咲-Saki- 第三次麻雀大戦 PROLOGUE   作:新神 清

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咲連載14周年記念ということで。


第二局 暗躍

 昔の夢を見た日の昼休み、京太郎は学食で友人たちと昼食を食べていた。

 清澄高校の食堂はメニューの種類が多く、生徒からの人気も高い。食堂は常に混雑しているのがそれを現している。聞いた話によると学食のレパートリーの豊富さからこの学校に入学を志望した生徒もいるそうだ。

 運良く四人分の席を確保し、日替わりランチを食べていると、正面に座っている高久田誠(たかくだまこと)が突然質問をしてきた。

 

「京太郎、お前部活どこにするか決めたか?」

 

 誠が食べているのは京太郎と同じ日替わりランチだ。

 

「そういや、入部届けの締め切りまであと一週間だっけ」

 

 誠の隣で二人と同じように日替わりランチを食べている宇野平二(うのへいじ)が思い出したように呟いた。

 この食堂で昼食をとったことは数回しかないので、一番無難なメニューを頼んだのだろう。

 

「俺と宇野には関係ねえけどな」

 

 京太郎の隣に座っている山王院呉仁(さんのういんくれとし)は他の3人と違って和風御膳を頼んでいるが、今日の日替わりランチは和食中心だからか端から見ればあまり浮いているようには見えない。

 この四人は入学初日に席が近かったことで仲良くなり、それ以降もこうして一緒にいることが多い。ちなみに教室での席順は京太郎の左隣に平二、前に呉仁、右隣に誠といった具合だ。関係ない、という呉仁の言葉に違和感を抱いた京太郎は疑問を口にした。

 

「二人は部活入らないのか?」

「宇野はバイト、俺は家の手伝いだよ。人手が足りなくてさ」

「この学校ってバイトしてもいいのか」

「入学案内に書いてあっただろ。学校に届け出を出せば許可もらえるぞ」

 

 宇野の言葉に京太郎は内心でこの学校の制度に感嘆した。

 比較的自由な校風だと知ってはいたが、ここまでとは思わなかった。部活動は参加義務がない上にバイトもいいのか。

 とはいえ成績の悪いものには補修があるし、もちろん酒やたばこ等学生に相応しくない行為はご法度だ。

 そもそも京太郎はこの自由な校風を目的に清澄高校に入学したのだ。地毛の金髪について何も言わないこの学校は彼にとって魅力的に映った。

 

「高久田はどこに入部するつもりだ?やっぱそのガタイを生かしてバスケ部か」

「いや、スポーツ系じゃねえ」

「じゃあ何部?」

「文化系だ」

 

あててみろ、ということだろうか。三人は少し考えて答えた。

 

「柔道部」

「文化系だって言っただろ」

「剣道部」

「文化系な」

「空手部」

「文・化・系!」

「ボクシング部」

「殴り合い部」

「ステゴロ部」

「お前ら俺に喧嘩させたいだけだろ!生物部だよ!」

 

 平和主義者の高久田誠は叫んだ。一九二cmという長身を持つ彼は、見た目とは裏腹に喧嘩が弱いのである。

 

「まったく、で京太郎はどこの部活に入るんだ?」

 

 そういえば、そんなことを聞かれていたか。ちょうど今朝決めたことだ。

 

「俺は麻雀部に入るよ」

 

 特に隠しておくつもりもないので普通に答えると、三人が意外そうな目でこちらを見てきた。なんだと思っていると、平二が口を開いた。

 

「……この学校って麻雀部あったか?」

「生徒会長が部活紹介の時に言ってたな。部員が女子二人だけとかなんとか」

 

 呉仁の言葉には間違いがあった。清澄高校に生徒会という組織は存在しない。なので、本当は生徒会長のことを学生議会長というのが正しいのだが、四人はそんなこと知る由もない。

 呉仁の言葉を聞いた誠は急に何かを考え込んだ。彼は見ているほうが気圧されてしまうほど、真剣な顔をしていた。

 

「部員が女子だけ・・・・・・京太郎、お前!まさか麻雀部員たちを手籠めにする気か!」

「するか!」

 

 真面目な顔をしてふざけたことをいう誠にツッコミを入れた。

 断じて、京太郎にそんな(よこしま)な意図はない。

 

「手籠めって何だ?赤身の魚を醤油を中心としたタレに漬け込んだ後、寿司飯の上に乗せて、海苔をかけた料理?」

「それは手こね寿司。手籠めっていうのは、簡単に言えば女を無理矢理自分のものにすることだ」

「マジかよ。ドがつくクズじゃん。最悪だな」

 

 横で平二と呉仁(馬鹿二人)がしょうもないことを話し始めた。

 流石に本気で言っているわけではないのだろうが、このまま黙っていると変な噂が広まりそうな気がする。京太郎は急いで弁解を始めた。

 

「いや、俺はただ純粋に興味を持ったから、麻雀部に入ろうとしただけでな」

「は?何焦ってんだお前」

「慌てて否定するところが逆に怪しい」

「きっと図星を突かれたんだな」

「お前ら、一列に並べー!」

 

 

 

 結局、馬鹿騒ぎしている間にチャイムを聞き逃した四人は、授業ぎりぎりに教室へと辿り着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 放課後、帰路に就く生徒の中に一人の裏雀士が紛れていた。

 裏では欠損者(ロストマン)の名で知られている彼の存在に感づく者は誰もいない。

 全裏雀士の中で一般人に限りなく気配を近づけられる者が彼を含めて数人しかいないからだ。

 その隠蔽能力の高さは彼が須賀京太郎の監視という役割を任された理由の一つとなっている。

 一見すると常人と変わらない雰囲気の男だが、その構成要素が異常に満ちていることは彼を知る者にとっての常識だった。

 義手義足義眼、人工歯根と人口心臓に人工血液等々およそ考えうる限りの部位、臓器が人工物でありながら、それを全く他人に気取らせないその所作。それこそが彼の特異性――ではない。

 

「さっちゃんはね~♪幸子って言わないのよホントはね~♪っと………………………ん?」

 

 軽快な足取りのまま、路地裏に入った欠損者の表情が変わった。

 先客がいたのだ。

 薄汚れた顔に浮浪者の如き出で立ち。口の端から泡を吹き、目の焦点は定まっていない。足取りは覚束ない上に、手には包丁が握られている。

 一目で正気ではないと分かるその姿は、裏雀士にとってそれほど珍しいものではなかった。

 

「こ、殺っ、してやるっ! 欠損者っ!!」

 

 裏での麻雀に敗北し、全てを失った被害者のなれの果て。家族も財産も尊厳も搾取されつくした者がやけになって復讐に走る。何もかもがありふれた話だ。

 

「あ―――――――――、あぁ! そっかそっか。お前あいつのお父さんか、どうしたんだ?」

 

 ありふれていない箇所があるとすれば、欠損者の存在だろう。

 通常、裏雀士は実力が高ければ高いほど踏みにじった相手のことを記憶しない。記憶力のいい人間ならば過去一週間は覚えているだろうが、一々記憶していたらきりがないからだ。

 しかし、この少年はごく稀にいる通常では無い雀士だった。

 彼に言わせれば『分かり合った友達のことを忘れるなんて信じられない』そうだ。

 

「ああああああああああっ!」

 

 吠えながら包丁を構えて、突進した男の来歴は単純だ。

 十年以上前、彼は非合法な場での麻雀を生業としていた。当時は一角の雀士として裏で名を挙げた彼はしかしある日突然勝利が手に入らなくなったのだ。落ちぶれた男は自身の娘にその道の才能があると分かった途端、その娘を虐待紛いの方法で立派な裏雀士へと仕立て上げた。生活費を彼女に稼がせる酒浸りの日々はおよそ数年間続いた。しかし二ヶ月ほど前、その娘が欠損者との対局を最後に音信不通となったのだ。仕方なく牌を握るも十年近くブランクのある男が裏でやっていける筈もなく、たったの二ヶ月でこの有様だ。

 全てを失ったとき、脳裏に浮かんだのは過去の栄光ではなく別れた妻と娘のことだった。

 そう、男は搾り滓となってようやく自分の中に真っ当な情が残っていることに気が付いたのだ。

 だが、手に持った凶器が娘を奪った男に刺さることは無かった。

 突進の途中で転んだ、と言えばいかにも間抜けな話だがその理由は足がもつれたからではない。

 違和感を感じた男が自分の下半身に目を移すと、膝から下が無くなっていたのだ。

 

「あ、ああああああああああっ!?」

 

 興奮からの咆哮が、恐怖からの絶叫へと変わった。

 転んだ時に勢いで刃物を手放したのは不幸中の幸いかもしれない。もし手に持ったままならば、彼自身に刺さっていた可能性があるからだ。しかし気が動転している彼にそんなことを理解する余裕はない。そして今この瞬間にも腕を、肩を、目を、鼻を、耳を奪われる彼が、いつの間にか目と鼻の先まで接近してきた欠損者に気が付くこともなかった。

 

「大丈夫だよ」

 

 四肢や臓器、感覚器官を失い続ける男へ欠損者は語り掛ける。

 数秒前まで殺意を向けていた相手に対する声色とは思えない程優しく。

 

「失うことは怖くない。きっとお前もあいつと同じところに行けるよ」

 

 穏やかな言葉に嘘はない。彼は心から友愛を謳っている。

 

「だから、俺と分かり合おうぜ」

 

 聖人の如き慈愛に満ちた言葉を最後に男の痕跡はこの世界から消え去った。

 

「………隠れて様子見とか騎士らしくないんじゃないか?」

「そういう貴様は相変わらずだな」

 

 作り物の体と特異極まる精神を兼ね備えた男が声をかける先から銀髪の女騎士が現れた。

 

「今からそっちに行こうと思ってたんだが………何の用だ?」

「貴様が真っ当な高校生活を送れているかこの目で確認しようと思っただけだ」

 

 彼の人となりを知っているマチルダとしては不安でしかない。高性能な義手や義足とそれを操る卓越した技術であれば、挙動に違和感を抱かれることは無いだろう。

問題は言動だ。

 普通に話す分には問題ないが、文字通り『いつ誰といかなる状況でも敵対しようとしない』その精神性は一度諍いに巻き込まれれば、誰の目から見ても奇異なものとして映るだろう。

 

「貴様のなすことにどのような意味があるかは知らんが、陛下直々に命令を頂いたのだ。失敗は許されんぞ」

「ちゃんと京太郎と友達になったから大丈夫だって。まだ麻雀部には入ってないから雀力が上がった様子はないけど」

 

 呑気に笑う欠損者にしかし不安は残る。

 この男を表の学校に潜入させるなど、どう考えても正気の沙汰ではない。しかし、従者でしかない自分に陛下のなすことを推し量れる道理もなし。

 

「もしかして心配してくれているのか? だとしたらありがとな」

「違うわ馬鹿。どういうわけか陛下は貴様を気に入っているが、あまり図に乗るなよ」

「なんか機嫌悪いな。陛下に怒られたか?俺でよければ相談に乗るから元気出せって」

 

 落ち着け。ここで腹を立てたら欠損者の能力に引っ掛かる可能性がある。彼自身にそんなつもりが微塵もないことがなお始末に負えない。

 いいか、と前置きしてから裏の王に仕える騎士は忠告を始めた。

 

「貴様はまず言葉を胸に留めることを覚えろ。腹を立てている相手や落ち込んでいる相手に直接感情やその理由を指摘するな! 察したらそれを静める方向に努力しろ!! 」

「………………」

「返事!!!」

「はっはい!」

 

 勢いに気圧されて無言になった欠損者は若干不貞腐れたように呟いた。

 

「心があるなら真摯な思いを伝えて分かり合えないのはおかしいだろ………」

「そう言うな。言葉を尽くして嗜虐が消えるほど人は賢くないのだ」

「酷い話だよなぁ。俺は皆で幸せになりたいだけなのに」

 

 ぼやく欠損者に内心で同意する。

 彼は手段が問題なだけで、思想自体に異論はないのだから。

 

「とにかく、私たちの願いは貴様にかかっていると言っても過言ではないのだ。その重要性を理解しろ」

「かかっているのは俺じゃなくて京太郎だろ」

 

 減らず口には付き合いきれないと言わんばかりに女騎士は平和主義者の頭をはたいた。

 

 

 




 あれだけコミュ力高いんだから京太郎の友達絶対高久田君だけじゃないよな、ってわけで二人ほどオリキャラ出しました。
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