フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 レジスタンスのリーダーである少女ミライの案内の元、向かうは要塞の最奥。
 そこにあった古めかしい石扉を、アーチャー961が開いた。『アルジュナ』の声を持つ者にしか開かれぬよう、のろい/まじない施された扉だったというのに。
 扉の先にあったのは石で出来た寝台。造花の散らばるまるで墓所のような場所。
 捧げられていたのは柔らかな灰と……サーヴァント、『カルナ』の鎧の欠片だった。
 ミライは、レジスタンスのリーダーとして、ある英雄から託された言葉を話しだす。

 まとめるとこうさ。
・レジスタンスとリリスの戦いは、痛み分けに近い形で終わった。
・リリスのサーヴァント、シグルドはブリュンヒルデの尽力によって倒された。
・ヘラクレスも倒されたが、その他については分からない。
・リリスの空中庭園はアルジュナが半壊させ、どこかへ落ちた。
・戦いの終盤、突如現れた黒い化け物に傷は与えたが、殺せなかった。それはサーヴァント墓場に逃げ込んだ。
・アルジュナはカルナを倒せなかった。
 悪龍となったそのサーヴァントは、力では倒すことは出来ない。
・機械の兵隊は壊滅させた。
・裏切り者であるエジソンが狙われている。そのことをレジスタンスの生き残り達に伝えて欲しい。
・何百年か後に来る女の子2人とサーヴァントへ、カルナの鎧を渡して欲しい。
 ……うーん、なかなかの情報量だ。当然、モモ達も混乱した。

 400年前、ただの死体あさりであったミライ達の先祖は、アルジュナの言葉を伝えゆくためだけに誇りあるレジスタンスとなった。少女ミライの心のより所も、希望もその言葉だけだった。
 少女は、一方的にアーチャー961をアルジュナだと決めつけ、彼に救いを求めるが、彼はその言葉を否定した。

「──その約束は希望なんかじゃない、呪いだ。
 アルジュナは、他者に呪いをかけるような男じゃない。
 呪いをかけたくて言葉を残した訳じゃない……はずだ……」
 と、青ざめた顔で言って。


第116話 オン・ステージ

 

 

 アーチャーは何度か息を深く吸ってから、決断的に言い放った。

 

「俺は、アルジュナじゃない」

 ミライは声を聞き、言葉の意味を理解するまでに時間がかかったのか、数秒経った後、一筋の涙を流した。

 

「……そんなはずない」

 呆然とした響きが声に込められていた。そんな彼女へ、咄嗟にノインが寄り添う。

 

「だって、貴方がアルジュナでなければ扉は開かなかったはず。

 伝説通りの姿で、白と黒の女の子を連れて現れた……。

 あらゆる証拠が、貴方をアルジュナだと証明している!」

 彼を責め……いや彼の言葉を否定したいかのように叫ぶミライ。

 そんな彼女の様子を、アスカは沈んだ顔で見続けていた。

 

「期待を裏切ってしまって、ごめんなさい」

 アーチャーは体を隠している布を揺らしながら、腰を折り頭を下げ、ミライに詫びた。そして続ける。

 

「期待、していたんだろうな。その口振りから察するに。

 けれど、その気持ちに答えられない」

 彼は唇を一度堅く結んでから、数秒の後、柔らかく開いた

 

「……俺はアルジュナじゃないんだ。ようやく、そう言える決心がついた」

 アーチャーは、アスカの方をちらりと見る。

 

「仲間達に、再び出会ったことによって」

 言い終えた彼はどこか晴れやかな顔をしていた。

 が、一方、私の脳内は混乱を極めていた。

 

(かつて、バーサーカー04はアーチャー961の事をアルジュナだと看破した。

 さっき通ったあの扉は、アルジュナの声でしか開かないよう魔術がかけられていた。

 ここまで状況と証拠が揃っているのに、961はアルジュナじゃない?

 どういうこと? そっくりさんってこと?)

 何が何やらいよいよ分からなくなってきた。すっきりする説明を誰かにしてほしい。

 

「……あーあ、なんだそういう……ことですか。

 結局、『Aプロジェクト』は失敗していたってことですね、はいはい」

 私にしか聞こえないくらいの声量で、アダムが何かを言っている。ロボットの体から放たれているとは思えないほど、その口ぶりは冷たく、失望した響きを伴っていた。

 

「じゃあ、私達の400年、何のために……」

 ミライはアーチャーの発言にひどくショックを受けたのか、砂と小石、ビニール製の造花の残骸が散らばる地面にへたり込んでしまった。ずっと側で立っていたノインが、優しく背中をさする。

 

「ねぇ、ミライちゃん」

 力を無くした様子のミライに、私は近づいた。

 

「私達ね、貴女のこと何にも知らない。

 何が辛くて苦しいのか、何にも知らない」

 14歳の少女の身でありながら、先祖代々の使命を背負い戦ってきた彼女を、このままにはしておけなかった。

 

「でもね、伝わってきたよ、ミライちゃんの気持ち」

 私は跪き、ノインと同じように彼女へ寄り添う。

 

「ずっとずーっと、頑張ってきたんだね。ご先祖様の言葉を頼りに、それを信じて頑張ってきたんだ。

 ミライちゃんは……」

 彼女の体に手を伸ばすかどうか、一瞬考えてしまったが、ノインが小さく私に向けて頷いてくれたことで、決心できた。

 

「偉い。とっても偉い」

 静かに彼女を抱きしめる。両腕の間に納めたミライの体は、想像以上に薄くて華奢で、震えていた。

 

「う、う……あたし……あたしは! みんなから託されたのに……でも、もう……全部、ダメになっちゃった……これからどうすればいいのか……分かんないよぉ……」

 ミライは泣き出す。その感情を私は全身で受け止める。

 過去を映す墓所に、あまりにも悲しい泣き声が響いた。

 

 

 

 

 彼女が泣きやむのを待ってから、私達はあの会議室に戻ってきた。

 大きな机の周りに全員座って(アーチャーが座っている向かい側の席2つに、私とアスカは並んで座った。ノインは立ったまま、上座にはミライ)、一息ついた後のこと。

 

「──人間というのはこう……感情に重きを置きすぎていて、いけない」

 あまりにもひどい言葉を発したのはアダムであった。

 

「別に、一個の策が……失敗に終わったかとして、何もかも何もかも失われてしまうわけではないというのに」

『と言うとアダムは、400年前のことについて知っていたのかい?

 あと、ぼそっと呟いていたAプロジェクトという単語についても私は気になるなー。ちゃんと説明してくれるんだろうねー?』

 机の上に置いていた通信端末から、ダ・ヴィンチちゃんの声がした。その後に青白いモニターが端末より照射され、ぬるっと少女の姿が出てくる。一連の動きを、アダムは四角い体を机に乗り上げたまま、黙って見ていた。

 

「ええはい。知ってましたよ400年前の話。それに……私は当事者ですから」

「当事者……?」

 ミライが泣きはらした瞼で瞬きしながら、ぼんやりとした口調で言う。

 

「ノイーン。こういう……説明するの、自分のスピーカーからでは締まりが悪いので、あなたやりなさい」

「はい、分かりました、アダム様」

 呼ばれた少女は立ち上がると、角に丸みのある四角いロボットの下に両手を入れ、ぐいと持ち上げた。旧世界の人々が、飼い猫にやっていたようなあの姿勢にも似ている。

 

「はい。この方こそ、大体のことの元凶憎いあんちくしょう。

 私達『都市運営システム』の祖にして、世界で初めて心を宿したAI、そして女神リリスの夫たるお方」

「元ね」

「失礼しました言い直します。えへん、おほん。

 ……女神リリスの元夫様、アダム、なのです」

 私は紹介を受け、改めて目の前で間抜けに胴体を持ち上げられているロボットを見る。

 

「女神リリスの、元夫!?」

 『結婚してたんだあの人』という気持ちもあったが、何より、400年前に起きたことの当事者に会えるだなんて思っても見なかったので、驚きが大きい。

 

「あれ、じゃあノインちゃん……」

「そうよ。ノインはあたし達レジスタンスに協力してくれているAIの一体。

 本名はノイン・エーテルウェル」

 ミライちゃんが乱れた自身の茶髪を手で直しながら、私の疑問に答えてくれた。

 

「今日一日で分からないことが増えすぎですわ……」

「アスカ、大丈夫だ。アダムがこうも自信ありげに出てきたということは、全て話すつもりなのだろう」

 私と同じく混乱している様子のアスカを、アーチャーがなだめた。彼は驚いているようには見えない、事前に聞いてでもいたのだろうか?

 

「その通りです……アーチャー961! ここから怒涛の補足タイム!

 アダム・オン・ステージ! 茶々入れお手つき壇上への飛び込みは禁止! です!」

 ロボットの胴体に小さな切れ込みが入り、両開きになると、中から何かが。

 ……マイクだった。旧世界のカラオケ店で使われていたような形のやつだ。

 

『うわぁ……長くなりそう……』

 ダ・ヴィンチちゃんの一言に、私は無言でうなづいた。

 

 

「それにしても、人間の口伝というのが……これほどまでに正確だとは思わなかった。先ほどミライが語ったことは、私の持つ情報とほぼ一致しています。

 誤りがあったとするならば……貴方達の先祖が、ただの伝言をまるで神託のように扱ってしまった、という点でしょうか」

 顔を曇らせるミライのことなど気にせず、アダムは話を続ける。

 

「レジスタンスとリリスの戦いは、事実引き分けに終わりました。リリス側のサーヴァントはそのほとんどが消滅しました。

 現代においても活動しているのは、改造されたシグルド、悪竜となったカルナ、女神の元より逃げたエジソン、ギ……えほんおほん、その三騎のみです。

 本拠地であった空中庭園も壊れ、落ちました。

 ……戦いの終盤に突如現れた黒い化け物が、サーヴァント墓場に逃げ込んだのもアルジュナの見立て通りです。

 エジソンが狙われていたのもそう。

 最も、彼は一度捕まりこそすれ、この私! の活躍によって逃げ出せたのですが。

 今は世界を救うために動いてくれています、貴方達レジスタンスと同じようにね」

 いつまでも持っているのが嫌なのか、ノインがアダムを机の上に下ろした。そんな扱いを受けていてもお構いなしで彼は話す。

 

「落ち込まないでください……リーダーミライ。

 そこに座ってるアーチャー961が使い物にならなくたって、別に世界は救えます」

「どういう意味なの……?」

 呼ばれた少女は嘆きよりも困惑の色が強い表情で、ロボットの方へ顔を向けた。

 

「ふっふっふっ……ご安心を。なぜならここには秘密兵器があるのですから!」

 素早い動きで何度も私とミライを交互に見るアダム。間接がきゅいきゅい鳴る音は、まるでモルモットの鳴き声だ。

 

「えっ、えっ? なんで私を見るの?」

「……400年前、人々は女神を殺すことに失敗しました。

 なので、確実に倒すため方法を幾つも考えたのです」

 私のことを無視して、澄ました声で言うアダム。

 

「それは全てで5つのプロジェクト。

 A──アルジュナプロジェクト。彼の英雄の召喚、再現を試みる計画。

 B──ブロンズプロジェクト。サーヴァントと同じ戦闘能力を持つアンドロイドを作成しようという計画。まぁ頓挫してしまったのですが。

 C──コンバインプロジェクト。サーヴァントを粉砕して得られた特殊肉片の研究プロジェクト。

 BプロとCプロの研究が合流し、エジソンの協力も相まって後の機械化サーヴァント技術に繋がるのですが、横道なので脇に置きます」

 アダムは細い前足を動かし、物を置くジェスチャーをした。

 

「そして最後、D──『デミ・サーヴァントプロジェクト』。

 アーキマンレポートを参考に計画、立案。

 調整を施した人間へ英霊を下ろし、兵器として運用する研究です」

「まさか!」

『君達、とんでもないことを……!』

 何かに気づいたのか、アスカとダ・ヴィンチちゃんが声をあげる。

 

「その通りの……まさかです。

 ──モモタ・トバルカイン。貴女は女神リリスの代替品であると同時に、神殺しのための兵器!

 S文書に書かれてある、世界を救う方法の一つなのです! やったね!」

 アダムの背中あたり、背面スピーカーから拍手の音が流れた。

 

『彼女が女神リリスの……代替品、そして神殺しの兵器だって?!』

 ノイン以外の全員の眼差しが私に注がれた。驚愕の色が濃いその視線に、胸が刺されたような痛みを感じた。

 

(おかしいな……私、誰にどう見られたって、平気だと思ってたのに)

 自分が何者であろうと、どんな存在であろうと、受け止めようと考えていた。

 

(悲しいことが理由じゃなくて、これは……)

 なのにどうして、こんなにも心が痛むのはなぜだろう。

 

「モモタ・トバルカイン。貴女が……故郷を飛び出し、旅をして、女神と遭遇、片腕を欠損をしながらもレジスタンスと合流し、デミ・サーヴァントと化したのも、女神リリスを殺すため、ですよね?」

「アダム、あのね私は」

 今までのことは全て偶然で、特に策を立てて行ったわけではないと言いたいけど、うまく言葉が紡げない。心が波立っていて冷静になれない。

 

「モモタ・トバルカイン。ひょっとして……カイヤから何も聞いていないのですか?」

「どうしておばあちゃんの名前が出てくるの?」

「それは私が……貴女をカイヤに預けた本人、いえ本AIだからです!

 ええ? まさかほんとに何も聞いてない? 使命も? 生まれた意味も?」

「ちょ、ちょっと待って!」

 ここで彼を止めたのは、寿命のことまでバラされるんじゃないかとの懸念が沸いたからだ。

 

(アスカとアーチャーへ言い出す勇気も心の準備もしてないってのに、他人に言われちゃたまんない!)

 私は思わず立ち上がる。

 

「アルジュナが400年前にリリスの力を削ってくれて、レジスタンス『アカツキ』に伝言と鎧を託してくれたってことは分かった。

 エジソンというサーヴァントが、私達を助けるために動いてくれてるってことも教えてくれてありがとう。

 そして……」

 顔を下に向けてしまう。今だけは、みんなの顔を見ることが出来なかった。

 

「私が、リリスを殺すためにだけ作られた存在ってことも、分かったよ。

 きょ、今日はここまでで良いんじゃないかな? 私、あちこち移動したし色んなお話聞いたからか疲れちゃって」

 私は取り繕うため手で顔を仰いだ。そんなごまかしを青い瞳で見上げていたノインが、アダムに呼びかける。

 

「アダム様、リーダーミライも含め、今日はみんなお疲れのご様子。

 また、日を改めましょう。アダム様がテンション上がっているのはよく分かりますが」

「私も……一方的にまくし立てすぎました。ごめんなさいね。

 んではまた明日」

 ふてくされたような態度で、彼は机の上に座り込む。

 その場はお開きになった。

 

 

 

 

「あの、トバルカイン……」

 会議室から出て、長いエレベーターから降りて、要塞内の町にたどり着いた頃。

 重々しい口調でアスカが私に声をかけてくれたけど。

 

「ああ! こちらに居られたのですねピオーネ様!

 どうしてもご相談したいことが……」

 おろおろした様子の女性が近づいてきて、中断された。

 

「でも、わたくしトバルカインに」

「良いよアスカ、行ってあげて。その人には貴方が必要なんだもん」

 私はローブを被り直して、顔と黒い右腕を隠す。

 

「ごめんなさい。今日の夜10時に、あの空き地で待ち合わせましょう」

 短く言い残して、彼女は女性と連れ合い通りの人混みの中に消えてしまった。

 

「……病院、行こうかな」

 アーチャー961はもういない。彼はまた別室に戻ってしまったのだ。

 怪我もしているから、それはしょうがないこと。

 一人きりになった私は、足を町外れへと向かわせる。

 今日は元々、ガトモスの元に衣服など届ける予定だった。久しぶりに顔を見せてあげたいし。

 

(誰かと一緒にいたい気分になってるや、私。弱ってるのかな)

 人恋しい気持ちだったから。

 

 

「ガトモスー! 大人しくしてたー?」

「今日はねーリハビリしてたー」

 簡易な作りのベッドの上、横たわりながらタブレットで何かを閲覧している老人の姿がそこにあった。

 今から一週間前のこと、要塞を襲ってきたメルティハウリン・キルロードによって切られたガトモスの足の傷は、案の定悪化し、入院とリハビリを余儀なくされている。

 

「ヒゲ切りたい。カミソリも持ってきてもらえばよかった」

「刃物危ないから駄目。シャーンそう言ってたよ」

 私はベッド横に放置されていた、クッションの薄い丸椅子に座った。

 ガトモスの、長い灰色の髪やしわ、優しげな瞳や伸び放題の豊かなヒゲを見てるとほっとする。

 私が兵器であることを彼がまだ知らないことや、おばあちゃんの親類ってことも関係してるかもしれない。

 

「ご飯とかちゃんと食べてる? 好き嫌いしてない?」

「残さず食べてるよ……いっつもレーションばかりだけど。

 町に住んでるみんなより良いもの食べてて、なんか罪悪感ある」

「ガトモスもそんなこと思うんだ」

「君が僕の何を知ってるって言うんだいっ」

「ふふっ、そうだね、全然知らないや」

 重要でもない世間話が、こんなにも心癒されるだなんて。

 彼は鼻をふんと鳴らすと、私に背を向けてから小さな物をベッド横から取り出した。

 

「モモ、これ」

「ん? なぁに?」

 小さな封筒だった。受け取ってから裏表と返して見ると、染みの痕跡がある。

 

「君が僕に預けた、あの血で汚れていた封筒だよ。忘れちゃってた?」

「……あの!」

 バーサーカー04が私に最後にくれた物だ。血がべったりと付き、開封すら困難な有り様となっていたあれが、ただの薄黄土色の紙に見えるほど、綺麗に洗浄されている。

 

「知り合いに道具を貸してもらってね、シャーンや看護士の目を盗んでコツコツと綺麗にしてたんだ。

 ただ、クリーニングの関係上、封は開いてしまっているけど……」

「そんなの全然気にしないよ! ありがとう! ガトモス、ありがとう!」

 彼の手を両手で包み込んで、何度もお礼を言った。いくら感謝しても足りない気持ちだった。

 

「ここで読まなくても良いよ。家に帰ってゆっくり読みな」

 ガトモスがベッドの上で身を起こす。

 

「モモ、なんだかとても疲れた顔してるよ。横になって休んだ方が良い」

「そう見える?」

 私は黒い右手で頬を触ってみるけど、熱が出てるとかそんな感じはしない。

 

「ガトモスがそう言うなら、帰って寝ようかな。

 今は……夜8時か」

 少し早いけど、寝るのにおかしい時間ではない。約束の時間まで、横になって休むのも良いかもしれない。

 彼に短いお休みの挨拶をして、手紙を懐にしまい込んで私は家路を急ぐ。

 病院から出て、長い階段を降り、闇市で賑わう道を人とすれ違いながら足早に歩く。

 家に帰るという感覚は最近ようやく取り戻したもので、だからこそ嬉しかった。

 ドアを開け、ローブを椅子の上にかける。そうしてから手紙を開こうとした。

 

「……」

 開こうとした。けど、指がうまく動かない。

 右手だからいけないのかと思って、まだ人間である方の左手も使ってみたけど、やっぱり動かない。

 

「手紙……」

 体が変とかそういう訳じゃない。私は。

 

「何が書いてあるのかな」

 気持ちを確かめるため口に出してみる。声は震えていた。

 ──どうしようもなく、怖かった。

 もし『お前のことは道具としてしか見ていなかった』とか書かれていたらどうしようとか、『リリスを殺せないならお前には何の価値もない』とか、彼がそんなこと書くはず無いのに、嫌な考えばかりが脳内に溢れてきて止まらない。

 

「……あっ、10時だ」

 気がつくとアスカとの約束の時間になっていた。私は机の上に手紙を置いたまま、ローブを深くかぶって出かけることにした。

 

 

 第116話 オン・ステージ

 終わり




 単語説明

 A計画
 アルジュナ計画。姿を消した神に近しきアルジュナを探索、または模倣を目指した計画。

 B計画
 Bronze(ブロンズ)計画。元ネタはオズの魔法使い。
 機械技術のみで英霊を再現しようとした計画。頓挫。一部D計画と合流し、女神リリスを殺す兵器を作る計画となった。
 ──ブリキの人形に、果たして心は宿るのでしょうか。

 C計画
combine(コンバイン)計画。英霊をすりつぶし、機械部品で形をつくり、量産しようとした計画。
 D計画と一部技術合流し、機械化サーヴァントに繋がる。

 D計画
 デミ・サーヴァント計画。
 アーキンレポートとカルデアより得られた情報から、英雄をその身に降ろす存在を作り出す計画。
 降ろす英雄は、どうしても『カイン』でなければいけない理由があった。

 モモタ・トバルカイン
 女神リリスを殺すために作られた生ける兵器。
 女神殺害後、速やかに死ぬようデザインされている。 
『だって世界は人のもの。神様の手助けなんて、ほんの少ししか欲しくないのさ。
 困ったときの神頼みってね!』

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