Sideカルデア
事件を起こした黒幕タイガ(ジャガーマン)を追い詰めたカルデアの一行。しかし、新たに現れた刺客アルトリアオルタの妨害を受け、あと1歩の所でタイガを取り逃してしまった。
そして、
「――チキチキ、ジャガーマン争奪料理対決!!!」
「待って待って待って」
新たに挑まれたのがこのトンチキ勝負である。
藤丸は抗議しながら、痛む頭を懸命に押さえた。流石にもうついていけないというのが本音だし、胃に穴が開きそうな気分だ。
見れば、隣のエミヤオルタも酷く複雑な表情で沈黙している。
しかし、苦悶する面々を前にしてもアルトリアオルタは止まらない。
「名乗りが遅れたな、私はナマモノ四天王が1人――セイバーオルタだ!」
「ナ、ナマモノ四天王!?」
『実在してたんですね……』
「そして、対決のルールは簡単だ――この私が唸る料理を作ってみせろ! 満足したら通してやる!」
「ただお腹が空いてるだけでしょ?」
『対決ですらないですね……』
交互に呆れる藤丸とマシュ。流石イロモノ、訳が分からない。
だが、当のアルトリアオルタは本気のようだ。
若干戸惑った様子のマシュがおずおずと尋ねる。
『……ところで、調理はどこでするのでしょうか?』
「そういえば……」
ここは街はずれに佇む冬木教会という建物の門の前だ。ちょっとした広場にもなっているこの場所はかなり広く、それこそ大規模な野外イベントを行えそうな程のスペースがある。
丘の上という立地もあり、晴れた日にピクニックでもすれば、さぞお弁当がおいしいだろう。――が、屋外なので当然調理道具はない。そもそも、キャンプでもない限り、屋外で調理などしない。
しかし、この懸念は杞憂だったようだ。アルトリアオルタは胸を張る。
「案ずるな、抜かりはない。――おい」
「「「はっ」」」
瞬間、彼女の号令と共に、広場の物陰から見覚えのある円卓の騎士たちが数人現れた。
彼らは暴君の指示に従い、テキパイとプロ顔負けの手際で調理場らしきものを設営していく。円卓の騎士とはいったい……。
素敵な笑顔で労働に励む面々――特にマシュが若干1名へ特別――呆れた眼差しを送るも、構わずアルトリアオルタが続ける。
「屋外であれ、調理において不自由はさせん。材料もこちらで用意しよう。貴様らは私が良しというまで調理に専念すればいい」
厳かに言い切り、王の言葉に作業中の騎士の1人ガウェインが頷いた。
「はい。騎士に野営はつきものですので、兵站に不足はありません。また、今回は美食ということですので、装備も可能な限り整えさせていただきました」
ガウェインの言う通り、彼らに組み立てられた屋外調理場は即興とは思えないほど見事なものだった。完成しつつある調理場を見回りながら、藤丸の口から思わず驚きの声が漏れる。
「うわっ、蛇口まである!?」
火力も申し分ないガスコンロに、広い調理台と見事なシルク。教会から(無断で)水道も引いているらしく、屋外なのに蛇口から水が出る。当然調理器具も完備しており、大小さまざまな器具がズラリと並ぶ。
プロから見ればまた違うのだろうが、少なくとも料理初心者の藤丸から見れば十分すぎる設備だった。ほとんど、屋内のキッチンと変わらない。
映像越しにもその凄まじさが伝わったのだろう、マシュも目を丸くしていた。
『こんな装備、いったいどこで?』
「道具類は全て親切なネコさんから頂きました」
マシュの疑問に、なんでもないことのように答えるガウェイン。
しかし、あり得ない単語を耳にした2人は固まり、首を傾げながら藤丸が問う。
「…………なんて?」
「親切なネコさんです」
やはり、当たり前、といった様子で即答するガウェイン。ニュアンス的に、それがニックネームなどでなく、キャット的な何かなのだと伝わる。
ガウェインは説明を続けた。
「こちらで偶然知り合ったのですが、ネコ缶を渡すとお礼にこれを。『オウ……親切なnice guy。ユーにこれを。其れを持つ者、世界の王となるであろう……。え? いらにゃい? つーか、アチシも何故こんなものを持ってるのかわからにゃい』とのことで」
「…………」
『…………』
そのネコさんとやらには全く心当たりがないが、なんとなく不穏な空気を感じる。具体的にはジャガーマンと似たニュアンスのイロモノ具合だ。
藤丸は恐る恐る手近な鍋を持ち上げて確認すると、裏に“メイドイングレートキャッツビレッジ”と書いてあった。……大丈夫だろうか、いろいろな意味で。ただただ、遭遇しないことを願うばかりだ。
「……はあ」
未確認のイロモノのことを思い、心労からため息の漏れる藤丸。
思えば、この特異点へ来てからこんなことばかりだ。
ここまでクー・フーリンとジャガーマンから立て続けにトンチキ勝負を挑まれてきたが、まさかそれに真面目なアルトリアオルタまでもが乗っかってくるとは……。
「……いや。そもそも、どうしてアルトリアオルタがジャガーマンの味方を?」
と、根本的な部分に疑問を抱き、藤丸が呟いた。
アルトリアオルタといえば暴君の如き振る舞いをしつつも、根っこの部分では理性的なクールなタイプだと思っていた。だから、おふざけジャガーと冷徹なオルタの組み合わせはどこか引っかかるものがあったのだ。
勿論、サーヴァントなのだから誰に仕えていても不思議ではないが……。もしかしたら、彼女なりの訳があるのかもしれない。
「まさか、何か事情が?」
だから、藤丸はそうアルトリアオルタに尋ねた。
対する彼女は、若干棘のある口調で吐き捨てる。
「……当然だ。この私が、ただ軍門に降るはずがない」
「やっぱり……」
どうやら理由がありそうだ。
固唾をのむ一行へ、アルトリアオルタは僅かに遠くの空へ目を向けた後、藤丸たちをまっすぐに見つめてその訳を答えた。
「――ホットドック1年分で手を打った」
「ただお腹が空いてるだけだよね!?」
見れば、アルトリアオルタの足元にはホットドックの残骸らしき大量の紙袋が転がっている。
自分の身は1年分のホットドックで売られたんだと思うと、ちょっと悲しくなった。気遣ったこっちがバカだった。――というかこの暴王、1年分を一気に食べたのか。しかも、その上で更に自分たちへ調理を要求していると?
藤丸はアルトリアオルタの胃袋を思い、眩暈を覚える。
マシュも同じ気持ちなのか、あり得ないものを見るかの様に唖然としながら問うた。
『そ、それだけ食べればもう十分なのではないでしょうか? いえ、もうすでに食べすぎなのでは?』
「人類のキャパシティは軽く超えてる」
しかし、マシュと藤丸のツッコミに対して、アルトリアオルタはなおも平然とした様子で答える。
「安心しろ、この程度で食い倒れる私ではない。浴槽いっぱいのバーガーですら満腹には程遠い。あと倍は余裕だ」
「その言葉のどこに安心しろと?」
「ホットドックはあくまでおやつ。主菜はこれから貴様らの作るとっておきのディナーだ。――楽しみにしているぞ」
「そして、思いのほかハードルが高い!」
一体彼女は、こちらの料理に何を期待しているのか? あと、浴槽いっぱいのバーガーとはなんなのか?
謎な謎を呼ぶイロモノ時空。
とりあえず、目の前の黒い騎士王は何故か、こちらの料理に甚くご執心だ。満足する料理を食べるまで梃子でも動かん、という気迫を感じる。
実際、いつまでもグダグダする藤丸たちに焦れたのか、少し不機嫌そうに剣で地面を小突いて催促した。
「――いいから早くしろ。元より貴様らに拒否権はない。私のために料理を作れ。暴飲暴食をさせろ」
「ついに建前をかなぐり捨てた……」
流石は騎士王、ある意味とても潔い。
要は、この機会に際限なくお腹いっぱい食べたい、ということらしい。
正直、ここまで自分たちの作る料理を求めてくれるのは、なんだか悪い気がしなかった。普段であれば、食事の1つや2つ作ってあげたいところだが……。一応、今は有事だ。
一刻も早く、逃げたジャガーマンを追わなければならない。
だから、エミヤオルタはやれやれと首を振り、駄々をこねるアルトリアオルタにあっさりと背を向けた。
「付き合いきれん。料理ならそこいらの店で勝手にテイクアウトしてくれ。オレたちは勝手に――」
「行かせると思うか?」
「――っ!」
――が。瞬間、魔力が爆発し、緊張が走る。
先ほどまでのどこか緩んだ空気はどこへやら。
即座に、エミヤオルタが庇うように藤丸の前へ出るが、そんなものは気休めだ。
目にも留まらぬ速さでアルトリアオルタが聖剣を一薙ぎした。
同時、藤丸の真横を死を纏った風が通り過ぎる。
「…………」
結果は明白だった。
藤丸のつま先を掠める形で、広場の地面がI字に抉れている。
今、アルトリアオルタが本気で聖剣を振るっていたら、間違いなく藤丸立香は死んでいた。エミヤオルタの防御も間に合わない。
ここはすでに彼女の間合い。
エミヤオルタでも、無傷の離脱は不可能だろう。
強張る2人へアルトリアオルタは粛々と告げる。
「勘違いするな、弓兵。これは私から貴様らへの譲歩だ。私の役目はあくまで『我がマスターの守護』。それを、条件さえ呑めば無傷で通してやると言っているのだ。勿論、貴様らが勝利した暁には奴の居場所も明かしてやろう。――それとも、我ららしく剣で雌雄を決するか? 私は構わんぞ」
「…………」
剣を構えるアルトリアオルタに、沈黙するエミヤオルタ。
代弁するかのようにマシュが呟いた。
『……確かに、これはチャンスです。アルトリアオルタさんの戦闘能力は私たちも知っていますが……エミヤオルタさんでも、とても無傷では……』
と、口にしながら、僅かに顔を曇らせる。恐らく、特異点Fでの戦闘を思い出しているのだろう。
あの時対峙したアルトリアオルタの強さは筆舌に尽くしがたいものだった。味方であればこれほど頼もしい英霊も他にいないが、再び敵になった時のことなど想像すらしたくない。正面から対峙すれば再び生還できる保証はないだろう。
彼女との戦闘はあまりにもリスクが大きい。
「……うん。戦闘をするよりずっと」
だから、マスターとしてそう結論を出し、エミヤオルタに自分の考えを口にする。
「エミヤオルタ。やっぱり、アルトリアオルタとは料理で決着をつけよう」
恐らく、この判断をエミヤオルタは嫌うだろう。
しかし、だからと言ってマスターの方針を蔑ろにするサーヴァントでないことも知っている。効率を優先する彼だが、至る結果が同じならある程度の遠回りも容認してくれている。
また、確かに最も手っ取り早いのは実力行使だが、今回の場合リスクを背負ってまで強行する必要性もない。
エミヤオルタも、そう判断したのだろう。彼は特に反論することも強行することもなく、やれやれ、と自嘲気味に頬を吊り上げ背を向ける。
「あんたがそう言うなら止めはしないさ。――が、無論オレは手伝わんぞ。料理ごっこなら勝手にしてくれ」
「勿論。――ごめんね、ちょっと待ってて」
「……ふん」
と、エミヤオルタは鼻を鳴らし、少し離れたところで腕を組む。
その姿を見て、マシュが不安そうに尋ねた。
『いいんですか、先輩? エミヤオルタさんが調理すれば、きっと――』
しかし、藤丸は彼女を遮るように首を振る。
「無理強いは出来ないよ。それに……」
今のエミヤオルタに料理をさせるのはあまりに酷だ。
だってエミヤオルタの舌はもう……。
無論、ちゃんと勝負のことも考えての判断だ。戦闘ならばともかくこれは料理対決。自分だけの力でもなんとか乗り越えられるだろう。
根拠があった。
藤丸はマシュへ自信満々で胸を張る。
「大丈夫だよ、任せて! カレーは得意だよ! カレーは!」
嘘ではない。
エミヤ先輩に初心者セットを貰ってからは勧められるまま時々料理をするようになっていた。……時々。……たまにくらい。
そのおかげで、カレーに関してはほぼ完璧にマスター。
何故かアルトリア系に大絶賛のカレーを作れるようになった。そして、彼女もアルトリア。
これなら……。
が、
「…………カレーは飽きた。もっとジャンクなものを寄越せ」
「なっ――!」
藤丸のカレー大作戦はアルトリアオルタの無情な宣言によって初心者セットで灰燼に帰す。
「そんな横暴な!?」
当然、藤丸は抗議するが、
「私がルールだ。……今日はカレーの舌ではない。別のものを作れ。別のものを」
と、アルトリアオルタからはそっぽを向きながらぶっきら棒に返されてしまう。
そう! この料理対決(?)のルールは『アルトリアオルタを満足させる』というもの。故に、彼女の主張は絶対。何故なら、食べたくないものを食べても満足なんてしないから。
……それはそれとして、何故か少し不機嫌そうなのは気のせいだろうか?
なにはともあれ、この料理対決の根本的なルール不備に気づいた藤丸は俯いた。
「……これが暴君か」
『先輩……』
「だ、大丈夫。大丈夫……。カレーはすべての道に通ずって、エミヤ先輩も言ってたし。アドリブでも。きっと……」
『先輩…………』
マシュの不安そうな声が空しく響く。
そう、きっと問題ない。
騎士王ならともかく、オルタの好物はジャンク。申し訳ないが、それなら初心者の自分でも試行錯誤すれば満足のいくものができるだろう。……多分。……恐らく。
「当然、マッシュポテトもなしだ。出した瞬間挽き潰す」
「注文が多い!」
アルトリアオルタから立て続けにリクエストを受けて藤丸が叫ぶ。
背後で設営の終わったガウェインが酷くショックを受けた顔をしていたが、こっちについては自業自得なのでかける言葉もない。用意された食材にやたら芋類が多いと思ったら、やっぱりあんたの仕業か……。
何はともあれ。こうして、エミヤオルタ不参加のまま、前途多難な料理対決が幕を開けたのだった。
お久しぶりです!
第5話 虎より団子 前編
ようやく公開です!
毎度毎度遅くて、本当に申し訳ありません!
前編、ということで今回も2部構成。
後半もほぼ完成していて、明日には公開できる予定ですのでよろしくお願いします!