フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

1 / 121
「あなたがわたしの……サーヴァント?」
 その日の事はよく覚えている。
 太陽の日差しを再現した人工灯の下、窓のないクリーム色の室内で、彼と初めて言葉を交わした。
 まだ7歳だったわたしは、おばあちゃんから譲り受け、記憶消去処理を終えたばかりのサーヴァントと会うのを、わくわくとした心で待ち望んでいたものだ。

「……貴女が」
 手術着のような服を身につけて椅子に座り、様々な管に繋がれている短い黒髪の男性が、半分だけの口を開いた。
 そう、半分。彼の顔の右半分は、極東風の意匠が施された木製の仮面に覆われていて、外から見えないよう隠されていた。

「私の……マスター……?」
 彼の緑色の瞳に、私が映る。
 ピンク色の髪をボブカットにした、小さな女の子の姿。

「そうだよ! よろしくね……えっと、ランサー!」
 デバイスで先んじて調べておいた彼のクラス名を呼び、歩み寄って片手を伸ばす。

「ええ、マスター」
 彼と手が触れ合う。細く見えたけれど、筋肉のしっかりとついた、固い手だった。

「2つ、お伝えしたい事が」
「なぁに?」
 彼の問いかけに、幼い私はサーヴァントが自分のものとなった喜びが隠しきれず、明るい声を出してしまった。

「1つ、俺のクラスはバーサーカーだ」
 彼が立ち上がる。ぶちぶちと管が外れて、透明な液体が合成樹脂の床に広がっていく。

「2つ」
 液体が私の履いていた靴にぶつかって、二股に別れ、流れていく。

「貴方に人としての良心があるのだとしたら、今すぐ自害を命じてほしい」
 握ったままの片手に、3角数で描かれた赤い模様が浮かび上がった。
 丸い外枠、長針と短針が1つずつ。まるで、時計みたいな形をしている。

「……さぁマスター、この狂った男を終わらせようじゃないか」
 半分だけの顔が、ゆっくりと破顔した。


第1章 終末世界のガール・ミーツ・ガール
第1話 管理世界のあの子と私


 

 

 そんな出会いから10年。私はまだ彼と生きている。

 

『都市運営システムが、午前6時をお知らせします。都市運営システムが……』

「起床しました! 停止!」

 ベッドの中でうつ伏せのまま宣言すると、親代わりのAiが飛ばしてきたメッセージ音声は停止した。

 

「……うう」

 布団の中で呻いている私、『モモタ・トバルカイン』は今年で17歳の女の子である。

 ピンクの髪の毛ピンクの瞳の、恋も知らないふわかわ系女子だ。

 身長166cm、体重は……秘密。

 本名はいかつすぎるので、親しい人にはモモと呼んでもらっている。

 

「モモ! おはよう」

 2体目の親代わりが来た。毛布をかぶったまま耳を傾ける。

 

「今日の外気温は最高で80℃、最低で60℃、湿度は平均で0%だ、素晴らしい天気だな」

 毎日変わりようのない天気予報をしゃべり倒しているのは、私の固有財産にしてサーヴァント。

 

「昨日とそんなに変わんないじゃん……バーサーカー」

 私は毛布から顔だけ出した。

 

「仰るとおりだ、地下都市の内部は365日快適温度、湿度だ。天気という概念すらない」

 黒い髪に緑の瞳を持った、木製の仮面で顔の右半分覆い隠した20代前半くらいの男が廊下から半身を出し、顔を覗かせていた。

 切れ長の瞳は知的な印象を受けるが、犬歯……牙を見せながら微笑むと、一気に獰猛な雰囲気へと変わってしまう。

 精悍な顔立ち? と言うのだろうか。

 姿はあっさり目。外出時に身にまとう極東風の鎧ではなく、襟付きの白のYシャツにズボンの軽い出で立ちだ。

 

「朝食はどうする? チケットを余分に支払えば少々豪華にできるぞ」

「いつもの一番安いやつでお願いします」

「了解だ」

 彼は頷くと、リビングへと去っていく。

 

「学校行く前に、シャワーしないと……」

 ベッドから下りて、合成樹脂製のひんやりした柔らかい床をぺたぺた歩いて、脱衣所へ向かう。

 

「ぬぎ……ぬぎ……」

 無地のパジャマと下着を脱いで、壁から中途半端に引き出した銀色のトレイに入れると、自動で閉まって、用意されていたクリーニング済みの清潔な衣類が出てくる。

 それを横目に浴室へ移動し、シャワーのノズルに手首を当てた。

 人体に内蔵されているデバイスが反応し、シャワー利用のためのチケットが支払われる。

 

「チケット様々だねー……」

 適温に調整された湯が降り注ぎ、ショートボブのピンクの髪が濡れた。

 チューブから必要な量だけ自動的に出てきたシャンプーで、泡をたてていく。

 洗い流して、次はリンス。指を櫛代わりにして、毛に馴染ませる。

 それも流し、顔を、手を、全身を、白色のスポンジでマッサージしつつ、こする。

 ……胸、もう少し大きさ欲しいな。

 

『5分以内に洗浄作業を完了させて下さい』

「はいはーい」

 都市運営システムから注意され、シャワーで体にお湯をまんべんなくかけた。

 脱衣所に戻り、ふわふわのタオルで体と髪の水分を取って、壁から吹き出す温風に身を任せる。

 下着と長い靴下、白の布に緑のラインが走る制服を着て、鏡を見ながら身だしなみを整えた。

 

「化粧水、クリーム、ファンデーション……欲しいけど、チケットいっぱい取られるし、無理だよなぁ……」

 ぼやきながら脱衣所を出て、廊下を歩き、合成樹脂で壁から家具まで作られたリビングに入る。

 

「今日の朝食は日本風……らしいが、俺の認識から離れすぎていてよく分からん」

 バーサーカーがリビング真ん中の備え付けのテーブルに朝食を並べていた。

 

「配給トレイそのまま出してくれればいいのに、何で並び替えるの?」

「……日本文化への郷愁だ」

 強化プラスチック製の無地の器に入れられた朝ご飯を観察する。

 オレンジ色のタンパク質ペースト、緑のキューブ、お米を模した温かいゼリーの粒がそれぞれ別のお皿に盛りつけてある。

 コップの中にある茶色いどろっとした液体には、緑色のペラペラした食用フィルムと、タンパク質ペーストを固めた白い四角が浮いていた。

 

「美味しそう……いただきまーす」

 食卓につき、スプーンを握ってご飯を食べる。バーサーカーは向かい側の椅子に腰を下ろす。

 

「それは味噌汁……だよな」

「えっ? これが前お話ししてくれた味噌汁?」

「懐かしいな……少しくれないか?」

「いいよー」

 10年以上共に過ごした家族である彼に、つるつるした質感のコップを手渡した。

 彼が半分隠された唇で器用にスープをすすっている間に、タンパク質ペーストとお米ゼリーを口に運ぶ。

 どちらもみずみずしくて美味しい。

 

「味噌汁どう?」

「モモ……これは、味噌風の何かをお湯に溶いたもの、だな」

「そっかー」

 コップを受け取り、食事を再開する。

 

「召喚されてから味噌汁飲むの、初めてだっけ?」

「そうだな……別の俺は、飲んだ事があるかもしれないが」

 彼はYシャツの上から腕に巻いてある番号札を触った。

『0004』と、書いてある。

 この番号は、同じサーヴァントが何回召喚されたか、もしくは記憶処理された回数で決まるらしい。

 

「さて……」

 バーサーカーは空間を操作してスクリーンを出し、朝のニュースを読み始めた。

 

「何か面白いニュースある?」

 私は、オレンジの背景に浮かぶ白い文字を目で追いかけている彼に声をかけた。

 

「この地下都市内での回収人数が昨日は1000人を越えているな。

 出生数が570人だから、都市人口は減少しているな」

「……そんなにチケット無くなっちゃった人多いの?」

「タンパク質合成工場の損失補填かもしれない」

「人間をペーストにしてるのは都市伝説だって。変換率悪いって友達に聞いたもん」

「何年前の情報だ、それは」

「ご、5年前……」

「古い古い、情報弱者に明日はないぞー」

 そんな他愛もない会話をしていると、学校に行く時間が近づいてきた。

 

「バーサーカー、準備できてる?」

「ああ」

 私がそう言うと、彼は一瞬で姿を変えた。

 布と革、少量の金属部品で作られた鎧。

 西洋の全身を守るような重い鎧はなく、胴体や腕など主要な部分だけを守る構造で、動きやすく軽い。

 安土桃山時代ごろの鎧の様式だそうだ。

 

(……全部バーサーカーからの受け売り知識だけど)

 兜は無く、顔はそのままの彼。

 

「最近物騒だし、一緒に行こうね」

 私はそう言いつつ、空になった食器をトレイの上に乗せて、壁に空いている長方形の穴に差し込む。

 小さな駆動音の後、自動的に回収されていった。

 

「行きたくないけど、今日はチケット配給日だし」

 玄関へ移動して、前時代的な丸みのある茶色のローファーを履いた。

 

「遅刻すると減点だしね」

 手首をかざし、デバイスで電子ロックを解除、施錠し、リニアモーターカーの駅へと足を向けた。

 

 

『学校行きリニア、発車します』

 人工音声を聞きながら合成革張りの席に座る。乗客は私達以外誰もいない。

 

「ねぇバーサーカー」

「なんだい、モモ」

 滑らかな質感の革の上に隣り合って座りながら、彼と話をする。

 

「外の世界って、本当に何もないのかな」

 彼は仮面に覆われていない左の瞳で私を見た。

 

「バーサーカーが話してくれた、森とか山とか川とか海とか、本当はあるんじゃないかな」

 彼の瞳は、この閉ざされた世界の中で唯一、遠い昔の自然を感じさせる緑だった。

 

「学校ではね、何にもないって。

 大昔の戦争のせいで、まっ平らな荒野と空しかないって、教えられてて。

 でも、数百年前の映画には、綺麗な水とか、景色とかあってさ。

 もしあるのなら、外の世界に……」

「モモ」

 咎めるような口調だったが、声は優しかった。

 

「外の世界についてべらべらと喋るのは、よした方がいいぞ」

 彼の指差す先にあるのはレンズ光る監視カメラ。

 車内の隅にこれ見よがしと設置されたそれは、じっと私を観察している。

 思わず下を向く。

 

「……私に外の世界の事教えたの、バーサーカーじゃん、夢を語るくらいはしたっていいじゃん」

 ちょっとだけ悲しくなりながら呟き、横目で彼の様子をうかがう。

 バーサーカーはオレンジのランプが光る天井を見上げる。彼の喉仏がよく見えた。

 

「……過去の亡霊が、生者にささやくべきではなかったな」

 リニアが動きを止めた。

 

『到着しました、学校前。到着しました、学校前……』

「降りよう、遅刻してしまうよ」

 バーサーカーが私の肩を指の先だけで軽くたたいた。

 

 

 

 

『デバイス認証、個体名モモタ・トバルカイン……配布量を計算しています』

 チケットは学校の中にある特別な個室で発行される。サーヴァントですら立ち入る事を許されない。

 

『15年分の生存権が、発行されました。

 これからも自らの有用性を示し続けて下さい』

「はーい……」

 手首を動かし、デバイスを起動させ、モニターを空間に映す。

 元からあった生存権と合わせて、37年分。これが、私が生きる事を許されている時間。

 

『速やかに退出してください、速やかに退出してください』

 システムの音声が流れた。私は部屋を後にする。

 

(これが無くなったら……全部おしまい)

 生存権は通称『チケット』と呼ばれ、消費する事で日々の生活を過ごせる。

 ご飯、お風呂、トイレ、吸っている空気だって、チケットがあるから与えられているのだ。

 無くなれば、人生はそこで終わり。

 都市を運営しているAIの命令によって回収され……どこかへ連れて行かれる、悪いことした人も同じく。

 帰ってきた者は、誰もいない。

 

(昨日は1000人回収された……つまり、1000人居なくなった、という事だよね……)

 憂鬱な事を考えつつ部屋を出ると、鎧姿のバーサーカーが廊下で待機していた。

 

「お待たせバーサーカー。お昼ご飯食べに行こうか」

「ああ、それはいいが……」

 バーサーカーは辺りの様子をうかがってから、私に耳打ちをする。

 

「霊体化してもいいか? 

 今日はみな殺気立っているし、サーヴァントを連れているせいで悪目立ちしたくないだろう」

 私と同じように生存権を受け取ったばかりの他の生徒達が、ちらちらと私を見ている。

 

(そっか、サーヴァントは高級な嗜好品だもんね)

 私のバーサーカーは人間観察力が高く、周りの感情の機微にも聡い。

 自らの鈍感さを心の中で反省する。

 

「霊体化、お願いできる?」

「了解だ、我がマスター」

 彼は頷いた後、その姿が溶けるように消えた。

『霊体化』。これも、サーヴァントの特殊能力の1つだ。

 アクリルガラス越しに、人工灯と人工植物で彩られた爽やかな中庭を眺めながら、明るい廊下を歩く。

 他の生徒の噂話が聞こえてきた。

 

「ねぇ知ってる? Bクラスはもう5人消えたって」

「処分されたくないよ……」

「でも仕方がないんじゃない? 文句あるなら都市の外で暮らせって話になるし」

「外は化け物だらけって、本当かな?」

「頭がおかしくなっちゃった奴が沢山居て、頭からばりばり齧られちゃうんだって!」

「止めようよ……世界叛逆罪でロボットに連れて行かれちゃうって」

 男女入り混じり、教室で話に花を咲かせている。

 ……『学校』は教育機関であると共に、子どもがチケットを稼ぐための場だ。

 日々の勉学や試験などを頑張れば、労働している大人よりずっと楽にチケットが与えられる。

 だからみんな、我慢して、いい子にしている。悪事なんて噂で盛り上がることくらい。

 静かで、大人しく。そうしないと回収、処分されてしまうから。

 ──そのはずなのに。

 

「……ムカつくんだよ! テメェ!」

 声を荒げる少女がいた。

 

「サーヴァント見せびらかしやがって! 馬鹿にしてるんだろ! あたしたちみたいな底辺をさぁ!」

 髪を中途半端に伸ばした少女が、サーヴァントとそのマスターに罵倒をぶつけていた。

 表立った喧嘩なんて珍しい。周りに野次馬が集まっている。

 それに混ざって、私も騒動の中心を見た。

 

「……わたくし、そんな事していませんわ」

 小さな声で否定をする彼女は、透けるような白い肌に、肩まであるウェーブかかった黒い長髪を背中側に流して、頭部には、紫色の石をはめ込んだ飾りをつけていた。

 着ている服は、私や野次馬と同じ、白の布地に緑のラインが走っている制服。

 140cmほどの背や肉体の薄さもあって幼さを感じるが、大きな黒の瞳と小さな唇があるその顔立ちは整っており、儚げな美しさを感じる。

 

「もう行きましょう、アーチャー」

 彼女が声をかけた傍らに立つ存在もまた、高貴さを感じられる。

 性別は男性。全身を覆う衣服は青い刺繍が施された白の布。

 右腕には『0961』と番号が刻印されたバンドが巻いてある。

 服の合間からわずかに見える肌は色濃く、磨かれた樹木を思わせた。

 マスターである少女と同じ黒髪は、綺麗に整えられている部分もあったが、ややハネが見られる所も。

 しかし──。

 

「ゴテゴテとサーヴァントに飾り付けてさ……お前も何か喋れよ! おい!」

 その顔は完全に隠されていた。

 琥珀のような質感のパーツで目はぐるりと一周覆われ、顔の下半分は、獣の顎を思わせる黒い外骨格が被せられていた。

 頭には古代エジプトの冥界神のような、ぴんと立った角にも見えるパーツが2つ。

 手や腕、足にも機械部品が取り付けられていた。

 自然的な美しさと人工的な美が同居する、不思議な雰囲気のサーヴァント。

 

「ああ、アーチャー殿ではないですか。珍しい……」

 知り合いであるサーヴァントに対して、バーサーカーが霊体化したまま一言もらした。

 私に対する気安い態度とは違い、相手を敬うような振る舞いと言葉遣い。そして、軽い会釈も行った。

 

「アスカ!」

 野次馬の中から私は声を上げた。

 

「どいて、どいてくださーい」

 バーサーカーにもこっそり手伝ってもらって、人ごみをかき分ける。

 

「アスカ、ランチ行こ!」

 彼女の手を取り、強引に騒ぎの場から逃げ出した。

 

 

 第1話 管理世界のあの子と私

 終わり




 単語説明


 サーヴァント
 プラスチック製の番号札を身につけている。
 クラス名の後に数字をつけられて原則呼ばれる。
 この番号は召喚された回数または記憶消去回数だと言われている。
 (例:バーサーカー04、アーチャー961)

 特殊な所有物として扱われ、前の持ち主が亡くなった場合は親族に相続できる。
 人間同士で取り引きも行われており、持ち主が変更される場合は必ず、記憶消去処理にかけられる。


 学校
 地下都市での一般教養と歴史を学ばせる教育機関であると共に、まだ労働の許可が与えられていない子ども達が、生存権を稼ぐための場所。日々の生活態度や試験での点数などから算定され、配給される。
 学校を卒業し、大人に成れた者達は、働くことで生存権を得ている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。