した悲惨な戦場を表しているかのようだった。しかし、それでも彼らは規律正しく行軍していた。

 ニルフガード兵の行進が止まった。そして、1人の男が手をあげると兵士たちはマス目盤のように整列した。その隊長らしい男は村人たちに近づき背筋を伸ばした。

 彼は厳かに一言発すると、ヘルメットを脱いだ。彼の鼻は激しく抉れており、血も垂れ続けていた。村人たちはそれを見て悲鳴をあげた。たが、その鼻を失った男が穏やかに何かを話すと静かになった。ランバートは、この男がこのニルフガード軍部隊の隊長であることを察した。そして、真面目で愚直な古き良き軍人だと推測した。

 しばらくその隊長は話し続けた。異国の言葉が分からないランバートは後ろの方で目立たないようにじっとしていた。ウィッチャー好きのドワーフは心配そうにランバートを見て、ランバートもたまたまそちらを見た。目があった。だが、ランバートは無視した。

 異国の言葉による演説が聞こえなくなった。その隊長は全てを話し終えたようだった。すぐに村人たちはヒソヒソと話し始めた。次第にその声は大きくなり、騒動のようになっていった。しばらくすると1人の村人が何かを叫びながら、その古き良き軍人であるニルフガード軍部隊隊長の前へ飛び出した。

 その鼻のない隊長は一瞬にして彼を組み伏せた。そして、脳天に剣を突き刺し地面に釘付けにした。

 その瞬間誰もが口を閉じた。

 あたりが静かになったのを確認すると、その隊長は再びゆっくりと穏やかな声で話し始めた。

「……何が起こっている?さっきの男はなぜ殺された?そしてあの軍人はさっきから何をベラベラ喋っているんだ?」

ランバートは恐怖で硬直している髭無しドワーフを軽く小突きながら耳元で囁いた。早く返事が欲しかったのは彼が今の状況を客観的に分析しはじめたからだ。

 ランバートも含め、村人たちは一箇所に集まってしまっていた。そして、その正面に軍隊がやってきた。その軍隊の隊長は集団の1人を殺して見せた。彼らは手負いとはいえ、やろうと思えばこちらを皆殺しにできるというわけだ。ランバートは何度も最悪な展開を想像し、その説を何度も考えを巡らせるこで補強した。

『ウィッチャーは怪物退治では死なない。予想できないような些細なことで死ぬんだ』

エスケルが言ったこの言葉が脳裏に浮かんだ。

「……何が起こってるって?戦争に決まってるだろう。さっきの男は戦争に抗議して殺された」

ドワーフは下を見ながらそう言った。そして、ランバートの耳元になるべく近づくと小さな声で囁いた。

「そして俺たちはずっと『ここから出て行け!』ってお上品に言われているんだ。戦争のためにな」

 

 この村は大規模な戦時病院、それと同時に前線の動きを操る司令部として使われるようだった。

『志願すればニルフガード兵としてこの村に滞在し、義務を果たす許可を与える。槍を振り回せるのなら誰でも歓迎しよう』

その言葉を建前に、多くの者が無理やり徴兵された。だが、それ以外の者はみな村を出て行くしかなかった。

 ランバートは釈放されると一目散にニルフガード兵の目が届かない村の隅へ向かった。無事そこへたどり着き誰も見ていないことを確認すると、ランバートは地面に唾を吐き、歩いてきた方角へ中指を立てた。

 あの暗闇での演説の後、村人たちに紛れ立ち去ろうとしたランバートを鼻のないニルフガード軍の隊長は見逃さなかった。薄暗い中で僅かな光を反射して輝く黄色い瞳はあまりにも目立ちすぎた。それに北方の言葉を話すことからランバートは問答無用で逮捕された。勾留中の尋問自体は形式的なものですぐに終わったが、尋問官のウィッチャーへの偏見やそれに付随する言動、変異体を一目見ようと牢越しに集まり言いたい放題に話す兵たちによってランバートはかなり気がたっていた。いつものように悪態をついて言い返したり、考えなしに相手の鼻先を折ったらすぐさま処刑台に送られることを理解していたから余計に激しい憎悪と不満が募った。

 ランバートはその勾留生活を思い出し、もう一度激しく中指を立てた。次に両手で中指を立てた。すると近くから笑い声が聞こえた。

「良かった、無事だったんだな」

そこはちょうど、あの夜ランバートとともに酒を飲み『白狼』のファンである髭無しドワーフの家の裏手らしかった。彼は窓から身を乗り出してランバートを見ていた。

「あのクソどもに仕返しできれば完全に『無事』な状態になる」

ランバートは両手を広げて言った。

「言っとくがニルフガード兵に喧嘩を売ったらお前の首はマハカムの山脈までぶっ飛ぶぞ」

ドワーフは嗜めるようにそう言い、身を乗り出していた窓から外に飛び出した。

「分かってるよ、俺もそこまでバカじゃない」

ランバートはそう言うと、ドワーフが旅に出るかのような服装をしていることに気付いた。

「今日出発するのか?」

「ああ、今日いっぱいが期限なんでな」

ドワーフはそう言うと、自宅の横に止めてある馬車へ歩いていった。

「俺もすぐここから立ち去るつもりだ。これ以上アイツらを視界に入れたくない」

ランバートは言った。

「もうしばらくしたら何処へ行ってもニルフガード兵だらけになる。嫌でも視界に入ってくるようになるぞ。ヘイル・ケルゼアってことだ」

ドワーフはそう言い終わると馬車の荷台に登った。ラバに取り付けたロープを操ると、馬車はゆっくりと動き出した。ランバートは腕組みをしながらそれを見ていたが、逡巡したあと馬車へ向かって歩き出した。

「……おい、待て。馬車に乗ってもいいか?歩きたくない」

ランバートは馬車の大きな物音に負けないようにそう叫んだ。

「はあ?まあいいけどよ、狭いから覚悟しとけよ」

ドワーフは訝しがりながらも馬車を停止させた。

 

 その一本道には村を出る期限ギリギリまで残っていた人々が溢れかえっていた。足腰が極端に弱った老人、身寄りのない子供、ゆっくりながらも辛うじて歩ける病人……みんな戦争難民になった。中には人並みに動ける者もいたが、それは元北方人の異人種として追放されたドワーフと、狼流派のシニカルなウィッチャーだけだった。

「彼らはみんな身寄りがない。身寄りがあった者もいるが、家族が徴兵され1人だけ取り残された」

ドワーフは言った。

 ランバート達はライリアへ向かっていた。そこは戦争の被害が少ないと聞いたからだ。他の者達も同じ方向を目指した。村周辺の道はこの一本道しか存在せず、何より遥か遠い祖国より目と鼻の先にある平和な敵国へ向かう方が現実的だった。

「こいつらの半数は途中で脱落するだろう。それに、到着したとしてもそこはあくまで敵国だ。受け入れてくれる保証はない。おい、お前のコネでなんとかマハカムに避難させることはできないか?あそこは中立地帯だろ」

ランバートはドワーフに話しかけた。数時間前、ランバートは馬車のあまりの遅さに耐えかね荷台から飛び降りていた。そして、ラバを操るドワーフの横を歩くことにしていた。

「それは無理な話だ。言っただろ、マハカムはよそ者を入れない。同郷の者ですら一度旅立ったら二度と入れない」

ドワーフは切なそうに言った。

 

 ライリアは開戦しているのが嘘のようにのどかだった。黄金の小麦畑が焼かれることなく輝いていた。小川の水は死体が浮くことなく清らかだった。そして、晴れ渡った青空と遠くに見える雪の積もったマハカム山脈はこの世が平和であるかのように泰然としていた。

 突然、ランバートは小さな金切り声を聞いた。すぐに微かな血の臭いが流れてきた。他の者も気付いたようで立ち止まった。そしてお互いにヒソヒソと話し始め、いつの間にかみんなで一箇所に集まっていた。ランバートとドワーフも何が起こっているか知りたかったのでそこに加わった。

 金切り声を上げた人物はすぐに分かった。難民たちが集まっている場所の中心にいた。その悲鳴をあげた老女は瞳に矢が突き刺さっていて、仰向けに倒れていた。彼女はパニックを起こしていたが、まだ生きているようだった。出血量も少なかった。ランバートはアクスィーの印で彼女を落ち着かせ、横に屈み込んだ。消毒しながら眼球に刺さった矢を抜き布をあてれば助かりそうだった。ランバートは懐からアルコールを取り出そうとした。その時、矢が飛んでくる音が耳に入った。同じ地点に向けて速度を落とし、落下するように飛んでいるようだった。剣を抜いて跳ね返すことが面倒だったランバートは、左手で白羽取りしてみせた。難民たちは感嘆の声を上げ、ランバートも自己陶酔した。

 だが、すぐにそんな場合ではなくなった。鎧がきしむ音が周囲から聞こえ始め、すぐにその音は大きくなった。ランバートは再び軍隊に目をつけられたことを悟った。

 

 数十人の男たちが正面に立ち塞がっていた。彼らはライリアとリヴィアの旗を掲げてはいたが、正規の兵とは思えなかった。剣を腰に携え鎧をまとった者と、薄汚い軽装で弓やナイフを携える者が混じっていた。兵士と盗賊が手を組んだようにアンバランスだった。

「我々はライリア及びリヴィア王国の兵士である。女王より物資を徴発する命令を受けている。よって、速かに持ち物を渡すように」

鎧とヘルメットをまとった男が格調高く言葉を並べた。彼の目は充血しており、鼻には吸い逃したフィスティックがついていた。恐らく脱走兵だ。他の者も持っている武器は違えど同じような風貌だった。彼らはまるで薬物中毒者を選抜して構成した軍隊のようだった。

 ランバートは彼らの様子を観察した後、再び老女の方を見やった。彼女は眼球に矢が刺さったまま息を引き取っていた。ランバートはそれを見て立ち上がると、難民たちの間に紛れ込んだ。

 のどかなライリアの風景は先程と何一つ変わらず、戦争を遠い出来事のように感じさせた。だが、それを除けばあの鼻のない軍人と対峙した時と同じような状態だった。ランバート達は一箇所に集まっており、正面には脱走兵らによって構成されている盗賊団が居座っている。そして、今回も同様にこちら側の人間1人が殺されていた。

ヴェセミルは『一度犯した失敗は二度とするな』と言っていた。ランバートは不服ながらもその真意を理解した。彼らは難民たちにひたすら罵声を浴びせ、ツバを吐きかけた。難民たちは誰一人言葉を発しなかった。

『ニルフガード人だとバレたら殺される』みなそう考えていた。抵抗する者はなく、全員が言われるがままになけなしの物質を渡した。ランバートも剣以外の持ち物を全て奪われた。1人の盗賊がランバートの黄色い瞳に気付き覗き込んだ。そして2本の剣を見るとゲラゲラと笑い始めた。そして中指を立て、次に2本の指を立てた。ランバートは心の中で自分が思いつく限りの皮肉と罵声を浴びせた。そして、次会った時は必ず八つ裂きにしてやると誓った。

 その大所帯のイカれた盗賊団が立ち去ると、難民達からは完全に生気が消えていた。彼らは北方の言葉が全く分からなかった。その見知らぬ言語で脅され、罵声を浴びせられた彼らは怯えることしかできなかった。夜の森でナイトレイスに出会った人のように、純粋な恐怖心だけが彼らを支配していた。

 

 彼らがその場で立ち尽くしていたのでランバートも髭無しドワーフも一緒に留まった。2人とも彼らを見捨てることはできなかった。

「俺のすっからかんになった馬車に数人は載せられるだろう。だが、それ以上は無理だ」

髭無しドワーフは言った。

「往復で運べないか?残っている者は俺が警護する」

ランバートは提案した。

「往復するって、どこに運べばいいんだ?今の俺たちに終着地はないんだぞ」

髭無しドワーフはそう言うと、何か思うところがあったのか涙をこぼした。

 その時、追い討ちをかけるかのようにグールが襲いかかってきた。ランバートは悠長に銀の剣を抜いた。相手はグール、しかもたった3匹、楽勝だった。

 だが、難民たちはパニックに陥っていた。ランバートは呆気にとられていたが、すぐに理解した。彼らはモンスターを見たことがないのだ。

「おい、通訳しろ!」

ランバートは髭無しドワーフに言った。

「俺はウィッチャーだ!……いやこれじゃあ伝わらない……モンスター退治の専門家だ!だから安心しろ!すぐに片付く!俺に任せてじっとしてろ!」

ランバートは髭無しドワーフにそう言い放つと、再びグールとの間合いを確かめた。

「おい、教えてやる。『ウィッチャー』はニルフガードで『ヴァット・グェン』と呼ぶ。エルフ語と同じだ、覚えとけよ!」

そう言って涙ぐんでいた髭無しドワーフは立ち上がると、すぐに大きな声でニルフガードの言葉を叫んだ。

 ランバートは体を回転させグールの頭を切り落とし、その反動でもう1匹のグールに剣を振り落とした。遠くからはドワーフの力強い声とガヤガヤとした話し声が聞こえた。どちらも何を言っているのか分からなかった。

 ランバートはイグニの印を結び、残りの1匹を倒した。

 

「俺が通訳する。意訳だから上手く伝えられないかもしれないがないよりはマシだ」

ランバートの戦友であるドワーフはそう言った。

 ゲラルトが年相応に老けていたら同じような見た目になっていたであろう……そんな老人が、難民たちの代表としてゆっくりと話し始めた。

「『ありがとう、助けてくれて……えーっと、こんな恐ろしい生き物から……我々は持たない、土地や家畜、金もない。おまけに敵国の人間だ。本当にありがとう、ヴァット・グェンよ。あなたはとても優しい』」

単語をそのまま翻訳しているらしく文法が不自然だったが、ランバートは気にしなかった。文意は十分理解できた。何より、ここまでストレートに感謝を伝えられたことは初めてだったので、その居心地の悪さに注意が向いた。

「俺がたまたま一緒でよかったな」

ランバートはいつも通り傲慢な態度を取って見せた。

老人は笑顔でニルフガード語を発した。

「『まさにその通りです、我々の上には太陽が光り輝いています』」

実際に今は昼間で、太陽が真上に出ていた。

ランバートはさらに居心地の悪さを感じ、腕を組んだ。そして一本道の先へ顔を逸らした。

「俺は用事がある、またな」

ランバートはそう言って早足で立ち去った。

 

 夕暮れに差し掛かろうとした時、ランバートはいくつかの神像が建てられている村を見つけた。彼はそれを確認すると、その村に入って行った。

 予想通りそこはメリテレの教えのもと、戦争で家を焼かれ身寄りのなくなった人々を受け入れているようだった。外には簡素なキャンプが建てられており、数人が大きな鍋にスープを作っていた。そして、難民たちはそこに並んでいた。

 ランバートは村で一番大きな家を見つけると、一呼吸をおいてゆっくりと入った。中では司祭のような格好をした男が机に向かっていた。

「失礼する、頼みたいことがあってここへ来た」

ランバートは言った。

「話は簡潔に。多少荒々しい言葉遣いでも構わない。要点から先に言え」

司祭のような男は手を止めずにそう言った。その服装はメリテレを信仰している者を表してはいたが、ヨレが激しく膝には布当てがしてあった。

「……敵国の難民を受け入れてほしい」

「さっさと連れてこい」

ランバートは呆気に取られた。ここまで物事が簡単に進むのは生まれて初めてだった。

「一応言っておくが、彼らは北方の言葉が分からない。そしてメリテレも信仰していない」

「意志の疎通なら問題ない。私はニルフガード語を話せるし、細かなことは文章で伝えればいい。実際に今もそうしている。そして信仰など知ったことではない。ここに収容する者の条件は『戦争で苦しんでいる』それだけだ」

そう言いながら司祭のような男はランバートの方を見やることなく、何枚もの紙に同じ文章を書き写していた。ここには活版印刷が行える工場がなかった。

 彼の話し方や理念は一般的なものとは明らかにズレていて、とりわけ宗教家とは程遠い存在のように思えた。本当に宗教家だったとしても、組織の鼻つまみものとして場末の寒村に飛ばされるのがオチだろう。

「よく分かった、すぐに連れてくるから準備しとけよ」

ランバートは淡々とそう言うとそこから出て行った。彼のことは気に入ったが、まずは置いてきた難民たちを連れてくることが第一だった。

 そのおかしな男はランバートが出て行った後もひたすら紙に文章を書き写していた。

 

 ランバートが元にいた場所へ戻ると、難民たちはいなくなっていた。

 吊るされた死体、頭部を切り取られた死体、そして生きたまま殴り殺された死体だけが散らばっていた。とにかくひどい有様だった。戦争に鬱憤を募らせた者か、ニルフガードへの憎悪を募らせる者か、それともスコイアテルか……どちらにせよ、彼らが苦しみながら死んだことは確かだった。

 ランバートは何が起こったのか知るために、ウィッチャーの英雄譚を愛するドワーフを探した。なかなか見つからなかったが、少し考えを巡らせたらすぐに検討がついた。近くの茂みを漁ると、予想どおり数匹の犬が丸っこい肉塊を貪っていた。ランバートは剣で追い払おうとした。だが、ふと思い立ちイグニの印を結ぶんだ。犬たちは消え去り、肉が焼ける芳ばしい臭いがあたりに広まった。戦友の葬儀は執り行えたが、この臭いは予想外だった。『何もかもが上手くいかず、これから先も何もかもが上手くいかない』この考えがランバートの脳を圧迫した。思わず激しく剣を地面に投げつけ、その場に座り込んだ。

 その時、いくつかの狼煙が視界に入った。ここは前線の『近く』だった。ランバートはそれを忘れ、収穫期にも関わらず稼働していない風車や家畜が1匹もいない平原といった戦争の痕跡を見逃していた。

 突然、ランバートは自分がウィッチャーであることを思い出し、機械的に立ち上がると剣を拾って歩きだした。ウィッチャーは人の心を持たない生き物で、気まぐれで人間をなぶり殺すと言われている。そんなホラ話のせいで冤罪にかけられ処刑されたウィッチャーの噂を何度も聞いてきた。何より目の前の彼らは『ニルフガード人』だ。彼らを虐殺した、ということになればニルフガードの厳格な法律の下で裁かれることになる。それに、北方人に見つかったとしても濡れ衣をかけられリンチされることは明白だった。

 早足で歩きながらランバートは懐に手を入れて酒を探した。だが、瞳に矢が刺さった老女を助けようとした際にどこかへいってしまっていた。今度は霊薬を探した。春ツバメや雷光を混ぜ合わせてハイになろうとした。だが、皮肉なことにあのジャンキー盗賊団に奪われていた。ランバートはあの時から剣以外の全てを失っていたことをやっと思い出した。

 あたりは夜になっていた。木々のざわめき、小麦がたなびく音、そしてときどきカラスの鳴き声が聞こえてくる。そこにランバートの足音が不協和音かのように重なり合っていた。実際、ランバートはいつも以上に大股で歩いていた。しばらくは道中に落ちている枝を強く踏み潰しながら歩いていたが、それにも飽き始めていた。

 とうとう気を紛らわせられるようなことが見つからなくなると、嫌な記憶が一気に押し寄せてきた。ランバートはそれに気付くと、咄嗟にこれからの仕事で頭をいっぱいにした。装備の修理、霊薬の補充、ヴェセミルがランバートの頭を叩くことに使っていた地政学の本、それに書かれていた軍隊が衝突するであろう地点、そこを避ける道……そして、ここから近い宿泊地、そこへ行くまでに出現するであろう怪物、その生態、対処法、その巣を破壊する爆弾の製……。噂として囁かれる心のないウィッチャーであるかのように、冷静かつ的確に計画を立てていた。

 ケィア・モルヘンで学んだ知識、そしてこれまでの経験を論理的に組み立て終えると、待っていたかのようにナイトレイスの集団が現れた。夜の闇の中で星々の光を反射し、鬼火のように光っている猫の瞳が彼らを引き寄せたようだった。

「来たな、ぶっ殺してやる」

そう言うとランバートは、洗練された動作で銀の剣を抜いた。

  

 




【あとがき】
ウィッチャー原作のランバートのセリフ「戦争は金になる」
ここから膨らませた二次創作小説です。
ランバートはとても魅力的なキャラクターです。
シニカルなバッドアスを気取っているようで、本当に悪い奴にはなれない。そして心あるように見せておいて最悪なことばかりやらかすチャランポラン。とても青くて人間臭い複雑なキャラクターです。
Netflixドラマも始まったことですし、ウィッチャーファンがもっと増えてくれれば良いな、と毎日思っています。
ウィッチャーって素敵な作品だよね。

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