咲-Saki- 第三次麻雀大戦 PROLOGUE   作:岸浜領海

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第十一局 雀力

 西から射す橙の光が影を照らした。

 激しく動く影の周辺にはボールが散らばっている。

 滝のような汗を流し息も絶え絶えな影はしかし、座り込むことなく同じ動作を繰り返す。

 

「こんな時間まで練習しているのか、京太郎」

 

 感心するような声と共に影が一つ増えた。

 逞しい筋肉の上に青いジャージを着たその男は中学校の体育教師であると同時に、ハンドボール部の顧問でもある。

 

「先生」

「オーバーワークは体を壊す原因になる。大会が近いからこそ、自己管理は徹底しろ」

 

 散らばったボールを拾い集めながら遠回しに休め、と窘める。

 偶然通りかかっていなければ、彼がこうして折角の休日に自主練していることを知らなかっただろう。流れている汗の量からして、始めてからかなりの時間が経っているに違いない。

 教師からこの生徒への第一印象はお世辞にも良いとは言えなかった。

 金の髪に軽薄そうな雰囲気。その子の保護者へ確認をとって地毛であることが分かってからも、何か不祥事を起こさないかと目を光らせていた者だっていた。

 しかし家庭環境が少し複雑であること以外、素行に何ら問題はなく中学3年生となった彼を悪い目で見る大人は一人としていないのである。

 部活においても接する時間のあるこの教師の目に、須賀京太郎という生徒は剽軽な所こそあれど、真面目で実直且つ他人に好かれやすく努力家な生徒として映っていた。

 すいません、と息を荒げて詫びる彼の気持ちは沈んでいた。練習の邪魔をされたから、ではないだろう。

 

「いつから始めたんだ」

「ハァ…ハァ…昼過ぎから…」

「最後に休憩したのは」

「ハァ…15分くらい前です」

 

 表情が芳しくない理由が何となく理解できた。

 京太郎の体力は人並み以上、いや同世代では群を抜いているだろう。だというのにこれほどまで息が荒いのは不自然だ。

 恐らく京太郎自身は何も満足できていないのだろう。

 いくら練習しても先が見えない。もがいてももがいても泥沼に沈んでいく。

 行き場のない苛立ちと焦りを抱えた果ての無茶な練習か。

 

「………取り合えず座れ。悩みがあるなら聞いてやる」

 

 詰まれたタイヤに腰かけて、話を聞く態勢を作る。こうでもしなければ、また無理をしてしまいそうな気がしたからだ。

 

「実は………………」

 

 京太郎の話す内容は要約するとこうだった。

 試合終了まで体力が持たない。後半になるほど動きが鈍くなっていく。

 

「………なるほどな」

 

 内容だけ聞けば『体力が足りないだけだ。地道に基礎練習を積め』の一喝で片付きそうな話だ。

 しかし京太郎が求めているのは、そんな月並みな言葉ではないのだろう。彼が努力家で、頭も悪くないことは普段の部活で理解している。スタミナをつけるための努力を重ねても、手ごたえがないのなら原因は―――。

 

「………身体の動かし方に問題があるのかもしれない」

「からだ? 」

「ああ、無駄の多いフォームで動くと無駄に体力を使うからな」

 

 例えば出鱈目に手を動かして走るのと、両手を規則的に振って走るのとでは雲泥の差がある。極端な一例でしかないが、他にも意識するべき点を直せば確実に成果が出るだろう。

 

「あとは呼吸か。呼吸は集中力を高める一番簡単な方法だ。トップアスリートの殆どが呼吸に気を使っている」

 

 肉体と精神が繋がっている以上、自分でメンタルケアを行うことは成功への第一歩だ。

 ジンクスやゲン担ぎにしたって成果が伴っている以上馬鹿にはできない。

 

「集中しろ。漫然と生きるな。そうすれば、お前はきっといい結果を残せる」

 

 期待しているぞ、と言い残して男は立ち去って行った。

 京太郎はチームにおける中心人物の一人で、果たすべき役割は多い。顧問だけではなく、皆から期待をかけられている。

 しかし、結論から言って京太郎は彼らの期待に応えることはできなかった。

 結果が伴わなかったのではない。

 決勝戦当日の試合会場に須賀京太郎は終ぞ姿を現さ無かったのだ。

しかし彼の努力が無駄になったかと言えばそうではない。かつての日々はおよそ一年の歳月を持って、異なる場で報われようとしていた。

 

 

 

 

 

 

京太郎 自摸:{④}

打:{北}

 

 あの言葉を思い出した京太郎は卓上から自身の内側へと意識を切り替えた。

 自身の内側に流れている何か(・・)を練り上げて意識を集中する。

 牌効率等の技術で初心者である彼が他の三人に勝てる道理はない。

 ならば、オカルトでも何でもできることを一つでも多く試すことが勝つための方法だろう。

『麻雀には運と技術以外に勝敗を分けるものが存在する』

 この結論が全くの妄想であろうと、京太郎には他に頼るものが存在しないのだ。

 

 

 

{33445③④⑤⑥⑥三四五}

 

(これ、は)

 

 十三巡後、完成した手牌を前に京太郎は呆然としていた。

 普段の部活動とあまりに乖離した光景に現実感が湧かない。自分は夢を見ているのではないだろうか。

 ダマでもタンヤオ平和三色ドラ一の良好手。既に{2}が四枚見えている以上高めでしか和了れないが。

 しかしどれだけの大物手を聴牌しようと和了れなければ意味がないのもまた事実。鳴きによってほとんど晒されている他家の手牌へと視線を向けた。

 

武:{裏}{88横8}{22横2}{横⑥⑦⑧}{北横北北}

 

英輔:{裏}{横⑨⑦⑧}{横213}{横六四赤五}{横中中中}

 

十三:{裏裏裏裏}{東東横東}{横九七八}{横①①①}

 

 十三以外が役なし聴牌。少なくともその二人に槍槓等特殊な役以外で振り込んで終わることはなさそうだ。

 これまでの局から考えると、彼が和了ることはなさそうだが―――――――――。

 

(だとするとこいつは何がしたいんだ?)

 

 いや、今はそんなことどうでもいい。相手が和了らずにいるならその隙を突くだけなのだから。

 しかし、ここで京太郎はリーチ宣言の有無について悩んだ。

 現状、二位との点差は2000。ロンでもツモでもとにかく和了ってしまえば自分の絶対的優位は確定する。それにもし和了れなかった場合、無駄に点棒を失うこととなる。

 悩んだ京太郎が卓に千点棒を置くことは無かった。

 この異常極まる卓においてこれだけの大物手を和了ってしまえば、勝利は決まったも同然だろう。逸ることは無い。三枚ある{5}が誰かから出てくればそれで終わり。しかし、

 

{七}

 

{西}

 

{白}

 

(引けないっ………!)

 

 後一歩。和了りへの後一歩がどうしても届かない。

 呼吸は続けているが、やり方が違うのか。

 この局も後一、二巡で流れてしまう。そうなればせっかく掴んだチャンスも牌と一緒に手から零れ落ちる。

 

(どうすればいいんだ! ここまで来て全部無駄になっちまうのかよっ!)

 

 何か、何かないのか。まだ自分には足りないものがあるというのか。

 欲しい牌を引き寄せるために一体何が―――――――――。

 

『ぜんぜん見えないよっ…いつも牌がもっと見えてるのに…これって…これって麻雀なの…? 』

 

 かつて合宿で聞いた幼馴染の泣き言を思い出す。

 あの時は理解出来なかったが、自らの手で超常を起こした今ならば片鱗を掴める気がする。

 異常な頻度でカンをして自由自在に嶺上開花で和了る咲が言うには、普段は槓材や嶺上牌が山の何処にあってどんな種類か分かるそうだがネト麻ではそれができないらしい。

 

(そうか!本当なら牌が見えていないとダメなんだ!)

 

 ならば今の自分はどうだ?

 呼吸を意識して集中力を高め和了への意思を滾らせた結果、確かに普段とは違って大物手を聴牌することはできたがそれでも牌は見えていない。

 和了れない理由がそこにあるとして、山に伏せられた牌を知る方法は何だ。

 

(もしかして、具体性が足りないのか?)

 

 余程特殊な事情でもない限り、誰しも自分が和了りたいと思うはずだ。それでも、その意思が決定打にならないのはその願いに形がないからではないか。

 

(山に意識を集中しろ!{5}はどこだ!?)

 

 意識を向けるべきなのは、自分ではなく雀卓の方。

 そう仮説を立てた京太郎は残り少ない牌山へと自身の精神力を流し込むように集中する。

 

「リーチ! 」

 

{横白}

 

 そして卓上に千点棒を捧げた。

 これは打点を上げる為ではない。自分の考察、読みと心中するという証明。文字通りの掛け金だ。

 傍から見れば、意味が分からないだろう。数巡前から自摸切りを繰り返していた奴が残る巡目も少ないのにいきなりリーチしたのだ。

 十三以外の同卓している二人も驚愕しているが、その理由は傍観者とは違う。

 この異常極まる卓において、鳴きを絡ませずに聴牌まで進めたその事実が二人には何よりも受け入れがたかった。

 そして同時に彼らは自分達が犯した愚行について理解する。

 彼らとて高校生男子麻雀という狭い世界においてだが、強者の側に分類される存在。麻雀についての理解力は人一倍ある。

 馬鹿みたいに鳴きを絡めた結果、手牌は狭まりこの立直を躱す術はほとんどない。

 浮かれていた二人は自分達が追い詰められている現状にようやく気が付いた。

 

武 打:{西}

 

 運よく自模った現物を捨てる武。

 残りの山から数えても、この局は後一巡で終わる。少なくともこれで箱割れすることは無くなった。

 ロンの声は聞こえない。

 

英輔 打:{一}

 

「チ~」

 

 英輔の捨てた牌を十三が鳴いた。

 これで一発は消えたが、油断はできない。例えゴミ手だろうと、もし和了られたらこれまでの局で卓に貯まったリー棒が全て、京太郎の手元に入ってしまう。

 

{横一二三}

 

十三 打:{七}

 

京太郎 打:{白}

 

 京太郎の和了宣言は無い。しかし十三の鳴きで海底牌が武に回る。

 

{6} {5}

 

 手牌と自模った牌を見比べる。

 どちらの牌も京太郎の河にはなく、どちらを捨てようと聴牌は揺るがない。故にどちらを捨てるべきか武が深く悩むことは無かった。

 

武 打:{5}

 

 思考を放棄して運を天に任せた武を誰が責められようか。

 十三に雀力を食い潰され、集中力はとうに霧散している。そんな彼にこの場で思考するだけの気力など残っているはずもなかった。

 

「ロ、ロンっ! 」

 

{33445③④⑤⑥⑥三四五} 

 

「立直タンヤオ平和三色一盃口河底ドラドラ、裏ドラは………」

 

裏ドラは{⑥}

つまり―――――――――

 

「11翻だから、えっと………28200!」

 

 三倍満直撃。

 最後まで集中して勝利(和了り)を諦めず、思考し続けた京太郎と勝利(和了り)を諦め、運を天に任せた武。

 勝利の天秤がどちらに傾くか等考えるまでもない。

 

 




 この話で書き溜めが尽きるので、タグ通り不定期更新になると思います。

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