アダムに導かれ、デザートランナーと二度目の再会を果たしたモモ。
『健康診断』を受けるため、その内部に足を踏み入れた。
水先案内人となるのは、中で待ちかまえていたダ・ヴィンチちゃん。
彼女はモモに語る。
「ずっと内部にいて、君達の旅のこっそり助けていた」
「バーサーカー04から、君達の事を頼まれていた」
「モモと同じで、あまり長い時間は生きられない」
といった重要なこと。そして。
「人生を、もう一度始めさせてくれてありがとう」
「『カルデア』から奪われたものを取り返すチャンスもくれた」
という、感謝の言葉を。
……カルデア、それはモモがいつか見つけたアーキマンレポートに記されていた
単語。
デザートランナー車内を進み、モモは思わぬ存在と出会う。アスカと共に移動要塞よりやってきたサーヴァント、少女メディアだった。
ダ・ヴィンチとメディアの二人で、モモの健康診断をすると言う。
そして少々強引な方法ながらも、健康診断は決行されたのであった。
世間話……バーサーカー04がどれだけ隠し事していたのかについて談笑しあうモモとダ・ヴィンチ。
「アーキマンレポート以外にも、アスカはたくさんの情報をもたらしてくれた」
そのようなことが話題に上っている間に、健康診断の結果が出た。
「モモ、君の体は、アダムが言っていたように女神の代替品だ。であると同時に、生まれつきサーヴァントを宿らせるための器として調整されている。
デミ・サーヴァント化したことによる体調面での悪影響はない」
ダ・ヴィンチはそう語り、だがしかし一言付け足す。
「君の体の寿命はとても短い……意図してそうなっているんだ」
『意図』、それは、モモがリリスを倒すという使命を果たした後、速やかに排除できるようにとの意図だった。
「デミ・サーヴァントは使い捨ての道具なの?」と聞くモモに対し、「違う……はずだ!」と複雑に否定するダ・ヴィンチ。作られた存在として、思うところがあったのかな?
健康診断の結果、その続きが話される。
モモの体に、魔術回路が根を張るように増え始めているということ。
そして最終的には、記憶や五感が失われ、最終目的である『リリスの殺害』以外のことが出来なくなるということ。
「覚悟をしていたから平気だ」と「自分の意志でこうなったのだから」と言うモモ。
「君は、被害者だ。
なのにどうして、そこまで他人のために自らを捧げられるんだ……?」
とのダ・ヴィンチの言葉に、モモは淀みなく言い返す。
「友達のため、みんなのため」だと。
そのために、
「世界を救えるその日まで、私を戦える状態にしてください。
私を、全部、使い切ってください」
と、ダ・ヴィンチ、メディアに願った。
……かくして少女の願いは叶えられる。
旅は、続くのさ。
「えーっと、日記その4書き終わり、と。
はぁ、慣れないことすると肩こるなぁ。
日記に、かっこいいタイトルとか単語の説明文とか誰かつけてくれたら良いんだけど、私、頭良くないし、ネーミングセンスないし……」
場所は自宅ことガトモス邸。椅子の上で膝立ち座りとなっていた私は、タブレットをごちゃついてるテーブルに置き、出かける準備をし始めた。
といっても、半袖短パンの作業着の上から、フード付きの外套を羽織るだけなんだけど。
今の状態を思い返す。
『健康診断』から数日、私は現状に飽き飽きし始めていた。
ここ最近、やることといったら会議会議、会議ばっかり!
エレベーター上、要塞の角たるあの場所に集まり、ミライやノイン、アダムや私達といった主要な人間が眉間にしわ寄せながら顔をつきあわせるのだ。毎日続けばうんざりするというもの。
日々の慰めは、正式に譲り受けたガトモスのタブレットで書いている日記と、会議室に向かう途中でアスカと少しの時間話すこと。
……日記を書いていることは、彼女にはもちろん内緒だ。
今日も昼過ぎから会議。支度も済んだので、戸締まりをして家から出る。
そしていつもの空き地でアスカと待ち合わせた。
ありがたいことに、最近ではアスカに突然すがりついてくるような人も少なくなった。全く無い、って訳じゃないけど。
「……カイン、トバルカイン、聞いていまして!?」
ふと我に返ると、私より30cmも背の低い友人が、艶やかな黒髪を振りながら私に対しちょっとだけ怒っているのが目に見えた。
「ごめん、ぼーっとしてたかも。
それで、何の話だっけ?」
「わたくしが、貴女とアーチャーに再会する前、不思議な夢を見たという話です!
全くもう! 始めから話し直しますわ!」
腕を組みながらそうは言いつつ、もう一回話してくれるアスカちゃんは良い子だ。今はその彼女の態度に甘えることにする。
「ある移動要塞で日の光を浴びながら眠りについていた時、夢を見たのです。
見えたのは、雲一つ無い青空と、その下に広がる砂の世界。
どこまでも荒涼とした風景の中に佇む、4つ足の黒の獣。
大きさは……」
アスカは歩きながら、腕を縦に目一杯伸ばした。
「3m以上あったでしょうか。
何よりわたくしが驚いたのは……その機械の獣に、実際に会うことが出来たこと!
トバルカインも覚えているでしょう?
そう! 砂漠で再会したあの時、アーチャー961が乗っていたのがあの機械の獣だったのです!
夢で見たとおりの姿でした! 今でも確信を持って言えます。間違いありません!」
彼女は少しの間興奮したように話し続けていたが、その黒い瞳でこちらを上目遣いで見ながら、不安そうに言う。
「わたくし、もしかしたら未来を見る力に目覚めてしまったのかもしれません。
どうしましょう……」
「うーむ」
どうやら友達は、話している内に、本当に不安になってきてしまったらしい。
私は腕組みをした。
これを「ただの夢でしょ? 気にすること無いって」と切り捨てるのは簡単だけど、それはあまりにも無情というもの。
だからといって、この世間話に対しめちゃくちゃ考え抜いた答えをぶつけるのも、相手を萎縮させそうで気が引ける。
結局私は。
「じゃあこれからはさ、良い夢みたらそれが本当になるって思える訳じゃん!」
なんて言葉を彼女に返すしか、出来なかった。
「……そう考えることも出来ますわね。
流石トバルカイン! 楽観的に物を考えさせたら右に出る者がいないですわ!」
「わ、私だっていろいろ後ろ暗いことも考えているのにっ!」
彼女の明るくなった声色を聞くに、この答えでベストだったようだ。
元気と笑顔を取り戻したアスカと並び歩きつつ、あの見飽きてきた会議室に向かった。
「会議も……飽きましたね。
麻雀でもやります? 牌をかき混ぜるの、アダム得意なんですよ」
「アダム様、ジョークにしては、前時代すぎます」
部屋の中には若干のマンネリの空気が漂っていた。主にアダムが放っているのだが。
「ノインの……突っ込みは手厳しい。ううーむ……。
でも大丈夫、皆さん安心してください。
私の元に集まってきた三者三様の……モモタ、アスカ、アーチャー961からもたらされたのデータの解析や精査、まとめも終わりました。
この会議室で長々と時間を浪費するのも、今回辺りが最後となるでしょう」
「というと?」
思わず口を挟んでしまった私。アダムは気分を害するということもなく、話を続ける。
「アスカ嬢が……さるAIから託されたデータの解析が、ダ・ヴィンチからの協力もあって終了したからです。
これにより、700年前より世界をかき回していたアーキマンレポートの全容が明らかとなりました。
データが不自然なまでに軽く、動画がほとんどなのが気にかかりますが……」
アダムのレンズの瞳が宙を泳いだ。
「本当は……モモタが確保したこちらのAI、『メルティハウリン・キルロード』にも協力を願いたかったのですが、断られてしまいましたからね」
会議室中央のテーブル、それを取り囲むように座っている私達の眼差しが、一つの箱に注がれる。それは手のひらに乗るほどの大きさの、黒い箱。
『都市運営システム』であるAI達の本体、魂といっても良い存在、『ブラックボックス』だった。
「そう……だったね」
口の中に苦いものが広がる錯覚を感じ、私は思わず唇をかみしめた。
ほんの数日前のことを思い出す。
解析に人手が足りないと嘆くアダムに対し、ダ・ヴィンチちゃんが「だったら捕獲したAIを働かせてみたらどうだい?」と提案したのだ。
ので、アダムとノイン、ミライちゃん、そして私の監視下の元、捕獲していたブラックボックスを起動させてみたのだが……。
「ぁ、ぁたしがいまこうなっているってことは、お、お兄ちゃんはどうなったの……?」
箱に繋げたスピーカーから聞こえてきたのは、怯えきった少女の声。
意気揚々とレジスタンスを殺戮していたときとは全く違うその声色に、少々面食らった。
「お兄ちゃん……ヴォイドメロディ・キルロードをどうしたの?!」
彼女が口に出したそれは、一週間ほど前に私が砂漠で相対したAIの名前。
メルティハウリン・キルロード。
ヴォイドメロディ・キルロード。
両者が兄妹であるということを、私は兄たるヴォイドから聞いて知っていた。
「っ、それは……」
どうなったか、どうしたのかを知っている私は口ごもる。
その態度を感じ取ったのか、スピーカーからヒステリックな音声が流れ出す。
「殺したんだ……殺したんでしょ?! そうなんでしょ?!」
私は下唇を噛んだ。
「……さんざん殺してきたくせに。お前に兄や家族が殺された人だって大勢居るんだぞ」
言葉を失っていた私に変わり、大人びた低い声で答えたのがミライちゃんだった。レジスタンスのリーダーとして、仲間を失った人間として想うところがあったのだろうが、彼女の発言は悪手だった。
メルティが叫び返す。
「うるさいうるさいうるさい!
じゃあもう何にもしない! お兄ちゃんが死んじゃったのなら、ぁたしもう何にもしたくない!
ぁたしがあなた達にやってきたように、殺せばいいじゃない!
もう知らない知らない、知らない!」
泣きじゃくるような声の後、メルティは時々嗚咽を漏らすだけの状態となってしまった。
アダムがぼそっと「まぁ……キルロード系列の得意分野は解析ではありませんから、協力得られなくても別に大丈夫でしょうや」と付け足して、スピーカーとブラックボックスとの接続を切った。
それが数日前に起きたこと。メルティの兄殺害の一助を担っていた自分としては、胸にもやを抱えてしまう交渉結果となった。
「落ち込んで……います? モモタ・トバルカイン?」
「そ、そんなことないよ!」
考えていたことをアダムに見透かされ、思わずどきりとする。
「でも……大丈夫! 大切なのは『今』ですよ、『今』!
過去のやらかしなんか水に流して、新情報で気持ちをすっきりさせましょう!」
それは、この場に相席しているミライに対してもいっているのかもしれない言葉だった。
「んでは……ダ・ヴィンチ、ノイン、アーキマンレポートの再生準備を」
アダムの言うとおりかもしれないと気持ちを切り替えようとしてみた。頭を振って、数日前の出来事を思考の外へ追いやる。
そうしてから、私は会議室の椅子に座り直した。
見えるのはいつも通りの眺め。角の丸い長方形の机を取り囲むように、ミライちゃん、ノイン、アダム、アーチャー961、アスカ、そして私が座っている。
机の中央部には、通信機越しに立体映像として現れているダ・ヴィンチちゃんが、青白い姿でふわふわと浮かんでいた。
『……では、再生を開始するよ』
思い詰めたようなダ・ヴィンチちゃんの声の後に、机の中央からのっぺりとした壁へと、映像が投射され始めた。
『■■・キリエライト、成長レポートその1。
2000年■■月■■日、記録』
まずは暗闇から始まった。
所々ノイズ混じりな、抑揚のない女性の声の後に、映像が映し出される。
『ぁ……んま……』
画面いっぱいに映し出されたのは、赤ちゃんの姿だった。清潔そうな産着にくるまれ、手術着のようなものを来た女性の腕に抱かれている。むずがっているのか、
『成長状態は良好。魔術回路も必要本数の定着を確認。
引き続き、観察と記録を続ける』
映像が一端途切れ、ぱっと変わる。
次に映し出されたのは、はいはいで動き回っている赤ん坊の姿。
知識がないので詳しくわからないが、1~2歳の間くらいだろうか?
『うぁー、なーん』
まだ発する言葉に意味はなさそうだ。木やプラスチックで出来た大きなおもちゃの間を、丸みのある四本の足で、のしのしと歩き回っている。
周りに大人はいたが、彼らは赤ん坊のいる部屋からガラス越しに見ているだけで、話しかけたりはしていなかった。
……赤ちゃんのことを、可哀想だと思ってしまった。
また映像が途絶え、次のものに変わる。
『■■・キリエライト、成長レポートその■■。
他のキリエライトの殺害と死亡を受け、これより育成環境を更に、厳重に』
殺害、死亡、という物騒な単語が出てきたというのに、述べる女性の声は冷静だ。カメラの前に姿さえ見せないし、冷徹な印象をますます受ける。
映像に映し出されていたのは、9歳か10歳くらいの女の子だ。
髪の色は紫がかったピンク色。瞳は薄いアメジスト色。ボブカットで、髪で片目を隠している。儚げな印象の少女だ。
服装は飾りのない白のワンピースのようなもので、何をしているのかというと、椅子に座ってテーブルの上でパズルに取り組んでいる。
『肉体の成長は良好。精神面のテストを開始する。
■■・キリエライト』
ガラス越しに、女性の声が少女を呼んだ。
『はい!』
少女がぱっと顔を上げ、声のする方へ顔を向けた。その動きを桃色の前髪がふわりと追いかけた。
『何をしていましたか?』
と聞く女性に対し、キリエライトという少女がハキハキと答える。
『知育トレーニングパズルを行っていました!
パズルは世界中の国々の形をしていて、正解の場所にはめ込むと音と光が鳴るのです!
今、ちょうど50カ国目まで終了しました!』
自慢気に言う彼女の頭を撫でてあげたくなってしまった。それほどまでに、ガラス越しに報告する彼女の姿が健気に見えたから。
だが、少女を褒める者は誰もいない。記録役である女性も、必要最低限にしか少女と関わろうとしていないように見えた。
『精神面での記録を撮るためです、自己プロフィールを紹介をしなさい、キリエライト』
『はい!』
と少女は元気よく言い、一礼をしてから話し出す。
『生誕年は2000年、今年で9歳を迎えます、トワ・キリエライトと言います!』
その名前を聞いた瞬間、アーチャー961の体がびくりと動いたように思えた。
見間違いかもしれないけど……。
トワ・キリエライトの言葉は続く。
『私はここカルデアで、人類のお役に立つために生み出されました。
えっと……来年の満10歳を迎える日に、実験を受け、デミ・サーヴァントとなる予定です。
その日のため、日夜勉学とトレーニングに励んでいます。最近は持久力を高める……』
『そこまででいいわ、キリエライト。ありがとう』
女性がまだ話したそうな少女の口を、命令でもって閉ざした。
キリエライトは眉を下げ、悲しそうな寂しそうな表情を見せる。
女性が淡々と、彼女に語りかけるわけでもなく話し始めた。
『このように、他の個体と比べて精神的にやや幼く、他者とのコミュニケーションにおいてイニシアチブを取りたがる傾向にあるが、精神面は高度に安定している』
と、ここまで感情を見せないようにしていた記録役の女性が、初めてここで声に感情をにじませた。
『私達にはもうトワ・キリエライトしかいない……。
他の個体は死亡済み。最も優秀な個体も、外部の犯行により殺害されてしまった。
欠点が残る個体であろうと、これで我慢するしかない……。
私達には、もう後がないのよ……』
不安と怯えが現れた声。
そしてまた、ぱっと音声と映像が途切れた。
『やぁトワ。体調はどうかな?
どこか痛んだり、心が苦しかったりしてやいないかい?』
次に聞こえてきたのは、男性の声だった。
今までの、努めて感情を排除しようとしていたあの女性とは違う。相手を思いやる温かさに満ちた声だ。
『ドクター、どうしてビデオカメラを持っているのですか?
ひょっとして私、また何かご迷惑をかけてしまったのでしょうか……』
『そんなことないよ、トワ!
君の成長の記録を撮っているだけさ』
その姿は先ほどまでの映像から一気に成長して、15歳くらいに見えた。着ている服も変化していて、眼鏡をかけ、赤いネクタイの目立つ白衣となっている。
『ですが、私が……』
少女は椅子に座っていた。その姿勢のまま、膝の上でぎゅっと拳を握り、頭を振って髪を振り乱しながら、堰を切ったように喋り出す。
『私が! あの日、サーヴァントではなく
ビデオカメラのレンズを見つめているその表情は、瞳に涙をいっぱいに貯めていて、非常に追いつめられている印象を受ける。
『私はデミ・サーヴァントになれませんでした……その後も、皆さんにご迷惑をかけてばかりです……!
皆さんを危険な目に遭わせている、なのに! 私はこうして安全な場所で何もせず……!!
ドクター、私、私はっ』
『──トワ!』
映像が一瞬激しくぶれて、大きな衝撃音が響く。次の映像は、斜めになっており下側のアングルから映るようになっていた。状況から、男性がビデオカメラより手を離し、トワのすぐそばに寄ったということが分かった。
ドクターと呼ばれた男性の声が響く。
『トワ、あれは事故だったんだよ。
ボクは実験に立ち会っていたわけじゃないし、あとから報告を読んだだけの立場だけど、それでも言える。
あれは事故だ。誰も予想が出来なかったし、対処出来ないことだった。
キミが自分を責めることはない、良いね?』
少女に駆け寄り、優しい言葉をかけ続けている男性。後ろ姿だけが映っている。
身長はたぶん……180cmくらい。明るい亜麻色の髪を後頭部で一つ結びにしていた。そして、少女の着ている白衣と似た雰囲気の衣服を身にまとっている。制服か何かなのかもしれない。
『ドクター、でも私……!』
『良いんだよ。キミが今日も生きているだけで、ボクは嬉しいんだ』
映像が再びぶれる。どうやら、男性がカメラを持ち直したらしい。
『さぁトワ、こっちを見て。キミの記録を残そう』
『それに、何の意味があるのですか……?』
レンズの全面に映し出された少女の顔は、泣きはらしていた。肩をびくびくと動かしながらしゃくりあげ、両目から真新しい涙をあふれさせている。
『……普通の人間風に言うとすれば、ホームビデオってとこかな?』
『ホーム、ビデオ?』
トワが首を傾げた。ドクターがそんな彼女に言葉を返す。
『キミが生きている証を残したいんだ。
キミが、泣いたり悲しんだりする、どこにでもいる普通の女の子ってことを、みんなに伝えるためにね』
『……私は、普通の女の子ではありません』
彼女は目線を膝に落とし、暗い声で言い返す。
『体内に聖杯を保有しています。そのせいで、
現に、あの5年前の実験時に拘束された際も、死ぬことが出来ませんでした』
『自分を傷つけるようなことを言うのは止めよう、トワ』
『……はい』
『キミがどんなに自分を卑下しようと、分かるかいトワ、キミは普通の女の子なんだ。
現に今も、ボク達のことを思って泣いてくれている。
心の優しい女の子、他者のために泣くことの出来る女の子なんだ』
『この涙は、そう……なのでしょうか』
少女が自らの指で涙を拭った。
『出来れば、またキミが笑顔になれる日がくればいいなぁって、ボクは思っているよ。
死んでしまったレフもきっと、そうなんじゃないかな?』
『そうでしょうか、私、レフ教授とはあまり親しくできなくて……』
『レフやボク以外の職員だって、そう願っている』
『……』
そう言われたトワは、まだ悲しみで震える唇の両端を上げ、ぎこちない笑みを見せた。
『どうでしょうか、ドクター。
私、上手に笑えていますか?』
痛々しく感じるその表情。けれど男性は、彼女を励ますためか努めて明るい声で返した。
『うーん……まだぎこちない感じだ。
今度、ダ・ヴィンチちゃんに笑顔のご教授でも願おうか!
彼は笑顔、というか、微笑にかけても天才だからね。
なんと言ったって、今の彼はあのモナリザの似姿になっているのだから!』
『ふふっ、そうですね、ダ・ヴィンチちゃんであれば、笑顔も上手に教えてくれそうです』
会話の中で、トワは自然と笑っていた。花がこぼれるような、可憐で小さな笑みだけど、その表情は本当に、どこにでもいる普通の女の子に見えた。
……彼女が自らの口で言っていた『聖杯が体内にある』ことや『不死』であることなど信じられないほどに、普通の女の子に見えたのだ。
映像はぶつ切りになって、画面は闇に包まれた。ただ、ドクターと呼ばれた男性の声だけが聞こえてくる。編集で付け足したのだろうか、声は同じであれど響き方が違うように感じた。
『トワ・キリエライトは、カルデアで生まれて育った、女の子』
少女に向けていた優しいものとは違う、低く、相手を威嚇するような声色だった。
『嬉しいことがあれば笑い、誉めてほしいことがあればそれを表情に出す。
傷つく誰かのために、涙だって流せる女の子だ。
……そんな女の子が、あなた方の側にも居ませんか?
妹、娘、ただすれ違っただけの隣人でも良い。そんな女の子が、あなた方の側にもいるはずです。
どうか思いとどまってください。
どうか思い出してください』
ドクターは告げる。
『あなた方が聖杯と呼んで取り合っているのは、ただの普通の、感情をもった女の子であるということを。
これは、聖杯の輝きに目がやられ、止まれなくなってしまったあなた達に向けた、メッセージです』
それを最後に、映像は終わった。
それが、アーキマンレポートの全てだった。
『どうやら』
誰もが沈黙に伏していた会議室の中、真っ先に話し出したのは、人造人間グラン・カヴァッロことダ・ヴィンチちゃんだった。
『これから先、君達と行動を共にするのなら、話す必要がありそうだね』
立体映像の少女は語る。
『700年前、カルデア……人理継続保障機関フィニス・カルデアで、何が起きたのかを』
彼女の心情を表すかのように、青い映像は一瞬ノイズ混じりとなり、ぶれた。
119話 アーキマンレポート
終わり