亜種特異点ジャガーころしあむ(オルタ)   作:朽木青葉

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第2話 虎の魂百まで

Sideカルデア

 

特異点へレイシフトした直後、偶然遭遇したクー・フーリンとなんやかんや戦闘になり、なんやかんやで勝利を収めたカルデアの一行。

彼らは今、クー・フーリンの助言に基づき、この特異点で繰り広げられる謎の聖杯戦争について知っている人物のいるという教会へと向かっていた。

 

「とりあえず、状況を整理しよう」

 

その道中、エミヤオルタが藤丸たちにこう切り出した。オルタ化しても説明好きなのは変わらないらしい。

藤丸は歩きながら、教会への道を先行するエミヤオルタへ耳を傾ける。

 

「今、重要な疑問は大きく分けて3つ。カルデアを襲った犯人は誰か? カルデアのサーヴァントたちはどこへ消えたのか? この特異点で起きているらしい聖杯戦争とはなにか? だ」

 

『わからないことだらけですね……』

 

と、カルデアでオペレーターを務めているマシュが通信機越しに合いの手を入れ、それにエミヤオルタも頷いた。

 

「ああ。だが、この特異点を修復するためには最低限この3つの解明は必須だろう。まず急務なのが消えたサーヴァントたちの行方についてだ。先ほど遭遇したクー・フーリンはカルデアのサーヴァントということで間違いないのか?」

 

『間違いないよ。霊基パターンも完全に一致している』

 

エミヤオルタのこの問いには、マシュと同じくカルデアに待機しているダ・ヴィンチちゃんが即答する。

続けて、エミヤオルタが尋ねた。

 

「奴が第3者に操られていた可能性は?」

 

『こちらで観測した限り、バイタルに異常は見られなかった。精神汚染スキルや宝具を使用されていた可能性は流石に否定できないが……。状況やクー・フーリンの言動を見るに、その可能性も低いだろう』

 

『はい。私の記憶とも一致します。彼は正真正銘、カルデアのクー・フーリンさんでした』

 

ダ・ヴィンチちゃんの解析にマシュも太鼓判を押す。

それを聞いたエミヤオルタは悩まし気に眉をひそめた。

 

「しかし、なら奴は……」

 

『ああ、自らの意志でこの特異点へレイシフトし、自主的に聖杯戦争とやらへ参加していることになる』

 

エミヤオルタの疑問にダ・ヴィンチちゃんも同意する。

カルデアのサーヴァントも一枚岩ではない。ある程度の自由行動が許されている以上、そういった動きを見せるサーヴァントも中にはいるかもしれない。問題児の多いカルデアだ。何騎かが、自らの意志でトラブルを起こしている可能性は大いに考えられる。しかし……。

今回は――カルデアのサーヴァントがエミヤオルタを除き、残らずこの特異点にやってきている。

この異常行動に他者の干渉がないのだとすれば、100以上いるカルデアのサーヴァントたちが自分の意志で、まったく同じ行動を取っていることになってしまう。

 

「……そんなことがあり得るのか?」

 

顎に手を当てて考え込むエミヤオルタに、ダ・ヴィンチちゃんも、やれやれ、と答える。

 

『可能性はゼロではない。あくまで可能性は、ね。ただ、とても現実的な仮説とは思えないね』

 

「同感だ。間違いなく、今回の一連の珍事には一貫した第3者の思惑がある。そいつがこちらの思いもよらぬ方法でこの特異点へサーヴァントを招いたか。あるいは――」

 

『この特異点で行われている聖杯戦争がよほど魅力的か。それこそ――こちらのサーヴァントすべてが自らの意志で押し寄せるほどに』

 

「つまり――どういうことかわかるか、マスター?」

 

「えっ!? ――え、えっと……と、とりあえずこの謎の聖杯戦争について調べるのが先決……ってこと?」

 

ここまで黙って2人の話を聞いていた藤丸だったが、突然話を振られ、ビクッと体を震わせる。さながら、授業中にぼうっと外を眺めていたら突然問題を当てられた生徒の気分だ。

慌てふためきながらも、何とかそう要約した。

 

「その通りだ。故に、オレたちは今、その謎を知っているらしい人物のいる教会へ向かっている」

 

この答えは正解だったらしく、藤丸の言葉を聞き、エミヤオルタは満足げに頷き、次の話題に移る。

 

「では、これら2つの疑問は一旦保留するとして、最後に1つの疑問。誰がこの事件を起こしたか? だ」

 

しかし、このエミヤオルタの疑問には藤丸が首を傾げながら言った。

 

「誰って? ジャガーマンでしょ?」

 

今だって、少し脇目を振れば奇抜な虎柄が目に入る。そして、極めつけは定期的に街へ流れる謎のアナウンス。あの声は間違いなくジャガーマンだ。これで彼女が犯人でないのなら逆に何なのだ、と藤丸は思う。

そんなマスターの言葉に苦笑しつつも、エミヤオルタは忠告を口にした。

 

「まあ、十中八九その通りだろう。――だが、頭からそう決めつけていると足元をすくわれるぞ。容疑が確定するまでは第1候補に止めるべきだ。特に聖杯絡みの事件だとな。聖杯を求める奴なんて、それこそ腐るほどいる」

 

「なるほど」

 

任務遂行のためなら手段を択ばず手を抜かいない、仕事人気質のエミヤオルタらしい進言だった。僅かな可能性も取りこぼすな、ということだろう。

……しかし、ジャガーマン以外の可能性なんて考えもしていなかった。

 

「聖杯を求めているサーヴァントか……」

 

藤丸のこの呟きに、エミヤオルタは攻撃的な、それでいてどこか自虐的な暗い笑みを浮かべる。

 

「そうだな。特に確固たる野望をもって聖杯を欲する輩には注意が必要だ」

 

「確固たる……野望……」

 

「もし、心当たりがあるなら手伝ってやるよ。荷物は少ないほうがいいだろう?」

 

「…………」

 

そのエミヤオルタの言葉に、藤丸は答えない。エミヤオルタも返答がないのは想定内だったのだろう、そのまま気にせず足を進める。未だ、両者には決して譲れる境界線が確かにあった。

話もここで終わりだったのだろう。その後、2人は黙って教会までの道を進んだ。

ビル街を通り過ぎ、少し坂を登って、ようやく一行は目的の教会の前までたどり着く。

 

「ここが……冬木教会……」

 

教会の姿を目の当たりにし、藤丸は思わず息を呑んだ。

丘の上に建つ教会は地方都市のものとは思えないほど豪勢だった。建物自体はそう大きくないはずなのに、広大な敷地の奥に佇む教会は聳え立つような威圧感を覚える。

空に近いという立地もあるのだろう、そこはまるで天使たちの住む楽園のように美しく――それ以上に、どこまでも静かで空恐ろしかった。まるですべてを見透かされているような……。

藤丸はチラリと隣を盗み見ると、心なしかエミヤオルタの表情も固い。

 

「いいか、マスター。クー・フーリンの時のようなこともある。この特異点では何が起こるかわからない。特に――ここはマズい。万全の警戒を」

 

エミヤオルタにはここで待ち受ける人物に心当たりがあるのか、藤丸へ険しい顔で警告する。

あのエミヤオルタが忠告する相手。それだけで最大限の警戒をする理由としては十分だった。

 

「……うん。行こう」

 

何が起きてもいいように、覚悟だけはしっかりと決め、藤丸は一歩前へ踏み出す。

そして、ゆっくりと教会の扉を開いた。

僅かに開いた扉から、教会内の張りつめた空気が外部に漏れる。目に入った礼拝堂は驚くほど広かった。まるで、映画のセットのようだ。7つの特異点へレイシフトし、様々な時代を目の当たりにした藤丸だが、ここは現地の教会に勝らずとも劣らない。

厳かな空気を割り、藤丸たちが礼拝堂の奥へと進む。

そして、

 

「――ようこそ」

 

来客に気づいたのか教会の主が、かつん、と足音を立てて祭壇の奥から姿を現した。

凛としてよく通る、親しみを感じるもののそれでいてどこか胡散臭い声。

彼らが来るのを予期していたのだろう。突然の訪問に驚く様子も見せず、黒い神父服を纏ったその男は微笑む。

藤丸は顔を上げ、声の主を表情を伺うとそこには意味深な笑みを浮かべる黒い聖者――

 

「お待ちしていました、マスター。サーヴァント天草――ではなく、臨時でこの教会を任されているシロウ・コトミネです。本日は教会にいかがいたしましたか?」

 

――天草四郎時貞がいた。

 

「………………」

 

思わぬ顔の登場に、普段冷静なエミヤオルタが拍子抜けしたような、なんともいえぬ曖昧な表情で沈黙する。

そんな彼を見て、シロウが意外そうな顔で呟いた。

 

「おや? エミヤオルタさんも一緒でしたか。……なるほど。それはまた面白い状況ですね、マスター。……マスター?」

 

こちらへの信頼を感じられる穏やかな笑みを浮かべるシロウ・コトミネ。

しかし、この時藤丸立香が脳裏に浮かべたのは安堵でも疑問でもなく、これまでの道中の会話劇だった。

謎の聖杯戦争。消えたサーヴァント。

そして――聖杯を欲する確固たる意志を持ったサーヴァント!

パニックを起こしそうになる頭を必死に抑え、ただ使命感と『今、ヤラなければヤラれる』という危機感のみで口を開く。

 

「か――」

 

「か?」

 

「――確保ーーー!」

 

「――!」

 

「っ――――」

 

藤丸決死の叫びは功を奏し、瞬間エミヤオルタは正気に戻ってすぐさま武装。

まさかここまで迅速に動かれるとは思っていなかったのだろう、シロウはマスターたちを迎えた穏やかな仮面をわずかに崩して狼狽える。

――が、流石は鉄の意志を持つ稀代の聖人。自らのプランが崩れたことを察するやいなや、迫りくる脅威に対し、黒鍵を懐から取り出しすぐさま対抗する構えを見せた。

天草四郎はあまり戦闘力のあるサーヴァントではない。まともにぶつかれば、まずエミヤオルタの勝利は揺るぎないだろう。

だが、相手が“その”天草四郎だからこそ藤丸立香は油断しない。

2人が戦闘態勢に入るのとほぼ同時。

まだ、両者の距離が大きく開けているそのわずかな隙に、藤丸は叫ぶ。

 

「エミヤオルタ! ――――飛べ!」

 

「――――!」

 

「―――――――――っっっ?!!?!」

 

瞬間、躊躇なく令呪を使用。

この特異点に来て早々すでに2画目だが、まったく惜しくない。

天草四郎に反撃の隙を与えてはダメだ。

藤丸は令呪の効果でエミヤオルタをシロウの真後ろへ空間転移。瞬時にマスターの方針を理解したエミヤオルタは、転移と同時にワイヤーを投影し、反撃の隙も与えずシロウを拘束。

何もできず、ワイヤーでぐるぐる巻きにされたシロウはいっそ清々しい顔で教会の床に倒れた。

 

「くっ、流石マスター……。私の性格を考慮した素晴らしい先制攻撃です……やはり、今回の聖杯も私とは縁なきものでしたか……」

 

「ああ。見事だ、マスター」

 

天草四郎を拘束しつつ、エミヤオルタが珍しく本気で感心した様子でそう呟く。

同時に、自らのパートナーが敗北したことを察し、近くの物陰から1人のサーヴァントがため息を吐きながら姿を現した。

 

「まったく、だから我はやめとけと言ったのだ」

 

『セミラミスさん!』

 

その姿を見て、通信機越しにマシュが声を上げる。

セミラミスはこちらへ歩み寄りながら、同時に何やら魔力を込めていたらしい術式をさっと片手で解除するような仕草を見せた。やはりこのコンビ、初手からマスターを嵌める気満々だったようだ。まったく油断も隙も無い……。

天草四郎の魂胆を再確認し、藤丸は拘束した自らのサーヴァントへ詰め寄る。

 

「……詳しく。説明してください。今、冷静さを欠こうとしてます」

 

「ハハハ、マスターは冗談がお上手ですね。紅茶でも如何ですか?」

 

真顔で詰め寄るマスターに、シロウは笑いながらしれっとそんな提案をした。隣に毒のプロフェッショナルがいるのに誰がお茶などするのだろう?

藤丸はもはや表情筋1つ動かさず、右手を掲げながら更に詰め寄る。

 

「――説明を。説明を求めます」

 

「わ、わかりました。わかりましたから、その令呪は仕舞ってください。もう1画しかないじゃないですか」

 

マスターの態度に、ここからの懐柔は不可能と判断したか、シロウはようやく手を上げ降参した。

警戒しつつ、このままでは話し辛いという理由で、とりあえずはシロウの拘束を解除する。落ち着いたところで、マシュが尋ねた。

 

『どうして天草さんがこの教会に?』

 

「私はこの教会の管理人とは少しばかり縁がありまして。マスターの障害になることが懸念される人物だったので穏便な話し合いの元、役職を変わっていただいたんです。ちょうど、聖杯戦争のための拠点も欲しかったですし」

 

と、シロウは素直に答える。この物言いに引っ掛かりを覚えた藤丸が呟いた。

 

「穏便な……」

 

「はい、穏便な」

 

ニコニコと答える天草四郎。

何があったかはあえて問うまい。きっと、表面上は穏便な話し合いであったことは確かだろうから。……表面上は。あえて詮索はしまい。

それよりも。と、ダ・ヴィンチちゃんが話題を元に戻す。

 

『教会にいる理由は分かった。じゃあ、君たちはそもそもどうしてこの特異点へ?』

 

「勿論、虎聖杯に興味があったので」

 

「我はその付き添――こいつの監視をな」

 

「…………」

 

藤丸はこれも黙ってやり過ごす。目に見える地雷を踏むのはやめておこう。

どこまで気付いているのか、そんなマスターを見て楽しそうに微笑みながらシロウは補足する。

 

「虎聖杯のことは随分前からサーヴァントたちの間で話題になっていました。我々もその噂を聞いて、この特異点へやってきた口です」

 

『前々から』

 

「噂に……」

 

揃って首を傾げるマシュと藤丸。そんな話は聞いたこともなかった。

とりあえず、その疑問は保留にして質問を続ける。

 

『虎聖杯については何か知っているかい?』

 

「勿論です。――というより、マスターたちはご存じないんですか?」

 

「うん」

 

『知っているのならぜひ教えてください』

 

即答する2人を見て、この事態にシロウも違和感を覚えたのか顎に手を当て、

 

「……ふむ。情報の偏り方に誰かしらの意図を感じますが……。とりあえず、一旦保留でいいでしょう。では、僭越ながら」

 

と、虎聖杯について説明を始めた。

 

「コホン……虎聖杯戦争とは、毎度おなじみ聖杯を巡る聖杯戦争です。今回の景品は虎聖杯と呼ばれるものらしく“コロシアム”に鎮座しています。どなたでも参加は自由。ご不要になった夢希望、もう諦めた野望などがございましくらいたら、 お気軽にコロシアムにおいでください――と、教会のポストに入っていたパンフレットに書いてありました」

 

「パンフレット」

 

「はい、虎パンフ」

 

真顔で尋ねる藤丸に、シロウが真顔で答える。きっと虎柄のパンフレットに違いない。……自分の手で街中に配ったのだろうか? 新聞の号外のようにパンフレットをバラまきながら街中を大声で練り歩くジャガーの姿を幻視した。

 

『そういえば、街に流れてたアナウンスでもそんなことを言っていたような……』

 

と、マシュも唖然としながら呟く。

まさか、秘匿が絶対順守の聖杯戦争のルールが、パンフレットになって街にバラまかれてるなんて誰が予想しよう。そりゃ、誰も彼もが知らないことを驚くはずだ……。

呆気にとられる2人へシロウが続ける。

 

「まあ、要は虎聖杯を参加者で争う聖杯戦争です。これだけ聞けば普通の聖杯戦争ですが、この虎聖杯戦争の特異なのはマスターがいない点ですね」

 

「マスターがいない?」

 

「はい。サーヴァントが単身で参加することが可能なんです。この虎聖杯戦争では令呪が撤廃されています。更に、参加期間中は魔力も聖杯からある程度融通されるようで、サーヴァントも独立した一参加者として活動できます。あっ、勿論マスターも参加できますよ。この様子だと魔力の低いもの、ないし魔力のない者にも参加権が与えられているはずです」 

 

『なるほど、文字通り参加自由というわけですね……』

 

この説明でようやく、クー・フーリンの行動に合点がいった。

彼はマスター藤丸のことも1人の参加者と認識して勝負を挑んできていたのだ。

 

「それにしても、誰でも参加できるなんてずいぶん親切だね」

 

と、素直な感想を述べたのは藤丸だ。これにシロウも同意する。

 

「まったくです。聖杯があるとはいえ、これだけの数のサーヴァントに等しく魔力を配るなんて正気ではありません。これだけでなく、バーサーカークラスなど単身での参加の難しい者には知性を与えるなど、特別なアシストが付与されているほどの徹底っぷりです」

 

「喋るバーサーカー……」

 

『それは……徹底していますね』

 

藤丸とマシュはそれぞれ驚嘆し、シロウも頷いた。

 

「ある種の信念さえ感じます。恐らく、この虎聖杯と呼ばれるものの持ち主は……」

 

「持ち主は?」

 

「いえ、今のは忘れてください」

 

「おい」

 

いつもの胡散臭い笑みを浮かべるシロウへ藤丸が凄む。しかし、当の本人はどこ吹く風、そのまま笑って誤魔化した。

 

「ハハハ、すいません。では、1つだけヒントを」

 

そして、お詫びの代わりにシロウはこんな情報を口にする。

 

「おそらくあなた方が思っている以上に虎聖杯の影響は甚大です。例えば……そうですね。エミヤオルタさん。この特異点へ来てから――体調に変化はありませんか?」

 

「――っ」

 

図星だったのか、指摘されたエミヤオルタがあからさまに息を呑んだ。

同じく、それを聞いた藤丸も眉を顰める。

 

「エミヤオルタ……。やっぱり、体が……」

 

予想はしていた。

エミヤオルタの霊基はここへ来る前から限界だった。しかも、レイシフトしてすぐにクー・フーリン。そして、今は僅かだが天草四郎と戦闘。無事で済むはずがない。

やはり、この道中でも無理をしていたのだろう。自らの至らなさのせいで傷つくサーヴァントを思い、藤丸は内心で自分を責めた。

――が、覚悟して身構えていた藤丸は思いもよらぬ答えを耳にする。

 

「違う、マスター。――逆だ」

 

「逆?」

 

「……言われてみればおかしい。この特異点へ来てから――調子が良すぎる」

 

「――っ!?」

 

エミヤオルタに言われ、藤丸もようやくその言葉の意味に思い至った。

例えば、クー・フーリンとの戦闘。

例えば、ここまでの道中。

エミヤオルタはマスターと様々な議論をし、未知の特異点についての対策を考えた。

しかし、これは本来おかしな話だ。

――数分前の記憶さえ朧気なエミヤオルタが、どうしてクー・フーリンと過去の因縁を含めていがみ合い、教会にいる人物とやらに心当たりを見出せたのだろう?

ここまでのエミヤオルタは――あまりにも正常で。あまりにも鮮明だった。

シロウも続けて告げる。

 

「ええ。そして、私に指摘されるまでそのことにご自身でも気づかなかったでしょう? 世界の異物には特別敏感なあなたでさえ」

 

「……悔しいが、その通りだ」

 

「このように、この“頭の悪い結界”内では認識阻害も働くようです」

 

“頭の悪い結界”この特異点に施された謎の結界。

どうせジャガーマンのやることとこれまで軽視してきたが……まさか、その軽視そのものがこの結界の作用だとはカルデア側も流石に予想外だったようだ。皆一様に改めてこの特異点の異常性を思い息を呑む。

もしかしたら、本当に恐ろしい場所なのかもしれない。藤丸は再度この特異点の早期解決を決意した。

シロウの話を聞き、マシュが今後の方針を総括する。

 

『とりあえず、我々は虎聖杯の回収のためにその“コロシアム”を目指せばいいわけですね』

 

「はい、それで間違いないはずです」

 

「ふん……。これで情報はすべてだろう。では、もうここには用はないな。戻るぞ、マスター」

 

と、エミヤオルタは1人足早に出口を目指して身を翻す。一刻も早くこの教会の外に出たい、といった様子だ。

しかし、その背中をダ・ヴィンチちゃんが呼び止める。

 

『ああ、帰るのはちょっと待って。天草四郎、まだ君に聞きたいことが』

 

「なんですか?」

 

『君たちはもう、この聖杯戦争に参加する気はないんだよね』

 

「……そうですね。非常に惜しいですが、こうしてマスターたちに見つかってしまった以上、私が目的を果たすのは難しいでしょう。そういう意味では、確かに我々にはもうこの特異点に未練はありません」

 

『なら、1度君たちだけでもカルデアに戻ってきてくれないかい? ていうか、切羽詰まった事情がないなら、どうしてもっと早いタイミングで戻ってきてくれなかったんだい? こっちは現在進行形で大変なんだよ?』

 

「おや? それは想定外ですね……。詳しくお聞きしても?」

 

『もちろんだとも』

 

そして、ダ・ヴィンチちゃんはシロウへ現在カルデアにシャドウサーヴァントが湧いていること、こちらにいるはずのサーヴァントたちを呼び出しても応答がないことを告げる。

シロウはそんなダ・ヴィンチちゃんの話を真剣な顔で聞いていた。

 

「……なるほど。いえ、初耳です。もちろん、現在もダ・ヴィンチさんが開発したバッテリーは持ち歩いています。……が、こちらに連絡は入っていませんね。パスはいかがですか?」

 

『それが上手く観測できない。藤丸くんたちがレイシフトしてから、こちらでも改めてサーヴァントたちのパスを調べてみたんだが……なんだいこれは? 少なくとも君、天草四郎を示すタグがその特異点だけで何故か10つ反応している。完全にバグっていてバッテリーの方の帰還システムは使い物にならないとみるべきだろう』

 

そして、説明を聞き終えたシロウは顔を上げ、あっさりとこちらの頼みを快諾する。

 

「……なるほど。そういう事情でしたら私たちは戻ってカルデアの防衛にあたりましょう。セミラミス、構いませんか?」

 

「我に指図するな。……が、我の見解も同じ故、特別に付き合ってやる」

 

「ハハハ、ありがとうございます」

 

「……ここに来てから、何時にも増して気安くないか、お主?」

 

シロウの不敬にセミラミスがわずかに凄む。――が、その反応まで織り込み済みだったのだろう、睨まれながらもシロウは楽しそうに笑っていた。

そんな2人にダ・ヴィンチちゃんは頭を下げる。

 

『こちらからも礼を言おう、セミラミス。それに天草四郎。早速、こちらから帰還用のアンカーを垂らすから指定座標で待機していてくれるかい?』

 

「わかりました。ただ、シャドウサーヴァントが出現する仕組みが分からない以上、その方法でも何が起こるかわかりません」

 

『もちろん。こちらの出口には私が張り付いてばっちり警戒するから安心してくれ。シャドウサーヴァントも2騎くらいなら私だけで十分さ。なにせ天才だからね』

 

「流石、心強い。ではマスター、我々はこれで」

 

「うん、そっちも気を付けて」

 

『情報、ありがとうございます』

 

と、その前にもう1度、シロウはこちらを振り返り、

 

「――ああ、最後に忠告を」

 

エミヤオルタへそう呼びかけた。

今度こそ外に出れると思っていたらしいエミヤオルタが、あからさまに顔をしかめる。

 

「なんだ、手短に話せ」

 

「随分不機嫌だね」

 

「……場所が悪い。特に神父とここの相性は最悪だ」

 

首を傾げて尋ねる藤丸へ、エミヤオルタはそうぶっきらぼうに答えた。

そんな2人の様子を眺め、楽しそうに微笑みながらシロウはエミヤオルタへこう忠告する。

 

「この特異点での勝負ですが――殺し合いはやめた方がいいですよ」

 

「ふん。流石は聖職者様。だが、オレは殺人機械。あいにくと人道なんてものは――」

 

「いえ、そうではなく。単純な効率の話です」

 

英霊としての在り方を問われたと思ったのであろうエミヤオルタは、苦々しい顔で皮肉を言った。

が、それは勘違いだとシロウは首を振り、エミヤオルタが眉を顰める。

 

「なんにせよ、マスターと一緒ならそのような所業は例えサーヴァントであろうと許さないでしょうが……」

 

「もし、対象を殺すとどうなる?」

 

様子の違いに気づいたのか、エミヤオルタも真剣な顔に戻って尋ねる。

その問いに、シロウも真面目な様子で言った。

 

「殺せません。そして、先ほどの情報から推測するに――少々、厄介なことになると思います。まだあくまで憶測の域ですが、警戒するに越したことはないでしょう」

 

神父の忠告に、エミヤオルタは仏頂面で返す。同意は出来ぬとも、一応進言として受け取ったということだろう。今度こそ、堕ちた正義の使者は教会に背を向ける。

最後にその背中へ、

 

「――残念ながら、この特異点ではあなたの願いは叶いません」

 

そう、信託を下すように神父は告げた。

 

「……さっきのが最後の忠告じゃなかったのか?」

 

「おっと、これはうっかり」

 

エミヤオルタはそれこそ仇敵を睨むかのように眉を顰め、シロウは何でもないことのように微笑んで誤魔化した。

迷い人へ忠告し、仕事を終えた聖人は今度こそ踵を返す。

 

「では、マスター。……それにエミヤオルタ。私はこれで。どうぞ注意してください。どんなに不格好でもこれは聖杯戦争。この機に本気で聖杯を狙うカルデアのサーヴァントも少なくありません。帰り道にはご注意を」

 

こうして神父は退場した。

後には藤丸と、酷く思いつめた顔で沈黙するロストマンだけが残された。

 

 

Sideシロウ・コトミネ

 

急遽、特異点からカルデアへ帰還することになった天草四郎とセミラミス。

ダ・ヴィンチちゃん特性携帯用現界バッテリーを使用するのはリスクが大きいため、カルデア側から直接アンカーを垂らす形で帰還することになる。

ダ・ヴィンチちゃんとの協議の結果、ちょうど冬木教会に霊脈が通っていたこともあり、この場所から直接帰還する運びとなった2人は、藤丸たちと別れた後も準備が整うまで教会の地下聖堂で待機することとなった。

 

「――本当にあれでよかったのか?」

 

その最中、セミラミスがそう尋ね、シロウ・コトミネが答える。

 

「ええ、いいんですよ。確かにここの聖杯は魅力的です。それこそ、私の悲願も達成しうる可能性を持った稀有なものでしょう」

 

「なら――」

 

セミラミスはシロウの野望を知っている。……それが例え、このカルデアではない遠い世界の出来事で、このセミラミスではない彼女だとしても。この“頭の悪い結界”内では明確にその世界の記憶を保持している。

故に、彼女はかつてのマスターに食い下がる。

が、シロウ・コトミネ――天草四郎は悔しそうな、嬉しそうな表情で首を振った。

 

「……約束、しましたからね。マスターと」

 

それはあるマスターとサーヴァントのちょっとした幕間。

彼と契約を結んでいる間は――。

その自らの――遠い世界の彼女の――知らないシロウの顔に、セミラミスは寂しそうに微笑みつつ、ため息を吐く。

 

「……まったく、お主は本当に頑固よな」

 

「はっはっは。でなければ、この姿で召喚になど応じていません」

 

シロウは笑って誤魔化し、意味深な表情で呟いた。

 

「まあ、それだけではありませんしね」

 

「ん?」

 

「ここは“彼”のために用意された特異点ですから」

 

どんな形であれ、これは聖杯戦争。

果たして、あのロストマンがこの戦いを経て、どんな答えを得るのか。あるいは――。

迷える子羊を思い、聖職者は小さくほくそ笑む。

セミラミスも、そんな彼の横顔を見て小さく頬を緩ませた。

カルデアに帰還すれば“頭の悪い結界”の効果は消えるだろう。異常をきたしている記憶も正常に戻るはずだ。

それでも――。

 

「行きましょう、セミラミス」

 

「……ああ」

 

今回はお互いに手を取り合って。

シロウとセミラミスは同時に聖杯戦争から辞退した。




~~ 次回予告 ~~

やめて! これ以上本編の文量とシリアス展開が増えたら、ギャグと精神が繋がってるジャガーマンの体まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでジャガーマン! あなたが今倒れたら、残された伏線や士郎との約束はどうなっちゃうの!? ネタはまだ残ってる! ここを耐えれば、メインヒロインルートに突入なんだから!

次回 「本編 お休み」

デュエルスタンバイ!
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