私が見た小説版青鬼の幻覚   作:ラヴィルズ(元タガモス)

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何気ない日常の一ページ

 なんの変哲もない、ありふれた夏休みの日曜日。私は恋人の膝に頭を乗せ、ベッドに横になっている。彼は私の住む街から遠い高校に通い、普段は電話やメールでのやり取りで互いの気持ちを重ねている。遠距離恋愛、というやつだ。高一の一学期という、実に緊張する四ヶ月を心安らかに過ごせたのは、彼との交流があってこそだろう。彼にしてもその気持ちは同じようで、お互い大変だったね、と照れ臭そうに言った。

 彼がこの街に滞在する期間は二週間、それが過ぎればまた彼とは冬休みまで離ればなれだ。しばらく振りの再会ほど別れがつらいものはなく、その日が近づくごとに私の心は締め付けられる。離れたくない、帰ってほしくない、ずっと一緒に居てほしい。本人には恥ずかしすぎてとても言えたものじゃないが、彼との別れを拒む想いが胸の中を駆け巡る。

 そんな暗い気持ちを募らせベッドに座りこんでいると、彼は無言で横に腰掛けてきた。

「大丈夫?」

「え。う、うん。大丈夫だけど」

 不安そうな顔で彼は尋ねる。心配させたくないために大丈夫と返すが、彼の表情は変わらない。むしろより一層瞳に不安を宿し、私を見つめている。

「……なに?」

「ああいや、その、話したいことがあって」

 歯切れ悪く、言葉を選ぶように彼は話す。

「昨日、杏奈が寝た後もちょっと作業してて。そのときに聞いちゃったんだけどさ」

「聞いた、って何を」

「いかないで、って寝言」

 彼の発したその単語の意味を理解するのに、少し時間を要した。言葉の意味を咀嚼すると同時に、羞恥が全身を支配した。

「待っ、そ、それ私、が言った、の?」

「う、うん。すごく辛そうに、苦しそうな顔で。だからうなされてるんじゃないか、と思って起こそうとしたんだけど、そしたら眠ったまま抱きつかれて」

 ストップ、とそこまで言ってから降参の白旗を振る。いくら私のことを案じてのことでも、シュンに寝惚けた自分の醜態を丁寧に説明されるのはさすがに堪える。なんならちょっと身に覚えがある、夢の中で彼に抱きついた記憶が。ごめん、と謝ってシュンは本題を続ける。

「だから、僕が知らないうちに何か辛いことがあったんじゃないかと思って。そうでなくとも、悪夢を見たなら慰めに何かできないかな」

 真剣な眼差しで彼は言う。出会った頃と変わらないくるんとした瞳が、まるで太陽のように思えた。

「シュン君……」

 真っ直ぐな気持ちに、隠そうとした気持ちが胸からせり上がる。告白を待つ彼に応えようと、少しずつ言葉を紡ぐ。最初こそ慎重だったそれは、声を発するにつれだんだんと心の原石そのままを吐き出すようになる。帰したくない、離れたくない、ずっと一緒に居たい。独占欲じみた感情をぶちまけ、ついには泣き出してしまう。涙に濡れた顔を誰にも見せまいとシュンは私の頭を胸に抱き、私の気が済むまで背中をさすって落ち着かせようとしてくれた。

「……ごめんなさい、こんな都合の良いことばかり言って」

「大丈夫、僕だって同じだよ」

 それは同情するようなものでなく、心底からの同意だった。

「僕も杏奈と離れなくないし、ずっと一緒に居たい。でもやりたいこと、学びたいことは違うから、勉強は離れてしないといけない」

「わかってる、わかってるけど、シュン君と会ってまた離れるのが、とてつもなく怖いの。もう会えないんじゃないかって、心のどこかで恐れてるの」

 これは紛れもない事実。町外れの無人の館で彼とした不思議な体験以来、デジャブのような不安が頭をよぎるのだ。私は怪物に成り果てて、会えたと思ったら引き離されて、最期の瞬間まで彼と再会できずじまい。そんな無念が心を巣食い、ときどき悪夢を見せる。彼が私から離れていく悪夢を。

「重いよね。ごめんなさい、こんな私で」

「ううん。多分同じようなこと、僕も感じてる」

「え?」

「僕もたまに、この風景は偽物なんじゃないか、すぐ隣は地獄なんじゃないか、って不安に駆られることが、中三の頃からかな、思うことがあるんだ。今の日常も崩れてしまうんじゃないか、って。でも同じように、そんなことはないって確信もあるんだ」

「それは、どうして」

「根拠、みたいなのはないんだけどね。ひろし君みたいに理論立てて考えるのはあまり得意じゃないからさ。あくまで、きっと僕らなら大丈夫だ、って予感がするんだ」

 だから、とシュンは私に顔を上げさせる。

「離れても大丈夫、僕はまた杏奈に会いに行くから」

 はにかみながら、私の目を見て彼はそう言った。輝くような彼の笑顔を見ると、つられて私の表情も明るくなった気がする。目尻を涙で濡らしながら、私はシュンと笑いあう。

「ありがとう、シュン君。ちょっと元気になった、気がする」

「それはよかった。今日はこれからどうする?」

「そうだなぁ。とりあえず外には出たくないかな、泣いた痕とかすごいだろうし」

「確かに、今の杏奈の姿は他の人に見せたくないな」

 僕だけに留めておきたい、と彼は続ける。少しムッとする発言だが、“彼だけのもの”という概念を感じて少しキュンとしたので水に流すことにする。

「あ、そういえばうなされた分寝不足とかは大丈夫なの?」

「あー、ちょっと疲れてるかなぁ」

「だったら、ここ使う?」

 シュンが指差したのは、彼の膝。膝枕に憧れがないことはない、その提案に従い彼の膝に頭を預けることにした。

「どう、痛くない?」

「痛くはないかな、ちょっとごつごつしてる感じはするけど」

 ぼおっと目線を向ければ、そこには枕加減を心配し私を見つめるシュンの顔。だらしなく笑顔を向ければ、彼も笑顔を返しおもむろに右手を私の頭に乗せる。

「んっ、なに?」

「こうしてる間、支えてるね」

「だったら、こっちもお願い」

 だらんとした両腕を空いている左手に伸ばし、サインを送る。すぐに意図は伝わり、右手の指に彼の左手の指が絡まれる。彼の手首を左手で緩く掴み、腹の上で離さないでとアピールする。

「ふふ、なんだか心地いい」

「そうだね。ちょっとムズムズもするけど」

 恥ずかしそうにシュンは返す。確かに繋いだ手から伝わるように、全身がくすぐったくなる。そんな高揚感に身を委ねながら、私は完全に脱力する。眠くなって夢を見るかもしれないが、それはきっと悪夢じゃない。すぐそばに彼がいるのだから、きっと大丈夫だ。

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