咲-Saki- 第三次麻雀大戦 PROLOGUE   作:新神 清

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須賀京太郎君誕生日おめでとう。


県予選編
第一局 追憶


京太郎(きょうたろう)、お前は誰かの笑顔を喜べるような人間になれ」

 

 幼い少年は金色の髪を持つ男を見上げながらその言葉を吟味する。唐突に言われた言葉に少しポカンとしてしまったのだ。

 心地良い風が吹き抜ける山の上で須賀京太郎は自分なりに考えた答えを口にした。

 

「芸人になれってこと?」

「いや、他人を幸せにできるような男になれってことだ。人の幸せを自分のことのように喜び、人の不幸を自分の事のように悲しみ、笑っている誰かを心から祝い、泣いている誰かのために立ち上がる。そんなやつにお前はなれ」

 

 苦笑しながら男は自分の頭を乱暴に撫でる。目の前の男と同じ金色の髪がワシャワシャと音を立てた。自分を子ども扱いするようなそれに気分を悪くした京太郎は拗ねて、ぶっきらぼうに言い返す。

 

「お前はなれって、――――はどうなんだよ」

 

 突然吹いた風が京太郎の言葉を隠す。

 痛いところを突かれたのか男は困ったように言った。

 

「俺は、だめだ」

「だめって?」

「遅すぎたんだよ。気がついたら全部終わってた」

 

 京太郎から目を逸らすかのように男は山頂から見える景色に顔を向ける。

 空から差した日光が男の横顔を照らした。

 京太郎は忘れない。

 彼の横顔からは後悔が滲み出ていたことを。

 

 

 

「だから、京太郎―――」

 

 

 

 そしてこの後に続く言葉を、須賀京太郎はきっと忘れない。そう確信している。

 なぜなら、それが男と交わした最後の言葉だったから。

 なぜなら、今でもその言葉は自分に深く根付いているから。

 この数日後、須賀京太郎は天涯孤独の身となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その八年後、世界の命運を決める対局が人知れず始まり、人知れず終わろうとしていた。

 

「ツモ、16700オール」

 

 他家三人にとっての死刑宣告が無情にも響いた。

 これで三人同時に箱割れ。それは彼らの全てが勝者の勝者の所有物になったことを意味していた。

 

「ば、バカな………ありえない」

 

 漏れた言葉は三人の総意だ。過程から結果までの全てが信じられない。出来の悪い悪夢を見ているようだった。

 三人の視線が対局の勝者に集まる。

 鎧に覆われた長身。薄汚れた甲冑の隙間からは時折影のように黒い煙が漏れ出て、憎悪に染まった赤い眼光からは容赦も躊躇も感じられない。

 何より特徴的なのが総身から発する圧倒的なまでの威圧感。その覇気は彼こそが全てを真正面からねじ伏せる強者、否、王者であると言外に語っている。それを今になってようやく感じ取ったことに心底恐怖した。

 こんなはずではなかったのだ。

 彼らはそれぞれがこの裏麻雀界で何十年も生き抜いた一角の猛者だ。長い年月をかけて積み上げてきたものは決して金や権力だけではない。

 急激に勢力を拡大している連中の目を逃れ、日本麻雀協会とも連携を取って私腹を肥やしてきたが、見つかってもそう簡単にやられはしないという自信はあった。

 裏の王が直接勝負を挑んできたときも驚きこそすれ、怯えはしなかった。むしろこの程度の雀力しか感じないのなら十二分に勝ち目はある。

 今にして思えば、実力を隠していたのだろう。それも自分達に全く気取らせない程完璧に。

 故に、対局を始めるまでは自分達こそが勝利すると確信していた。

 甲冑の男のみが持ち点25000で自分達は100000点で始まった東風戦。

 

 それがまさか全局天和の果てに男の一人勝ちで終わるなどと一体誰が予想できるだろうか。

 

「マチルダ、処分は終わったか」

 

 この世の終わりさながらに、怯える男達を尻目に甲冑は誰もいない空間へと声をかける。

 問いかけるような形をとりつつも、彼にとってこれは確認に過ぎない。

 

「はい、既に陛下の支配を逃れた有力者は軒並み片づけました。後はそいつら3名のみとなります」

 

 凛とした声と共に一人の女騎士が片膝を付いたまま出現した。

 服の上に動きを制限しない範囲の軽い鎧を身に纏い、長い銀髪はさながら物語に出てきそうな程に美しい。

 しかし、それらの要素より一際異彩を放っているのは彼女の眼球だ。

 黒い結膜(※1白目の部分)に赤褐色の角膜(※2黒目の部分)。非現実染みた色彩は彼女が常人と異なる存在であることを百の言葉より雄弁に物語っていた。

 

「ま、待ってくれ! わかった、あんたの下に就く! 連中から手に入れた情報だってあるんだ!だから―――」

「黙れ、見苦しい」

 

 男の助命嘆願を切り捨てる。が、それは甲冑の男が無慈悲だからというわけではない。

 

「一度成立した聖約書(テスタメント)はどうにもならん。己の迂闊さが破滅を招いたのだと理解しろ」

 

 軽快な電子音と同じくして彼ら四人の眼前に淡く輝く画面が浮かんだ。

 聖約書(テスタメント)と呼ばれたその紙には確かに敗者の所有物が全て勝者の手に渡る旨の文言が記載されている。

 書面上では所有物としか記載されていないその中には財産や地位のみならず、意思や人権すらも含まれることをこの場の全員が理解していた。

 もはや三人の命は王の掌中にある。

 

「「「………」」」

 

 反応はない。

 黙れ、と言われたからには黙るしかないのだ。

 

「鼠共を一掃した今、これで本当に裏は陛下の物となりましたね」

「この程度で浮かれるな」

 

 偉業を言祝ぐマチルダを厳しく諌める。

 甲冑の男にとって、裏麻雀界を統べることなど通過点に過ぎない。

 

悪逆蟲(ベルゼビュート)を表に出す準備をしておけ。欠損者(ロストマン)からの報告に応じて、増援と実力の調整も忘れさせるな」

「ハッ」

 

 返事と共にマチルダの姿が消えたことを確認すると、未だ卓から立ち上がろうとしない三人の方に向き直った。

 

「………………………」

 

 ここでこの三人を殺すのは簡単だ。

 しかし彼らの持つ資産と人材を手放すのは少し勿体無い。かといって聖約書を第三者の手で上書きできる可能性が残っている以上、このまま放置するのも危険だ。

 となると、やはりこうするしかないだろう。

 

「お前達には薪になってもらおうか」

 

 懐から取り出した小瓶の中身を三人に向けてぶちまける。

 赤い液体が蒸気になった直後、三人が苦しみだした。

 雀卓から転げ落ち、のたうち回る彼らを笑う者は誰もいない。

 全身に焼け爛れたかのような痣を浮かべ呼吸を荒くするその様は、炎に撒かれているかのようだ。

 

「がっ、ぜひっ、あひゅっ」

「なっ、ハァ、これはっ」

 

 熱に侵され苦しむ彼らが死ぬことは無い。

 ただ、永遠に業火に包まれる苦痛を味わうだけだ。

 

「表では獄炎病、と呼んでいるんだったか。お前たちの方が詳しいんじゃないか」

 

 兜を脱ぎながら、三人が表と繋がっていることを言外に指摘する。

 表で蔓延している病だ。その症状や恐ろしさは今更語る必要もない。日本麻雀協会に連なるものならなおさらだ。

 

「な、っはっ、お前はっ」

「覚えていたのか、意外だな。8年も前のことなのに」

 

 露わになった表情に僅かだが驚きが刻まれた。まさか、当時被食者の一人でしかなかった自分のことを目の前の連中が覚えているとは思いもしなかったからだ。

 いや、彼らは当時のことなど覚えていないのかもしれない。

 ただ一族に共通するこの金髪に対して、反応を示したのかもしれないが最早どうでもよかった。

 喜悦は無い。達成感も無い。かつて弄ばれた相手の無様な姿に感じるものは何もなかった。

 理由は分かっている。彼らはあくまでも実行犯に過ぎないからだ。

 復讐の相手は彼らではない。

 暫くして三人の内一人が立ち上がり、甲冑の男へと跪く。

 態度の変化に動じることなく王は淡々と、命令を下した。

 

「お前の下に『4桁』が数人いる筈だ。そいつらを今年の長野県予選に運営委員として、潜り込ませろ。具体的な段取りは悪逆蟲(ベルゼビュート)と決めればいい」

「仰せのままに」

 

 服従する彼の眼球はマチルダと同じ色彩をしていた。

 未だに横たわる後の二人はどうでもいい。一生そのままでも特に支障はないからだ。

ここまで本当に長かった。これでやっと復讐ができる。

 

「来てみろ愚かな道化共。お前達の世界は俺が必ず焼き尽くす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢から帰ってきた京太郎は二度寝したい欲求を抑えつけ、体を起こす。現在時刻は午前七時。普通に考えれば、遅刻することはない。十分余裕のある時間だ。

 清澄高校指定の学ランに着替え、携帯電話をポケットに入れる。部屋を出るとき、机の写真立てが目に付いた。

 そういえば、今さらなぜ八年も前のことを夢に見たのだろうか。もはやただの思い出でしかないあの男のことなど。

 本棚に近づき、一冊の本を手に取る。もらったのはずいぶん前だというのに、昔数回読んだだけだ。

 なんてことはない麻雀のルールブック。おそらく、今古本屋で買っても百円玉を一枚出せばお釣りが返ってくる代物だ。初心者向けの本だが、当時の自分には内容が難解すぎたらしい。

 そして、京太郎の入学した清澄高校にも麻雀部はあることを思い出す。部活動紹介で生徒会長が熱心に語る姿が印象に残っていた。

 古びた教本をパラパラとめくりながら京太郎は思案する。高校でもハンドボールを続けるつもりはない。かといって他にやりたいこともないのだ。

 

「麻雀か・・・・・・やってみるかな」

 

 本を閉じ、鞄の中に放り投げて、京太郎はそう呟いた。

 この日、須賀京太郎は清澄高校麻雀部に入部する。

 決して表に語られることのない裏の物語はここから始まった。

 

 




ここまで読んでくれればわかると思いますが、この作品は大分厨二チックです。
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