咲-Saki- 第三次麻雀大戦 PROLOGUE   作:新神 清

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第五局 特訓

「青春してえなあ…」

 

とある日の昼休み、唐突に宇野平二はそう呟いた。

 

「いきなりどうしたんだ、お前」

 

 喧騒に包まれた食堂においてもその呟きは相席している人の耳に届いたようで、高久田誠は率直な疑問をぶつけ、山王院呉仁も箸を止めた。

 

「だってよ、ズルくねえか? アイツ高校生活始めて二か月も経ってないのに、なんで女子と昼一緒に食ってるんだっての」

「俺達も二か月経ってないけどな」

 

 平二のいうアイツとはこの場にいない須賀京太郎のことだろう。彼らが昼食に誘う際、今日は同じ麻雀部員達と外で食う、と断られてしまったのだ。

 

「で、結局何が言いたいんだ、お前」

「俺も彼女が欲しいんだよ! 」

 

 呉仁がうどんをすすりながら聞くと、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに平二は叫んだ。まだ京太郎に彼女がいると決まったわけではない、というツッコみは野暮だろう。

 

「一度しかない高校生活、一度しかない青春だぜ? それを彼女の一人もいないままで終わらせていいのか? いや、そんなはずはない! 男だけで過ごす昼休みはもう終わりだ。俺は夢のリア充ライフを手に入れてみせる!!」

「………つまりお前は女子と仲良くなりたいんだな?」

 

 熱の入った平二の弁論を受けた呉仁は手を止め、我関せずの姿勢をとっていた誠の方を向いた。

 

「誠、負けた方が性転換な。じゃーんけーん…」

「「ぶほっ!」」

 

 呉仁の言葉に噴き出す二人。口の中が空だったことは不幸中の幸いか。

 

「冗談でもそんなこと言うな! 気色悪い! 」

 

 爆笑する誠と呉仁を半眼で睨み食事を再開しようとした平二だったが、それはできなかった。

 

「おい、俺の箸どこにいった?」

 

 いつの間にか皿の上に置いた箸が無くなっていたのだ。机の上を探すが影も形もない。

 

「床に落ちたんじゃないか? 」

「もう新しいの使えよ」

 

 誠の言う通り、平二は探すのを諦めて別の割り箸を使うことにした。

 

「というか、女子たちの中に男一人とか居心地悪くて浮いているんじゃないのかあいつ」

「ひょっとすると全員から無視されてたりしてな」

 

 麻雀部員といっても京太郎以外は女子しかいなかった筈だ。その全員が一堂に会していると決まったわけではない。しかし複数人の女子の中に男子一人という有様は、何も知らない人間が他所から見る分には嫉妬に足るものだろうが当人にしてみれば苦行でしかないだろう。

 冗談交じりの憶測も強ち間違ってはいないのかもしれないと二人が懸念したとき、平二がぼそりと呟いた。

 

「女子高生から放置プレイとか人によってはご褒美だろ」

「「………」」

 

 二人にとってその発想は少々縁遠いものだった。

 

 

 

 

 

 

「はァ」

 

 時計の短針が8を過ぎた頃、清澄高校旧校舎で須賀京太郎は夜空を眺めていた。

 今日の放課後に県予選の詳細が発表されたのだ。

 その修行という名目で咲と和はこの場を数時間前に去った。

 昼休みの仲睦まじい様子を見る限り、二人の間に存在していたわだかまりは既に無さそうだ。恐らく、昨日の練習後に自分の知らない何かがあったのだろう。

 そして、それを聞くつもりは京太郎にはない。無事に済んだのなら首を突っ込む理由はどこにもないのだから。

 最終的に彼女たちの仲が円満になってくれればそれで十分だと京太郎は思っている。

 

「あいつら…大丈夫かな」

 

 染谷まこの実家である雀荘に手伝いに行った二人を心配する。和はともかくとして問題は咲だ。あのポンコツにまともな仕事ができるか不安だ。聞いたところによると客と麻雀を打つことが主になるらしいが、それでも彼女の人となりを知っている自分にとっては安心できない。

 

「和のコスプレ見たかったなァ…」

 

 できるものなら自分も付いて行きたかったが、あんまり大勢で押しかけても迷惑でしかないだろう。まして、初心者である自分が経験者に交じって一体何ができるというのか。

 

「そんなこともあろうかと‼ 服を借りてきてあるじぇ‼ 」

 

 声のした方を見ると優希がメイド服を着ていた。彼女がこちらに残っている理由は面子の確保だ。

 三人残っていれば三麻はできる。初心者の京太郎でも数合わせくらいにはなるからだ。咲と和がいなくなってもそれで練習ができなくなるわけではない。

 別にメイドさんのコスプレなら誰でもいいというわけではない、等言いたいことはあるがあえて一つ尋ねるとすれば。

 

「なんのためだ?」

「最下位の罰ゲームで貴様に着せるためさ」

 

 ………優希のサイズに合っているなら、その服を京太郎は小さ過ぎて着られないのではないだろうか。

 

「パンチラ! ホレ!」

「い・ら・ねー」

 

 スカートをめくる優希から目をそらし、拒否する。

 悪いが痴女に興味はない。京太郎の好みは清楚系だ。

 

「心配無用だじぇ! あの二人のことだから雀荘でも勝ちまくってるじょ」

「だな」

 

 いつも一緒に打っているからこそ分かる。あの二人に並ぶ猛者はそうはいない。そう思っていると卓に座っている久が意味深なことを言った。

 

「それじゃ特訓にならないでしょう。知り合いのプロがあの雀荘の常連でね、『二人をヘコませてね』ってお願いしてあるの」

「なんでそんなことを?」

 

 つい疑問を口にすると久は得意気に笑い、ホワイトボードに近寄った。

 

「あの二人にはここで一度大きな敗北を経験してほしかったのよ。優希と須賀君は負けたらどう思う?」

「悔しいじぇ」

「強くなろうと頑張ります」

 

 優希と京太郎が質問に答えた瞬間、そうでしょ!と勢い良く卓から立ち上がった。

 

「負けると悔しい、だから強くなろうとする、でも大会まであと十日しかない、ならどうするか、当然特訓でしょ!」

 

 熱の入った弁舌のままホワイトボードに近寄った久は県予選突破!!と書かれた面をひっくり返し超強化合宿!とペンで書いた。随分と興奮している。

 

「……とまあそんな訳で今週末合宿だからよろしくね」

 

 素のテンションに戻った久はシンプルに予定のみを伝えた。我に返って恥ずかしくなったのか、ほんのり頬が赤く染まっている。

 

「もう遅いし二人には私が伝えておくから、帰っていいわよ」

「いや、夜遅くに部長一人で帰らせるわけにはいかないでしょう」

「あら、優希は一人で帰らせてもいいの?」

 

 揚げ足を取る言葉に一瞬詰まるが、合宿のことは明日の部活で伝えてもよいのではないか。メールを使ってもいいはずだ。

 そうすればわざわざ部室に残る必要もないだろう。

 

「私はいいのよ。慣れているから」

 

 引き下がらない京太郎だったが、そこまで言われると何か彼女なりの考えがあるのではないかと思ってしまう。

 悩んでいるといつの間にか優希が帰る準備をしていた。しかも、手には二人分の鞄を持っている。

 

「それじゃー、部長ありがとうございましただじぇ!」

「あっ、オイ待て!」

 

 自分の鞄も持って部室から走り去る優希を呼び止めるが、無情にも足音は遠のいてしまう。すぐに追いかけなければいけないが、まだ自分がやるべき雑用を終わらせていない。逡巡する京太郎を見かねた久は苦笑交じりに告げた。

 

「後片付けくらいやっておくから、早く追いかけてらっしゃい」

「でも…」

「このくらい別にいいわよ。そんなに申し訳ないなら合宿に自動卓とパソコンでも運んでもらおうかしら。」

「わかりました」

「なーんて………えっ」

 

 冗談に対する返事は思いの他真摯だった。どれくらい真摯だったかというと言い出した久が驚愕して数秒間ができるくらいだ。

 

「部長、ありがとうございました。失礼します!」

 

 呼び止める暇もなく、駆け出して行ってしまう。一人しかいなくなった部室で数秒、久は呆然としていた。

 

「………まさか本当に運んだりしないわよね」

 

 その懸念が的中することとなるとはこの時、誰も予想していなかった。

 

 




この作品で描写されていない場面は全て原作と同じことが起きているとお考え下さい。
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