私が見た小説版青鬼の幻覚   作:ラヴィルズ(元タガモス)

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バレンタインデーのシュン君×杏奈委員長

『放課後、本館三階の空き教室に来てください』

 そんな昔ながらのラブレターが、下駄箱に投函されていた。差出人は未記入、しかし誰が出したかというのはどう考えても一人しか思い浮かばなかった。我ながら自惚れだと思うが。

 ひろし君たち曰く、昨日美香さんとマリさん、そして委員長が調理室でチョコレートを作っていたらしい。何というか、とてもむず痒い気分だ。その事実と今朝のラブレターの件で、今日は全く授業が身にならなかった。

「シュン君、少しよろしいですか」

「…………」

「おーい、シュン、生きてるか?」

「え、あ、ひろし君に卓郎君。どうしたの?」

「ああ、さっきの授業のノートを見せてもらおうと思ったんだが……」

「その様子だと、シュン君もロクに授業を受けられなかったようですね」

「……え、まさかひろし君も?」

 僕の問いに、ええ、とひろし君は短く答えた。あの真面目な優等生代表のひろし君が、誰かにノートを見せてもらいに行ったとクラスがざわつく。

「お恥ずかしいことですが、おそらく昨日のあの話が原因だと思われます」

「おそらく、ってか確実にそれだろ。シュンや俺はともかく、ひろしまで集中を欠くなんてとんでもないな」

「ひろし君でも動揺することあるんだね……」

「まったくです。昨日から妙な気分に侵され、集中力と平静を保つことができていません」

「……それでも僕よりは冷静だと思うよ」

 昨日例の話を聞いてから、全く心が休まっていない。夜は眠れないし、朝は遅刻しかけた。それに比べて、ひろし君はいつも通りの時間に登校していたし、やっぱり落ち着いてるようにしか見えない。

「いえ。今日はいつもより5分ほど遅れて登校しましたし、階段を間違えて三階まで上がってしまったのでそれほど冷静というわけではありませんよ」

「ああ、みんなギョッとしてたな。『あのひろしがミスを!?』って」

「ちょうど今も、僕が他の人にノートを見せてもらいに来てるとざわついているようですね」

「とはいえ、シュンの動揺っぷりはとてもあからさまだからなぁ。確かにひろしの方が冷静ってのは合ってるな」

「だよね……はあ、どうしたらいいんだろう」

 今日何度目かのため息。委員長にチョコを貰えるとして、僕はどう返事をすればいいんだろうか。ありがとう、では足りないのは昨日わかった。だからって好きです、といきなり言ってもいいものなのか。恋愛経験のない僕にはてんでわからない。

「どうしたらいいか、か。俺もまだ覚悟できてねえんだよな……美香になんて答えたらいいのか」

「そうですね……思ったことを口にする、のが一番正しいのでしょうが、そもそも自分がどう思っているか……」

「思ったことを口にする、か……案外そのまま言った方がいいのかもな。深くどう言うが考えるよりも」

「それができれば苦労しないんだけどなあ……」

 自分のことを、相手に口にするのはとてつもなく恥ずかしい。まして好きな人に好きです、と伝えるのはとても怖い。そういうのもあって、何をどうしていいのかさっぱりわからない。

「……ま、いつも通りを心がけてみるかな俺は。どう考えてもわけわかんねーし」

「いつも通り、か……」

「……難しいものですね、バレンタインデーというのは」

 悩みを吐露していると、あっという間にチャイムが鳴る。次の授業が始まる合図だ。

 

 そんなこんなで授業も終わり、放課後。教室の掃除を終えて、指定された教室の手前で立ち止まる。

 結局、どうすればいいのか見当もつかなかった。だからただ相手の気持ちをきちんと受け取らなきゃ、とだけ考えておくしかなかった。

 それにしたって、緊張する。一世一代の大勝負のような、命懸けのデスゲームに挑むような、そんなギリギリの精神状態だ。

(落ち着け……落ち着くんだ……いつも通りいつも通り、変に緊張する必要なんてないんだ……だから……)

 扉に手を掛け───ようとして、引っ込める。いざ入ろうとすると、この上なく心臓の鼓動がバクバクと揺れる。あと五秒、あと五秒だけ心の準備をしようと、手を胸に当て深呼吸する。

 意を決し、僕は教室の扉を開いた。

「し、失礼します……」

「っ!」

 職員室へと入るようにして中に入ると、机に腰掛けて待つ委員長の姿があった。扉を開けた瞬間こっちを見て、驚いた表情を見せた。

「しゅ、シュン君……」

「き、来たよ委員長……」

 ああ、やっぱり駄目だ。緊張して上手く言葉が出てくれない。もう先のことなんて考えられない、今を判断するので精一杯だ。

「えっと、その……」

 もじもじ、と委員長は俯いて言葉を吐く。委員長も緊張しているようだ。それもそうか、と昨日の話を思い出す。

 委員長は、昔ひどい振られ方をして泣いたという。正直告白されたやつを一発殴ってしまいたいと思うくらいだが、そんなことをしたって意味はないし、僕に関係あることじゃない。そんな委員長が僕に、バレンタインデーのチョコを渡そうと思ってくれた。それはとても嬉しいことだし、反面どういう返事を送ればいいのか余計にわからなくする事実だった。下手なことを言って、彼女を傷つけたくはない。だから尚のこと一層、どう気持ちを伝えればいいのかがわからなくなっていた。

「き、昨日私たちが調理室使ってたこと、知ってるよね……」

「う、うん。昨日、ひろし君たちから聞いたよ」

「それで、その……えと……」

 何かを言いかねているのか、委員長は恥ずかしそうに呟く。

「……な、直樹君がその時の会話を、こっそり録音してたみたいで……」

「……え」

「そ、その……お、終わった時に、聞かせに来てくれて……」

 言葉を紡ぐ度に、彼女は顔を赤くさせる。だんだん身体を震わせて、今にも泣き出しそうになりながら、委員長は話す。

「その、あの……か、勝手に人の気持ちを知るのは、悪いってわかってる、けど……それ聞いて、シュン君が私こと、思ってくれてるって知って……その……」

「い、いんちょう……」

「……すごく、嬉しかったの」

 顔を上げた彼女は、涙で顔を濡らしていた。

「嬉しくて、今みたく泣いて……どうしようもなくて……でも今日、もし来てくれなかったらどうしようと、思ってたら怖くて……また振られるんじゃないかって思って、震えて……」

 ぼろぼろと涙を流し、委員長は思いを伝える。

「学校が終わって、引っ越す前に……今、シュン君が来てくれて……とても……」

「……委員長」

 気づくと、自然と言葉が出ていた。

「僕も、昨日委員長が頑張っているの聞いて嬉しくて、今朝も手紙が入ってるのを見てドキドキしたし、今だって……委員長が話しているのを聞いて、胸がとても熱くなって……」

「シュン、君……」

「……委員長」

「……うん」

「僕は、君が好きです」

「……!」

 面と向かって、はっきりと、正面から気持ちを伝える。委員長は顔をくしゃっとさせ、崩れるように抱きついてきた。

「わわっ、委員長!?」

「うん……うん……!私……私も、シュン君のこと……好き!」

「……!」

「好き……おかしくなるくらい好き……!言えて、よかった……!ああ……!」

「……ありがとう、委員長」

 そっと、彼女のことを腕に包む。突然のことが起こりすぎて頭は混乱しているが、なんとなくこうしたほうがいいと思ったからだ。

 ポタッ、と液体が彼女の肩に落ちる。どうやら自分も泣いているらしい。今は互いに落ち着くまで、こうしているべきだと、そう思った。

 

「……落ち着いた?」

「……うん」

 しばらくして、委員長は泣き止んだ。目元を真っかにして、僕の横に座り手を握る。

「いきなり言って、泣かせてごめん」

「ううん。直樹君に教えられててわかってたけど、目の前で告白されると嬉しすぎてキャパオーバーしちゃった。それにシュン君だって泣いてたじゃん」

「あはは……なんかいろいろこみ上げてきてさ……にしても直樹君、昨日の話録音してたんだね……」

「私も聞かされてびっくりした。とんだサプライズだった。心臓を止められるかと思っちゃった」

 肩を寄せて、彼女は照れながら言う。

「ああ、なんか今が現実なのか夢なのかわからないくらい幸せかも」

「夢じゃないよ」

 繋いだ手を握り、感覚を刺激する。

「僕は委員長が好きだ。この気持ちは、告白したことは夢なんかじゃない」

「うん……わかる。私も、シュン君のことが好き……ああもう、どうにかなっちゃいそう」

 今まで見たことのない、照れが全面に押し出されたような笑顔に、思わずドキドキする。胸の内がむずむずするし、何よりこの笑顔を見ているのが自分だけというのが、特別な感情を向け合っている者の特権のような気がして、言い様のない気持ちが心に渦巻く。

「……あ、そうだ。チョコ渡さないと……」

「……あ、ああ、そうだったね……」

 鞄を漁るために、委員長は繋いでいた手を離した。なんだか寂しいような感じがして、早くも煩悩まみれな自分に呆れてしまう。

「……はい。え、えと……本命です。受け取って、ください!」

「……うん。ありがとう」

 面と向かって手渡された、委員長の作ったチョコを、しっかりと両手で受け取る。

「えっと、その……女の子から、それも本命のチョコを貰うなんて初めてだから……あ、味わって食べます」

「う、受け取ってもらえただけでもすごく嬉しいから……その、こ、これ以上幸せにされたら、腰が抜けそうで……」

「だ、大丈夫?」

「う、うん……ちょっと、耐えられないかも」

 どうしようもないくらい顔を真っかにさせて、委員長は答える。気の利いた言葉を出せないのが悔しい。

 互いに何も言えないまま、時間が過ぎていく。このままがずっと続けばいい、なんて気もするが、時計の針は容赦なく下校時刻を指し示した。

『5時になりました。生徒の皆さんは、速やかに下校しましょう』

「……っ!」

「じ、時間がもう……」

 外からの干渉に二人きりの雰囲気は崩れ、現実が迫ってくる。

「……じ、じゃあ、帰ろうか。委員長」

「う、うん……」

 未だに真っ赤なまま、荷物を用意する。そして教室の扉に手を掛けようとすると、委員長が引き留めた。

「どうしたの?委員長」

「えっと、その……そう、じゃなくて……」

 もごもごと口を動かし、彼女は言う。

「な、名前で……呼んで、欲しい……かな」

「……え」

「そ、その……もうすぐ委員長じゃなくなるし、学校も離れちゃうし……す、好きな人には名前で呼んでほしいな、って……」

「……う、うん。わかったよ、あ……杏奈、さん」

「……ぁ」

 ガタッ、と委員───杏奈は尻餅をつく。慌てて起こそうと身体を寄せると、ガタガタと震えながら彼女は言った。

「……幸せすぎて、腰が抜けちゃった」

 

 その後どうにか杏奈を支え、彼女を自宅まで送り届けて帰宅した。自室のベッドに転がり込んで、呆然とする。

 好き、大好き、どうしようもないくらい杏奈が好きだ。名前で呼んで、改めてその思いが強くなる。こうして考えるだけでももっと好きになって、もう無限に好きになりそうだ。

「ああ……なんだこれ、なんだこれ……」

 ベッドの上で頭を抱え悶える。自分でもこの『熱』の処理をどうすべきかわからない。恋が成就して、バレンタインのチョコも貰って、名前で呼ぶことを願われて。いろいろ幸せなことが起こりすぎて、ますます杏奈に夢中になっている気がする。これは、もう今日勉強するのは諦めたほうが良さそうだ。

「ああ……これ大丈夫かな……」

 そんな幸せに浸っていると、不意に電話が鳴り響く。スマホを見るに、相手は直樹君だった。

「……もしもし」

『もしもしシュン君、バレンタインどうだった?』

「あはは、とりあえず人の会話を無断で録音して人に聞かせるのはダメだと思うよ」

『あ、委員長それ言ったんだ。ごめんよ。でもそうでもしないと、シュン君たち絶対告白できないでしょ』

「それは……否定はできないけどさぁ……」

『それで、結果は?』

「……おかげさまで。思いは伝えられたよ」

『やったじゃん、おめでとう。よしよし、あとはひろし君だなぁ……』

「あれ、もしかしてみんなに確認とってるの?」

『ああ。だってボクがけしかけたようなもんだし、結果は知りたいじゃん。ちなみに卓郎君は自分から「てめえ覚えてろよ」って祝電をかけてきたよ』

「それ静かにキレてない?大丈夫?」

『……どうにかなるでしょ!』

 電波の向こう側で直樹は笑う。明日は彼の命日かな……

『それじゃ、ひろし君に確認とりたいからまたね!』

「う、うん。また……」

 プツリ、と電話が切れる。どっと疲れが露になって、がくりと項垂れる。今日は本当にいろんなことが起こりすぎた。

「……そうだ、チョコ食べなきゃ」

 鞄を開け、綺麗に梱包されたチョコを取り出す。包装紙を丁寧に剥がして現れたのは、ハート型のチョコレートだ。

「……いただきます」

 ぱくり、と一口。口の中で甘い味が広がる。幸せを頬張ったような気がして、また悶えてしまう。

 好きな人からの贈り物は、ある意味劇薬だ。

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