Side???
男は歩く。
男は殺す。
かけがえのないモノを擦り減らしながら無関係の他人を救う。
顔も知らないその他大勢のために、親しい隣人を殺しつくす。
大切なものを失った。
大切なものをこの手で壊した。
それでも。
それ故に。
男はもう止まれない。
『無辜の民を救え』
それが唯一。
男の使命。
なのに――
歩いて歩いて歩いて歩いて。
「…………」
「やはり、屋上は景色がいいですね。あなたもそうは思いませんか?」
「――殺生院ッ」
たどり着いたのは焼け野原だった。
Sideカルデア
巨大な施設だった。
「うわあ! すごい大きいプールっ!」
入場すると同時に藤丸が声を上げる。
青い海。白い砂浜。ザザーン、と打ち寄せるさざ波の音が心地よく、照り付ける太陽――を思わせる照明が肌を焼く。その光景は真夏の高級リゾートビーチそのものであり、とても屋内だとは思えない。
『資料によれば――ヨーロッパの本格リゾートを思わせるゆったりとした空間が魅力的。水温は体温に近い30~34に保たれ、1年を通して楽しめる全天候型屋内ウォーターレジャーランド――とのことです、先輩!』
「解説ありがとう、マシュ。――ギルくんから少しだけ話は聞いていけど、こんなにすごいなんて…!」
そうここが、
「――遂に来た! わくわくざぶーん!!」
藤丸とエミヤオルタはジャガーマンの行方を追って、わくわくざぶーんへとやって来た。
夏だ! プールだ! バカンスだ!
しかも、
「――アイリさん! 早く早く~!」
「あらあら。慌てると危ないわよー」
「まったく、相変わらずおこちゃまなんだから……」
「楽しいわ楽しいわ楽しいわ!」
「わーい!」
「待ってくださいジャック、ナーサリー。ちゃんと準備運動を――」
「――みんないるね」
『はい、先輩。皆さんとても楽しそうです。――どうやら、本日は私たちの貸し切りのようですね』
「ギルくんの仕業かな?」
というわけで、わくわくざぶーん内はサーヴァントだらけだった。一般人のいないプールでカルデアのサーヴァントたちが、存分に羽目を外している。
人間離れした身体能力を思う存分発揮してスポーツに興じるものもいれば、中には施設の屋台を借りて、料理を振舞っている物好きなサーヴァントまでいる。マシュの言う通り、楽しそうで何よりだが、皆サーヴァントのスペックをフル活用して遊んでいるので、ざぶーん内は半ば異界と化していた。
今も、どこからともなく、
「あたーっく」
「にゃんと!」
と、はしゃぐサーヴァントたちの声が聞こえてくる。
楽しそうに羽を伸ばすサーヴァントたちを見て藤丸が微笑んでいると、
「コラコラ君たち、飛び込みは危ないよ。――と。おや、マスター君?」
「教授?」
聞こえてきた、年季のある落ち着いた渋い声に振り返る。
すると背後に、およそプールとは似ても似つかわしくない高級そうなスーツを纏った老紳士、新宿のアーチャーことジェイムズ・モリアーティの姿があった。
場所は屋台の並ぶフードコートエリア。木製の小上がりに並べられたパラソル付きのテーブルの上で、仲間たちと優雅にカードゲームに興じている。
モリアーティ教授と一緒に卓を囲う他の2人を眺めながら、マシュも声を上げる。
『エルキドゥさんとメフィストフェレスさんまで?』
「こんな所でなにやってるの?」
尋ねる藤丸に、教授は手元のトランプを掲げながら言う。
「何って、ポーカーだよ。あの子たちがここで遊びたいと駄々をこねてね。――うちの子も行きたいというので、代表して私が保護者役を買って出たわけさ」
「ぱぱー」
「うちの子サイコー!!!」
と、プールの中から手を振るフランに父親のように呼ばれ、本気でガッツポーズからの歓声を上げる教授。うちの子とはフランのことらしい。
ゴホン、と1度咳ばらいをして体裁を整えてから続ける。
「ただ、連れてきたはいいものの、ただ見ているだけではつまらない。ほら、公園で子どもが遊んでいる間、保護者は暇だろう? だから、こうして暇人同士で集まってカードゲームに興じているわけだ」
「いけない大人だ!」
『はい、先輩! 水場で子どもたちから注意を逸らすのは大変危険です!』
「むっ……そこを突かれると少々弱いネ……」
藤丸とマシュに注意されてたじろぐアラフィフ。水難事故、ダメ絶対。
「この際だ、固いことは気にせず――マスター君たちもどうだい?」
「残念だけど、先を急いでるんだ。早く、ジャガーマンを探さないとだから……」
折角のお誘いだが、藤丸は即座に首を振る。
そう。本来の目的はジャガーマンの探索だ。
本音を言えば、藤丸だって今すぐみんなとプールで遊びたい。とても遊びたい。
だが、これほど大きな施設だ。探すだけでかなりの時間を要するだろう。ただでさえ、セイバーオルタとの料理対決に時間を使いすぎている。
そもそも、ジャガーマンがまだここにいるかどうかも現状定かではない。むしろ、もうすでに別の場所に移動していると考えるほうが自然だろう。
なので、一刻も早くジャガーマンの手掛かりを見つけて、後を追わなければいけない。
……彼女の計画に乗って後を追うことが、きっとジャガーマンの望みでもあるはずだから。
「まあまあ、そう言わず」
しかし、教授は引き下がることなく、焦る藤丸を軽いノリで茶化しながら、
「確かに、急ぎのようだが休憩も大事だよ。――特にそこのヒットマン」
「――っ!」
そんなことを指摘した。
藤丸は慌てて振り返る。すると、そこには顔面蒼白のエミヤオルタの姿があった。
「――エミヤオルタ! 顔色が!」
「……気にするな、マスター。本来の
「っ! そういう問題じゃ――」
いつもの自虐的な笑みを浮かべるエミヤオルタに、藤丸は慌てて駆け寄った。
この特異点では記憶障害が解決するとはいえ――いや、解決するからこそ――無理をさせてしまっていたのだろう。
事前に気付かなかったのは、マスターとして明らかなミスだ。藤丸は苦虫を噛んだ。
「……確かに、ちょっと休憩しよう。――ごめん、教授。やっぱりお邪魔しても?」
「もちろん構わないとも。さあ、こっちこっち」
教授もエミヤオルタを気遣うようにパラソルの下へ手招きする。
そして――悪とは、往々にしてこちらが弱っている時にこそ牙をむく。
「ふふふ、座ったね? マスター君」
「――――え?」
その時。藤丸の視界が突如、反転。
足が地面から離れ、浮遊感と共に世界がぐるりと縦に回る。
同時に、抵抗する間もなく手首を背中へ回され、藤丸は瞬く間に拘束されてしまった。
咄嗟にエミヤオルタとアイコンタクトを取るがもう遅い。
お見通しとばかりに、その視線を遮りながらその人物は告げる。
「おっと、動くな」
「――っ」
完全な奇襲。
戦慄する藤丸を見て教授は胸を張る。
「ま、まさか!?」
「そのまさか、さ。よく来てくれた、我がマスター。――私だ」
「お前もかーー!!」
セイバーオルタと同じ。教授もジャガーマンの刺客だったのだ。
藤丸は叫ぶが、後の祭り。まんまと教授に捕まってしまった。椅子に縛られ、ここから逃げられそうにはない。
非常に悔しいが、完全敗北だ。本調子ではないとはいえ、あのエミヤオルタの目さえも搔い潜っての犯行。これには我がサーヴァントとして敵ながら見事だと頷かざるを得ない。
しかし、これにアラフィフは首を振る。
「お褒めに預かり光栄だが、彼の名誉のために言っておこう。私の目から見ても、今の彼はらしくない。私相手とは言え、こうも容易く背後を盗られるなんてネ――というより。分かってて見逃しただろう、君?」
「――え?」
エミヤオルタが奇襲を察知していたにも関わらず、黙認した? どうして?
疑問と共に視線を投げると、エミヤオルタは特に隠すでもなくあっさりと答えた。
「……どう動こうが茶番に巻き込まれるのは目に見えていたからな。手間を省いただけだ」
これに驚いた様子で目を丸くしたのはモリアーティ教授だ。
「おや、ついに観念したのかい?」
「ああ、善意なんてものは所詮はヤスリだ。せいぜいこの身を削ってやるさ」
「なんと、それは重畳。君がそんなに素直だったとは――。なら、人質は必要なかったカナー?」
しかし、答えの出る前に、空気を読んだのかオジサンの茶化した声が響き、当然のごとくエミヤオルタは無視をする。
そんなエミヤオルタに藤丸は問う。
「じゃあ、調子が悪そうだったのは――」
「…………演技だ。失望したか、マスター?」
自らを傷つけるような投げやりな笑み。
しかし、藤丸は、
「――なんだ……よかった…………」
「…………」
と、心の底から安堵し、胸をなでおろす。
そんなマスターの反応に何を思ったか、エミヤオルタは答えない。代わりに、これこそが自分の仕事だと主張するように、教授へ尋ねた。
「……要件はなんだ?」
「君も察している通りだ、ヒットマン――ゲームをしよう。君が勝てばマスターを開放すると約束しよう。ジャガーマンの居場所も教える。『ジャガーマンと戦いたくば、この私を倒してからにしろ!』というやつダ」
「あんたが勝ったら」
「……そうだね。この特異点のことは諦めてもらおうかな。丁度ここはプールだ。マスターと戯れながら事の成り行きを見守っているといい。君みたいなワーカーホリックには1番の薬だ」
「ハッ、ぬかせ」
つまり、教授もジャガーマンの思惑をすべて見抜いての行動ということだ。
――そして、エミヤオルタもそのことに気付いている。
気付いて、付き合ってくれている。
「…………」
どのような心境の変化か、藤丸にもエミヤオルタの真意を推し量るのは難しい。
それでも、賽は投げらた。引き返すことはできない。
――なら、マスターとして、自分も勝負するならここだろう。
「では、お楽しみの競技発表だよ!」
「誰の楽しみだ」
冷静なエミヤオルタのツッコミが飛びつつも、モリアーティ教授が元気よく宣言する。
そして、
「今度の競技は――ドキッ! 水着っぽいサーヴァントだらけのプールサイド7番勝負ぅぅぅ!」
「7番勝負?」
「「「「「いえーい!!!」」」
「――って! ここにいるみんなもグルか!?」
同時、いつの間にか集まってきていたプール中のサーヴァントたちが一斉に名乗りを上げる。
こうして火ぶたが切って落とされた。
三者三様の思惑が交差する、ジャガーの夏(延長戦)が始まる。
お久しぶりです! 大変……大変お待たせいたしました!
予告通り、ここからはラストまで毎日投稿していこうと思います。
今回含めて本編はあと5話。よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。
どうぞよろしくお願いします!