月夜の噛ませ犬   作:ひいなのまつり

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私が考える彼のターニングポイント

「自然に生まれることが、そんなに尊い事か?」

 

 そんなことを言ってのける彼は、私にとって道標だった。

 …後で知った事だけど、彼もまた普通の誕生をしなかった。

 そして、親からの愛を知ること無く育った。

 

 近い内に起こりえた人間と夜の一族の闘争を起因とする第三次世界大戦を回避する。

 その御崇高な理想の為に、自らの側である夜の一族を敗北させることを目論んだ男がいた。

 人と人外の抗争に巻き込まれて妻が死んだ事に耐えられなくなり、狂った科学者は妻を生ける屍にしたまま妻の胎内の子を延命させた。

 己や妻が持ち得なかった強さを遺伝子レベルで付与した。

 己の妻の幻影を追い求めるあまり、妻を救えなかった己に絶望するあまり、自らの子を使って己の一族を滅ぼそうとした――――

 

 吐き気がする。

 絶望が蘇る。

 胸が締め付けられるほど悲しくなる。

 

 挙げ句に地球の外――――つまり魔導師かそれに通じる技術が使われていた。

 スポンサーの一角は、犯罪組織、若しくは管理局の人間が関与していた可能性は決して低くない。

 その上、彼を造り上げる技術にはプロジェクトFとの共通点が存在する。

 彼の父親の技術が母に渡ったか、母の技術が彼の父親に渡ったかは分からない。

 しかし、必ず接点は存在する。

 

 だから私は彼を誘った。

 この星を出て、私達と共に管理局で働こうと。

 そこに期待が無かったといえば嘘になるかも知れない。

 

 けど、彼の答えはノーだった。

 彼は地に残ることを選択した。

 恐らく、否、間違いなくそれはただ一人の女性の為だろう。

 勿論、夜の一族の問題や、彼の兄の墓の管理や、地球で興した会社のこともある。

 けれど、結局一番大きな理由は、月村すずか一人に集約される。

 

 面白いことに、彼に近付けば近付くほど一番近くには行けないことを女の子は悟る。

 だけれど、彼自身はそれが気が付かれてるとは欠片も思ってはいないのだ。

 いつまでも、誰にでも愛を振りまく軽い男を続けられると思っていた。

 思い込もうとしていたのかも知れない。

 けれど、それは何時まで続くのか分かっていたのだろうか?

 彼に近付こうとしている中に、彼の本命がいないとどうして思い込めたのだろう?

 私はずっとそれが不思議だった。

 

 

 はやても、彼を連れて行きたかっただろう。

 魔法が術式の展開にある以上、彼の干渉から逃れることは出来ない。

 そういった戦力としての換算だけで無く、個人的な感情としても。

 闇の書事件の立役者である彼。

 なのはと私とはやてによる構成により削り取った外殻を超えて、彼は闇の書の情報を直接書き換えた。

 より厳密に言えば、不要部分を纏めて削除した。

 目や鼻だけでなく、毛穴から血を吹き出しながら彼は闇の書を押さえ込んだ。

 

 すずかを傷付けた。

 その一点だけで、彼はそれまで私も素顔だと思っていた道化の仮面を放り捨てた。

 女性に優しい彼が、守護騎士にだけは距離があるのもそれが理由だ。

 あの事件の時の咆哮を思い出せば、すずか以外に勝者なんているわけ無いのに、どうしてみんな期待しちゃうのかな。

 女性の為なら、すずかのためでなくとも彼は闇の書事件には関わっただろう。

 けれど、あの獣染みた本性を見せることは無く、道化のまま解決したに違いない。

 私にとっては道標や同類の側面が強いけれど、アリサにはとても残酷な事だと思う。

 …もしかしたらはやてにとっても。

 私は、それだけじゃ無いから大丈夫だけど。

 

 

 彼ははやてには優しいけど、その守護騎士に対しては一線を明確に引いている。

 それを言い出したら、ジュエルシード関連に対しても、かな。

 ジュエルシードによって暴走――――否、理性ある脅威になった彼の兄を彼は自らの手で討った。

 彼に言わせれば、兄は彼自身の手を使わせて自殺した。

 

 

 

 私が考える彼のターニングポイントはそこだった。

 

 

 

 ジュエルシードの力を謎のテクノロジーで取り込んだ彼の兄は、世界を支配する魔王となり人類の敵として君臨するつもりだった。

 少なくともそう宣言していた。

 その意識がジュエルシードに狂わされたものかどうかは分からない。

 けれど、彼は言った。

 「兄は石ころに負けるほど弱くは無い」って。

 だからあれが正気。

 町一つを最初の領土とし、そこから国、更には世界を吸血鬼の支配下に置く。

 そんな計画を打ち破った彼は、皮肉なことに経済とITで世界を支配下に置こうとしている。

 文字通り己の手で兄を討ったあの日、壊れた彼を支えたのがすずかだった。

 あの日、あの瞬間から彼の唯一はすずかになったのだろう。

 もし他の誰かが、例えば私が――――やめよう。

 そんなIFは無意味だから。

 

 己の家族の死を見届けた。

 その共通点だけで彼は十分に共感を示してくれる。

 

 結局のところ、私と彼は同類なのだと思う時がある。

 親の呪縛から逃れたつもりでも、気が付けば親と同じ道を歩んでしまっている。

 そして、それに親子の絆を感じる事に、悪くないと思ってしまっている。

 だから、私が家族を求めてしまう様に、手に入れた家族を喪ってしまえば何としてでも取り戻そうとするように、彼はすずかを喪えばきっと彼自身と世界に破滅をもたらすのだろう。

 そう分かっていて尚、私はそうなるまで彼を止めないのだろう。

 そんなことにはならない――という言い訳を並べながら…。

 それが、同類である彼への唯一の救いになると知っているから。

 

 

 

 私が、私が一番彼を理解出来ている。

 私が一番彼を分かってあげられる。

 彼に求められることが無くても、この身はこの心は彼の同類だから。

 彼の同類は私だけ。

 なのはでも、はやてでも、アリサでも、すずかですらない。

 私だけが、彼を理解してあげられる。

 だからもしもの時彼が堕ちるとしても、それまでは見逃してあげる。

 誰にも邪魔はさせないでいてあげる。

 そして、その時は私が討ってあげるから。

 私だけの思い出にして、唯一の理解者になってあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「やあハニー。今日も可愛いね」

 

 ここは天国かななんて嘯く少年に、病院で天国を話題にするのはどうなん? とツッコんだ。

 わざわざ車椅子の私に合わせた姿勢で話しかけてくるので、チョップがあたりやすいのは助かる。

 

 私も彼も病院の常連だった。

 健康そうだし、病院の廊下をクルクルと踊っているし、実際運動神経は良いと思っていた。

 何でこんなのが病院にいるのか、病院は私みたいな(・・・・・)大変な人が来る場所じゃないのかと思っていた。

 彼が良く訪れるのは、遺伝子関連科である事を知ったのはそれから少し後のことだ。

 生まれ持ってどうにもならない何かを抱えているのだと思うと、少しだけ鬱陶しいナンパも許せる気がしてきた。

 

 

 後で知ることになったけれど、彼は生まれる前に様々な『異常』を付与されていた。

 フェイトちゃんからは詳しいことは教えて貰えなかった。

 でも、病院で聞こえてきたことで私しか知らないこともある。

 

 『高機能性遺伝子障害(H  G  S)

 

 両親にその因子も無く、変異も無かった。

 しかし、後天的にそれが発現した。

 生まれる前に異常を与えられているのに後天的というのがそもそも異常だ。

 この件については、口を滑らせたフェイトちゃんもそれ以上は語ってくれない。

 「私もそうだから、あんまりこういうこと知られたくないと思うんだ」って

 …というか、フェイトちゃん自身も割と厄い生まれだった。

 

 遺伝子障害が後天的に付与される?

 生まれる前なのに後天的?

 完全に厄い予感しかしない。

 それとなく本人に聞いても、笑って誤魔化された。

 

 

 

 リンカーコアを巡る戦い。

 通称闇の書事件。

 その事件で、すずかちゃんが巻き込まれた。

 私が巻き込んだと言えなくも無い。

 

 それでも私のせいじゃない。

 そう告げた彼の笑顔は、どこか罅が入っているような気がした。

 

 

 

 私が考える彼のターニングポイントはそこだった。

 

 

 

 それまで仲の良かったザフィーラにもあからさまな殺意を向けていた。

 彼の爪をガードしようとするザフィーラの腕の情報を抹消し、無防備な首筋に噛み付いた。

 狼と狼の争い。

 獣と獣の戦い。

 ザフィーラをかみ殺した彼の、「次は誰だ」と告げた瞳は今でもヴィータの苦手なものだという。

 

 闇の書の防衛プログラムとして実体化した最終局面。

 彼は何処までも冷静だった。

 底冷えするほどに冷静すぎた。

 感情が沸騰しすぎると反転して凍り付くかのような顔だった。

 黙っていれば美形なんやなとツッコめる雰囲気じゃ無かった。

 お伽噺のフェンリルを思い起こさせる威圧感があった。

 

 

「消えろ」

 

 たった三文字。

 それだけの言葉なのに、闇の書の防衛プログラムだけでなく、この世界が消されるかの如き恐怖を感じた。

 明確に別の生き物なのだと教えられてしまった。

 

 全身から血を流しながら彼は帰還した。

 その時にはすずかちゃんは見舞いに来なかった。

 来られなかった。

 

 

 だから今も、あの仮面の下には冷酷で獰猛な氷狼がいるのだと思う。

 もしもその時が来てしまえば、彼は世界に破滅の遠吠えを震わせて、黄昏の日(ラグナロク)を呼ぶだろう。

 

 彼の一番にはなれないし、彼を理解したようなつもりになる事も出来ない。

 だから、決してそうはさせない。

 仮面だって彼の顔の一つ。

 とっくの昔に肌と同化して外れなくなっているはずの仮面。

 彼自身も仮面の自分を気に入っている。

 だから、私はその仮面も含めて応援したいし、見守っていたい。

 

 だから闇に墜とさせない。

 だから着いてきて欲しい。

 だから一緒にいたい。

 私の噛ませ犬にお似合いな首輪を着けたい。

 私に縛り付けたい。

 

 

 

 けれど、彼を縛るものが地球には多すぎて、彼は来てくれない。

 実際の所、そんなに多くないことも分かってる。

 そのたった一つの縛りだけが仮面を外すに値することも認めないけど理解はしている。

 だけど、敢えてそれは見なかったことにする。

 

 彼はこのままだといつか堕ちてしまう。

 だから私は諦めない。

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