ギルガメッシュの話は、女神がまだ幼なく幸福であった日々と、その終わりへと入り始める──。
リリスのサーヴァント達は、レジスタンスとの戦いの中、次から次へと欠けていった。
キャスターは良心の呵責に耐えかね離反。
バーサーカーは、レジスタンスの策により倒された。
セイバーすらも重傷を負い。
混乱の最中、アルターエゴはリリスが慕っていたライダーを殺したのだ。
アルターエゴは、続いて女神リリスまでも殺害しようとする。
裏切られた幼いリリスは、その絶望によって成長し、ようやく自我を得て、アルターエゴに自らの心からの望みを言い、縋りついた。
彼女の望み……『家族になってほしい』と。
──されど願いは拒絶され、それでも彼女は生き延びた。
黄金の王は過去を想いながら言う。
「慕っていたライダーを惨たらしく殺され、最も心寄せていたサーヴァントであるアルターエゴから見捨てられたのだ。
本能も欲も、魂すら歪むだろうさ」
狂気に蝕まれながらも、力を開花させ、レジスタンスを退けた女神リリス。
しかし、空中庭園も、戦力であったサーヴァント達も半壊状態であった。ランサー『カルナ』でさえ、鎧を奪い取られ傷を負い、瀕死となっていた。
持ち去られた鎧の在処は、ギルガメッシュですら知らぬ場所らしい。
リリスはカルナを救うため、アサシン『セミラミス』と、レジスタンスより連れ戻したキャスター『エジソン』へ命じ、治療させ、瀕死のシグルドから摘出した心臓を埋め込む。
そして最後に、リリスが自身の血を注いだ時、カルナは悪竜と化して蘇った。
……といっても、精神は崩壊し、霊基は膨張、目だって1064にも増えた状態として、だけどね。
地球の重力下では体を保てないほどに巨大となった悪竜を、リリスは宇宙へ打ち上げてまで治療を続けた。星にとぐろを巻けるほど長く伸びた体に装甲を付け、『衛星軌道上展開兵器ヴリトラ』という、人々を焼き滅ぼす存在へ変貌させたのだ。
ギルガメッシュはアーチャー961に問いかける。
「内心、あの愚かなリリスに憐れみを感じたのではないか?
殺戮兵器と化したランサーを、楽にしてやりたいとでも思い始めているのではないか?」
王は言葉を続ける。
「お前は幾つ望むつもりだ?
約束の成就。船。リリスの救い、ランサーの救い……」
その言葉に対し、「高望みだとでも言いたいのか!」と噛みつく961。
されど返ってきた言葉は、望外なまでの願いを叶える『聖杯』の存在を仄めかすものだった。
961は、縋るような思いで聖杯の所在を聞くが、男が口にしたのは、「トワ・キリエライトの殺害」が必要だという残酷な条件。
「キリエライトが聖杯の守り人であり、その悲鳴によって聖杯は顕現するからだ。
不老不死であるが、殺す手立てが無いというわけでもない。サーヴァントであれば、腕の無い貴様であっても殺せるさ。
貴様は
聖杯を手にし、リリスを救う事も、ランサーを救う事も」
言うだけ言って去ろうとするギルガメッシュに対し、961は最後の問いを叫ぶ。
「俺を! こんな気持ちにさせるために助けたのか?!」
王は答える。
死した女、ガレス・キリエライトの純粋なまでの願いを見て、961と、それによって召喚されたガレスを拾い、「せめて育てよ」の想いと共にここに置いたのだと。
ギルガメッシュは別れの言葉を短く告げて、金の船を駈り、朝焼けの中に去っていく。
それを、アーチャー961は苦しみを胸に抱きながら見送るしかなかった。
──どれほど深い絶望の底に居ようとも、明日はいつも通りやって来る。
世界の真実の一端を知ってしまったアーチャー961の前に広がる景色は、まだ、先の見えない砂嵐。
「アーキマン殿、どうされましたか?」
砂地に腰を下ろしていた俺を、上から覗き込んでいたのはガレスだった。両腕を背中に回して胸を張り、顔いっぱいに心配そうな表情を浮かべている。
「……なんでもない」
重たい胸の内がばれぬよう、感情を押し殺した声で返事をしてから、俺は重い腰を上げた。
ここはアジトの外の砂漠。日はまだ低く、夜が明けたばかり。
「メアリー! 荷物の積み込み、終わりまして?」
「もう終わったよー。食べ物も飲み水も必要ない……というか、食べ尽くしちゃったしね」
立って見えた目の前には、アンとメアリーが荷造りしている姿があった。
「ロープやらナイフやらの道具と、キャプテンから頼まれた『コレ』ですわね」
「『コレ』とほぼ身一つだけで冒険に出るなんて、キャプテンって骨の髄まで海賊って感じだ」
「そのおかげかしら。冒険への高揚感は、今までで一番感じていますけど……」
「けど?」
「お酒が無いのは……とても寂しいものです……」
「アンが惜しむなんてよっぽどだなぁ。
確かに、あんな美味しいお酒は僕も初めて飲んだから、機会があればまた飲みたいけどね」
2人は失われた酒について軽く悔やんでいる様子を見せながら、ホバーバイクの横へ荷物を括り付けた。その作業を終え、後ろを振り返った。
「キャプテン! 終わりましたー!」
「準備完了!」
大きな声をかけられ、しゃがんでいた人物が立ち上がる。
「アタシの方も準備万端! さぁて、出発するとしようかね!」
フランシス・ドレイクだ。外套に付いた砂を手ではらい、ホバーバイクにまたがる。
「短い間だったけど世話になったよ! 狭くて暑くて、乾いたアジトよ!
これが今生の別れ。砂の中の寝床なんて初めての経験で、楽しかったさ!
……でもね、アタシは海賊! 海に生きて海で死ぬ悪党!
だから、アジトよさらば! また別の誰かの助けになってやんな!」
羽付き帽子を脱いで手に持って振り、生活の場としていた巨岩に別れと感謝を告げたドレイク。
アンとメアリーの声と動きがそれに続いた。
「ガレスたちは旅立ちます! お世話になりました!」
俺のかたわらに立っていた彼女も、満面の笑みで言葉を紡ぐ。
「……ありがとう、世話になった」
明るさをもって出かけようとしている彼女たちとは反対に、俺はそっけない声しか出せなかった。
「さぁっ、行きますよ!
アーキマン殿は、ガレスの背中へ、ご自身の背中を預ける形で座ってください」
彼女はホバーバイクにまたがる。指示通りに座ると、ガレスは俺の胴体と自分の胴体をロープでぐるぐると括り付けた。
走行中、ガレスが前を見て、俺が後ろを見るという役割分担なのだ。
「出発です! 今日こそ、伝説の船を見つけましょうね!」
息巻く彼女に言葉を返せず、俺は思わず黙り込んでしまう。
起動音の後にバイクが浮かび、発進、徐々に速度を増していった。
朝からやっていた作業は、アジトの引き払い。
今から行うのは、最後の探索。
……そう、俺達は必要最低限の荷物と燃料だけを持って、最後のアタックへと挑もうとしていた。
バイクに体を揺られながら、昨夜と、今日の出来事について思い起こす。
ギルガメッシュから、リリスの真実、『ヴリトラ』の真実、聖杯の在処……と、一夜にして多くの情報を流し込まれた俺は、部屋に戻った後、泥のように眠ってしまった。
目が覚めた時には、日が傾きかけていた。
……恥ずかしいことに、一日のほとんどを寝て過ごしてしまったらしい。
俺は慌てて部屋から広場へ走ったのだが……目の前にあったのは、すやすやと眠り込んでいるガレス、アンとメアリー、ドレイクの姿だった。
その後、他のサーヴァントが目を覚ましたのは真夜中近く。
全員が起きていることを確かめてから、ドレイクは神妙な顔でこう切り出した。
「ここを引き払う。そして、最低限の物だけ持って、探索に向かう」
目が覚めるような言葉。
「酒を浴びるように飲んだおかげで、頭もスッキリ。必要なものも分かった。
……アタシ達に足りなかったのは覚悟だ。
いつでもここに帰ってこられる、今日が駄目なら明日挑めばいい……そんな生ぬるい考えで掴めるようなお宝じゃないのさ、その『伝説の船』ってヤツは」
彼女の意見に、アンとメアリーが幾度も頷いていたことを覚えている。
反対意見はなく、全員の意思が固まった。
……いや、俺の気持ちだけは、まだふわふわとしていた。
『カルデアは南極にある。だが、たどり着くためには最後の海を越えねばならん。
貴様たちが這いつくばって探しているあの船では無理だ』
とのギルガメッシュの言葉を、『伝説の船』を見つけ出し、『最後の海』と、その向こう側にあるという『楽園』を目指している彼女たちに、伝えるべきか悩んでいたから。
しかし考えている間にも時間は進み、荷作りを終えるころには夜が明けかけていた。
そうして出発の時を迎え、俺は言うべきことも言えぬまま、ガレスの後ろに座っている。
「今日も砂嵐がひどいですね……。
他の皆さんの位置を目視しつつ、並走していますが、気を抜けばあっという間に迷子となってしまいそうです」
起きたことを振り返るのを止めると、ガレスの声が聞こえてきた。
天は黄土色であり、風景は数十m先もようと知れない。彼女の言葉通り、一昨日と同じような酷い砂嵐だ。
「敵の姿は……今のところは確認できない」
俺はガレスに背中を預けたまま、後方を見渡す。
探索の度に襲い掛かってきていたあの砂で出来た怪物は、まだ姿を現していない。
運転ハンドルを握っているガレスは、俺の横を走っているアンとメアリーのバイクや、先頭を行くドレイクとの位置を細かく確認しながら、砂の丘を乗り越えた。
「……っ! アーキマン殿!」
先ほど乗り越えたばかりの砂丘が崩れ、その色が黒く変わり、塵が明らかな人型となり始める。
「地形そのものが変化をするなんて……!」
上擦ったガレスの声。
(不味い、反応が遅れた……!)
焦りそうになる心を抑え、後ろから来た敵を視認する。
そこにあったのは黒い巨人の姿であり、柔軟に体を膨らませ変形しながら、こちらへ腕を伸ばしてきた。
「させません!」
俺達が襲撃を受けたことに気が付いてくれたアンの、鋭く正確な射撃が敵の腕を砕いたが、砂が集まり直ぐに回復。
「ガレス! このままでは……!」
「ご心配なく! 速度を上げ、振り切ればいいだけのこと!」
彼女は正確にアクセルをひねり加速したが──敵の腕の先端が、俺の頭に一瞬だけ触れてしまった。
「!!」
──瞬間、脳裏に走ったのは知らない者たちの声。
『サーヴァントでなくたって、出来ることはあるんだ!
俺達レジスタンスがここで囮になって、女神に人間の底力を……見せ……』
『空中庭園に到達できるよう……何の力も無い俺達が……サーヴァントの……盾に……』
過ぎ去っていく景色の中に、誰かの過去が見えた。
名も分からぬ無数の人々が死んでいく光景が、俺の脳へ焼き付いていく。
『同じ弓兵として、汝の力を信じよう。
では、またな』
『勇士である貴方ならば、必ずや本懐を遂げられることでしょう』
『私たちがびゅーんと飛んでいって、みんなが渡れるよう、アンカーを打ち込むね!
白鳥礼装の凄いところ、下からでもきっと見えるはずだよ!』
『オルトリンデは、世界を救うため、お姉さま達と共に戦います。
ワルキューレである私が恐れるものなど、何もありません』
生まれも伝説も異なる、多くの英雄の姿すら見える。
『ここにきて
しかしこれが、世界を救う一助になるのであれば……』
『私が召喚された理由がようやく分かった
……姉の仇たるあの男は、私が殺そう。私はそのために此処へ来たのだ』
『気配遮断のスキルが低いから、突入組にはなれないが……。
今は亡き医神に代わり、最後まで皆の傷を癒す。
それが、残された僕に出来ることだと……』
──落ちる枯葉のように、彼らが雑多に殺され、消えていく景色も。
『アルジュナ、私はお前の勝利を信じているぞ!
なぁに、お前の背中はこの英雄イアソンが守ってやる! 光栄に思え!』
──自信満々に言い切っているというのに、その中に悲しみが混ざっている男の声が聞こえた。
「俺は……違う! 違うんだ!」
頭を振りながら、見えた幻影を、聞こえた声をかき消すように敵へ大声で叫べば、それは狼狽えたような素振りを見せた後、弾け飛び、色も形も無い砂と還る。
(数が……!)
しかし襲撃は終わらない。砂で出来た人型の敵は、次から次へと地面から湧いてくる。
「アーキマン殿、大丈夫ですか? 後方の様子を教えてください!」
それは一様に、俺を目指し集まってきていた。
「ガレス、敵がどんどんと……」
「了解です!
追い付かれない内に、全力を賭して砂嵐を突破します!」
ガレスの言葉の後、ホバーバイクから異音が聞こえ始める。急加速や減速など、無理な動きをさせ過ぎたからだろうか。
「ここが踏ん張り所なのに……くっ!」
焦りを見せる少女。
(敵は明らかに俺へ執着を見せている。だったら……俺が、皆から離れれば。
……『囮』になれば)
先ほど頭に流れ込んできた『人』の言葉が脳裏によぎる。
悩んでいる時間など無かった。
「ガレス! ごめん!」
短い謝罪を告げた後、胴体を前へ傾け、力一杯に背を丸め。
「何を……!」
戸惑う彼女の声を無視し、ガレスと俺を繋いでいた擦り切れの目立つロープを強引に引きちぎった。
「アーキマン殿! 止めてくださ──」
足で勢いづけてから飛び降りれば、砂の地面へ顔から落下した。
「ぐぅ……!」
直ぐに起き上がり、周りを見るが、ガレスの姿は砂嵐の中へ消え去り、見えなくなった後。
(皆は無事に先へ行けたのだろうか)
1人になって想うことは、それだけだった。
ざらざらと音を立てながら、無数の敵が地からあふれ出してきた。
「っ……」
俺の周りを、黒い砂の巨人が取り囲み始める。彼らは首をもたげて、こちらを覗き込んできた。
ガレスが出発前に俺を気遣ってやってくれたものとは、形は似ていても、そこへ込められている気持ちは異なっていることだろう。
巨人が歓待するかのように、両手を上げた。
『アルジュナ』
巨人の顔に穴が開き、ぼわぼわと輪郭を不気味に揺らしながらその名を呼んだ。
『アルジュナ』
一定の間隔を持って作られていた巨人の輪が、狭まり、俺へ近づいてくる。
『アルジュナ』
まるで祭りだ。
『アルジュナ』
英雄を村の総出で迎える。
『アルジュナ』
喜ばしい祭り。
『アルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナアルジュナ!!!!』
巨人は足を踏み鳴らす。
まるで喜んでいるかのように。
何百年にわたり、待ち焦がれていた英雄と出会ったかのように。
「……」
俺は敵を見上げながら、皆のことを考えていた。
(砂嵐を越え、
敵に包まれていく視界の中で、それだけが心配だった。
「──アーキマン!」
借りている名を呼ぶ声がして、俺は黄土色の景色の中へ目を凝らす。
「『やりたいこと』はどうしたぁ! 忘れたかぁ!?」
勇ましい声の後、辺りに響いた銃声が巨人達の輪唱を遮る。
長い髪と外套をなびかせた誰かがのシルエットが、うっすらと見えた。
そして……こちらへ向かってくる。
「うぉぉぉぉぉ!!!!!」
フランシス・ドレイクが、限界を越えた速度で走るホバーバイクにまたがり砂塵を突き破って、その姿を見せた。
でこぼことした丘を乗り越えてきたのか、バイクは数mも宙に浮かんでいた。彼女は銃持つ腕を下に向け、空から敵へ攻撃を浴びせかける。
「撃って殺せる形になってくれたのは……ありがたいねぇ!」
散弾とも見紛うばかりの弾を連続で受け、巨人が次々に崩れていく。彼女は降り注ぐ敵の残骸にもひるまず、バイクの速度を殺さぬまま、俺を片手でかっさらった。
宙に放り投げられた後、落下し、俺の体はすとんと後部座席へ収まる。
「あ、ありが……」
「考えなしに自分の命を投げ捨てようとしたヤツの礼なんか、聞きたかないね!」
「でも、俺が囮になればみんなが助か……!」
「後で説教してやる! しばらく口閉じてな!」
言葉を遮られた。
彼女は首を何度も横に振りながら、バイクを操縦しつつ、荒っぽく喋り出す。
「船を動かす人手が足りないから、アンタを誘ったんだ!
だってのに、こんなバカな真似しでかして……」
目の前に壁のようにぬっと出現した黒い敵。そこから伸びた腕を、ドレイクはバイクを転倒寸前まで車体を斜めにすることでかわし、砂の上に大きく弧を描きながら疾走していく。
「アンタ一人が囮になって、一人ぼっちで死んじまって、それでたどり着けたって──!」
そんな神がかった操縦の合間にも、彼女は俺を叱るような声色で話し続けていた。
「嬉しく……なーい!!」
敵はバイクを捉えるためか、辺り一面へ布のように薄く広がり、丸ごと包み込もうとしてきた。
「ダユー!」
ドレイクが突然に『彼女』の名を呼ぶ。その瞬間から、ドレイクの体より妖気にも似た濃い魔力があふれ出す。
「──怒られている可愛そうな腕無しのお方に、素敵な力を見せてあげましょうか」
ドレイクの精神の表に現れ出たダユーは、気だるげな動きで銃を操り、狙いをろくに定めず銃口を下へ向けた。
そこから放たれた弾は、通常の物ではない。
「わたしが持つ精霊の力で、あなた達をどろどろにしてあげる……」
弾が、地面と同化した黒い敵に触れた瞬間、破裂し、中から大量の燃える泥が噴出する。
『ギョゥ!!』
『ミギッ』
ダユーの謎の力が込められた攻撃を受け、敵から、人種や性別の判断つかぬ悲鳴が漏れ出る。
「……よし! ありがとねダユー! ちょいと助かった!」
意識は再びドレイクに戻ったようだ。
敵は燃える泥に焼かれ、動きを阻害されている。
ホバーバイクは進み、前方に広がっている砂嵐の厚みも薄くなってきたように見える。
(あと少しで目的の場所に、嵐の向こう側に……!)
──が。
『あぁあぁあぁあぁ……アルジュナァァァ!!』
砂の下から現れたのは、おびただしい数の人骨。それらが一つにまとまり、白を基調とした異形の巨人となる。
『俺達には英雄が必要なんだぁ……!』
『見捨てないでくれぇ!』
『いかないでいかないで……わたしたちをどうか助けて……』
敵の体を構成している何千という頭蓋骨が、黒い砂に操られて動き、一斉に泣き言を放ち出す。
その姿は、東洋で語られていた怪物、がしゃどくろと類似。
空の眼窩からは、涙のように余剰の骨がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
「人違いするくらいなら、死者は黙ってな!」
ドレイクはひるむことなく銃を連続して放つが、敵に当たっても骨が小さく砕けるだけで、痛手は与えられない。
「くそっ……でかすぎる! カルバリン砲でも出そうかねえ!?」
悪態を吐きつつ、砂で視界不明瞭な上空から落ちてくる骨を、バイクを操縦してひたすらに避けていくドレイク。
「仕方ない、宝具を……!」
彼女の体の内で、高密度の魔力が練られ始める。
(ドレイクの攻撃に重ねる形で魔力放出を使えば、少しはダメージを与えられるかもしれない)
しかし、ここで発動すれば彼女を確実に巻き込んでしまう。
『ギヒッ、ある、じゅな……!』
かつては人であったはずが、長き時の果て、完全に怪物へと変じてしまったその巨人。
奇怪な響きの声で名を呼びながら、あまりにも大きな拳を振り下ろして来た。
「っ」
前に座る彼女の息を飲む音が聞こえる。
そして、息を吐く音も。
……けれど、敵の攻撃は唐突に止まる。
『■■■■■■──!!!!!!』
──聞こえたそれは、砂漠を揺らす咆哮であった。
ゆらりと砂塵の中から姿を現した拳が、巨人の頭にぶち当たり、骨で作られた体を砕く。
次に続くのは、拳による鮮やかな連撃。
『■■!! ■■■■!!』
連なる山脈が如く、筋肉の峰盛り上がるその手足が、骨の怪物を壊していく。
『■■■■■■──!!!!!!』
雄たけびが、辺りを覆っていた砂塵を吹き飛ばし、攻撃を受けてもなんとか立っていた敵を微塵に砕いた。
当然、その圧に俺達も巻き込まれ、驚いている暇なくバイクから放り出される。
視界の端で、乗り手を失ったそれが転がって、部品をこぼしつつ壊れていくのが見えた。
(あれは……)
宙へ吹き飛ばされながらも俺は、咆哮の持ち主の姿を目に焼き付ける。
(いったい……)
それは、全身で『英雄』という概念を体現しているかのような。
体長は少なく見積もっても10m。獅子のような荒々しい黒髪と、ギリシャ彫刻の如く均整のとれた美しさある男の形であり、肌がざらついていることから、砂でその体を作っていることが推測出来た。
『……』
砂作りの英雄と目が合う。瞳には、力と深い思慮を思わせる赤の光が輝いていた。
「ドレイク……!」
俺は空中にて我に返り、地面へ叩きつけられる前に彼女を探す。
謎の英雄が砂嵐を吹き飛ばしてくれたおかげで、直ぐに見つけることが出来た。
赤髪のドレイクが、薄い青の空から黄の地面へ向けて真っ逆さまに落ちている。
「おい! 大丈夫か!」
落ちながら声をかけると、固く閉じられていた瞳が薄く開いたが、彼女の視線はおぼつかない。今の今まで気絶していたのだろう。
「……炎神よ!」
両足から炎を噴出し、空を駆ける。
機械の外装無しに魔力放出を使えば、体がダメージを負うが……。
(構うものか!)
彼女を回収するため、勢いを弱めて体当たりをした。
上空で服をはためかせ、もつれ合いながら、ドレイクと会話をする。
「アーキマン、その足から出てる炎……」
「俺の腰に両手を回せ、掴まれ! 空を駆けるぞ!」
今度は俺が彼女を運ぶ番だ。はぐれないようにドレイクを胴体へ掴まらせる。
(……なぜ彼女は頬を赤らめているのだろう)
乙女のような態度が気にかかるが、思考の外へ置いた。
俺は両足から青の炎を噴出し、バイク以上の高速度でかっ飛ぶ。
「う、ぐっ……!!」
少なくないダメージが霊基に入り、顔が歪む。足が内側から砕けそうだ。
それでも俺は飛ぶことを止めず、地に落ちた骨の巨人の残骸と謎の英雄を置き去りにして、砂嵐が一時的に収まって広がった、快晴の空を行く──。
第100話 ──あなたは英雄
終わり