咲-Saki- 第三次麻雀大戦 PROLOGUE   作:新神 清

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第九局 初陣

 個人戦当日、部員の皆と別れ男子の会場に到着した京太郎は人の多さに瞠目した。

 男子は女子と比べて数が多いので初日の午前中でも脱落する可能性があると聞いていたが、この人混みを見れば納得できる。

 この中から生き残らなくてはいけないのか、と緊張していると引き裂くような怒声がホール中に轟いた。

 

「テメェ! もう一度言ってみろ!!」

 

 ざわめく人混みを潜り抜けると大変な光景が広がっていた。

 先週京太郎が会場までの道を教えた男、佐合十三が他校の男子に胸ぐらを掴まれていたのだ。

 だらりと脱力したまま掴みかかられている十三は相手との身長差も相まってある種の滑稽さすら滲ませていた。ブレザーを着た相手も平均的な男子高校生と同じくらいの身長だが二メートル近い大男と並ぶとどうしても小さく見える。十三は京太郎と会った時と変わらず仮面をつけているので表情は読み取れないが、相手は犬歯をむき出しにして今にも殴りかかってきそうだ。間違いなく良い雰囲気ではないだろう。

 

「お、おい、落ち着けよ」

 

 たまらず両者を引きはがしにかかる京太郎。事情は何も理解していないが、知人の危機を見逃すのも後味が悪い。

 

「あ~、京太郎君や~ん。おはよ~、久し振り~」

 

 こちらに向けて呑気に挨拶する十三に思わず呆れ返った。なぜ当事者である彼より自分の方が慌てているのだろうか。

 

「久し振りはいいけど、何があったんだ」

「何ィ言われてもな~。そいつの質問に答えて、ちょ~っと事実言うたらいきなりキレたんや。意味わかれへんやろ~?」

「ふざけるなッ! 何が事実だ、取り消しやがれ! 」

 

 佐合の言葉を受けて相手の怒りが勢いを増した。

 彼の抽象的すぎる説明では何もわからないが、相手も怒り狂っていてまともな対話を望むのが難しそうだ。

 

「もっかい言うて欲しいんか、取り消して欲しいんかどっちなん?」

 

 とはいえ、十三の方にも問題はありそうだ。恐らく天然なのだろうが、相手の神経を逆撫ですることばかり言っているようでは話が進まないだろう。

 

「いい加減に―――」

「君たち何をしている! 」

 

 怒声がさらに大きな怒声によって掻き消えた。

 声のした方からは大会の運営委員らしき服装の男が早足で近づいてくるではないか。

 

「三人共、所属している学校と学年、名前を言いなさい。なにがあったか、向こうで詳しく聞かせてもらうよ」

 

 これは大変なことになった、と京太郎は内心で冷や汗をかいた。ここまで大きな騒ぎになるとは、まして自分がその渦中に入るとは想像もしていなかったのだ。

善意で止めに入ったと彼らに説明したところで、この騒動は噂として広まるだろう。そうなれば例え事実がどうであれ、清澄の名を貶めるかもしれない。

 

「いやええですわ~。俺にもアカンところはあったし、ここは一つお互いさまっちゅ~ことで、な~?」

 

 京太郎がそう危惧した時、十三の方から穏便に収めようとする声が入る。

 いきなり何を言っているんだ、とも思ったがすぐに納得した。

 端から見れば被害者は十三だ。胸ぐらを掴み、今にも殴り掛かろうとしているのは相手の方なのだから。

 

「………分かった。試合開始まで大人しくするように」

「えろう、すんまへんな~」

 

 その彼がそこまで言うのならば大事にしなくてもいいという判断だろう。

 一言注意をして、彼らは来た方へと戻っていった。

 

「ま、これでチャラにしたるから、感謝しいや~」

「………チッ!」

 

 相手の方も憎々し気に舌打ちを残してこの場から去っていく。事態が収束したことを理解した京太郎は安堵の域を漏らした。

 

「んなことより、今日はよろしゅう頼むわ」

「? 何がだよ」

「なんや、組み合わせ見とらへんの?」

 

 十三の指し示す方向には会場に備え付けられたモニターがある。それに近寄った時、京太郎は彼の言ったことを理解した。

 画面にはC卓で対局する選手の名前が表示されていた。その中に須賀京太郎と佐合十三の文字があったのだ。

 

「ほんならね~」

 

 笑いながら手を振って、立ち去る十三に京太郎は何も言えなかった。矢継ぎ早に起きる出来事を前に脳の処理が追い付かなかったのだ。

 しかし、それも数秒のこと。我に返った京太郎は足早にその場を立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 許さない。

 許さない。

 許さない。

 未だ治まらない激情を胸に抱え、西尾(にしお)武(たけし)は対局室Ⅽに向かって歩を進める。

 彼が部長を務める城山商業は先週の団体戦で全国への切符を手に入れた。城山商業の男子麻雀部は過去何度か全国行きを決めている程の名門だ。女子の方は準決勝で風越に負けたそうだが、自分たちは違う。

 名門としての自負を持ち、それに足るだけの練習量も積んできた。今度こそ奴に勝つために。しかし、奴の学校は決勝に勝ち上がってくるどころかエントリーすらしてこなかった。チームとしては確実に勝てたことを喜ぶべきなのだろうが、個人的には納得できない。

 個人戦にも参加している様子はないので、同じ松代高校の選手を見つけて尋ねたのだ。

 松代はどうしたんだ。団体戦にも個人戦にも出てこないなんてエースの轟に何があったんだ、と。

 

『しら~ん。ちゅ~かど~でもえ~やろ~? うじゃうじゃおるクソ雑魚が1匹2匹消えたとこで~』

 

 帰ってきた答えがこれだ。気が付いたときには目の前の男に掴みかかっていた。

 我を忘れる程の怒りをこの時、武は初めて抱いたのだ。

 そして、対局室には彼をかつてないほどに怒らせた男が悠然と卓についていた。

 男は仮面をつけたまま、だらりと全身から力を抜いている。長い足を麻雀卓の外側に突き出し、腕を地面に付きそうなほどぶら下げているその態度から緊張は微塵も感じ取れない。普通、一年生が公式戦に出るときは程度の差はあれど身構えるものだが、ここまで気の抜けた態度の選手は初めてだ。まさか、勝つ気がないわけではないだろう。

 

「おい」

「ん~?」

 

 一声かけて様子を窺う。すぐに反応した辺り、寝ていたわけではないらしい。

 そこでようやく武は自分の中にある怒りが大分薄くなっていることに気が付いた。どうやら、先ほどの脱力した相手を見て毒気を抜かれたようだ。

 

「………お前は松代高校の麻雀部だよな」

「うん、そ~ゆ~ことになっとるねぇ」

「お前の学校はなんで団体戦に出なかったんだよ。麻雀部にはお前一人しかいないのか?」

 

 あの時聞けなかった答えを確実に聞くために冷静に努める。恐らくこの機会を逃せばもう二度と知る機会は来ないだろうから。

 

「せやで~。麻雀部は俺以外全員辞めたからな~」

 

 突拍子もないことを何の気なしに言い放つ十三。嘘をついている様子はない。

ないが、しかし―――。

 

「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」

 

 怒声はしかしこの空間に空しく消えた。心のどこかで事実だと認めているからだ。

 八勝八敗。それがこれまで戦ってきた武と轟の戦績である。二人は共に高校三年生であり、この県予選が公式で決着をつける最後の機会となる。

 

「ホンマにホンマよ。嘘つく理由がどこにあんの?」

 

 ありえない、と否定することはできなかった。

 これまでの状況が彼の言葉に信憑性を持たせていたのだ。

 絶句する武を見てどういうわけか眉を顰める十三。

 聞かされていた情報とこの目で見た事実が明らかに違うとでも言いたげな表情をしている。

 やがて十三は一つの疑問へと辿り着いた。

 

「なあ、まさかとは思うんやけどお前、自分らが強いとか思っとるん?」

「………あ、ああ。俺は何回か全国に行った。お前がインターミドルでどれだけ活躍したかは知らないが、調子に乗らない方がいいぞ」

 

 思考を回復させた武がワンテンポ遅れて問いかけに答えると、十三は無言で卓に上半身を倒した。

 それは間違いなく事実だ。

 インターミドルとインターハイではレベルが違う。故に目の前の男がどれ程の大口を叩こうと無視していい筈なのだ。実力差は明白なのだから。

 だというのに、なぜ目の前の男は体を震わせているのだろうか。

 なぜ仮面の間から見える横顔は笑いをこらえているように見えるのだろうか。

 湧き出た謎が解決する前に十三から笑みが漏れる。

 

「アハッ」

 

 無理もないことだが、武は一つ誤解をしていた。

それは目の前の男がインターミドルやインターハイといった表の次元では測れない怪物(バケモノ)だったことだ。

 

 

 

 

 

 

「アハァッハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ―!!!」

 

 対局室に入った京太郎を出迎えたのは盛大な嘲笑。それは世界全てを玩弄するかのような不快感を孕んでいた。そしてそれを発している者を京太郎は知っている。

 

「佐合………? 」

 

 なぜ笑っているのか、なぜこれほどまでに存在感が邪悪なのか、その理由を確かめるためにも歩を進めると、こちらの存在に気づいた佐合が珍しく意気揚々と話しかけてきた。

 

「なあなあ、京太郎君はどうよ? 君んとこの五人にこいつより弱い奴が一人で~もおると思う?」

「えっ、えーと…」

 

 あまりに急激な調子の変化に戸惑いつつも考える。

 先週、清澄高校の女子麻雀部は全国へ駒を進めた。であれば彼女達は全国クラスの実力を有しているといえよう。ならば―――――――――。

 

「いない、んじゃないか」

 

 清澄の女子たちより弱い。身内贔屓も入っているかもしれないが、それが京太郎の出した答えだ。

 佐合が示した男のことを京太郎は何も知らない。だが、男子は女子と比べて参加人数が多い上に、レベルが低い。故に自分が公式戦で初めて打つ相手が全国クラスの実力者である確率は低いとそう思ったのだ。

 ふと先ほどまで感じていた緊張が無くなっていることに気づく。

 ああ、そうだ、なにを恐れることがある。自分は目の前の相手より強い打ち手と毎日のように卓についていたんだ。

 そう考えると今まで強張っていた体が嘘のように楽になっていく。

 京太郎は今まで彼女達との対局で一位どころか二位だって滅多にとったことはない。それでもいつもよりは勝てる可能性が高いのだ。なら気負う必要はどこにもない。普段通りに打てば勝てる可能性は普段より高いのだから。

 ここまで考えて京太郎は気づいた。

 自分は物凄く失礼なことを言ってはいないだろうか、と。

 目の前の男が弱いと、暗に示しているのではないか。

 そして自分の懸念が的中していたと、迫る男の表情で京太郎は確信した。

 

「ふざけるなっ!」

 

 京太郎に怒号を吐き掴みかかる武。その怒りの大きさに面食らうが無理もない。

 彼の神経がどれ程逆撫でされたか、京太郎には知る由もないのだから。

 

「まあまあ、いくら事実を言われたかてそ~んなきれんなや~。ぽっと出のモブがあの子たちに勝てるわけないやん」

 

 二人を引き剥がす佐合。武を宥めているようにも見えるが、事情を知る第三者から見れば火に油であることは明白だ。

 

「そ、そういえばお前はなんで笑ってたんだ?」

 

 険悪になっていく空気を察した京太郎が疑問を挟む。

 しかしその答えはこの場の雰囲気を悪化させるだけだった。

 

「あ~、それな~、こいつがあんまりにもチンケな話するもんでついな~。な~んも知らへん阿保って見ててウケるやろ~?」

「いい加減にしろよ手前ェ!!」

 

 一際大きい怒声が室内に轟き、京太郎は怯む。だというのに当の佐合は涼しい顔(仮面をしているが)のままだ。

 とりあえず今のうちに場決めをしておこう、と思い京太郎は言い争いの場から少し距離を取った。

 

「さっきから人を馬鹿にしたことばかり言いやがって!負けた時の覚悟はできてるんだろうな!!」

「いや、ぜ~んぜん?」

「っ! そんなに自分が負けるとは思ってねぇのかよっ!」

 

 傲岸不遜な態度を崩さない仮面の男になおも吠える武。しかし返ってきたのは意外な答えだった。

 

「いや~、ど~やろなぁ」

 

 予想外の答えに気勢を削がれる武に構わず佐合は言葉を続ける。

 

「やること終わったらさっさと帰るつもりよ?そんな勝ちたいんやったら負けたろっか?」

 

 なんだそれは。

 それじゃあまるでこの試合がどうでもいいかのようではないか。

 武の胸に虚無感が満ちる。自分達がまるで相手にされていないという事実に愕然とした。

 宿敵との決戦を前に意気込んでいた自分は一体何だったのだろうか。

 

「すいませーん。遅れましたー………ってあれ。何だこの空気」

 

 遅れてきた最後の一人が入室したことで、試合開始時刻を過ぎていることに気が付く。

 四人が卓に付き対局の準備が整うが、緊張感はとうに消え失せていた。

 

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