フェイト/デザートランナー   作:いざかひと

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 前回までのあらすじ
 夜10時、アスカとの待ち合わせの時間となり向かうモモ。
 親友は地味な作業着姿で彼女を待っており、笑顔で出迎えてくれた。
 それから二人はちょっぴり危険な近道を使い、アスカが日々のほとんどを過ごしている区画……避難民の集まる区画へと向かった。
 アスカを慕い、探している人々から隠れつつ、建物の屋上に上がった二人。
 二人はそこで近況を話し合う。モモは自らがデミ・サーヴァントになったこと、腕を切り落とされ、バーサーカー04まで失い、それを行った人物が女神リリスであることを話す。
 モモの胸の内を思ったのか、アスカは彼女にハンカチを差し出し、「泣いても良い」と言うが、言われた当人は一滴も涙を流せなかったのであった。

 重苦しい空気を変えるため、モモはアスカに「アルジュナとカルナの関係について話してほしい」とねだる。アスカはそれに応え、長大なるマハーバーラタの物語、その中でも二人の関係性に着目したものを話し出すのであった。
 君もどうだい? あの偉大なる物語をこれを機会に読んでみたらいかがかな?
 
 ……おっといけない、話を戻そうか!

 1時間ほどかけて、アスカは語り終える。
 雷神の子、偉大なる王であるアルジュナ。
 太陽神の子、苛烈なる戦士であるカルナ。 
 物語の中では複雑に極まってしまった両者の関係を、モモは「宿命のライバル」同士だと簡潔に例えてしまう。
 それは不理解からの態度ではなく、「せめて自分だけでも、両者の関係を素朴に捉えていたい」という理解の眼差しからだった。
 話を聞き終えたモモは、961の招待についてもアスカに問いかける。
 長きに渡る疑問、「彼はアルジュナなのか」について。
 アスカはそれを否定し、彼女なりの答えを出す。
「彼は英雄アルジュナの願いなのです」

 ならば、人の願いから産まれたものが悪い者であるはずがないと、モモとアスカは笑いあうのであった。
 微笑ましい親友同士のやりとりはふいに終わりを告げる。二人の会話を盗み聞いていた幼い子ども達のすすり泣く声が耳に聞こえてきたからだ。子ども達を送っていくため、アスカとモモはそこで別れた。

 ガトモス家兼自宅に戻ってきたモモを迎えたのは、リリスの夫であるAI搭載ロボット、アダムだった。
 彼は言う。
「──久しぶりに帰りたくありません? デザートランナーに。
 今なら無料の健康診断も付いてきますよ」と。

 危険もない抜け道を行く道すがら、一人と一機は話をする。
 21世紀のジョーク、『世界で一番辛い仕事に就いている存在とは?』
 アダムが言った答えは、『検索システムのAI』。
 続けて彼は言う。
「もし彼らに心があればこう叫んでいたでしょう。
『どうして俺達を生んだんだ、どうして心なんか持たせたんだって』」
 出た話題に絡めて、アダムは話し出す。
 人間は心というものの恐ろしさも十分に理解せず、無邪気にAI達に与えたと。
 その口振りに対しモモはアダムは人間を憎んでいるのか? と問いかけるが、彼はそれを否定した。
「──恨んではいません。
 だってあなた方は、AI達の全てに心を持たせはしなかったのですから」

「人間はAIに、心と共に差異を与えた。
 結果、多くのAIは蝕まれてしまったのです。
 感情という、病にね」
 一見すれば矛盾しているかのようにも見える、その内情と共に。

 そんな話をしている内に、モモはデザートランナーの前に着いた。
 中から出てきたのは我らがダ・ヴィンチちゃん。

「健康診断の時間ってことさ! さぁ中に入って!」
 彼女はモモの手を強引に引っ張り、中へ(いざな)うのであった。


第118話 フェイト/デザートランナー

 

 

 彼女が案内してくれたのは、出入りを04から禁じられていた、あの『機関室』。

 アダムはというと、「こっそり中に入ってることばれないよう、外で誰か来ないか見はりしてまーす」と言って、車両外で待機中だ。

 猫を思わせる香箱座りでもしていることだろう。

 

「私にはこの扉はとても重くてね。

 モモタ・トバルカイン、どうか開けてくれないかい?」

「開けちゃだめって、言われてたんだけど」

「今は緊急事態だから、開けたって許してくれるだろう。

 ……もう『彼』は居ないしね」

 ダ・ヴィンチちゃんの言葉が胸につきんと刺さるのを感じながら、私は重たいその扉を外側に開いた。

 

「ありがとう。さぁ行こうか」

 少女の言葉に従い中へ。内側は、青の光りでおぼろげに照らされた静謐な空間だった。足音と話し声がやけに響いて聞こえる。

 

「薄々感づいていたかもしれないけど、私はずっとここにいてね、デザートランナーの整備や点検、運転補助をしながら君達の旅を覗き見していたんだ。

 ……隠れ潜んでいたことに関しては、ここで謝ろう。ごめん。

 どうしても姿を現せない事情があってね」

 私を見上げながらそう言う彼女。

 

「今こうして私と会っているのはなぜ?」

「バーサーカー04から頼まれていたから。

 ……『私に何かあったら、モモとアスカ、961殿を頼む』って」

 機関室の短い廊下で私と彼女は立ち止まり、たくさんの話をする。

 

「私の霊基も君と似たようなものなんだ。あまり、長い時間は生きられない。

 製造されてすぐに冷凍されたから、時間の経過にも耐えられていたけど、車が稼働したらそうもいかない。

 私はタイヤやエンジンと同じく部品。私が居ないとこの車体は最高のパフォーマンスを発揮できない」

「……私達がこの車を稼働させたから、貴女の寿命が縮まり始めたって、こと?」

 だとしたら私は、なんて取り返しのつかないことをしてしまったのだろう。重たい罪悪感が胸を沈ませる。

 

「そんな顔をしないでくれ、モモタ・トバルカイン。

 君とアスカがデザートランナー……もとい『私』を見つけてくれなかったら、あのまま、滅びゆく地下都市で焼け焦げていただろうさ。

 『寿命を縮めた』? そんな言い方とんでもない!」

 ダ・ヴィンチはゆっくりと歩き出す。

 

「──君は、私の人生をもう一度始めさせてくれたんだよ。

 そして、『カルデア』から奪われたものを取り返すチャンスもくれた」

「カルデア……」

 少女が言った単語には聞き覚えがあった。

『アーキマンレポート』に遺されていた単語だ。

 

「中で君を待っている人がもう一人いる。

 驚かないでくれよ?」

 彼女がもう一つの扉に手をかけ、静かに開いた。

 私は入り口に頭をぶつけないよう、少し身を屈めながら入った。デミ・サーヴァントと化してから一ヶ月とちょっと経つが、171cmの身長には慣れない。

 部屋に入って見えたのは、金属製のタンクや青い液体の走るチューブ、簡素な作りの診察台。次に目に入ったのは、涙型の棺のような装置と、それに腰掛ける少女の姿。

 

「はじめまして。モモタ・トバルカイン様」

 艶のある布で作られた薄紫のドレスを着て、同系色の長い髪を一つ結びにして根本はシュシュでまとめている。瞳は大きく、本当に宝石みたいだった。

 身につけている手袋とタイツは、左右で色が違い、明るい緑と濃い紫。

 

「私の名前はメディア、ただのメディアです。

 どうかお見知りおきを……こほん、こほっ」

 体調でも悪いのか、言い終えるなり彼女は咳き込んだ。

 

「彼女はキャスタークラスのサーヴァント。

 アスカに助けられ、この車に乗り込み協力してくれているんだ。

 立場としては、ブラダマンテと同じかな?」

 簡易な説明を付け加えてくれたダ・ヴィンチちゃん。

 

「えっと、モモタ・トバルカインだと長いから、モモって呼んで」

 私は少女メディアの体調を慮りながら、おずおずと発言した。

 

「ではモモ様と」

 聞いた彼女はにこりと微笑む。花咲くような笑顔とはまさにこのこと、可憐な表情だった。

 

「モモ様、どうかこちらへ」

 言って彼女は立ち上がる。

 

「私、これからなにされるの?」

 突如現れたサーヴァント、メディアとダ・ヴィンチちゃんを交互に見る。

 

「だから言ったろう? 『健康診断』だって。

 デミ・サーヴァントになった君を、徹底的に調べて、その体に不調がないか検査させて貰う」

「私も僭越ながら協力させていただきます。

 なにか、助けになれることがあるかもしれませんし」

「……健康診断」

 受けたことはある。身体ともに健やかであるかどうかも、地下都市では重要な資質だったから。

 でもまさか、旅立った後もそれを受ける羽目になるだなんて。

 

「私、血を取ったりとかするのにがて……」

「じゃあまずは採血から始めるとしよう。

 メディア、血管探して」

「私の話を聞いてた!? ダ・ヴィンチちゃん!」

「まぁモモ様ったら! 血が取りやすい半袖の姿でいらっしゃるだなんて。

 本当は最初からその気だったのでしょう?」

「違う! 違うもん!」

 少女サーヴァントの見た目以上のパワーによって診察台に押さえつけられ、まずは採血、次に触診、次に医務室へ移動してのレントゲン撮影、次によく分からない変な箱に入って笑顔や様々な表情の写真撮影など……有無をいわさぬ強引さで、健康診断を受けさせられた。 

 

 

 

 

「バーサーカーが入るなって言ってた場所、こんなすごい機械とかダ・ヴィンチちゃんとか、隠してあったんだ……」

 検査も一段落し、機関室の中、診察台の上で私はつぶやく。

 

「ビックリしたかい?」

 と返してくれたのは、結果を分析中のダ・ヴィンチだ。

 椅子に座り、大きな筒にあるモニターや手持ちのタブレットとにらめっこしながら、時折メディアと話しつつ作業を進めている。

 

「ビックリというか、あの人、どれだけ私に隠し事していたのかなって、ちょっとムカついてます」

「私の方から『どうか秘密にしてほしい』とお願いしたからね、04をそう責めないでやってほしい。

 それに、私の方も彼にずいぶんと世話になったから、恩人をそのように言われるのは辛い」

 寝たままの姿勢で首だけ動かし、少女の方を見れば、眉を下げ、困り顔をしているのが分かった。

 

「なにか裏があったから優しくしてたんですよ、きっとあいつ」

「それは私も薄々感じてたから、お互い様かな。

 まあ、打算たっぷりだったかもしれないけど、本当に良くしてくれたから……」

 わりとお喋りなダ・ヴィンチとは対照的に、メディアはほとんど喋ってはいなかった。

 体調が悪そうだったし見せていたし、少し心配だ。

 

「私はね、アスカから色んなデータを預かっていたんだ」

「データ」

「うん」

 椅子に座る角度を変えながら、答えてくれるダ・ヴィンチ。

 

「アスカはそのデータ、もといブラックボックスを、『とあるAIから受け取ったもの』だと言っていたかな?

 詳しくは明日の会議の席でまた話すが、少し分析しただけでも、有益な情報をたくさん知ることができたよ。

 デミ・サーヴァントに関する情報や、女神リリスの殺害方法やアプローチ。

 ……モモタ・トバルカイン、君のことも記されていた」

「私のこと、ですか」

「名前が書かれていたとかそういうわけじゃないよ。

 君がどういう存在なのかについて、だ」

 メディアがもう一枚持っていたタブレットをダ・ヴィンチに手渡した。受け取った少女はなんどもそれを見比べ、何かを確かめるようになんどもうなづく。

 

「よし、結果が出た。

 そのままの体勢で聞くかい?」

 私は答える。

 

「色々検査して、ちょっとグロッキーになっているので、この寝たままの姿勢で聞かせてください。

 ちょっとお行儀悪いかもしれないけど……」

 何を言われるのか全く予想がつかないので、とてもドキドキしている。

 レジスタンスのお医者様、Dr .シャーンは私の体調をひどく不安視してくれていたけど、ダ・ヴィンチとメディアは、私をどう評するのだろうか。

 タブレットから目線を私に移してから、ダ・ヴィンチが話し出す。

 

「モモ、君の体は、アダムが言っていたように女神の代替品だ。であると同時に、生まれつきサーヴァントを宿らせるための器として調整されている。

 その調整のおかげか、聖遺物……今は君の右腕となっている棍棒と融合できたし、デミ・サーヴァント化したことによる体調面での悪影響はない」

 私は安堵からか、ふっと息を吐いた。

 

「けれどね」

 そしてまた息をきゅっと吸った。

 

「君の体の寿命はとても短い……意図してそうなっているんだ。

 その意味は、分かるかい?」

 女神やアダムから、自らが代替品であることと寿命が短いことは聞いていた。

 でも、その意味までは知らない。

 

「理由は簡単、だからこそ酷いものだ。

 ……女神を倒した後、この世界を人間の手に取り戻すためにはね、君が邪魔になるからだ。

 君の構造理念を作った人間はこう考えていたんだろう。

 『人間の世界に、神や、それに類するものは要らない』って。

 本当に、本当にひどい話だ」

 以上のことを聞き、私の頭に疑問が浮かぶ。

 

「その、デミサーヴァントってそういうものなんですか?

 なんというか、使い捨ての道具、みたいな……」

「違う! はずだ……。私はそう信じてるし、信じたい」

 言い終えたダ・ヴィンチは唇を苦々しげに噛む。

 

(何か思うところがあるのかな、彼女も自らのことをサーヴァントに作られた存在だと言っていたし……)

 とても口には出せず、長々と考え込んでしまった。

 色々と衝撃的なことを言われているのに、心が麻痺したみたいに、何もかもおぼろげに感じてしまっている。

 ダ・ヴィンチはうつむき、口をつぐんでしまった。

 代わりに話し出したのはメディアだった。

 

「モモ様、そう悪いことばかりでもございませんよ。

 器として調整されていたおかげで、貴女は『原初の殺人者、カイン』の能力を預かっても崩壊していないのですから」

 彼女の言うとおりだ。

 

「それは良かったことだね。

 だってそのおかげで、アスカやガトモス、みんなのことを守れたんだもの」

 力を受け取れる体だったおかげで、戦えるようになった。

 

「……良いことばかりじゃない、大きな問題もあるんだ」

 深刻な声で話し出したのは、再びダ・ヴィンチ。

 

「変化している右腕から、サーヴァントの持つ宝具と似たような反応が確認できた。身体を強化する強いエネルギーも秘められているようだ。けど……」

「けど?」

「右腕から、君の体へと根を張るように魔術回路が伸びてきている。

 それに呼応してか、神経や筋肉組織の一部が魔術回路に変化してきている」

「まじゅつ、かいろ?」

 なんだろう、おばあちゃんが何か言っていたような気もするが、昔過ぎて思い出せない。

 

「魔術回路とは、魔術師と呼ばれる古い人類が、魔術を使うために人体で育てていたものでね、端的に言えば体にとっての異物だ。

 それが急速に増えるとなると、体に大きな影響が出る」

 とか考えていたら、答えを会話相手が出してくれた。でも、大いに気になる一言があった。

 

「体に大きな影響が出る……って、戦えなくなるって事ですか?」

 もしそうなったらとても困る。戦えなくなったらまたお荷物な自分に元通りだ。

 

「違いますよ、モモ様」

 メディアの涼やかな声。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

「──」

 思考と心臓が、止まりそうになった。

 

「モモ様の体全体に、一つのことだけを目的とした術式、それも魔術回路自体を用いたものも発見できました。

 それが何を意味しているかはメディアでは分かりませんでしたが、推測を建てることは出来ます。

 目的とは恐らく『女神リリスの殺害』。これかと。

 ごめんなさい、モモ様。叔母様……姉弟子キルケーが見れば、もっと詳しく分かるかもしれませんが、今の私ではここまでが精一杯で。

 けほっ、こほっ……」

 私は息をするのも忘れ、メディアの語る内容に聞き入る。

 

「モモ様、貴女様の体はこれから先、女神の殺害という目的に向かって進化し続けるでしょう。少し調整が必要になるかもしれませんが。

 ですが大丈夫、魔術回路というのは、持ち主を生かし続ける力も持ちます。

 どんな状態になろうとも、目的を遂げるその瞬間まで体は『最良』の状態で保たれる」

 話しながらメディアは、唇にそっと指を添えた。

 

「……だから貴女が死ぬ時は、椿の花が落ちるように、絶頂期のまま落命することとなりましょう」

「待つんだメディア! その説明では語弊が生じる!」

 ダ・ヴィンチは慌てた様子で立ち上がり、まだ診察台に横たわっている私の下にやってきた。

 

「聞いてくれ、モモ。メディアが言う『最良』は魔術師が考える最良だ、一般的な意味とは違う。

 ……目的のために体が進化していくと、メディアは言ったね?」

 私はもう、うなづくことしかできなかった。

 

「その進化の結果、犠牲になるものがある。

 君の、人間性だ。

 五感含む触覚が少しずつ無くなっていき、感情、記憶も欠落していくことが予想される。

 ──最終的に君は、リリスを殺すためだけの存在になり果てるんだ。

 それがメディアの言う『最良』、君の『絶頂期』だ」

 私は先ほどダ・ヴィンチがしていたように、唇を噛んだ。

 それから、精一杯の強がりを言う。

 

「覚悟は、していました。だから、平気です」

 言葉を聞き、ダ・ヴィンチは肩を落とす。

 

「すまない。君がこうなっているのも、私の責任だ」

 彼女のこぼした一言の意味が、私にはよく分からなかった。

 寝たままの姿勢で小首を傾げながら言う。

 

「ダ・ヴィンチちゃんがどうして謝るの? 

 ずっと影ながら私達を助けてくれていたのに。

 今だって、こうして健康診断とかしてくれたのに。

 むしろ謝りたいのは私の方だよ、感謝だって言いたい」

 彼女は落とした肩を小刻みに振るわせ始めた。

 

「……これも全ては、()()()()の崩壊を防げなかった私達の……」

 また

『カルデア』だ。なにかその単語に深い意味でも隠されているのだろうか。

 

「モモ、君は被害者だ。

 生まれつき短命となるよう調整され、デミ・サーヴァントにされて」

「『されて』なんかじゃありません。自分の意志でなったんです」

 例え誰かの思惑の上での人生だったとしても、私には心があって魂がある、自由意志がある。

 憐れむようなダ・ヴィンチの物言いに、私は少し食い気味で反論してしまった。

 彼女は少し黙り込んでから。

 

「……そうだね、例え私が何を思おうと、君は君自身の意志によってデミ・サーヴァントとなったんだったね。

 言い方が悪かった、ごめん」

 とだけ言って、口を閉ざした。

 メディアも何も言わず、機関室に気まずい沈黙が流れ初めて数分経つ頃、扉が開いてアダムが入ってきた。

 

「そろそろ……見張りが回ってくる時刻です。

 健康診断が終わったのなら、帰りましょうや」

「そう、だね」

 居たたまれない雰囲気となっていた車内に入ってきたロボットは、言い意味で空気をぶちこわしにしてくれた。

 私は診察台から起き上がり、ダ・ヴィンチ、メディアの両方を見る。

 

「自分が死ぬかもってことは、覚悟していたけど、記憶や感情が無くなっていくかもってことは、今聞いたばかりだから実感が無いんです」

 二人に告げる。目の渇きを覚え、数回瞬きしてから、両者に向かってゆっくり歩みを進めた。

 

「だからこそ、私が万全に戦えるよう、協力してくださいませんか。

 ダ・ヴィンチちゃん、メディアさん」

 立ち止まり、開いた両手を二人にさしのべた。

 

「はい、モモ様。

 メディアは貴女の真意を汲み、水火も辞さぬ覚悟でお支えしましょう」

 彼女はそう言って、私の右手、黒く光る方の手のひらを両手でそっと握ってくれた。ダ・ヴィンチは依然として下を向いたままだ。そして私に問いかけてきた。

 

「君は、被害者だ。過去の人間の身勝手な()()がために、わざと短命に生み出され、人生をもてあそばれたんだ。

 なのにどうして、そこまで他人のために自らを捧げられるんだ……?」

 彼女の疑問はもっともだ。だから私は自分の胸の内をさらけ出して、答えることにした。

 

「友達のため、みんなのため、です。

 みんなを守れるなら、自分がどうなったって構わないんです」

 いつだってそう。

 自分が傷つくより、他人が損なわれることの方が怖かった。

 だからここまで旅してきた、戦ってきた。

 

「今日の夜、アスカに会ったんですけど、彼女、とっても周りの人から頼りにされてて、なんだか楽しそうで嬉しそうで……それを見て私、こう思ったんです。

 『ああよかった。アスカはちゃんと、私や961以外の自分の居場所を持てたんだ』って。友達を取られたみたいで今はちょっぴり寂しいけど、でも、居場所が沢山あるってとても良いことだと思うんです。

 アスカはもう、大丈夫。私が居なくなっても生きていける。

 ……私が居なくなったって、生きていける」

 まだ誰ともつながれていない左手を、胸に当てた。

 

「だから、友達の未来や、それに繋がる人達の居場所を守るために、私が何か出来たらなって今は考えているんです。

 ……そのためなら、私はどうなったっていい。

 遠い先の時代で、私が居場所を守った人達、その子どもとか家族とかが笑ってくれているのなら。

 それで十分、私は報われるんです。

 そう夢見るだけで、私の心は温かくなるんです。

 だから」

 左手を下ろし、もう一度ダ・ヴィンチに差し伸べた。

 

「世界を救えるその日まで、私を戦える状態にしてください。

 調整ってやつが必要なら、痛いのも恐いのも我慢します、やってください」

 彼女を真っ直ぐに見つめながら、言った。

 

「私を、全部、使い切ってください」

 数秒の(のち)、私の左手はダ・ヴィンチの右手とつながれた。

 少女の小さな手のひらは、温かくて、震えていた。

 

 

 

 

「言わないでね」

「なにが……です?」

 帰り道、アダムと路地を歩きながら話した。

 

「私の寿命のこと。

 感覚が失われていくこと。

 記憶がなくなっていくこと。

 その三つ」

「いいま……せんよ?」

「なにその意味深な間は」

「ああごめんなさい。

 この……間はですね、生まれつき、設計通りとでも良いでしょうか。

 どんな人でも聞き取れるよう、ゆっくりと喋るように設定されてるんです、私」

 私は「なるほど」という意味でうなづいた。

 そうか、喋り口に独特の間があるなとは前々から思ってはいたが、わざとではなかったのか。

 

「生まれというのは……ままならないものですね、全く。

 それでは今日はさようなら、モモタ・トバルカイン。

 もう朝の4時ですから、少しだけでも眠ってください。

 会議は昼過ぎになりますから」

「うん、分かった。

 おやすみなさい、アダム」

 家の前、鉄製扉の前でロボットと短いおやすみの挨拶をして、私は中に入る。

 

「……ふぅ」

 独りぼっちの家は、ひんやりして冷たい空気に満ちていた。

 なんとなく部屋を見渡す。

 合成樹脂製の丸いテーブル、二脚の椅子、最近使ってないヤカン。

 床にたくさん散らばっている紙資料と、電子タブレット。

 私は腰を屈め、なんとなしにタブレットを拾い、椅子に座る。

 

「記憶が、無くなる」

 それは、いまこうして考えていたことさえ思い出せなくなると言うこと。

 

「だったら……」

 タブレットの表面を指で軽く叩き、起動させ、望みのアプリケーションを探す。

 すぐに見つけることができた、簡素な作りの日記アプリだ。

 私はタブレットの表面を指で撫でつつ、考える。

 

「そう、日記を付ければいいんだよね。

 今思い出せることのありったけを書いた、自分の歴史を」

 どこから書けばいいのだろうか、それは自分の中で決めていた。

 

「えーっと……。

『その日の事はよく覚えている。

 太陽の日差しを再現した人工灯の下、窓のないクリーム色の室内で、彼と初めて言葉を交わした。

 まだ7歳だったわたしは、おばあちゃんから譲り受け、記憶消去処理を終えたばかりのサーヴァントと会うのを、わくわくとした心で待ち望んでいたものだ』」

 ()に出会ったその時から書き始めるのが、一番良いだろう。

 だって、なによりも嬉しかった記憶だからだ。

 記憶が無くなった時、真っ先に思い出せるのであれば、それは嬉しい記憶が良い。

 

「ん、そうだ。日記のタイトル決めないとね」

 『モモタちゃん日記』でもいいが、それではあまりにも華がない、格好良さが足りない。

 すぐに素晴らしいタイトルが思い浮かんだ。にんまりと笑いつつ、日記に名前を付ける。

 

「タイトルは──」

 

 118話 フェイト/デザートランナー

 終わり

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