Sideカルデア
間桐桜の言う通り、大空洞は異界と化していた。
大空洞というくらいなのだから、本来は洞窟の様な空間のはずだが――。
「――――」
歩く2人の周りには、何もない。
ただ、下っているという感覚だけを頼りに歩みを進める。
歩く。
落ちる。
そして、
コロシアム――と呼ぶにはあまりにも寂しい空間へ出た。
「…………」
「…………」
何もなく、あるのはただ遥かに伸びる無の地平線と――頭上からパラパラと堕ちる、壊れたステンドクラスのような、ボロボロの天幕ただ1つ。
その逆月の中央。聖杯の座する場所の目の前に――
「……やはり、来たかカルデア」
「…………え?」
――聖杯のある主たる、この事件の元凶が佇んでいた。
その姿に藤丸は言葉を失くす。
彼は――エミヤオルタにそっくりだった。
……いや、顔は同じでも、彼の状況はより悲惨だ。体のそこかしこに亀裂が走り、最早崩壊寸前。
しかし、だからこそわかる。あれはカルデアのエミヤオルタもいずれ辿る末路。両者は等しく同じ者。
だからだろう。多分、エミヤオルタは元凶が誰かに気付いていたのだ。
「――意外だな」
極めて冷静に、それでいて嫌悪感を隠すこともなく、エミヤオルタは男を睨む。
「まだ、減らず口を叩けるか。亡霊のくせに、随分と未練がましいじゃないか」
「はっ――」
自らと同じ男からの罵声に、聖杯の主は思わずといった様子で失笑する。
――が、それは蔑みではなかった。
「オレだって本意ではない。何より、オレの邪魔をしてるのは他でもない、アンタたちだろう」
「…………?」
カルデアが、虎聖杯の邪魔をしている? まったく心当たりがない藤丸とエミヤオルタが揃って首を傾げる。
そんな彼らへ、男は心底疲れた様子で天を仰いだ。
「願いは成就された。なのに、いつまで経っても終わりが来ない」
まるで祈るように。
ただひたすら、その時を待つ。
「……ああ、なるほど」
その姿で、気づいてしまった。
「お前が聖杯に託した願いは――」
「――オレ自身の消滅だ」
呟くエミヤオルタの言葉に重ねるように、男は答える。
「オレだけじゃない。オレが『オレ』となる可能性の根絶。――この聖杯ならば可能だと、どこぞのステッキに唆されてな」
堰き止められた長年の鬱憤を吐き出すように。
ロストマンは訴える。
そう。彼が願ったのは――八つ当たり。
すべてを失い、すべてを失くし。
世界を変えるでもなく。
過去を変えるでもなく。
それでも自らを責めることしかできなかった不器用な男の成れの果て。
男は、それですべてを吐き出し切ったのか。
最後に一言、疲れたように声を漏らす。
「……もうたくさんだ」
「…………」
その願いをエミヤオルタが否定できるはずもない。
「だろうな。同じような悪夢なら、オレも見飽きた」
「なら――」
「ああ。正直、オレとしては虎聖杯なんぞどうでもいい」
両者は等しく同じ者。
しかし、
「――が、今のオレは曲がりなりにもこいつのサーヴァントでな」
「なに?」
男は、そこで初めて、藤丸に気づいた様子で目を丸くした。
今まで、脅威となりうるかつての自分しか眼中になかったのだろう。
ただ無辜の民を救う機能に特化した兵器。そんな自分が連れてくるはずのないお荷物。本来居るはずのない異物を目の当たりにして――気づいた。
「そうか……お前は――――」
「…………ああ」
「…………」
頷くエミヤオルタを見て、彼は俯く。
それで、交わすべき言葉もなくなった。
男たちは口を噤み、代わりに剣を携える。
そして……。
「マスター、指示を」
「…………彼を止めて」
「了解した」
最後の戦闘が始まった。
「――――ふっ」
「――――はっ!」
男が双銃を振るい、男が同じ武器で受ける。
男は弾丸を放ち、男が交わす。
鏡合わせの攻防。
両者は等しく同じもの。
壊れかけのガラクタか、すでに果てた残骸か。
どちらも、無為なことに違いはない。
「――――っ」
「――――!」
故に勝負はつかない。
同じ武器。同じスタイル。同じ信念。
2人を分ける決定的などこにもない。
――違いがあるとすればそれは…………。
「――――マスター!」
「――――っ!」
サーヴァントの呼び声に答え、藤丸の最後の令呪が光る。
「エミヤオルタ――――!」
本来、居ないはずの異物。
マスターの叫びは今、エミヤオルタを救い――
「…………」
「…………ハハ」
もう1人のロストマンをその刃で貫いた。
――同時。思い出すのは原初の記憶。
やはり、そこも地獄だった。
その地獄を1人の男が彷徨っている。
その瞳に正気はなく、きっとその手で掬えたものも何もない。
だから、
『よかった! 生きてる、生きてる……!』
いないはずの生存者を見つけ、目に涙をためて喜ぶ男。
それがあまりにも嬉しそうだったから。
いつか、そうなりたいと。
少年は男に憧れ、そして――――。
「…………そんな未来もあったんだな」
「らしいな。あいにくと、記憶にはないが、記録によるとそうらしい」
男の呟きに、男も頷く。
両者は等しく同じ者。
荒野を彷徨い、何もつかみ取れなかった名無しの残骸。
ただ、片方はその果てで――――虚数の海に溺れる、小さなマスターと羽の折れた白鳥を見つけた。
生存者なんぞ、居ないはずの虚数の海。
いつもと変わらぬ汚れ仕事。
それでも――
『とまぁ。白鳥はこうして飛び去って行ったワケだ』
ロストマンは彼らの手を取り、亡霊と共に海の底へ沈み。
マスターは羽の折れた白鳥と空へと羽ばたいた。
救った男と救われた少年。
堕ちたロストマンと羽ばたいた白鳥。
どちらが奇跡だったかといえば、それは――。
「なら、お前は最後まで――」
「無論、そのつもりだ」
失くした男に、見つけた男は笑う。
なら、やるべきことはただ1つ。
「そのために」
「ああ、障害は排除しないとな。――それが、正義の味方の仕事だ。マスター、あまり――」
汚れ仕事の前に、エミヤオルタはマスターの方を振り返る。
しかし、
「――大丈夫。見届けるよ、今回も」
「…………そうか」
まっすぐと。
泣きそうな顔で。
その最期を見届けようとする藤丸。
その姿に目を細め……。
「――――」
――エミヤオルタは、自らの末路へとどめを指した。
刃は抵抗もなく男に刺さり、そのまま力なく地に伏せる。
同時、返す刃で聖杯も壊す。
パリン。という、乾いた音と共に、水筒型の聖杯が砕けてガラクタとなった。
「…………」
――これで、すべてがお終い。
任務は完了。
歴史は修復され、冬木にはまた元の日常に戻るだろう。
だから、異物である自分たちも元居た場所へ。
特異点の崩壊と共に、藤丸たちの帰還も始まる。
聖杯からのリソースの回収は……。
「……ダメか」
難しそうだ。壊れた虎聖杯には何の残滓も残っていない。
つまり、カルデア側も成果なし。
マイナスがない代わりに、プラスもなし。
帰ればまた、あの騒がしい日常が待っている。
現状維持――それは、つまり…………。
「……エミヤオルタ」
特異点からの退去が始まる。
藤丸はボロボロで傷だらけな自らのサーヴァントの名前を呼んで。
「――帰ろう、カルデアに」
せめて微笑みながら、手を差し出す。
――それがいつ消えるとも知れぬ幻だとしても。
エミヤオルタもそんなマスターの姿に目を細めつつ、
「…………ああ」
しっかりとその手を掴んだ。
彼らの旅はまだまだ続く。
だから、今は帰ろう。
自分たちのホーム。
みんなの待つ、カルデアへ。
――
――――
―――――――
Sideエミヤオルタ(特異点)
彼らがカルデアへ退去して間もなく。
「…………」
如何な奇跡か、貫かれたはずの男には、まだ意識があった。
しかし、それもつかの間の神の悪戯。
崩壊は免れず。
帰る場所を忘れた亡霊は、ただ1人。
崩れ落ちるコロシアムで、これまで通り寄る辺もなく彷徨う。
――はずだった。
「……不思議ではあったんだ」
聖杯のなくなったコロシアム。
ただ閉じるだけの空間。
そんな、本来誰も入れぬはずの空間に、落ちる影があった。
――まるで、初めからそこにいたかのように。
「……不自然なルールが追加されていた」
死なない生贄。無限に湧く影。
――どれも、男には心当たりがなかった。
聖杯の鎮座していた場所に佇んで微笑む影へ、崩れかけの男は呟く。
「あなたが――抑えていたのか」
その人物は男の問いに答えない。
そんなことはどうでもいい、と言わんばかりに。
ただ、いつもの陽だまりのように、全ての事情を呑み込んで。
それでいて、あの頃のままに。
彼女は男に微笑んで――。
「――――おかえり、士郎」
「ああ………………」
それは在りし日。
いつか、交わした破れない約束。
だから、その男もまたあの日のように……。
「―――ただいま、藤ねえ」
そうして、まるでつきものが落ちたかの様な、柔らかな笑みを浮かべ――かつての残滓は、日の出と共に朝の空気に溶けていった。