「……退屈だなぁ」
真昼から自室のベッドでスマホを弄って早一時間、やることもなくなっていよいよ暇をもて余し始めてしまった。本来ならそんなことなかったはずなのに。
「なんでこの日に限って熱出しちゃうかなぁ……けほっ」
今日はみんなでシュン君の家に遊びに行く予定だった。メンバーは卓郎君に美香さん、私とそして直樹君。あれこれあってしばらく会ってなかったから、この日をとても楽しみにしていた。なのに私は風邪を引いてしまった。これでは周りのみんなに迷惑をかけてしまう。結局私はシュン君と会えずじまい、他のみんなで楽しんできてねという立場にならざるを得なかった。
「……会いたかったなぁ」
ポロリ、と涙が顔を伝う。シュン君と会う機会を逃して悔しいからか、みんなは会えたのが妬ましいからか、彼に会えなくて寂しいからか。けどこうなってしまったのはどうしようもない、潔く諦めるしかない。そんなことを考えると余計ボロボロと泣いてしまう。
「ぐすっ……もう寝よう……けほっ」
スマホの電源を落とし、机に放り投げた。机の上が酷い有り様になってそうだが今は知らない。元気になってから片付けよう。そう考えるのも止めて目を閉じる、意識を失うのはあっという間だった。
ふと気がつくと、知らない廊下に立っていた。長く続いていて、少し薄暗い。
わけもわからず先に進むと、行き当たりに扉があった。手を掛けようとすると、なんだか嫌な感じがした。この先に進んではいけないような、取り返しのつかないことになるような。それでも進むしか道はない、と扉を開けた。
そこには青い怪物がいた。よく見ると赤い液体が身体中に飛び散っていて、棒のようなものを頬張っていた。
いや棒じゃない、人の肌と同じ色をしたそれは人間の腕だった。ともなれば怪物の身体を汚していた赤も血液だとわかって───
止せばいいのに、私は怪物の足下を見た。すっかり形も変わって肉塊と化していたが、一目でその正体に気がついた。
それは確かに、人だったものだ。
顔を上げると、怪物がこちらを見ていた。たまらず扉から離れ、もときた廊下を逆走する。すぐにドスドスと怪物が追いかける音が聞こえる。
走って走って、どうにか逃げようとする。しかし道なりに他の部屋もなく、隠れられるところもない。
そうこうするうちに足がもつれ、その場に倒れこんでしまう。怪物の足音も近くなり、自分の死を感じる。
すぐそこまで足音が迫った時、微かに声が聞こえた。
「───ちょう」
そこで私は目が覚めた。
「…………ぇ」
「あ、起こしちゃった?ごめんね委員長」
うっすら目を開けると、そこにはシュン君の姿があった。切り分けられた梨を乗せた皿を机に置きながら、私を起こしたことを詫びていた。
「…………夢?」
「夢じゃないよ委員長」
「え、だってここ私の部屋……それに今日みんながシュン君の家に……」
状況がわからない、どうして今居るはずのない彼が私の目の前にいるのか。そしてどうして私の看病のようなことをしているのか。
「落ち着いて委員長、とりあえず説明するから」
「あ、うん……」
椅子を引っ張り、ベッドの横にシュン君は腰掛ける。梨をフォークに刺して手渡しながら、彼は口を開く。
「えっとね、みんなが僕の家に来ていろいろあったんだけど、委員長に悪いし早めに切り上げることになったんだ」
それはなんというか、申し訳ないことをした気分だ。私のせいでみんなといる時間を減らしてしまったのだから。
「そしてみんなが帰ってから委員長のお見舞いに行こうと思って、梨とか買って六時くらいに来たら委員長のお母さんが直接持っていってあげて、って」
「それで、シュン君が……」
そう言うと、彼は照れ隠しか顔を掻いて笑った。にしても病人の看病を他所の男に任せるって、ちょっと無用心じゃないか。嬉しいけど。
「にしても、大丈夫?汗すごいし、さっきまでうなされてるような感じだったけど……」
「……わからない、でもシュン君が声掛けてくれて終わった、から……けほっ」
「ああもう、無理しないで」
起き上がって咳き込む私を、彼はゆっくり寝かせ直す。そして梨と一緒に持ってきたタオルで私の顔を拭う。
「……ありがとう」
「少しでも回復に役立てたなら幸いだよ」
今度は冷えピタを手に取る。さすがにそれぐらい自分で貼れそうだが、彼はそれを良しとしなかった。効力の弱まったものが剥がされ、新た冷えピタがおでこに貼られる。彼に貼ってもらったせいか、余計にヒンヤリと感じる。
「……そういえば、どうしてわざわざ今日お見舞いに来てくれたの?」
「どうしてって、そりゃ委員長が心配だったし……」
「でも今日じゃなくてもいいでしょ、みんなと遊んだ後なのに、なんで」
「委員長に会いたかったから、だよ」
私の言葉を遮るように、シュン君は言った。
「みんなと久しぶりに会えたのは嬉しかったけど、なんか……委員長が居ないと寂しくて。本当は明日みんなでお見舞いに来るはずだったけど、それも待ってられなくて」
「え、それじゃあ……明日みんなも来るの?」
うん、と頬を赤くさせながら彼は答える。
「とにかく、今日どうしても会いたかったから来たんだ。ごめん、気持ち悪いかな……」
「……ううん、嬉しい。私も、シュン君に会えなくて……寂しかったから」
ほろり、と顔を伝う涙。こういうのを感涙、というのだろうか。
「私たち、似た者同士だね」
「そうだね、委員長」
互いの目が合って思わず笑う。風邪を引いたのに、なんだか得した気分だ。
「もしもーし。シュン君、そろそろ遅くなるから帰ったほうがいいわよー」
部屋の外からお母さんの声が響く。時計を確認すると、長針は『7』を指していた。確かにもう遅い時間だ。
「もう、こんな時間に……」
「ほんとだ……迷惑にもなりそうだし、そろそろ帰るね。明日はみんなで来るよ」
「うん……あ、ちょっと待って」
帰ろうとした彼の裾を掴み、呼び止める。
「その……元気になったら、シュン君の家に行ってもいい?」
「……うん、もちろん。いつでも待ってる」
「……ありがとう」
また明日、と残して彼は私の部屋を、家を後にした。再び部屋には私一人、でも今度は幸せな気持ちがあった。
明日またシュン君に会える、そして元気になれば会いに行ける。
「……えへへ」
すっかり惚気た気分に浸った私は、親が入ってくるまでニヤニヤとし続けていた。
そして翌日、お母さんがうっかり口を滑らせて抜け駆けしてきたことがバレたシュン君と、彼に看病されてデレデレしてた私はみんなから弄られることになるのだが、またそれは別のお話。