第109話 これが、400年前の答え合わせ
快晴の空の下、私達は囮作戦を……どこまでも不利な戦いを続けていた。
「──イアソン、危ない!」
そう叫んだのは男か女か、どのサーヴァントか。
舵をとることに必死でよく分からなかったが、私の眼前に飛んできた巨岩を逸らすべく、誰かが身を投げ出したことは理解できた。
巨岩は勢いよくぶつかり、それを受けた誰かは甲板上に押しつぶされてから垂直に跳ね、大きくバウンドしながら岩と一緒に船外へ落ちて行った。
命あるものが
(あの速度の攻撃に反応出来て、今の段階でも生き残っていた奴……アタランテか? いや、体格が一致しない。ヘクトールか? いや、それも違う、分からん!)
だが、どんな事態が襲い掛かろうとも思考と手を止めるわけにはいかなかった。船長として声を張り上げる。
「いま飛ばされたの誰だ! おい! 私に教えろ!
今何人残ってる、なぁ!!」
状況確認のために放った私の命令に、答える者は無く。
目だけを動かし、周囲を素早く確認。
……船上は
アルゴー号の立派なマストは折れかけで、上からは砕けた部品が現在進行形で落ちてくる。甲板のあらゆる場所に、擦れた血と幾ばくかの肉片が残されていた。
サーヴァントの姿が見えない。まさか自分が最後の一人かと思うと、冷や汗が更にひどくなった。
(始めは50騎ものサーヴァントが乗っていたんだ。それが、このざま……!!)
あまりの無残さに、叫び出したい気持ちだったが、下唇を噛んで抑えた。
他の船との連絡用として足元に置いてある通信機は、長時間にわたる戦闘の余波を受けて壊れかけだ。ノイズの合間から、レジスタンスの人間達の悲鳴が聞こえてくるだけの箱と成りつつある。
首を大きく動かして横を見れば、味方側のライダーが発動していた船型宝具が、
(ああ、これは死ぬな。俺、ここで死ぬ、生きては帰れないぞ)
作戦を建てた時に、そんなこと分かり切っていたけれど。
私に付いていきたいと志願した人間達やサーヴァントに、「ひどい死に方をさらすことになるぞ」と警告している時も、脳裏にちらついてはいたけれど。
(でも、もう少しマシに死ねるはずだった。
……私も、皆も)
舵をとりながら、作戦開始から今までを振り返る。
リリスの空中庭園より敵バーサーカーが爆弾の如く落とされたのを確認後、十数艇の砂上船で向かい戦闘に入った。
過剰な強化によって体長10mを越えていたバーサーカー。それから放たれる猛撃を凌ぎつつ、敵の本拠地より引きはがすように移動。
その最中、味方サーヴァントの宝具の連続発動によって命のストックを減らす事には成功した。敵バーサーカーの命は残り1となった。
……問題が起きたのはその後だ。私達は作戦を続けるべく死血湖方面に向かったのだが、予想外の事態によって総崩れとなる。
──『リリスのアサシン』、真名セミラミスが、使い魔を介してバーサーカーへ霊薬を投与、限界を越えつつあった霊基を更に強化したのだ。
10m以上に膨張したバーサーカーの攻撃によって、多くの砂上船が1つずつ粉砕されていった。
まだ目的の死血湖の赤い水すら見えていないというのに、残る船はこのアルゴー号と後1艇のみ。
他の船に乗っていた者の多くは、もう生きてはいまい。
「良いやつもいたってのにさ、みんな死んじまった」
一人になると急に心細くなり、心情を吐き出してしまう。
……船員の居ない船の長なんて、惨めすぎると思ったから。
「あいつらだって、やり残したことあったろうに。
そういう私だって心残りはあるが……くそぉっ!」
エジソンや他のサーヴァントに後は任せてきたが、それでもぐるぐると考えてしまう。
レジスタンスの仲間達のことだったり、他の作戦が成功するかどうか、エジソンが敵に奪われやしないか、この世界をおかしくしている原因であろう聖杯を探さにゃならんこととか。
……アルジュナは、カルナとの決着をつけるよりも、世界の未来のことを優先してくれるだろうか、とか。
でも、
「あの馬鹿ちび女神が、俺達の見え透いた囮作戦を潰すためだけに、ヘラクレスを使い捨てやがったってことだよ!」
これだ。
それが、一番、許せない。納得が出来ない。
もはや抑えは効かず、俺の口からとめどなく感情があふれ出す。
「ヘラクレス、あのヘラクレスだぞ!
あいつを適切に使えば! 戦いが長引くことなんて無くて! 被害も、物資の損耗も抑えられるってのに……!!
馬鹿リリスは、人材の使い方ってのを何一つ分かちゃっいねぇ!!」
後ろから聞こえる咆哮が近くなった。俺は海とは勝手が違う舵とりに苛立ちながら、船を素早く右へ向かわせる。
岩盤を砕いて持ってきたかのような大きな塊が船の脇を飛んでいき、遥か前方に落ちる。ばらばらと砕けて残骸は小山となった。
体ごと後ろを見てみれば、10m超えの巨人となったヘラクレスが、肩を怒らせ、全身より赤いオーラをほとばしらせながら追いかけてきている。手に武器はない。ただ時折地面を殴っては、巨石を砂の中より掘り起こし、衝撃を発生させて走りながら周辺を破壊している。
俺は、誰にいう訳でもない言葉を叫び続けた。
「……リリスときたら、戦略も
レジスタンスに勝ちたいなら、高い能力をもつサーヴァントで正面から力押しする以外の戦い方を取れってんだよ!
向こうに軍師のサーヴァントは居ないのか?! それか、居ても碌なお
船側面に攻撃がかすった。衝撃で巻き上がった砂が口に入る。
私は慌ててそれを吐き出してから、思考を切り替え、前方を睨むように見据えた。
「来たか、死血湖!」
喜びとやけくそが混ざった声で叫んだ。目的地である赤の湖にたどり着けたのだ。
湖面は波打ち、岸辺には力尽きた者やロボット兵が打ち寄せられている。敵も味方も無く、平等に死んでいた。
「何もかもこっちの作戦通りにいきそうだよ……吐き気がする。
アスクレピオスが消えちまう前に、吐き気止めでも貰っておけばよかった」
けれど、あの兄弟弟子より渡されたのは
「……ああちくしょう!!」
悪態をつきながら湖に進む。侵入角度が悪かったのか、船は左右に大きく振れた。
顔を上げれば、マストは縦に裂けるように壊れ、全ての帆を風にさらわれてしまっていた。
取り返しがつかないほどに崩壊しながらも、船は湖の上を滑っていく。ぼとぼとと落ちていく部品が水面を荒らした。
私は魔力を注ぎ込み、満身創痍の船体を無理やり動かす。
(あと少し、あと少しで……)
全ての終わりがやってくる。
味方への甚大な被害以外は、作戦通りに進んでいた。
「──目的地、到着だ!!」
湖を抜け、船は地面に一度乗り上げる。そのまま、眼前の谷の壁面にぶつかける形で停止を試みた。
「う、ぐ、ぬぉぉぉぉ!!!!」
舵を握るのではなく両腕で抱き着き、バラバラになりそうな船体を残った魔力で繋ぎとめる。
「は……あ……」
勢いよく横滑りしていた船は、斜めに傾きながら停止する。ひどい虚脱感に肩で息をした。
なんとか船の形も自身の魔力も残せたが、あと数時間もすれば壊れ果ててしまうだろう。
「けど、これでいい。この状態じゃなければ、意味が無いんだ……」
喋りづらいなと感じ、口の中で転がっていた何かを吐き捨てた。血の塊だった。
両腕を舵から離して、敵の到着を待つ。
「はぁ……遅いな……」
左目の視界が赤く染まっている理由は、飛んできた部品のせいで額か頭皮でも切れて、血が垂れ落ちてきているからだろう。
『■■■■■■ー!! ■■■■!!』
谷の入り口で待っていた私の耳に、咆哮と衝撃が届く。
半分赤い視界で見れば、ヘラクレスが死血湖を一跳びで越えて、すぐそばまで来ていることが分かった。
音が谷にぶつかっては反響を繰り返す。
「私はここだ、さっさと来い、ヘラクレス……」
痛みが走る右腕をさすりながら、
……実際には、甲板が下方向に斜めになっていたから転がり落ちたのだけど。
顔面から着地し、みっともなく唸った。けれど、そのまま倒れ伏している訳にもいかないので、首を起こす。
「……やあ、ヘラクレス。しばらくぶりだな」
数m前に、女神の策略によって改造されつくした巨人がいた。
全身に隆起している筋肉の峰はアトラス山の如く。ほとばしる赤いオーラは、時折赤い稲妻の形をとり空間を焦がしていた。
(なるほど……な……)
船から降りて、この距離で相対しているからこそ分かる。
──女神リリスをマスターに持ち、ヒュドラ毒とそれを原料とした霊薬で強化された今のこいつは、神にも迫るほどの化け物だ。
この姿を見れば、「生前のヘラクレスを凌駕している」なんてほざく輩も出てくるだろうが……俺はそうは思わなかった。戦女神アテナを想起させる力強い瞳が、白く濁っていたから。
「ごほっ……悪いな、感動の再会だというのに、こんな薄汚れた格好で」
口調を上に立つ者として相応しい言葉遣いに切り替えながら、肘で地面を押し、体をわずかに起こした。
首より下を覗き見たが……服へ血がにじむほどのひどい打撲で、明らかな致命傷があり、自分の命が長くないことを知るだけの結果に終わった。
『■■■■■■!!』
再びの咆哮。込められている意味は分からない。
「まあ、待て」
ヘラクレスは俺に対して何の感情も見せない。
両の拳をただ振り上げ、握り合わせて
その様子に苦笑いをしながら俺は。
『……?』
ずっとポケットに忍ばせていた
相手の足に脆い容器が当たって壊れ、中身のさらさらとした液体は皮膚へ急速にしみ込んでいく。
『……■』
怪物の動きは止まった。両手を上に振り上げたまま、口を半開きにする。ちょっと間抜けな表情に見えて、俺は肺が痛むのにも構わず笑ってしまった。
「中身は、お前に投与されてた毒と霊薬の
かほっ……アスクレピオスから預かってた」
濁りきっていたヘラクレスの瞳に、色が戻っていく。
白目と合わさり境界線がぼやけていた虹彩の輪郭が定まって、その表面に俺が映る。
「エジソンからお前の状態を聞いた。毒で頭馬鹿にされて、薬もぶち込まれて、リリスの令呪でがんじがらめにされて従わされてる……と。
……どうだ? 久方ぶりに頭がすっきりして、私が誰だか分かるようになったろ」
片手を小さく上げながら、子馬鹿にしたような声で言ってやる。
答えるように、ヘラクレスはゆっくりと瞬きをした。
「アルゴノーツのリーダー、未来の王イアソン様だ。
この世でもっともお前を上手く使える男だ……分かっているな?」
話しながらも俺は、作戦を遂行するために地面を這う。
ずりずり、ずりずりと船の側面に寄った。
「解毒剤は一時的にしか効かないそうだから、これはお前の動きを止めるための時間稼ぎ」
軋む背骨の音を無視して、指先を伸ばす。
中指の先端が船の、荒れた木材に触れる。なじみ深い感触に笑みがこぼれた。
「ヘラクレス」
呼んだ者の方を向かずに、俺は言う。
「──私と一緒に、死んでくれ」
ふと、似たような言葉を昔ある人に言われたなと、場違いな思い出が浮かんできたが、頭の奥底に仕舞い直した。
(これで、作戦は終わり)
目を閉じて、自分にわずかに残されていた正真正銘最後の力を船に送る。
行うのは
……これを喜んで行う者は多くないだろう。宝具は英雄の誇りと直結しており、炸裂した宝具を修復させる術もほとんど存在しない。
いわば最終手段で、とっておきで。
(これをやるからには、俺も終わる)
……死ぬ前に感傷的にでもなっているのか、どうしてこんな作戦を建てたのか、その時の気持ちが蘇ってくる。
いかに狂い果てたとはいえ、ヘラクレスはアルゴー号を見逃せないだろうと考えた。青春の多くを過ごした船の気配を感じれば、あいつは追わずにはいられない。
だから俺の船を囮にしようと考えた。
最後にはこうして一緒に死ぬ。死のうと思った。
(ああ、我ながら今回は上手くいった)
だって、そうすることが、俺が世界に召喚された意味なのだと悟ってしまったから。
「
周囲をことごとく破壊し尽くすため、宣言した。
──だが、破壊はいつまで立っても訪れない。
俺は恐る恐る目を開ける。
『■■……』
ヘラクレスが、壊れかけのアルゴー号に手をかけているのが見えた。
そのせいで、俺の指が船体から離れてしまっている。
(ヘラクレス、まさかもう解毒剤の効果が……!!)
効き目は失われ、もう一度狂気に蝕まれたのだろう。そして、俺の自爆を防ぐために船を持ち上げたんだ。
バーサーカーのクラスとして召喚されたのだ、対魔力や肉体性能も向上しているのだと、もっと深刻に考えるべきだった。
(このままじゃあ作戦が失敗する!
なんのための皆の犠牲だったのか、意味が無くなっちまう!)
焦った俺は、再び
そのわずかが、今の俺にはあまりにも高い、遠い。
「ヘラクレス! ヘラクレス!!」
俺が出来ることは、血のにじむ拳で地面を叩くだけで。
せめて睨みつけてやろうと思い、顔を上げた。
奴と目が合う。
──瞬間、相手の狙いが分かった。
「……お前」
俺の自爆を邪魔するために、船へ手をかけた訳では無かった。
俺を殺すために、ここまで近づいてきた訳でも無かった。
瞳に灯っていた光が示す感情は……
ヘラクレスは俺に、『頼むからそんなことは止めてくれ』と訴えかけてきている。
「ああ、そうか」
なぜそう訴えかけてくるのか、理由が分かった。
アルゴー号で過ごしたあの日々は、ヘラクレスの人生の中で喜びの多い……まさしく青春だったと言えよう。きっと、あいつの頭の中ではその時の思い出が今でも煌々と輝いている。
だから、俺にこう伝えたいのだ。
『青春の思い出を、その場所を、お前が壊すのだけは耐えきれない、よしてくれ』と。
「……愚か者だな、私と君は」
そんなことを願うには立場が違いすぎたし、何もかも遅すぎた。
「爆発がお好みでないとしたら、こうするしかないか」
策はもう一つある。
「──ヘラクレス、私がどのように死んだかを君は知っているか?」
見上げている奴の巨体が揺れた。アルゴー号全体にひびが入り、急速に劣化を始めたからだ。
それだけではなく、片手で押し上げていた船の重みも増していることだろう。
「裏切って、裏切られて、全部なくなった後、何年も放浪して。
その末にさ、この船を見つけちまったもんだから、俺……」
へしゃげた肺で息をしながら瞬きをすると、真っ赤な血が涙のようにぽたぽたと砂に落ちた。
「……後は『諸説ある』って話だ。
船の船首で首をくくったとか、近づこうとしたら船に潰されたとか、そんな感じだ」
『■■■■!! ■■■!』
首を振り、誰かの名を咆哮の中に混ぜながら、軋み落ちてくる船を両手で支えるヘラクレス。
巨人アトラスに代わって天を支える難行に挑んでいた時も、似たような姿勢となっていたのだろうか。
「サーヴァントは伝説に引っ張られちまうんだと、そういうもんなんだとさ。
だから、こういうお話が出来る。
──満身創痍のイアソンがアルゴー号に縋りついた時、船は壊れてしまい、無慈悲にイアソンを潰したのでした。
そういう……話になるんだ、分かるよな?」
俺は静かに彼を見つめることにする。
『■……■■■!』
ヘラクレスは両手を後ろに回して船を押し、懸命に跳ね返そうとしている。顔は苦痛で歪んでいた。
その大きな背にはアルゴー号の全てが乗っかっていて、彼ごと俺を押しつぶそうとしている。
「なあ、ヘラクレス」
どうせ消えてしまうのだから、最後に子どもみたいな夢を語ることにした。
死血湖を越えてやって来た風が、髪を揺らして頬をくすぐった。視界の端に、自分の髪色である金が映る。
「今度はさ、お互い味方になって、一緒に戦えると良いな。
だって……」
レジスタンスの人間達はヘラクレスを指して、『怪物』『滅びの遣い』『狂える蝕みの使徒』だなんて言っていたけど。
俺は知っている。君が、比類ない英雄だってことを。
「──そうじゃないと、世界が君のこと、化け物だと勘違いしたままじゃないか」
『■■■■!』
増していく船の重みと急速な崩壊に堪えきれず、ヘラクレスはとうとう姿勢を崩した。
アルゴー号と諸共に俺の上へ落ちてきて、それから──。
第109話 これが、400年前の答え合わせ
終わり
単語説明
伝説の船
レジスタンス達の間で、長年まことしやかに囁かれていた噂の一つ。
『砂塵の迷宮というおっかない場所にその船はあって、もし見つけることが出来たならお宝が手に入る』だとか『その船に乗ればどこにでも行ける』とか、夢や希望、野望に溢れた文言と共に語られてきた。
リリスのサーヴァントの1体、エジソンはこれの実在を知っていたため、縋るような気持ちでフランシス・ドレイクに伝えた。
その正体は、レジスタンス側のサーヴァント、イアソンが操っていた『アルゴー号』そのもの。
場の特殊性により、宝具たる船は消えず、残骸として世に残った。当初の予定どおり
今はドレイクの宝具と融合し、遥かな旅路を進んでいる。
この船が残ったのは全くの偶然だったが、後の人々のためになったのだと知ったら、いかにひねくれ者の船長とて少しは微笑むだろう。
キャラクター紹介
イアソン
クラス:セイバー
真名:イアソン
マスター:無し
モモ達が生きる現代より400年前である2313年、滅びの道を行こうとしていたこの世界に召喚されたサーヴァント。
レジスタンスに味方し、多くの人と英雄を支えていた。
ギリシャ神話に名高き、栄光、そして裏切りの英雄。
イオルコスの王アイソンの子にして、賢者ケイローンの弟子の1人。
叔父に簒奪された王位を取り返すため、船『アルゴー号』を作り、黄金の羊を求める大冒険に出た。
その冒険はギリシャ各地の英雄が集った非常に華々しいものであり、船に乗った者達は『アルゴノーツ』と呼ばれた。
代表的な人物は、ヘラクレス、アスクレピオス、アタランテ、ディオスクロイ、カイニス、テセウスなど。誰もが羨望のまなざしを向ける英雄たちである。
だが、旅の果て、イアソンは致命的な間違いを犯した。神々の策略上とはいえ一度は愛した女性、王女メディアを捨てたのだ。そして別の女性を娶った、王位欲しさのあまりに。
神からかけられた愛の魔法から目が覚めたメディアは、イアソンの周りの全てを壊した。
……その後、イアソンは世界を長々と放浪し、乞食同然の姿に成り果て、最後にはアルゴー号の船首で首を吊ったとか、古びたその船に潰されたなど、伝説では謳われている。
「追い詰められてからがイアソンの本領発揮」だと彼の師ケイローンは言ったが、この世界では召喚直後からずっと追い詰められていた。
練度の足りないレジスタンス達、貧弱な装備、減っていく物資、居なくなっていく仲間サーヴァント、敵となり、怪物と呼ばれるまでになってしまったヘラクレス……あらゆる要因がイアソンの首を絞めていた。
だからなのか、最後にはアルゴー号を使っての自爆攻撃という無謀な策に至ってしまった。
……自爆作戦は上手くいかなかったため、用意していたもう一つの策、『イアソンはアルゴー号に潰された』という逸話の再現を使って、ヘラクレスを打ち倒したのだが。
ヘラクレスと共に死んだイアソンだが、無念とも言えるものが残ってしまった。
400年近くをふらふらと彷徨っていた彼だったが、砂漠を訪れた英雄と『人』の活躍を見て、戦う意思を取り戻す。
そして、彼ら彼女らに協力することによって無念を晴らし、すっきりとした心持ちで消えていった。
──あれは『アルジュナ』ではない、新しい『人』なのだと思い至りながら。
ヘラクレス
クラス:バーサーカー00001
真名:ヘラクレス
マスター:リリス・トバルカイン
リリスが召喚した7体のサーヴァント、その内の1体、ヘラクレスが歪み果てた姿。
『リリスの7の滅びの使徒』、『狂える蝕みの使徒』とレジスタンスから呼ばれていた。
400年前、用意された触媒の
その後、セミラミス提供のヒュドラ毒とそれより作られた霊薬、令呪を用いて自我を封印、霊基を強化される。
主にレジスタンスの掃討を行っていた。ヘラクレスの手にかかって消えたサーヴァントは多い。
本来ヘラクレスという英雄は、バーサーカークラスで召喚されたとしても理性と正義を完全に失うことは無い。自らが世界に仇なす陣営になった時は、消滅も恐れずに抗う。
だというのに、ヒュドラ毒を甘んじて受け、リリスに従っていたのは──生前手にかけてしまった師、ケイローンのことと、当時のリリスが幼い少女であったこと、二つの理由が関係している。
伝説によれば、賢者ケイローンは酔ったヘラクレスが放った矢と、それに塗られていたヒュドラの毒により命を落とす。毒がもたらす苦しみに耐えられず、神々としての永遠の命を天に返し、自ら死を選んだ。
この世界に召喚されたヘラクレスがヒュドラ毒を受け入れたのは、生前の過ち、その贖罪を望んだからだった。
また、マスターであるリリスの幼さも、ヘラクレスの心に傷をつけた。
彼は、女神ヘラが送ってきた狂気に苛まれ、自らの子と妹の子を殺した伝説を持っている。それ故に、幼い子どもであるリリスを無下には出来なかったのだ。
上記の理由によって、狂えるヘラクレスは女神リリスの従順な手ごまとなった。令呪の命のままに殺戮の限りを尽くしていたのだが、最後には友の手によって討たれることとなる。
しかし心は討たれた場に留まり、荒涼たる砂漠で長き時を過ごすことになる。
……だが、ある『人』の姿を見たことによって、その念は晴れた。
ヘラクレスは後の時代の人間に全てを託し、友と連れだって消えた。
──風の音のみが後に残る。