砂の下より新たな姿を961達に見せた『射手座の機械化サーヴァント』。
傷ついた体を、ロボット兵を集めて纏うことにより修復、その全身からレーザー光線を放って、世界を焼き尽くそうしていた。
宝具の連続使用により、魔力不足となって倒れるガレス。彼女を、倒した敵の上半身という物陰に隠し、好機を伺う961であったが、攻撃は激しさを増すばかりであった。
彼らを助けるため、ドレイクが宝具を展開しながら突っ込んできたが、状況は良くならない。961の決死の一撃も失敗に終わったその時、何者かが咆哮と共にやってきた。
それは、砂嵐の中で961が出会った、砂造りの体を持つ威風堂々たる『英雄』だった。
『英雄』が敵を押さえつけると、ドレイクの船とは別の方向から大砲の弾が飛んでくる。その船の上に、961はもう一人の英雄の姿を見、声を聞いた。
──瞬間、彼は悟る。もうこの世を去った存在、すなわち『過去』が、未来を先へと進ませるため、自分達に力を貸してくれているのだと。
戦う意思を再びたぎらせた961は、合流したアン、メアリーの協力を借り、最後の一撃を放つ。
敵レーザーによって切断されたガレスの盾を蹴り飛ばし、相手の最も柔い部分に突き刺さるよう狙ったのだ。
しかしただで殺される敵ではない。液体を噴出させ、盾を押しのけようとする。
だが……突如飛来した一矢が、噴出しているパイプの一つに詰まって、勢いを押しとどめた。
かくして盾は突き刺さり、砂造りの英雄ごと敵の体を貫通する。
『射手座の機械化サーヴァント』は、断末魔を上げながら最後の攻撃を放ち、961は広がる衝撃に巻き込まれてしまった。
「おい、アルジュナ。起きろって」
男の声で呼びかけられ、俺は瞼を開ける。
視界は灰色に濁って不明瞭だ。無理な戦い方をしたせいで、まだ体にダメージが残っているのか。
「……よくよく見ればアルジュナじゃないな、お前。
兄弟かなんかか?」
彼に言葉を返そうとしたが、埃っぽい咳を数回吐き出すのが精一杯だった。
「それにしてもよく似てるな……俺も、いや私も遠目に勘違いするわけだ」
知っている人の声だ。
名は英雄イアソン。アルゴー号に乗り、様々な苦難を乗り越え、妻すら利用し捨てたその果てに、寂しい末路を迎えた男。
「まあ、お前が誰であろうと良いか。私が助けたいから助けただけだし。
私とヘラクレスに大! 感謝しろよ!」
その言葉の後に続くのは快活な大笑い。
視力が少し回復してきた。目の前に誰かが立っているのが分かる。
背丈180cmほどの男と、3mは超えているであろう大男。
「じゃあ、私達はもう行くからな。
最後に思いっきり船を動かせて気分爽快。未練が晴れるっていうのは、こういう気持ちなのだろう」
瞬きを何度しても、目の前にいる誰かの姿は、はっきりとしてくれない。
「あっそうだ。
イアソンが大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「……ドレイクっていう女に言っておけ!
『俺の船を贅沢にも修理材に使ったんだ、中途半端な所で旅を諦めるのは許さんぞ』ってな!」
砂を踏む音。彼らが踵を返し、俺に背を向けたのだろうと推測する。
「俺からお前に言えること、なんかあったかな。
うーん、頑張りすぎんなよ、手を抜ける時は手を抜いてやれ。
使えそうな人材があるなら使い倒せ、一人じゃ出来ないときはぶん投げろ。
あとはあとは……なんだヘラクレス、もう俺は消えるんだから好きに言わせろ」
足音が止まる。
「そうか、人からの言葉を背負いすぎるタイプか、こいつ。
じゃあこの辺りにしておくか」
彼は言葉を付け足す。
「お前をアルジュナと勘違いしていた
お前の大活躍を見て、皆、おおよそ満足したみたいだしな」
いつの間にか足音は増えていて、彼の周りに集まっていた。
「それじゃあ元気でな、アルジュナのそっくりさん」
遠ざかっていく大勢の人々。
「……ありがとう、イアソン、そしてヘラクレス。
とても偉大な、古い英雄たち……」
喉奥から絞り出した感謝の言葉は、彼らに聞こえただろうか。
心残りはあったが、疲労感に耐え切れず俺は目を閉じた。
「アーキマーン」
「アーキマーン」
「……死んでます?」
「いい奴だったのに、もったいないね」
砂が耳の横を落ちていく。そのくすぐったさで意識が呼び起こされた。
「生きてるよ……」
咳き込んでから答えた。
「生きていてよかったです」
「ピクリともしていなかったから、死んだかと思った」
「それに、アーキマンったらひどい怪我でしたし」
「もうほとんど治ってるけどね。
ここが『砂塵の迷宮』で良かった。そうじゃなければ消えてるところだったよ」
アンとメアリーが俺へ交互に声をかける。
「ありがとう、介抱してくれて」
助けてくれたことに、まずは感謝を。
「僕達はほとんど何もしてないよ。
埋まってるかなって思って心配してけど、砂の上に放り出されてたし。
運が良いねアーキマン。船乗りにでもなるかい?」
運、だったのだろうか。意識を失う前に会話をしていたあの英雄2人が、掘り起こして助けてくれたのかもしれない。でも、それは全て確証のないことだ。
「ガレスは、ドレイク、は」
「ガレスでしたら無事ですわ。怪我人を介抱しているところです。
キャプテンについてはまだ何も。敵の攻撃に巻き込まれてないといいのですけど……」
アンは、砂まみれとなっている自分の金の髪を片手で払った。
「アーキマン、わたし達はキャプテンの様子を見てきます」
「お願いする……」
「ガレスにも貴方の場所は知らせてありますので、もうしばらくしたら来るはず。
無茶したのですから大人しくしていること。分かりましたね?」
「分かった」
俺は彼女達の後ろ姿を見送った後、自分の状態を確認した。
足、痛むけれど内部まで含めて治っている。体も、軽い火傷で肌がひりつく程度だ。
「ガレスは怪我人を介抱していると、アンは言っていたが」
思考を整理するため口に出してみた。
「怪我人……俺や、アン、メアリー以外に誰かいたのだろうか、アダムとか?」
ひとりでぶつぶつ言っていると、肩に手を置かれた。
「アーキマン殿」
「ガレスか、無事、みたいだな。体はもう平気か?」
「怪我一つありません、敵上半身の陰に避難していたおかげです。
アーキマン殿、傷ついていた私を運んでくださり、本当にありがとうございました」
俺は、彼女に謝ることがあったと思い出す。
「すまないガレス。貴女の盾、蹴り飛ばして武器にしてしまって。
ごめん、それしか敵を倒す方法が思いつかなくて……」
「ええ! 盾を蹴り飛ばして!?」
申し訳なさから、頭を下に向けてしまう。
俺も戦士のはしくれ。自分の武器や防具に、人がどれほど愛着をもっているかだなんて、痛いほど分かっている。
「……敵の撃破に繋がったのなら、何よりです。気にしないでください」
「でも」
「持ち主本人が許すと言っているのです! 飲み込んで!」
「あっ、はい……」
彼女の勢いに圧され、思わずうなずいてしまった。
「盾を投擲武器とする……私では思いつかない発想です。
ああでも、ガウェイン兄様に知られたらとっても叱られそうですし、没にしましょう。
……それに、盾使いはケイ卿とギャラハッド卿のお二人がいますし」
顔を逸らし、頬を赤らめながら呟いていたガレスであったが、俺に向き直る。
「そうだ、こんな世間話をしている場合ではないのです。
アーキマン殿、貴方に合わせたい人が」
「メアリーが言っていた怪我人……のことなのか?」
「ご察しの通りです。
こちらへ。歩けますか?」
「手を貸してくれれば何とか。頼んでもいいだろうか、ガレス」
「喜んで」
ガレスは俺の腰に手を添えて(俺の腕が無いので、肩では上手く支えられないのだ)、立ち上がらせてくれた。
彼女に案内されながら俺はゆっくりと歩みを進め、
「よかっ……た。
私は貴方を、ちゃんと助けられたようだ」
砂漠に伏せながら言葉を発した彼の正体に、俺は心当たりがあった。
ガレスが俺の側から離れ、駆け寄って彼を助け起こし、その胴体を支えた。
「初めまして、賢者ケイローン」
敬意、驚愕、戸惑い、感傷。様々な感情を胸の内に秘めたまま、努めて冷静に彼の名を口にする。
乾いた風が、俺の髪の一房を揺らした。
「ええ初めまして。私が知らぬ貴方。
……このような姿でごめんなさい」
彼が言う『このような姿』とは、下半身が切り取られ、聡明さを映していたであろう両の眼球すら奪い取られた姿の事だった。
「目が見えない状態で放った一矢でしたが、貴方の助けになれたようだ」
それでもなお、ケイローンは口元に穏やかな笑みを浮かべる。唇から水色の液体が血のように流れ、砂漠にぽつりと落ちた。
「あの矢は、貴方が」
止めを刺す際、遠方から飛んできて、敵の抵抗を弱めてくれたあの一矢を思い出す。
「そうです、私が放ちました。
機械化サーヴァントとの繋がりが物理的に途絶えたことによって、400年ぶりに体を自由に動かせるようになりましたからね。だから、戦う貴方達の助けになればと……」
喋った後、彼は激しく咳き込む。先ほど垂れ落ちた液体と彼本来の血が混ざったものが、抱えているガレスの腕を濡らした。
「アダム、彼はなぜあのような姿に……改造、されているんだ」
側で、猫のように四つ足を畳んで座っていたロボットに訪ねた。
こいつならば何かを知っていると思ったから。
「改造という表現は……正確です。
機械化サーヴァントの『核』とするため、余分な部分を切り落としたその結果でしょう。
しかし驚きです。あれから400年、ここまで自我を保っていたなんて」
彼を改造した者は、下半身と瞳が余分だと判断したのか。
……弓兵の目が、余分だと。
「はい。自我を、保っていました。
だから私は、自分がどれほど恐ろしい行いをしてきたのかも、きちんと覚えていますよ」
ケイローンは弱々しい笑みを浮かべたまま、アダムの言葉に反応する。
「沢山の仲間を、罪もない人々を殺しました。
あまつさえそれを喰らい、私は……」
「でも、貴方自身の意思で行った訳ではないのでしょう?
そこまで自分を責める必要は、無いと……」
腕に彼の小さな体を抱えているガレスが、泣きそうな声で言った。
「確かに、貴女の言葉には一理ある」
ケイローンは淡々と言葉を紡いでいく。
「ですが、機械の侵食に抗い続けていれば、そも私が捕まらなければ、このような悲劇は起こらなかったのです。
……貴女がどれほど庇ってくれようとも、私はもはやただの怪物」
それから顔を上げ、俺達の方へと向けた。
「このまま罪科を積み上げていくばかりかと思っていましたが……貴方達が終わらせてくれた。
ありがとう、とても感謝しています」
賢者は、自らに死を与えた者達へ礼を述べる。
恨みすら感じられない、どこまでも清廉な態度だった。
「最後に、私の命の、いえ、尊厳と心の恩人に触れさせてくれませんか。
目がこのように
どうか、お願いします」
彼の意を汲み、俺とアダムは彼の前に跪いた。
それが、これから死に逝く者に出来る最大限の礼だと思ったからだ。
「ありがとう」
ケイローンは酷く荒れた手指を伸ばし、己を抱きかかえているガレスの、その頬、頭に触れた。
「貴女は戦士。それも、槍と大盾を振るって皆を守る、誇り高き騎士ですね」
次に手を伸ばし触れたのは、角が丸くなっているアダムの体。
「貴方はロボットですか。小型で、きっと親しみやすい造形をしているのでしょう」
そして最後に俺へ。
「そして貴方。貴方は弓兵の体で……なんと痛ましい、腕が無い」
肩口に触れた瞬間、ケイローンは唇を悲し気にゆがめた。
「……おや?」
「賢者ケイローン、どうした」
明らかな疑念の声に、俺は頭を上げる。
「ふむ、サーヴァントでありながら霊基が完成しきっていない。
そればかりか、内側も……」
彼は急に生気を取り戻したかのように、俺の体のあちこち、頭、肩、胴などに触れた。
「俺は、特殊なサーヴァントなんだ。
だから少し、その、変なんだと思う」
ここにはガレスもアダムもいる。彼女らに事情を知られたくなくて、歯切れの悪い言い方になってしまった。
「変? ふふっ、違いますよ、貴方のそれは未成熟というのです。
どのように色づくか分からぬ果実、未知なる可能性を感じます」
手を離しながら、軽やかな声でそういった彼の言葉に、俺はある女からの言葉を思い出す。
『春に種が芽吹くように、永久凍土の下から太古の獣が目覚めるように。
その内側より何かが育つ……そんなものを感じてしまうの。
ああ! やっぱり素敵! 育つって未知よ、何も分からないの!』
ギルガメッシュ王と出会ってしまったあの夜、俺にこんなことを言ってきたのはダユーだった。
その後続けて、こうも。
『変な人。あなた、まだ自分がサーヴァントだと思っているのね』
これを聞いた時、殴られたような衝撃を感じたことを覚えている。
(賢者ケイローンとダユーの発言に、奇妙な相似がある。
ダユーのみであれば、ただの言葉遊びと断ずることが出来るかもしれないが……賢者、英雄の師として知られるケイローンまでもが、俺をこう言った。
何かがおかしい……俺は、何者なんだ?)
どろりとした黒い疑念が胸を満たす。
(俺はアーチャーとして召喚され、そして……)
今までの記憶を遡り、意識を取り戻した
一番古い記憶。それは、流線形の棺より抜け出し、山となって積み重なったアルジュナの死体を目にした時の──。
『アーチャー殿、いつかここに戻ってきてくださいね。
そうでないと貴方、世界を救う方法を知ることが出来ないのですから』
記憶に無いはずの声と情景が、ぬるりと挟まってきた。
『安心してください。貴方は誰にだって愛されますし、どの
だって、全ての私は──』
身には、戦国の世を戦い抜いた漆塗りの鎧を付けている。
黒い髪、ぎらぎらと輝く双眸、整った容姿の男は、人が愛玩動物へ向けるような笑みに冷徹さを混じらせつつ、俺に告げる。
『頑張る貴方の、ファンボーイなんですから』
いや、違った。犬歯を見せる、人を食ったような笑みだった。
男は、目の色と作る表情以外の全てが……バーサーカー04と酷似していた。
「──っ!」
怖気が走る不可解な記憶に、俺は思わず息を乱す。
「アーキマン殿?」
ガレスが俺を呼ぶ。彼女のためにも、俺はなんとか平静を取り繕った。
頭を上げて前を見る。
機械化サーヴァントの核に改造されていたケイローンが、その長い戒めから解かれようとしている所だった。
「惜しいですね。私が死にゆく怪物でなければ、貴方を教え導くことも出来たでしょうに。
でも……もう……時間が……ない」
彼の体は端から金の粒子となって解けていき、徐々に脱力をしていく。
「つい先程より懐かしい気配を感じていましたが、『彼ら』でしたか。
師の不肖を、弟子が正してくれたの……ですね……」
何かを納得したかのような声音で呟き、彼は腕から力を抜いて、砂地に手の甲を付けた。
「ケイローン殿!」
ガレスが強く呼ぶが、彼はそれには答えず、夢見るような口調で告げる。
「あの機械化サーヴァントの体を使ってください、きっと貴方達の助けとなる筈。
あとはどうか、健やかに……」
彼の体が透けていく。別れが近づいてきた。
「貴方達の行く末に幸おおからんことを。
そして……この世界にいつか再び緑が芽吹き、命があふれますように」
祈るような言葉を最後呟いて、賢者の体は金の粒子となって空に昇っていった。
「はあ、カッコ悪いところ見せちまったね」
「そんなことは無い、キャプテンドレイク。
貴女の宝具の援護が無ければ、俺も皆も死んでいた」
敵の自爆を受け、斜めとなり砂へ埋もれていた『
作業には数時間もかかり、日は沈んで、砂漠の空には星がちらちらと輝きを始める。
「誰一人消えず、今ここに立っていられるのは、思わぬ援軍のおかげかね」
「思わぬ……援軍……」
彼女の言葉を口の中で繰り返してみる。
戦闘中も考えていたことだが、『彼ら』はきっと、過去からの援軍だった。
砂造りの英雄、ヘラクレス。
レジスタンスとして400年前に戦っていた、イアソン。
そして、機械化サーヴァントの核として改造されていたのに、最後まで誇りを失わず、俺達と共に戦ってくれた賢者ケイローン。
彼らのおぼろげな姿が脳裏に浮かび、そして砂塵に紛れるように消えていった。
「さあて、機械化サーヴァントもぶっ倒せたし、アダムから報酬をしっかりいただかないと」
「ん? なんでしたっけ……」
砂に四本の足を突きさし立っている例のロボットは、とぼけるように体を斜めへと傾けた。
「『砂塵の迷宮』の抜け方と、当面の安全、そして地下都市から逃げた人間達の行方。
その情報を、アタシ達に与える。前に取引したろう?」
「わー……記憶力がいいですね、流石は稀代の海賊です」
アダムは伸びをしてから、胴体に埋め込まれたカメラレンズを使って辺りを見渡した。
すっかり回復したガレスに、船を助け起こしてへとへとのアンとメアリー、ドレイク。そして俺がこの場には立っている。
「『砂塵の迷宮』……この場所がなぜ迷宮となっていたかというと、過去に倒された霊基の残留物、黒い塵と、人とサーヴァントの残留思念が混ざってしまっていたからなんです。
塵は空間を歪め、生きる者に幻を見せては惑わしていた……」
「それで? 何が言いたいんだい」
ドレイクがアダムに対し、結論をせっつかせた。
「それにプラスして、『射手座の機械化サーヴァント』までいました。
様々な要因が複雑に絡んだことで、迷宮は攻略困難と化していたのですが……」
「が?」
「機械化サーヴァントは倒されました。それに……こちら原因が分からないのですが、残留思念も消えてしまっています。
ただの砂漠になっちゃいました。適切な装備があれば、歩いてでも抜け出せるでしょう」
「へえ、そりゃあ良かった。ちょいと拍子抜けするけどね」
結論を聞き、ドレイクはにかりと笑う。
「ん? それって、アタシ達は今まで幽霊に囲まれていたようなもんってこと──」
だが次の瞬間、青い瞳が曇る。
「わー! 船長、それ以上は考えちゃダメ!」
「そうです、そうです! 全部おわった話なのですから、ね?」
メアリーとアンが慌てて彼女に近づき、体をばしばしと叩いた。
「アダム」
「はい、アーキマン」
「地下都市から逃れてきた人間達は、どこにいるんだ?」
「そうです、その話も……しないといけませんね」
忘れないうちに、というかうやむやにされてしまう前に訊く。
「地下都市から逃れた……というより、強奪された人間は、地上を牛耳るレジスタンス組織の元にあるはずです。
『アカツキ』、『マヒル』、『トコヤミ』。この三組織に、人や物資は集められています。
ここから一番近いのは……『マヒル』、でしょうかね」
「なにそれ団体名? 初めて聞いた」
キャプテンの疑問をごまかし終えたメアリーが、アダムの会話に反応する。
「メアリー、知らなかったのか」
「ぜんぜん。アーキマンやアンもそうでしょ?」
「ええ。初耳ですわ。
あっでも、キャプテンはレジスタンスの方と会ったことがありますわよね?」
「そうだね。といっても、相手は名乗ってくれなかったから、よくは知らない。
……レジスタンスなのに一つにまとまらず、別れているだなんてきな臭いね」
彼女達が知らなかったということは、ガレスもそうだろうと考えられる。
(俺が知っていたということは、黙っておこう)
『アカツキ』、『マヒル』、『トコヤミ』。
この三団体の名は、モモタの祖母、『カイヤ・トバルカイン』から聞いた覚えがある。
(あれももう……10年近く前の話か……)
その後、俺はフィリアを目の前で失い、アスカと出会うのだが。
「さあ、皆さんは……これからどうするのです?」
「どうするって」
俺はアダムに聞かれたが、口ごもってしまった。
ロボットはそんな俺の戸惑いを意にも介さず、話を続ける。
「敵は倒した。迷宮は抜け出る算段がついた。人間達の居場所も分かった。
この後です、皆さんは……どこへ向かうのか?」
「素晴らしい船も手に入れたし、アタシは冒険をしたい。
レジスタンスやリリスのキャスターから聞いた、南極にある『楽園』が気になっているからね」
ドレイクの言葉に、アンとメアリーが頷くのが見えた。
「俺は……人間達を、探したい」
アスカと再会できる可能性があるなら、それを追ってみたいのが本心だったが。
「けど、ある場所にも行かなければならない。
約束、したから」
俺はアダムに一度預け、ガレスの手を借り再び首へかけてもらった『カルデア職員証』に目を落とす。
トワ・キリエライトなる少女へ、これを渡してあげないと。
だって彼女は、700年近くロマニ・アーキマンの帰りを待っているのだから。
聖杯については、また別に時間をとって考えることにした。
「……」
しかし俺はあることを思い出してしまう。それはギルガメッシュ王の言葉。
『カルデアは南極にある。だが、たどり着くためには「最後の海」を越えねばならん。
貴様たちが這いつくばって探しているあの船では無理だ』
これが喉元に引っかかている。
(ドレイクに言うべきか、言わざるべきか)
と悩んでいる間に。
「あっ、そうだ。言い……忘れそうになってましたが、ドレイクキャプテン」
「なんだいアダム」
「貴女の船では南極にたどり着けませんよ。
南極周辺を取り囲んでいる『最後の海』は、宝具となった船でも踏破不可能なまでに恐ろしい海域となっていますので」
「はあ?!」
あのロボットが情緒無く真実を口にした。
「過去にあった観測用ドローンの情報によれば……海水面は酷く荒れ、常に嵐状態。
平均気圧は800hPaです。2000年代に観測されたあらゆる台風よりも強い暴風と雨が、立ち入った者達を襲います。また、上空より極大の雷が……えーっと、1秒当たり40回落ちてきます」
それは端的に言えば地獄ではなかろうか。
「『最後の海』は……文字通り、世界中の海の末裔なのです。
あらゆる海に関する災厄や呪いがぎゅっと詰まったのでしょう。
……私、魔術関係には詳しくないので正確な事は言えないのですけど」
「ふうむ。何とかする手段を考えないとねえ」
恐ろしい情報ばかりを知らされたというのに、ドレイクの表情は曇らない。
まだ見ぬ冒険を夢見る少女の如く、瞳は煌めいていた。
「俺はやはり、ドレイクについていくべきなのかな」
何をするにせよ、船より早く動ける移動手段が無い以上、そうせざるを得ないだろうと考えていたら。
「なに言ってんだい、アーキマン。
アタシとアンタは別々の道を行くんだよ!」
「……えっ?」
思わぬ言葉が浴びせられ、俺の思考は数秒たっぷり停止した。
第107話 決着
終わり
単語説明
砂塵の迷宮
リリスのサーヴァントとレジスタンスが激しく争った古戦場。
弔われることが無かったおびただしい数の人間の骨と、サーヴァントの霊基の残骸が砂に混ざってしまっている。
残留思念と、サーヴァントの霊基残骸(別世界では『虚栄の塵』と呼称されている物質に類似)が結びついて、激しい砂嵐や、空間の湾曲、幻影幻覚幻聴などが引き起こされていた。
人間にはかなり過酷な環境となっているが、サーヴァントにとっては、空間内の魔力が濃いため、現界が容易に保てる、宝具の発動すらマスターのバックアップ無しで可能など、大きなメリットもある。
「このような過酷な場所には宝があるに違いない」といった勘違いや、詳細不明の噂が絶えない。
『伝説の船』もその手の噂の一つ。これは実在した物だったが。
何百年も人々を惑わせ続けていた魔境だったが、あるサーヴァントの活躍によって、死者の無念は晴らされ、天に昇っていった。
砂漠は静まり返った。赤い湖は水を湛え、湖面をきらめかせている。
登場キャラクター紹介
射手座の機械化サーヴァント
クラス:アーチャー(恐らく)
真名:なし
マスター:?
サーヴァント『ケイローン』の不必要な部分を外科的手段によって除き、薬剤によって意識と自由を奪った
その体は射手座の力を示した。
現在である西暦2713年より400年前、2313年ごろに製造。
当時、リリスとレジスタンスとの争いは激化するばかりであり、リリス側の戦力不足を補うため実験的に作られた、ある種のプロトタイプ。
この後に竜座の機械化サーヴァントや『ヴリトラ』が続く。
プロトタイプ故か燃費も悪く、有機的な個所も多い。
しかしそれは、他の機械化サーヴァントと比べて自己拡張性に優れているということであり、400年もの長きにわたり『射手座の機械化サーヴァント』は独自進化を続けていた。
ケイローンの逸話になぞらえた量産型門下生の生産機能なども、後から付け加えた機能である。
リリスの望み、『アルジュナの殺害』に対し、誰よりも真摯に向き合っていたこの機械化サーヴァントは、周囲を通りかかったあらゆる物を取り込んで自己を強化し続けた。
その結果、自立移動できないまでに体は膨らんでしまったが、本人的には良かったのだろう。良かったね。
──良かったね、良かったね。何の意味も価値も生み出せなかったけど、良かったね。
──砂漠には英雄の誇りばかりが残り、無残な怪物は忘れ去られる定めとなった。
ケイローン
クラス:アーチャー
真名:ケイローン
マスター:無し
2313年、滅びの道を行こうとしていたこの世界に召喚されたサーヴァント。
レジスタンスに味方し、多くの人と英雄を支えていた。
ある時の撤退戦の際、
機械に力と神秘を与える『核』とするため、下肢は切り取られ、眼球は抉りぬかれた。聡明な頭脳は必要最低限機能するよう、毒液からなる薬品によって調整された。
その後、下肢の切断面と空の
ただの機械に魂と心を宿させることに成功し、後の機械化サーヴァント技術の礎となった。
ケイローンは、『核』とされた後も意識はあったため、目の前でかつての味方や罪の無い人が死んでいく様を見続ける事になる。
魂は淀み、心は折れ、伝説と同じく自らの死を望むだけの日々を数百年と過ごしていたが、961達の手により願いは叶えられることとなる。
彼の尊厳は弟子たちによって守られ、心は旅人によって救われた。
いずれ芽吹く菩提樹の下で、今はどうか安らかに。