Side■■■■
なんだかよく分からないけど、どうやら世界は滅んだみたい。
藤村大河は自分に乗り移った、虎(?)みたいな神様からそう聞かされた。
けど「だから体を譲り渡すニャ!」と言われても、イマイチ実感が湧かない。
だって、ほんの少し前まで、大河はいつも通り士郎の家でぬくぬくみかんを食べていた。
それが突然、不思議空間に連れてこられて「世界が滅びたニャ」と言われても、信じる方がどうかしている。普段はアレだけど、これでも一応良識あるお姉さんなのだ。
……けれど、あの光景を見せられては仕方がない。
燃える都市。消えた人々。街を跋扈する化け物たち。
まるで映画のワンカットのようなその光景は、これがどうしようもないリアルなのだと実感させられた。
そして――
不意に垣間見た――見てしまった――あの子の可能性だけは見過ごせない。
だってあの子はあんなに頑張って。あんなに傷つきながら名前も知らない誰かを救ったのに……。
――その報酬があれなんてあんまりだ。
だから――
「……まったく、いつまでも世話の焼ける弟なんだから」
さて――それじゃあ、いっちょ。士郎のついでに世界でも救ってあげますか。
Sideカルデア
人理修復の旅を終えてもうすぐ■年。
一向に決まらない査問の結果を待つカルデア内は、のほほんとした空気に包まれていた。
カルデアのマスター藤丸立香もその例に漏れず、暖房のよく効いた食堂の席でレムレムと微睡みながら呟く。
「静かだねぇ」
「そうですね、先輩」
同じく、隣の席でぬくぬくと一緒に溶けていたマシュも同意する。
日課のトレーニングに励みつつ、マシュと共に過ごす幸せな日々。時々、小さな特異点が観測されて調査へ向かうこともあるが、それ以外には特に危険もない。平和――と、言い切ってしまえば「たるんでいる」と、エミヤ先輩あたりには怒られてしまいそうだが――人理焼却事件中では考えられないほど穏やかな毎日を過ごしていた。
特に、ここ数日はどこも静かで過ごしやすい。
同じことを考えていたのか、マシュもその話題を口にする。
「最近サーヴァントの皆さんも出かけているので、尚更かもしれませんね」
「なるほどねー。……そういえば、最近は朝起きても清姫たちの顔を見ないや」
マシュに言われて、始めてその変化に気付く。
少し気になって顔を上げると、確かにいつもならサーヴァントたちで賑わっている食堂内も閑散としていた。普段から大混雑している食堂がこんなに静かなのは珍しい。
首をかしげていると、マシュが補足してくれた。
「なんでも、近々またサバフェスのような大きなイベントがあるそうですよ。みなさん遠出用の支度をして出かけてしまいました」
「へー、今回は一体どんなイベントなの?」
「すいません、私も詳しくは……」
申し訳なさそうにしょんぼりするマシュ。藤丸は彼女の誠実な姿に思わず微笑み、気にしなくていいよ、と声をかける。
それにしても、
「イベントかー」
カルデアのサーヴァント管理はとても緩い。特にサバフェスの折に現界用の携帯バッテリーがサーヴァントたちへ支給されてからはそれが顕著だ。必要な時には強制帰還も可能だから、という理由である長期外出も許可されている。その外出の際に記憶を失って一騒動起こしたサーヴァントもいるが……。とにかく緩い。
時計塔の人々が聞けば頭を抱えそうな事態だが、このところのカルデアではサーヴァントが何かの用事で外出すること自体は珍しいことではなくなっていた。
なので、イベントが開催されているならサーヴァントたちがいないのも納得だ。
しかし、同時に新たな疑問も浮かぶ。
「それにしても、ほとんどみんな出かけたなんて珍しいね」
サバフェスの時でさえジャンヌオルタをはじめ、何騎かのサーヴァントはカルデアに残っていたはずだ。
けれど今は……。
「確かに、皆さんいないのは……少し、珍しいですね……」
と、藤丸の言葉にマシュもキッチン内を見渡す。
先ほど確認した通り、あたりは閑散としていた。
「…………」
少し前まで平穏を見出していた静けさも、一抹の不安がよぎれば印象はガラリと変わる。
――そう。まるで神隠しにでもあったかのような不自然な静寂。
なによりも――この異常事態に今の今まで気づいていなかったこと。そのものが――――。
と、藤丸の脳裏に浮か疑惑が形にまる前に、隣のマシュが何かを見つけて声を上げた。
「あっ、でも残っている方もいるみたいですよ」
と、キッチンの厨房の方を指で示す。
藤丸も目で追うと、確かにそこにはサーヴァントと思しき人影があった。
いつもなら赤い外套の料理上手がキャットたちと並んで包丁を振るっている場所。そこには双剣の弓兵と完全に同じ顔、同じ能力を持ちながら、まったく印象の異なる男が佇んでいた。
その頼もしくもどこか儚い姿を見つけ、普段と違うカルデアに不安を覚えていたことも相まって嬉しさから声を上げる。
「エミヤオルタだ!」
マシュもエミヤオルタとの久しぶりの再会に頬を緩ませている。
「珍しいですね。エミヤ先輩ではなくオルタさんが食堂にいるなんて」
「そうだね。いつもは霊体化して顔を見せてくれないのに」
エミヤオルタはカルデア内でも特別な存在だ。
サーヴァントの中には自らのことを『人』ではなくあくまで『兵器』だと自認するものもいる。実際、サーヴァントとはシステムだけを見ればそういった役割の使い魔だ。
エミヤオルタはこの考えが特に顕著だった。仕事の時以外は霊体化して決して姿を見せない。マスターとのコミュニケーションも必要最低限。むしろ、自ら拒絶している節さえある。いや、事実している。性格も藤丸立香とは真逆。
――いつ裏切るともわからない、信頼できないサーヴァント。
と、最初の頃は一部のサーヴァントたちの間でも煙たがられていたほどだ。
しかし、それも昔の話。むしろ今は……。
「…………ん?」
と、エミヤオルタを眺めながらそんな懐かしい思い出に浸っていると、不意にあることに気づき、藤丸は眉をひそめた。
「エミヤオルタ。あんなところで何をしてるんだろう?」
エミヤオルタは――仕事の時以外は霊体化して決して姿を見せない。
藤丸の言葉にマシュも、はっと、息をのむ。
「確かに……今エミヤオルタさんはとても出歩けるような……」
「――――っ」
ようやく事の緊急性を理解した藤丸は、緩み切った自分の頭を叱咤しつつ声を上げる。
「呼んでみよう! おーい!」
「…………」
ほぼ叫ぶような声量で呼びかけるが、エミヤオルタがこちらに気づく様子はない。
まるで遥か昔になくしてしまったものを虚空に求めるように、ただ洗面台で項垂れている。
「やっぱり様子がおかしい!」
「先輩!」
「うん! 行こう、マシュ!」
2人はお互いに頷いて、火が付いたように慌ててエミヤオルタへと駆け寄った。
近づけば彼の異常は一目瞭然だった。ただぼうっと立っているのとは訳が違う。目は虚ろで、体は固く硬直している。まるで、体から魂がそのまま抜け落ちてしまったかのようだ。
かなり慌ただしく駆け寄ったつもりだが、そんな2人の接近にすら気づく素振りを見せない。
「あの……エミヤオルタさん?」
と、マシュが恐る恐る声をかける。
すると、ようやくエミヤオルタの目に生気らしき光が淡く灯った。
「…………ん? ――何か話しかけていたか、あんた? ……ああ、それとマスターか。何の用だ?」
まるでいつものことだと言わんばかりに、覚醒したエミヤオルタは素早く状況を確認して口を開く。彼をよく知るものでなければ、あまりに自然なその動作に異常すら感じないだろう。
だが、藤丸は知っている。今、彼は何故自分がここにいるのかどころか、数分前まで自分が何をしていたのかすら分からないはずだ。
気づけばいつも知らない場所、知らない時間に、分からない作業をしている最中の自分。それを当たり前だと、エミヤオルタは受け入れている。
そして、彼をそんな体にしたのは他でもなく…………。
藤丸はエミヤオルタの痛々しい姿に息をのみつつ、こちらも平静を装う。
「……様子が気になって」
「大丈夫ですか? 何度か声をかけていたのですが……」
と、マシュも心配そうに尋ねると、エミヤオルタはいつも通り自虐的な笑みを浮かべて答えた。
「ああ、それは悪かったな。最近は眩暈が多い。つい5分前の事さえ、遠い――。いや、そんなことはどうでもいい。他に用は?」
エミヤオルタの問いに藤丸は黙って首を振る。
「なら、オレは失礼する。出番になったら呼べ」
それだけ言って、エミヤオルタは霊体化し、2人の前から姿を消した。
残された藤丸は暗い顔でうつむき、マシュもそんなマスターの憂いを察したのか悲しそうな声で言う。
「……随分、調子が悪いみたいですね」
「…………うん」
「やっぱり、まだ治療法は見つからないんですか?」
「ダ・ヴィンチちゃんが頑張ってくれてるみたいなんだけど……」
藤丸はエミヤオルタのバイタルチェックをしながらあれやこれやと苦悩するダ・ヴィンチちゃんの姿を思い出しながら答えた。
――エミヤオルタが信用できないサーヴァントである。と、煙たがれていたのは昔の話。
むしろ、応用が効く柔軟性の高い能力と優れた戦闘技術から、何度か戦場を超える頃には1級戦力として大幅な信頼を寄せられるようになっていた。実際、多くの特異点でマスターの窮地を救った。
多くの特異点でエミヤオルタはその能力を頼られた。――頼り続けてしまった。
――その結果がこれだ。
男は自らを機械と定義した。
担い手もその性能に多大な信頼を寄せ、何度もともに戦場へ赴いた。
ならば、結末は決まっている。
使い込まれた道具は消耗し、壊れるのが定めだ。
――強化すればするほど。親しくなればなるほど。中身が壊れて腐っていく。
それが、エミヤオルタの抱えている問題だった。
事態に気づいた時にはすでに遅く、第3再臨が完了した頃には致命的なまでに腐食が進行していた。
以来、エミヤオルタはカルデアで要治療のため、強制謹慎。
今日まで何度もダ・ヴィンチちゃんがメディカルチェックを行っているが、回復の目途は……。
――――パシッ!
と、藤丸は後ろ向きになっていた気持ちを断ち切るために、自分の頬を力いっぱい叩いて顔を上げる。
「やっぱり、もう1度、ちゃんとダ・ヴィンチちゃんに相談しよう」
そんな藤丸の姿にマシュも嬉しそうに微笑んだ。
「はい! ダ・ヴィンチさんならきっと工房にいらっしゃるはずです!」
「早速行こう!」
これまではどんな姿になろうとも仕事を熟すエミヤオルタに甘えていた。
きっと、彼は今の自分に満足している。
男は自らを機械と定義した。――そう務めた。
けれど――
それでも――――
今の姿を見て、最早一刻の猶予もないと気づいた藤丸はマシュとともにカルデアキッチンを後にして、急いでダ・ヴィンチちゃんのいる工房目指して廊下を歩く。
――その途中のことだ。
「――あれ?」
「どうかしましたか?」
「前の人影、エミヤオルタじゃない?」
ふと、先ほども見たその背中を前方に確認して立ち止まる。
距離にして10メートル。2人に先行する形で歩いていた。
「本当ですね。……え? でもさっきエミヤオルタさんは厨房に……」
マシュもその姿を確認して首を傾げる。
いくら霊体化とはいえ、壁抜けはできても長距離の移動は難しい――はずだ。
「エミヤ先輩の方ですかね?」
「あ、ホントだ」
マシュの指摘通り、よく見るとその背中は厨房で料理を振るう方の彼のものだった。
――姿だけなら。
「……? ……でも、エミヤ先輩にしてもどこか雰囲気が――」
――おかしい。そう、言いながら隣のマシュの方を向こうとした時だった。
――――完全に油断していた。
大きな事件が解決した後の安堵。
カルデア内だからという警戒心の欠如。
――ヒントはあった。
故にこの事態は2人の慢心に他ならない。
エミヤに酷似した敵は、その油断を本能的に捉え、視線の逸れた一瞬を逃さず距離を詰める。
「――――え?」
瞬く間に距離を詰める戦士の歩法。
対サーヴァント戦において、その間合いは必死であると知っていたはずなのに。
「――マスター!」
事態に気づいたマシュによる悲痛な叫びが耳元に響く。
同時に藤丸の瞳には、目の前で振り下ろされる見知った双剣と、そんな刃を防ごうと懸命に踏み込むマシュの姿が映る。
――回避行動をとることはできない。藤丸の能力では現状を理解するので精一杯。サーヴァントへの指示ならともかく、自らの体を動かすことは不可能だ。
――マシュの防御は間に合わない。今の彼女は武装ができない。武装できぬ彼女は、ただの優秀なオペレーターに過ぎない。
どんなに優れた戦士でも構造が人間ならば簡単に死ぬ。
一時の慢心で命を落とす。
それが何の能力も持たないただの一般人ならなおさらだ。
故に、その刃は藤丸立香へと無慈悲に振り下ろされて――――
「――――ボサッとするな! 間抜け!」
一陣の風と共に。
振り下ろされた刃は藤丸に届くことなく切り伏せられる。
絶望していた藤丸の目に映るのは、見知った不器用なその背中。
見間違うはずもない。
まるで挑むように。突如襲来した脅威の前に立ちふさがる頼もしい姿を前に、藤丸は歓喜の声を上げる。
「エミヤオルタ!」
その後の展開は一方的だった。
無心の執行者は、自らと瓜二つの未知な脅威にも動じない。
マスターへの凶刃を防ぎすぐ、瞬く間に返す刃で敵の喉元へ鉛球を叩きつけ、速やかに目の前の障害を排除した。
仕事を終え、銃を下して振り返る自らのサーヴァントに藤丸は改めて礼を言う。
「ありがとう、助かった」
実際、彼が助けてくれなければ、間違いなく藤丸は命を落としていただろう。
しかし、当の本人はどこ吹く風。いつも通り、自虐的な笑みを浮かべて鼻を鳴らす。
「礼は良い。それよりも――」
「はい。状況確認が先決です」
エミヤオルタの言葉にマシュも同意し、2人は先ほど撃ち抜かれたエミヤそっくりな敵存在へと視線を向ける。藤丸もそのあとに続いた。
エミヤオルタによって頭部を破壊されたその敵は、血を流すでも、肉片をばらまくでもなく、黒い煤のようなものを漂わせながらポロポロと体を崩していく。
サーヴァントの影のようなその姿に心当たりがあった。
「これは――シャドウサーヴァント?」
「そんな、どうしてカルデアの内部に!?」
藤丸に続き、マシュも驚きの声を上げる。
考えなければいけないことは山ほどあったが、思考を形にする前にけたたましいサイレンがカルデア中に鳴り響いた。
「緊急警報!」
間違いなく、先ほどのシャドウサーヴァントの件だろう。
マシュも険しい顔で頷き、答える。
「ええ! 管制室へ急ぎましょう先輩!」
穏やかだった数分前が嘘のように、慌ただしく3人はカルデアスもある中央管制室へと走る。
「藤丸、到着しました!」
「マシュ・キリエライト到着しました!」
「――やあ、よく来てくれた2人とも」
いつも通りそう言いながら管制室へ駆け込むと、ダ・ヴィンチちゃんも変わらぬ口調で2人を迎え入れる。しかし、緊急事態だからか、その表情はどこか固い。
そんな彼女へマシュは慌てた様子で尋ねた。
「ダ・ヴィンチさん、大変です! カルデア内にシャドウサーヴァントが!」
マシュの報告にダ・ヴィンチちゃんもゆっくりと頷く。
「こちらでも把握してるよ。今回2人に来てもらったのは勿論そのことが関係しているが――順を追って説明しよう。まずはこれを見てくれ。毎度のことながら、微小特異点の発生だ」
と、ダ・ヴィンチちゃんは2人の前にモニターを表示して現状の説明を開始する。
「何の因果か、座標はまたしても特異点Fと全く同じ2004年、日本の冬木市だ。藤丸くんには早速この特異点を調査、修復してもらいたいんだが……その準備の過程である問題が発生した」
「それが――」
「そう。君たちの出会ったシャドウサーヴァントだ」
ダ・ヴィンチちゃんは頷き、ある衝撃の事実を口にした。
「現在、カルデアにいるサーヴァントたちは皆出張らっている。――1騎残らずね」
「――なっ!」
告げられたその衝撃の内容に、藤丸とマシュは思わず言葉を失った。
ダ・ヴィンチちゃんも、やれやれ、といっそ呆れ顔で説明を続ける。
「今思えば、敵による攻撃はすでに始まっていたんだろう。この未曽有の事態を天才たる私でさえ認識できなかったことも含めて……ね。とにかく、現在カルデア内に戦力となるサーヴァントは残っていない。しかし、特異点へのレイシフトに護衛をつけないなんて自殺行為だ。当然の流れとして、私たちは出かけているサーヴァントを緊急帰還させようとした。しかし……」
「……サーヴァントたちは帰ってこなかった」
「そう。代わりに召喚されたのが君らも遭遇したシャドウサーヴァントだ」
ダ・ヴィンチちゃんの施しているサーヴァントへのマーキングは完璧のはずだ。
どこで何をしているかまでは分からなくとも、マスター藤丸との契約状況は完璧に把握されている。
その情報によれば、サーヴァントたちはいまだ健在。携帯型のバッテリーも問題なく機能している。
ただ――なぜか、強制帰還の機能だけがバグを起こしている。
サーヴァントを帰還させようとすると、そのサーヴァントによく似たシャドウサーヴァントが召喚されてしまう。
故に、
「サーヴァントの召喚は、現状こちらに逆効果」
「そう。完全に戦力の補給ラインを絶たれてしまった」
藤丸の状況判断に、ダ・ヴィンチちゃんも同意する。
「幸いにもサーヴァントたちの使用したレイシフトの履歴が残っていた。彼らは皆、揃ってこの新たに観測された特異点へと赴いている」
「ということはつまり……」
「何らかの理由でこの特異点に捕らわれている可能性が高い」
「…………」
沈黙する2人へ、それでもダ・ヴィンチちゃんが事実だけを告げる。
「状況をまとめよう。こちらのサーヴァントは皆、先刻確認された特異点へ向かった可能性が高い。しかし、そのサーヴァントをカルデアへ呼び戻すことはできず、強制的に帰還させようとするとサーヴァントの代わりに敵性エネミーが召喚されてしまう」
こちらの戦力を割き、自陣に止め、補給ラインを絶つとともにカルデアへの攻撃も仕掛ける。なるほど、この状況は間違いなく攻撃だ。
――カルデアは完全に孤立してしまった。
最早、新たな戦力の補給は望めない。
つまり、
「解決には、特異点へ直接乗り込んでサーヴァントを取り戻すか、元凶そのものを叩くしかない」
「その通りだ」
ダ・ヴィンチちゃんは頷き、藤丸も覚悟を決める。
――この状況を打破するためには、自分が特異点へ直接レイシフトするしかない。そう理解した。
しかし、そのことの示す事実にマシュが悲鳴を上げる。
「そんな……じゃあ護衛なしで特異点へ? それは危険です! せめて私が――」
「ダメだ」
間髪入れずにダ・ヴィンチちゃんがマシュを制した。藤丸も同じ気持ちだ。
今のマシュは英霊の力を失い、とても戦える状態じゃない。
念を押すようにダ・ヴィンチちゃんが続ける。
「無論、私が行くこともできない。少数とはいえ、まだカルデア内には先ほどのシャドウサーヴァントが何体か残ってるからね」
多少の防衛設備があるとはいえ、スタッフだけでエネミーの相手は荷が重いだろう。
ここはカルデアの最終防衛ライン。管制室が落ちれば、マスターの存在証明ができなくなり、1手で詰む。それだけは避けなくてはならない。
頭で分かっていて、それでもマシュは食い下がる。
「なら、せめて――」
と、マシュが言う前に、黒い影がピシャリと割って入り、
「――オレがいるじゃないかマスター」
きっぱり告げた。
皆が声のした方を振り返る。
そこには名前も失いつつある、傷だらけの英雄が立っていた。
「…………」
「…………」
「エミヤオルタさん……」
黙ってはいたが、皆分かっていた結論だった。
ダ・ヴィンチちゃんは静かにエミヤオルタを見据え、藤丸は目をそらし、マシュが悲痛な声を上げる。
そんな彼らへ、これこそが自分の役割だ、と宣言するようにエミヤオルタが続ける。
「出番だろう? 戦場は目の前にあるのに何故出向かない?」
「――――っ」
分かっていた。彼ならば、何の躊躇もなく言うだろう。――自分を使え、と。
分かっていたから、黙っていた。
悪あがきと知っていても、彼にはもう戦ってほしくなかった。
故に、藤丸は答えられない。
代わりに、ダ・ヴィンチちゃんがただ事実だけを確認する。
「いいのかい? 確かに、今の君なら戦力としては十分だろう。だけど、だからこそ問題だ」
エミヤオルタの霊基は強化されるにつれ、中身が壊れる。
最早、彼に一刻の猶予も残されていない。
「ひょっとしたら、今度こそ――」
と、ダ・ヴィンチちゃんが警鐘を鳴らすが、
「問題ない。腐ったオレにはお似合いの末路だ」
エミヤオルタは、それこそ望むところだ、とむしろ晴れやかな顔で言い切る。
「それに言ったはずだ、マスター。――俺は機械のようなものだ。遠慮なく使いつぶせ」
「――――っ」
ダ・ヴィンチちゃんの言う通り、エミヤオルタはもう限界だ。
特異点へ向かえば、間違いなく、今度こそ彼の中身はすべてなくなるだろう。
しかし、今頼れる戦力はカルデアに彼しかいないのもまた事実。
葛藤する藤丸へダ・ヴィンチちゃんは優しく、しかし厳しく、突き放す。
「……あえて、私からは何も言わない。辛い選択を迫るようだが最終判断は君に任せよう」
どれほど悩んだだろう。
藤丸には酷く長く感じられたが、実際の時間にすれば一瞬だったかもしれない。
分かり切っていたことだ。
この結末は変えられない。
けれど、
だからこそ、
藤丸は自分の意志で選択して、自らのサーヴァントへ告げる。
「……一緒に行こう」
「…………っ」
同時にマシュが顔を歪める。
彼女の旅は、エミヤオルタのような者を救い続けるものだった。
故に、この藤丸の決断はマシュにとっては耐えられないのだろう。
「…………ごめん」
マシュにか。エミヤオルタにか。藤丸の口からは無意識に謝罪の言葉が零れる。
ダ・ヴィンチちゃんはその様子を静かに見守り、頷いた。
「……結論は出た。すぐにレイシフトの準備をしよう。――なに、そんな悲観することはないさ。負担が少なければ、あと数回の戦闘くらいなら大丈夫だろうし、もしかしたらこの特異点に彼を治す手がかりだってあるかもしれない。そうだろう?」
にやり、と最後に笑って見せるダ・ヴィンチちゃん。
藤丸とマシュは、はっ、と揃って顔を上げる。
「はい。――はい! その通りです!」
ああ、本当にそうなってくれたらどんなに良いだろう。
そして、その希望を最後まで失わなかったからこそ――。
元気を取り戻した2人を見て、ダ・ヴィンチちゃんも嬉しそうに微笑みつつ、最終確認を始めた。
「改めて――カルデア司令官代理として命じる。これよりマスター・藤丸は観測された冬木の特異点へと赴き、これを調査。および解決に全力を尽くしてもらう」
「了解しました!」
「いい返事だ。いいかい? 久しぶりにかなりの緊急事態だ。安全は保障できなきけど、気を引き締めていくんだよ」
元気よく頷く藤丸。
続けて、ダ・ヴィンチちゃんは珍しくエミヤオルタの方へも向き直る。
「エミヤオルタも。体に異常を感じたら、どんな状況でもすぐにカルデアへ帰還するんだ。この判断はマスター藤丸に一任する。我々の指示に従ってほしい」
「……了解した」
ダ・ヴィンチちゃんの指示に、不器用に、それでもしっかりとエミヤオルタも頷いた。
最後の準備を進める2人。
結果がどうあれ。――中身がどうあれ。おそらく、これが『この』エミヤオルタとの最後のレイシフトになるだろう。
「先輩、どうかお気を付けて……」
「うん、行ってくる」
心配そうなマシュの見送りを受けつつ、藤丸はコフィンへと入る。
――ああ、そうだ。最後に、これだけは約束しておかないと。
別れ際、藤丸はマシュの方を振り返って言った。
できるだけ。希望溢れる、とびっきりの笑顔で。
「――エミヤオルタやみんなを連れて、必ず戻ってくるから!」
「――っ! はい! 頑張ってください! 先輩!」
同時に、アナウンスが開始される。
――アンサモンプログラム スタート
――霊子変換を開始 します
――レイシフトまであと……。
カルデアを襲った未曽有の危機。
アナウンスを聞きながら、藤丸立香は改めて気を引き締める。
人理修復の時と比べても遜色ない危険度だ。
レイシフトでは飛んだ直後こそが最も肝心。
実際に足を運んでみないと、特異点の中がどうなっているのかはわからない。
1度は慢心で命を落としかけた。
故に、もう2度と同じ過ちは繰り返さないと胸に誓い、
――全行程 完了。
向かうは敵陣ど真ん中。
必ずみんなを救うを覚悟を決めて――藤丸立香は特異点へ飛んだ。
そして――――
――――レイシフト先はあたまのわるい結界に包まれていた。
『え~、毎度おなじみ、聖杯戦争~。聖杯戦争でございます~。
ご不要になった夢希望、もう諦めた野望などがございましたら、 お気軽にコロシアムにおいでください~』
藤丸がレイシフトしてすぐ、真っ先に耳にしたのはその正気を疑うアナウンス。
響き渡る謎の声。
謎の熱気に包まれた街。
そして、何故かバカ売れするジャガーグッズ。――にも関わらず、街は虎。
最も目に付くものはすべて虎柄。
建物の壁も虎。塀も虎。虎。虎。虎。
極めつけにはそこかしこに貼られているどこか見覚えのある肉球スタンプ……。
……ここまで揃えば誰でも分かる。
気を引き締めて臨んだ藤丸はあまりにも……あまりにも、あまりな黒幕の出オチにげっそりとし、叫んだ。
「ジャガーマンの――仕業だーーーーーー!!!」
……はい! ここでOP映像!
そして、タイトルコールどーん!
――亜種特異点ジャガーころしあむ(オルタ)―― ※出演キャラ風イケボ
ここに開幕です!
おそらくはじめまして! お久しぶりの方は本当にお久しぶりです……。朽木青葉と申します。
というわけで、今回はFGOのコラボイベント風短編です。
全体の文量は大体全7話。ちょっと長いFGOのイベントくらいのボリュームで、のほほんと週1を目指して更新していく予定……予定です!
バビロニアと同時くらいに最終回を迎えられたらうれしいね!
こんな感じですが、もしよろしければお付き合いいただけると幸いです。
改めまして、どうぞよろしくお願いいたします。