咲-Saki- 第三次麻雀大戦 PROLOGUE 作:新神 清
須賀京太郎は焦っていた。
合宿を終え、難なく県予選1日目を突破した清澄麻雀部。県予選決勝戦がいよいよ始まるのだが。
「やっぱこんな朝早くからタコス売ってる店なんてねーよ………」
息を切らせながら京太郎はぼやいた。
彼がなぜこうして街中を走り回っているかというと、決勝戦が始まる直前になって問題が起きたのだ。いや、起きたというよりは発覚したというべきか。
先鋒の片岡優希がタコスを半荘一回分しか持ってきていなかったのだ。このままではタコスぢからが切れてしまうらしい。
………正直京太郎には全く理解できないが、それでもこうして探しに出ているあたり甘いという自覚はある。
こうしている間にも先鋒戦は進んでいる。携帯を使い、会場の周辺を探し回ったがそれらしい建物や屋台は一軒も見当たらない。かといってあまり遠くに探しに行っても先鋒戦が終わってしまう。勿論コンビニにタコスが売っているわけもない。
どうしたものかと思いながら走って角を曲がろうとすると、
「うわっ!」
「おっと」
出てきた人にぶつかりかけた。幸い衝突することはなかったが、避けた時の勢いを殺しきれずに地面に倒れてしまう。
「大丈夫ですか」
「はいっ、すいません」
受け身を取ったので怪我はない。
謝りながら、自分に声をかけた人を見ると燕尾服を着た美青年が手を差し伸べてきた。一挙一動が優雅で物腰の柔らかそうな人だ。
その手を取って立ち上がり、服の汚れを手で払う。
「ずいぶん急いでいるようですが、どうしたんですか?」
「実は今、タコスを売っている店を探しているんですが……」
「それでしたら、私が案内しますよ」
「いや、そこまでしてもらうわけにはいきませんよ。道だけ聞かせてもらえれば十分です」
さすがに悪いと思い遠慮する京太郎。自分の不注意で危ない目に遭わせたのに更に迷惑をかけるわけにはいかない。
「少々分かりづらいところにあるので、迷ってしまうかと」
「ですが…」
「気にしないでください」
「………では、お言葉に甘えて」
青年は頑なに譲らない。これ以上遠慮すると逆に失礼になると思い了承する京太郎。
「それにしても、こんな時間にどうしてそんな店を?」
青年の後ろを歩いていると不意に問いを投げかけられた。京太郎としては黙っている理由もないので実は…、と言って青年の後頭部に説明を始める。
自分が県予選決勝に参加する清澄高校麻雀部の一員であること。
先鋒の片岡優希が呪われたタコスの血族を自称するほどのタコス好きであること。
そのタコス娘が決勝戦が半荘二回であることも知らず、半荘一回分しかタコスを持ってきていなかったこと。
このままでは調子が出ないので、タコスを買ってこいと言われたこと。
それらを全て伝え終えて、京太郎は思った。
これツッコみどころ多すぎないか、と。
運と技術が全ての要素を占める麻雀という競技において、調子が出ないというのがまずおかしい。気合が入れば配牌や自摸が良くなるだなんてふざけているにも程がある。部活仲間である原村和ではないが、そんなオカルトあり得ませんと言いたい。
さすがに信じてもらえないだろうと様子を窺うが、前を歩く青年の表情はわからない。
ふざけていると思われたか、と京太郎が不安になったその時青年は足を止めてこちらを振り向いた。
「………あなたはどう思いますか?」
「え?」
突然意見を求められて困惑するが、青年は京太郎が質問の意味を理解していないと受け取ったのか、説明を補足してきた。
「血筋、才能、環境、意思、性別、そういった打ち筋以外の要素によって、麻雀の実力が決まるとしたら、どう思いますか?」
つまり、もしも運というものが存在しなかったらということか。
全く同じ状況、同じ時間、同じ卓の同じ席、それでも座る人によって配牌や自摸が変わる。
和了れたのは技量ではなく実力によるもので、振り込んだのは読みが外れたからではなく手牌全てが当たり牌だから。ああ、それは何とも――――――――。
「非情ですね。何というか」
憐れむように京太郎は答えた。
勝てる奴はどこまでも勝利できて、負けた奴はいつまでも敗北し続ける。才能のある怠け者が才能のない努力家を欠伸交じりに蹂躙する無情な現実。スポーツでは稀にあることだがこれが麻雀でも成立してしまったら話は別だ。
「でも流石にあり得ないでしょう。俺は始めたばかりでよくわからないんですけど、麻雀って世界中で流行っているんですよね? もし才能とかが現実にあるならここまで人気はないでしょうし」
麻雀の魅力の一つは初心者でもプロに勝てるというランダム性だ。その上で少しでも勝てるように皆が技量を磨いている。
仮に運が七割を占める麻雀でそんなことがまかり通ってしまったら、誰もが努力を辞めてしまい一部の勝利できる人間しか麻雀をやらなくなってしまうだろう。
「………そうですね。貴重なご意見ありがとうございます。始めたばかりというといつから?」
「二ヶ月前ですね。高校に入ると同時に」
「その髪も高校に入ってから染めたのですか?」
「これは生まれつきですよ。父が金髪だったもので」
髪色については今まで幾度となく聞かれてきたことだ。昔はこれのせいでいい思いをしてこなかったが、もう慣れている。
過去に何度も言ってきた常套句を言うと、青年は信じられないものを見たかのように目を見開いた。しかしそれも一瞬のことですぐに穏やかな表情に戻る。
「どうかしたんですか?」
「いえ、大したことではありませんよ。それより―――」
青年は再び京太郎から背を向け、前にある十字路を指し示した。
「あちらを右に曲がれば、お探しの店があります。帰り道はわかりますか?」
「あっ、はい! ありがとうございます! お時間取らせてしまってすいませんでした!」
いつの間にか目的地についていたらしい。ここまで案内してくれたお礼を言うと、青年は微笑を浮かべ、気にしなくていいとでも言うように片手を振った。
「それでは私はここで失礼します。縁があればまたどこかで会いましょう、須賀君」
「ありがとうございました!」
なおも感謝の念が堪えない京太郎は、再び青年にお礼を言うと教えてもらった場所に向けて走り出した。十字路を右に曲がると、少し手前に青い屋根の屋台が見える。香ばしい匂いを発しているあの店が恐らくタコス屋なのだろう。
目的の物を見つけて冷静になった京太郎の胸にふとある疑問が思い浮かんだ。
「そういえば俺、あの人に名前教えたっけ?」
少年の姿が視界から消えるまで見送った青年は次の雑務を終えるべく、行動を始めた。
龍門渕家に仕える執事は多忙なのだ。自らの親切心は主に迷惑をかけない範囲で他人に発揮しなければいけない。他人の道案内をしたので衣様の迎えが遅れた、なんてあってはならないことだ。
故に―――
「そろそろ出てきたらどうです?」
先ほどから潜んでいるこの男の真意を明らかにしないといけない。
大阪にいるはずの彼がなぜ長野にいるのか等聞きたいことは山ほどある。自らの主に危険をもたらす可能性は徹底的に排除しなければならない。
「言われるまでもないさ。二人の邪魔をするのは悪いと思ったんだ。」
建物の影から現れたのは西大阪にある三箇牧高校の男子制服を着た高校生だった。短く癖の無い茶髪、丸みのある童顔に穏やかな微笑を浮かべた少年からはどこか親しみやすさを感じる。
しかし青年は決して気を緩めない。目の前の少年がどれほど恐ろしい怪物かを知っているからだ。
「そんなに警戒しないでよ。僕達は仲間じゃないか」
「・・・わざわざ長野までよく来ましたね」
「新幹線使って、今朝着いたばかりさ。おかげで朝ごはんまだなんだ。萩原のところで御馳走になってもいいかな?」
「私はあなたが何をしにここまで来たか聞いているんです」
つれないなあ、と肩をすくめる男子高校生を萩原と呼ばれた青年は油断なく見据える。
この男を相手にする時は会話を成立させないくらいが丁度いい。いつ口車に乗せられるか分かったものではないからだ。
萩原の意図を知ってか知らずか、少年は横にある店を指さした。
「じゃあ朝ご飯は用意しなくてもいいや。長い話になるからそこのカフェに行こうよ」
「生憎ですが、龍門渕家の執事にそのような時間はございませんので」
「なら大丈夫だね。龍門渕家の執事に用はないから」
どういうことか聞き返す暇もなく茶髪の少年は告げる。
「僕は龍門渕に仕える執事ではなく、国家公認雀士としての君に用件があってここまで来たんだ」
手に入れたタコスを優希に渡して、清澄の控室に戻った京太郎は後悔していた。
「ツモ1300・2600です」
風越の点数申告によって南二局が終わる。その結果清澄が三位になってしまった。
前半戦のように優位に立っていた龍門渕の勢いを優希が止めたのだが、南場に入ってから急に風越が追い上げてトップに立ったのだ。
「………俺、昼食の買い出しに行ってきます」
「あら、先鋒戦終わってからでもいいのよ?」
「この辺りの道よく知らないんで時間かかるかもしれませんし」
部長の申し出を断りながら、買い出しの準備を進める。
時間がかかるかもしれないから早めに出る、というのも事実だ。しかしそれだけではない。
合わせる顔がないのだ。京太郎ではなく優希の方が。
自分にあれだけ大きな事を言ってこの結果では間違いなく彼女は納得しないだろう。もしかすると控室にも戻ってこないかもしれない。
もしタコスが届かないまま先鋒戦が終わってしまったら、きっと優希は京太郎を責めただろう。
お前が間に合わなかったせいで負けたのだ、と。
同じ結果になるならきっとそちらの方がよかった。少なくとも自分を責めるよりはましなはずだから。
様々な思いを抱えながら、半ば逃げるように京太郎は控室を後にした。
「それで用件というのは一体何のことでしょうか」
入店し、手近なテーブル席に座った萩原は対面に座った少年がモーニングセットとミルクティーを注文したことを見計らって、話を切り出した。メニューを注文する際に少年が胸の大きな女性店員を口説いていたが、些細なことだ。
「可能な限り手短にお願いしますね」
「努力するよ」
店内に入った時に予想してはいたが、努力するということはやはり長い話になりそうだ。
最悪、途中で相対を打ち切ることになりそうだ、と思った萩原に書類の束が渡された。
「まずはこれを見て欲しい。長野県予選男子個人戦の出場者リストと対戦カードだ」
「………こんなものがどうしたんですか」
それは間違いなくここにあってはいけないものだった。
出場選手の組み合わせが発表されるのは個人戦当日になってからだ。間違いなく外に漏れてはいけない情報をしかし青年は至極退屈そうな顔で眺めていた。
なぜならこの二人は公式の麻雀大会を運営する組織に所属する人間であり、大会の情報など用意しようと思えば簡単に手に入れることができるのだから。
店は閑散としていて自分たち二人以外に客は見当たらない。外部の人間に会話を聞かれる心配はないだろう。
「男子の実力などたかが知れています。なにか
「何者かの手が加わっている跡があった」
紛れ込んでいたのか、という言葉は、少年に遮られた。
萩原の顔がほんの僅かに強張る。
「運営委員の不正ですね。了解しました。至急旦那様に報告致します」
「その程度でここまで来たりしないよ」
可能な限り冷静に努める萩原。ここで動揺を悟られてはまずい。付け入る隙を見せては相手の思うつぼだ。
急いで席を立とうとする執事を少年は制する。事態は青年が思っているよりもはるかに大きいと言外に告げて。
「君が急いでいるのは分かった。でも最後まで僕の話を聞いてほしい。」
いつになく真剣な少年の様子に、萩原も事の重大さを理解したのか彼に向き直った。
「結論から言った方がよかったね。裏雀士がこの長野県予選に参加している可能性が高い」
「裏雀士が―――!?」
告げられた事実に萩原は瞠目する。
裏雀士。
血と暴力に溢れた世界で弱者を貪り、嘲笑う無法者の総称。
麻雀が脚光を浴びている現代において、あってはならない存在だ。
世界中で麻雀という競技が流行している理由は大きく分けて三つ。
運が七割を占めるランダム性の強さ、女性雀士たちの美しさ、そして競技自体の清潔なイメージ。
裏雀士はただ存在しているという事実だけで三つ目の理由を破壊する。
彼らの存在が世間に周知されたら、麻雀黄金時代は瞬く間に終焉を迎えてしまうだろう。
「県でも有数の名門、松代高校が今年は団体戦に出場していなかった。詳しく調べてみたら、個人戦にも一人しか出ていないらしい。そしてその一人以外の全員が―――」
「退部しているのでしょう?」
少年の言葉を遮り、予想を口にした。無言で頷く彼の顔を見る限り、その考えは間違っていないらしい。
「お待たせ致しました。こちら、モーニングセットとミルクティーになります」
「ああ、ありがとう。随分と商品が早いね。いいお店だ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「
料理を運んできた店員(名前は注文を取る際に聞いていた)を口説き始めた阿保を横目に思考の海に潜る。今は情報を処理する時間が欲しい。脳が現実を受け止めきれていないのだ。
「彼氏いないの? 意外だなー可愛いのに」
「そんな、冗談辞めてよぉ」
「じゃあー…僕が立候補しちゃおうかなっ!」
たった一人の部員の手によって名門麻雀部が崩壊する。彼らならできるし、やるだろう。
圧倒的な実力で部員の心を砕く。金や権力による買収。弱みを握った上での脅迫。
少し考えるだけでこれだけの手段が浮かび上がる。まっとうな感性を持つ者ならためらう程の悪行を顔色一つ変えずに行う連中が裏雀士だ。
「もう疲れちゃってさー! 私こんなに頑張ってんのに全然いいことないってゆーかー!」
「うんうん、人が頑張ってるのに『頑張れ』なんて言う奴は死ねばいいよね」
「あー、お金欲しい時間欲しい彼氏欲しい幸せ欲しいー!」
しかし、目の前でカウンセラーめいたことをしている馬鹿の言うことが事実だとして、目的が解らない。自分の知る限り、裏雀士が表の大会に紛れ込んだことは一度もないのだ。それだけのことをするだけの理由がきっとあるはずだ。
「ここを押すとね、疲れが取れるんだよ」
何か理由が―――。
「うそー! ほんとだすごーい!!あーちゃん手のツボ押し上手―い!!」
「これからも困ったことがあったら言ってね、僕でよければ話くらいは聞くから」
理由が―――。
「んー、行ってくるー! じゃーねー!」
「じゃーねー!………………ってどうしたのザンニそんな顔して」
「………チッ」
「舌打ち!?」
「いえ、殴る機会を逃したことが少々心残りで」
本当に悪運の強い奴だと心の中で毒づく。
あと数秒益体もない話が続いていればこの拳が歩人の顔に突き刺さっていたというのに。
「まあ、せっかくなので目を閉じて歯を食いしばって下さい。殴りますから」
「何でっ!?」
「ですから、楽しそうな貴方を見たことで気分を害されたもので」
「丁寧な言葉を使われても騙されないぞ! 要は『ムカついたから』でしょ!」
だって仕方がないではないか。
忙しい中時間を割いているにも関わらずいつまでもナンパを続け一向に真面目な話が始まらないのだから。
「落ち着きたまえよハギヨシ君。キャラ崩壊は止めていつもの君を思い出すんだ、ほらスマイルスマイル」
「今は龍門渕家に仕える執事ではなく、『
「ああっ、暴れないでっ! 僕のモーニングセット(税込¥528)とミルクティー(税込¥240)がぁ―――!」
「奴らの狙いはさっき君と会った須賀家の末裔だ」
激しい攻防から死守した朝食に手を付けた歩人が真面目な話を始める。
これだけ騒いで二人の息も服も乱れていないのは流石というべきか。
「………ここまで話が大きくなると、隠し立てしない方がよさそうですね」
「僕は知ってたし、そんなに露骨に警戒してたら何かあるって言ってるようなものだけどね」
嘆息しながら、萩原は内に秘めた陰謀を諦めた。
あの少年は旦那様の為に役立ててやるつもりだったのだが、こうなってしまっては仕方ない。
「それで、その紛れ込んだ裏雀士の詳細な情報は?」
「知った時は目を疑ったよ。これほどの大物がどうしてってね。」
書類を読んでいた萩原の目がとある男の名前で止まった。現実離れした展開に、現実離れした存在。今までの話が全てドッキリだ、と言われても彼は受け入れるだろう。
「偽名も使わないなんて、所詮男子の部に僕らの目が行き届いていないと油断しているのか、誤魔化してもどうせ気づかれると開き直っているのか、はたまた僕らに対する宣戦布告か。」
「いずれにせよこのまま放置していいはずがありませんね」
これだけのビッグネームが使い走りめいたことをしている以上、その上がいるとみて間違いない。つまりこれは―――。
「裏雀士は今、一つの組織と化している」
「ああ、上の命令に従って下っ端が雑務をこなす組織。それも何か大きな目的に向かって。高橋団長の推理は的を射ていたわけだ」
そこに関しては事前に話を聞いていたので驚きはない。そして、導き出される結論についてもまた同様だ。
彼らの仕事は表の麻雀界を裏雀士から守ること。そしてその仕事はある程度《・・・・》は果たされている。
「裏のランキング二桁までなら私たちで問題なく対処できます。ですが上位十名、『十牌』となると………」
「………それでも、やるしかないでしょ」
表に影響を与える可能を持つ裏雀士は見つけたら即時滅殺及び捕縛が原則だ。しかしその中でもさらに一定以上の力量を持つ雀士に対してだけは生存による情報の獲得や表に位置する人間の保護が優先される。
その理由は、日本麻雀協会の精鋭でも裏の最上位に位置する雀士が相手では勝ち目がないというのが一つの常識として広まっているからだ。
「表雀士はどう足掻いても裏雀士に勝てない」
「ですが、そんなものは私たちが戦いを投げ出していい理由にはならない」
精鋭の中でも五指に入る二人は顔を見合わせて頷く。
表雀士が十牌に勝ったという事例は無い。しかし上位十名の間では度々、入れ替わりや欠員が発生する。その理由は全て裏雀士同士での潰し合いだ。
情けない話だが、これが無ければ日本麻雀協会は一年も経たずに殲滅されているだろう。
しかし裏雀士が一つの組織となった今、その最後の希望も絶たれたということだ。
巨大な戦いを予期しながらも二人の視線は松代高校の個人戦出場者に集まった。
松代高校一年 佐合十三。
それがかつての名門からたった一人、出場する男の名前だった。
会場から遠く離れた場所で須賀京太郎はベンチに座っていた。
控室の通路から出る際、警備員の人に呼び止められたことを思い出しながら、荒い息を整える。
ここは参加者以外立ち入り禁止だとか男である君がなぜそこから出てくるんだとか言われたので、事情を説明したら大層驚いていた。何でも女子麻雀部に男のマネージャーがいることは非常に稀らしく初めて見たのだとか。自分はマネージャーではなくちゃんとした男子部員なのだが、話が長くなりそうだったので訂正はしなかった。
余計な時間を取られたが、帰りに説明する必要がなくなったと考えればいい。
やはり清澄のように女子麻雀部の中に男子が一人だけいる在り様は普通ではないのだろう。そもそも麻雀がしたい男子は男子麻雀部に入るのだから当然か。好き好んで居心地の悪い女子の輪に入る奴はそうそういない。自分だって清澄にちゃんとした男子麻雀部があればきっとそっちに入部しただろう。
「ちょ~~っと、教えてもろてええかな~~~?」
そもそも性差で明確な有利不利が付かない麻雀でなぜ男子の部と女子の部に分かれて、男女総合の部がないのだろうか、と考えていると頭上から声をかけられた。
気の抜けるような関西弁のした方に顔を上げると、仮面をつけた巨人が立っていた。
(デカいな………)
無造作に伸ばした白髪に色素の薄い肌。両腕には独特な鉄製のミサンガを幾重にも身に着けている。二メートルに迫る体躯とそれに見合う長い手足。自分がベンチに腰かけていることが、より一層彼を大きく見せている。
何より目を引くのは白い仮面だ。顔を覆うようにつけたそれはこの男から底知れない不気味さを与えてくる。
「あ~、や~っぱ気になる~?」
仮面に注目したまま呆然としていると、男の方から声をかけられた。失礼な視線を向けてしまったか、と反省していると
「今日急いで出たからな~。後ろ髪ちょ~っとおかしなっとるんよ~」
「そっちじゃねーよ!」
思わず初対面であることをかなぐり捨ててツッコんでしまった。京太郎がベンチに腰かけているこの状態だと後頭部なんて見えないのだから。
「実は、県予選の会場を探しとってな~、よかったら案内してくれへ~ん?」
「いいですよ、ええと………」
「ああ、俺はな―――」
本当なら急いでみんなの分の昼食を買いに行きたいところだが、先程自分が道を教えてもらったので、案内することにした。ここで彼を邪険にすれば、あの人の厚意を裏切ることになってしまう気がする。
目の前の男をなんと呼ぼうか悩んでいると巨人の方から名前を教えてきた。
「佐合十三っちゅ~んや、よろしくな~」
今この瞬間を持って、運命の歯車は廻り、須賀京太郎を主役とする舞台の幕が上がる。
それは同時に麻雀界を彩る輝かしい表と闇に蠢く悪しき裏の壮絶な戦いの始まりでもあった。