少女さとり 〜 Another Story of the Depths.   作:冥界寺吹雪

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そして二人は出会う。


第一話 人間と妖怪と

 酷い頭痛がして、大きく頭を抱えた。どうやら、随分と長い間寝てしまったらしい。

 寄り掛かっていた壁からゆっくりと離れようとして……そうして自分が今仰向けになっていることに漸く気付く。

 

 慌てて体を起こすと、そこはさっきまでいたバス停とは全く違う、薄暗い小さな部屋のようだった。

 部屋というよりは洞穴と言った方がいいだろうか、周囲は土壁で囲まれ、床は石畳で覆われている。四隅にひっそりと揺れる蝋燭が唯一の明かりらしく、照明器具といったものも見当たらない。

 

 なによりわからないのは首元まで丁寧にかけられていた毛布、そして場に似合わない柔らかな弾力性を持ったベット。

 寝起きのせいか、頭がよく回らない。これはつまりどういうことだ?

 

 

 とりあえず立ち上がり、ぐるりと室内を見回す。そして目に飛び込んできたのは石造の扉だろうか。幾重にも連なる曲線の文様が刻まれ、古代文明の遺跡なんかに行けば見られそうな造りだ。

 まず、ここがどこなのかを確認したい。真っ先に頭を過ぎったのがそれだったので、この背丈の倍以上はある扉を何とか開け、部屋を出てみることにした。

 

 扉の向こうは先程の室内となんらかわりない風景で、土壁が延々と続く廊下の先は暗く、見えない。

 閉鎖的な空間では不安が煽られ、あまり居心地はよくない。早いところ抜けたいと思うと、自然と足どりも早いものになっていった。

 

 

 

「これは……」

 

 思わず声に出してしまう。

 長い廊下が漸く終わったかと思うと……これを何と表現すればいいだろうか。

 何本もそびえ立つ立派な石柱、何処までも続く大理石のような美しい石畳、いたる箇所に配置された松明。そして、何十本もの石柱に支えられる巨大な屋根に、しばし目を奪われてしまった。

 先の扉もそうだったか、この施設は何かとスケールがでかい。この石柱と屋根なんて、見上げれると立ちくらみが起きる程だ。

 

 それに目を奪われていたせいで、俺は思わぬ不意打ちを受けることとなる。

 

「どうやら、もう平気のようですね」

 

 しっとりと落ち着いた声にも関わらず、思わず肩を震わせてしまう。人がいたのか、半分の安心と不安の最中、振り返る。

 

 

 

 そこには少女が立っていた。

 見た目だけに限定して言うなら、まだ成熟しきっていない子供というのが第一印象。

 服装は、水色でふわふわと裾の揺れる洋服に、薄い桃色のスカート。とてもこの厳かな施設には似つかわしくない。

 唯一、胸元に付けている瞼のようなアクセサリーが非常に印象的だった。変な、と言っては失礼かもしれないが、この年頃の子がこんな装飾品を好むのだろうか?

 

 

「どうも、初めまして。私はこの地霊殿の主、古明地さとり。あなたはどうやら人間のようですが、何故このような辺鄙な場所へ?」

 

 その容姿から吐き出された言葉は実に丁寧で、大人びていた。本当にこの少女が喋っているのか?そんな疑問さえ過ぎる程だ。

 だが、質問に質問で返す訳にもいかない。まずはこの問いかけに、素直に答える事にする。

 

「どうしてって言われてもな、俺にも何が何だか分かってないんだが」

 

 他人の施設に無断で入り込んで、何を訳の分からない事を。

 普通ならそう返されてもおかしくないような返答だったが、少女は何故か納得のいったような面持ちで、小さく頷いて見せた。

 

「なるほど、いまいち状況が掴めていないようですね。まあ無理もないでしょう。あのような場所で倒れていては」

 

「倒れていた?」

 

「丁度そこの刻印柱の辺りでしたか。ずぶ濡れでぐったりとしていたんですよ、あなたは」

 

 少女が指し示した場所を見ると、巨大な六角形の柱が天井を突き破るようにしてそびえていた。

 周囲にある石柱とは比べ物にならない程太く、その表面にはどこの言語だろうか?見たこともない文字の羅列がくっきりと刻まれている。

 

 考古学が好きって訳でもないが、これほど立派な物を目の当たりにしたら、誰でも興味を惹かれるんじゃなかろうか?

 そっと近づき、まじまじと文字群を見つめてみる。うーん、何が書いてあるか全く分からん。

 

「何か思い出しましたか?」

 

 そういえば質問が投げかけられっぱなしだったのを思い出し、慌てて考える。

 

「うーむ。確か仕事が終わって、雨に降られて……そうそう、確かバスを待ってたんだ。その時急に眠気が襲ってきて」

 

「……バス?」

 

 怪訝な表情でこちら睨みつけてくる少女。

 何かまずい事でも言ったか?訊き返そうと口を開こうとするが、それより先に少女。

 

「まさか、外の世界の人間?なるほど。だとしたら、その見慣れない服装も納得出来ますね」

 

「さっきから何を言ってるんだ、あんたは」

 

 人間。外の世界。それらのワードは、まるで少女が人間ではなく、ここが人間の住む世界ではないように聞こえた。

 

「察しの通り、ここはあなた達人間の支配する世界ではありませんし、私はあなたのような人間ではありません。そうですね、簡単に言うのであれば、『妖怪』といったところでしょうか」

 

「妖怪?」

 

 少女が何を言ってるのか、よく理解出来なかった。

 確かにこの巨大な施設は、現実離れした歴史のありそうな場所だ。普段暮らしている街、少女が言うところの『外の世界』と比べれば、別世界と言えなくも無い。

 しかし『妖怪』ってのは流石に納得がいかん。俺はその手のホラー物は結構詳しい方だが、流石に空想と現実の区別位はついてる。

 そういう幻想に夢見る年頃、っていう感じでもないし、どうしてそんな下手な嘘を付くのだろうか。

 

 

 

「どうしてそんな下手な嘘を付くのか。そう受け取りましたか」

 

「っ!」

 

 

 思わず顔を歪ませた。

 確かに、あまりに突拍子も無い少女の言葉に疑いの眼差しを向けてしまったかもしれない。

 にしても、だ。俺が思った事を言葉を、一字一句間違えずに分かるか、普通?

 

「分かってしまうんですよ。何故なら私は『妖怪』だから」

 

 

 

 

 妖怪か。そういえばいたな、人の心を読む事が出来るっつー、とんでもない奴が。

 かなりマイナーな妖怪だったと思うが、確か名前は

 

(さとり)。外の世界の人間の割には、なかなか私達に対する知識があるようですね」

 

「そうだ覚!って、ホントに心を読みやがるのか……」

 

 小説や映画でなら見たこともあるが、実際にいるなんて思った事も無い。だが、目の前のコイツが心を読むっていうのは、どうやら事実らしい。

 三度に渡って考えてる事を的中させられちゃー、偶然って可能性は限りなく低いだろうしなぁ。

 俺は少女の瞳をじっと見つめて、こう問いかける。

 

「信じられん話だが、本当に妖怪なのか?」

 

 少女は答えず、無言で頷いた。その目は何故か、とても悲しそうな色で染まっていた。

 

 

 

 

 

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 

 さとりと名乗った少女が案内したのは、俺が最初に目覚めた部屋だった。改めて見ると極端に狭い部屋で、テレビや照明機器はおろか、時計や窓すらもない。

 

「さあどうぞ。座って下さい」

 

 と言うとさとりはベットに腰を据える。

 俺が寝かされていたベットだが、こうして見るとかなり古い物のようだ。ぼろいというよりはアンティークと言った方がいいだろうか。丁寧に扱われているのか傷一つ見受けられないが、見た事もない花と弦の彫刻がなされていて、少なくとも最近の物ではない。

 

「さて、訊きたい事が山のようにあるでしょう。どれから訊いても、私は構いませんよ」

 

 確かに聞きたいことは色々あった。ここ地霊殿の事とか、ここから帰る方法とか。

 でもそれ以上に、まずは一番興味を惹かれていた事を訊いてみる事にする。

 

「あんたは、ここで暮らしているのか?」

 

 さとりは意外そうに目を細める。

 

「この地霊殿を管理して数百年といったところです。普段はこの部屋で生活していますね」

 

「こんな狭い部屋でか?」

 

「狭いと感じたことはありませんが。いつも一人ですし、広すぎるというのも落ち着きませんしね」

 

 話していると、人間と話すのと何ら変わりないことに気がつく。

 その口調はやはり容姿と掛け離れたものだが、その点を除けば彼女が妖怪だなんて信じられない。

 少女は続ける。

 

「そういえば、あなたの名前を聞いていませんでしたね」

 

「ああ、そうだったな。俺は月蔵貫斗(つきくらかんと)。二十年程人間をやってるよ。あんたはどれくらい生きてるんだ?」

 

「私ですか。あまり定かではないのですが、おおよそ千年程度ですかね」

 

「千年!」

 

 純粋に驚いた。こんな少女のような格好をして、ある種の詐欺じゃないのか?

 

「見えないな。妖怪ってのは皆そうなのか?」

 

「妖怪にも色々な種類がありますからね、それによって容姿もまた異なるのですよ。私の場合は長らく外で活動してませんから、どんな容姿であれ、これといった障害はありません」

 

「その言い方だと、姿形を自由に変えられるのか?」

 

「可能な妖怪も少なくありませんね。とは言っても、この世界の妖怪の殆どは、私のような人間の格好をしています」

 

「それじゃあんたは、何でそんな子供みたいな姿をしてるんだ?妖怪ってのはもっとこう、大きくておどろおどろしいイメージだったが」

 

「大きな体では、活動するのに余計なエネルギーを使ってしまうでしょう?その点私のような少々幼い体型なら、力を効率よく使う事が出来ますから。……後この方が、他人受けもいいですし」

 

「……なんだか納得出来るようなできないような」

 

「ある程度は嘘ですから、納得しなくていいんですけどね」

 

「嘘かよ!」

 

 もしかして、おちょくられているのか?

 さとりは口元を緩めると、ほんの僅かに笑ってみせた。今まで無表情を決め込んでいただけに、その表情には少しながら惹かれるものがある。

 

「……。それで、他に聞きたいことは?」

 

 何故か、妙な間を開ける彼女だったが、引き続き質問を投げかけてみる。

 

「こんな広い施設なのに人っ子一人見かけなかったが、あんた以外誰もいないのか?」

 

「近くにはいませんね。少々離れた所なら、ペット達がじゃれていると思いますが」

 

「ペットなんて飼ってるのか。一体何の」

 

 と言って言葉を切る。

 妖怪が飼っているペットだ。普通の女の子が飼うような犬とか猫とかとは、訳が違うんだろう。もっとこう恐ろしい、悍ましいペットに違いない。

 

「とんだ偏見ですよ、それは。まあ確かに、ちょっと変な子もいますけど」

 

「あれか、使い魔のフクロウとかか?」

 

「それは魔法使いしか飼いませんよ」

 

 そりゃそうか。……って、いやいや、魔法使いってなんだよ!こっちは妖怪ってだけで腰抜かしそうになったんだぞ?

 

「魔法使いなら、普通の人間でもなれるはずですが。外の世界では珍しいのですか?」

 

 珍しいってか、聞いたことないから!

 

「私のペットは猫とか鴉なんかですね。殆ど放し飼いのようなものなので、特別世話をしている訳ではありませんが。たまにじゃれてくる姿なんか、実に可愛いものですよ」

 

「鴉……はともかく、猫とは案外普通だな。是非見てみたいものだ」

 

「そうですね、私も数十年程姿を見ていませんし、そろそろ様子を見に行ってもいいかもしれません」

 

「……死んでるだろそれ」

 

「最初に言ったでしょう。ちょっと変な子もいる、と」

 

「突然見たく無くなってきたな」

 

「ふふふ……さぁ、こちらへ」

 

 さとりはそう言うと、悪戯に小さく笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

・・・

・・

 

 

 

 

 

 刻印柱のあった広間を抜け、更に下の階段を下る。だんだんと気温が高くなっているようで、インナーに汗がにじむ感覚がなんとも気持ち悪い。

 一方でさとりはそんなことお構いなしのようで、何故か楽しそうにステップを踏んでいた。

 

「こりゃまた、随分と荒れてるな」

 

 そうしてたどり着いたのは、倒壊した石柱が散乱する閑散とした場所だった。残されたのは建物だったであろう物の枠組みくらいで、その周囲には瓦礫が積み重なっている。

 この場所で戦争でもあったのだろうか?そう思わせるには十分な惨状である。

 薄暗い為天井は見えないが、恐らく存在するのだろう。さっきから足音がどこからとも無く反響してくる。

 最初の部屋といい、刻印柱の大広間といい、ここといい、一向に空が見えないところを見ると、ここらが地上よりも遥か下である事は容易に想像がつく。

 

 で、肝心のペットの話だが

 

「こんな所に、本当にペットなんているのか?なんつーか、生き物が住めるような場所には見えないんだが」

 

 割と失礼な事を言ってる気もするが、どうせ心を読まれるんだ。最初から思った事を話した方がいい。

 その考えが伝わったのか、ふむと小さく相槌を打つと、無表情だった顔が僅かに和らいだ。

 

「……ほら、あそこにいますよ」

 

 そう言ってさとりが視線を投げた先には、結論から言えば猫がいた。

 猫なのは間違いない。間違いないのだが、なんというか、こう、言葉に出来ない違和感があった。何より照明のように発光する瞳は、見るだけで吸い込まれてしまいそうな恐怖さえ覚える。

 

「あー……色々言いたい事はあるが、とりあえずあれだ。猫の目ってあそこまで光るか?」

 

「普通は光りませんね。外の世界の人間では、力をつけた動物を見る機会も無いでしょうし、この子の遊び相手になるのは、大変かもしれないですね」

 

 言い終わると同時、その猫は突然直視できない程の強烈な光を纏ったのだ。思わず手で目を覆ってしまったがその発光は一瞬で、次に猫を見た時には驚愕し、声を上げてしまった。

 

「人間!?」

 

 目の前にいたはずの猫の姿は綺麗さっぱりいなくなり、代わりに頭に猫のような耳を生やした少女が立っていたのだ。

 年齢は、見た目から推測すると俺と同じか、それ以下ってところか。

 しかしさとりは数十年姿を見ていないとか言ってたし、実際はそれ以上は生きているだろうな。俺からすればペットというか、立派な妖怪である。

 

「久しいですね、お燐。元気そうでなによりです」

 

「さとり様じゃないですか!こちらこそお久しぶりでー。こんな辺鄙な場所まで、わざわざどうしたんで?」

 

 はきはき喋る猫だった。ペットは基本的に喋らないような気もするが、目の前で喋ってるしなぁ、まー喋るんだろう。

 

「わぉ、これはなんですかい?新しい死体?」

 

 と、お燐と呼ばれた少女は俺の方を指差して言う。

 

「おいおい死体扱いかよ」

 

「しかも活きが良いときた!こいつはあたいへのプレゼントで?」

 

「そうです」

 

「おい」

 

「冗談です」

 

 くすくすと喉を鳴らすさとり。さっきから俺をからかって楽しんでるよなこれ。

 

「しかし、死体を集める猫ねぇ。これじゃあまるで……」

 

「へぇ、火車(かしゃ)の事も知っているんですね」

 

「そうそう火車!てーこった、やっぱりこいつも妖怪って事か。すげぇな、ホントに実在してるなんて……俺はずっと、ただの昔話だと思ってたよ」

 

「昔話というのは、あながち間違いではないんですけどね」

 

 と、小さく俯きながら呟くさとり。

 まただ。さとりと話していると、たまにこんな悲しそうな表情をする。何か、彼女を傷つけるような事言ったか、俺?

 

「でー、あんさんはなんだい?ただの人間……なんて事はないよね?」

 

 微妙な空気になりかけたが、助かる事にお燐と呼ばれた猫妖怪が気さくに訊いてくる。

 早速答えようと口を開きかけたが、どうやらその必要は無かったようで、

 

「察しがいいですね、お燐。彼は、なんと外の世界からやってきた人間です」

 

「そ、外の世界から!?」

 

 大袈裟に驚くお燐。なんだなんだ、ここじゃあ人間はそんなに珍しいものなのか?

 

「いやや、外の世界の人間さんなんて初めて見たよ。こんな地底までよく来なさった!ささ、ここの案内はお姉さんにまっかせなー!」

 

「いややや、案内とか頼んでってえええーー!?」

 

 ものすごい力で腕を引っ張ってくるものだからそんな声をあげてしまった。流石は妖怪、見た目は華奢な女の子だが、なるほど確かに人間離れした力を持っているようだ。

 

 ……って、感心してる場合じゃ無かった!助けを求めようと慌ててさとりに視線をやるが、いってらっしゃいと言わんばかりにひらひらと手を振られてしまっては、がっくりと肩を落とす他ない。

 

「わわ、分かったから走るなってぇ!」

 

 結局、意気揚々と走り出すお燐に、ぬいぐるみのように扱われる羽目となってしまったのである。




思えば、地霊殿が発売してからもう4年経ってるんですね。つい最近の事だと思っていたのに。
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