の一言から始まったミーム汚染
の一言から始まったミーム汚染
プシューとよくわからない音をたててドアがスライドする。予定表を見れば、今日も仕事が詰め込まれている。頭が痛い。きっと今日も遅くまでこの部屋に閉じこもることになるだろう。
「おっはよー!アーミヤちゃん」
「おはようございますサベージさ……ん!んん!ぷはぁ!いきなりやめてください!」
入った瞬間に目に入ったのは、アーミヤの唇を奪うサベージだった。
「ごめんごめん。ああ、ドクター!おっはよー」
サベージは元気に手を振りながら近づいてくる。3m、2m、1m……、まだ近づいてくる。
「んー」
目を閉じ口をすぼめて、さらに近づいてくる。
「……ん?」
しばらく待ってもこないことに気がついたのか、コテンと首をかしげる。少しおくれて耳がふわりと揺れた。
「ああ、おはよう」
そっと唇にキスをすれば、ん、と満足そうに息を漏らした。
====『キス魔サベージ』====
発端は数日前の夜だった。
「ドクター、晩ごはんはどうする?」
そう来てきたサベージに適当に返したら、それじゃあ買い物に付き合ってとお誘いを受けた。
「ドクターとまたお出かけできるなんてね」
楽しそうに鼻歌を歌うサベージの後ろをついていく。
「他の人が見たら夫婦にみえたりするのかな」
よくて兄妹だろうなんて笑って返した。
「それ……気になるの?」
お酒のコーナーで立ち止まっていると、サベージは不思議そうに首をかしげてきた。
興味がないかといえば、そうでもない。しかし、自分が酒に強いのか、そもそも飲んでいたのかでさえ、定かではない。一人で飲むのは危険だし、そもそも飲酒が許されるような職場でもない。
「なら……試してみよっか。アーミヤちゃんには内緒だよ?」
かごにいくつかの缶をいれて、会計に通した。
その日の夜、夕食を取り終わったあとだった。
「ではドクター、私はこれで失礼しますね」
「アーミヤちゃん、おやすみー」
「はい、サベージさんおやすみなさい」
ペコリと礼儀正しくお辞儀をして、アーミヤが食堂から出ていった。もうみな宿舎などに戻り、その場には自分とサベージのみが残っている。
「ドクター、しっかり冷えてるよ~」
にやりと笑みを浮かべながら、冷蔵庫から缶をとりだす。簡単に盛り付けられたつまみとグラスで、食卓を彩った。
「それじゃあかんぱ~い」
一杯目は普通だった。案外いけるのではないかなどと調子にのりながら、サベージと語り合っていたのをおぼろげに覚えている。
二杯目はすこし酔いを自覚していて、ペースを落としてつまみを多めに食べていた気がする。サベージはまだ元気なようで、となりの方へと席を移してきてから楽しそうに飲んでいた。
三杯目は、すこし酒を薄めて飲んだはずである。疲れが眠気に急激に変わってきたから、サベージにチェイサー用に水を頼んだところまでは覚えている。
四杯目は……残念ながらほとんど記憶にない。ただし……
「ドクターは好きな子とかいるの?」
そんな話をしていたと思う。そんな話を、深夜に酒を入れた男女二人でしているからだろうか。目の前のサベージがやたらと魅力的に見えてしまっていた。
「ん?んんん?」
気がついたら、サベージに手を伸ばしていた。そして抵抗させる間も与えずに、そのつややかな唇を奪ってしまっていた。
「んん……ぷはっ!ちょっとドクター!」
無理やり離されてようやく、自分が何をしてしまったのか自覚してしまう。サッと血の気が引いて、酔ってふんわりとしていた意識がはっきりとしてくる。
「ああ!もうそんな頭を地面に擦り付けなくてもいいから」
謝っても謝りきれない。勢いとはいえ、本当にやってはいけないことをした。
「もう……、落ち着いたならいいよ。ほら、お茶」
謝罪の言葉を繰り返しながら、何の疑いもなくその液体を飲み干した。
「ふふっ……」
サベージが、まるで先程のキスを思い出すかのように自らの唇をなぞった。
ぐらりと視界が揺れる。膝に力が入らずに、崩れ落ちる。口の中に残った液体からする強烈なアルコール臭が、鼻から抜けていく。
「ふっふーん」
鼻歌まじりに抱えられると、ポケットを探られる。
「私は優しいからドクターを部屋まで届けてあげる」
そのあとの記憶はまったくといいほど残っていない。
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「ドクター?どうかしたの?」
サベージが顔を覗き込んでくる。何でもないと首を横にふると、そっか……、と含みのある返事をする。
「じゃあ元気のおまじない」
そういって、今度はサベージのほうからキスをしてくる。あわててアーミヤの方を見れば、ちょうど背中を向けていた。
サベージは人差し指を口に当てて軽くウインクをする。
まるで、アーミヤには内緒だよ、と言うかのように。