研究が開始してしばらくの時間が過ぎ、その間、能力を用いた際の身体検査が行われ、昨日でようやく能力を用いた五感の検査が終わった所だった。
そして今日、今は身体能力その物を強化した際の計測が行われていた。
「凄い! ニコラ! 体が嘘みたいに軽いです!」
「そいつはご機嫌だなフェムト。こっちもいい数字出てるぜ。同年代の身体能力の平均を比べて見ても、倍以上は差が出てるな」
例えば体中に流れていると言う、生体電流を操って増幅したらどうなるのか?
その結果は、私も驚く程に凄まじい物であった。
体が羽の様に軽いのだ。
それだけでは無く人を優に超える程の跳躍も可能で、走るのも相応の速度を叩き出せる。
「んじゃあ昨日やったみたいに次は、その強化した感覚を頭に集中させてみてくれ」
「はい。……えっと、どうですか?」
「おう、数字的な脳波は異様な数字を叩き出してるが……フェムト、今どんな感じだ? 昨日と同じように感想を述べて見てくれ」
「何て言うか、やっぱり今まで以上に周りが鮮明に感じ取れますね。こう体感的に、前にニコラに教えてもらった五感と言う物が、より強化された感じです。視力、聴覚、嗅覚、の三つは体感できてます。味覚と触覚については……良く分かりませんが」
「んじゃあ、こいつを食ってみろ」
「はい。……ニコラ! これって、昨日食べた羊羹の残りですか? 前よりもずっと甘く感じます! ただ、その中に含まれてる僅かな雑味も感じてしまうようですが」
その制御能力を脳に集中させたらどうなるのか?
答えはこの通り。
五感が強化され、より鮮明にこの世界を感じ取る事が出来る。
だから当然、この様に昨日食べていた羊羹もより美味しく、それでいて…。
「ふむ、味覚に関して言えばいい事ばかりじゃないって事だな。んで、嗅覚はどうだ? その羊羹、結構高い奴だからな。その辺りも分かりやすいと思うんだが」
「……ちょっと意識してなかったんで、もう一度食べても」
「ダメだ。お前のその顔、もう一口食べたいって言う魂胆が透けて見えるぜ。……そんな目で見るなよ。ったく、しゃーねーな、感想を言えたら喰っていいぞ」
むぅ……嗅覚の事を口実に使ってもう一口食べる魂胆はバレバレなんですね。
私ってそんなに分かりやすいのかな?
でも、食べられるのは変わりないから、まあいっか。
私はニコラに香りの感想を述べ、もう一口食べた所で、次の検査に入った。
「んじゃあ、次は視力検査なんだが……なあフェムト、昨日は気にする事が出来なかったんだが……その、目は大丈夫なのか? こう、ドライアイ的な」
「ドライアイ? …ニュアンスは目が乾いている症状であってますか?」
「大体そんな感じだな。ほら、涙や角膜の水分が微量な電気による水分の電気分解で影響が出るんじゃねぇかと思ってな。一応、こっちの観測結果でもほんの微量だが水分量の低下が確認されてるからよ」
「あ~…。確かに、昨日能力を使う時は気になりませんでしたけど、今はちょっと乾いてる感じがします」
「やっぱりか。乾燥防止用の目薬は今はねぇからなぁ……。ドライアイ対策の当座は瞬きを意識して多くする事で対処してくれ。そうすれば涙が多く出て視力低下は抑えられるはずだから、やってみな」
ニコラに言われた通り、私は瞬きを意識して繰り返す。
それを繰り返している内に、確かに目の渇きが能力発動前の感じに戻った事を感じ取った。
その後、改めて視力検査をした結果、やはり視力はちゃんと向上していた。
脳を能力で活性化させた影響で、視力に使う筋肉を意識的に、かつ柔軟に扱えるようになったのが理由なのだとか。
だけど、ドライアイ対策をしないと別の要因で視力低下が発生する為、そこは注意する様にと言われた。
「よし、次は聴覚だな。んじゃあ、これ目隠しな」
「目隠しですか。昨日はこう言った物は無かったですけど、これは必要な物なのですか?」
「ああ、聞く事に集中する場合、視覚は遮断した方がいいんだぜ?」
「分かりました。……っと、こんな感じでいいですか?」
「おう、問題ねぇぞ。……絵面がひでぇなこりゃ。これでフェムトが男じゃ無くて女だったら、下手したら犯罪者扱いされそうだぜ」
「……絵面が酷い? 犯罪者?」
「あちゃ~……。さっきの俺のつぶやき、聞こえちまってたか。まあ今は気にすんな。後で教えてやるからな。一応さっきので聴力が強化されてるのは確認出来たから次行くぞ」
「分かりました。……昨日の検査の時とは違って今日は随分緩いですよね? こんな適当でいいのでしょうか?」
「そうだな。本当は良くねえから、その指摘は正しいぞ」
「では、どうしてこのように緩いのですか?」
「それはな……前提の話が必要だから、先にそれを話してもいいか?」
「はい、よろしくお願いします。ニコラ先生」
「先生って……俺はそんなガラじゃあねぇけどな。まあ、話を進めるぞ」
「はい」
「先ず研究と言うのは俺達以外の連中に分かってもらう必要がある。なぜ必要なのかって? そりゃあ将来大勢の人達がこの研究で出来た技術を使う可能性があるからさ。んで、分かりやすくしたり、再現性を高くするのに数字って奴は必要不可欠。ここまではいいよな?」
そう、研究は分かりやすく、それでいて誰でも出来る様にと言う再現性が要求される。
研究は大勢の人が使う可能性のある物だ。
だからより分かりやすく、簡潔に、それでいて誰でも同じ事が出来る様にする必要があるという訳だ。
しかも安全面の問題だとか、様々な人々が使う可能性等を考慮しながら。
その中でも数字と言う物はこれ等に必要不可欠であり、無いと全くお話にならない。
「このくらい」とか、「あのくらい」とか、「少々」とか書かれても、分かるはずが無く、「1」「2」「3」なら分かりやすい。
でも数字でのイメージにも限界があり、単位が「10000000000000」とか「0.0000000000001」なんて多すぎたりすると途端にイメージが分からなくなるから、レポート等による文字で伝えるのは大変だとニコラは愚痴っていた。
「ならどうして、今日はこんなに適当な感じなのですか?」
「質問に質問で返すのは本当は良く無いんだが……。一つ聞くが、あんな堅っ苦しい検査を毎日するとか、フェムトはどう思う? 本音で言ってくれ」
「それは……。本音を言えば正直気が滅入りますし、あんなの続けられたら頭が変になりそう……あ! つまりそう言う事なんですね?」
「そう言う事だ。たまにはこんなお遊びとも言える実験を入れないと、参っちまうだろ? それにこういった事で新しい事実が見つかる事もあるんだから、侮れねぇんだよなぁ。とは言え、これが理由で研究が滞って追い出されちまったんだから世話ねぇが」
「あはは……」
「……フェムトは確かに被検体なのは間違いなく、俺達研究員の指示には基本従わなけばならない。それは
この話を聞いた時、私は自身を取り巻く環境がどれだけ恵まれているのかを自覚することが出来た。
何故ならば、もし自分がニコラと同じ立場で、私みたいな大勢の被検体達を好きに使って研究してもいいだなんて言われたら……。
しかも、好きに使ってもよい事に喜ぶ研究員が周りに大勢いたら……。
多分、私はニコラみたいに拒めない。
「じゃあなんで、ニコラは私の事でこんなにも気を使ってくれるのですか?」
「それはな……前にフェムトに話した記録から抹消された研究の話、覚えてるよな?」
「はい。確か、過去にとある非道な実験をその被検体に施し続けた結果、その被検体が持つ能力が暴走し、研究施設ごと消滅したって話ですよね?」
「おう、合ってるぜ。んでだな、この話を聞いてお前はどう思った?」
「それは……同じ事が繰り返されない様に対策を考えます。ですが、それだったら拘束具を使って対処すればいいと思いますけど」
「普通に考えればそれで間違いは無い。だけどな、今研究している
「第七波動…ですか」
「そうだ。んで、第七波動って奴はな、能力因子の多さだけじゃ無くて、他にも所有者の意志によってその力を増減する事が分ってるんだ。でな、この所有者の意志って奴がまた厄介でなぁ……、怒ったり、気分が滅入ったりする事で引き出される力が増減しちまうんだ」
「つまり力の揺れ幅が大きいから、メンタルケアをこまめにする事でデータを均一化するって事ですか?」
「そうだ。そもそもあの計画の研究をしてる理由は今使ってる発電方法に限界を感じていたから始まった研究だ。つまりこの研究が成功した暁には、大勢の人々がこの研究の恩恵を受ける事になる。何しろ電気はもう俺達の生活に欠かせないし、それこそ無くなったら国や企業を始めとした共同体の維持すら出来なくなっちまう。ここまでは良いよな?」
「はい」
「続けるぞ。発電方法には色々あるんだが、結論を言えば安全で、ブレが少なくて、簡単に出来て、頑丈で、何よりも
そう、これがニコラがメンタルケアを気にする大きな理由なのだ。
最も本人は直接言う事は無いけど、ニコラ本人の人柄も大いに関係しているのは間違い無いと私は思うのだが。
ニコラが考えるあの計画の最終目標は、簡単に言ってしまえば誰でも安全に扱える発電施設と言った所だ。
そうなると……そもそもあの研究は根本から間違っているのでは?
何故なら感情で左右される発電施設だなんて、正直利用するのは怖い。
気が滅入っていれば電気が足りなくて、怒っていれば電圧が増して、電線の強度を上回って断線したりする危険性を考えると…。
「えっと、そもそも根本的にあの計画は間違っているんじゃ無いですか? こんな不安定な力、とても運用出来るだなんて思えないです」
「気が付いちまったか……。まあ、それを何とかしろっていうのがあの計画であり、研究な訳だ。まあ、結局俺達は計画から外されちまったがな。とは言えだ、逆に言えばこの状況はチャンスとも言える」
「チャンスですか?」
「おう、これまではそれこそ人間発電機を作る為の研究だったが、今回の研究は追い出された口実であると言う事実さえ無視すれば、結構有意義な物だと俺は思ってるぜ。そしてそれは、今の所すこぶる順調だ」
「身体能力強化も出来ましたし、五感を強化する事も出来ましたよね」
「っと、五感で思い出した。まだ聞いてなかったが、触覚の方はどうだ?」
「え? うーん……昨日もそうでしたけど、体感ではちょっと良く分からないです」
「あぁ、そのゆったりとした服装じゃあ体感するのは難しいか。…まだ五感の強化は維持してるよな?」
「はい」
「それじゃあ、ちょっと足の裏
「えぇ~~っ!」
「良いからやるぞ。終わったらもう一口、羊羹喰っていいから」
結局ニコラのこの提案を私は受ける事となり、結果は予想通り、触覚が強化された影響で敏感になってしまっていた。
まあそれは兎も角、これであっさりした五感の研究は終わり、次はこの状態を維持し、勉強したらどうなるかと言う研究が始まった。
やり方は簡単に説明するとこうだ。
ニコラが簡単に教えてくれた暗記問題を、能力ありと無しで簡単に学び、解くと言う物。
その結果はやはりと言うべきか、能力有りの方が良い結果を収めることが出来た。
「予想はしていたが、やはり能力有りの方が結果はいいよな。とりあえず、これと身体能力強化でのテストは継続していくぞ」
「何故ですか?」
「俺の予想だが、フェムトの精神的なコンディション次第でこの結果は変わりそうだからな。何しろ大本がそうなんだから、これも、前にやった身体強化もそう言った要素が出てくるだろうしな。それとだ、勉強とかを個人的にするんだったらその能力はフルに使っておけよ。きっと役に立つだろうからな」
「はい」
「ああそれとだな……
この言葉を持って、今日の研究は終わりを迎えた。
後の時間は、私個人の時間だ。
私はニコラからこう言った自由時間を用意されていた。
私の部屋にはベッドと机、それに電気に関する本であったり、基礎学習に必要な教本等のデータが纏められているパソコンも用意されている。
但し、パソコンはインターネットには繋がっていないけれど。
今日もこのパソコンを用いて、勉強したい事を調べ、学んでいく。
そう、
このパソコンにハッキングし、片っ端から中のデータをコピーし、それを私の持つ脳に対応できるようにデータを組み換え、ペーストしていく。
これを私は、能力の補助だけで簡単にこなす事が出来る。
何故ならば、パソコンにも電気が流れているから。
ニコラの言うあの勉強法とは、この事を指していた。
初めてこの勉強法を彼に見せた時、ニコラは「脳波で文字入力をしたりするのは既知技術だけどよ。それでも専用の機器が必要だし、何よりもこんなに早く処理何て出来ねぇ。ましてや、その逆をやっちまうのがとんでもねぇ」と言っていた。
そして、あまり人には見せてはいけないと言われた理由は、ちゃんとある。
私みたいに第七波動と言う能力を持つ人の事を【能力者】と呼ぶ。
その能力者は、外の世界ではあまり好まれた存在では無い。
ハッキリと言ってしまえば、嫌われているのだ。
それこそ、中には能力者の事を化け物呼ばわりして、迫害する人も多いと聞いている。
その理由を聞いた所、一つの小さな国を滅ぼしたとか、治安が崩壊した国もあるなんて言う物騒な話が出て来て、私は納得するしかなかったが。
そう言う事も有り、一通りの勉強が終わったらパソコン操作の練習もやっている。
古典的なキーボード操作から、脳波を用いた文字入力、内部のアプリの操作等だ。
ニコラはこう言った助言を、何かあって私がこの施設から外に出る事になった場合を想定してくれている。
つまり、普通の人として生きて行く為に必要な知識を教えてくれているのだ。
まるで、この研究が何かしらの理由で出来なくなってしまうのではないかと言う予感を感じているかのように。
そう、私も漠然と感じている、そんな嫌な予感を。
恐らく、ニコラもそう感じているはず。
口には出してはいないけど、彼はそういう所があるのだ。
私はそんなニコラの事を頼る事しか出来ない被検体。
だからこそ彼のそんな予感と、これまで感じた彼の人柄を信じる以外に道はない。
……この施設はニコラが私に対して色々と気を使ってくれているお陰で、多少窮屈に感じる事以外、特に不満は無い。
今までの研究内容も、私個人としては楽しい物であったし、これからも一緒に協力していきたいと思える程に、充実した物であった。
だからこそ、私は願う。
如何か、こんな日々が続いてくれますようにと。
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました。
ここ以降は独自設定のオマケ話みたいな物なので興味の無い方はスルーでお願いします。
〇フェムトを研究対象とする研究員【ニコラ】について
比較的人道的に真っ当な研究員。
見た目は細身で、黒色の短髪。
研究員である事から、当然白衣を身に纏っている。
どこか大雑把な性格をしているが、フェムトを始めとした被検体達を大切にしようと考えている甘ちゃんでもある。
だが、こうして大切にするのは彼が甘ちゃんなだけでは無く、ちゃんとした理由がある。
それは、前の話でも出てきた施設が消滅したと言う事故。
この話をニコラが知った経緯は、彼の口から決して語られる事は無い。
……ただ一人の例外を除いて。