咲-Saki- 第三次麻雀大戦 PROLOGUE   作:新神 清

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 欠損者(ロストマン)の起こした現象に関して言いたいことは色々あると思いますが、後々説明するので取り敢えずスルーでお願いします。


第三局 出会い

 昼休み、須賀京太郎は旧校舎へ続く道を歩いていた。旧校舎の最上階には彼が入部した麻雀部の部室がある。

 本校舎から旧校舎に行く道は二つあり、今進んでいるのは普段京太郎が通らない道だ。

 珍しいことだが、それには理由がある。

 

「咲~!」

 

 遠くに見えた付き合いの長い友人の名前を呼ぶ。

 須賀京太郎が持つ金色に光る髪は彼が生来有しているものだ。そしてそれが異端であることを身をもって知っている。

 京太郎は社交性があり、だれとでもすぐに打ち解けて会話をすることができる。この親しみやすさも波風を立てないように過ごすため、京太郎が身に着けたスキルだ。

 奇異の目で見られないようにするためには、できるだけ大勢の人とある程度仲良くなっておく必要がある。

 休み時間に談笑するほど心の距離は遠くなく、けれど面倒ごとに巻き込まれるほど近しい間柄でもない。交友関係は「狭く深く」ではなく「広く浅く」。今までも須賀京太郎はこれを意識して生活を送ってきた。

 だが、そんな彼にも特別な存在がいる。

 

「京ちゃん」

 

 それが目の前にいる宮永咲(みやながさき)だ。

 

「よっ、学食行こうぜ」

 

 偶然会ったかのように振舞い、何の気なしに学食に誘おうとする。しかし事実は違う。

 京太郎は咲がこの辺りにいると踏んで、この道を通ったのだ。

 咲は自然が好きだ。自然を感じながら本を読むのが好きなのか、それとも自然そのものが好きなのかは知らないが、晴れている時は図書室ではなく外で本を読んでいる時が多い。

 咲は静かなところが好きだ。おそらく集中して本が読めるからだろう。だから、人や車が良く通る道にはいない。

 咲は一本道が好きだ。これは単純に彼女が方向音痴だから。複雑な地形だとどっちからきて、どこに行くのか、あげくには自分が今いる場所がどこなのかもわからなくなってしまうのだ。

 この季節に日当たりが良く、風通しが良く、人通りが少ない一本道は清澄高校の近くだと本校舎と旧校舎をつなぐこの道しかない。

 

「これ今日返却日だから読まないと」

「学食でも読めますよ?」

 

 手に持っている本を突き出し咲は断ろうとするが、そうはさせない。

 自分の幼馴染は何か誘うたびに毎回理由をつけて、人付き合いを断とうとするのだ。そのおかげで自分以外に親しい友達もできない。だからこうして多少強引にでもあちこちに連れ出しているのだ。

 

「日替わりのレディースランチがめちゃくちゃうまそうでさ、どうしても食べたいんだよね」

 

 畳みかけるように、京太郎は両手を合わせて頼み込んだ。押しに弱い咲はこうすれば断れないことを京太郎は知っているからだ。

 嫌だと言わんばかりに咲は文句を言う。

 

「そのためだけに食事に誘うってどうなの?」

 

 勿論そのためだけではない。

 京太郎の目的は咲を連れ出すことそのものなのだから。

 正確に言えば、あちこち連れ回して、咲に出会いの場を作ることだ。

 自分以外にも仲のいい友達を作ってほしい。こうして一人で本を読むのではなく、気心の知れた同性の誰かとハンバーガーショップにでも行くような放課後を過ごしてほしい。

 京太郎の願いはそれだけだ。

 もちろん咲はこんな事望んでいないかもしれない。こんなことを考えていると知られたら鬱陶しいと思われるかもしれない。余計なお世話だと言われるかもしれない。

 だからこれは自分のためだ。自分の持っている日常を咲にも感じてほしい。ただそれだけで、誰のためでもない自己満足だ。

 その感情を満たすために、須賀京太郎は本心を悟られないように振舞い続ける。

 

 

 

 

 

 

「はい、レディースランチ」

「おおう」

 

 ドン、と大きな音を立てて咲は京太郎が望むものを机に置いた。

 自分が怒っていることを遠回しに伝えようとするそれを、京太郎はあえて流して感嘆の声を上げた。

 

「咲ちゃんはイイ嫁さんだなァ」

 

 そこに現れたのは京太郎の友人である高久田誠だ。彼らの誘いを断ってしまったが、特に気を悪くしていないらしい。

 京太郎の肩を組んで茶化す彼に咲は声を大にして、否定する。

 

「中学で同じクラスなだけですから! 嫁さん違います!」

「まっこう否定ですか」

 

 そうやって同じ学年の相手にも敬語を使うから友達ができないのだ。とはいえそれを咲に言ったら怒るだろう。

 だから京太郎も同じように敬語で返す。こうすれば只の冗談として誠も受け取ってくれるからだ。事実頭をかいて立ち去る誠に困惑している様子はなかった。誠の歩く方向には、呉仁と平二が座っている。彼らも食事中らしい。

 人々の喧騒で賑わう食堂の中、咲は相変わらず本を読んでいた。先ほどの小道ならともかくこんな場所では集中して本なんて読めないだろうに。今日中に読み終えたいというのはまるっきり嘘ではないらしい。

 なんにせよ、そんな風に外との関わりを断っているとクラスメイトも話しかけにくいだろう。もしや本当に友達がいらないのだろうか、と思いかけるがそれなら自分とここまで長い付き合いはならないはずだ。

 だが、本当に咲が読書をしていたいというならば、今自分が話しかけても迷惑なだけだろう。京太郎はとりあえずレディースランチを食べきろうと思った。咲のことはそれから考えればいい。

 携帯にいれた麻雀アプリをやりながら箸を進める。行儀は悪いが、話し相手がいないのは、ある意味好都合だ。何せ今の自分には圧倒的に経験が足りない。周りに追いつくためには一分一秒が惜しいのだ。

 

「メール?」

「ん、いや」

 

 読書中の咲が横目でこちらを見てきた。携帯を持っていない咲は恐らく携帯電話ではメールと電話しかできないとでも思っているのだろう。咲の質問を否定した京太郎は彼女にも画面が見えるように手を下ろした。

 

「麻雀?」

 

 液晶画面を見た咲は疑問の声を上げた。

 

「京ちゃん麻雀するんだ」

 

 咲は意外そうにそう漏らした。なんというか似合わない。彼女の知る須賀京太郎が大人しく座って麻雀を打っている姿が想像できない。咲のイメージでしかないが、彼にはもっとこう激しく動き回る姿のほうがしっくりくるのだ。

 

「まだ役もロクに知らないけどな!」

 

 須賀京太郎が所属している麻雀部は彼を除いて全員が経験者だ。追いつくためには少しでも牌に触れ、対局を重ね、経験を積むしかない。しかし、こうした空き時間を利用して麻雀をしている理由はそれだけではない。

 

「麻雀ておもれーのな」

 

 何より面白い。初心者の今だからかもしれないが単純に楽しい。これならもっと早くに麻雀を知っておくべきだったかもしれない。

 

「私…麻雀キライ」

 

 楽しそうな京太郎に反発するように、咲はぽつりと呟いた。彼は知る由もないが、彼女にとって麻雀とは家族を引き裂いたものでしかなかったのだ。

 

「えっ、咲。おまえ麻雀できんの」

 

 キライという言葉には触れないで、麻雀ができるという事実だけを受け入れる。麻雀が嫌いという彼女からは深刻そうな雰囲気が漂ってきたが、それは藪蛇だろう。

 そもそも今重要なのはそこではない。

 

「できるっちゃできるケドキライ。いっつも家族麻雀でお年玉巻き上げられてたん…」

「ほーぅ」

 

 咲の言葉が終わる前に京太郎は考える。

 これはもしかしたら使えるかもしれないと。

 

「咲は何やらせてもだめだからなァ、でもいないよりはマシか、うん」

 

 現在、清澄高校の女子麻雀部員は四人。団体戦に出るためには一人足りない。だが、もし咲が入部すれば五人。ギリギリ六月の県予選に出場できる。咲の実力はわからないが、数合わせにはなるだろう。

 

「ククッ」

 

 それに何より、咲に友達ができるかもしれない。部活に入れば、女子と話す機会が増え、こうして外に連れ回すこともなくなるだろう。

 

「なに一人で完結してるの、気持ち悪いよ」

 

 後半の言葉は聞かなかったことにして話を進める。部員はみんないい人ばかりだ。きっと咲も馴染めるだろう。もし何か問題が起きても自分ができるだけ支えになればいい。

 

「ついでにもひとつつきあってよ、メンツが足りないんだ」

 

 えっ、と声を漏らす咲を無視して京太郎は行き先を告げる。

 後にこれが須賀京太郎と宮永咲の運命を大きく変えることとなるのだが今の二人にそんなことを知る由もない。

 その場所は――――――

 

「麻雀部」

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、お姫様」

 

 放課後、旧校舎の屋根裏にある部室の前で須賀京太郎はそう言った。

 気障(きざ)な台詞に見合う大仰な仕草は従者を通り越えてむしろ道化染みている。

 咲にとって今の彼は珍しいものではない。自分を新しい場所に連れていくときの彼はいつも強引で、そのたびにどこか芝居がかった調子で振舞うのだ。

 

「いや私…麻雀キライだって…」

「カモつれてきたぞーっ」

 

 咲の文句を当然のように無視して京太郎は勢いよくドアを開く。何が姫だ、という彼女の愚痴は彼の声とドアの開く音にかき消されて誰の耳にも届かなかった。

 

「お客様…?」

 

 雀卓に座っていた同じ学年の少女がこちらに反応する。

 胸の大きな長いツインテールの美少女、原村和が立ち上がった。

 

「さっきの―――」

「え、お前(のどか)のこと知ってんの?」

 

 想像もしていなかった咲の反応に戸惑う京太郎。もしや自分の知らないところで二人には関わりがあったのかと考える彼を尻目に二人の会話は進む。

 

「先ほど橋のところで本を読んでいた方ですね…」

「ぅひ、見られてたんですか」

 

 二人の会話から京太郎は事情を察する。どうやらさほど深い仲ではなく、つい先ほど顔を合わせただけらしい。

 なんにせよこれは嬉しい誤算だ。初対面の相手と、一度顔を合わせた相手なら後者の方が咲にとっては幾分か話しやすいだろう。

 状況を把握した京太郎は話題提供に動く。これは元々決めていたことだ。最初のうちは自分が会話に入って場を取り持ち、部員との距離が縮まって来たら少しずつ会話に混ざらないようにする。そうすれば、いずれ自分以外とも仲良くできるだろう。

 

「和は去年の全国中学校大会の優勝者なんだぜ」

 

 掴みはまあこんなところか。

 最初に相手の武勇伝―――は言い過ぎにしても良いエピソードを話題に出す。去年、つまりごく最近の話なら話題性もあり咲も反応しやすいだろう。和にとっても自分のことを褒められて悪い気はしないはずだ。

 咲は麻雀に忌避感を持っていたから、全国中学校『麻雀』大会とは言わないでおく。これなら咲も相手に歩み寄ってくるはずだ。

 さあ、こい咲!

 

「それはすごいの?」

 

 空気読めポンコツ。

 そこは普通にすごいと褒めるところだろうが! と京太郎は思いながらも決して表には出さない。せっかくわかりやすいように、『インターミドル』とは言わずに『全国中学校大会』と言った気遣いが無駄になってしまった。普通『全国』と『大会』という単語があればある程度は凄さが察せるはずだ、とまで考えたところで思い至った。

 

(もしかしてこいつ…麻雀の大会だと気が付いていない?)

 

 普通はそんなことありえない。話の流れから麻雀に関することだと理解するはずだ。だが、彼女は宮永咲。万が一の可能性がある。

 確かに『全国中学校けん玉大会』とかだと今一つ凄さが伝わらない。そんなのと勘違いしてもなんらおかしくはないだろう。

 『全国中学校麻雀大会』だと言わなかったのは失敗だったか、と京太郎は自分の判断を悔やんだ時、開いたままの扉から、彼にとっての救世主が現れた。

 

「すごいじょ!」

 

 その名も片岡優希。栗色の髪を短いツインテールにした背の小さい女子生徒だ。彼女もこの麻雀部の一員である。

 明るく、コミュニケーション能力が高く、和のことに詳しい。正に、最高の存在が最高のタイミングで出てきたといえる。

 

「学食でタコス買ってきたじぇー」

「またタコスか…」

 

 お茶入れますね…、とその場を離れた和を横目で見ながら、京太郎は思う。

 入部してから一か月以上たったが、彼女がタコス以外のものを食べているところを見たことがない。タコスでなくともタコが付くものなら何でもいいらしいが、飽きたりしないのだろうか。

 なんにせよ優希のおかげで場の流れが変わったことは事実なので後日タコスでも奢ってやろうか、と京太郎は思った。

 

「のどちゃんはホントにすごいんだじょ! インターミドル―――全中優勝ってことは最強の中学生だったわけで!」

「はぁ」

 

 中断された話を付き合いの長い優希が解説する。扉が開いたままだったから外まで会話が聞こえていたのだろう。

 優希の勢いに咲が引いているが、これは仕方ないだろう。元々咲はこういった相手があまり得意ではないのだから。

 

「しかも御両親は検事さんと弁護士さん。男子にもモテモテだじぇ」

「誰かさんとは大違いだな!」

「む」

 

派手な和と地味で、目立たない咲を当てつけのように比べる。覚悟していたとはいえ散々苦労させられた恨みだ。

 

「お茶、淹れました」

 

 離れていた和がティーセットをお盆に乗せて持ってきた。恐らく来客である咲のために態々淹れたのだろうが、こいつにそんな気遣いはいらないだろう。

 4人が卓に座ったところでこの場に残りの二人がいないことが気になった。二年生の染谷まこは実家の手伝いだと予想がつく。が、部長である竹井久がこの場にいない理由がわからない。彼女は無断欠席するほど不真面目でもないし、今日は学生議会長としての仕事もないと聞いている。

 

「部長は?」

「奥で寝てます…」

 

 須賀京太郎はここに来たらまず咲を部長である竹井久に合わせたいと思っていた。

 理由は二つ。県予選の申込期限が近いこともあって焦っていた彼女を安心させたいというのが一つ。もう一つは咲を確実に入部させるため。話術に長けた部長ならうまいこと咲を入部させるだろうと踏んでいたのだ。

 

「じゃ、うちらだけでやりますか」

「そうですね…」

 

 え、と驚く咲を尻目に話を進める。むしろここまで来てなぜ打たないと思っていたんだ、このポンコツは。

 今更、何か言って断られても困るので、さっさと始めてしまおう。

 

「25000点持ちの30000点返しでウマはなし!」

「はい」

「タコスうま―」

「…うん」

 

 京太郎の声に各々の言葉で応える。この空気を察して咲も諦めてくれたのか、大人しく返事をしてくれた。

 卓を囲む4人が積み上がった山から牌を取り、準備は整う。

 対局が、始まる。

 

 

 

 

 

 

「しかし咲の麻雀はパッとしないなー」

「点数計算はできるみたいだけどねい」

「……」

 

 半荘を二回終えて、京太郎と優希が言う。

 パッとしない、京太郎が咲の麻雀に対して抱いた感想がそれだった。

 大きい打点で和了るわけでもなければ早く和了るわけでもない。この半荘二回でトップもラスもとっていない。特別語ることもない打ち筋だ。

 ふと、和の方を見れば何か言いたそうにしている。対局中も何回か疑問を感じているような顔をしていたが、自分には何もわからない。インターミドルチャンプとして咲の打ち筋になにか感じるものがあったのだろうか。和と付き合いが長く、自分より麻雀歴が長い優希なら何かわかるかと顔を見るが、特に様子は変わっていない。

 考えすぎだろうか、と思ったその時、外から雷と雨音が聞こえてきた。

 

「雷! 」

「夕立きましたね」

「うそっ、傘もってきてないわ! 」

 

 四人が声のした方を向くと、一人の女生徒がベッドから起き上がった。スカーフの色は黒。三年生だ。制服のまま寝ていた彼女のことを咲も知っていた。何度か全校集会の場で見たことがあるからだろう。

 

「あれって、生徒会長!?」

「この学校では生徒会長じゃなく学生議会長ね」

 

 この麻雀部の部長にして、清澄高校の長である竹井久だ。

 生徒会長と言われる度にわざわざ訂正しているが、今一つ違いが判らない。京太郎も出会ったとき同じことを言われたものだ。まあ、本人にとっては譲れないものがあるのだろう。

 彼女は今日初めてこの部屋を訪れた咲の方に向かって歩いてきた。

 

「あなたが今日のゲストね」

「ども」

 

 対人経験の少なさが露呈しそうな挨拶をして咲は卓に向き直る。

 今はオーラス。三回目の半荘ももうすぐ終わる。

 

「ロン、1000点」

 

 そして、咲の点数申告で半荘が終わった。

 

「三回目終わりました」

「今回ものどちゃんがトップか~」

 

 優希が椅子にもたれかかり脱力しながら声を上げる。三回も打って一度もトップを取れなかったのだから悔しいのだろう。

 そして京太郎も気持ちは同じだ。麻雀部に入ってからもう一か月近く経つが未だに一度たりとも勝てていない。最初の方に二位を取ったことは一度だけあるが、後はほぼ四位と三位で終わっている。いくら自分が未熟だからとはいえ、麻雀に天運が介在するならもう少し勝ててもいいのではないだろうか。

 ふと顔を動かすと、まるで信じられないものを見たかのように狼狽している部長を視界に捉えた。何かあったのだろうか。

 

「今回の宮永さんのスコアは!? 」

「プラマイゼロっぽー」

 

 慌てる部長とは対照的に何食わぬ顔で優希が答える。

 やはりというか今回も咲は地味な麻雀を打ち、無難な戦績で対局を終えたのだった。

 まあ、ほぼ毎回ラスで終わっている京太郎に比べればましな方ではあるのだろうが。

 

「会長起きてメンツも足りてるようですし、抜けさせてもらいますね」

「えっ、オイ」

「もう、帰っちゃうの―?」

「……」

 

 部室から出ようとする咲に一年生が三者三様の反応を返す。

 

「図書館に本返さなきゃ」

 

 一刻も早くこの場を離れたかったのか、そう言って咲はドアを閉め部屋から出て行った。

 あの様子を見ると流石に少し悪いことをしたか、と反省してしまう。

 

「のどちゃんやっぱ強すぎだじぇ」

「圧勝って感じだね」

「圧勝?なに甘いこと言ってんのよ」

『え?』

「……」

 

 次会ったらそれとなく謝っておこうか、と考えていると久が意味深なことを言い出した。

 

「スコア見て気付かんの?」

 

 そう言って久はパソコンを示す。そこには先ほどまでの対局の結果が示されていた。

 

「宮永さんの三連続プラマイゼロが故意だというんですか…」

「えっ、んなバカなたまたまっしょ」

「そうだじょ」

 

 あまりに突拍子もない久の推測に三人が反論する。

 

「麻雀は運の要素があるからプロでもトップ率3割行けば強い方、ましてやプラマイゼロなんて勝つことより難しい。それを毎回だなんて―――」

「不可能ってかい?」

 

 優希の言葉を久が先読みし、制する。

 

「でも、圧倒的な実力差だったら? 」

 

 三人は言葉を返すことができなかった。

 そんなことがあるのだろうか。

 須賀京太郎がなんとなく連れてきた宮永咲がたまたま意図的にプラマイゼロで終わらせるなどという奇跡的な打ち筋を持っていたなどという偶然が本当にあるのだろうか。

 

「のどちゃん!」

 

 急に和が外に飛び出していった。

 やはり咲の打ち筋はインターミドルの優勝者である彼女から見てもおかしかったのだろう。ただ何がおかしいのまではわからなかったが、それが部長の言葉ではっきりしたというところか。

 

「なに笑ってるんスか気持ち悪い」

「キサマ会長になんてコトを」

 

 不意に部長が含み笑いを始めた。驚いてつい本音が漏れてしまったが、本人は気にしていないようなので大丈夫だろう。

 

「いや、あの子がうちの部活に入ってくれないかな―――と思ってさ。全国狙えるかもよ」

「「え」」

 

 それは京太郎と優希が思ってもみなかったことだ。

 意図的にプラマイゼロで終わらせることができる。それは確かに凄いことだが、凄さと強さは別だ。たとえ負けることがなくとも、勝てないのでは結局何の意味もないのではないか。

 

「そういえば、あの子どうして来たの?」

 

 部長が思い出したように二人に問いかける。

 そう言われてみれば、確かに咲の様子は自分から部活見学を希望した生徒の態度ではなかった。誰かが連れてきたのだと推測するには十分すぎる。

 

「俺が数合わせに連れてきたんですけど…」

 

 特に隠す理由もないので素直に答える。本当はもう少し考えがあったのだが、それは話すようなことでもないだろう。

 

「そうなの?お手柄ね、須賀君」

 

 労いの言葉に軽く会釈して答える。咲の麻雀について何も知らなかったのだから、褒められるようなことでもない。

 

「てっきりのどちゃんのおっぱいにつられてきたのかと思ったじょ」

「いくらなんでもそれはねえだろ」

 

 呆れながら京太郎が否定する。本気で言っているわけではないのだろうが、それこそあり得ない。なにせ咲にそっちのケはないのだから。

 

「なにをー! 京太郎だってのどちゃんのおっぱいに引き寄せられたくせに!」

「引き寄せられてねーよ! ならお前は和の胸を好きになったから仲良くなったのかよ!」

 

 自然と声が大きくなるが、お互いの間に敵意はなく、本気で言い争っているわけではない。こんなものは日常茶飯事で、ただのじゃれあいに過ぎないのだから。

 

「はいはい、和も出て行っちゃったし、今日の部活はここまでよ」

 

 騒ぎたてる二人に向かって、久は部活の終了を告げた。少し早いが、今から東風戦を打つには時間が足りないし、雷が鳴るくらいの雨なら早めに帰った方がいいという判断だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優希と久が帰った後、京太郎が一人部室で牌を磨いて自主練をしているとドアが開いた。

 

「何じゃ、まだ帰っとらんかったんか」

「染谷先輩」

 

 眼鏡をかけた二年生、麻雀部の染谷まこだ。忘れ物でも取りに来たのだろうか。

 

「団体戦出られるかもしれませんよ」

「? 五人目のアテでもできたんか」

 

 京太郎は部活に来ていなかった彼女に咲のことを伝える必要があると思い、自分が知りうる限りのことを話した。

 

 

 

「…毎回プラマイゼロで和了る一年生ねえ」

 

 半信半疑、といった調子でまこは答える。

 普通に考えれば、運が七割を占める麻雀において、毎回プラマイゼロなんて無理だ。

 この目で見るまでは信じられないのだろう。

 

「凄いのはわかるんですけど、それで全国に行けますかね」

 

 部長に聞くタイミングを逃してしまったので、話のついでに聞いてみる。相手に関わらず一定の結果を出せるといえば聞こえはいいが、今一つピンとこない。自分が麻雀初心者だから負けない強さというものが理解できないのだろうか。

 

「…意図的にプラマイゼロにできるなら、意図的に勝つこともできるっちゅうことじゃないかのう」

 

 初心者に理解させようとして、とんでもないことを言ってしまったという顔だ。

 まこ自身、自分がどれだけ無茶苦茶なことを言っているかはわかっている。何せ、点数調整と勝つ技術は別物なのだから。

 もし勝ちたいときに勝てるのならそれは本物の魔物だ。運も技術も存在価値がなくなり、麻雀という競技の根底がひっくり返ってしまう。

 

「とにかく、もう遅いし早よ帰りんしゃい、部室の鍵はわしが届けちゃるわ」

 

 会話を打ち切り、京太郎に帰宅を促す。熱心なのはいいが、あまり遅くても親が心配するのではないか。

 

「でもそんなことさせるわけには…」

「わしもすぐ帰るから気にするな。先輩の厚意に甘えとかんかい」

 

 先輩に迷惑をかけたくないという京太郎の意思を半ば強引に無視する。自分たちに追いつきたいのかもしれないが、そんな短期間でどうにかなるようなものでもないだろう。

 麻雀は技術のゲームだ。強くなるためには経験の積み重ねと智謀の研磨、麻雀ダコが形成される程に長い時間をかけなければいけない。もちろんそういった常識を軽々と打ち破る『魔物』が全国には存在していることも事実だ。しかしそれはごく一部、一握りの例外だけだ。少なくとも普段の練習でいい結果を残せていない京太郎には当てはまらない。

 

(………いや、期待して欲しくないだけかもしれんのう)

 

 男子は女子よりも個人戦参加人数が多い。その分一人一人の実力は女子より弱いが、単純に比較するなら女子よりも狭き門だと言える。その狭き門を特別な才能を持たず、ただの初心者でしかない須賀京太郎が潜り抜けられる可能性は極めて低いだろう。

 つまり染谷まこの本心は極端な言い方をすれば、報われない努力は意味がないからやめておけ、ということだ。期待や努力は大きければ大きいほど、失敗したときの反動もまた大きいのだから。

 京太郎が退室したときの背中を見て、ついた溜息がまこの心情を物語っていた。

 




何故感想が来ないのか、一人で悩んだ果てに
『闘牌描写はおろか、京太郎以外の原作キャラが誰一人として出てきていないから』という結論に達しました。

………うん、コメントに困るの当然だな!
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